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木曜日(30日)の退院を目論んでいたものの、熱発により退院見送りとなった翌日(1日)朝、看護師がいつもより早く検温にやってきた。結果は36.7℃。看「お熱はありませんね」虫「はい」実は、前日からほとんど変わっていないはずだ。多分37.2℃はあったと予測する。1〜2分の違いはわからないが、体感で何度くらいかわかっている。前日の夜はもっと高かった。38℃超えは必至の様子。朝方(4時くらい)に汗びっしょりになったので、ようやく下がってきたと認識できた。5時くらいにシャワーを浴びた。本来なら、看護師にその旨を告げる必要があるかもしれないが(転倒などの事故に備えるため、監視が必要。看護師からはそう言われると推察)、黙って浴びた。前日のこともあり(夜中に体温を計ったことが主治医にバレた)体温に言及されるのを避けたかった。そのせいもあって、検温に来たときの体表温度は下がっていたと思う。前述の37.2℃は口中での推定値。8時半ごろに主治医がやってきた。主「熱が下がりましたね。きょう退院でいいでしょう」虫「ありがとうございます」よかった。熱のせいで余り眠れていなかったので、体調はよくなかったが、退院することしか考えていなかったので、ホッとした。自宅に着き、服を着たまま横になった。テレビの観覧に行く前に休んでおこうと考えたのだ。観覧時間はぶっ通しで2時間。収録中に体調が悪くなっても、対処してもらいにくい環境だろうから、できるだけ体調を整えておこうという算段だ。10時の退院を少し早くしてもらったので、1時間ほど眠れる。まず体温を計る。37.4℃。いかぬ。これ以上あげるわけにはいかない。短い眠りにつく。ふと目覚めたら、家を出なければならない時間。トイレだけ済ませて家を出た。スタジオに着き、係員の誘導どおりに着席したのだが、どうも狭い。どうやら隣のおばはん(通常ならもっと上品な語彙を使用するが、体調不良で配慮不能)が侵食してきているようだ(一人分を区切っているが、クッションが連続している長椅子式座席)。半人分の座席しかもらえず、右肩がおばはんに当たる。左に体を傾げていたら、腰が痛くなってきた。熱も下がっている気配がない。まだ終わらぬか、と時計ばかりを見ていた。観覧が終わり、知人と会食に行ったのだが、メニューを見ても全く食欲がわかず、さりとて知人も大したものをオーダーしない。あっさりした、ボリュームのない酒肴がテーブルに並ぶばかりだった。後からわかったのだが、その店では適当に過ごし、夜の営業時間になったら、別の店に移動して、本格的な会食にしようと考えていたようだった。申し訳なかったが、その1軒で辞することにして、自宅に戻って、顔を洗って歯を磨いたらすぐに寝床へ。予想どおり38℃超え。とりあえず眠った。深夜0時過ぎ、目が覚めたので検温したら37.8℃。よかった。上がらなければよしとしよう。病院ではほとんど眠れなかったせいか、その後4時に目覚めたが、再び眠り、8時まで。8時時点で37.4℃。少し落ちたと喜んでいたが、10時ころから現在(17時)までずっと37.6℃。原因はなんなんだろうなぁ。あす下がらなければ、GW中の店の予約をキャンセルしなければならないかも。。しかも、病院もGWシフトになっているので、受診したくても、主治医が出勤しているかどうかわからない。そうすると、ずっと布団の中のGWか……。最後の約束を履行するのは大切なことだが、無理くり退院するのも考えものだ。ま、治せる病気でなし、対処療法しかできないのだから、焦る必要もない。ただ、このままズルズル死のレールに乗ってしまうのは、いやではある。できるだけ迷惑をかけない死に方を目指している虫けらにとっては、無念を残す最期となるだろう。死ぬときは人生最高の「かっこいい」最期でないと。と思いつつ、食事をどうしようかと迷う。あっ! レディボーデンがあった。洗濯機から終了音が鳴っている。姪からの郵便が届いているはずなので、郵便受けに見に行かねば。死後ファイルの書き足しもある。最後の入院のときの持参品リストをつくろう。虫けら一流の、何事もなかったかのような何気ない日常に戻ったようだ。 安 穏
2026.05.02
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昨夜、0時時点で37.8℃だったのだが、朝には36.8℃に下がっていた。腋下で測定した体温なので、本当は38.2℃、37.2℃くらいであったと予測できる。虫けらは、口中で計ると0.3℃は高くなる。こちらが本当の数値だと認識しているのだ。深夜に体温を測った理由は、38℃以上出ていたら、解熱剤をもらおうと思ったから。あいにく、38℃を超えていなかったので、様子見ということにした。朝、主治医が病室に訪ねてきた。主「熱が出ましたね」開口一番の主治医の言葉に、夜中、体温を計らなければよかったと後悔した。虫「はい。原因がわからないのが気持ち悪いですが」主「血液検査は問題なかったんですが」「が」に嫌な予感。主「熱がどうなるかわかりませんので、 きょうの退院は見送りですね」虫けらは言葉を出さずに両手で顔を覆った。主治医は「ふふ」っと笑った。なぜ笑う?サドか?主「また熱が上がったり、痛みが出たら考えないといけないですが、 このまま推移したら、あす退院ということにしましょうか」虫「はい」退院できなかった。……😢😢😢😢😢😢😢いや、あす退院できたら、自宅に戻って1時間ほどで現場に向かえば間に合う!入院道具の片付けは後にして、とにかく番組観覧に向かおう!GW中の店の予約もちらほら入っている。元気になって、日常生活を取り戻さないと。夕方、師長さんが病室を訪ねてくれた。師「どうですか? 痛みとか、吐き気とかありませんか?」虫「はい。大丈夫です」師「あす、予定通り退院となります。10時には 請求書等をお持ちしますので、よろしくお願いします」虫「ありがとうございます」よかった。あすの主治医の訪問はないのかな。実はまだ熱が下がり切っていない。37℃以上出ているのではないか、というタイミングがある。というか、36℃台になっている時間の方が短い。何かあるのはわかっているが、意外と日常生活に戻ったら、体温が下がるような気もする。というわけで、あす退院である。……今夜、異常が出なければ……。 恐 怖
2026.04.30
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昨夜(28日)は一睡もできなかった。明けて29日は祝日ゆえ、「病室を訪問する人も少なかろう。昼間に眠ればいい」と考えた。しかし!やはりそうは問屋が卸さない。朝食の8時までに、少し眠りたい。6時までは全く眠くなかったのに、7時に近づくと気持ちよい睡魔が襲った。チャンス!と、眠ったのも束の間、看「虫けらさーん、体重測定します」とやおら看護師が入ってきた。体重測定は、入院時にしなければならないもの。病院側が忘れていたのだ。ナースステーションの前にある体重計に乗るのが通常だが、ポータブルの体重計を持ってきた。せっかく眠れたのに…。10分ほどの睡眠だった。10時過ぎ。また、気持ちのよい睡魔が。。眠りに落ちた瞬間、看「テーブルをお拭きしますね〜」ベーッドの横のテーブルや収納家具などを拭き始めた。せっかく眠れたのに…。これまた10分足らずの睡眠。眠ろうとすると看護師が入ってくる。祝日とてこの有様。平日ならもっと頻繁に病室に出入りされる。着替えすらタイミングを図らねばならない。下着なら、トイレに入ってすることになる。不自由である。そうして過ごした祝日。早めに眠ろうと、PCもスマホもイヤホンもはずし、22時には就寝体制に入った。???熱い。体温が上がっているようだ。なぜに?夕方、くしゃみを連発した。体が冷えているのだろうか。そうしていると、徐々に体温が上がるのがわかる。個室には、夜間の見回りは来ないのだが、この時期である。新人の研修なのかわからないが、0時頃にスーッとドアが開いた。随分長い間開けているが、何を確認しているのだろう。入り口からは、虫けらの様子はほぼわからない。部屋に足を5歩ほど踏み入れると、虫けらの上半身が見えるはずである。看護師が入ってきたタイミングで、虫「すみません」と突然起き上がった。驚いたように看護師が看「起こしてしまいましたか?」虫「いえ。体温計を貸していただけませんか? 熱が出ているようです」体温計を持ってきてくれた。右脇に差し込む。看「37.8℃です。どうしましょう」自宅では、虫けらは腋下で体温を計らない。必ず口中である。腋下と口中の体温の差は0.3℃以上あるからだ。多分、実際は38℃を超えているはずだ。虫「このまま様子見ます。もし下がらなければ、 ロキソニンをいただけますか? 明朝は検査なので、下げておきたいんです」看「しんどくないですか?」虫「38℃くらいなら大丈夫です」看「強いんですね」そう。虫けらは熱に強い。というか、熱をよく出すので、耐性ができたのかもしれない。39℃になると、そうも言っていられないが、38℃くらいなら、平気で仕事をしていた。しかし…原因がわからない。体が冷えたと言っても、風邪のような症状は一切ない。まさか、胆管のチューブが悪さしているとか?考えても仕方ない。明朝の検査次第で、退院か入院継続かが決まる。とりあえず自力で熱を下げる努力をしよう(どんな努力なのか…)一向に眠れないまま、寝返りを繰り返すこと3時間ほど。汗が出てきた。おっ! 熱が下がり始めたな。1時間ほどそのままにしていたら、随分楽になってきた。しかし、パジャマは汗でずくずくである。体を拭いて着替えた。で、ブログを書いているという状況である。7時前には採血がある。この結果で退院か否かが決まる。少しゆっくりしておこう。番組閲覧!絶対に行きたい。誘ってくれた知人と会うのは最後になるだろうから、それも重要なイベントである。ん?おなかがすいている。熱発で体力を使ったからな。朝食まで3時間。辛いのぉ〜。 不 安
2026.04.30
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忘れかけてた愛が蘇ることはないが、とにかく焦る。眠れないと、体に悪い。よく晴れて気持ちいい日だったのに、夜になったら気分が重苦しくなる。考えてみると、湯治旅行をした初日、姪一家と楽しんだ市内のホテル宿泊時、昨年末の旧友との旅行時、入院した初日(手術などの特殊な日を除いて)、全く眠れなかった。これは、病気をしてからのことで、仕事で全国を回っていたときは、「もう朝?」とがっかりするほどよく眠っていた。仕事が終わってホテルに到着し、シャワーを浴びて缶ビールをグビッとやったらコテッと寝てしまい、目が覚めたら起きるべき時間。本当に寝るだけのホテル宿泊だった。ところが、病気をしてからは……。考えることが多過ぎるのだと思う。寝る間際まではもちろん、起きた瞬間からもう何かを思案しているのだ。「あしたは祝日か」と思ったら、もう思考が始まる。もし祝日でなかったら、検査結果によっては退院できるのに、と思いつつ、店の家賃の振込やシロアリ出現の確認はいつにするか、テレビ観覧の後はどうするか、GWはどのように過ごせばいいか、途中になっている死後ファイルは、公正証書遺言は、不動産の売却のお願いは……と、果てしなく展開していく。今回は短期の入院なので、2着のみ持参したが、洗濯できない状況になったら、4着くらいは必要か、と、パジャマのことを考え、自分の枕を持参するとしたら、と、枕のことを考え、院内で使いやすい、脱ぎ着しやすいのがいいな、と、靴のことを考え、スキンケア用品のことや、グルーミングの道具のことや、PCやスマホのことや、荷物を入れるバッグのことや、なんやかやが脳裏に浮かんでくる。何度もPCを閉じ、スマホを閉じ、イヤホンを外し、寝る体制を作るのだが、一向に眠れない。一番いけないのは枕だ。高くて硬くてどうもいけない。プラスチックのビーズが入ってるっぽいが、仰向けで枕を頭の下に敷くと後頭部が痛くなってくる。横を向くいて、枕の下端を首の付け根まで上げると高さはよくなるのだが、耳や頭が痛い。適当に敷くと首が痛くなる。そうこうしているうちに、もう5時である。ご老人たちが起き出す時間だ。眠るのは諦めることにする。外が白んできた。起きておこう。祝日なので、病室に訪ねてくる職員さんも少なかろう。主治医は来ないし、看護師さん以外の人々(栄養士、薬剤師、掃除の人、ベッドメイクの人など)もオール休みである。いくら忙しい入院生活でも少しくらい眠れるだろう。きのうとおととい、入院のことを書いたが、がんの現在を長く書いていないので、近く書こうと思う。…それにしても、去年の入院(脚の骨折)をなぜか思い出す。病棟の看護師さんが若くて明るかったことや、担当医が背の高いシュッとした男性医師だったこと、脚は折れていても体が元気だったこともだが、何より、怖い主治医がよく病室を訪ねてくれたので、思い出がたくさんあるのだ。入院が楽しいなどということは決してないが、痛い、苦しいばかりではなかったと思う。最期の入院(緩和ケア病棟)に備えて準備しないといけないこともたくさんあると確認できた。そんなことを思いつつ、アップすることにする。 不 眠
2026.04.29
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昨日午前、入院した。15時には簡単な手術をして、病室に戻ってからは、随分長い間寝続けた。9時間眠って深夜0時にようやく目覚めたが、スマホを取り出してメールチェックした後YouTubeを視聴しようかと思った刹那、また眠気が襲ってきて眠った。5時前に目覚めたが、何かをしようとすると、点滴や心電計の配線が邪魔で動く気になれず、しばらくじっとしていた。右腕に点滴をしているのに、スタンドはベッドの左側、心電計は線が短くて、計器を持たないと動けない(手術着は右上の着物型なので、配線は右側に出ている)。デジタル化の世の中である。体に貼り付けた端末からデータを飛ばし、ナースステーションの計器で受信する心電計、あるだろう。指先につける酸素濃度計もややこしい。右手についていたのだが、スマホ操作がしづらいので左につけ替えたら、右も左も不自由になった。手前に写っているのが酸素濃度計の指クリップ7時に採血、8時半に主治医の訪問で、主「経過は良好です。膵炎の疑いもないし、 きょうのお昼から、食事を食べられます」虫「ありがとうございます。 となると、退院は……」主「あすが祝日ですから、休み明けに検査、 問題なければ退院ですね」虫「よかった。よろしくお願いします」何をお願いしたのかわからなかったが、思わず出た言葉である。実は、5月1日はにはずせない予定がある。某番組の観覧に行けるのだ。旧知の知人が誘ってくれて、二つ返事を返した身としては、「入院したのでキャンセルで」とは言いづらい。テレビ局には仕事でよく出入りしていたし、番組も見せてもらったことがある。何より、生番組のコマーシャルのディレクターをやっていたので、裏側から番組を見るのは初めてではない。が、一視聴者として観覧するのとは訳が違うし、当該番組は虫けらがよく観ていたものだ。ここ7〜8年はテレビを見ていないので、その番組もトータルに見たのはそれ以前のことだが、YouTubeに上がっている切り取りをちょくちょく観る。生で観られるまたとない機会。退院したその足でも行きたいと思っている。この手術で取り替えたチューブが持つのは3ヵ月。次の取り替えは拒否してもいいくらい準備を進めたい。というわけで、間もなく昼食である。粥が出てこないことを祈って、配膳を待つことにする。今回は48時間の絶飲食で済んだ。幸せだ〜。 感 謝
2026.04.28
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昨夕〜夜にかけては、原因不明の熱発があった。最高は38.3℃。検温後、すぐに眠ってしまったので、本来ならもう少し上がっていたのかもしれない。4時間ほど経って目覚めたら、37.3℃に下がっていた。睡眠は偉大である。さて、熱発の原因は?どこかで炎症が起こっているのだろうと思ったが、皆目見当がつかない。いつものようにゲリリンを起こしていたので(熱発のときは、大抵セット)、トイレに立つたびに鏡を見ていたが、表情もさほど疲れていないし、眼光もいつもどおり。黄疸も認められない。しかし!今朝までに6回ほどトイレに入ったが、都度、便の色が薄くなっているのに気づいていた。『黄疸が出るな』最終は今朝4時くらいだったが、そのときの便は、ほんの少しグレーと黄色を混ぜた紙粘土のような色だった。明るくなって、太陽光で顔を見たら、!!!結構な程度の黄疸が出ている(顔)。不思議と白目は白かった。急過ぎる。一晩で黄疸がここまで進むとは。多分、ひどい炎症が起こっているのだろう。幸いというか、ジャストタイミングというか、きょうは診察日である。問題がなければ抗がん剤治療、となるはずだが、これでは無理だろう。検尿があるので、飲まず、というわけにはいかないが、胆管にカテーテルを挿入する手術があるだろうから、食わずに家を出た。術前のCT撮影もあると予想し、金属を排した服装で。診察室にて。主「どうですか?」虫「黄疸が出ています」主「そうですね。7まで上がってますね。 きょう、入院できますか?」虫「はい」というわけで、入院した。間もなく手術である。きのうは昼までは飲食できたが、夜はゼリー飲料二つのみ。今朝は絶食。術後は、最低丸一日は食べられない。場合によっては、あと何食か禁止されるかもしれない。体重がまた減るだろう。虫けらは、絶飲食に慣れているし、1週間程度の絶食は苦もなくできる。が、健康なときとは違って、いまは体重を落としたら命取りになる状況だ。さて、どうしたものか。この手術を受けなかったら、1週間ほどで死ぬらしいので、準備が整っていたら、虫「もういいです」と言えたのだが、現在公正証書遺言作成中である。依頼した司法書士が慣れていないらしく、レスポンスが大変悪い。こちらから問い合わせするたびに手順や準備するものが変わる。虫「これからは、遺言関係が儲かりますよ」司「え、そうなんですか?」虫「子供がいない人が多いし、ご夫婦でも悩まれている人も多い。 建物の登記なんかだと書類作成は一度きりですが、 遺言の場合は、時期が来たら書き換えたり、 相続人が変わったりするから、その都度費用が発生します。 立会人になったら、それこそ数十万の手数料が入りますからね」司「ほ、ほんとですね! ハハハハハ」大笑いである。変なところに笑いのツボがあるおっさんだ。司「人の死に関することなのに……、笑ったらいけませんが、 ハハハハハ」よほどハマったのだろう。というわけで、後少し時間が必要である。この手術で膵炎を起こす確率が低くない。膵炎は怖い。そのまま死に至ることもある。それを見越して、「死後ファイル」と当面必要な現金を病院に持参した。ファイルの見方はすでに後を託す姪に説明済みである。今回はPCを持参した。が! スマホのサブ機を忘れた。最短で4日、長くて1週間ほどの入院なので、なんとかなるだろう。甘いか?てなわけで、術後にブログを更新することを目標に、生きて病室に帰れるよう頑張りたい。 切 迫
2026.04.27
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この週末(金曜と土曜)は、ショコラだった。何のこと?25年前に製作されたアメリカ映画?そうそう、あの映画のジョニーデップはよかった。虫けらのスマホの待ち受けになっている。「彼氏?」待ち受けを見て、そう言った人も幾人かいたが、どう見ても日本人じゃないし、年齢も…いや、ジョニーデップと虫けらは同年代だ。いつから…多分、10年ほどは待ち受けになっているので、ギリセーフの問いか(なわけないがな!)ジョニーは関係ない。近くの製菓会社がチョコレートの直売イベントをするというチラシがマンションの郵便受けに入っていた。1kmほどの距離。「行ってみるか」と珍しく考えて、チラシを取っておいた。金曜日。お腹の調子が悪く、落ち着いてから出かけたら、到着が15時近くになってしまった。「本日の販売分は完売しました」との立て看板。仕方ない。10〜16時の開催だが、さすがにチョコレートは人気なのだな。それもそのはず。最近、チョコレートの値上げは驚くべきもので、去年の価格の1.5〜2倍になっている。値上げ幅が小さくても、量が減っているとか、小さくなっているとか、何かの残念ポイントがついてくる。実は、虫けらは甘いものが好きではなかった。これは虫けらの生態を知る者はおしなべて知る事実である。病気になるまでは、甘い飲み物からスイーツまで甘味料の入っているものはほとんど口にしなかった。しかし、「体重を落としてはいけない」という命題があり、手っ取り早くカロリーが摂取できる甘い物は常備しておくべきアイテムとなった。中でもチョコレートは嫌いではない甘い物の一つなので、冷蔵庫(チルドルーム)に常に入っている。「チョコレート効果 72%」と「キットカット」の何か。どうせなら、ポリフェノール効果を期待したいので、カカオの入っているものを選んでいる(というか、ホワイトチョコベースのチョコをチョコレートと呼ぶ意味がわからずにいる)。で、暑い中足を運んだわけだが(ウオーキングを兼ねて)、不発に終わった。土曜日は寝坊をしてしまい、10時に到着、の目算はかなわなかったが、12時過ぎというか、13時前には到着した。が、またしても「本日の販売分は終了しました」との立て看板。諦めて帰ろうかと思ったら、販売会場の向かいの会社ビルからダンボールを抱えた男性が。虫「チョコレートはもうないんですね」男「はい」虫「人気ですね。きのうも来たんですが売り切れで」男「きのうも午前中に売り切れまして」仕方ない。帰るとするか。と、そのとき、男「チョコレートはないんですが、おまけのお菓子の つかみ取りがありますので、よろしければ」チラシにも、「1000円以上お買い上げの方〜お菓子のつかみ取りがあります」と記載されていた。虫「え…」と躊躇していたら、男「無料ですから、ぜひ」と促され、会場へ。小学中学年くらいの女の子と男の子が係をしている。女「片手で掴んでください」虫けらが箱の上部に開いている穴に手を突っ込み、大量のお菓子を掴んで引き上げた。虫けらは手が大きい。こういうときには大変役に立つ。小さなショッピングバックで受けてくれる。少しお菓子が落ちる。すると、男の子が穴に手を突っ込み、たくさんのお菓子を掴んで、横からショッピングバッグに入れてくれる。パンパンになった袋を手渡してくれた。女「おい! 来年もやるんやな」と女の子が男性に向かって聞いている。多分お父さんだな(しかもイベントの責任者か)。父「いや、わからん」女「やれ」父「うん…、やろか」女「来年も来てください」虫けらは「ありがとう」と言いながら受け取り、『来年はないわい』と思いながら会場を後にした。自宅に戻って袋をひっくり返したら、こんなにたくさんのクランチチョコが入っていた。金額に直したら、500円ではきかない量。何も買わずにもらってしまっていいものか。これぞ「残り福」ということにして、大切にいただくことにする。多分小麦だと思うがパフが入っているクランチチョコで、酒のアテにもいい。きょう(日曜日)は、これらをポリポリしながらのんびり過ごそうと思う。あー、幸せだ。 呑 気
2026.04.19
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人が「幸せだ」と感じる瞬間は千差万別。年齢、生きている環境、仕事、趣味、体調……さまざまな要因によって、同じ人生でも折々に違った幸福感が出現するものだ。若い頃なら、目標を達成した瞬間、推しのコンサートに参加できた瞬間、好きなものを食べた瞬間、新しい光景に出会えた瞬間、好きな人から言葉をかけられた瞬間…。どんなことにも幸福感を感じることができる。しかし、年を重ねるとその機会が激減する。一度経験したことのある感動の瞬間には、あまり幸福感を得られないからだろうか。それとも、感性が鈍るからだろうか。はたまた、幸福とは流動的であり、実に儚いものだと悟るからだろうか。虫けらは、最近とても幸福だと感じる瞬間がある。それは湯船に体を沈めたときだ。大きな病気をした人なら実感できるかもしれない。「風呂に入る」というのは、人間の体にとって、とても負担のかかる行為なのだ。虫けらは、若いときに無理をし過ぎて体を壊したことがある。入院当初、「2〜3日が峠」と父が医師から告げられるほど大変な状態だったようだ(そのことは後で知った)。とはいえ、虫けらも覚悟はできていた。万が一死んでも家族が困らないように、会社の登記簿や賃貸契約書、預金通帳等をまとめて病院に持参していた。それを告げたときの父の表情は未だに忘れることができない。申し訳ないことをしたものだ。そのときに医師に告げられたことの一つに「入浴禁止」というものがあった。若い虫けらにとって、入浴禁止の意味がよくわからなかった。が、従うより仕方ないので、自分で体を拭くだけの日々を1週間ほど過ごしたとき、頭髪の気持ち悪さに耐えられなくなった。折しも、祝日で看護師や医師が手薄になるのをいいことに、病院を抜け出し、美容室に駆け込んでシャンプーをしてもらった。そのころは長髪だったので、きれいにブローしてもらってさっぱりし、病院に戻った。すると、みるみる体温が上がり、39℃近くになった。検温に来た看護師に理由を聞かれたので、「祝日で見舞客が多かったから、疲れたのかも」と嘘を言った。このときは、大ごとにならなかったが、もっと熱が出たり、ほかの症状が出ていたら、緊急の処置が必要になったかもしれない。髪を洗っただけなのに。。その病院は一時入院(診察を受けた病院が満床だったので)した小さな病院だったのだが、転院した大きな病院では、厳格な指示が出た。「1ヵ月の入浴禁止」である。ひと月間風呂に入らないなど、かつての人生で経験したことがない。どうなるのか全くわからなかった。日を重ねるごとに足(主にかかとからくるぶし)は乾燥でひび割れしてくるし、体は乾燥で粉が吹く。髪は1週間に一度程度看護師さんが洗ってくれたが、長髪の洗髪に四苦八苦し、洗い上がりはいつも鳥の巣状態で、梳かすのに苦労した。ようやく喪が明けて入浴許可が出て、初めて風呂に入ったときは驚いた。乾燥してひび割れていた足に湯をかけると、もろもろと皮膚が剥がれる。体も同じで、湯をかけたところをこすると大きな消しゴムのカスが出る。全て厚くなった角質だったのだ。その量は、驚くべきものだった。一緒に入浴している患者に気づかれぬようそっと処理し、浴室を出るのに30分ほどかかっただろうか。やはりその日の夜は熱が出た。ことほどさように、入浴は体力を使う。病人にはご法度の行為なのだ。寒さが和らぎ、体を温めるという入浴の一つの目的は薄れてきているのだが、「入浴できる」ということにこの上ない幸せを感じるので、しばらくの間はシャワーに切り替えずに湯を溜めたいと思う。病院には湯船はない。事故があったのか、どうかはわからないが、浴室の中に浴槽があるものの、使用不可でシャワーのみとなっているので、緩和ケア病棟に入院をしてしまったら、もう湯船に身を沈めることができない。あと少しの間、自宅で風呂を楽しめることに幸福感を噛み締めよう。小さな幸せである。しかし、間もなく霧消する幸せに執着することもまた、人間らしい感情だと思う。しかし……酒も飲んでいるし、食べ物をおいしいと思う。ちょっとした運動をして筋肉を維持し、桜の下を歩くこともできる。そうした贅沢な状況を顧みず、湯船のみに幸せを感じるとは、げにわがままな。これから仕事である。お客さんと楽しく話して酒を飲み、歩いて帰路につける元気さにもまた幸福を感じるべきことである。あー、幸せだ。 感 涙
2026.04.10
