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「予知夢」とか「まさ夢」とか「初夢」とか、「夢」が「深層心理」や「未来」を占うものであるというようなことがよく言われます。きのう、ぶっ飛びの夢を見たので、忘れないうちに記したいと思います。気がついたら、私は弱小チーム(多分実業団)の女子ラグビー部に所属していて、日本一になってしまいます。中でも私は、主力選手として、専門家から高い評価を受け、「世界に通用する有望選手」として世間に注目されます。チームメイトと食事に行くと、給仕のおばさんにごちそうされ、「頑張ってね、期待しているよ」と応援されます。その席に監督が加わり、「君がメンバーだとは知らなかった。ラグビーを始めてどれくらい?」「2週間です」「2週間!? それだけの練習でレギュラーになったの?」「練習に出たのは……、2日間だけです。いろいろ理由をつけて休みましたから」「!!!!」驚いた監督の顔でそのシーンは終わり。「あ、◯◯だ」(◯◯は私の姓)人々の注目を集める中、私は何かの講習会に参加しています。「さすが、世界的選手。スタイル抜群じゃん!」男性の声が聞こえます。着席した私は、背後の声が気になりつつ、暑いことに耐えられず、ジャケットを脱ごうと思いました。服装は、オレンジに白いストライプが入ったジャケットスーツで、スカートは膝上という大胆さ。ジャケットを脱ぐと、右手はブラウスになるのに、左手には色違いの紺のスーツが見えます。よく見ると、色違いのジャケットを片腕だけ通した形で着ていました。朝、どちらにしようか迷いながら、両方のジャケットを着てしまったようです(どれだけおっちょこちょいか!)。次のシーンは仕事。SP企画(企画書と資料書類、資料のカセットテープ)を携えて、相手企業の入るビルに到着。ビルのフロアにいる人に声をかけると、「あ、来た? ◯◯ちゃんが来るわけはないか」と言います。「◯◯ですが」「えっ! ◯◯ちゃん!? ホント? うれしいなぁ。社長は、8階にいるよ」「8階ですか」そこは十数階という設定。階段で降りることにしました。途中、階段は、スタッフルームと一緒になっていて、階段のすぐ脇にあるテーブルには、それと一体化したダスターがあります。常に大きな音を立て、ゴミを吸い込まんとしています。気をつけながら歩いていたのに、ちょっとつまづいた瞬間に、資料のカセットテープが吸い込まれてしまいました。「済みません! あのダスターに吸い込まれたものって、回収できますか?」近くにいた人に聞くと、「できますよ。あ、◯◯さん(ラグビー選手と気づいたよう)。処理場に急ぎましょう」と、その人はソファのクッションを持ち上げます。「急ぐときはここが使えるんですよ」クッションの下は階下とスルーになっていて、滑り棒が通っています。一気に地下まで行けそうです。「あ、でも私、スカートなので」「じゃ、階段で追ってきてください」私は汗だくになりながら階段を走ります。1階にたどりつき、裏口の警備員に聞きました。「処理場はどこですか?」「え? 知らないなぁ」ほかの警備員も知らないようです。私は警備員室と思われる部屋のドアを開け、「処理場を教えてください!」叫ぶと、何かの面接をしている部屋でした。全員(30人くらい)の視線に驚き、すごすごとドアを閉めました。すると、背後から声がします。「◯◯さん、社長が……」その人が指差す方向を見ると、ダスターに吸い込まれたカセットが机に置かれています。「この電話に出てください」「もしもし、あ、ありがとうございます」最初に声をかけた人が社長で、私はその人を訪ねて行ったということ、その人がダスターから資料のカセットを回収してくれたということを理解しました。「プレゼンまであとわずかです。早く社まで戻ってください」「はい、わかりました」私はカセットを持ってエレベーターに向かいました。向かうのは8階。同乗した人は9階のボタンを押しました。エレベーターは上がっていきます。と、途中からエレベーターがなぜかケーブルカーに変わっています。6、7、8階と上がって行き、「あ、着いた」と思った刹那、速度を増して8階を通り過ぎます。「え、8階で降りないといけないのに」エレベーターはどんどん進み、ようやく着いたところには、漢字の名前の看板がかかっています。どうやら「駅」のようです。駅にいた係員に「8階のボタンを押したのに、とまらなかった」と言うと、「前にもそんなことがあったから、ここで降りて反対側のを待ったらいいわ」おばさんが言います。その言葉に従って、ホームで対抗のエレベーター(ケーブルカー)を待っていると、レールの脇にある道を走っていたタクシーが急ブレーキを踏んでとまりました。車の左側(向かって右側)に、仙人のような浮浪者が倒れています。助手席と、後部座席に座っていたおじさんが飛び出して、浮浪者の髪の毛をつかんで叫んでいます。どうやら、轢いてしまったようです。そうやってもめているところへ、後ろからファミリーマートの配送トラックがやってきました。タクシーの脇をすり抜けようと、タクシーの左側にすべり込みました。シルエットの中で見ました。轢かれた浮浪者の頭を踏みつけ、「ゴリッ」という音をさせたかと思うと、トラックはバランスを崩して横転し、積み荷を散乱させてしまいました。周辺には、見物人が数人いて、家のベランダから目撃した人が携帯電話で通報しているようです。少し安心し、ふと背後を見ると、逆走してきたものすごく大きなダンプが現場目がけています。「危ない!」そう叫ぶのが精一杯で、私は現場から目を背け、クライアントにコールしました。「エレベーターの故障で、随分上方まできています。下りのエレベーターを待っているんですが、目の前ですごい事故が起こって混乱しています。エレベーターが来るかどうかも定かではありません。プレゼンまであと10分ありますが、間に合うかどうか……、この精神状態でプレゼンができるかどうか、わかりません」「佐山社長には連絡ができていて、楽しみにお待ちになっている(どうもラグビー選手としての私をご存じのようで)。事情はわかった。とにかく待っている」私は、佐山先生のところに行くことになっていたのだと、初めて知りました。茫然としました。あとわずかで佐山先生にお会いできるのに、先生がすぐそこにいらっしゃるのに、カセット騒動で汗だくになり、化粧もはげ、ものすごい事故を見てしまうというのは、一体どういうことでしょう。あぁ、佐山先生にお会いするのは難しい……。支離滅裂な夢ですが、出来事の一つ一つに何か意味があるように思えて仕方ありません。夢の分析をしてくださる方がいたら、ご意見を下さい。これが、今年最後の夢になるのかな……?