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「孤独のグルメ」は、ネット(YouTube)に上がった公式チャンネルでほとんど観た。何が面白いのかよくわからなかったが、なぜか夫と二人で観ていた。あ、今回はテレビ番組の話ではなく、虫けらの人生の話である(全く不必要な前置き)。子供のころから一人で遊ぶタイプだった。たまーにクラスメイトが「うちに遊びにおいでよ」と誘ってくれたら、喜んで遊びに行ったが、自分から「遊びに行ってもいい?」と聞いたことはなかったし、「うちに遊びにおいで」と言ったこともなかった(これは、母親の病気に起因するのだが、詳細は省く)。だれかと遊ぶことが楽しくないわけではないが、一人で遊んでも十分楽しかったのだと思う。建設現場で使う砂が集積された砂置き場に隣の文化住宅の2階の階段手すりを乗り越えて飛び降りるのにはまったり、河原に自生する雑草の実をもぎ取って、数珠のような地味〜なネックレスを何本も何本もつくったり、春のレンゲ畑で花を摘み、花びらをむしり取って蜜をチューチュー吸ったり、とにかく一人で遊んでいた。基本は外で。家の中では絵を描いたり、母親の代わりに内職をしたり、いろんなものを新聞紙に包むデパートごっこをしたりと一人でできる遊びに興じる。どのシチュエーションでも、頭の中には自作のストーリーが展開されていた。ただ単にその動作をするのではなく、物語を頭の中で展開し、それに沿って動作をする。ゆえに飽きない。そういう幼少〜小学時代を過ごした虫けらは、基本的に孤独を是とする性格に育った。いや、持って生まれた性格だったのかもしれない。中学時代は課外活動として、ソフトボール部に入っていたので、部員の友達と行動することが多かった。が、休日に遊ぶとしたら、部とは関係ないクラスメイトとの方が多かった。余り覚えていないが、誘ってくれたらそれに応える形で遊んでいたように思う。要は、能動的ではなく受動的であり、特定の親しい人間をつくらなかったということだ。高校時代は、恐ろしい父の指示でクラブ活動は禁止され、授業が終わったらすぐに帰宅するしかなかった。休日はアルバイト。学校はアルバイトを禁止していたが貧乏人のくせに私立高校に入ったせいで、交通費や教科書代、制靴や数々の備品購入のために金を稼ぐしかなかったのだ。ゆえに、友達付き合いはほとんどできなかった。それでも、ボウリングやローラースケートに行ったり、買い物に出かけたりした記憶があるので、それなりにクラスメイトと遊ぶ機会はあったようだ。とはいえ、卒業したら付き合いは終わり。学生時代の友達とは、ほとんど連絡を取っていない。連絡先を知るのは、いまや数人規模である。サラリーマン時代は4年しかなかったし、2年、1年、1年という短い期間で職場を変えたので、仲良くなった同僚や先輩はいなかった。24歳で事業をおこしてからは、(実態は別として対外的には)いわゆる「社長」という立場に。社長は孤独である。社内でも、社外でも、孤独を貫かねばならない。常に責任者であり、仕事の牽引役となって身を粉にして働かねばならない。飲食店の店主とて同じ。店で知り合うのはお客さんであり、こちらとは明らかに立場が違う。親しく話していても、壁がある。ゆえに、プライベートなつきあいはほとんどと言っていいほどなかった。虫けらの両親が亡くなったのは、15年前(父)と12年前(母)。夫の両親が亡くなったのは、14年前(義父)と5年前(義母)。夫は4年前に亡くなった(本日命日)。一人ぼっちになったのは、4年前である。この4年間、やっぱり孤独だった。「食事に行こうよ」と気楽に声をかけられる相手も、「旅行に行きたい」と誘う相手も、「どうしたらいい?」と相談する相手も、「病気になった」と打ち明ける相手も、「こんなことがあって…」と愚痴る相手も、全くいない。全くというのは言い過ぎのように思うが、気兼ねなく付き合える相手は全くと言っていいほどいない。形式的に食事に行ったり、会話をしたり、愚痴ったりする相手は辛うじているが、「気兼ねなく」という前提条件がつくと途端に思いつく相手がいなくなる。つまり、虫けらは孤独なのだ。しかし、これを寂しいとか、つらいとか、嫌な状況だとかは思っていない。家族や夫はいても、常に孤独だったように思う。自分や会社、店のことは一人で考え、決定し、行動したし、だれの力も借りずにやってきた。生活も同じ。だれかを頼って、だれかがやってくれるのが当たり前という生活をしたことがない。基本は自分一人でやるが、だれかが手伝ってくれたら、それを受け入れる(自分の方が高効率なら自分でやる)。一人で外食することも、一人で旅行することも、なんら問題ないし、だれかと交渉や折衝することも、物事のやり方や進め方を決めることも、自分の人生の仕舞い方を形にすることも、一人でやるしかない。それは自分の運命だったのだと思えるのだ。虫けらは群れるのが嫌いだった。嫌いというより、そういうシチュエーションにならないよう常に一人でいたというのが正しい。虫けらは、人と同じ行動ができない。簡単な話、同じペースで歩くことさえ苦痛に感じてしまうのだ。物理的なことならまだいい。思っていないことに同意したり、知りもしないことを知っているようにふるまったり、好きなものを嫌いと言うことに疑問や違和感を抱かないわけにはいかないのだ。人と付き合うのは難しい。難しいものは避けたいのが心情。しかし、なぜかわからないが、自分は人に頼らないのに、人にはとことん頼られてしまう。虫けらの性格として、適当にあしらうことができない。きちんと結果が出るまで手を尽くしてしまう。結果を出すと、それを期待する人がまたやってくる。大変である。いま、最期のときまでの短い時間を過ごしているのだが、とても幸せだと感じる。友人がいないことが、とても気楽なのだ。心配させる人間が少ないことがありがたい。そんな虫けらにも、幾人かは連絡をくれる。しかも、「虫の知らせ」だと思わせるタイミングで。虫けらの身に、危険が襲い掛かったときに連絡が集中するので、多分虫けらの虫が飛んで行ったのだと思う。それで十分である。孤独はいいものだ。ただ、一人の食事はおいしくない。気の合う人との食事は何倍もおいしい。しかし…、「気の合う人」がほぼいない虫けらには、孤独のグルメが必然か…。きょうの夕飯は何にしよう。好きなものを好きなだけ、好きな時間に食べられるのは、本当に幸せである。 感 謝
2026.03.27
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タニタの体組成計を使っている。23年に手術をして以来3年弱、ほぼ毎朝体組成計にのる生活である。身長、年齢(生年月日)、性別を入力し、パーソナル設定をしておくと、「体重」「体脂肪率」「BMI」「内臓脂肪レベル」「基礎代謝量」「推定骨量」「体内年齢」を算出し、表示してくれる。体重とBMI以外は推定値。体組成計の仕組みは、電気抵抗値から筋肉量や脂肪率、骨量などを算出するというもの。昨年7月に左脚を骨折してからひと月ほど体組成計にのることができなかった。ニーブレースで膝を少し曲げた状態で固定していたため、両足の裏を測定板に接触させることができなかったからだ。8月半ばにニーブレースを外してから、再び体組成計生活に入ったのだが、それ以来7ヵ月以上、「体内年齢」はちらともブレず、『-15歳』で固定されている。しかしである!体重は4kgの幅で増減している。それにつられて当然「BMI」も増減するし、その他の数値も毎日増減を繰り返している。なのに、「体内年齢」だけ全く同じ値のままだ。どういうシステムになっているのだろう。他の数値と違って、「体内年齢」のみ電気抵抗値に拠らない計算式を採用していることは想像に難くない。昨年8月までは、『-10歳』〜『-15歳』の間をウロウロしていた。ひょっとして、面倒になって計算をやめてしまったのか。それとも、7つの項目の中の幾つかがある基準値に達すると、同じ体内年齢を算出するシステムになっているのか。はたまた、物理的に壊れたのか。いずれにしても、毎日『-15歳』の年齢を示したままピクリとも動かないのだ。数値が変わらないこともだが、『-15歳』以下にならないのも摩訶不思議。これは、タニタに問い合わせるべきだろうか。とはいえ、「体内年齢」の数値に生活が左右されることはないわけで、放置してもいいとは思うのだが、ちと気持ち悪い。どなたか、この謎を解く鍵をご存じの方はいらっしゃらぬか。または、同じ現象を経験された方はいらっしゃらぬか。随分長い間疑問に思っている。『-15歳』……「体脂肪レベル」「基礎代謝量」は大きく関係しているように思うのだが、想像の域を越えることはない。やはり問い合わせるべきなのか…。 愚 問
2026.03.26
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「独自」としたのは、虫けらだけに発現した症状があるかもしれないということと、その度合いが人それぞれなので、万人に当てはまるものではない、ということをあらかじめ確認したいという意味。同じ抗がん剤を使用している方にとって、参考になるかならないかわからないが、とりあえず記してみる。虫けらが抗がん剤を使ったのは❶2024年8月〜12月の5ヵ月間と❷2025年11月〜現在の5ヵ月間。2025年1月は緊急手術等があり、およそひと月間休薬したので4ヵ月と言ってもいい。❶で使用したのは 「ベクティビクス」「オキサリプラチン」 「フルオロウラシル」❷で使用しているのは 「カペシタビン」「ベバシズマブ」《副作用あれこれ》「ベクティビクス」皮膚に異変を生じさせる。虫けらの場合、目の周り、口の周りの乾燥に始まり、腕、胸、腹、背中、下半身の順に乾燥と角質の硬化が起こった。保湿剤と保湿入浴剤で対処したが効果があったというほどのことはない。が、保湿剤と保湿入浴剤を使用しなかったらどうなったかはわからない。なお、薬をやめたら、1ヵ月ほどで硬化した角質がうっすい膜みたいな状態でふぁっさーと剥がれた。下からは元の肌が出現して、ホッとした。「オキサリプラチン」痺れが主な症状。冷たいものを触ったときの手指、足の裏に走るピリピリ〜ビリビリッという激しい痺れ。冷たいものを口に入れたときの口中の痺れ、口蓋垂(のどちんこ)から喉にかけての違和感(圧迫感や詰まった感じ)はかなり強い。怖い主治医からは「指先が動きにくくなる」と言われていたが、投薬中〜休止後10ヵ月程度は症状なし。11ヵ月目に「こわばり」を感じ、現在では左手は握れない状態。指を動かすと、指と前腕部内側に痛みが走る。「フルオロウラシル」この薬は、ありとあらゆる副作用の可能性がある。「脱毛」は代表的な副作用の一つ。8〜9割抜けた。治療を始めて2ヵ月目から抜け始めた。5ヵ月で治療をやめなかったら、全部抜けたのかもしれない。治療をやめて2ヵ月ほど経つと新たな髪が生え始め、半年でそれなりの長さになるも、髪質が変わって緩んだパンチパーマ状態になった。薬が体から抜けたのか、半年くらい経ってから生え際がストレートヘアーに変わり始め、1年でほぼ普通の髪型に戻すことができた。この薬と断定はできないが、「下痢」が発現した。もともと下痢体質の虫けらが副作用と断定するにはそれ相当のものである。血液に起こるものとしては、「血小板減少」「好中球減少」がある。これは、教科書どおりの状態となった。心不全、急性腎不全、肝機能障害、口内炎などは幸いなことに発現せず。「カペシタビン」「インド人の手」と表現したことがあるが、手のひらと指先に色素沈着が起こる。女性にとっては、大問題である。店のお客さんから「ママ、どんな汚れ作業したん?」と聞かれたことがある。手が汚れて、それが落ちないほどの作業って、墨を練ったとか、茹で前の蕗の筋を取りまくったとか特殊なことをしない限りあり得ないと思うのだが、お客さんにそう思わせるほど指先が黒くなってしまっている。また、指先の腹側がツルツルになって、皮が剥けやすくなっている。それに反して、指先以外は乾燥してシワシワ。手が汚いと、ぐっと老ける。主治医は、「見てくれだけでしょう?」と虫けらを見下したような目で見て言ったが、見てくれは大事である。「ベバシズマブ」「消化器穿孔」「血栓塞栓症」「高血圧」など結構深刻な副作用があるが、いまのところこれらは発現していない。ただ、ときどき胃痛が起こるので、胃に異常が起きている可能性はある。「吐き気」「嘔吐」「食欲不振」「倦怠感」「疲労感」「口内炎」は、どの抗がん剤にもついて回る副作用だが、虫けらは鈍感なのか、気合が入っているのか、食い意地が張っているのか、どれも発現したことがない。発熱時には、食欲不振や倦怠感は出るが、それは発熱によるものだろうと解釈している。「味覚」は漏れなく減退した(している)。どの薬が影響するのかはわからないが、味覚が鈍感になるのは確かである。症状は日によって違うのだが、❶の治療では「塩味」が❷の治療では「甘味」が目に見えて減退。酸味や苦味などもぼんやりしている。総合的に減退傾向にあると思われる。職業柄、味覚減退は致命的なのだが、嗅覚と経験値で何とか味付けしている。抗がん剤の副作用とは断定できないが、2度目の治療を開始したあたりから、目の調子がおかしい。「飛蚊症」がひどくなった。以前から、飛蚊症はあったのだが、「黒い点」が出現するものと違って、「模様」が見えるものだった。2度目の治療を始めてすぐ、くねくねした「線状」の黒い糸がたくさん出現し、数日で薄くなり、またたくさん出現し……を繰り返している。①1度目の抗がん剤を始める前、②1度目の抗がん剤を終了してすぐ③2度目の抗がん剤を始めてすぐの3度、眼科を受診している。①…医師「神様に感謝してください。大変いいものを お持ちです。何の問題もありません」②…医師「小さな出血の跡があります。抗がん剤の 影響かもしれませんね」③…医師「硝子体が縮んでいます。網膜剥離に 移行しないよう注意が必要です」この変遷は、どう考えても抗がん剤の影響である。1年程度の間に、これほど変化するのは、経年劣化ではないと思う。こういう症状がどの程度出るのかはわからないが、抗がん剤の副作用一覧にはなかったと記憶している。「閃輝暗点」がよく出るようになった。これは目の症状ではなく、脳の症状なのだが、原因がよくわかっていない。夫の最初の入院時(19年)に発現したのが最初だが、24年、25年前半は出ていなかったと思う。再発したのが2度目の治療開始直後。『脳に転移したか?』と考えたが、頭痛や視野狭窄などの問題がないので、放置していた。そろそろ、主治医に相談してもいい頃かもしれない。「発熱」はちょくちょくある。39℃を超えるのは、年に2、3度だが、38℃台なら月に1度くらいのペースで発現する。原因は不明。平熱に戻るのに時間がかかるとか、下痢・腹痛など他の症状と併発しているとかなら心配しないといけないが発熱単独だし、大抵一晩でおさまるので、気に留めていない。が、重大な何かが隠されているのかもしれない。「睡眠」に変化が起きている。これまで、昼寝は全くと言っていいほどしなかったが、最近、昼間に大変眠くなることがある。30分ほど…なんて、短い時間では済まない。大抵3時間ほど眠ってしまう。しかし、夜もいつもどおり眠れる。これは、体が睡眠を欲しているのだと思っている。何かが壊れ、その修復に睡眠が必要なのだと。そして、仕事の日、特別な予定があった日は一気に8時間ほど眠る。これまでは、トータル8時間眠ったと言っても、途中で起き、また眠ることがほとんどだった。一気に8時間、しかも二度寝して、トータル11時間眠るなんていう日もままある。朝8時から夜12時まで働いていたころは、休日に20時間眠ったことがあった。そのときは、起きようと思っても、とても起きていられない状態だったが、いまは、そういう眠りではなく起きたときはとてもスッキリしているので、体が必要としている睡眠時間は十分取れているように思う。左手が握れないので、前腕や上腕の筋肉が随分落ちた。手首に重りを巻いたりしているが、本格的に筋力アップの運動が必要だと思う。しかし、「握る」以外の方法で運動を行うのは、とても難しい。ゴムなどを使って工夫しようと思う。昨年夏の骨折で、左足の筋肉が大変落ちたのだが、できるだけ歩くことで筋力アップを試みている。骨折前と同じ状態になるには歩く以外の運動が必要だが、とりあえず、歩幅と歩くペースは以前並みに回復した。スポーツジムに行きたいと思うのだが、金額的に使いやすいところは若い人ばっかりで、行きづらい。トレーナー付きのジムは一桁金額が変わってしまう。chocoZAPも検討したが、衛生面や管理面でクレームが出ているらしいので…。病人のジムをつくってくれないかなぁ。あ、それって「リハビリ」という名のジムになるのか。違う!「カヘキシア予防専門ジム」!!シニギワノドンの願いである。 悲 願
2026.03.19
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きのうのアクセスのあったブログ(14年前記述)を確認したら、コメント欄に『イロケゼロトプス』という語彙が登場した。自分で書いたものだが、うまいネーミングだと思った。恐竜の時代にも、オス・メスがあり、求愛行動もあったかもしれないので、恐竜が色気ゼロという意味ではない。虫けらが化石級に色気がないという意味だ(解説せんでもわかるわい)。そのブログでも言っているのだが、「自分を客観視できていない」という事実。他人が自分をどう見ているか、ということに全く興味がないという生き方はいまもそのまま。多分、子供のころからずっとそうだったと思う。そんな自分の生態を自覚して、ふと怖くなって書いたのが「もしいま、私が変死したら……」である。自覚しているにもかかわらず、それを改善することも、誤解を解く努力もせず、漫然と過ごしてしまった2年半後、再び恐怖して書いたのが「誰も死んではならぬ」。そのときにはまっていたPavarottiの「Nessun Dorma 」(誰も寝てはならぬ)に当てはめてつけたタイトルだが(この一つ前のブログに、これに至る経緯が書かれている)、この感覚はいまもある。人々が話す虫けらへの評価は随分変化していると思うが、虫けらのことをきちんと知っている人はほぼいないので、「噂話」の域を出ない話が積み重ねられる感じは同じであろう。今週、姪家族を招いてホテル宿泊旅行を遂行した。招いて、というのは、虫けらの自宅のすぐ近くのホテルを取ったので、虫けらに旅行気分はなく、こちらの目的を遂行するためには、姪家族に少しでも楽しんでもらわねば、という下心というか、叔母心というか…。姪というのは、姉の娘。家族は、ご主人と娘二人の計4人。姪には、虫けらの死後に身辺整理を任せようと思っている(簡単には承認済み)。虫けらに関する作業の全権委任をするために公正証書をつくろうと考えているのだが、こちらでできる作業は進めているものの、最終的に姪家族に関係することは了承を得なければならぬということで、詳しい話をするために招待したというわけだ。ホテル宿泊の2日前に上の子がインフルエンザにかかったり、宿泊当日に下の子が発熱したりと、以前から「伝染病一家」と虫けらが命名するほど感染症にばかりかかっている一家の本領発揮となったわけだが、とりあえず全員で参加してくれたことと、十分ではないものの、話ができたことは大事な仕事が一つ解決できたと安堵しているところ。そのとき、ふと虫けらの経歴のことを話したら、「知らんで」と姪に言われ、よく考えたら、そんなことは親にはもちろん、兄弟に話したことなどないなと思い至って、「生きているうちに話しとくわ」となり、人には話していない経歴や事実を幾つか話した。自分の自慢につながるようなことは、一切人に話さない人間なので、唐突に話されても、証拠がないと信じないだろう。しかし、賞状や盾、トロフィーなどには全く執着しないので、全て実家に置いてある関係上、証拠なしでも話せる話を幾つかした。このブログにも一度書いたことがある。このまま死んだら、虫けらの実績を誰も知らないという状況になってしまう。それはそれで仕方ないのだが、ちょっと虫けら自身が哀れに思うので、3つほどだったが、自慢話を披瀝した。高校2年生のとき、全国学芸コンクールの小説の部で2席になったことと、高校3年生のとき、福武の模擬テスト(大学入試対象)の現代国語で全国2位になったこと。なんで2位ばっかりなんや!と嘆いた記憶がある。まだ2位はある。小学6年生の連合運動会(市単位の運動会)の幅跳びの部でも2位になった。記録的には1位を余裕で獲得することができたのだが、大会2日前に練習し過ぎてひどい筋肉痛になっていた。実力が発揮できず……こういうアクシデント的なものも実力のうち。2位の呪縛はここから始まったのかもしれない。虫けらは、進学校(高校)に通っていたが、2年、3年のときは常に席次が一桁だったことも姪に話したが、やはり知らなかった。父親と兄は知っているはずだが、姉には話したことがなかったようだ。大学進学を諦めたのは、家が貧乏だったからと、四大(4年制大学)を出た女性の就職率がまだ26%ほどしかなかったからで、そういう時代だったので仕方ないが、もう少し後の時代に生まれていたら、違った人生を送れたかもしれないと思うと言うと、「まだそんな時代やったんやな」と気の毒がってくれたが、姪の生きた時代は女性の権利がどんどん拡大していった時期で、実感はないだろうと思う。仕事の実績は幾つもあるが、ここで書くと身バレするので伏せておくことにする。仕事で関わった企業の話をすると、姪が目を丸くして、「えーっ! そんな会社と付き合ってたん?」と驚愕する。虫けらが社長をしているという大阪の零細企業がそんな大きな有名企業(東京本社)と取引できるはずがないというのが世間の見方だろうが、虫けらの会社は幾つもの有名企業と取引をし、口座を持っていた。そういう事実も、変な噂話を捏造される所以になったのだろう。しかし、仕事の実績以外の理由で取引を開始した企業はない。全て、虫けらの企画力、文章力、営業力、統率力を評価してもらった上での仕事関係だった。そんなことは、口で言わなくても実績を見て理解してくれると思っていたが、世間はそうそう甘くない。いつまでも噂話の方があらぬ虫けら像をつくっていく。間もなくこの世からいなくなるので、変な噂話は、否定や修正をしてくれる人がいない限り固定化してしまうのだ。現在のところ、否定や修正をしてくれる人はいない。やるせない気持ちになるが仕方ない。死ぬまでに、真実をできるだけ多く書き残しておこう。自分のことを大切にしなかったツケがここにきて後悔のタネになっていると実感する。もっと自分を守ってやらなければならなかった。もっと自分の正しさを主張しなければなからなかった。と思ってみても、虫けらはそういう人間なのだから仕方ない。……イロケゼロトプスの話はどこへ行った?「ストレスザウルス」というネーミングも気に入って、一時期よく使っていた。いまの虫けらは、さしずめ「シニギワノドン」あたりか。人の人生は儚いものだ。生きた数十年は、やがて忘れ去られる塵芥(ちりあくた)。ま、その方が楽に死んでいけるのかもしれない。何も残さない生き方。それを実践するのもいいのかもしれない。 諦 観
2026.02.27
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飲食店では、「政治と野球の話はするな」と言われる。宗教や推しや同業他店の悪口などご法度とされる話題はたくさんあるけれど、確かに政治と野球の話をすると深みにはまることが多い。というわけで、ここでも余り政治の話は書かないが(昔は政治の話ばかりだったのに…)、きょうは少し。消費税を減税するかどうかで国政が揺れている。揺れている…?高市首相は2年限定で食品の消費税を減税し、そのあと、「給付付き税額控除」をするというのが基本方針だ。「減税」の恩恵を受けるのは、税金を支払っている人だけで、一定の所得がない低所得者は所得税(国税)も住民税(地方税)も払っていないので減税の効果は薄い。所得税と住民税を払っている人には控除額を引き上げて、払っていない人には給付をして恩恵を厚くしようという政策である。「給付付き税額控除」の方は置いておいて、今回は、「消費税減税」と飲食店の話に焦点を絞って書くことにする。飲食店は、「食品の消費税減税」の影響をまともに受ける業種と見られている。「食品の消費税0」というのは、「購入持ち帰り」に対してで、「店内飲食」は対象にならない(対象になったとしても、以下の話は適用される)。しかし、食品の消費税が0なのだから、仕入れの食材に消費税がかからない。よって、これまで余分に取られていた消費税分を「一切計上するな」という消費者の声が上がるのは理解できる。メニューに外税方式で金額を記載していた飲食店は、その分を引かざるを得ない。内税方式だった店も、その相当分を値引きするよう要求されるだろう。しかし! である。この「消費税」の根本を理解せずにこういう要求をするのは理不尽というものだろう。消費税の基礎知識を確認しておこう。◉消費税を支払うのは…消費者ではない。ほとんどの人が誤解しているのが、この基本中の基本の話である。「消費税」という名前は財務省と経団連が考えた国民を欺く手法で、本来は「付加価値税」「売上税」などと呼ばれていた。支払うのは事業者であり、直接税である。しかし、国民の多くはレシートに「消費税」と記載されているのを見て、「預かり税」(間接税)と勘違いしている(この勘違いを財務省が悪用している)。例えば、レシートに記載された消費税分は、スーパーなどの店舗がそのままの額を税務署に収めていると思い込んでいるが、全然違うのだ。◉事業上で支払った消費税は差し引くことができる飲食店で言うと、食材の仕入れはもちろん、仕入れの際に発生した輸送費や納品に必要な配送料、光熱費、家賃など事業上の経費にかかった消費税を売り上げの消費税から差し引いて納める。つまり、消費税を含む総売上から、消費税を含む総経費を引き、残った額(利益)で消費税を計算するということだ。ここで注意したいのが、人件費である。次に記す。◉人件費は税の対象経費にはならない人件費は、利益の中から支払われる。しかし、消費税の計算上、対象経費とはならないので、事業者の100%負担になる。例えば、総売上1,000万円、仕入れ等経費500万円(どちらも消費税込み)なら、500万円に対して消費税がかかる(消費税50万円)。もし、人件費(経営者とアルバイトなど)が500万円だったとしたら、利益は0円なのだが、消費税の50万円は収めないといけない。つまりマイナス(赤字)となる。ゆえに、この50万円を含んだ商品価格にするか、人件費を「雇用」ではなく、「派遣」にするかの二択になる。派遣になると、消費税の対象経費になるのだ。これは、「雇いどめ」の原因となっている。小泉時代の派遣法改正によって解雇も大変、諸経費がたんまりかかる正社員より外注計上ができる派遣社員にシフトする土壌が出来上がっているというわけだ。◉商品価格は「本体価格」+「消費税」ではない飲食店の商品価格は、基本計算として、「原価率」3割/「ロス率」3割/「利益」3割である。足したら9割じゃないか! と言われるかもしれないが、それぞれがブレるので、あくまでも目安である。原価が300円なら販売価格が1000円になり、それに10%を足して1100円にするということになる。しかし、利益が3割では人件費が出ない、家賃が払えないなどの事情で5割くらいにしたいということであれば、原価率とロス率を下げるしかない。原価が200円でも商品価格を1000円にしたら、消費税額は同じだが、原価にかかった消費税は24円→16円にダウンする。しかし、利益は増えるので、利益にかかる消費税は増額する。ざっくり、300万円の利益には30万円、500万の利益には50万円の消費税がかかり、手元に残る利益は180万円となる。200万円の利益が欲しい、となると、20万円を含んだ価格設定にするか、さらに原価率を下げるかしかない。