2007.12.30
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きょう、遅ればせながら年賀状の宛名書きをしました。以前は300通以上書いていましたが、最近、体力の限界を感じて150枚程度に抑えるようにしています。が、年が明けて届いた年賀状を見て、出していない先に追加で20~30枚くらい書くので毎年200枚近くは書いていることになります。最近、肩と眼がきつい。筆圧が高いので、指も疲れます。「パソコンでラベル印刷すればいいのに」と知り合いから事あるごとに言われますが、それでは意味がない。年賀状は、“私が元気である”こと、“私自らが文字を書いている”ことを知らせるのが年賀状です。昨今の印刷されたラベルの宛名は無味乾燥です。だれがそれを出力し、はっつけ、投函してくれたかが伝わらない。大きな会社ならいざ知らず、個人商店に近い中小零細企業では、年賀状の役割もそれなりにあります。ま、そんなことを考えているのは、しんどいことをしている本人だけで、もらった人は何も感じていないかもしれませんが。で、です。注意が必要です。私はきょうの回収時間に間に合うように投函しました。明日、明後日の余裕をもって元旦を迎えます。多分、元日の到着は大丈夫だと思います。が、今年のことを考えると、少し不安がよぎります。去年投函したのは、12月30日でした。それらの一部と、1月3日に投函した年賀状のほとんどが、7日を過ぎて到着したようです。7日というと、松の内。それを過ぎると「寒中見舞い」とせねばなりません。つまり、年賀状の意味をなさない郵便物を、平然と届けるのです。郵便局は。油断は禁物です。「遅配」は、今年随分問題になりました。郵便局がアナウンスしていた25日を過ぎて投函した人は、これまでのように郵便局の善意(国民の圧力にこたえる形ですが)を信じてはいけません。組織は変わってしまったのです。遅配になる可能性のある送付先には、年明けにそれとなく連絡を入れた方がいいかもしれません。7日過ぎて到着するなんて、失礼この上ないことです。相手先の中には、「投函が遅れた」「後回しにされた」「ないがしろにされた」なんて思う御仁がいないとも限りません。「民営化」への復讐をしているのかもしれません。余りおおっぴらにやっては、国を動かすほどの大問題になりかねないので、チクリチクリといやみ的な仕返しをしているのではないでしょうか。年賀状に限らず、「民営化」を恨みに思っている、既得権益大好きな公務員の妬みと嫉みが国民の不利益をジワリジワリと拡大していくのでしょう。何か問題を発見したら、すぐに告発することです。消費者に不利益をもたらす企業など、生き残ってはいけないのです。悪や怠惰を包み隠さずつまびらかにし、国民全員が情報を共有する必要があるのだと思います。郵便局の窓口対応は、まだまだダメです。昔がぶっ飛び過ぎていたので、少しましになったように思いますが、機転がきかない、臨機応変ができない、推測ができない、間違いを認めない、謝らない、総合的に頭が悪い。何にしても、元日にきちんと年賀状が届くことを祈るしかありません。「年賀状」……面倒臭い習慣ですが、これくらいはやっておかないと、人間関係や企業関係に温度感がなくなってしまうように思います。皆さん、もう年賀状の投函はお済みですか?
2007.12.29
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近年、お笑いブームが続いています。前回、ものすごいブームが起こったのが25年くらい前。「オレたちひょうきん族」、「笑っている場合ですよ」後に「笑っていいとも!」、「THE MANZAI」などといった伝説的お笑い番組が一世を風靡し、5年くらい絶頂を続けました。衰退のきっかけになったのは、お笑い世代の成長や大阪芸人の中央(東京)からの撤退、人気芸人自身の転身などがありましたが、決定的だったのは、昭和天皇のご病気とご崩御だったでしょう。世の中全体が「自粛」ムードに包まれました。毎日夕方になったら、ニュースで天皇のご容態を事細かに告げられ、明るい気分にはなれなかった。そんな中、お笑い番組が次々に姿を変えることになりました。それは、「時代の流れ」として仕方のないことです。今回のお笑いブームは、不況や政治不信といった社会不安から目を背ける手段として、お笑いが重宝されたのでしょう。が、いまのお笑いブームは、早晩終わりを告げるでしょう。今年のM-1グランプリの結果が物語っています。取り上げるべき芸人がいない。結果、実力か、事務所の力か、テレビ局の策略かは知らないけれど、さほど面白くもない芸人がグランプリを取ってしまいました。いえ、言い方が間違えているのかもしれない。グランプリ芸人がほかの出場者より面白くなかったのではなく、出場者全体のレベルが落ちているということかもしれません。もう面白くない。なぜ?人間が面白くないからです。芸人というのは、地べたを這い回った経験を持っていたものです。いわゆる「貧乏人」です。貧乏人はいつも飢えている。食べ物に、娯楽に、幸せに。飢えているから、わずかな身の回りの動きにも敏感になる。何でも食べる工夫をする。悲しい出来事さえも娯楽にする。少しの幸せも大きく受けとめ、大袈裟に表現する。感性が鋭く、観察力があり、表現力にたけています。しかも、貧乏を覚悟しないといけない芸人の世界など、何なく切り抜けられる生活力がある。笑えるネタを見つける能力が極めて高い。つまり、人が気づかないことを笑いに持っていく才能が備わっているのです。いまの芸人はそうではない。貧乏も、貧乏にまつわる苦労も、悲惨な体験もない。「学校で面白い」程度の人間がお笑い芸人になっています。大金を支払ってお笑い芸人養成学校に行くという時点で何かが間違っています。師匠の元で修行する、苦労することがなくなってしまいました。「金持ちの笑いもある」といえばそうかもしれませんが、それでは、ヒエラルキーのトップにしか受けない。一般人の笑いにはなりません。基礎(お笑い体質)のない人間が長くお笑いを続けることができるはずがありません。ネタが尽き、体力が尽き、精魂尽きて常人に戻ります。では、だれが本物の「お笑い芸人」と言えるのか。関西ローカルで恐縮ですが、故横山ノック師匠、故横山やすし師匠、月亭八方師匠、松本人志さんあたりがそうではないかと思います。松本さんは、年齢の違いもあり、少し様子が違いますが、根本は似たようなものかと。若手でそんな匂いのするのは、中川家、ほっしゃん。次長課長などでしょうか。いずれにしても、間もなく泡沫芸人は消えます。確立した立場のある中堅どころは何とか生き残るでしょうけれど、雑多な芸人(ともいえないけれど)は、闇に飲み込まれます。仕方ないことです。世の中が平和過ぎるから。本物のお笑いが生み出されるシチュエーションが消えてしまった。傷つき、傷つけ、心をぶつけあって生きていた、貧しくも健全な世の中が帰ってこなかったら、本物のお笑いは生まれないし、ちょっと注目されても、すぐに消えてしまいます。間もなく2008年。来年はどんな年になるのでしょうか。質の低い話芸に苦笑いすることなく、心の底から笑える出来事があればいいな、と切に思います。
2007.12.28