この計算式でわかるように、飲食店の商品価格は、商品価格(利益や経費含む)+消費税で計算しているのではなく、消費税をひっくるめた価格を割り出して、「商品価格」にしてしまっている。つまり、消費税は商品価格の一部に過ぎず、外税方式の表示のような、商品ごとの明確な消費税額は割り出せないのだ。◉飲食店の「利用控え」が発生するか「飲食店を利用したら、消費税が10%かかるが、スーパーで食材を購入したら消費税0だから割高感のある飲食店の利用を控えるようになる」という意見があるが、そもそも、消費税が何%であっても飲食店で食事をすると、食材原価の3倍以上を取られるのだから、いまさら割高感を問題にして飲食店に行かないという人は一部ではないかと思う。コロナ以来、飲食店の利用率は下げ止まっている。以前は利用していたが、コロナ以来利用しなくなったという人はそのまま利用しないだろうし、それでも飲食店を利用したいと戻ってきた人は飲食店に何らかの魅力を感じているのだろうから、その「魅力」を維持、あるいはブラッシュアップできる飲食店は引き続き利用されるのではないかと思う。さらに、店内飲食ではなく、テイクアウト(正確には、テイクアウエイかトゥゴー)に利用が集中するのではないかと言われる。しかし、上記のような計算方式で出された価格には、食材費以外の経費の消費税も含まれるので、「店内飲食より10%安くなる」という単純な話ではない。テイクアウト用の資材(パックや包装)の費用がプラスされるし、オーダーに対応するシステム(ネット予約など)にかかる経費もある。消費税を「預かり税」と勘違いしている人には、納得のいかない価格設定に見えるだろう。というのが虫けらの見解である。忘れてはいけないのは、「消費税」は、悪税であるということである。解説の中で登場したが、「人件費」は消費税の対象経費にはならないので、消費税引き後の利益以上に人件費がかかったら、赤字でも納税しなければならないのだ。そもそも、事業者(企業)には、法人税(国税と地方税)が課せられている。さらに消費税を納めろと。消費税が「第二法人税」と言われる所以である。さらに、中小零細企業では、消費税額を100%回収できる商品価格にしづらい。同業他社の動向を見ながら価格決定をするのだが、他店より高い価格にすると客を取られるので、できるだけ抑えざるを得ない。つまり、消費税分は「身銭を切る」ことになる。利益を抑えて消費税を納める、ということだ。これは、30年間給与が上がらなかった、さらに、設備投資ができなかった原因である。消費税が増税されるたびに消費は冷え込み、景気浮揚を妨げてきた。30年間、日本が経済成長しなかった主原因は消費税と言っても間違いない。こんな税金、なぜつくったのか。最初に「経団連」と「財務省」と書いた。現在は、財務省が消費税をほしいままにしているが、当初は経団連がゴリ押しして税制を作らせた。なぜ?輸出企業への還付が隠れた条件の税制だからだ。自動車を初めとした輸出企業は大変な金額の還付金を受けている(輸出品は国内で消費されないから消費税がかからないという理屈。しかし、部品などを納めている下請け企業は原材料の仕入れに消費税を支払っている。親企業に還付された金は、下請け企業に還元するのが道理なのだが、それはなされていない)。これは、「輸出補助金ではないか‼︎」と、消費税を批判したトランプの指摘で気づいた人も多かろう。輸出企業(主要20社)への還付金は2兆円(22年)と言われ、トヨタ自動車を例に取ると、2000億円程度、多い年で6000億円にのぼるそうで、これがトランプの逆鱗に触れたようだ。「消費税が廃止されれば社会保障費が賄えない」と言う財務省の御用達学者がいるが、社会保障費は、国民から徴収している「保険料」「年金」で賄うのが当たり前なのだ。「生活保護」「少子化対策」は、抜本的な見直しが必要だろう。いかぬ。話が広がってしまった。言いたいことはいろいろあるが、こういう話題は気持ちが暗くなるので、ここまでに。飲食店にとっての大問題は、物価高である。消費税を0にしてもなお、原価の高騰が大きな負担なのだ。何にしても、早く減税なり物価対策なりをしないと、日本国民は干からびてしまう。「揺れている」場合ではないのだ。虫けらが若いとき、将来、日本がこんなことになると想像すらできなかった。政治の責任は重大である。 慚 愧
2026.02.18
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きのうは、30年来の知人(友人というのは僭越。彼女は虫けらより10歳弱年上で、長年タレントとして活躍しているワンランク上の人)が店を訪ねてくれた。半年ぶり。実は、前回訪ねてくれた日、彼女が帰り、店を片付けて帰途についた虫けらは、自転車ですっ転んで左脚を骨折した。その後、そのことは彼女に言わなかったので、きのう初めて話した。彼女は虫けらの病気を気遣ってくれていたが、骨折のことは初耳だったわけで、大層驚き、心配してくれた。が、もう心配していただくような状態ではなく、普通に歩き、普通に生活できているので、こちらとしては何の問題もないのだが、彼女にしてみれば、自分を見送った後、虫けらが大きな怪我をしたことに、また、そのことを知らずに過ごしてしまった半年間に対して、大変な後悔と反省の弁を述べてくれた。いやいや、誰に心配してもらっても、怪我が治るのが早まるわけでもないし、人を心配させることをあえて言うわけもないし、事は全て終焉しているので、気にしないでほしいと言っても、思っても、彼女の気が済むわけではない。虫「ここに来て脚を怪我したことは、 大変無駄なことだと思ったんですが、 いいこともあったので、帳消しになりました」彼「何? いいことって」虫「主治医が…」と、最初の入院のときに、虫けらの病室を訪ねてくれた怖い主治医がやさしく抱きしめてくれた話をした。彼女は、驚きながらも彼「医師が患者のことを心配することはあるけれど…、 そうなの…」虫「2年も担当してくれたので、いつもと違う虫けらの様子や 脚に固定具をつけてベッドに座る虫けらがかわいそうに見えた なんてことが主治医をそんな行動に走らせたのかなって…」彼「普通の医師と患者の関係じゃ、考えられないけど、 きっとその先生と虫けらさん、馬が合ったのよ」と言われた。誰かと「馬が合う」と言われたのは初めてのような気がする。馬が合う:気が合う、性格や相性がいい、意気投合するという意味。 思想や好みが一致し、なぜか一緒にいて心地よい、 あるいは話がはずむ関係を指す。虫けらは、怖い主治医の性格はもちろん、思想や好みは全く知らないし、知りたいとも思わなかったので、「馬が合う」というほどの一致点はないと思われる。しかし、会話のテンポや話題の捉え方、返答の仕方、帰結点を考えると、怖い主治医の基本的思考と虫けらのそれとは共通点が多いように思う。二人でいる空間も余り不協和音を感じなかったので、体から出る空気感も似ているのかもしれない。で、その話は早々に切り上げたのだが、怖い主治医の話の流れから、虫けらの病気の話題になった。実は、彼女のご主人も虫けらと同じカテゴリーの病を患っている。もう数年になると聞いている。そのご主人が最近大変な状態になったそうだ。原因は抗がん剤の副作用ではないかということ。虫けらもそんなことになってはいないかと、実体験から大変気にかけてくれていたらしい。虫「年明け早々、死にかけました」ご主人と同じような成り行きである。虫「緊急入院しなかったら、もう死んでいます」ひととおり正月明けの顛末を話した。ご主人の話も詳しく聞いた。かかりつけの病院に行くのが少し遅れたが、主治医の迅速な処置のおかげで無事回復されたとのこと。虫「よかった」彼「病院から電話がかかったときは、 死んだんじゃないかと驚いたわよ」少し冗談めかした言い方だったが、これは本音であり、本当に驚いたと思う。虫けらは、そんな思いを誰にもさせずに逝けるので、よかった、と改めて思った。もし夫が生きていたら、両親が生きていたら、と考えると、ゾッとするのだ。彼「先生の新しい赴任先、知ってるの?」虫「私は知る必要がないので、調べたりしなかったんですが、 店のお客さんがその筋の人で、すぐに知らせてくれました」彼「その筋の人?」虫「放射線の治療器を販売している会社の役員さんです。 総合病院のがんに関する診療科のことは 熟知されているんですよ」彼「へえ。どこの病院?」虫「◯◯(最寄駅名)にある」彼「△△病院?」虫「はい。よくご存じですね」彼「うちの主人がかかっている病院だもの」虫「えーっ!! ほんとですか?」彼女は大阪の隣の県の関西でも屈指の高級住宅街に住んでいるので、大阪市内の病院にかかっているとは思わなかったのだ。そのご主人がかかっている病院…。大阪には、がんに関連する医療を提供する総合病院はたっくさんある。よりによって、ご主人のかかっている病院が怖い主治医の新しい赴任先とは。しかも、彼女のご主人は医師で、虫けらの主治医がだれかというのもご存じなのだ。いや、虫けらは詳しいことは言っていないのだが、虫けらの話(病院名、怖い主治医の出身大学と役職)を彼女の口から聞いたご主人が類推し、調べたのだと彼女が教えてくれた。これは困った。医師同士、話もしやすいだろうし、ご主人の主治医を通して虫けらの話が怖い主治医に伝わってしまうかもしれない、などと想像すると、言いようのない焦燥感が湧き上がった。もちろん、そんなことはないとは思う。しかし、これまで、思いも寄らぬ人から「虫けらさんのこと、聞いたよ」「あそこで虫けらさんの話題が出て」「あの人と虫けらさん、仲がいいんだって?」と、虫けらの知らない場所で誰かがあることないことを言っていたという経験があるので、あながち絶対ないとは言い切れないと思うのだ。もう怖い主治医との医師と患者の関係は終わった。もう二度と会うことはない。もう過去の思い出になっていた怖い主治医がやおら温度のある人間として虫けらの記憶に蘇るような感覚がした。運命というか、縁というのか……虫けらの周りには、そういう巡り合わせのような話がたくさんある。今回は、再び怖い主治医との運命を感じる……、というほどのことはない程度の話である。ただ、刺激が強かったのか、ご主人が医師なので、ご主人の意見を聞いたのか、きょう、メールが入った。彼『自分と置き換えて想像したり…、 なかなか眠れない夜でした』とのこと。多分、怖い主治医のハグ事案についてだろう。そうだろう。そのとき虫けらも思わず虫「これは夢ですか? 現実ですか?」と怖い主治医に聞いたほどなのだ。虫けらだって、医師はもとより、得意先や店のお客さんとだってそんなことをしたことがない。虫けらにとっては人生最大の衝撃事件だった。その衝撃が彼女にも伝播したのだろうか。申し訳ない気持ちになった。あ、ご主人にもこのことを話した?それは困る!と言っても、止められないが。ま、このことくらいは話してもいいと思ったのだが、この調子だと、他のことを話したら卒倒されるかもしれない。墓まで持っていくしかない。 極 秘
2026.02.06
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虫けらの物言いが胡散臭いのか、言ったことが浮世離れしているのか、虫けら自身が信用に足らぬ人物だというのかっ!!!つい、興奮してしまった。最近(いや、以前からかもしれない。とりあえず、最近とみに、ということにして)、虫けらの言ったことが相手に信じてもらえないことが多くて、なぜに? と考えてしまうことがある。◎Amazonで購入した服が……昨年の春、Amazonで購入したてのセーターを着て湯治旅行をした。電車での旅だったので、片道3時間以上かかったが、無事宿に到着し、セーターを脱いだ。宿泊中の部屋着も、外出時の服装も、別のものを持参したので、Amazonセーターは帰路に着くまでバッグの中。帰路も3時間以上の電車の旅。JR西日本(大阪駅)ですったもんだがあったが、ほぼ予定どおり自宅に到着し、部屋着に着替えようと洗面所でAmazonセーターを脱ぐ。ピリピリピリえっっっ???セーターの右脇、二の腕あたりから裾まで縫い目が解けてパックリ割れた。えっっっ!!!である。旅の「往復」に着用しただけで、セーターが見事に破れた、ということだ。見るも無残な姿になった。どうしよう、と悩んだが、伸縮性のあるセーターなので、安直にミシンで縫い合わせたりしようものなら、縫い糸が突っ張らかって、着づらくなるに違いない。糸を工夫するか、伸縮性のある縫い方ができるミシンを手に入れるか、リフォームに出すか…。保留。安いセーターなので、リフォームで当初の価格を上回ったらやってられない。骨折したときに、店のお客さんが自宅を訪ねてくれた。誕生日を一人切りで、動くこともできずに過ごすのはかわいそうだということで。その人にAmazonセーターのことを話した。客「え、そんなことある?」虫「私も信じられなかったですよ。 旅行の往復に着用しただけなのに、 右側がベロベロになるなんて」客「へぇ、すごいね」ん? なんか、反応が鈍い。これは信じてもらえてないな。しばらくは、他の話題を話していたのだが、どうも気になったので、2階に置いていたセーターを片足で(杖をついて)取りに行った。わざわざ大変な思いをしなくても…と言われるともっともな話だが、捨て置けないほど気になったのだ。虫「Amazonセーターです」客「そんな、わざわざ…」虫「信じてもらえてないみたいだったので」お客さんがセーターを手に取って客「えーっ! こんな破け方、見たことない!」虫「そうでしょう? 私が驚くの、 理解してもらえました?」客「こんなことある? びっくりしたぁ」ようやく信用してもらえた。しかし…、最初に信用してもらえなかった理由は、セーターが破れた経緯と状態が想像できなかったということだろうか。とはいえ、虫けらの言うことが余りにも「おかしい」と思われたことは間違いない。破れたセーター。一瞬でこういう具合に◎長い鍵店で天満のエロ男爵と世間話に興じていた。虫けらは自らが体験して知ることになった「中国人の生態」を男爵に伝えたかった。自宅マンションの居住者であろう女性が、中国人だと推察された。言葉でわかった。濁音がないのと独特のイントネーション。その人とはゴミ置場前で接触し、会話をした。それを話すときに、ゴミ置場のドアがリペアされてそれまで暗証番号を押して開ける方式だったのが、専用の鍵に変わったことを説明しなければならない。虫「ゴミ置場のドアがリペアされて、 鍵式に変わったんやけど、 この鍵が異様に使いにくいんですわ。 変に長いし、差し込んでから押し込む方式で…」男「へぇ…」ん?反応が鈍い。また信じてもらえてないな。何かおかしなこと言ったか?ドアがリペアされた、鍵が長い、差し込んでから押し込む……。あ、「鍵が長い」がおかしかったのか。「鍵が長い」に間違いはない。管理会社から送られてきたとき、虫「なんでこんなに長いんや」と虫けらも驚いたほどだ。すかさずキーケースを取り出して、男爵に見せた。虫「これよ、鍵」男「え、ほんまや。なんでそんなに長いねん!」少しお怒りのようだ。男「長い鍵って、何やねんって思ったわ。 そんな長い鍵、見たことないで」虫「……ほんまよ。スペアの鍵つくりに行ったら、 こんな長い鍵、つくってくれるんやろか」ひとしきり、鍵屋の話になった。これは、虫けらに問題があるわけではないことは明らかだ。こんなに長い鍵は、おかしい、という話である。しかし、こんな長い鍵を持たされる虫けらが特殊だということなのか…。左がゴミ置場の鍵。右は店の玄関の鍵「中国人の生態」は、この話題には関係ないので、またの機会に。◎あと数ヶ月このブログにもちょいちょい書いているが、必要に迫られたとき、虫けらは自身の病状を包み隠さず話すことにしている。隠したら、話が進まないとか、誤解を生んであとで誤解を解くのが面倒だと感じたときに限るが。しかし、話したときにすぐに信じてくれる人はほとんどいない。まずは、病室の掃除をしてくれた女性。整形に2度の入院していたとき、病室が近かったので、2度とも同じ人に掃除してもらっていた。9時過ぎにやってきて、室内を1分ほど、トイレ&シャワー室を2分ほど掃除してくれるのだが、室内の掃除のときにおしゃべるするようになった。掃「どちらがお悪くて?」虫「左足の膝下を折りました」掃「お若いし、お元気だから 治りも早いんじゃないですか?」虫「いえいえ、いい年ですよ。 怪我が治るか、命が尽きるかの競争です」虫けらが病気の話をすると、掃除の女性はキョトンとした表情でこちらを見る。信じられない、というより、冗談だと思ったのかもしれない。虫「温存療法でいいと思ったんですが、 脚が治るより先に死んだら元も子もないので、 手術することにしたんですよ」笑いながら言う虫けらの声や顔と、病名がうまく結びつかなかったのだろう。言葉が返ってこなかった。退院の日には、わざわざ挨拶に来てくれた。掃「掃除は退院されてからなんですが、 挨拶に…。 手術されたので、怪我はすぐに治ると思いますが、 お体に気をつけてください。 そんなにお元気なんだから、長生きされますよ。 病気で亡くなる方は、そんな声や表情じゃないです」というようなことを言われた。もしかしたら、最後まで信じてくれなかったということかもしれない。歯科医師。歯「抜歯したところは大変きれいですし、 問題ないですよ。 ただ、それに伴って、心配なのが…」抜歯した後、周辺の歯への影響などを話してくれ、「インプラント」など治療の話になった。虫「先生、最初に申しましたとおり、 処置はこれだけで結構です。 長期にわたる治療の話は無駄なので」歯「……、そう聞いてるけど……、 ほんまかいな。信じられへんねんけどなぁ」虫「ほんとですよ。嘘じゃないです」歯「えらい元気やんか。ほんまに病気なんかって…」虫「この間も死にかけました。 3ヵ月がいいところかと。 半年は無理です」歯「そうなんか…」最終の通院時に、歯「これで終了です。次は3ヵ月後の定期メンテです」虫「生きていたら、まいります」歯「ぜひ来てください」という会話をした。まだ信じてもらえてないような気もする。戒名(法名)をつけてもらった尼僧。電話にて。尼「声がお元気ですね」虫「体も元気です。仕事も毎日してます」尼「こういう仕事をしてると、本当にあちらに 行かれる方の声はわかるんですよ」虫「この間受けた手術のおかげで、 すぐにあちらに行くことはないと思いますが、 いつ、どんな症状が出て、それが命取りになるか わからない状態ですよ」会ったとき。尼「お顔が明るいですね」虫「そうですか? 特にいいこともないので、 いつもこんな感じです」尼「病気にやられている人の顔ではないですよ」毎度この調子で、励ましてくれているのだと思うが、お寺関係の人は霊感があったりするので、何かが見えているのかと勘ぐってしまう。励ましは嬉しいが、言葉の端々に、虫けらの言葉を「信じられない」という気持ちが出ているように思えて仕方ない。事ほど左様に、病気のことを話すと皆同じような反応である。言う必要のない人には言わないので、違う反応をする人がいることも確かだと思うのだが…。病気のことを言うのは、必要があるからで、それを信じてもらわないと話が進められないし、病院関係者や医療従事者には嘘を言っても仕方ないから話すわけで、皆一様に信じ難い、といった表情や反応を返されると、虫けら自身に問題があるように思えて仕方ない。嘘つきの顔をしているのだろうか。どうしたら、信用してもらえるのか。難しい問題である。 眉 唾
2026.01.31
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一昨年(2024年)、「怖い主治医の謎の言葉の答え合わせ」というタイトルで虫けらの妄想と憶測で綴ったシリーズがある。前回、出会い頭の怖い主治医の言葉の意味を確かめたという「真実編」をアップした。今回は、ちょっと衝撃的で、どう昇華したらいいかが難しい話題である。現実として理解できているのだが、怖い主治医の気持ちや人間性を分析し、腑に落とすことができていない。ま、いい。「衝撃! 主治医の闇を知る!」で書いた出来事を確かめる機会を得た。虫「先生、手術から1年後の造影剤CTの話のとき、 おっしゃった言葉、覚えておられます?」怖「んー、どんな言葉?」虫「私が、右上に視線をとめて考えていたら、 『どうしました?』ってお聞きになって、 『前回の検査のとき、服装はどうだったかって、 考えてました』って答えたら…」虫けらは、自分から話し出しておいて、言うか言うまいかためらった。『衝撃!〜』で伏字にするほど、虫けらにとって、その単語は衝撃的だったのだ。虫「先生が『ウエストニッパーみたいなものを 着けてなかったら大丈夫』って おっしゃって…」怖「あぁ」虫「私はその単語を知らなくて、でもどうも ウエストを締め付ける下着だと思い当たって、 『いや、そんな特別な…、普通のゆるゆるな…』 って、あたふたして答えたんですが…」怖「あなたが、そんなものを知らないとわかってて、 からかったんや」えええっっっ!!!ガーンである。からかわれた……。怖い主治医が虫けらをからかった……。虫けらは、女性の下着の名前を知らなかった……。その単語にあたふたした……。すべてがショックである。コピーライターやプランナーという知識量の豊富なことが最低条件のような職業を長年やっていたのに、女性として、知っていて当たり前のファッション用語(?)を知らなかったし、怖い主治医はそうとわかって虫けらをからかったというし、虫けらは、そのからかいにドンピシャとばかりにハマってしまった……。なぜ、「ウエストニッパー」を知らなかったのか。。ビスチエならわかる。ドレスの下に着けるコルセットも知っている。しかし、ウエストニッパーは知らなかった。これは、「補正下着」のカテゴリーなのだろうか。きれいにドレスを着こなさなければならないキャバ嬢やクラブのホステスさんのようなちょっと特別な人のニーズによって開発されたものなのだろうか。虫けらは、ボディスーツはもちろん、ガードルさえ着けたことがない。いや、そんなもの着ける必要がないくらいスタイルがいい、というわけではない。体を締め付けるものがダメなのだ。下着だけではない。指輪、ネックレスの類もダメである。腕時計でさえ、食事や打ち合わせのときにははずしてテーブルに置いておくくらい体に密着するものを避けたいと思っている。怖い主治医はそういう虫けらの習性を知って…、そんなわけはない。診察時にアクセサリーや腕時計を着けていたことはないが、それは検査があるからで、検査時に金属製のものをつけていたら、大抵はずすように言われる。だから、はなから着けていかないだけである。スタイルがいいから、必要ないと思って…、もっとあり得ない。なぜなら、手術時には素っ裸になるので、怖い主治医は虫けらの体型を熟知しているだろう。ボンッキュッボンでないことは明らかだし……いや、コンプレックスを披露するのは余りにも悲しいので、これくらいに。。多分、虫けらは世間知らずと思われていたのだろう。なぜ?どちらかというと、虫けらは「遊び人」「不良」「不真面目」と思われがちである。顔つきのせいか、目立つ生き方をしていたせいか、はたまた妬みや嫉みの標的になっていたのか(自身ではついぞ認識したことはないが、周囲から何度か指摘されていた)……。例えば、喫煙者と勝手に解釈されたり、男性経験が結構多いと推測されたり、一度に何人もの男性と付き合っているという噂を流されたり……。しかし、虫けらは「クソ」がつくくらい真面目である。嘘がつけないし、悪いことを考える能力が皆無である。そのことを知っているのは、夫くらいである。親も知らないし、兄弟などもっと知らない。しかし、怖い主治医には見抜かれていた。何の話のときだったか覚えていないのだが、怖い主治医から怖「一途やろ」と言われたことがある。何に対してかというと、男性に対してである。そのとおりである。夫と暮らし始めたときからいままで、夫以外の男性を好きになったことがない。なぜバレた?……しまった!!なぜかを聞いていなかった。それさえ聞いておけば、怖い主治医が抱く(いだく)虫けらへの認識を読み解くことができたのに。。ぬかっとったぁー。というわけで、二つ目の謎の言葉の真実を披露した。まだあったように思う。思い出したら書こうと思う。最期のときまでに思い出すかどうかわからないが。。 薄 命
2026.01.25
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衝撃でもなんでもない。昨年からずっと言っていることである。先月21日の服用を最後に年末年始のイレギュラー日程となり、通常1週間の休薬期間が2週間に伸びた。それが理由かどうかはわからないが、黄疸が出て「これはいかん」となった。急遽入院し、閉塞しかけていた胆管を広げる手術を受けた。幸い、黄疸も引き、数値も改善した。きょうの血液検査では、いつもどおりのよい数値に戻っていた。診察については、課題があった。入院中に懸案になっていた主治医との「相談」が待っていたのだ。抗がん剤を「やめるとき」についてこちらの意思を示しておかねばならない。怖い主治医に話したような、個人的な事情を説明する時間もないし(外来診察時間は限られている)、新しい主治医がそれを受けとめてくれるとも思えない。端的に「いつ、こうなったらやめる」と言わない限り、話は始まらないし、終わらないと考えていた。主「治療、どうします?」きょうの治療は受けるつもりでいた。すぐに死ぬわけにはいかない事情が幾つかある。2年半かけても片付かないことだから、あとどれくらいの時間があれば処理できるかわからないので、「死んだら死んだでなんとかなる」という気持ちもあるのだが、できれば処理しておきたい。虫「今回のステント手術を受けなかったら、 いま、どうなっているでしょう」主「もう亡くなっていたかもしれませんね」そうなのだ。「黄疸が出たら、早い」というのはわかっていたし、主治医も言っていた。11月に抗がん剤を再開しなければ、確実に年内に死んでいたのだろう。主「抗がん剤治療をしている中での症状なので、 対応できましたが、治療終了、となっていたら、 対応できませんでした」そうなのだ。痛みを取る、吐き気を止めるなどのがんそのものが起こす症状には対応してもらえるが、「治療」とみなされることは一切してもらえないのだ。つまり、11月の抗がん剤再開を拒否していたら、虫けらは既に死んでいるということだ。虫けらは「年内が精一杯」と去年の初めから周囲にそう言っていたし、ブログにもそう書いていた。これほど的確に計算できていたとは…。自分でも驚くばかりだ。それにしても、これも運命ということなのか。2度目の抗がん剤治療をすんなり受け入れた経緯は明確なものではなかった。怖い主治医の進言なら、拒否していただろう。新しい主治医だったからこそ、「なんとなく」という心境で受け入れ、今回のことにつながった。主治医が変わったことがよかったのか悪かったのか。というわけで、残り時間は本当にない。抗がん剤は効いているとは言い難い。がんを「消す」「小さくする」という効果は期待できない。「増やさない」「大きくしない」が目標だが、達成は難しい。とにかく、片付けなければならない大物3つ、これを早急に処理したい。きょう、不動産屋と会った。条件を変更して、とにかく売ってほしいとお願いしておいた。これまでもそう言っていたのだが、本腰を入れてもらうように再度強くお願いした。近々、店の大家さんに会う。こちらから電話でも、会ってでも話がしたいと申し出た。応じてくれるようだが、明確な日時が決まっていない。ちょっとイライラする。が、仕方ない。連絡を待つことにする。不動産屋との交渉は2年半、店の大家さんとの交渉は5年かけている。そろそろ決着させないと、双方にとってデメリットが大きくなりこそすれ、メリットはなかろう。そして、できるだけ早く司法書士に連絡を取って、公正証書の作成をしよう。年末年始の繁忙期を避けていたのだが、そろそろいいだろう。そうだ、法名をもらいに行かねば。やらなければならないことはたくさんあるが、プライオリティをつけて処理しよう。できなかったらできなかったで、仕方ない。何しろ虫けらは既に死んでいるのだから、いくらあがいてもどうしようもないことだと思えば気が楽になる。とはいえ……広告制作会社をやっていたころのような、納期に追いかけられる焦燥感を人生の終焉で感じるとは。。これも運命なのだろうか。虫けらの運命は、いつもこうなのだ。大小問わず、かなりの難題にぶち当たっては力技(ちからわざ)で解決してきた。死ぬまでそのサイクルから逃れられない。現世の虫けらの天命は、投げかけられる幾つもの難題を一つずつ解決することなのだと思う。来世では、もう少し楽な天命を与えてもらいたいものだ。 粛 々