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【ママの叫び】カレーの名店・ハチに行ってきました。本当は、お店で食べたかったのですが、きょうはママと話しておきたかったので(来年、行けるかどうかわからないという気がして)、テイクアウトしてもらうことにして、営業時間をはずして行きました。知人から送ってもらった信州のおいしそうなリンゴをたずさえて店に入ると、先客がいて、カレーを4つもつくってもらっていました(テイクアウト用)。客が私一人になってから、ママといろいろ話しました。このブログに何度か書いていますが、ママは腰が悪いのです。椎間板ヘルニアです。最近では、通勤時には杖が手放せなくなっているそうです。営業日の月水金は、相変わらず帰宅が10時や11時になっていて、営業のない火木曜だって、早くても8時、遅ければ10時になっているとか。原因は、やっぱり“売れ過ぎ”です。そのほかにも、驚くような話を聞かせてくれました。“女の子の大食いが増えた”“情報を熟知している「慣れた」一見さんが増えた(ルーが食べ放題ということを知っていて、使いたい放題なのだとか)”“(健康オタクが増えたのか)ニンジンのピクルスの消費量がすごい”のだそうです。ご飯は8升、ピクルスは5kg、お肉は6kg、カレーは寸胴鍋1.5杯(多少予測を含みますが)をその都度売り切り、大量の洗い物を片付け、テイクアウトに対応する……、毎日15時間労働だそうです。出勤は朝6時。そんな苦労をする原因が、食べ過ぎる人種が増えたからだというのです。にわかには信じ難いのですが、「3年くらい前には考えられないわ。女の子がびっくりするほど食べるのよ」とママが言うのです。今年は、ギャル曽根人気と大食いブームだったので、多少なりともそれに触発された人間もいたかもしれません。が、常軌を逸したような食べ方をするらしく、どうやら、そういう人種が集まってきているようです。幾ら食べ放題でも、常識的な量があります。普通、継ぎ足し用のルーポットは3人で1杯も使いません。それを一人で3杯使う女性がいるそうです。異常としか言いようがない。ママは笑いながら「おなかのすいている人には、たっぷり食べさせてあげたいもの。仕方ないわね」と言います。「でも、体が悲鳴を上げているでしょう」「休みたいとか、やめたいなんて言うと、みんながやめないで、休まないで、って言うから、休めないわね」【お願い】これを読んだ非常識な大食い人種の皆さん、ママができるだけ長く営業してくださるように、無理をさせない努力をしてください。たった900円なのです。食べ放題をいいことに、自分だけ2000円分、3000円分食べないでください。あのカレーはとてもつくるのに手間がかかるのです。丸3日間かけて手作りされます。小麦粉を入れずにあの濃度にするには、タマネギを大量に使っているはず。すべて手で切っているそうです。簡単にジャブジャブ使わないでください。ハチは、ファンの宝です。なくなるとハチ難民になってしまう、中毒患者が大量にいます。ハチの存続のため、ご協力ください。 あーハチ
2007.12.26
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若いころって、どうしていただろうと思います。大概は、仕事だったような……。上司とイタリアンのコースを食べに行ったり、女友達と家でチキンやらケーキやらを食べた後、朝までダベッたり、ジャズ喫茶で知り合った人たちと温泉に行ったり、生CMのスタッフとの忘年会だったり、記憶の隅に残っているものはあるけれど、ここ11回(年)は同居人と過ごしています。鶏の唐揚げや、鶏の香草焼きや、カキフライや、チーズフォンデュや、ガーリックトーストや、ブルスケッタや、ピザやらをつくり、シャンペンを飲み(モエがおいしかった)、ろうそくを灯し、クリスマスソングを流して過ごしました。今年もそんな、相も変わらぬクリスマスイブでした。ツリーなどの飾り付けは一切しませんが、出力50WのAuraxのスピーカーから流れる同居人選曲のクリスマスソングが空間を演出してくれ、それなりの雰囲気を楽しめます。それから、ちょっとした病気をして入院したときに、看護婦さんの通販で手に入れたサンタの人形帽子を脱ぐとが、彩りを添えてくれます。2007年が間もなく終わります。あっと言う間でした。来年もサンタさんに会えますように。シャンパンが飲めますように。生きていますように。
2007.12.24
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「漫才」というと、大阪では確立された「芸能」です。ネタ、話術、容姿、仕草、声、空気感(空間の雰囲気づくりとオーラと勢い)、そして、そのときの人気度が総合して「面白さ」を醸し出します。2001年:中川家2002年:ますだおかだ2003年:フットボールアワー2004年;アンタッチャブル2005年:ブラックマヨネーズ2006年:チュートリアルどのコンビをとっても納得ができました。決戦の漫才のときは、明らかに王者の強さというか、勢いを感じさせました。何を置いても面白かった。気迫に気圧されている部分はあります。が、気圧されるほどの気迫を感じさせるのは、相当の実力があるという証拠です。展開が読めない。面白さが尋常じゃない。熟練の漫才師の漫才のように、展開がわかっていながら面白いという、ハードルの高さや技量のベースがある場合も、安定した面白さがあります。が、これは、相当の技量が必要です。そうした安定感がないながら、ネタの意外さ、表現の突飛さから、驚きとともに面白さを感じます。少なくとも、これまでのチャンピオンは、それを感じさせたし、納得ができました。アンタッチャブル以外、大阪の芸人であるということが何か問題だったのか、それとも、所属事務所とテレビ局の間に何らかの契約があったのか、何だかわかりませんが、今年のグランプリは「サンドウィッチマン」という東京の芸人さんでした(「サンドイッチマン」の意味を知っている若い人、いますか? どういうつもりで命名したのでしょう。いまではほとんどなくなった「昭和の悲哀」です)。ガッカリです。こんなM-1なら、来年はなくていい。「漫才」という芸能(能ある芸です)の価値が問われるような内容でした。ダウンタウンが上方お笑い大賞の新人賞をもらったとき(24年ほど前でしょうか)、「ものすごい新人が出てきた」と思いました。破格でした。同期には、トミーズ、ハイヒールなど、そうそうたる顔ぶれがいましたが、ダウンタウンは破格、別格、本格でした。吉本がNSCという養成学校をつくってから、お笑いの質がどんどん低下しているように思います(ダウンタウンは1期生)。そんな中でも、天才的な人間が出現し、中川家やチュートリアルといった、伝統(本格)派から感覚派までの幅広い芸人層が出来上がってきたのだと思います。が、が、今年のM-1は……もう来年は見ません。何かの裏取り引きがあったとしか思えない。キングコングや笑い飯も、“出たくはなかったけれど、番組の盛り上げのために指令を受けて出場した”という感じが否めません。朝日放送、吉本興行、松竹芸能、その他の芸能プロダクション……、何かが作用して、今年の結果になったのでしょう。芸が優れていれば、それはそれでいい。が、質の下落は明白です。来年はもういい。別の放送局が、違うコンセプトでコンテストを開催してほしいと思います。大阪のお笑い文化は、あんなものではない。賞金で「相方と別々のマンションを借ります」などと、笑えない上現実的なコメントをする奴らが、お笑い芸人と名乗るのはおこがましいにほどがある。あー、今年最悪のお笑い番組だった……。。。
2007.12.23
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テレビを見ていると、非常に気になることがある。女優や歌手、女性ニュースキャスターの顔から、シワが消えていることだ。ある時期(年齢)を境に、顔がすっかり変わってしまう。「ん? 何か変」と思ったら、大概はシワが消え、顔の皮が上(頭)側に引っ張られている。笑うと、目尻のシワが上方に出現する。あり得ない。通常、齢を重ねれば、顔の筋肉も脂肪も皮もたるむもので、シワは下方に出現する。“ある時期”は、早い人で50歳、遅い人でも60歳くらいだろうか。方法は、髪の生え際の1cmくらい頭側を切開し、皮を引っ張り上げて余った皮を切除し、縫合するという荒技から、ボツリヌス菌を注射して抗原抗体反応を起こし、皮膚の再生能力を高める、ヒアルロン酸を注射してやせてたるんだ皮膚を膨らますといった簡単にできるものまでさまざま。口の脇にできる宝齢線や目尻に出現するカラスの足跡、眉間にできる不服皺など、主なシワの改善はもちろん、まぶたのたるみや二重あごなど、年齢を匂わす老化現象の一切を排除しようとする。不自然ではないか。喉に刻まれた筋や胸元のシミ、手の甲のシワやシミは厳然と年齢を物語っているのに、顔だけピリピリだなんておかしい。いじったことがわかってしまう恥ずかしさより、ピリピリでいることの方がプライドが満たされるのだろうか。一度手を入れてしまうと、一生入れ続けなければならない。費用も莫大だ。一般人の手が届く範囲は知れているが、周囲の50代女性もレーザーでシミを取ったり、エステティックサロンに通ったり、高価なコラーゲンを服用したりしている。自分もそうなるのだろうか。私は、素のままでいようと思う。食べ物や化粧品など、物理的に注意できることはしていかなければならないと思う。が、ピアスもできない自分が、頭の皮にメスを入れるなど……、想像もできない。ちなみに、頭の皮にメスを入れるという究極のシワ取りをした女性を見つける方法。★3年に一度くらい“瞬きがままならぬ”という状況になる★帽子やヘアピースで髪の生え際を隠している★まぶたが不自然な二重になっているM.M子さんやD夫人、S.Y子さん、T.Y子さんといった大女優、大物タレントは確実じゃないかと思う。それに対して、五月みどりさんや吉永小百合さん、八代亜紀さんといった自然派はよほど上手にやっているのか、何もやっていないのかわからず、見事だと思う。齢を重ねれば見た目は変わるものだ。パッと見では30代、ときには30そこそこと言われる同居人にも寄る年波を感じる。耳たぶに縦のシワが入っているのだ。多分、つい最近のことだと思う。喉にもギャオスのような筋が入っている。仕方がない。43にもなるのだから。顔に刻まれたシワを「美しい」と思ってもらえるような表情をしたい。それには、充実した人生を送ることが必要だろう。間もなく2008年になる。何があるかわからないが(ブラジル人予言者によれば、東海地方でM8くらいの地震があるらしいが)、そんな人生の第一歩を踏み出したいと思う。がむしゃらに、仕事中心で生きた20年を前提に、自分のためにも生きる時間を持ちたい。最近、そんなことばかり書いているような気がするが…………。。。
2007.12.22
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シリーズはとっくの昔に終わったので、〈3〉はおかしいのですが、タイトルを途中まで打ち込むと、出現したので利用することにして。きょうは、今年最後(になると思います)のハチカレーを食しました。内臓の調子が極めて悪いので、ちょっと気合いを入れるのと、今年の締めくくりをしておきたかったのとで、先頭に並ぶべく、11時前に出向きました。カレーはいつもどおり、いえ、いつも以上においしかった。「ひょっとしたら、最後になるかもしれない」と心のどこかで思っていたように思います。その思いが余計においしく感じさせたように思います。別に特別なことではなく、明日、何があるかわからない世の中です。きょう(厳密にはきのう)も福井でちょっとした地震がありました。年が明けると、阪神大震災の話題が関西にはあふれます。折しも、南海地震、東南海地震の近年の発生が取り沙汰されているので、常に地震の恐怖も感じています。体調がよくないせいで、大病の予感もあります。今年、ガンの恐怖を感じたので、別の部位の異常にも注意をせねば、という焦りもあります。さらに、仕事を取り巻く状況がよくないせいで、うつの恐怖も感じていたりして。そんなこんなで、相変わらずおいしいハチのカレーを口にしたら、「幸福」を感じずにはいられませんでした。「おいしい」と感じること、11時という変な時間に昼食を摂る機会を得られたこと、900円が払えること、1km近く歩いていく体力と気力があったこと、何もかもに感謝しました。それは、BGMが聖歌だったからかもしれません。クリスマス間近だからか、ママが選曲したのでしょう。CDプレーヤーから響いているのは、透き通った美しい声でした。心にしみ入りました。金曜日ということもあって、ハチは盛況でした。年明けの営業開始日を聞きそびれてしまいました。来年、また出向けるかどうかはわかりませんが、とりあえず、今年、10回ほど食せたことを感謝して、新年を迎えたいと思います。ママから来る年賀状を楽しみにして。結構、かわいらしい字を書かれます。ほっと、心が和むような。来年も、ママの顔が見られますように。来年も、おいしいカレーが食べられますように。 合掌
2007.12.21
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“なりかけている”というのは微妙な表現です。多分、“なっている”のだと思います。開業して20年、艱難辛苦を乗り越えてやってきましたが、これまでの実績がいまの大阪で認められることはない、と思います。残念ながら、仕事の「評価」ができる人間が大阪にはいなくなってしまいました。すべて東京に集約されています。本社機能の移転です。そうした物理的な問題以外にも、うつに導く要因があるように思います。男性と女性の年齢に対する認識の違いもあるでしょう。親兄弟の問題で、肩にかかる荷物の重さも女性ならではかもしれません。さらに、家族との関係で、仕事に使える時間や体力の問題もあると思います。いずれにしても、次の一手が見えない。決意できない。「疲れた」「休みたい」というのが本心。ところが、女性はキレることができません。自分がキレたらすべてが終わってしまうことがわかっているから。部屋に散乱するゴミや、ドロドロのシンクや、汚れがこびりついた食器を見ることができないので、頑張って片付けてしまいます。横で、のうのうと酒を飲んでテレビを見ている夫がいても。「これをやって」という一言を言うのが苦痛です。やってくれたら悪いと思うし、やってくれないとがっかりするし。しかも、子どものころから苦労をしている私は打たれ強い。「苦労することがあるなら自分がかぶろう」と無意識に思ってしまいます。というわけで、うつ的な日々です。「年が明けたら解消する!!!」と根拠のない希望を肯定しつつ、あと10日を生き抜こうと思います。 嗚呼
2007.12.20
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長崎県佐世保市の銃乱射事件の捜査が思わぬ方向に進展している。ストーリーは概ねこうだ。犯人はスイミングのインストラクターに勝手に思いを寄せ、ストーカーまがいの行為を繰り返していた。インストラクターの方は、同棲するほど決まった相手があり、犯人の行為を迷惑がっていた。あるとき、何らかの事件があり(インストラクターから行為をとがめられるか、インストラクターの恋人から何かを言われるなど)、犯人は自暴自棄になった。インストラクターを殺して自分も死ぬことにした。道連れにするため友人を何人も呼び、それに応じた友達一人を殺害した。誠に身勝手なストーリーだと思う。「恋愛」は「相手を思う」ことで、「相手の存在や意志を尊重したい」という「思いやり」がベースになっているのが正常であるはずだ。告白をしたけれど受け入れてもらえなかった、というようなとき、相手を憎むのではなく、自分が相手にそぐわない人間であることに悔しい思いをしたものだ。この犯人は相手を思うのではなく自分を思っていたようだ。自分がかわいくて、自分が尊重されないことが許せなくて、自分の思いを受け入れない相手が憎い、という思考性だったとしか思えない。ストーカーの典型的思考性だ。「忍耐」「妥協」「我慢」ができず、良好な人間関係が築けない、典型的なストーカー体質の男だったのだ。しかも悪いことに、「破壊主義者」だった。自分が否定された瞬間、すべてのものを破壊せずにはいられない、極めて異常なプライドの持ち主だったことが、事件を悲惨なものにした。事の顛末の形は違えど、ストーカーは確かに急増している。ここ20年ほどの間に、驚くほどの勢いで増殖しているようだ。なぜ、ストーカーが急増しているのだろう。★核家族化するとともに兄弟の人数が減り、親の愛情を一身に受けるようになった。★かつては祖父母が教えてくれた「思いやり」「優しさ」と、「死」のカタチを実感することがなくなった。★物質的に豊かになり、我慢を忘れた。