2026.01.19
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病室に、尼僧が訪ねてくれた。この人は、【ゾクッ報】これが霊能者の真実!?で登場した人である。虫けらが死んだときに「法名」がないと、納骨が難しくなる。(「法名」は一般的に「戒名」と呼ばれるもの)急に気づいて連絡を取った。最初は事務的に話を聞いてくれていたのだが、尼「で、どなたが亡くなった?」虫「まだ亡くなってないんですが…」尼「あ、そうですか。生前でも法名をつけることが できますよ。で、どなた?」虫「私です」尼「えっ? おばあさま?」『あら、祖母が見えたのかな?』虫「いえ、私です?」尼「えっ? あなた?」虫「はい。すぐに、という話ではないんですが、 そろそろなんです」などという会話をして、作業手順を確認して電話を切った。しばらくして、再度電話をかけてきてくださって、虫けらの話を長い時間聞いてくれた。最後に、虫けらの母方の祖母の話をし、不思議なことを言われた(【ゾクッ報】〜で詳細記述)。虫「ご心配なさらないようにお願いします。 私はいまは元気ですし、仕事もしています。 自暴自棄になったり、悲しんだりしていないので、 心を砕いてくださる必要はありません」と申し添えていたのだが、大変心配してくださった。入院当日の夕方、簡単な手術を終えてストレッチャーで病室に戻った虫けらをその方が待ち構えていてくださっていた。虫けらは手術中の2時間ほどを麻酔で眠っていた上、喉の感覚がなくなる麻酔薬を塗布していたので、頭がぼおおぉーっとしている上、口の動きがぎこちない。話せるような状態ではなかった。しかし、お世話になっている方が来てくださったのに、寝転んでいる場合ではない。ベッドの上に座って話をする。虫「薬のせいで、呂律が回りません。 すみません」と、言い訳をしたのだが、呂律が回らないのはどうにもならない。尼「そんなことは気にしないでください。 心配で、心配で仕方ないので、 迷惑だと思いながら来てしまいました」とおっしゃり、なぜか虫けらの生い立ちや祖母、親との関係、兄弟のこと、仕事のことなどを質問されて虫けらが答え、それを黙って聞いてくださった。法名を考えるのに必要なのだろうか。そんなことを思いながら、つまらぬ話を1時間近く話した。最後に、法名の5つの候補を見せてくださった。『あれ、できてる…。じゃ、虫けらの話は何のため?』不思議だったが、仏教は懐が深い宗教なので、こういう作業も必要なのだろうと思った。連休明けの昨日(13日)、朝9時ごろに主治医が病室を訪ねてくれた。久々に…絶望を感じる朝に書いたように、主治医は虫けらが言おうとした抗がん剤治療の話をさせてくれなかった。その日の夕方、また尼僧が病室を訪ねてくださった。歩くのがつらいような表情と歩き方。尼「心配で、心配で。考えると、体力が持って いかれるんですよ」虫「心配しないでください。私は元気です」尼「ええ、声も張りがあるし、表情も明るい。 わかっているんですが…、枕元に立つんですよ。 ◯◯さん(義父)が」虫「えー、何で?」尼「『かわいそうや、助けたってくれ』って」虫「そうですか。お父さんが心配してくれている ってことですね?」尼「毎日、枕元に立ってね」虫「それは、⚫︎⚫︎さん(尼僧のお名前)のお優しさです。 お父さんはそんな心配してないと思いますよ」尼「心配そうな顔してるんですよ…」虫「私はこの病気のことを理解してますし、 自分の意思で治療をやめたりしてますから、 お父さんもそれは尊重してくださると思います」などという話をしていたら、やおら、主治医が病室に入って来た。主「あっ、えっと…」主治医が尼僧を見てひるむ。何かを感じたか?虫「こちらは大丈夫ですが…」主「そうですか。 治療のことは、月曜日に相談するということで」虫「はい」主「よろしいですか?」虫「はい。よろしくお願いします」主治医が病室を出ていこうとしたとき、虫「わざわざありがとうございます」と声をかけた。もしかしたら、治療のことを話し合うつもりで病室に来てくれたのではないかと思った。仕方ない。尼僧に、主治医との相性を聞こうかと思ったが、占い師でも、それを生業にする霊能者でもないはずで、つまらぬことは口にしなかった。しかし、後で思った。怖い主治医を見たら、何とおっしゃっただろう。ま、妄想するしかない話はしても仕方ない。今朝(14日)、病室に主治医が来てくれた。用事はない。退院するのみなのだから。しかし、昨日は来客で話ができなかったので、その続きを話すために…、と思ったが、主「退院ですね」虫「はい」主「かゆみなどの症状は?」虫「もう全く」主「よかった」虫「ありがとうございます」主「治療のことは、来週の外来で」虫「はい」主「じゃ」虫「ありがとうございます。お世話になりました」昨夕の話と同じ。これはどういうことだろう。13日に主「難しいことは考えず、これまでの抗がん剤を しばらく使うことをお勧めします」と言い放って病室を出たことに、わずかな後悔があったのかと思ったが、そうではないかもしれない。ま、探っても仕方ない。来週の外来で結論が出る。とはいえ、がん治療というのは、本当にストレスだ。人任せにできたら楽なんだろうけれど、虫けらは変わり者だからか、それが絶対にできない。言葉を口にするときは、相当考えた後のことだから、相手の反応によって軽く変えることなどできない。とりあえず、自分の思いを最後まで言わないと納得できないし、その後の自分が取る行動は、相手にも納得してもらわないと気持ちが悪い。こういう性格だから、病気になるのか。。来週までは、入院でリスケした予約や、やるつもりでできなかったことのフォローにあてる。入院中は余り眠れなかった。きょうは早めに寝て、あすはいつもより少しゆっくり眠ろう。それにしても、人と接するのは大変疲れることである。退院祝いの食事は、病院食では絶対に出ないフライドポテトとビールにした。不謹慎極まりないが、食べたいものを食べるのがストレスレスの基本である。このポテトはおいしい(スギ薬局で購入)我慢したとて、寿命が伸びるわけではない。食べたいものがあるのは幸せなことだ。食欲もなく、食べたくても吐き気で食べられないがん患者もいる。油物もアルコールも大丈夫。虫けらの肝臓の働きは一般の健常人より上なのだ。が、病気に直接打撃になることは避けようと思う。いますぐに、コロッと死んでしまうのは本意ではない。とはいえ、「いつまで生きたい」という明確な数字もない。週明けまでに、主治医にどう話すか考えねば。怖い主治医に対峙するより難しいかもしれない。何しろ、新しい主治医のことを全く知らないし理解もしていない。怖い主治医は、こちらから言葉を投げかけたとき怖い主治医なりの反応があった。が、新しい主治医は全く反応がない。これは難関かもしれない。そして、尼僧。心配してくれるな、と言っても意味がない。心配するのは相手の心の持ちようだから。しかし、心配してもらうのは大変ストレスである。誰に心配してもらっても、治る病気ではない。自分が心配していないのに、誰かの心を煩わせるのは申し訳ない以外の何物でもない。ふぅ。胃を傷めないよう注意して、週明けの戦略を練ることにしよう。 疲 弊
2026.01.14
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退院が決まった。あす。足掛け1週間。予定どおり。このことが絶望なのではない。9時ごろに主治医が病室を訪ねてくれた。主「体調は変わりありませんか?」虫「はい」実はこの5日間、看護師の皆さんから「体調に異常は?」「吐き気は?」「痛いところは?」「おなかの張りは?」「食事は食べられる?」「出血や口内炎は?」などと、さまざまな問いを受けていた。そういう症状が出てもおかしくない状況だったということだろう。「体調に変わりない」という前提は、最後に面談したとき(先週金曜日)には虫けらの体調が悪くないという話をしたことだ。看護師の心配とは裏腹に主治医には、虫けらに対する「心配」は全くなかったということだろう。主「退院はあしたでいい?」虫「はい」あっけなく決まった。もちろん、血液検査の結果を受けてのことで、数値的な裏付けがない話ではない。主「じゃ、そういうことで」と、主治医が病室を出て行きそうになった。虫けらは、虫「治療のことですけど」と呼びとめる。主「あ…、薬を強くするという方法もありますけど」抗がん剤治療が大前提の言い方。虫けらの出鼻をくじくのがうまい。しかも、さらに強い薬を使うことを勧める。虫「1回目の抗がん剤を使う前から言っていたんですが… 抗がん剤を使わずに過ごすやり方を考えたいと ◯◯先生(怖い主治医)にお願いしていました」主「抗がん剤を使わないと、どうしようもない時期に 来ていますからね」虫「抗がん剤はやめどきが難しい。 死ぬまで続けるのが通常でしょうけれど、 生活ができなくなったら意味がない」主「副作用の出方を見ながら、抗がん剤を選んで 使っていくのがいいでしょう」虫「副作用はいやです」1回目の抗がん剤の副作用がいまも継続している。虫「オキサリプラチンの副作用、これから強くなる可能性は?」主「可能性はありますね」それだけで、アウトである。この副作用、握力が落ちて指先が使いづらくなる。一人暮らしの人間にとっては死活問題である。主「難しいことを考えずに、これまでの抗がん剤を しばらく使うことをお勧めします」虫「いつからですか?」主「来週月曜日」主治医の中では、機械的にスケジュールが決められていて、虫けらの意思や要望は全く反映されることがなさそうだ。主「じゃ、そういうことで」病室を出ていってしまった。ややこしいことは聞きたくない。治療は必至。つべこべ言わずに言うことを聞け。という気持ちがにじむ背中だった。あー、1年以上かけてようやく受け入れてもらった虫けらの考えはオールリセットされてしまった。絶望。これが医療の現場なのだろう。怖い主治医が特殊だったのだと思える。しかし、説得を諦めるわけにはいかない。来週月曜日に説得できなければ、治療が始まってしまう。あー、気が重い。調べてみよう。虫けらのいまの状態で、治療を終了したらどれくらい生きられるか。3ヵ月あれば何とかなる。いや、1ヵ月でもある程度処理できる。あー、シャワーを浴びたい。そうだ! チョコレートをポチろう! 錯 乱
2026.01.13
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昨年末、「虫の知らせ」があったかと思われる「会おうよ」「食事しようよ」メールがたくさん届いた。相手は、小学校時代からの友達だったり、いつもは店で会うお客さんだったり、若い頃からの知り合いだったりと、さまざまなのだが、結構久々にメールをやり取りするという人も多かった。メールが届いたタイミングは、2度目の抗がん剤治療が決まったあたり。つまり、昨年1月からずっと放置していたがんたちが、許容範囲を超えて大きくなり、元気炸裂だったので、そのまま放置したら、確実に余命宣告になるだろうという切羽詰まった時期。怖い主治医が相手だったら、抗がん剤治療を断り、物理的対症療法だけを願い出たと思う。しかし、主治医が変わり、怖い主治医に長い時間かけて説明してきた「治療を終了する」という勝手とも言える理由を改めて一から説明し、理解してもらおうという気力がなかった。加えて、「副作用が出にくい」という薬を試してみたい、ブログのネタになる、何事も経験、新しい主治医にも売り上げが必要、などという少々ふざけた思考も手伝って、抗がん剤治療を受けることにした。そういうタイミングで、「会おうよ」メールが続々と届いた。インフルエンザなど、やむを得ない理由で日延べした約束もあったが、ほとんどの人と会い、楽しく過ごした。虫けらとしては、「これが最後」と思って会っていたのだが、年が明けた途端、再び「会おうよ」メールが届いた。年末に会った人の中には、「顔が見たい」「声が聞きたい」と、これまでにその人から聞いたことのない言葉が綴られていたり、遠方から訪れるにもかかわらず、「また機会をつくる」と、無理をさせてしまうような状況がうかがい知れたり、プライベートでは会ったことがないのに、外で食事をしようと、特別感のある申し出があったりと、通常ではない心境でメールをしたためたのではないかと推察された。やはり、「虫の知らせ」なのだろうか。ということは、やはり虫けらは、死出の旅のときが近づいているのだろう。死んだら死んだでなんとかなる。と思わないではないが、海千山千の虫けらだからできるのであって、虫けら以外の人間が処理することを考えると、想像以上の困難を伴うだろうと思われる「大ごと」のやり残しが3つある。これの目処をつけたい。ふと、チョコレートが食べたいと思った。考え事が多すぎて、脳が疲れているのかもしれない。Amazonで割れチョコや大容量のチョコを検索したら、おいしそうなアイテムが二つ見つかった。これまでは、チョコレートなどほとんど食べなかった。虫けらを知る人の中には、虫けらが甘いものを食べるイメージは全くないだろう。しかしこの冬になってから、「チョコレート効果」という大袋のチョコを買うようになった。がんは糖分を栄養源にして増殖する。がんが欲しがっているのだろう。残り少ない商品だったので、すぐにポチりたいのだが、配送日が今週「水曜日」になっている。退院できているかどうか不明である。ゆえに、カートの中に入れたままにしてある。あすは担当医も主治医も出勤してくるだろう。現状をきちんと確認すると同時に治療終了の話をしなければならぬと思う。大変な労力を要するので気が重いが、必ずやらなければならないことだ。治療終了の話をした途端、また「虫の知らせ」を受けた人から連絡が来るのだろうか。人生の終焉に、たくさんの人と会えるのは大変ありがたいことだ。緩和ケアに入ったら、誰とも会うつもりはないので、いまのうちに会っておこう。それにしても、おいしそうなチョコレートだった。早くポチりたい。 散 漫
2026.01.12
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主治医から「1週間の入院」を言い渡され、それに沿った準備をした虫けらだったが、わずか入院2日目に退院の話をされ、思考が停止した話を前回書いた。オーダーした水(2L×6本)が到着したばかりで、そのまま持ち帰るのか!? と、途方に暮れかけた。これは、休み明けに主治医に確かめねばならぬと思っている。1週間が2日になった理由を。そればかりではない。これまでも入院時には、何度も理不尽だと思うことがあった。しかし、どうにか自分を納得させられる理由があり、辛抱することができた。しかし、今回は久々に怒った。理不尽には慣れているし、世の中理不尽でできていると言っても過言ではないほど理不尽なことばかりだ。理不尽を相手に腹を立てても仕方ないと思っている。腹を立てても、すんなり受け入れても、結果は変わりないのだから。ところが、「それは、そちらの論理じゃないか!」と思うことが幾つかあって、辛抱ならぬので、書きなぐって自分を慰めることにする。◎病棟による違い虫けらは、「内科」「外科」「整形」への入院経験がある。同じ病院でありながら、こうも対応が違うものかと、愕然とする。「内科」はエキスパート揃いだと感じた。行動も指示もシステマチック。こちらの要望にも最短だと思えるほど素早く答えてくれる。退院時には、入院に関するアンケートを取られた。このアンケートは内科以外で見たことがない。師長か病棟責任者の考えなのだろう。「整形」は、若い看護師が多い。質問や要望には、即座には対応できないので、先輩や医師に確認して返答するのだが、できるだけこちらの要望を聞き入れるように配慮してくれる。個々が明るくて、話しやすい。技術面は不安だが、要所要所でベテランが登場し、修正してくれる。この3つの科の中では、「外科」は最悪である。点滴が一度で成功したことがない。つまり、技術面で不安がある。内科ではあり得ないこと。さらに、話しづらい看護師が多い。なぜなのか考えてみたところ、患者を人として見ていないように思う。その目に映っているのは患者というモノなのだ。質問にはマニュアルどおり答える。患者には個々の個性があり、状況がある。その返答に納得すると思っているのか、と疑問に思うことがあるのだが、そんなことは考えない。つまり、マニュアル主義なのである。質問しても、答えが返ってこない。違う看護師に同じ質問をしても、前の看護師から質問内容が伝わっていない。不安に思い、メモを渡そうとすると、「大丈夫です」と言って受け取らない。こうなると、不信感バリバリである。↑イマココ◎個室料金の意味今回も個室を取った。入院期間が短かったことと、状態が悪くなったら、家族を呼んで虫けらの死後についての指示をしないといけないという切羽詰まった状況だったからだ。個室料金がどんどん上がっていて、最低料金が16,500円になっているのだが、この金額を病院はどう考えているのかと疑問に思う。看護師の作業や看護対応は大部屋と同じ。食事も別料金を支払わない限り、同じ内容。消灯時間や検査、介護的な内容も変わりない。違うのは、スペース的なものとシャワー、応接セットがあること、冷蔵庫とテレビが無料で使えることくらい(大部屋では、冷蔵庫・100円/1h など有料)。ビジネスホテルだったら、無料のお茶やコーヒーがついていたり、タオル・バスタオル、パジャマ、グルーミングセットが設置されていたりする。しかし、病院にはそれらは全くないし、無料製氷機も、アルコールの自販機もない(当たり前)。なのに、16,500円である。足元を見られたものだ。しかも! 入院して4日目。未だにシャワーを使えていない。これも理不尽の一つ。次に。◎シャワーと洗髪自宅では、毎日シャワーは当たり前。冬場は寒いので、湯を張って入浴するのだが、2日に一度のペースにしている(抗がん剤の影響で変わってしまった髪質のせいで、毎日アイロンは体力的に無理なのだ)。きょうで、入院4日目。こういうことになるのは予想できたので、入院前日には、入念に入浴していたのだが、さすがに4日は…。土曜日にシャワーを使いたい旨を看護師に伝えた。「私では判断できませんので、上の者に聞いてから」との返答。看「入院当日に手術されてますよね。 シャワーで血流がよくなって、 幹部から出血したりするかもしれないので、 シャワーはダメとのことです」これが最終返答なのだが。どう思う?それが本当なら、運動制限があるはずだ。血流がよくなる状況は、シャワーだけではない。しかし、担当医からも主治医からも聞いていない。主治医などは、土曜日に退院する話をしていた。退院したら、監視ができないわけで、そんな重大な監視事項があるなら、患者にも伝えているだろう。土日祝は、シャワーや洗髪は不可、となっている。看護師の手が回らないからだ。土日祝のシフトは極端に少ない人員になる。「働き方改革」の余波だろう。しかし、患者の命も、病気の勢いも土日祝に合わせて強弱、増減するわけではない。厄介な状態になる患者もいるのだ。だから、できるだけ雑用は減らしたいのだろう。虫けらの場合、シャワーの「見守り」は必要ない。ましてや、個室にはシャワーが付いているのだから、勝手に使わせてくれたらそれでいい。それさえ、やりたくないということだ。これは、何かあったときの責任を取りたくないという姿勢のあらわれだろうと思う。看「体を拭きましょうか?」と言われたのだが、背中を拭いてくれるだけだ。しかも、虫けらの手持ちのタオルを使われる。少数精鋭に絞って持参したタオルに余分はない。ちょっと背中を拭かれるだけで、タオルを1本使用不能にされたくない。虫「シャンプーをシャワー台でさせてもらえませんか?」個室のシャワーを使うのは断念し、病院のシャワー台を使わせて欲しいと願い出た。看「あ、いいですよ。何時にしましょう?」ということで、それだけは聞き入れてもらった。しかし! 看護師に洗ってもらうのではない。それは、虫けらにとって別に問題はない。しかし、基本的には看護師に洗ってもらうものなのだ。自分で洗え、と言われたことは一度もない。が、今回は土曜日だったので、そうなった。洗髪台を見ると、シャワーヘッドの位置が逆だ。看護師が洗うことを前提につくられているのだ。右手でシャワーヘッドを持つと、顔の前でホースがクロスしてしまうが、仕方ない。かくして自分で洗髪し、ドライヤーを借りて元に戻し、一人で完結したのだが、看護師が事後の確認に来たのは、4時間ほどしてからのことだった。虫けらのわがままが過ぎるということなのか?健康な人間が、4日間シャワーを浴びられないことに不満を持たないものだろうか(虫けらは死にそうなのだが、体調は健康体と変わりなく、健常人的日常生活を送れる)。しかも、個室を取ったのに…。。病院と監獄は大して変わりないものだ。矯正するのが、病気か犯罪癖かの違いだけだ。病室にはひっきりなしに人が出入りするので、着替えもおちおちできない(掃除の業者がおっさんなのに驚いた。気持ち悪い)。飲み食いは病院食と水だけ。外に出られない。シャワーダメ。散歩スペースもなく運動不足。病気になりそうだ。そう。病院は、病気を治す場所でなく、病気を固定させる場所なのだ。 諦 念
2026.01.11
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今回の入院は、主治医から「1週間程度」と言われていた。ちょっとした手術があるのだが、予後を診(看)るために必要な時間だと考えた。木曜日に入院したので、週末の三連休明けに退院日を判断されるとして、6日分の生活用品を確保した。ここ1年半で3回入院しているので、準備はスムーズに済んだのだが、ただ一つ、問題があった。虫けらが見るところ、病院のシステムが結構劇的に変化しているのに気づいたのは昨年10月。院長は変わりないので、多分、新しいコンサルが入ったか、事務長が変わったのだと思うのだが、経営改革が実行されているのだろう。今回の入院に際して、病院の経営改革がこんなところにも波及していた。それは、無料飲料水の廃止である。9月の入院のときは自由に汲んでこられた「湯」「茶」「水」が全面廃止となっていた。これは大変である。日常の飲料(1.5L程度)を確保せねばならぬ。病院内各フロアには、飲料水の自販機があるが、どれも130円以上という料金設定。水は130円/500ml。1階にはコンビニがあるが、店舗規模が極めて狭小で、2Lサイズの飲料水などなきに等しい(常時置いているのは3本くらいの水のみ)。入院までに日がないので、プライム会員の特典をフルに活用すべくAmazonで適当な量の飲料水を探す。2Lサイズの飲料水のスタンダードな配送形式は、9本であることに驚いた。20kg近い荷物を宅配の配達員に持たせるのが当たり前ということなのか。虫けらの入院日程は1週間程度なので、6本あれば十分である。さらに、入院当日の午後か翌日に届くものを探さねばならぬ。付け加えると、薬剤の服用に使うことが考えられるので、硬水はまずい。軟水である必要がある。検索ワードを変更して何度かリサーチするが、なかなか見つからない。15分ほど探しただろうか。ラベルレスの安価な水を見つけた。「富士山の〜」などという名称で、ちょっとおいしそうなのが幸いだ。価格は2L×6本 … 1,078円ポイントやらギフト券やらを使って、864円に抑えた。もし病院で購入していたら…130円×24本=3,120円である。虫けらは自宅では、三菱レーヨンの浄水器を使用しているので、日常の飲料水を購入する習慣はない。入院でこんな心配をするのは初めてである。水は、9日の夕方に病院に無事届いた。さて、入院生活。ここ2日は、8日(木) 検査・主治医の診察 入院・検査・手術 絶食と点滴の生活。許可飲料は水のみ。 入院時に内科担当医の病室訪問 術後に主治医の病室訪問9日(金) 検査・予後判断 レントゲンと血液検査を朝からこなす。 朝、担当医と主治医の病室訪問 何としても昼食を食べさせてくれるよう 担当医(内科医)に懇願する。 主治医には、状態報告のみ。 夕方、再度主治医病室訪問といった具合。虫けらは5日間程度の絶食は難なく実行できる。しかし、ここ数週間で体重が目立って落ちている。食欲が余りないという問題より、がんが栄養をどんどん吸収している問題があり、それがいやな感じなのだ。これ以上体重が落ちると、筋肉が痩せてしまう(体脂肪も内臓脂肪も消費済み)。筋肉が痩せると動きにくくなり、床に着いてしまう。寝たきりになると、厄介なのだ。病院には長く入院できないので、行き場を失ってしまうことになる。それを防ぐために、栄養のある食事は必須だし、それがあるから入院をすんなり受け入れた。虫けらから要求しないと、昼食も絶食になりそうだった。担当医「様子を見て夜から…」虫けら「昼食から食べさせてください」担当医「そうですね…、じゃ、異常があったら、 すぐに言ってくださいね」虫けら「はい」なぜ、こういう会話になったかというと、手術直後の検査では基準値だったアミラーゼが翌日朝の検査では、3ケタまで上昇していたからだ。これは、急性膵炎に移行する可能性が高い状態。実は、今回虫けらが受けた手術から急性膵炎に移行する確率は10%もあるというのだ。大変高い確率である。あぁ、来たか…と思った。虫けらは膵炎を2回やっている(自力で治癒)。10%側に入るのではないかとふと考えてしまったのだ。9日(金)の朝、みぞおちと背中に鈍い痛みほどではない違和感と、腹部の張りを感じた。36時間以上食事をしていないのに、である。膵炎か…。が、急性膵炎の症状の進展具合を熟知している虫けらにとって、これは心配するほどのことではないと考えた。病院にいるのだから、痛み止め(薬剤はないのだが)や症状の進行を食い止めることはすぐにできるだろう。こうして昼食は無事GETできた。夕方、主治医が病室にやってきた。主「どうですか? 痛みや吐き気はありませんか?」虫「朝はみぞおちや背中の違和感とお腹の張りが ありましたが、いまは落ち着いています」 (症状は、朝、主治医が来たときに話している)主「そうですか。どうしましょう、あした、 退院したいですか? ◯◯さん(内科医)と 相談しよか(独り言的)」虫けらの頭には幾つもの???が浮かんだ。朝、内科医が病室に来たときに、アミラーゼの数値が3ケタだと聞かされた。その状態で、退院はなかろう。しかも、水が届いたところである。12kgもあるのだ。手持ちでは、持ち帰れないではないか。頭の中でぐるぐる考えながら、虫「まだ、早いのではないですか?」とようやく答えた。主「いや、あしたから連休になるんでね。 週明けでもいい? 退院」虫「…は、はい」こ、これは……。新しい主治医のことを、虫けらは信頼できる医師と思い込んでいた。怖い主治医より少し若いものの、経歴や経験、肩書きは遜色ない感じだった。が、ひょっとして……。思い込みは怖い。虫けら自身がちゃんとせねば。入院期間を1週間と言っておきながら、たった2日で退院の話をするのか?血液検査の結果をちゃんと見たのか?今後の治療の話し合いもせず、退院させるのか?怖い主治医には、自分の経験や文献などを調べた知識でさまざまな質問や意見を言ってきた。それは、自分の知識量を自慢するわけではなく、治療を終了することへの、主治医の精神的負担を軽減するためだった。「それも、あれも考えた末、治療を終了したい」と言えるように勉強もしたし、怖い主治医からの質問にも常に忌憚なく答えた。……そろそろ、治療終了の話をするか。しかし……、まだ片付いていない「大物」を何とかする時間が欲しい。いや、これから始めるわけではないのだ。もう2年以上前からずっと進めているのだが、なかなか処理できずにいる。あれ、随分な文字数になっているな。理不尽はまだあるので、2回に分けることにする。とりあえず、生きています。 悲 報