★かつては兄弟が教えてくれた「負けること」「挫折」「相手に従うこと」をすることがなくなった。★親離れ、子離れができない。★個人至上主義の教育。★行き過ぎた(間違った)「権利意識」「個性尊重」の風潮そのほかにもいろいろあるだろう。家庭によって、地域によって、本人の資質によって加わる要因もあるに違いない。が、それらを集約すると一言だ。「前頭葉の未発達」12歳までに完成するという前頭葉が未発達の大人が増えているのだ。前頭葉は、人間関係を保ったり、社会生活を健全に営むために働かせる脳の部位だ。これが未発達の人間はおかしな行動をするし、社会的に見てマイナスの存在になる。犯人は37歳だった。多分、それ以下の年齢の人間なら、かなりの確率で前頭葉未発達人間が見つかるはずだ。2割か3割か、それ以上かもしれない。前頭葉未発達人間にはかかわらない方がいい。マイナスはあってもプラスはない。見分け方は簡単。こんな人間は要注意だ。★電車の中で化粧ができる★電車の中で飲み食いする★地べたに座り込み、パンツを見せて平気★路上にゴミや痰をぶちまけられる★人の迷惑を考えず、どこでも煙草を吸う★人のいる場所で咳やクシャミをして平気★騒音を出す★法律を守らない★粘着性向★プライドが高い★間違いを認めない。謝らないまだまだある。こういう行為が平気でできる人物は、いつストーカーに豹変するかわからない。近づかないのが一番である。桑原桑原。
2007.12.18
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同居人の知り合いに、波動を科学的に数値に置き換える、つまり、生命活動を科学的に検証(実証)するという研究をしている人物がいるらしい。「波動」というのは微妙な表現かもしれない。人間の生命活動には電気的な波長(周波数)が常につきまとっている。脳の働きのすべてが電気的なものと言っていい。「脳波」がそのものだ。それは、南極と北極に電極を持つ地球や、強烈な電磁波を放出している太陽に支配されているのだから、必然性のあることだと理解できる。理論的にはわかる。が、数値に置き換えるのは難しいだろう。アインシュタイン級の頭脳が必要だ。数式にすることができれば、人間の運命の受けとめ方や生き方は激変するだろう。そんな彼が言うには……、2008年は、「大きな天変地異」「国(自治体)の財政破綻」「ガンによる死亡者の急増」が確実らしい。残念ながら数式になっていないので、統計学的な分析と波動の動向からの分析だろうということで、素人からすると、「予言」「予想」「想像」の域を超えるものではないかもしれない。しかも、“太陽の黒点が大きくなっているから”というような、言い古された事象を理由にしているので、眉唾ものといってもいいかもしれない(太陽の黒点が多くなった年〈“大きくなった”ではない〉は、大地震が起きると30年ほど前から言われている。磁場が狂って、地表〈プレートや断層〉の動きに影響を与えるらしい。もっとも、年端も行かぬ大学生の本人は、そんな経緯も知らないのかもしれないが)。しかし、あながち間違っているとも思えない。その兆候は、数年前から顕著になっている。波動や、占いや、殺伐とした人の心を考慮せずとも、そういう動きになっていることは明白だ。間もなく年明け……。覚悟しておいて損はないようだ。いや、覚悟していても、相当の損害があることもあり得るだろう。何にしても……恐怖。。。
2007.12.17
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長崎県佐世保市で大変な事件が起きた。事件の原因や内容から考えると、日本では未曾有の事件と言えるのではないだろうか。「銃の所持を許可した県の公安委員会の責任は?」「近隣住民の告発を聞き入れなかった警察の責任は?」「10年も無職の息子を放置した両親の責任は?」「2,500発もの銃弾の所持ができた理由は?」いろいろな意見がある。もちろん、銃の所持の許可基準、更新基準については、かなり問題があるだろう。基本的に「猟」をしない人間には必要のないものだし、スポーツで使用するなら、練習場や競技大会でのみ使用できればいいことだ。警察の対応も問題があるだろう。基本的に、“事件にならないと動かない”という姿勢を何とかしないと、新たな犯罪者と被害者を増やすことに加担していることにもなる。両親にも問題があっただろう。しかし、手も口も出せない状態だったことは容易に理解できる。最近、こうした事件が起きる背景に、家族関係の問題が必ずある。時間をかけて築いてきてしまった家族関係は、ちょっとやそっとで修正がきくものではない。が、それが本当の問題ではない。「精神疾患(障害)」だ。犯人の言動は明らかにおかしかった。これは、家族や近隣住民の手に負えるものではない。そんな人間が銃を持ってしまったのだから、何が起きるかは想像に難くない。若いころ消化器の異常から、精神安定剤が欠かせなくなってしまった同居人から聞くところでは、ここ数年、精神科(神経科)の患者数が飛躍的に伸びているらしい。予約の電話を入れても、1週間以内に予約が取れることがなくなったそうだ。同じ薬を処方してもらうだけでいいのだけれど、問診が義務づけられているせいで、ある程度の時間を要することからこんな状況を生んでいる。これは、街のクリニックの話だが、大きな病院になるともっと悲惨な状況になる。予約がきかないので、3時間以上待つことになるとか。こうした状況を見過ごしてはいけない。「不労」「医療費増大」「失業保険」「生活保護」「犯罪」……「精神疾患」がもたらす社会的悪影響は計り知れない。医療費や福祉費を初め、社会に与える負担は健全な人間の肩に重くのしかかる。薬害問題で厚生労働省の責任が問われているが、国が被害者の要請を全面的に受け入れたら、我々にかかる負担は軽くない。ことほどさように、無責任な役人が引き起こした諸問題を被害者の納得いく形で解決するためには、潤沢な財源が必要になるが、国の借金は膨大である。国民一人あたり、確か300万円以上の借金をしている計算になっているはずである。病める大国・ニッポン……来年、この手の事件はもっと増えるだろう。そして、無責任な役人が隠していた諸悪業がバラバラと出現し、全国各地の裁判所はパンクするに違いない。2008年……亡国・ニッポンへの道を確実に歩み始める。
2007.12.16
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日本列島は欺瞞に満ちている。いまや「偽・大国ニッポン」、である。食品偽装、耐震偽装、住宅建材耐火偽装、工業製品強度偽装、リコール隠し、薬害肝炎問題、薬害エイズ問題、薬害隠蔽問題、談合汚職、接待汚職、贈収賄、官庁の既得権益固持・利益隠匿、医療費不正請求、介護費用不正請求、政務調査費不正請求、生活保護不正受給、給食費不払い、保育費不払い、苦情魔、モンスターペアレンツ……。。。。えらい世の中だ。だれもが皆、自分だけの利益をむさぼっている。それを見て、善良だった人(本当の善良ではなかったのだろうが)までが真似をする。理由は「自分も乗らないと損をする」だ。「損」とは何だろう。「利益」とは何だろう。私は20年間商売をしてきているが、官庁や自治体の仕事でいい思いをした覚えがないし、不当なほど高い見積もりを提出し、不当な所得を得て、それをくれた相手にフィードバックするといった行為はしたことがない。もちろん、やっている人は見てきた。こんなことがあった。巨大企業の販促担当者が、ハウスエージェンシーの見積もりに不審を持ち、知り合いだった私に聞いてきた。私は少し高い目の見積額を教えてあげた。「ハウスエージェンシーの取り分というものがありますから」と口添えして。私が提示した額は500万円。実質額は380万円ほどだったが、ハウスエージェンシーのマージンを含んだ額だった。「えっ!!! そんな金額ですか?」私は焦った。ちょっとマージンを乗せ過ぎたと思った。「努力すれば、100万円くらい絞れるはずです」「違いますよ。あっちの見積もりは2000万円です」実に4倍である。