2026.01.10
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あす、緊急入院する。きょうは、外科ではない他の科の検査があり、病院に出向いた。きょう入院だったら、ちょっと楽だったのに、と残念に思った。主治医の都合で、あすになった。主治医の都合というのも、多分手術である。水曜日は外科の手術日なのだ。病院にいるのだから、きのう、おとといの入院を進言するくらい急ぐのなら、とりあえず入院させてくれても…。愚痴はもういいか。検査結果は良好で、次の検査は1年後、となった。もう検査することはない。今回の入院で、不意に死んでしまったら大変、と、死後の処理手順を綴ったファイルを整理していたら、「あ、これはすぐに手配が必要だ!」と思ったことがあった。「法名」である。一般的には「戒名」という。納骨をどこにするか随分迷ったのだが、さまざまな手間を考慮したら、一番楽な方法だったので、夫の家族の墓に入れてもらう手はずを整えている。仏壇形式の墓なので、「名義人」が必要で、夫の死後、虫けらが名義人になった。実は、便宜上「夫」と言っているが、夫とは籍を入れた関係ではない。しかし、夫の両親や親戚とも仲良くしてもらってきたので、夫の家族の墓に入ることは誰も反対しないだろうと、勝手に手続きを済ませた。そこに納骨するとなると、骨壷にその宗派に合わせた「法名」が必要になる。夫の父、母、夫の戒名をつけたくださった寺の窓口の方(女性)に連絡を取った。状況を説明し、必要事項をメールして、あとは法名を受け取るだけだと思っていたら、こちらの状況を詳しく聞きたいと、電話をしてきてくださった。義父の葬儀の時からこれまでの13年間の話や夫家族との関係、夫の病気のことなどをつらつら話していたら、1時間ほど経ってしまった。湯を入れていた風呂が溢れてしまっていることに気づき、そろそろ電話を切らねば、と思っていた時に、母方の祖母の話になった。とても不意だったのだが、寺「おばあちゃん子でした?」虫「そうなんです」寺「いなせな方ですよね」え、なんでわかるの?祖母は明治生まれだが、家庭臭のしないきれいな人だった。京都の花柳界で芸妓をしていたので、容姿もさることながら、言葉や生き方がきれいでさっぱりしていた。虫「そうなんです。スパッとした性格で…」寺「見えます。ゾクゾクします」虫「祖母が守ってくれてますか?」寺「一緒にいますよ。見えます。感じます。 きれいな方ですね」こっちがゾクゾクするわい。神社や寺の関係者に霊能者というか、霊の見える人は多いと聞くが、これがそういうことか。祖母のことを言う前に祖母を象徴するかのような言葉を…。「いなせ」というのは、東京(江戸)で使われる、男性を形容する言葉だが、多分、「粋」という意味で発せられたのではないかと推測する。祖母は「粋」な人だった。容姿は女性らしいのに、実にさっぱりと小気味のいい、男性のような強さを持った人。その祖母が虫けらのそばにいると。虫けらが24歳のときに亡くなった祖母が、まだそばにいてくれていると。泣けるではないか。虫けらは自分のことでは滅多に泣かないが、これを聞いたら、涙が溢れた。湯が溢れた風呂に浸かりつつ、考えた。虫けらが死ぬとき、いろんなことを思い出すだろう。その一つ一つをつなげていったら、パズルのピースがピタリとハマるように、辻褄が合っていくのではないか。まだ、はまっていないピースが幾つかあるのだ。死の間際に、それが全部ハマったら、どんなにスッキリするだろう。その瞬間を妄想しながら、あと少しの期間、生きていこう。 戯 言
2026.01.07
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新年最初のブログ、ネタ(言い方! 「話題」です)を何にしようかと迷っていたのだが、昨日(5日/月曜日)、事態が急変したので、そのことを。新年早々ちょっと縁起が悪い。年明け最初の外科外来。血液検査の結果、極端に悪い数値が一つ。関連の数値は大したことがないのに、それだけが突出して悪いので、目立つ。主「体調はどうですか?」虫「体調は変わりないですが、黄疸が」主「そうですね。少し高い数値になってます」主治医が画面を見ながら主「きょうは治療ができません」虫けらは全てが予想どおりだと思う。というのは、年末年始の病院の休診で、3週間単位の治療が4週間になった。2週間投薬、1週間休薬というサイクルなのに、2週間休薬になったのだ。状態が変わったのは、4週目だった。通常どおり、3週間で次の治療に入ったら、こういうことにならなかったかも、という思うがあった。しかし、仕方ない。虫「外科的処置ですか?」主「はい。早い方がいい」今週と来週は予定が目白押しである。主「入院していただかないといけないんですが、 いつから入院できますか?」虫「いつでも」主「きょうでも? あしたでも?」大変急がれる話だと理解した。が、きょうは天満のエロ男爵と会食の約束がある。あすは、整形外科でお世話になった理学療法士(女性)が彼氏を連れて来店してくれることになっている。水曜日は内科の受診がある。虫「水曜日だと遅いですか?」主「水曜日は僕、いませんから、木曜日になります」理学療法士の先生との約束は年末だった。リスケされてあすになった。再度リスケするのも申し訳ないし(年末のリスケの理由はあちら側だが)、多分、もう実現されることがないだろうと思われた。虫「申し訳ないんですが、木曜日でお願いします」主「わかりました。ただ、あす、あさって、 何かあったら、すぐに病院に来てください」虫「はい」本当は、すぐに入院したかった。一旦家に戻って、準備しているキャリーバッグをゴロゴロ引いて、歩いて。木曜日になったら、どういう状態かわかったものではない。しかし、「最後」という言葉が脳裏でリフレインしてしまって、躊躇した。天満のエロ男爵との会食は、夏の入院時、スマホが壊れて困っていたところ、修理業者まで持ち込んでくれた。その時間に動いてくれる人は、男爵以外にいなかった。言い換えれば、男爵がいなかったら、もっと途方に暮れていたということだ。そのお礼をしたいとこちらからずっと言っていたのだが、なかなか都合が合わず、ようやく実現しそうなのに…。理学療法士の訪問も、最初で最後だろうと思っていた。店の存続の問題もあるし、彼氏が海外勤務なので、二人揃っての訪問となるとタイミングが大変難しい。年末年始でなかったら、実現しなかったと思う。そういう事情があるので、「ではすぐに入院を」とならなかったのだ。しかし、これは、大変危険な申し出であることは虫けらは十分承知している。ゆえに、葬儀業者や各種手続きを記したファイルを持参しようと思っている。外科的処置と同時に死ぬかもしれないという最悪の事態を想定しておかなければ、後処理をしてくれる家族に迷惑をかける。というような、緊迫した事態になっている。余力があるならば、入院中にブログを更新できるようノーパソを持ち込もうと思っている。それが難しいようなら、10日後かそれ以降、あるいは永遠の猶予をもらってしまうかもしれない。外科的処置が無事終わって、少し残命が伸びたら、しないといけないことが怒涛のように押し寄せる。生きる…死ぬということは、大変なことである。 焦 燥
2026.01.06
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2025年が間もなく終わる。昨年末(クリスマスイブ)、抗がん剤が原因と考えられる熱発があり、病院に相談するもスルーされてしまうという悲惨な事件で命の危険を感じた。「年が越せないかもしれない」という危機感を持ったことを思い出す。今年は、抗がん剤治療をやめ(病院としては停止)、10ヵ月間、がんに抗わない生活を続けた。その間、抜けていた頭髪が生え、ガサガサになっていた皮膚がだいぶ回復した。剥がれてしまった足の爪も再生し、知覚低下があった味覚が元に戻った。7月に骨折、8月に手術、10月まで片脚の杖生活を余儀なくされるという事件も勃発し、「人生の終焉に来て…」と、考えざるを得ない日々を過ごした。しかし、10月からは歩行可能になり、滞っていた事務処理事項や携帯電話が故障したことによる各種手続きを済ませ、ほっとしたのもつかの間、11月の検査結果を見たときに、「年が越せないかもしれない」と再び思った。2年連続である。抗がん剤というのは、延命を可能にするのは確かだが、わずか数ヵ月の話なのだ。24年6月に再発・転移という診断を受け、怖い主治医に聞いた。虫「何もしなければあとどれくらい?」怖「1年」怖い主治医の言葉から、余命宣告されなくても、自分の残命を計算できた。本来、25年6月までの命。しかし、24年8月〜12月まで5ヵ月間治療した。これで、25年11月+数カ月となった。つまり、25年12月〜26年3月くらいまでの命。11月の検査では、かなり数値が悪く、死因につながる症状が出るまで早くて 1週間〜数週間。緩和ケアに入って1ヵ月程度と予想され年が越せるかどうか、という計算どおりの状況だった。が、新しい主治医の判断で、抗がん剤を使った。3週間後の検査で随分改善していた。もちろん、数値的に、という話なので、それが延命を可能にすることなのか、一時的な回復なのかはわからない。しかしである。きょうは大晦日。もうすぐ23時。多分、年が越せると思う。ここ数日、自分の体にはとても敏感になっていたが、副作用以外はいつもどおりだった。幸せなことである。30年以上前、ミスタードーナッツのプレミアとしてゲットした重箱にお節的料理を詰め込んだ。日付が変わる前に年越しそばを食べようと思う。あとは、眠って、朝、目が覚めるかどうか。「年が越せないかもしれない」と思うことはもうない。元気に目覚めたら、風呂に入ろうと思う。あいにく目が覚めなかったら…。 南 無
2025.12.31
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風呂に入っていたら、ふと思い出したことがある。去年、「怖い主治医の謎の言葉の答え合わせ」というシリーズを書いていた。「答え合わせ」と言いながら、怖い主治医に確かめたものはなかった。その後の会話や事象から推察される結論を勝手に書いていただけなのだが、今年の夏に入院したとき、怖い主治医との会話の中で本当に確かめられたことが幾つかある。それを湯に浸かりながら思い出した。大した結末ではないのだが、とりあえず書いてみようと思う。時は23年5月。(以下、「怖い主治医の謎の言葉の答え合わせ ②」より)虫けらが違う病院(入院施設のない病院)からいまの病院に紹介状を持って訪れた当日、外来からすぐさま病棟に回されて、緊急手術となった。そのときは、虫けらは内科の患者。怖い主治医が病室まで訪ねてくれて、怖「外科の○○です」と名乗った。なぜ外科の先生が?という疑問の顔をしていた虫けらに、緊急手術の後、一旦退院、再度入院して外科手術を受けるスケジュールになっていると説明してくれた。そのとき、虫けらは余り意味なく、虫「先生が執刀してくださるんですか?」と聞いた。怖「別に僕が執刀せんでもいいんやけどね」ガビーンである。地雷を踏んだと思った。何か気に触ることを言ったか?言い方が悪かったか?それとも、一瞬にして嫌われたか?幾つもの疑問で頭がいっぱいになった。(以上、引用終わり)このブログの中では、「若手に執刀を任せたいけれど、 なかなか育たない。育ってきたな、と思ったら、 退職して別の病院に移ってしまう。 そのジレンマから、この言葉が出たのではないか」と推論している。が、本当にそうなのか?という疑問をずっと抱いていた。このことを、怖い主治医に聞いてみた。虫「最初にお会いしたときの会話、覚えておられます?」怖「僕、なんか変なこと言った?」虫「いえ、変なことではないんですが、 私にとっては、とてもショックなお言葉でした」怖「え、怒ったりした?」虫「極めて冷静で、静かな声でおっしゃったんですが…」怖「何を言ったんやろ」虫「私が、『先生が執刀してくださるんですか?』 ってお聞きしたら、先生は、 『別に僕が執刀せんでもいいんやけどね』 とおっしゃって、地雷を踏んだー! 怒らせた! と思って、焦りました」怖「あぁ、そんなこと言ったなぁ。 ◯◯さん(内科の担当医)から、 『治療不要、いつ死んでもいい、と言われた』 と聞いていたんよ」入院が決まって、ナースステーション前で内科の担当医と立ち話したときに、それに近い話をした。が、ニュアンスが全く違う。虫「あ…」怖「それを聞いて、僕が説得せなあかん、 と思ってあなたに会いに行ったんや。 そうしたら、あなたが想像と全く違う雰囲気で、 にこやかに笑いながら僕に執刀の話をするから、 調子が狂ったのと、僕が執刀するのが いやなんかと思って、そんなこと言うたんやと思う」虫「えー、スタートからちぐはぐだったんですね、 お互いの認識…」怖「そうみたいやな」虫「◯◯先生には、『もう3年近く前から これはおかしい、大きな病気に違いないと気づいて いました。が、たとえがんでも、何もせずに ずっとこのまま生きて、抗わずに死んでいこうと 思っていたのに、イレウスは想定外でした。 放置して、すぐに死ぬわけにはいきません。 片付けないといけないことがたくさんありますので、 これは何とかしていただかないといけないし、 その後、切除手術が必要であれば、受けます』 と言ったんです」怖「だいぶ違うなぁ、ニュアンスが」虫「あの、最初の会話以降、先生が怖くなりました。 どこに地雷があるかわからないので、 会話は慎重に、言葉は最小限で、と」これが、真実のようだ。全容かどうかはわからない。もしかしたら、虫けらの笑顔がムカついたのかもしれないし、物言いが気に入らなかったのかもしれない。しかし、怖い主治医が虫けらに対して持った認識がちょっと違っていたことが原因のようだ。『まだ若い(この病気に罹患するには)のに、いつ死んでもいいと自暴自棄になっている。治療は不要と拒否の姿勢を明らかにする頑なさ。どんないけ好かんおばはんなんだろう』 と思いながら、虫けらのベッドサイドに来たのだろう。なのに、いきなり明るく笑いながら、「先生が執刀してくださるんですか?」と聞いてこられたら、ずっこけるだろう。なーんだ、そんなことだったのか、である。内科医の説明が悪かったのか、怖い主治医の受け取り方が独特だったのか。いずれにしても、そんな深い話ではなかったということだ。長い間悩んで損した。きっと、人間関係や会話の中での疑問や悩みは、こうした、他愛ない誤解や認識のズレが原因ということも多いように思う。虫けらは、そういう悩みはほとんど持たないので(怖い主治医に対しては、たくさん持ったが)、心を病むほど考え込んでしまっている人の気持ちはよくわからないのだが、あんまり深く考えなくてもいいよ、という話ではないかと思う。脚の骨折については、「私の人生において、何の意味があったのか」と何度も考えたが、入院中に怖い主治医とこうした会話ができたことは、大変意味のあることだと思っている。間もなくあちらに行く、というタイミングで、その意味とやらを緻密に分析し、書き記したいと思う。あ、まだ答え合わせができた話がある。次回。 心 慮
2025.12.29
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今度入院するとしたら、①急性症状発生時の緊急入院②終末期の最終段階の緩和ケアのどちらかである。もちろん、今夏のように「骨折」などの思わぬ事故が原因となることもあろうし、がん以外の病発覚、ということもあると思う。が、確率的には、①か②が間違いなく高いし、①より②の方が主原因だと考えている。そこで、Amazonでチロチロ物色していたのがパジャマである。入院したら、パジャマしか着ることがない。虫けらの心算(こころづもり)では、病床で過ごすのは2週間以下だと思うし、「がん相談支援センター」にもそう伝えて受け入れ体制をつくってもらっている。しかし、そう思いどおりにいくものでもないだろう。1週間以下になることもあるが、伸びる可能性もある。体力的に、自力で洗濯をすることはできないだろう。病床に家族を呼ぶつもりはない。となると、何着かのパジャマを用意しておかねばならぬ。手持ちのパジャマを見ると、この時期に病院に持っていけるのは、2着ある。もう少し先になると、1着になってしまう。買い足そう、というわけである。真冬から春先まで、と考えて、とても暖かそうな素材のものを1着、春まで着られそうなものを1着の2着をポチッた。翌日、とても暖かそうな素材の方が届いた。『ん???』見覚えがあるような…。急いで押し入れを探り、冬物素材を入れた衣装袋を漁った。マフラーやニット帽などを入れた衣装袋を見て、『いや、もう一つあったぞ!』と思い出した。あった!パジャマばかりが入った衣装袋が。今回買った、暖かそうな素材のパジャマに極めて似たパジャマが出てきた。そうだった!去年も、病院に持っていくパジャマを探していて、これを買ったのだった。それにもう一つあるはず…、あった!つまり、4着持っていたことになる。そこに2着。さすがに6着も要らない。今年買った暖かい素材のパジャマは、早速部屋着として利用することにした。もう1着は、週末に届く。これで万全。そうなのだ。昨年の冬も、「最期」のことを考えていた。一昨年の冬には、「来年着ることがあるだろうか」と考えながら、セーターやスカートを買ったのだが、昨年は、さらに切実な状態になっていた。故に、セーターなど衣類は極力買わなかったのだが、どうしてもコートが欲しくなった。安物だが、内側にボアのついたロングコートを買った。「2度と着ないかもしれない」と、思いながらも、昨冬には2〜3回着た。そして、昨日は大変寒かったので、外出時に着た。これで、今年も着ることができた。26日、27日は大阪でも最高気温が10℃にならないという寒い寒い予報なので、当該のコートを着て、わざわざ出かけようと思う。思えば、がん発覚時から、「来年はもうない」とずっと考えていた。昨冬に買い控えたのが今になって効いている。でも、もう来冬はない。このままでいくしかない。というときに、パジャマの買い過ぎ。何をやっているのだろう。週末に、もう一つのパジャマが届いたら、入院時に持ち込むものをキャリーバッグに全て詰め込もうと思っている。「そのとき」は、不意に訪れるように思う。これまでの人生、どんな苦難もずっと一人で乗り切ってきた。会社の問題で裁判所に出向かないといけなかったとき、仕事が忙し過ぎて体を壊したとき、時間のない中での引越し、無謀な夫のしでかしを処理するとき……、さまざまな艱難辛苦を誰の力も借りず、一人で処理してきたという過酷な人生。さらに、人生の終焉という今夏、骨折で緊急入院したときも、片足生活で不自由を極めたときも、どうにかして自力で切り抜けた。(南京錠が壊れたときと、 スマホが壊れたときは、 『天満のエロ男爵』にお世話になった。 ありがとうございます。 しかし、このときとて、金さえ用意すれば、 直接鍵屋を呼んだり、便利屋に頼むこともできた。 天満のエロ男爵からの頼まれ事もあったりするので、 少し甘えさせてもらった)今回も一人っきりで迎えるであろう最期を抜かりなく、思ったような瞬間にするべく万全を尽くさねば。それにしても……。去年買ったパジャマの存在をすっかり忘れているとは…。ほかに、忘れていることはないか?多分、大丈夫だと思う。この2年、買い置きは大変慎重にしているし、酒も長いこと買っていない。ただ、ソーダのガスシリンダーのオーダーを迷っている。いつもなら、1本消費した段階で、交換用シリンダー(2本セット)をカクヤスにオーダーするのだが、2本となると、通常でも3ヵ月ほどもつ。そんなに要らんだろうと思うが、なくなってしまったら、困る。炭酸水を買いに行くのも大変である。どうしたものか…。きちんと余命宣告を受けないと、日夜、こういう悩みから抜け出せないのである。シャンプーが足りないかも…、いいドライヤーを見つけたけど…、洗濯機がもつかなぁ…、トイレットペーパーはいつまである…?悩み多き毎日なのである。 煩 悩
2025.12.24
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「どう生きたか」を考えてみたというシリーズを書いている。まだ完結していない。それのスピンオフ企画第2弾と言えるだろうか。というわけで、シリーズの⑥にしてみた。先週、うちの店のお客さんに紹介してもらった歯科医院に行ってきた。以前通っていた歯科医院の院長の方針で、被せの取れた歯を「このまま使えるだけ使おうか」という、余り聞かないやり方で放置していたのだが、抗がん剤を使うと血小板の減少や免疫力の低下が顕著になることがあり、治療が難しくなることが考えられる。いまのタイミングで処置してしまおうというわけで、予約を取って、院長先生に診てもらった。問診票には一応これまでの病歴や治療中であること、服用中の薬剤名を正直に書いておいたのだが、余り見ておられなかったのか、スパンの長い話を始められた。虫歯はないのだが、当該の処置が済んだ後の歯周病予防のための検診や定期検診の話などを途中で遮り、虫「先生、最初にお伝えしないといけないんですが」先「はい、何でしょう」虫「問診票にも書いたんですが、 現在、がんの治療中なんです。 これまでの経過からして、 もう余り先がないんです。 いいところ数ヶ月、半年は持たないと思います」先「……」虫「ですので、対症療法をお願いします。 問題の箇所以外は、都度ご相談ということで」先「イサギいい(大阪弁の言い回し。「潔い」)人やな」虫「もう2年になりますから。そろそろです」先「そうなんか」と言った後、笑っておられた。この「潔い」という言葉も、虫けらの長い人生の中で、何度か聞いた。納期が本当に短い仕事、予算が極端にない仕事、プロジェクトのスタッフの誰もが経験したことのない困難を含んだ仕事、クライアントの扱いが難しい仕事……さまざまな局面で、虫「やりましょう。私のことです。なんとかするでしょう」と言って、仕事を受けた。そんなとき、「潔い」と言われたと記憶している。そして、必ず仕事を完遂した。それを知ってか知らずか、難しい仕事ばかりが虫けらに集中する時期があった。虫けらは、苦情処理係のような存在だったのかもしれない。断ることができないわけではなかった。しかし、こんな難しい仕事を虫けらが断ったら、誰がやり遂げられるというのだろう。スタッフが困る姿が脳裏をかすめる。で、「やりましょう」となるのだ。ここ数日、「なぜ虫けらは、自分の死をこんなに素直に受け入れて、人に笑いながら話すことができるのだろう」と考えていた。答えが出た。虫けらには、「こうしたい」「ああなりたい」「それは嫌」「そうすべき」「これはできない」という「欲」や「嫌悪」といった情緒的なもの、あるいは、「できる」「できない」など自分を規定する枠がないのだ。その根源は、「自己肯定感が絶対的にない」という悲しいというか、無残な事実なのである。自己肯定感がない理由は、このブログでも書いたが、「自分は生まれてくるはずではなかった」という生い立ちと、生まれてからの家族との関係性で出来上がった。このことは、もうどうにもできないものだ。故に、「わがまま」「自己主張」がなく、状況に合わせて何でも受け入れる生き方になった。おかげで、楽である。どんな状況になっても、「いや」と思わないし、「後悔」したり、以前のいい状況に「拘泥」することがない。「こんなもの」という姿勢で受け入れて生きられる。以前、何度か医師に「PTSDが心配です」と言われたことがある。そのときは、医師が心配するほど過酷な状況に置かれていたのだが、虫けらの精神は何ともなかった。夫が亡くなったときも、突然だったこともあり、周辺から随分心配してもらったが、やることはやらないといけないし、仕事もある。悲しんだり、思い出に浸ったりする時間は、少し先にして、目の前の雑事をこなすことが先決だった。そうしているうちに、夫のいない日常が折り重なって、それが当たり前になった。悲しまないわけでもないし、涙を流さなかったわけでもない。しかし、現実を否定したり、回避したりはできない。そういう、こだわりのない生き方だから、「潔い」と言われるような、過酷な状況を素直に受け入れられたのだろうと思う。先「治療中でも、抜歯できるやろか」虫「大丈夫です。CRPも白血球も正常値。 感染症は心配ありませんし、 好中球も十分です。血小板も良好ですから、 止血しにくいことはありません」先「はははは…」虫「これ以上がん治療が進んだら、 抜歯が難しくなるかもしれません」先「抜歯したら、翌日洗浄しないといけないので、 週明けにしましょうか」虫「……いえ」先「きょう抜く?」虫「はい」先「おぉ、やっぱりイサギいい(潔い)なぁ」というわけで、6年ほど被せが取れて放置状態だった奥歯を抜いた。スッキリした。「潔い」理由のもう一つは、虫けらがよく考えた末の結論のみを人に話すということにあるのではないかと思う。思いつきや、感情の吐露といったことがなく、考えに考え抜いた、虫けらの持論だけを口にしているから、他人から見たら、「はっきり物を言う人」「迷いがない」「言葉が端的」ということになるのだろう。改めて、「潔い」の意味を。『思い切りがよい。未練がましくない。 さっぱりとしていて小気味がよい。 道に反することがない。潔白である』「かっこいい」に「潔い」は含まれるように思う。「見てくれ」のカッコいいではなく、「生き方」だが。シリーズ化する? もういいか。。 廉 潔※余談ながら、上記の院長と虫けらの会話の全貌を。虫「先生、最初にお伝えしないといけないんですが」先「はい、何でしょう」虫「問診票にも書いたんですが、 現在、がんの治療中なんです。 これが二度目なんですが、これまでの経過からして、 もう余り先がないんです。 いいところ数ヶ月、半年は持たないと思います」先「ほんまか……」虫「ですので、対症療法をお願いします。 問題の箇所以外は、都度ご相談ということで」先「……、大変やな」虫「いえ、両親も、夫の両親も、夫も見送りました。 いま、誰かが生きていたら、大変心配されるでしょうけれど、 みんなあっちに行きましたから、 心配されなくて楽です」先「それはそうやろけど…」虫「葬儀場も決めて、料金も払い込みました。 もうちょっとやらないといけないことはありますが、 大体片付きました」院長、少し考えてから、先「イサギいい(大阪弁の言い回し。「潔い」)人やな」虫「もう2年になりますから。そろそろです」先「そうなんか」
2025.12.19
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経緯から。◎23年5月 イレウスから大腸がん発覚〜切除手術を受ける◎23年6月 予防的抗がん剤の投与を拒否◎24年6月 がん再発・転移(肝臓と肺)◎24年8月 抗がん剤治療開始◎24年12月 抗がん剤治療中止(終了)◎25年11月 抗がん剤治療②開始〜現在2クール目「治療はしない」と断言していたのに、24年に抗がん剤治療をしたのは、⑴新しい治療法が発見された、先進医療を受けたい となったときに、標準治療を受けていないと 生命保険金がおりない(そんなつもりはないが、 言い訳。また、先進医療は高額)。⑵23年におりた保険料が支払総額の1/3程度 もう少し保険料をせしめたい(強欲)⑶何もせずに逝ってしまうと、家族に悪影響 「努力もせずに」という汚名を着せられるのは 耐え難い⑷怖い主治医との関係性がどう変わるのか 興味を持った(具体的な期待はない)という、説明にもなっていないような脆弱な理由をこじつけたからで…。当初は、治療を拒否する姿勢だったのに、幾つかの検査をするうちに、「治療をしたら、何が変わるだろうか」と、興味を持ってしまったのだ。治療には、「副作用」という厄介なものがつきまとうが、それに耐えられなくなれば、やめればいいという気楽な考えもあって、治療を開始した。⚫︎手の痺れ(電気ショックのような強烈なもの)⚫︎口中の痺れ(冷たいものがダメ)⚫︎味覚の減退(仕事柄、死活問題)⚫︎肌の乾燥、皮膚異常(見た目がひどい)⚫︎脱毛(ウイッグ必須)といった目立つものから、胃腸の不調、目の不調、食欲減退など二次的な症状まで、たくさんの異常が出現した。しかし、血圧・心拍数の上昇や倦怠感、めまい、起き上がれないなどといった急性症状がなく、いつものように仕事をして、食事をし、量は減ったが飲酒もできた。一度目の治療を終了(病院では「中止」とされた)のは、24年末に38℃以上の発熱をし、12時間辛抱して病院に電話連絡をして指示を仰ぐも、「もう少し悪くなってから」「午後からもう一度連絡を」といった、全くがん治療のことを考慮してない回答があり、「やってられん」となったわけである(こんな対応をする病院で治療するなら、何もしない方が安全)。電話に出た人間が悪かったと思う。後に、がん治療室の看護師にこのことを言うと、「看護師さんではなく、医事課の人間が電話に出ることもある。わかる人に代わればいいのだが、自分で処理しようと頑張ったのだろう」と言われた。それが真実なら、怖い主治医に伝わったこちらの症状もいい加減だった可能性がある。年明けの診察のとき、虫けらの呼び込みに大層な時間がかかったことと、診察室に入った虫けらの目に、頭を抱えた怖い主治医の姿が飛び込んできたことの整合性がつくというものだ。前にも書いたが、抗がん剤治療中は、免疫力が極端に下がる。そんなときに感染症にかかると命取りになる。よって、38℃以上の発熱があるときは、特に慎重に対処する必要がある。「好中球減少症からの感染症」というのが、抗がん剤治療中の患者につきまとう厄介な試練なのだ。特に12月は、インフルエンザやノロウイルスなどの感染症がはやる時期である。対処が遅れると、あっけなく逝ってしまうこともままるという話である。という経緯で、治療を拒否して終了したのだが、なぜ2度目の治療を…? と、虫けら自身も納得がいかない。10月から新しく担当してくれることになったいまの主治医は、「医師然」とした医師で、言葉数が少なく私語がない。主「肝臓が…。血液検査上は問題ないですが、 そろそろ症状が出始めると思います。 治療するならいまです」虫「治療?」主「前の治療では、副作用が強くて中止されたと 聞いています。副作用が少ない治療が ありますから、それをしましょう」虫「抗がん剤ですか?」主「はい」虫「抗がん剤以外の対症療法はありませんか?」主「物理的(外科的)に回避する方法もありますが、 それと並行して抗がん剤治療をすれば、 より高い効果が期待できます」これが、11月半ばの主治医との会話。まだ、血液検査上の異常がなく、切羽詰まった状況ではなかったせいもあり、「副作用が少ない抗がん剤って、どんなだろう」「新しい主治医にも売り上げが必要」「話のネタ(ブログに書く)になるかな」などという、おおよそ真面目ではない理由から治療を受け入れることにした。それが木曜日。週明けの月曜日には治療を開始するという。主治医の知見から、もう切羽詰まった状態だと判断したのではないかと思う。で、月曜日の治療前の血液検査。驚くような悪い数字。肝機能に問題があることが明白にわかる。肝臓自身に問題があるのではなく、がんの位置が肝機能を落とすような場所にあるということである。主「治療できるギリギリのタイミングですね」虫「治療できますか?」主「はい。もう少し遅かったら、無理でしたね」と言われれば、治療を拒否することができない。前回、ある状態に陥ったら、「死期は近い」と言われたし、この治療ができなければ、その状態に陥ることは明白だったからだ。1クール(3週間)が終了し、先週、血液検査を受けた。数値が驚くほど回復していて(何なら、健康な人よりいい)、虫けらはにわかには信じられなかった。なぜなら、虫の知らせを受け取った知人からたくさんの連絡が入り、週3〜4回の会食(もちろん飲酒込み)を3週間続けていたし、仕事もいつもどおりだった。食事にも特に注意を払わなかったし、外出も、睡眠もいつもどおり。抗がん剤ががん細胞を小さくする、数を減らす、といった効果をもたらすのはわかっていたが、たった3週間(内服薬は2週間)の治療で、そこまで改善するものなのか。「検体の取り違え?」と疑うほどの数値。どうも納得がいかなかった虫けらは虫「前回の数値と全く違いますよね。 何がどうなって、こうも改善したんですか?」主「薬が効いたんでしょう」虫「どう効いて、何がどうなったんですか?」主「よくわかりませんが、前回、どこかに炎症があって、 数値が格段に悪かったのかもしれません。 炎症が治まったから…」虫「抗がん剤が効いたから?」主「どうかわかりません。 がんの状態は、CTの画像を見て判断します。 今回は、どうにか薬が効いてくれたということだと 思います」やっぱり納得がいかない。(前回が検体の取り違えなら、いまごろその人は…。今回の検体が取り違えなら、虫けらはそろそろ…)疑ったらキリがないのだが…、ま、仕方ない。というわけで、2クール目に入った。まだ、CTの撮影はできないので、2月くらいまで治療が続くのだろう。となると、4クールになる。果たして、そこまで生きていられるのか。気になる副作用だが、手の指先と手のひらがインド人になっている。(インド人の方々、すみません)ピンクの爪が異様に目立つほど、色素沈着が起こっているのだ。それと、爪がボロボロである。下痢は多少あるが、前回の抗がん剤とは比較にならないほど軽いものである。いまのところ、その他の症状は見当たらない。治療開始からまだ1ヵ月なので、そんなものだろう。今年いっぱいの命かと思っていたが、年は越せそうな雰囲気なのでホッとしている(年末に死ぬと、家族の正月を台無しにしてしまう)。去年もある程度考えたのだが、今年はさらに正月の準備をするかどうか迷いに迷った。これまでは、「お節料理」とまではいかないが、それらしい料理をお重に詰めて正月を迎えていたが、今年は無理かもしれないと、「それらしい料理」も購入しなかった。いまになって、慌ててバラバラと購入している。ミスタードナッツのプレミアム(懐かし〜)去年のお節もどき。二毛作作戦。一人だと、こんなもん今年もあと2週間と少し。やらなければならないことも残っているので、頑張って生きる。忘年会の誘いもあるので、それもこなして。生きるというのは、忙しないものである。 忙 殺
2025.12.15
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10歳のときからの旧友と旅行に行った。前回(昨年夏)に旅行したときより、少し大きくなっているようだったし、彼女の口から出る言葉も少し違った。今回、虫けらが新たに認識したことや、心がけなければならないことをしたためておこうと思う。それが、太った人全般に言えることかどうかはわからない。しかし、彼女と共通する何かがあるように思う。太った経験もなければ、家族に太った人間もいない虫けらにとっては、人を思いやる気持ちが欠けていたのではないかと、再認識させられることが幾つかあった。反省を込めつつ。◎「しんどいんや!」温泉施設での出来事。先に温泉から出て身支度を済ませていた虫けらが、化粧室からロッカー室を何気なく見たら、旧友の後ろ姿が。上半身にはバスタオルをかけていたが、腰から下が丸出しになっている。ふくよかな尻にまとわりついているショーツ(通称「パンツ」)は、右半分が上がり切っていない。走って行って上げてあげるほどのことはない。皆、同じような格好でウロウロしているので、気にする人もいなかろう。と、放置していたのだが、そのことを部屋に戻ってから彼女に話したら、彼「わかってたよ」虫「パンツが上がり切ってないことを?」彼「うん。けど、しんどかったんや!」虫「パンツを上げるのがしんどい?」彼「そう! 汗かいて疲れてた」温泉のみならず、ミストサウナにも入って、大変な汗をかいたのは事実である。しかも、虫けらは2回にしたが(汗をかくと疲れる。体重が減って体力のない虫けらは自重した)、彼女は3回も入った。結果、疲れたと言う。パンツを上げるのもしんどかったと。彼「太ってたら、しんどいんや!」汗をかいたら疲れる。太っていたら、動くのに体力を使う。しかし、ミストサウナには3回入る。この矛盾に気づかないまま、彼女は「しんどい」を主張するのだ。しかし、これが太っている人の心理かもしれない。その心理のまとめは最後に。◎「嫌い」と「もったいない」朝食バイキングのとき。虫けらはいつもご飯食を選ぶ。パンは食べない。コーヒーも飲まない。おかずを選ぶときは、ご飯に合うものにする。卵焼きがあった。四角い小さな「卵焼き」は、「だし巻き」とは違うことを主張していた。つまり、甘い可能性があるのだ。関西人の卵焼きは砂糖を入れないのが主流だが、甘い卵焼きが主流の地域も多い。ゆえに、卵焼きは一つにし、スクランブルエッグも所望する。旧友のお盆上には、ご飯の入った茶碗と、パンののった皿が並んでいる。卵焼きとスクランブルエッグが並存しているのは虫けらと同じ。パンを食べるのなら、当然である。先に卵焼きを虫けらが食べる。虫「この卵焼き、甘いわ」彼「え、甘い? 嫌やわ。卵焼きが甘いの、 耐えられへん。食べて!」と、箸でつまんで虫けらの皿にポイッとのせる。バイキングなので、残すわけにはいかない。虫けらも卵焼きは甘くない派なので、ちょっと本意ではないものの、小さな卵焼きだし、別に食べられないほど嫌いというわけではないので、いただいた。しばらくして、彼「もう一杯食べようかな」ご飯のことである。ご飯がなくなったが、おかずがあるのか、と思ったが、そうではなさそうである。彼「漬物が食べたい」虫「梅干があったなぁ」虫けらは、朝食バイキングのときは、「漬物」「梅干」「海苔」は絶対に取らない。ご飯が足りなくなって、おかわりが必要になるからだ。いつもは食べない朝食なのに、ご飯2杯は多すぎる、という判断なのだ(ホテルには「昼食」がついていない。朝ごはんを食べておいて、昼抜きをするつもりではある)。結果、彼女はご飯をおかわりし、漬物と、ヨーグルトや果物(パイナップル)を取ってきた。虫けらは、デザートは食べないし、飲み物も水のみである。部屋に戻った彼女は彼「食べ過ぎた」と、吐き出すように言ってベッドにゴロン。虫「昼抜きでも大丈夫やな」彼「昼も定食メニューあるで」虫「とりあえず、温泉を楽しもう。ご飯はその後で」ホテル内にはレストランがあり、日帰り温泉を利用する客のためにランチメニューが用意されている。しかし、運動もせずにゴロゴロしている我々に、「定食」など重すぎると思うのだが。旅程が終わり、電車で大阪市内に戻ってきて、遅い昼食を食べようという話になった。虫けらが何度か行った、ホテルに入っている回転すしに行くことに決まる。同系列の他の店には彼女もよく行くらしく、ネタやメニューのことは知っているようだ。彼「なんか、揚げ物食べたい」虫「海老の天ぷら、フライ、イカの天ぷら、 ゲソの唐揚げ……」タッチパネルのメニューを見ながら虫けらが言う。彼「ゲソの唐揚げ!」即答だった。虫「私はタコの唐揚げにする」オーダーを済ませる。同時にやってきた。虫「タコの唐揚げ、おいしいねん、食べてみ」彼「ほんま! おいしい!」虫けらは、この店のタコの唐揚げは毎回オーダーする。冷たい酒に寿司だと腹が冷えるので、熱い食べ物が欲しくなるのだ。しばらく食べ進めてから彼女が言う。彼「このゲソ、味濃いわ。食べて」つまり、自分の理想の味ではなかったので、虫けらに食べてほしい、というわけだ。以前、同系列の他店でオーダーしたことがあるとばかり思っていたが…。そこで虫けらが気づいて言う。虫「普通、『これおいしい、食べて』やろ。 『おいしくない、食べて』っておかしくない?」彼「……そうやな。でも、もったいないやん」ということなのだ。朝食の2杯目のご飯とて、「もうおなかいっぱい、食べて」と言いたかったに違いない。しかし、さすがにそれは憚られたのだろう。「食べたい」の後に「おいしくない」「嫌い」「おなかいっぱい」と思っても、残したり、捨てたりするのは『もったいない』という気持ちがいつもある。そこで、近くにいる他人に…ということなのだ。しかし、「食べたい」のだ。食べたい欲望の割に、わがままが過ぎる。虫けらなら、多少味が濃くても薄くても、想像した味付けでなくても、最後まで食べ切る。しかし、彼女は我慢するのが嫌なのだ。我慢するくらいなら、おいしい他のメニューを食べたい、ということだろう。つまり、食べ物に対して貪欲だということ。しかし、「もったいない」という気持ちも常にある。彼女一人の食事なら、いやいやながらでも食べ切るかもしれない。が、処理係がそばにいるなら、そいつに任せようという算段だろう。「食べたい」「いや」「もったいない」の葛藤の中に常にいるのが、太った人なのだ。◎「我慢できん!」旧友は、無呼吸症候群も患っているらしく、常にうとうとしている。うとうとするのは、常に寝転んでいるからで、座っているのはつらいので、寝転ぶ。するとうとうとする、という寸法である。「うとうと」と言っても、一般人のうとうとではなく、イビキが伴う。イビキを聞くと、よく眠っているような錯覚にとらわれるが、寝言を言ったり、手を動かしたり、笑ったりする。夢と現(うつつ)を行ったり来たりしているのだ。突然目を開けて、彼「知らんかった」と、夢の続きを喋り始める。虫「夢やろ。寝言言ってたよ」彼「夢か…」毎回、この会話である。そして、彼「暑い!」と言っては布団を跳ね上げ、彼「寒い!」と言っては布団をかぶる。虫けらはずっと布団をかぶっている。室温は多分20℃前後なので、暑いわけがないのだ。が、暑い! と大きな声で叫ぶ。暑いのだろう。Tシャツにショーツ(俗にいうパンツ)のみで布団をかけずに眠っては、寒い! と目を覚ます。寒いのだろう。どうしろというのだ。虫「布団、着といたら?」彼「暑いもん」虫「すぐに寒くなるやんか」彼「我慢できんのよ!」彼女に「ちょうどいい」はないらしい。こんな調子なら、ゆっくり眠れるはずがない。一日中うとうとしている理由がわかろうというものだ。突然、彼「いま何時!?」と聞かれるのにもまいった。部屋には時計がない。スマホで確認するしかないのだが、YouTubeを観ていたりすると、わざわざ画面を落とさなければならない。なぜ時刻を気にするのかわからないが、聞かれたら答えるしかない。何度か繰り返したら、こちらも準備するわけで、何時に温泉、何時に食事と決めておいて、その時刻までの時間を把握するようにした。彼「いま何時!?」虫「温泉(に行く時刻)まで、まだ30分くらいあるよ」という具合である。彼女は自分が眠ってしまったことに、申し訳なさを感じているのだろうが、そのことで、多少予定がずれても大した問題ではない。遅れたら遅れたで、リスケすればいいのだ。それより、眠っていた人間が突如目覚めて、大きな声で時刻を聞いてくることの方が迷惑である。気ぃよく、観たいYouTubeを観ている、あるいはゲームをしているこちらの身にもなってもらいたいものだ。つまり、自分の「欲望」を押し殺したり、我慢するということができない、あるいは、いつも「限界」状態で生きているということなのだろう。それはそれで大変である。◎「多分そうやろ」チェックアウトしてホテルを出て、駅まで歩いた。彼「タクシー呼ぶ?」虫「歩いたら遠いのかな?」チェックインのときは、タクシーを使った。が、あっという間に到着した。距離が短いのは確かなのだが、結構複雑な経路だった。彼「すごく近いで、駅」地図上で確かめたような言いぶりだったので、キャリーバッグをゴロゴロする覚悟が彼女にはあるのだろうと、虫けらは判断した。虫「そう。じゃ、歩こか」ホテルを出て歩き始める。虫「こっち?」彼「そうちゃう?」経路を知らないようだ。頭上に走る高速道路や鉄道の高架とホテルのことを調べるために見た地図とを重ねながら、東西南北を判断して歩く。虫けらの歩く速度が速すぎるのか、彼女とは常に50mくらいの差ができる。虫けらとしては、できるだけ早く駅への経路を把握したいので、どこかに看板なり、指示表示がないかを探しつつ、歩いている。方向を間違えたとわかったらすぐに彼女に知らせて、無駄に歩かなくていいようにと。信号で彼女が追いついた。彼「駅に着いたら、トイレ行く」虫「駅、わかってるの?」彼「ううん」虫「荷物、私が持って行くから、とにかくあの施設の トイレに行っといで」イオンモールが目の前にある。駅ではないが、近くに駅があるのは確かなので、彼女のキャリーバッグを預かった。彼女は単身で歩いてトイレを探すが、その速度で大丈夫か? というじれったさ。キャリーバッグを二つ、ゴロゴロしながら彼女が入ったであろうトイレを探す。5分ちょっと待っただろうか。彼女が出てきた。彼「間に合ったー。よかった」それより、このトイレの前で虫けらが待っていたことに感動してほしかった。大きなイオンモールの中で、このトイレだと決め打ちして待つことは、大変な判断が必要だったのだ。この後、無事に駅を見つけて帰途に着くのだが、よく考えたら、すべての判断は虫けらがしていたように思う。彼女は提案はするのだが、「どうする?」が必ずつく。「どっちでもいいよ」と返そうものなら、「私もどっちでもいい」と言う。虫けらは、自分に予備知識や判断材料があることは、即座に判断して彼女に「こうしよう」と提案する。このことは滞りなく実行され、完結するが、彼女からの提案に対してこちらに知識がなければ、彼女の提案に同意し、判断を仰ぐことになる。この場合、スムーズに実行、完結されることがない。判断、予備知識、提案、すべて「アバウト」なのだ。ま、旧友相手のお気楽な旅行なので、そうなるのだと信じてはいるが……。太った人が皆そうだとは思わないのだが、彼女が言った「しんどいんや!」がすべてに通じているように思う。考えるのも、判断するのも、行動するのも「しんどい」のだ。しんどいからアバウトになり、わがままになり、人に頼ることになる。虫けらには「思いやり」が必要だと思った。「しんどい」と言う人は、本当にしんどいのだと思う。いつも、助けてやらねばならぬ。あす、死んでもおかしくない虫けらだが、旧友の「しんどい」は、本当に助けてやらねば。しかし、元気なときに限る。旧友を助けようとして、虫けらが死んでしまっては、元も子もない。次に会うとき……来るのだろうか。いまの虫けらより、元気になることができるのだろうか。思いやりより体力。年は越せるのではないかと思う。新しい主治医も、主「次は、年明け5日ですね」と、表情を変えずに言った。多分、年明け5日の診察時には、生きているだろうという判断か。きょうは営業と、店の設備の修理。あしたは仕事を休んで、やりたいことがある。今週はもう一日、違う科への通院。思いやりを取り戻すために、少しゆっくりしたい。 無 理
2025.12.09
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2泊3日の旅行に行った。海の見えるホテルだったが、ちょっと怖い表情の海だった。ホテルの部屋からの眺望(友人より)先週の予約だったので、最後の1室だったらしい。部屋が端の端。エレベーターまで80歩(一般の人なら100歩以上)ほどの長い廊下を何度往復したか。温泉施設は逆の端なので、1回入泉するために200歩近く歩く。帰りを加えると400歩。よい運動になるのだが、一緒に行った旧友は、最近大きくなってしまって、歩くのがつらそうだった。虫けらは、歩幅90cm、7km/hで歩くので、温泉施設まで1分半もあれば十分なのだが、旧友と歩くと倍くらいかかる。それでも虫けらに追いつくのがやっとのようだった。部屋も温泉施設も2階だが、自動製氷機が1階にある。風呂上がりに氷を調達しようという話になった。温泉と部屋のちょうど中間点にエレベーターがあるのだが、彼女がエレベーター前で立ちどまり、動こうとしない。虫「何してるの?」彼「氷、1階やろ?」虫「…階段で行ってくるから、部屋に帰っといて」虫けらが走って階段を降りて氷を調達した。氷を持って部屋に戻ると、彼「足、大丈夫なん?」今更、である。虫「足、絶対ケガしたらあかんで。 治るのにえらい時間がかかるよ」と忠告するしかなかった。体重がある人が足をケガすると、大変である。虫けらの倍ほどの体重がある彼女の足へは、倍ほどの加重となるわけで、ケガへの負担も倍増するのだ。という旧友だが、子どものころは普通体型だった。ここで虫けらの持論を披露したいのだが、以前にも書いたかもしれない。歳をとって(女性の場合40代以降)、太る人と太らない人の差はどこにあるのかというと……、「骨盤」だと断定していいと思う。「骨盤」が大きい人は確実に太る人種である。対して、骨盤が小さい人は、太らないか痩せるかのどちらかだと考えている。科学的な根拠はないが、長い人生を通しての知見である。彼女は骨盤が広かった。子どものころから女らしい体型だった。ところが虫けらは、骨盤が狭くて男の子のような体型。虫けらは彼女が羨ましかった。ミニスカートを履いても、Gパンを履いても、体に馴染んでいる。虫けらがミニスカートを履くと、男の子が女装しているようだし、Gパンを履くと、尻周りがぶかぶかする。まったくもって似合わなかった。二人で温泉に浸かりながら、ぼぉ〜っとしていたとき、ふと思い出した。中学のときの男子同級生に「かっこよかった」と言われたことだ。虫「◯◯くんに、『かっこよかった』って言われたけど、 思い当たる節がないのよ」彼女も彼のことを知っている。同級生になったことはなかったようだが、彼は有名人なので、大抵の女子は知っている。彼「あんた、かっこよかったよ」虫「えーっ、何が?」虫けらには意外としか言いようのない彼女の言葉だった。彼「制服の着こなし」何を言っているのか、彼女は。制服など皆同じである。中学のときは、成長を見越して結構大きめにつくってある。かっこいいとは程遠いシルエットなのだ。虫「制服なんて、着こなしようがないやん」彼「いやぁ、かっこよかったよ。 廊下歩いてても、他の子とは違ってたもん」虫「意味がわかりませんが」彼「姿勢がいいし、所作が真似できんのよ」虫「所作?」彼「そう、何気ない動きというか、仕草というか」虫「特別なこと、何もしてないし」彼「ちゃうねん、普通のことしてても、かっこいいんよ」理解できない。バレエを習っているような女子は、姿勢がよくて手足が長く、所作も美しい。しかし、虫けらは下賎な貧乏人である。両親も兄弟も、「所作」や「仕草」といった言葉が全く馴染まないろくなもんじゃない民たちである。とはいえ、彼女の言う「かっこいい」は文字どおり「格好」が「いい」ということのようだ。それはそれでうれしい。彼女は虫けらより背が高く、女性らしい体型だし、顔も美人系である(全て中学生時点)。彼「あんたはかわいい系ではなかったやんか」虫「……」中学生のときに、既にかわいくないとは…とほほ。彼女「顔な」雰囲気がかわいくないだけではなく、顔がかわいくないとは…もっととほほである。虫「美人系でもない」彼「かっこいい系やった」どんな系統なのだ。男子ならわかる。女子の顔を表現するワードではないように思うが。このあと、虫けらが後輩からのアプローチに苦難した話や、女子校でのエピソードを暴露するに至るのだが、彼女は全く知らなかった。虫けらが話していないのは確かだが、中学生のとき、日夜受けていた後輩女子たちからのアプローチに大変難儀していた事実を彼女が知らないのは意外だった。つきまとい、プレゼント攻め、おねだり……。「おねだり」は、モノではなく、「一緒に◯◯して」という類のもの。一緒に写真を撮って、一緒に歩いて、一緒に寝て(合宿のとき。変な行為はない)、手紙を読んで……などといったもの。虫けらは男好きなので、女子からのこういう要求に応えるのは苦痛でしかないのだが、女子に恨まれることほど怖いことはない。気持ちを殺してでも、8割方の要求に応えざるを得なかった。「かっこいい」というワード一つで、大変たくさんの思い出が蘇った。旧友の彼女から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。人というのは不思議なものである。10歳のときから友達である彼女にも話していないことがたくさんあり、虫けらが知らない彼女の過去も結構あった。たった2泊3日だから、大してゆっくりできていないのだが、観光もせず、ただ温泉に浸かってベッドでゴロゴロする時間は、他愛ない思い出話を引っ張り出すのには、ちょうどいい人生の幕間だったのかもしれない。そして、彼女は仕事に、虫けらは病院に。これから、互いに違った生活を営むことになるのだが、残り少ない人生のひと時を旧友と過ごせてよかったと思う。もう旅行はできないだろう。旅行どころか、すぐ病院に入らねばならぬような、緊急事態が待ち構えているかもしれない。今週初めに葬儀場を決め、基本的な料金を払い込んだ。遺品処理の業者も決めてある。来週は、公正証書をつくろうと思っている。店の処理も早くしたい。旅行で体重が増えた。旅行中の食事はおいしかったし、大阪市内に戻ってから彼女と行った回転寿司も堪能できた。まだ、カヘキシアには移行していないようだ。きのうは、夕方「ちょっと休もう」と、2時間程度眠るつもりで布団に入ったら、8時間も眠ってしまった。少し起きていて再び眠り、合計11時間。少々疲れていたのかもしれない。これから少し運動したら、おいしいものを食べて、あしたは買い物にでも行こう。寒いので、風邪を引かぬよう注意して。あと少し、かっこいい生き方、姿を忘れぬように。背筋を伸ばして、かっこいい表情で。 不 能
2025.12.06