何をどうしてもそんな額にはならない。端から親のスネをかじり尽くすつもりだったのだ。全くかかわりのない、腹心の外注先を設けて、利益を移転していたのだろう。民間でも、企業が巨大化すると、起こってくることだ。だれもが皆、自分の利益をむさぼる方法を探っている。ハウスエージェンシーの営業担当は、たかがサラリーマン(女性)のくせに、自宅と別荘を持ち、ゴルフの会員権を3つほど持っていた。しかし私は、それをどうしても「利益」とは思えない。心が満たされるものにはなり得ないと思うからだ。妻のある男性を奪い、結婚した女性が一生抱える(抱えない人も多いようだが。私にはできない芸当)罪悪感とか、焦燥感とか、不安感とか、不達成感とか、虚無感といったものと同じような気がする。で、このありさま(20年間鳴かず飛ばず、しばらく経営不振、未婚)だから、ゴルフ旅行を満喫し、おいしいものを食べ、貯金もたんまりできた人々と比べれば、物質的には不幸だし、報われていないように思う。偉そうにできる立場ではない。が、この生き方に後悔はない。根が貧乏人だから、金の価値を痛いほど理解している。狡猾に立ち回って利益を得ることに対する罪悪感が人一倍強い。うちの家族は皆そうだ。いわゆる「清貧一家」だと自負している。「正しく貧しい」方が、「虚偽の裕福」より格上だと思っている節がある。つまり、「清貧」より、「不当な利益を貪る」方が“幸せ”だし“得策”、“与えられた幸運”などとは少しも思えないということ。それは、親が教えてくれたことだ。いま、「偽」を「是」としている人種は、日本人らいし「心」を持つ親に育ててもらえなかったということだろう。本当に嘆かわしい。どこにまともな日本人がいるのだろう。親も、祖父母も、政治家も、教育者も、医者も、役人も、決してまともではない。子どもの教育は絶望的になっている。「お坊さん(禅寺限定)」「横綱経験者(朝青龍除く)」「警察官(一部)」「自衛官(一部)」「宮内庁関係者(教育係)」といった、信頼できる人々が立ち上がって、「思想教育」をしてくれる以外に方法はないように思う。嗚呼、やはり絶望的……。
2007.12.14
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大阪人はタレントに弱いのです。というか、テレビという媒体に心酔してしまっているようです。「テレビに出ている」 ↓「ちゃんとした人」 ↓「善人」 ↓「我らの味方」という意識が極めて早く醸成される人種が多いのです。大阪人はオレオレ(振り込め)詐欺にだまされる人が少ないと言われます。口癖が「うそぉ~」ですから、その事実を疑う余地がないのですが、テレビだけには疑念を持たないようです。橋下弁護士が無能だとは言いません。が、大阪府はそれなりに大所帯で、経済も人口も日本第2位の都市と言っていいのではないでしょうか。しかも、財政や教育や福祉などにも問題を抱え、地域的な問題、談合問題、環境問題、地場産業の弱体化など問題の多い都市だと思います。そんな大阪府を弱冠38歳の若者が変えられるわけがない。何かできると思うのは、過度な期待というものです。官僚出身の知事が100%いいとは思えません。国会議員出身の知事が皆成功しているとは思えません。が、タレントが……。よしんば、タレントという見方を捨て、弁護士として見てみようとするなら、その仕事を見てみる必要があるでしょう。国や自治体を相手に、環境問題、薬害問題などを見事に解決してきたというのなら、自治体や官庁の仕事を垣間見てきたといえるでしょう。しかし……。橋下弁護士が当選するでしょう。それが大阪です。憂うべきことです。頼みの民主党が推薦する候補も大学の教授だとかで、期待薄……。橋下弁護士立候補の陰に堺屋太一さんがいたなどと言われていますが、ご本人が立候補すればいいのに、と思ってしまいます。堺屋さんなら、大阪を「商人の町」にする方策を示してくれるのではないかと。国政では手腕を存分に生かしたとはいえなかったようですが。いずれにしても、大阪の未来は……。
2007.12.13
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インフルエンザがはやっています。「流行」と言っていい状態だそうです。電車の中では、ゴホゴホ、ジュルジュル、クシュングシュン、と身も凍るような光景が繰り広げられています。予防は「マスク」。不思議なものです。昔は、風邪(インフルエンザ含む)を引いたものがマスクをしていました。いまは、健康な者がマスクをする時代。マナーがないというか、常識がないというか、無神経というか、人に風邪を移しても平気な人間ばかりの、無法地帯の世の中になったということでしょうか。それから、「鼻呼吸」も心がけたいところ。鼻は、鼻毛、鼻腔、扁桃腺で、体内に入ってはいけないものを排除します。鼻毛は比較的大きな物質を除去し、鼻腔は空気に温度と湿度を与え、乾燥と冷温を好む細菌やウィルスの働きを弱めます。扁桃腺では細菌やウィルスを取り込むと同時に免疫機能を働かせることで、肺への負担を軽減します。つまり、鼻で呼吸をすることは、人間に備わった機能を働かせるための基本。それに対して、「口呼吸」は、細菌やウィルスをのせた冷たくて乾燥した空気を直接肺に送り込んでしまう、極めて危険な行為です。そんな危険な行為を、日本人の多くが犯しています。学童ならほぼ100%だと言われています。柔らかいものばかり食べるせいで顎の筋肉が弱っていること、口の周りの筋肉が緩いこと、そして、「おしゃぶり」を早くにやめてしまうことがあるようです。口の周りの筋肉が弱いのは、顔の筋肉を余り動かさないことや、ゲームやパソコンのような、表情を動かす必要のない遊びや一人の時間を多く過ごしているからでしょう。「おしゃぶり」は、歯が生え始めた子どものムズムズを解消するものですが、もう一つ、口の周りの筋肉を発達させることも兼ねています。欧米は、長い間おしゃぶりをさせます。街行く人を見ると、若い人たちは口を開けていることが多い。原因の一つに、「ペットボトルをくわえて、口をあけたまま嚥下する」という行為があるそうです。口を開けたまま喉の筋肉を動かすと、その状態が常態化するのだとか。何にしても、ユルユルの日本です。インフルエンザにかかりたくなければ、「鼻呼吸」をする、まずこれからです。世間が信用できないなら、「高機能マスク」をかける、でしょう。口呼吸人口が爆発的に増えている(ユルユル国民の)日本だからこそ、インフルエンザの流行が早くなり、ウィルスに弱くなり、罹患率が高くなるのです。嘆かわしい。
2007.12.12
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私は「記念日」や「誕生日」には全く無関心なのですが(誕生日を覚えているのは親兄弟だけ。でも、当日になっても思い出すことはまれです。自分の誕生日でさえ)、たった一つだけ、毎年祝う記念日があります。出会って10年になる、同居人と最初にデートした日です。毎年この日は、10年前からずっと行っていた串カツの店(おやじ的)でしこたま串カツを食べ、最初のデートで行ったバー(おしゃれじゃないカフェバー)でスコッチを飲みながら思い出話をするというのが定番のコースでした。ところが、デートのたびに行っていた店が次々になくなっていくのです。串カツ店はご主人の体調を理由に、今年秋口に閉店しました。おしゃれじゃないカフェバーは、来年1月15日に閉店することを、昨日告げられました。去年から今年にかけて、二人の行きつけの店が次々になくなりました。小料理屋「T」を初め、事務所の近所だけでも数店が閉店しました。理由はさまざまですが、余り芳しくない閉じ方でした。「思い出」は、訪ねられる形で存続してほしいものです。消滅してしまい、心の中だけの残像になってしまうのは、やるせない気持ちです。このままでは、二人の関係も「思い出」になりそうな雲行きで、何とも……。思い出など、つくらぬ方がよいのかもしれません。前だけを見て、未来だけを描いていく、それが男女の関係を良好に保つ秘訣かもしれません。「以前はやさしかった」「付き合っていたころは、そんなことは言わなかった」「おやじになった」「もういい!」何がもういいのかわからないけれど、究極の言葉が口に出るようになると、辛うじて保って来ていた緊張感というか遠慮というか思いやりのようなものが弾けてしまいます。そこから、また違った関係をつくる努力をすればいいのですが、体が弱っていたり、仕事がうまくいっていなかったり、経済状況に問題があったりすると、精神力が続かないというようなこともあって……。とりあえず、未来を見ることにしようと思います。久々に、勉強を始めたところです。当面の目標を現実のものにするために、神経と体力を使うように努めます。そんなこんなの年末です。