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長く生きていると、ある程度達観したり、諦めたりすることがたくさんある。人というものは、人生経験やあらゆるメディアで見聞きしたことから、物事の道理や世の中の仕組み、古今東西解決しない難題、どうにもならない人間の生態といったことどもを自分なりに昇華しようとする脳の営みを小さなころから幾度となく積み重ねてきたわけで、人によって差はあるにせよ、経年という物理的条件を満たすことによって、努力せずとも達成されるある程度の領域があるということだ。長い文章。ところが! である。長い年月をかけて昇華してきたことどもより、わからない、知らない、考えたことがないという未知の領域の方がはるかに大きいことに気づき、暗澹たる気持ちになるのもまた人間である。先日、虫けらより3〜4歳年上の知人男性と歩いていて、知「あれは何やろ?」虫「何でしょう」知「あのパンツ、どう思う?」虫「あれは、背の高い人が着るのが最低条件でしょう」知「何であんなファッション選ぶんやろ」虫「価値観が変わったんでしょうか」知「あの店、どういう客をターゲットにしてるの?」虫「若い子は興味ないでしょうから、年配者?」知「年配者は金使わんでしょう。儲からんよ」虫「間もなく世の中から消えるし」知「ピンポイントのターゲットがいるんやろか」そんな会話をした。二人とも何かに気づいてふと会話をとめ、知「この年になっても、知らんことばっかりや」虫「一人で歩きながら、何で? 何で? 何で? って、考え続ける毎日です」と、落胆した声で言い合った。そんなものである。こんな不毛なことにも、虫けらは心を囚われている。◎「何が言いたいかっていうと」テレビは観ないので、YouTube番組が主な不満相手なのだが、『何が言いたいかっていうと』というワードを皆が使うのに辟易している。「私に言わせれば」「言わせてもらいますけど」といった口癖的ワードも同様なのだが、「何が言いたいかっていうと」より控え目でより枕詞的だ。「何が言いたいかっていうと」と、先に言われると、「次に言うのが結論だ!」と押し付けられた気分になる。ところが、である。結論的キーワードも論理も出てこない。「え、それ?」と聞き返したくなるほどである。「何が言いたいかっていうと」と前置きすることで、それまでダラダラ喋ったことに興味を失いかけた相手の注目を再度高める狙いがあるのか、それとも、「オチ」を持たない話し下手な人間が一応の結論を大仰に提示する効果を狙っているのか、はたまた、その断言的言葉で、大したことのない話術や話の内容に箔づけする役割を期待しているのか…。本当は逆効果であることを気づかずに。「何が言いたいかっていうと」と言われた人間は、「おっ、結論がくるな」「すごい私見を披露するのだな」「長い前置きを意味付ける本題は何だ」と、期待を高めてしまうのが人情というもの。つまり、ハードルを上げてしまう言葉なのだ。上岡龍太郎さんなら、こんな無駄なワードは絶対使わなかっただろう。なぜなら、言葉数を最小限にするのが彼の話術だったし、常に「言いたいこと」を先に言う人だからだ。その「言いたいこと」に皆が興味を持つ話題やワードを持ってくる。「言いたいこと」の後に来る説明がまた面白いし、「言いたいこと」に既に惹きつけられた視聴者は、説明の一言一句を余すことなく聞く。故に、彼の話は面白いし、心に残る。「何が言いたいかっていうと」と言う人は、相手に何が言いたいかわからないつまらない話し方をするし、どうでもいい話題を話しているということだ。聞くに値しない、と思われるのがオチなので、余り使わないに越したことはない。◎首のシワ病気になって以来、少しずつ体重が減っている。となると、気になるのは「シワ」である。虫けらの病気の特性上、皮膚の水分量が減少するのは必至である。水分量が減って皮膚がたるみ、シワになる。顔もひどいが首はもっとひどい。縦にシワが入ってしまっている。冬はタートルネックを着れば隠せるが、夏はそうもいかない。必死で保湿剤やセラミド、ナイアシンアミドなどのシワに効く成分を含有した液体やクリームを塗った(塗りまくるほどの財力がないので、ほどほどに)。おかげで、どうにか見られるほどに戻った。元どおりというわけにはいかないが、「貧相」「年寄り」「貧乏人」のデッドラインからは脱しているように思う。ここで、首のシワの話を違う角度から。「年齢が隠せない」と言われるのが首のシワ。しかし、多くの女性が間違っているのが、「シワ」の解釈である。虫けらのように、縦に入ってしまうシワが年齢のシワである。横に入っているシワは年齢のシワではない。「体質」のシワなのである。横のシワがある人は、よく思い出していただきたい。高校生のころには既にあったのではないだろうか。虫けらの母と姉には、若いころからこの横のシワがあった。虫けらには横のシワはない(顎を引いた時につく皮膚の折り目はあるが、段差はない)。虫けらと母&姉の決定的な違いは、首の「長さ」である。母&姉は首が短い。虫けらは首が長い。そして、もう一つの違いは「肉付き」である。母&姉は首(喉側)に肉が付いている。虫けらはほぼ皮だけである。つまり、首が短く、肉付きがよかったら、横のシワは絶対できるし、一生消えないのだ。シワは、必要不可欠な折り目であるわけで、消しようがない(首長族のように、一生首が曲げられないような装具をつけない限り、折り目ができるのは必然である)。首の肉付きは、よほど体重が落ちても変わらない。横シワのケアを頑張るのは諦めるのが得策。縦シワは、皮膚の水分量も大切だが、姿勢も大きく影響する。猫背になると、頭が前傾になり、首がたるみ、シワができる。背筋を伸ばすことは、美容全般の基本中の基本である。◎ビューラー虫けらは、まつ毛が長いのだが、ビューラーでカールさせると、途端にお水の雰囲気を醸す。つまり、つけまつ毛的存在感を得てしまうのだ。故に、余りビューラーは使わなかった。クルッと上向きにさせるというより、地面に平行より少し上に向ければいいという程度の上げ方。マスカラは使いたいので、重く見えない程度の角度というわけである。そんなビューラーも、ここ20年ほど使っていなかった。この年になって、マスカラもなかろう、まつ毛を強調する必要もなかろう、という諦めである。ところが、先日YouTubeの美容チャンネルを何気なく視聴していたら、美容系YouTuberの長井かおりさんという方が、「ビューラーで上げるのは、まつ毛じゃないんです。 重くなった瞼です!」とおっしゃるのを聞いて、「!!!!」脳に刺さったので、引き出しの奥からビューラーを引っ張り出してきた。最もポピュラーだと言ってもいい資生堂のビューラーである。アマゾンで替えゴムを購入し、使えるように整えた。いざ、まつ毛の根元を挟むと、目玉が飛び出さんばかりの力でビューラーを瞼の奥に押し込んで5秒ほど。3度ほど繰り返したが、さほど瞼が上がっているとも思えず…。ま、それでも、やらないよりやった方がマシ、とばかりに化粧するたびに目玉をひっくり返している。誰が見るでもない。自己満足、とまでいかない程度の不満ややるせなさを落ち着かせる術である。実に不毛である。最近、不毛と感じることばかりだ。少し鬱憤が溜まっているので、また書くことにする。不毛な話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。 感 涙
2025.11.30
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今年初めごろから、「どう生きたかを考えてみた」というタイトルでシリーズのブログを書いていた。見返してみたら、完結していない。近いうちに完結させねば。24歳のときに独立した虫けらは、「かっこいい」生き方をしようとまでは思わずとも、その対義語である「みっともない」生き方はしまいと心に誓った。それを体現するために、何を心得たか、どう行動したかということを簡単に綴ったものだが、スピンオフの⑤は別として、④までに書いたことはそのとおりである。先週、中学のときの同級生と会食した。この人は、このブログで何度も登場する中学3年生のときにちょこっと付き合った男性である。付き合ったという言葉は嘘に近い。告白を受けて、一度だけデートという名の散歩をしただけの関係である。そういえば、告白を受ける前だったのだが、ちょっと浮ついたエピソードがある。虫けらの父親は頑固で怒りっぽく、意味不明な信念がある人間である。虫けらは3人兄弟(姉、兄、虫けら)なのだが、3人とも、学級代表とか生徒会とかに縁が深い。兄についてはノープロブレムだったのだが、姉がそれを言い訳に遊びまわっていたせいで、虫けらが学級代表とか生徒会だとかに名を連ねると、「やめてまえ!!」といきり立った。実に理不尽である。姉の悪行が虫けらに祟った。奔放な姉とは全く違って、虫けらはクソ真面目な人間なのに、である。ある日の放課後、生徒会の仕事があって学校にいたら、男性の先生が慌てた様子で生徒会室に飛び込んできた。「◯◯(虫けら)、おやじさんから電話や!」虫けらは「来た!」と思った。電話の理由は「帰ってこい!」というものだろう。平謝りしながら職員室に入り、受話器を取ったら、周囲にも聞こえそうなくらい大きなおやじの声が。「帰ってこい!」である。その勢いに怖気付いた教師が「きょうはもう帰れ」と言ってくれるのだが、他の委員が仕事をしているのに、虫けらだけ帰るわけにはいかない。「いえ、最後まで作業します」と言ったが、教師数人が虫けらの説得にかかる。そこへ、心配した彼がやってきたので事情を説明した。彼は生徒会長なので、「きょうは帰れ。僕の命令や」と言ってくれた。他の委員には黙って、このまま帰れと言う。後は何とかするからと。自分の教室に戻り、荷物をまとめた虫けらは、生徒会室には立ち寄らず、直接学校の門を出て家に向かって憂鬱な表情で歩く。激昂したおやじをなだめるのは大変なのだ。家に到着したら、まず何をしようかと思案する。そこへ、自転車に乗った彼が虫けらに追いつく。告白はまだなものの、お互いに好意を持っているのは確かではあるが、互いの気持ちを確かめていない状態だったので、わずかな緊張感と高揚感が入り混じった「恋」の感情が巻き起こる。「送って行くわ」と言ってくれたのだが、家までそんなに時間はかからない。ゆっくり歩いて時間を稼ぎたいが、帰宅が遅くなると、おやじの激昂が激しくなる。ジレンマの中、ほとんど話していないのに、背後から「ちょっと待って!」と嫌な声が聞こえる。勘違い男・ゴジラである。本当はゴジラではなく、独特の彼のあだ名があるのだが、ここに書くと検索されて、虫けらが特定されるかもしれないというほど特徴のあるあだ名なのだ。この男は、虫けらのことが好きだと周囲が言っていて、虫けらもそれを知っていた。本人は虫けらに何も言わないのだが、周知の事実として、その噂は一人歩きしていた。しかし! である。せっかく、彼が送ってくれるという絶好のシチュエーションなのに、ゴジラに邪魔されるのは、本当に腹が立つ。口を開いたら、罵詈雑言が出そうになるので、虫けらは口をつぐんだ。彼も黙った。ゴジラだけ、要らぬ話をペラペラと。そんな、淡い記憶があるだけで、大したエピソードがなかったのだが、40代のときに彼から封書が届き(虫けらの会社宛に届いた)、「連絡を取りたい」と。こちらから電話連絡をして、再会した。それ以来、会わない年もあったように思うが、ここ数年は、店にも来てくれたりして、年に3〜4回は会っているように思う。その彼に、先週ようやく聞くことができた。去年も聞いたのだが、どうも結論を覚えていなかった。彼は、大変女子生徒にモテた。虫けらが知っているだけでも4〜5人、彼に聞けば、10人近くの女子生徒の名前が出てくるほど相手から告白されていた。そんな彼が虫けらを選んだ理由がわからなかった。虫「中学のとき、なんで私のことを好きになった?」彼「君は別格やった」そこまで聞いていたのだが、何が別格かを聞き損じた。聞いたのだが忘れている、ということかもしれない。虫「前も聞いたけど、私の何を好きになった?」彼「君、カッコよかったよ」虫「カッコよかった?」彼「うん。カッコよかった」虫「まぁ、運動については、そうかもしれんけど」虫けらは、スポーツを生業にしたいと思ったほど、運動好きだった(飽くまでも「したい」であって、「できる」ではない)。彼「いやぁ、カッコよかった」スポーツ以外のことか。顔の話もしていたように思う。彼は虫けらのことを学校でも美形と評価される女子生徒(彼女も彼のことが好きだった)と同ランクにカテゴライズしていたらしい。虫けらは美形女子から美「◯◯(彼)くんと付き合ってるんやろ?」虫「付き合ってると言えるかどうかわからんけど」美「私も◯◯君のことが好きやねん」虫「へぇ。告白したん?」美「え、してもいいの?」虫「いいも何も。告白しいや。私に何か言う権利ないよ」美「ほんとにいいの?」虫「〇〇くんが誰を選んでも、彼の自由やし」美「告白するわ。ありがとう」などと言われ、大変嫌な気持ちになった。虫けらは、彼が自分を選んでくれるなどという自信はなかった。しかし、「やめて」というのもおかしな話である。結果的に、彼は美形女子からの告白を拒絶した。……あれ、美形女子と同じカテゴリーの虫けらを選び、彼女を拒絶する理由は何だったのだろう。顔ではないということだな。「カッコいい」か。いい言葉である。みっともない生き方をとことん嫌った虫けらは、15歳のとき、既に「カッコいい」と思われていたなんて、うれしいことこの上ない。よい言葉をもらった。彼とはもう会えないかもしれないが、今回の会食でこの言葉をもらえて、15歳からの長い、長い付き合いが肯定できた。ま、これは、虫けらの勝手な思いであって、彼はどう思っているかわからないのだが。…あ、怖い主治医はどう思っただろう。虫けらのことを「カッコいい」と言ってくれるだろうか。……もう聞くことはできないのだ。さ、そうなったら、お得意の妄想劇場である。怖い主治医の口から無理やりにでも「カッコいい」という言葉が出るシチュエーションをつくらねば。それはそうと、「どう生きたか考えてみた」を完結させねばならぬ。あすは、亡き夫の亡き父親の墓参りに行く算段だ。亡き夫と虫けらの初デートの記念日が義父の命日なのだ。何という巡り合わせ。来週は、2日連続の営業を終えたら2泊3日の旅行である。翌週はまた病院。毎日忙しい。 忙 殺
2025.11.26
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先週から、「会おうよ」メールが続々と届く。外科の検査結果が出たあたりから。いつもは「来店」という形で店で会っている人も、プライベートな形で食事をしようと。20代に仕事で知り合った人、中学の同級生、骨折中、自宅に誕生祝いに来てくださったお客さん、幼なじみ、数年前までよくご来店くださった神職さん、20年来のブログ友達……。加えて、看護師さんや理学療法士さんも。虫の知らせがあったのか?7月、骨折したことを確信して、救急車を呼ぼうとしたときも、珍しい人から立て続けにメールが入った。入院中も、いつもは全く連絡のない旧友やお客さんからのメールが…。虫けらからは何も発していない。連絡してほしい人に虫けらの意思が届くなら、もっと違う人に発信している!ま、それはそうとして。先週は、3人からのお誘いに応えた。きょうは急遽神職さんのお誘いに。来週は、幼なじみが「旅行に行こう!」と。こんなに急に予約できるプランはないだろう、と思っていたら、変なプランを探してきた。「変なホテル」(仮称)の宿泊プランらしい。来週は、休薬の週なので、多分大丈夫だと思う。キャンセルは有料になる時期なので、体調の不安を理由に断りを入れたのだが、何かを察してかなかなかの強引さだったし、こちらとしても、旅行は最後になるだろうから、とりあえずOKした。が、今朝体重を測ったら、驚くほどの減り方。カヘキシアに移行してしまったか。昼ごはんにステーキを食べた(事前に購入していたのだが、こういう事態を予見していたのかも)。170gもあったので、食べ過ぎか、と思ったが、全く大丈夫。さらに、少し運動する。思えば、先週の熱発がいけなかった。月曜に投薬を開始して、火曜、水曜に熱発。本来なら、主治医の指示を仰いで、入院治療か休薬、あるいは別の薬の使用を考慮してもらうのだが、動くのが面倒で、自宅待機を決め込んだ。38.8℃を最高に、38℃台が12時間以上続いた。これが前回の治療時なら、すぐに電話相談したのだが、投薬の趣旨が違う今回は、熱以外の症状がないことと、食欲や運動に関する異常がなかったので、自己判断で自宅待機とした。多分、知恵熱的なものだと思った。店に予約が入っていなかったので、気の緩みもあったと思う。虫けらは、昔からそうだった。多忙に多忙を極める日常だと、体の不調など微塵も感じないのだが、仕事が一段落し、1〜2日の猶予ができたら必ず熱発していた。疲れやストレスが一気に吹き出す感じ。平熱にまで落ちたのが3日目(木曜日)の朝。その日は会食の約束が入っていた。前々日から、「大丈夫か?」というメールをもらったが、38℃以上あったので何とも答えられず、「翌日、改めてメールをします」と返したが、翌朝には37℃台に落ちていたので、さらにその翌日なら大丈夫と判断できた。その2日間、ゼリー飲料と水分、果物だけで過ごした。固形物を食べることによって、変な症状を引き起こすのが怖かったからだ。結果、体重が1.5kg落ちた。木〜土曜日は毎日会食だったので、体重が減るわけがなかったのだが、今朝計ったら、びっくりするほど…。きのうは普通の食生活だった。ということは、食物をエネルギーに変換する能力が落ちているということだ。今朝の体重は、成人してからの最低体重に近い。これはいけない。こうしてあたふたしていたら、また虫けらの念が誰かに届き、誰かの「虫の知らせ」になるのか。お、虫けらからの知らせなので、「虫の知らせ」か。そうか、そうか。じゃない!迫りくるそのとき…は、近い。むむむ。 三 尸
2025.11.24
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その①で述懐したとおり、再び治療を再開することになった。「治療」といっても、前回のようながんの寛解を目指したものではなく、対症療法の一つであることは間違いない。新しい主治医が「来週月曜日から」(その日は木曜日)、と言ったことから、かなり切羽詰まった状況であることは、虫けらにも理解できた。血液検査では、全く異常がわからなかったのだが、画像を見た主治医の経験則から、「急ごう」という結論になったのだろう。治療前には必ず血液検査をする。検査結果が出るまでの時間を考慮して、診察予約時間の1時間ほど前には病院に到着し、採血を済ませた後、自動測定器で血圧を測り、看護師さんが検温と血中酸素濃度測定をしてくれたら、問診票に必要事項を書き込んで、診察を待つ。予約時間より少し早く呼び込みアナウンスがあり、診察室に入る。モニターに映し出された血液検査の結果を見て、虫けらが声を上げる。虫「随分悪くなってますね」主「自覚はありますか?」虫「ありません。いつもどおりです。 外的要因はありません」主「そうですか」虫「治療、できますか?」主「ギリギリ大丈夫です」虫「きょうじゃなかったら、無理だったかもしれませんね」主「……そうですね」虫「それにしても、急な…」主「治療、予定どおりやりますか?」虫「はい」この状態で治療を拒否したら、即余命宣告になるのではないかと思った。それほどの急変だった。前回の診察時、詳しい所見は話してくれなかったが、主治医としては、時間が余りないと判断したのだろう。わずか4日でこれほど状態が悪くなると思っていたかどうかは定かではないが、治療開始日を翌木曜日(診察予約はいつも木曜日)とはせず、それより早い月曜日(これも主治医の診察日)としたのは、それなりに急いだということだと解釈できる。がん治療室で点滴後、ベッドの上に座ってYouTubeを見ていたら、外科の外来にいる看護師さんがやってきた。「同意書」と書かれた書類を持っていて、サインをくれと言う。前回の治療の際には、そんなものは書かされなかった。看「病院の方針で…」虫「前回はなかったですよね」看「最近、何でも同意書を取るようになっていて」虫けらがサインを済ませると、「患者控え」を置いて出て行った。トラブルが多いのだろうか。がん治療は高齢の患者が多い。家族とのトラブルもあるだろうし、本人が忘れてしまうこともあるだろう。医療過誤訴訟にも備えないといけない。医療機関も大変である。看護師が出て行って数分後、主治医が入ってきた。虫けらへの訪問ではないと思った。目的は、別のベッドにいる患者かと思って知らん顔していたら、虫けらの横に主治医が立つ。『何事?』と慌てて座り直し、虫「私ですか?」主「はい。説明にきました」と、書類を出して先ほどサインした同意書の続きと思しき詳しい書類を3枚ほどめくりながら説明をする。この説明内容は、前回の診察の後に薬剤師からされたし、詳しく書かれた冊子を読んで予習したもので、何も主治医から直接聞かなければならないほどの新たな情報でもなかった。しかも、診察中の時間帯である。主治医のメインの診察日は木曜日で、月曜日にも診察日が設定されているが、虫けらの予約はいつも木曜日となっている。怖い主治医から受け継いだ患者は木曜日の受診になる、と勝手に思っていたのだが、妄想か。月曜日なのに、虫けらに時間を割いてくれたのは、申し訳ない限りである。主治医が出て行った後、治療室の看護師さんに、虫「主治医の先生が治療室に来てくださったの、 初めてです。そういうシステムになったんですか?」看「え、いや、そういうわけではないんですが、 同意書とか、事前説明をちゃんとやるように 病院から言われているのは事実です」虫「診察があるのに、大変ですよね」看「あの先生は…、丁寧なんだと思います」虫「ここに来る先生は少ない?」看「来ません。呼ばない限り」なるほど。治療は3週間スパンなので、次の診察日は3週間先となっている。『その診察日に説明すればいいや』というのでは、遅いと思ったということかもしれない。3週間の間に虫けらが死んだとしたら、がんで死んだのか、治療で死んだのかわからない。家族が医療過誤を疑う可能性もある。詳しい説明をした、という証拠を治療室の看護師に示して、何かあったときのアリバイ証言にしようというわけだ。ははん。…………えっ、えっ、えっっっ!そんなにすぐに死ぬのか、虫けらは!えらいことである。ちょっと急過ぎる。いや、いや、がんと言われて2年半。急でも何でもない。会わないといけないと思ったたくさんの人に会ったし、行きたかった湯治旅にも2度行ったし、いろんな人と食事をして、処理しなければならないことを処理してきた。十分に時間はあった。が! しかし、である。やっぱり急である。2週間ほどで、最期の準備はできるのか?そういえば、虫の知らせを感じたのか、知り合いから会食の誘いが3日連続で入った。それにも応えつつ、大急ぎで片付けよう。人生、無常である。 切 迫
2025.11.21
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左脚脛骨固定のための手術を受けてから1週間、ふくらはぎ全体に巻きつけられていた伸縮性のあるテープを取った。ふと見ると、足首の少し上、筋肉のふくらみの下にアザのようなものがある。虫「これ、なんでしょう」テープを取ってくれた看護師に問うた。虫けらは、手術中にレーザーメスが当たったなど外的なケガかと思ったのだ。看「え、これ? なんでしょう」虫「手術中にケガした?」看「何も聞いてないけど…」虫「先生に聞いて見ます」というわけで、整形外科の担当医にも聞いてみたが、担「手術中にこっち側は触らないからなぁ…痛みは?」虫「ないです」担「なんやろ…」虫「火傷かな、と思ったけど、全然痛みがないし…」担「様子みましょか」となった後、アザのようなものを触っていたら、中にコリコリとした物体があることに気づいた。そのことも、担当医に問うてみた。担「これ? ほんまやな。何かあるなぁ」虫「今回の入院の前は、何もなかったです」入院中はもちろん、外来の診察でもこういう不毛なやりとりをしていたのだが、いよいよ我慢ができなくなって、今月初めの外来診察のとき、虫「先生、皮膚科への紹介状を書いてもらえませんか? はっきりさせときたいし」担「あ、そうですね。じゃ、書きますね」というわけで、外来やリハビリの予定が詰まっている中、皮膚科を受診した。前回は、抗がん剤の副作用で、左足の親指の爪が剥がれそうになったときに受診したのだが、皮膚科の部長先生は、とても頼りない印象だった。が、今回は腫瘍(悪性であればがんである)なので、丁寧に診てもらえるのではないかと思った。虫「これなんですが…」ズボンの裾をめくってアザを見せる。部長先生は、やおらカメラを手に取り、アザにレンズをくっつけてシャッターを押す。皮膚の診察専用のカメラなのだろう。部「んー、拡大して見ても、 ほくろとかと同じ組織の状態のようですけど…」虫「このアザの奥にコリコリした異物があるんです」部「どこですか?」アザを触りながら言う。虫「ここです」部「これ?」虫「はい」部「何もないみたいやけど…」『えーっ、今触ってたやん。どんな指の感覚しとんねん』と虫けらは内心思った。部「その組織を取って、見てみるという手があるけどね」と言いながら、モニターに「同意書」と書かれた書面を映し出している。虫「組織を取るということは、メスで切り取る?」部「1cmちょっとの紡錘形の切り目を入れて、 中の組織を取るんです」虫「えっ、先生、いま、何もないとおっしゃいましたよね」部「あるんでしょ?」虫「私はあると思っていますが…。ないとおっしゃるものを 切り取るんですか?」部長先生は、困った顔をしている。虫「せめて検査をして、何なのかあらかた確認した方が いいように思いますけど」部「金属、入ってない?」『プレート装着の手術を受けたってカルテ届いとるやろが』だんだんイライラしてきた。部「金属があると、MRIはダメだし、CTも…」虫「エコーではわかりませんか?」部「大したことはわかりませんが、 とりあえずエコーしてからにしますか」多分こういう場合、組織を取ってしまうのが定石なのだろう。しかし、もしがんだったら、細胞が飛んでしまうとか、組織を取り切れなかったといったときの弊害も大きい。しかも、これ以上傷を増やしたくないというのも心情。エコーの技師さんはやさしい人で、画像を撮りながら、説明してくれたし、こちらの質問にも丁寧に答えてくれた。エ「悪いもんやないと思います。悪いもんやったら、 もっとギザギザした形してるし、硬い。 これは、柔らかいし、筋肉組織の一部みたいに なじんでるからね。けど、何かはわかりません」これが答え。再び部長先生の診察。技師さんに言われたことを言ったら、部「所見にそのとおりのことが書かれています」虫「急に成長して悪さすることはないですよね」部「そういった類いのものじゃないみたいですね」虫「では、このまま様子見ます。 多分、半年は無理。3ヵ月がいいところなんで」部長先生、虫けらの顔を見て無言になる。虫「もし、大きくなったり、状態が変わったら、 また診てください」部「わかりました」よかった。ふくらはぎをえぐられるなんてことになったら、何重苦になるのだろう。それにしても、何だろうこのコリコリ。わからずに死ぬのは無念だが、切ったら大きな真珠が出てきた、なんてことがないなら、知らぬままで損はない。次に出現する苦悩は何なのだ!! 不 詳
2025.11.19