2007.12.11
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ここんとこ、体調がすこぶる悪かったのです。人生初めての便秘を経験し、背中痛、消化器系の不調、胃痛、体の冷え、不眠、食欲不振、肩や首の痛み、倦怠感、微熱……、何か大きな病気にでもかかっているのではないかと、大変不安に思っておりました。原因がわかりました。枕です。新しい枕に変えてから、2週間ほどで目に見えるほどの症状が出始めました。2ヵ月ほど使ったでしょうか。その間、上記のような症状が徐々に出現し、どんどんひどくなっていきました。それに気づいたのがおととい。きっかけは、首の凝りのひどさからでした。「枕が原因かな?」で、以前使っていた枕を引っ張り出し(捨てなくてよかったー)、昨日、それで寝ました。うそのように、首が楽になりました。便秘も解消し、食欲も少し戻りました。何より、不眠が解消されました。私の場合、新しい枕は低過ぎたようです。頭の部分にジェルの入ったパッドを載せて使うタイプの枕なのですが、ジェルパッドを載せると、首の部分と頭の部分がフラットになってしまい、首が萎縮する形になります。横を向くと枕が低いので、上を向くことになるのですが、これがいけなかったようです。以前の枕は硬い目の低反発枕で、首の部分は10cm近くありますが、頭を載せると4cm程度まで圧縮されます。新しい枕は通常が5cm程度で、頭を載せるとぺっちゃんこになります。ジェルパッドを載せておくと、指示部が頭になるので、首の部分の圧縮は小さいのですが、後頭部がやけに疲れます。いずれにしても、枕は自分に合ったものをきちんと選ばないといけないと痛切に感じました。人生の1/3の時間を過ごすことになる「睡眠」、大切にしたいものです。
2007.12.10
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日本の法律には、ありとあらゆることに「時効」が存在する。「殺人」しても、15年間逃げおおせれば罪に問われない。「税金」を「滞納」しても、5年間知らん顔をしていれば、支払い義務から逃れられる。おかしい。「殺人」を犯す罪も去ることながら、「逃げる」行為はもっと糾弾されるべきではないだろうか。故意であれ、意図しない事態であれ、結果として命を奪ってしまった相手に詫びることなく、報いを受けることなく、一般人と変わらぬ生活をし続けた人間が無罪放免になるというのは、それが法律で定められているのは、いかがなものだろうか。理由がわからない。「15年間逃げ続けるのに、懲役に見合うほどの苦痛があったはず」とでもいうのだろうか。あり得ない。時効の理由は、「公務員の怠慢の許容」である。犯罪に関する時効なら、「警察」「警察庁」の、税金に関する時効なら、「自治体」「税務署」「国税局」「財務省」の、年金に関する時効なら、「社会保険庁」「厚生労働省」の、責任の継続を回避するための措置である。“捜査(調査)の継続に、費用がかかり、国民(市町村民)の貴重な税金を使い続けるわけにはいかない”というのが大義名分だが、“自分の在任中はやり過ごしたい”という事なかれ主義と、“前任者の仕事は自分には関係ない”という怠惰、そして、そんな社会主義的対応を許容するための法律なのだ。しかも、これらの法律は、役所(大勢)側に有利な設定になっている。市民、国民は、おかしいと思ったら、申告しないといけない。役所からは何も言ってくれない。しかも、こちらの申告する期限は2年なのに、役所側の「逮捕」「徴収」等の権限が及ぶ年限が5年になっていたりする。ゆえに、ほとんどの国民は「泣き寝入り」をしている。泣き寝入りをしていることすら気づいていないことも多い。何とかしなければならない。自民党の若手議員から、公務員の税金の不正使用への対策についての法律が出されたりしているが、立法化は無理だろう。範囲の規定が難し過ぎるし、億(兆)の単位の税金を扱う役人も多い。一生かかっても弁済はできない。所詮、衆議院選挙を控えた時期のアピールに過ぎない。役人も議員も信用ならない、が、これを放っておいては、善良な国民、市民は被害を被るばかりだ。何かをしないといけない。現行法を駆使した活動と、法改正が必要ではないだろうか。
2007.12.08
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大阪では連日のように、人身事故によるダイヤの乱れが起こっています。気づけば年末です。先月末あたりから、頻度が高まっているように思ったりしています。人身事故が起こりやすいのは、比較的人通りの少ない踏切付近や、通過電車がホームを通る駅のホームの端、ホームの端が死角になっている駅など。私が通勤に利用している電車は複々線になっていて、通過電車はホームに近づかないので、電車が入ってくるホームの端から飛び込むことが多いようです。スピードもそれなりに落ちているので、リアルなぶつかり方をするように思うのですが、私の利用駅でもよく人身事故が起こっていました。いまは、そっち側のホームの端に喫煙所を設けて、飛び込みがしづらいようになっています。電車に飛び込むくらいなら、逃げればいい。金が原因で死ぬことはない。税金だって、5年間滞納すれば時効です。逃げ続ければいい。もちろん、綿密な計画を立てる必要があります。行き当たりばったりで逃げれば、家族や親族に迷惑がかかったり、すぐに債権者に見つかったりしてしまいます。殺人を犯したような者が、檻の中で食べるものに苦労することなく、のうのうと生きていける世の中です。借金を踏み倒したぐらいで死ぬことはない。もうどうにもならない、何が何でも死にたい、という場合は、一人迷惑のかからない方法を選んでください。もっとも、そんな状況判断ができないくらいに切羽詰まっていることは容易に理解できます。が、それで、一日の行動がむちゃくちゃになる人が時には何万人も発生してしまうことも理不尽ではありますまいか。それが原因で不渡りを出してしまい、首をくくらなければならなくなったという人が絶対にいない、とは言えないのではないでしょうか。いずれにしても、大阪はダメです。これからどんどん人身事故が発生するような予感がします。新しい府知事には、ぜひとも景気浮揚の政策の立案と実行をお願いしたい!SHARPの誘致に成功したからといって、大阪経済にさほどの効果をもたらすとも思えません。亀山を見てみればいい。三重県は、「地域の雇用促進」を願っていたが、工場はライン請け負いの会社が入って外国人を大量に送り込んできました。日本人はというと、ニートまがいの若者が再起を期待してやってきては、挫折して1日~1週間くらいでやめてしまう。定着しないから、よく働く外国人がそれに取って代わる。地域住民の雇用など微々たるものです。……暗い気持ちになります。来年はいい年になるはずです(風水、六星占術、四柱推命などなど)。頑張って年を越そうと思います。この1年半、いろいろなことがあり過ぎました。ちと疲れた……。新しい生活へと切り替えるときなのかもしれないと思ったりして。そんなことを考える年末です。神社に行って、力をもらってきます。 柏手(パンパン)
2007.12.06
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大阪にも、寒波がやってきました。紅葉の季節の短かったこと。久し振りに牛すじ(品薄でスーパーには滅多にお目見えしない)が手に入ったので、おでんをつくりました。具材は、「牛すじ」「大根」「こんにゃく(東北の玉こん)」「厚揚げ」「ゴボウ天」です。本当は、「じゃがいも」と「卵」も入れたかったのですが、鍋の容量の問題で、次の回(具材の補充時)にしようと思っています。そのほか、平天、鶏のつみれ、ロールキャベツ、巾着(野菜たっぷりの肉団子入り)など、徐々に足していきながらバージョンアップします。ご飯のおかずにもなるし、お酒の肴にもなるし、夜食にもなるので、一度つくったら、結構重宝します。もちろん、継ぎ足し用のだしは用意してあります。こんな大きな鍋でつくっていますが(大根1本、牛すじ400g、玉こんにゃく2玉、絹厚揚げ6つ、ゴボウ天5本)、あっという間になくなります。夜食、ブランチ、夕食で完食です。具材がなくならないように、徐々に足していき、数日もたせるのが我が家のやり方。味に飽きたら、七味、柚子胡椒、玉味噌、肉味噌、とろろ昆布、コチジャン、トマトソースなど、薬味ならぬ調味料をプラスし、具材を洋風、中華風、イタリア風に仕上げればOK。とはいえ、酒飲みの我々は、昆布と鰹でとった出汁でコトコト煮るのだけで満足。和がらしでいただきます。寒い冬はおでんです。冷え性を気にする女性(最近は冷え性の男性も多いそうで)は、食べるときにショウガのおろし汁を少しかけて食べるといいようです(唐辛子も体は温まりますが、腎臓にはショウガがいいみたいです)。あ、食べよ。
2007.12.04
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“風邪を引きやすい”という人は、「免疫力の低下」とか、「低体温気味」とか、「栄養バランスが悪い」などといったさまざまな原因が複合的に存在しているのだと思います。しかしながら、人間の体というのはすごいもので、おかしな状況にもある程度適応します。例えば、子どものころから偏食を続けているという人なら、体内で不足しているビタミンを人よりたくさん生成できるようになるとか。とはいえ、どうにもならないこともあります。その一つが「水の不足」。水分を余り摂らない、甘い物やコーヒーばかり飲んでいるというような人は、風邪を引きやすいはず。血液がドロドロだからです。血液がドロドロだと、なぜ風邪を引きやすいのかというと、体内に侵入してきたウィルスや細菌をやっつける能力が低下するからです。ウィルスや細菌が体内に侵入すると、これをやっつけるためにマクロファージが血液に乗ってウィルスや細菌のところに駆けつけます。駆けつける速度が早ければ早いほど、ウィルスや細菌の増殖が進まない間にたどりつき、駆逐する確率が高くなります。ところが、血液がドロドロだと、ウィルスや細菌にたどりつくのに時間がかかり、その間にウィルスや細菌が爆発的に増えてしまいます。そうなると、マクロファージは負けてしまうのです。水を飲んでください。しかも、クラスターがグタグタしている水道水などではなく、吸収率のいい水を。難しくはありません。市販のミネラルウォーターでも、一度沸騰させた水でもいいのです。1日2リットルを目安に。もっと飲んでも問題はありません。ただし、食後1時間は飲まないでください。胃液が薄まって、消化不良になります。風邪の引き始めの症状のときでも大丈夫。すぐに水をゴクゴク飲めば、大抵間に合います。その場合は、体温くらいの白湯や、倍量くらいに薄めたアイソトニック飲料(ポカリスエットなど)がよりいいでしょう。それから、「関節」を冷やさないようにしてください。「首」「肩」「腰」「膝」「足首」など、主要な関節はもちろん、皮膚の薄い関節を冷やすと、「冷え」が体内に侵入します。低体温や冷え性など、女性特有の症状のある人は、背中側の首の付け根のグリグリの下(ツボ名は「風門」)を冷やさないように、「貼るカイロ」などであっためましょう。そうした配慮をして、風邪を引かないように注意してください。電車の中でゴホゴホ、クシュン、ジュルジュルしている人が腹立たしい!人に同じような苦しみを与えようとしているとしか思えない!自分の不摂生と不注意で、人に害を与えるのは極力避けていただきたい!よろしくお願いいたします。
2007.12.03
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学校では、教師に児童・生徒を叱らないように指導するらしい。叱ると、バカ親が殴り込んでくるそうだ。校長は、そんなバカ親も一緒に叱り飛ばせばいいのだ。教育委員会は何を怖じ気づいているのだろう。理解に苦しむ。嘆かわしい。教育委員会も学校(校長以下教師全員)も、社会(地域社会から自治体行政、マスコミなどなど)さえも「臭い物に蓋」体制なのだ。バカ親と、バカ親に甘やかされて育つ邪悪な子どもは、「臭い物」扱いされていることに全く気づいていない。バカのゆえんである。「子どもはほめて育てる」などというバカの極地のような寝言を言っている輩がいるから、世の中全体が利己主義でユルユルの、白痴社会になってしまったのだ。元来、子どもは邪悪である。昆虫の足をもぎ、羽根を剥いでも平気でいる。猫や犬をマンションの5階から落として満足している。弱いもの、小さいものをいじめて欲求を満たす。しかし、強いものにはこびへつらい、顔色をうかがう。致し方ない。それが人間の本能なのだ。野生動物皆に備わっている防御本能、攻撃本能に加え、「思考」という特殊能力を持ってしまったことによって、さらに複雑な行動をもが本能に組み込まれてしまった。これを、“人間らしく”修正し、円滑な社会生活が営めるよう、そして、苦痛なく「我慢」「忍耐」「節制」ができるよう訓練するのが「教育」なのだ。その基本は「叱る」ことだ。叱られることでしか、子どもは「やってはならないこと」「やらなくてはならないないこと」「やるべきではないこと」「やるべきこと」がわからない。人間は、放っておくと、自分が楽なこと、うれしいこと、楽しいことしかやらない。それはすなわち、邪悪な行為なのだ。叱られるからこそ、ほめられたときに“自分のやったことの価値”がわかるのだ。叱られたことのない子どもは、ほめられて勘違いする。自分がスーパーマンか天才かのように思い込む。当然だ。叱らたときにしか、自分のふがいなさやダメさ加減を認識することができない。「自戒」は、叱られた経験の後にしか芽生えない。「叱る」ことは、子どもに対する教育の基本だ。どんな宗教の教えにも、「戒め」の言葉がある。連綿と受け継がれてきた神の言葉の中に「叱咤」があり、「激励」がある。「叱咤」があるから「激励」をありがたく感じるのだ。バカ親たちを駆逐する方策はないだろうか。バカ親はバカだから、正論が通じない。自戒がない。反省しない。給食費や保育料を滞納し、高級車を乗り回したり、海外旅行して平気だ。バカ親は叱られたことがないのだろう。叱ってくれる存在があったら、恐くて、恥ずかしくて、そんなバカな言動はできないはずだ。バカ親を裁く法律を立法してほしい。またしても、額賀大臣の証人喚問問題で詰めの甘さ、言動の軽薄さ、情報網の弱さ、議員としての実力のなさを露呈し、いい加減にしないと自爆してしまうぞ、と多くの支持者から腐心されている民主党の議員の皆様にお願いしたい。教育問題は、額賀大臣が料亭にいたかいないかより大切です。明日の日本をつくる子どもたちがヤバい状態です。バカ親たちが地域の自治を崩壊させかねない勢いで増殖しています。こいつらは、もはや人間ではありません。邪悪な害獣です。その子どもは、もっと悲惨な未来を歩むに違いありません。早く手を打たねば、「年金制度」も「皆保険制度」も「NHKの受信料制度」も「税制」までも成立しなくなります。法律の対象は、いまの世の中をこうしてしまった65歳以下の祖父母世代、40~30代の親世代、20~10代の孫世代です。何卒よろしくお願いいたします。 南無
2007.12.02
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