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主治医が怖い主治医から今の主治医に変わって1度目の診察時。主「来週、検査しましょう」実は、その診察の予約を入れるときは、まだ怖い主治医だったので、虫「次は検査ですよね」怖「まだ2ヵ月やからなぁ」予約日から逆算すると、前回の検査から3ヵ月経つことになる。怖い主治医の通常診察は1ヵ月前にあって、その日の診察はイレギュラーなものだった。整形外科に入院中に行ったCVポートの撤去手術の手術痕をチェックしてもらう必要があったので、たまたま整形の外来で会った顔見知りの外科の看護師さんに入れてもらった診察だった。怖い主治医はそのことを失念していて、通常の診察と勘違いしていたのだろう。新しい主治医から「来週検査」と言われたときは、『あーあ、この診察が無駄になったよー』と、ちょっと不服だった。というのは、整形外科の外来受診、リハビリ、皮膚科の受診、保険の給付金申請書類の受け取りと、病院に足を運ぶべき用件が重なっていて、そこに2度の外科受診というのが加わるのが、結構負担になったのだ。主「検査結果を見て、治療について相談しましょう」この言葉がどんよりのしかかった。怖い主治医には、時間をかけて治療を終了することを理解してもらった。その経緯はカルテなどには書かれていないだろう。またその説明をするのか、と、気が重かった。という流れで2度目の受診時。血液検査の結果はいつもどおり。肝臓も腎臓も血液系もほぼ問題なし。腫瘍マーカーもさほど変化なし。ところが、主治医がやおら血液検査の数値を表示しているのとは別のモニターに造影剤CTの画像を映し出した。虫けらの目には、前回の画像との違いを見破ることができなかったのだが、主治医が画像を前後に動かしながら、主「ここがね……」と、状況を説明し出した。それは、虫けらにとって全く好ましからざる話だった。ふと、机の端を見ると、虫けらの方に書類と冊子が広げて向けてある。主「前回の治療では、副作用が強くて中断したようですが、 この薬剤は副作用が出にくい組み合わせです」おっと、治療の話になっている。虫けらとしては、血液検査はいつもどおりだし、治療に踏み切る切迫性を感じていなかった。虫「実は、副作用が強くてやめたんじゃないんです」と、治療をやめた経緯を話した。無駄な説明のように思ったが、一応細切れでも、怖い主治医とのやり取りや1年半の流れを披瀝する必要を感じたのだ。主「え、そうなんですか」と、少したじろいだようだったが、治療の話をやめなかった。物理的な手段(手術など)も考えるが、先に、低侵襲の治療法を取るのが当たり前という話である。『え、私、治療するの?』と、反逆する心が出現する反面、話のネタができた、新しい主治医の売り上げにも貢献せねば、人生経験、などという邪(よこしま)な思惑も吹き出して、なんとなく了承してしまった。主「スタートは来週月曜日、いいですね」『えっっっ! そんなに急に』これは、大分悪くなっている証拠だといくら自分勝手な虫けらでも認識せざるを得なかった。虫「はい」あー。。弱いとはいえ、また副作用との戦いである。そして、死ぬまでやめられない治療になることも覚悟しなければならない。虫「やめどきが難しいと思います。 治療の結果で都度判断できますか?」主「3週間スパンですから、その都度できます」虫「わかりました。よろしくお願いします」一応、虫けらの意思は伝えることができた。やめる前提。しかし、やめたら死ぬ。死んでもいいから、やめたいときにやめる。死ぬときは、副作用で苦しみたくない。そういう意思表示である。というわけで、決して再開しないと言っていた治療を再開する羽目になってしまった。主治医が変わるというのは、こういうことか。この状況で、怖い主治医はどう判断し、虫けらに何をすすめただろうか。新しい主治医と同じだろうか。ただ、新しい主治医は、怖い主治医と違って、「医師」だと思った。感情や患者の気持ちは一切排して、病気の状況だけに向き合う姿勢だと感じた。怖い主治医の持っていた「やさしさ」や「配慮」は新しい主治医にはないと見た。少なくとも、虫けらに対しては。いま思えば、怖い主治医は医師然として、人を寄せ付けない冷たさを持った医師だったが、虫けらに対しては、やさしかった。虫けらの無理やわがままを飲み込んでくれた。昔の「お医者さん」的曖昧さがあった。新しい主治医とは、短い付き合いになるだろうけれど、ややこしい状況に対処してもらわねばならない。怖い主治医に対して抱いていた信頼や尊敬のようなものは今回は必要ない。科学的、物理的に病気と向き合い、処置をしてくれる力量と判断に期待したい。それはすべて、虫けらが安らかに死んでいくためなのだ。大変申し訳ない。医師としての治療実績や、売り上げに貢献しないたった一人のおばはんのわがままに付き合わせることをお許しいただきたい。てなわけで、治療と相成りました。あーあ、です。 緊 急
2025.11.18
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おなかの調子がすこぶる悪い。虫けらは30歳半ばから下痢症というのが定着している。それまでは健康体そのものの排便事情だった。抗がん剤治療をする前は、「便秘」というものを経験したことがなかった。人の家に宿泊したり、朝まで遊んだりした後にリズムが狂い、24時間以上トイレに行けなかったりしたら、出すに出せずに困ることがあったが、その状況から解放されたら、問題なく、、であった。2日間そういう状況になることは滅多になかったが、顔が真っ青になったり、脂汗が出たりして、体調不良を周囲に知られるところとなり、トイレに行く時間をいただければ、すぐに解消できる、という体質だったのだ。ところが、46時間入れ続ける抗がん剤は、48時間と数時間の便秘を必ずもたらしてくれた。しかしながら、48時間が経過すれば自然と下痢となるので、余り気にしていなかった。今年7月に左脚を骨折してから、病院では車椅子生活、自宅ではスクラッチ杖生活を余儀なくされ、外出ができない日々となった。入院中は、48時間の便秘が2度あった。1度目は7月の入院時。看護師さんに相談し、薬をもらう約束をした直後、無事自然分娩した(悪気はありません。語彙が貧困でして)。2度目は8月の2度目の入院時。この時は薬に頼った。手術が9時からだったし、朝食抜きだったので、手術日は十分に出せていなかった。術後のカテーテルまみれの夜、トイレに行くことが困難な状況下、看護師さんにトイレの相談を何度か(別々の人に)した。看「トイレのときは、必ずナースコールしてください。 転倒や機器類の扱いが心配なので」と言われ、余計にトイレに行きづらくなった。我慢するではなく我慢していたのだろう。翌日の朝9時には、カテーテルや機器は外してもらったが、便意がなかなかやってこなかった。その夜、看護師さんに薬をもらった。翌朝には大漁歌い込みとなった。退院後、割と順調だったのだが、9月の終わりくらいから、胃腸の調子が激しく悪くなった。まず、胃痛が発生した。3ヵ月近く、ロキソニンを1日3回服用していたので、胃にダメージを与えてしまったのだなと思った。胃痛が発生したら、手持ちのタケキャブを服用し、何とか治していたのだが、数度でなくなってしまう量しかなかったので、10月初めの診察時に整形外科の担当医に相談し、タケキャブを処方してもらった。胃痛は断続的に起こるのだが、都度、タケキャブでしのいでいる。10月半ばになると、おなかがゴロゴロするようになった。おなかがゴロゴロ、という経験も余りないので、何事か、と思ったのだが、2年前にもらったが服用しなかった下剤と、水酸化マグネシウムを合計2回飲んだら問題は都度解決した(ように思っていた)。しかし、10月下旬になると、出方がおかしくなってきた。トイレに行くたびにお目見えになる。1日5回とか6回。合計すると、1日に出る量くらいにはなるのだろうが、元来、消化不良気味で量の多い虫けらのそれとしては、違和感のある出方と姿だった。決してブツが硬いとか、色がおかしいといったことはないが、そんな出方をしたことがなかったし、毎回、スッキリ感が全くない。虫けらの場合、「あ、お出ましになるな」と感じてからトイレに行き、最初のみ力を入れたら、あとは自然と出現する。バナナくらいの太さで30cmというのが定番である。これ以外は下痢であるという極端な排便事情。そんなに詳しくは説明しないが、新しい主治医(外科)に相談したら、「大建中湯」という漢方薬をすすめられた。が、結局処方してくれなかった。新「来週検査して、結果を見てからいろいろ 相談しましょう」ということに。翌日、整形外科の担当医に同じ相談をした。ちょっと、的外れな話を返してくれたが、これは虫けらの方が経験と知識があったので、やんわり訂正したら、やはり「大建中湯」をすすめられた。この病院は、ツムラ推しか!と思ったが、整「10日分くらい出しときましょうか。 ロキソニンの影響があるとは思いますが、 整形ではそれくらいしかできないので、 あとは外科で相談してくださいね」と言うので、指示どおりにするしかなかった。自宅に帰って、大建中湯を調べたが、「おなかの冷えによる下腹痛、腹部膨満感、 下痢、便秘の改善」となっていて、虫けらはどちらかというと体温が高い方なので(平熱が36.6℃)、「冷え?」と疑問に思ったのだが、日夜冷たい酒を飲んでいるので、それも否定はできないだろう。(冷たい酒はずっと飲んでいるが、これまではそういうトラブルはなかった)また、9月の終わりくらいから、他のサプリを全部やめて「NMN」を飲んでいる。猫組長オススメの商品なのだが、「よく眠れるから、元気になる」という推薦の弁を聞いて、気楽に飲めるかな、と思ったのだが、お値段が虫けらにとってはかなりのものだったので、他のサプリを全部やめてNMNに回すとトントンくらいかな、というわけで。おなかの具合が悪い原因はロキソニン、冷たい酒、NMNくらいしか思い浮かばないのだが、虫けらとしては、大腸癌の再発、もしくは子宮など他の臓器への病変も排除できないと思っている。こうなっては、何があるかわからない。8月の検査では、かなり症状が進んでいると思った。が、腹部に異常を及ぼすような状況とは思わなかったし、怖い主治医もそんな話はしなかった。あす、新しい主治医の指示で検査をすることになっている。何らかの答えが出るであろう。腹部の不調や異常は、生活の質を落とす。食事に影響を与えるし、睡眠の質も落とす。あすは、とりあえずこれに集中して相談をしよう。 辛 苦
2025.11.12
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左脚の手術を受けてから9週間。リハビリを終了してもいいという言葉を整形外科の担当医からもらってから4週間。歩くということだけで考えれば、もうリハビリは必要ないかもしれない。しかし、まだ膝の周辺が腫れていて膝を100%曲げられないし、筋力の戻りが不十分で、左脚だけで立ち上がるのが難しい。長い時間座っているとむくみが出るし、わずかとはいえ、左脚全体が熱を持っている状態もまだ続いている。何より、何もしないでも痛いし、就寝時に寝返りを打つ際も、痛みで目が覚めることがある。ロキソニンは胃への負担を考えて服用を停止しているので、痛みに耐える日々である。この状態で、週に一度とはいえ理学療法士に相談できる機会があるのはありがたいと思う。症状を相談するのは医師になるが、リハビリの中で問題や不安を解決する方法を探ってくれるので、医師の診断までの繋ぎになってくれている。というわけで、きょうもリハビリで病院を訪れた。最近の習慣になってしまっている、リハビリ室(4階)までの階段使用をこなし、リハビリ室前の長椅子に腰掛けてリハビリを待つ。すると、虫けらの目の前を整形外科の部長が通り過ぎる。建物の東端の階段を使い、2階の外来から、4階の医局まで戻ってきたということだろう。そう。4階に医局があり、部長室があるのだ。虫けらはその領域に足を踏み入れたことはないが、存在は知っていた。ふと、整形外科部長が使った階段から怖い主治医が上がってくるような気がした。9月。虫けらの病室を訪ねてくれた怖い主治医をドア前で見送ったことが一度だけあった。虫けらの部屋を出た怖い主治医はエレベーターのあるナースステーションの方向ではなく、真逆の階段の方向に進んだ。階段ホールに入るドアを開けながら虫けらを怖い主治医が振り返る。虫けらが小さく会釈する。怖い主治医がわずかに微笑んで、階段ホールに消える。これは記憶に残る。その記憶が蘇った。整形外科部長が使った階段は、とりもなおさず怖い主治医が消えた階段と同じなのだ。虫けらお得意の妄想劇場を展開していると、リハビリの順番が回ってきた。担当の理学療法士は若い女性だが、虫けらのことを「面白い人」と思っているようだ。いつも二人でつまらぬ話をしては笑っている。理「あ、髪を切ったんですか?」虫「ようやく全体の長さが揃ったんですよ。 アイロンテクニックでストレートになってるけど、 本当は、まだ伸びたパンチです」などと言いながら、服の話、靴の話、香水の話と、リハビリに関係ない話題を挟みながら筋力や可動域の確認をしていく。整形外科部長が使った階段やリハビリ室前の廊下で上り下りやウオーキングをして左右の脚のバランスを見たり、バイクを漕いだりしてリハビリを終える。清算のために整形外科外来の待合室(外科と同じ)に入る。いつものようにモニターを見る。えっ、えっ、えっ、!!!怖い主治医の画面がまだ残っていて(実は先週も同じ状態を確認している)、しかも、待ち番号が表示されている。どういうこと!?診察しているということなのか!?受付番号は4ケタなのだが、表示されている数字を見ると、1番であることがわかる。虫けらも手にしたことがある番号である。これは、必ずと言っていいほど抗がん剤治療を受ける患者が手にする番号だ。病院に最も早く到着するのは、抗がん剤治療を受ける患者なのだ。時刻は10時20分。本当に診察があるとしても、少し遅すぎる。1番を手にする人は、8時には来ている。血液検査は必ずあるが、CT検査が入ることもある。それでも、診察が10時を過ぎることはない。ダミーかもしれないと思った。いつも、待ち番号のない画面である。きょうで 5週間表示されていたのだが、怖い主治医はもちろんいないはずだ。質問や苦情が入ったのかもしれない。…苦情…あるか?「先生に診てもらいたいのに!」と訴える患者はいるかもしれない。虫けらは、整形の担当医から整「◯◯先生(怖い主治医)についていくの?」と聞かれた。そのことを怖い主治医に話したら、怖「そんな患者さん、いないよ」と言われた。もしついて行きたいと言われたとしても、「もう臨床はやらない」と言うだろう。虫けらにはそう言った。いや、虫けらだけにそう言ったのか?実は、次の病院にごっそり患者を連れて行っているかも…。などと、性懲りもなく妄想してみたが、虫けらが待合室にいる間、モニター画面の変化もなく、怖い主治医による呼び込みアナウンスもなかった。虫けらは内科に用があったので、内科の階に移動し、用件を済ませたのが30分後。気になったので、また外科の待合室に戻った。モニターを確認したが、まだ同じ待ち番号が表示されている。もう11時前である。謎を残したまま、待合室を後にした。きょうはもう一つ用件があった。「がん支援センター」に行き、虫けらの最終形を相談し、希望を伝えておくこと。虫けらのかかっている病院は、緩和ケア病棟というものがないのだが、緩和ケア室という病室がわずかながらある。そこに入りたいと申し出た。虫「在宅介護などのサービスは一切使わず、 ギリギリまで一人で家で過ごします。 最後の1ヵ月、それもできるだけ我慢して 短期間の間、お世話になろうと思っています」あいにく、虫けらの状態が悪くなったときに満床だったら、一般病室に入ることになるかもしれないが、面談してくれた総看護師長さんは総「大丈夫だと思います。病棟とも情報共有しておきます」と確約してくれた。病床の料金が高いのだが、他院の緩和ケア病棟も同じようなもので(治療ではないので保険が効かない)、それは承知の上である。総看護師長さんは、虫けらと同年代だと思うが、虫けらの方が経験豊富なようで、雑談の中でちょっとした豆知識のようなものを披露したり、総看護師長さんがしてくれたアドバイスは、ほとんどクリアしたことばかりだったので、最終段階の仕上げの話をしたら、帰り際には総「ありがとうございます。 いろいろお話を聞かせていただいて、 大変勉強になりました。 まだまだお元気なので、頑張ってください!」と、お礼と激励をもらってしまった。このことは、病院内のあちこちで共有されるだろう。薬剤師さん、治療室の看護師さん、病棟の看護師さん、整形外科の担当医、怖い主治医……、さまざまな人の口から、違う場所での虫けらの様子や話を聞かされて、えーっ、そんなことまで話が回ってるの?と驚いたことが何度もある。どんな機会を通してかわからないが、情報を共有するのが病院のやり方なのだろう。さて、今回の虫けらの一件は、どんなふうに伝わるのだろうか。その答えを確認するのはいつになるのか…。 心 躍
2025.10.31
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8月以来、伸びっ放しだった髪を切りに行った。以前にも書いたが、今年初めは◉抗がん剤の副作用で髪が抜け → オランウータンの赤ちゃん3月ごろに◉抜けた毛が生えてきて → モンチッチ5月には◉生えてきた毛と抜け残った毛が入り混じり → 落ち武者ここで、ちょっと揃えるためにヘアサロンへ7月になると◉生えてきた毛がクルクルして → 伸びたパンチパーマへと変化していた。早くヘアサロンに行きたかったのだが、脚を骨折していたので、そうそう気軽に行くこともできず、8月にようやく訪問できた。そのときには、「薬でクルクルになった髪は…ストパーしない方がいいと思いますよ」とアドバイスされた。薬剤の影響がある髪は、髪自体に何が起こっているかわからないのだ。すごく弱っている、変質しているなどのくせ毛とは違う状態であることも予想できるので、縮毛矯正などの外圧に耐えられるかどうか、という懸念があるということだ。したがって、カットをするのみにしたのだが、さて今回は…。カットしか望めないかな、と思いながら出かけた。虫けらがいつも行っているヘアサロンは、オーナーが一人でやっているので、貸切状態で施術してくれる。気ぃ使いぃの虫けらにとっては、とても居心地がいいサロンなのだ。カット前の雑談では、近況報告をしたり、髪にまつわるエピソードを披瀝したりする。そこには、うちの店のお客さんの話や、最近一緒に食事に行った友人の話、いま、リハビリしてくれている理学療法士の話、怖い主治医の話なんかも登場する。特に怖い主治医の話は、興味津々で聞いてくるのだが、オ「きょうはどんな話を聞かせてくれるんですか?」虫「しない、しない。鼻血が出るから」オ「お子ちゃまには刺激が強い?」虫「刺激なんてものじゃない。人生観が変わるかも」オ「わー聞きたいー! でも、心の準備が必要なので、 あとで聞きますわ」虫「あとで? ひひひ」などと言いながらはぐらかし、結局何も話さなかった。怖い主治医は既に移動してしまっているので、9月以降何のエピソードもないし、実際、話すことがないからなのだが。。話を戻して。オ「長さ、どうします? 伸ばします?」虫「最近伸びてきた髪は、ストレートでしょう? パンチ部分は早く切ってしまいたいのよ」オ「……こんな感じ?」と、スマホで画像を見せてくれた。そこにはベリーショートにして金髪のモデルさんのスタイリング画像が幾つか表示されていた。ベリーショートは、虫けらも考えていたのだが、金髪というのは…、勇気が出ない。もう少し白髪が増えたら、考えてもいいかもしれない。が、脚のリハビリをしているような人間が金髪だったら、不謹慎とか、不良(?)とかのイメージがついてしまいそうだ。というわけで、ベリーショートということだけお願いして、あとは任せた。すると、アイロンでうまくパンチを伸ばしてくれながら、スイスイカットしていく。15分くらいで、まぁまぁの長さになった。オ「まだもう少し切りますけど、こんな感じ?」虫「いいんじゃない? よろしくです」できあがったのがこれ。背後から見るとそうでもないが、前から見ると、結構短い。前髪がまだ短いせいもあるが、フェースラインが全て晒されている。そのせいで、首が太い(顔の幅がないので太く見える)首が長い(首が太く見えるので、さほどわからないが)頭が小さい、顔が小さい、肩幅が広い、肩幅に比して頭が小さくてバランスが悪い…。という、アンバランスな体型であることが白日の下(もと)に晒されることになった。いつもオーナーにはオ「頭ちっさっ。小学生みたいや」と笑われる。こんな年の人間に、オ「かわいいなぁ」と真顔で言う。若い女の子の顔立ちや仕草に対して言う意味の「かわいい」ではなく、単に小さいものをかわいいと言う心境かと思うが、久しく言われたことがない言葉だ。この人は毎回言うが、どうも慣れない。気恥ずかしい限りである。このストレートヘアは、オーナーならではの高度なアイロンテクニックによるもので、虫けらが再現するのは困難であろう。洗髪すれば、元の木阿弥だとは思うが、しばしのストレートヘアを楽しもう。この髪型で怖い主治医と会ったら、何て言うだろう。きっと、無言で一瞬目を丸くし、怖「イメージ変わるね」くらいの言葉が出るのがせいぜいだろう。ふん。無意味な妄想。この髪型で人に会うことがあり、その人が何か言ったら、またご報告することにする。それにしても、髪型一つでイメージが変わるものだ。年も年なので、髪型には無頓着だったが、ちょっと気をつけてもいいように思う。残りわずかの時間の中で、何ができるかわからないが、金髪もいいかもしれないし、もっとショートにしてもいいかもしれない。こんなことで気分が変わるなら、簡単なことだ。と、いまさら気づく、おばはんである。 達 観
2025.10.30
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アクセスログから過去の自分の日記を確認することが多い。なぜ、皆さんはそのブログを読まれたのか!?と疑問に思うことしばしばだが、検索にヒットしたのか、何らかのキーワードが含まれていたのかはわからないのだが、最近、「がん」に関するブログをよく読まれているように思う。15年ほど前に書いたブログ「がんを告知されるって、どうでしょう」というのも、その一つである。15年前というと、40代のまだバリバリ働いていた時期である。その数年前にがん検診を受けたことがあった。両親も健在で、広告関係の会社をやっていて、従業員もいたし、関係会社との付き合いも結構盛んだったように記憶している。そんな中で考えた「がん」に対する思考は、現在と寸分違わ(たが)ない。がんに罹患したいまでも、同じ考えであるということは、虫けらは常に客観的に思考していて、主観的思考は存在しないか、あるいは、そういう個人的思いは他人には披瀝しない人間であることがわかる。そう。虫けらは常に客観的思考で物事を処理してきた。これまでの人生を振り返って、それは間違いない処理方法だったと判断できることが多い。問題に突き当たったとき、自分ではなく、他人になりかわって問題を思考する。その「他人」とは、問題によって違うのだが、問題の対極にいる人間や企業だったり、大きな仕事の指南をしてくれた師匠的人物だったり、歴史上の偉人だったり、小説の中の人物だったり、父親だったり……。おかげで、感情的、激情的言葉や方向を志向することなく、静かに、合理的に収束させる方法で事を収めることができた。これは、言い方を変えれば「自分を殺す」ということだ。自分の主観や怒りなどは脇に置いておき常に「滅私」の姿勢で事に望む……。というと、聞こえはいいのだが、実は、虫けらには「自分」がない。「自分」を持つことが許されなかったと言っていいかもしれない。それは、生い立ちに依拠しているので、ここでは触れないが、殺すほどの自分がないから、さまざまな難題を苦もなく処理できたのかもしれない。ふと、過去の恋愛について考えてみた。このブログでも一度触れたことがある。中学1年生のときに、3年生の先輩に告白の手紙を書いて以来、こちらから意思表示をしたことがない。告白が必要なほど好きになった人は数人いる。しかし、幸いなことに全て相手から告白してもらった。このことを言うと、「自慢話かいな〜」と、笑われるのだが、本質はそういうことではない。「自分」を持つことが許されないということは、とりもなおさず「自己肯定観」がゼロであるということなのだ。自己肯定観ゼロの人間が、他人に告白することなどできるはずがない。入院中の怖い主治医との会話の中で、「あなたはそういうことは言わん人やと思った」と言われたと書いた。「そういうこと」というのは、(憶測であはあるのだが)怖い主治医に対して「好き」などという感情的表現を吐露するという行為であろう。もしかしたら、怖い主治医は虫けらに自己肯定観が存在しないことを見抜いていたのかもしれない。というわけで(どういうわけなのか)、虫けらはいまだにがんを客観的に見つめ、これからのことを冷静に、合理的に判断している。さすがの虫けらも「さまざまな症状が出てきたら、そうも言っていられないだろう」と思っていたのだが、ここにきて、少しずつ体の中がおかしくなっている。新たな病巣が出現したのか、何かが悪くなってきたのかはわからない。これまでの「いつも」が少しずつ変容してきている。ところが、である。これまでと、思考も人生に対する姿勢も生活に向き合う態度も一向に変わりがない。いよいよ終活の実行が必要になってきているのだが、これまで続けてきた作業のスピードを速めるのと、これだけはしておかねばならないということを処理するのと、終末期に向けた準備を具体的に進めるよう今週から動き出そうと思う。営業の予約も入っているし、知人から頼まれていることもある。病院のリハビリ予約や、ヘアカットの予約も入れている。月末なので、振込作業や業者への面談、連絡作業もある。日常の作業と並行して、就活のスケジュールを綿密に組んで行くことにする。それにしても……成長がないということか、進歩がないということか、硬直化しているということか。15年も考えが全く変わらない人間って…、このことを肯定していいのだろうか。とても複雑な心境である。 諦 念
2025.10.28
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受難続きなのはiPhoneではなく、虫けらである。ここへ来て、iPhoneがおかしくなっている。どこへ来てかはわからないが、もう少しで不要になるということを考えれば、大変タイミングが悪いと言える。事の初めは、2度目の入院時。手術後、麻酔(全身麻酔)から覚めた虫けらは、看護士さんにお願いしてファイルの中に忍ばせてあったiPhoneを取り出してもらった。点滴、尿道のカテーテル、心電計、血圧計、酸素濃度計に繋がれたままで何もできない状態であったため、iPhoneでメールチェックや確認が必要な予定チェックなどを済ませた後、YouTubeを視聴していた。ちょっとした作業のためにiPhoneを手放したとき、電源がダウンした。これが『iPhone13』。虫けらのメインスマホである。片脚の杖歩行では、荷物の重さに限界があったため、ノーパソの持ち込みを断念した虫けらは、サブ機を2機持ち込んでいた。『iPhone8』と『iPhone6』だ。iPhone8はiPhone13と同じ規格のSIMだったため、13のSIMを8に差し替えて臨時のメイン機にした。iPhone13は修理に出すも、完全には復旧しないと判明。サブ機を2機持ち込んでいてよかったーと痛感。しかし!!!ふと『iPhone6』を横から見ると、画面の光がサイドから漏れている。えっ!確認すると、バッテリーの膨張であろう画面の「浮き」があることがわかる。えーっっである。バッテリーに負担をかけないように、使用を最小限に抑える。えらいことだ。『iPhone13』の修理はまるまるひと月を要した。その間、『iPhone8』を使用し続けた。『iPhone6』のバッテリー膨張は少しだけ進展。起動や操作に問題はなかった。『iPhone13』は基板交換が必要なため、すぐにデータ移行して使えるようにと、『iPhone16』を購入。何とかメイン機の機種変更に伴う再登録やID変更などをあらかた終了した。さて、そろそろ営業再開を、と、店に出た。店には、しばらくBGM専用機として使用していた『iPhone5』を置いていたが、!!!!!恐ろしいほどのバッテリー膨張が認められた。入院する前には、「少し浮いてるかな」程度だったが、冷房を施さない密閉空間(24時間換気は実施)で、膨張が進んだのか。しかし、電源を入れていないので、これほど膨張するのは、バッテリー自体の問題だろうと思った。「爆発とか、発火とかしなくてよかったなー」とお客さんに言われ、そのとおりだと胸をなで下ろす。すぐに自宅に持ち帰り、修理店にWEB予約を入れる。一応「iPhone5のバッテリー交換」ということにしておく。あとは、店頭での相談と交渉だ。店頭では、『iPhone5』を差し出し、虫「バッテリー交換しても、起動しない可能性は?』店「ありますね。基板や画面に影響を与えてるかも」虫「実は、こっちも膨張してるんですよ」と、『iPhone6』を出して虫「5はバッテリーを抜いて処分していただいて、 6はバッテリー交換をしていただく というのでも可能ですか?」店「あ、それなら、5のバッテリー抜き出しと処分は サービスとさせていただきますよ」というわけで、無事、膨張バッテリーを発火、爆発前に何とかすることができた。『iPhone5』…バッテリー交換歴2回、バッテリー廃棄『iPhone6』…バッテリー交換歴3回『iPhone8』…バッテリー交換歴2回『iPhone13』…1年ちょっとで故障(基板交換)基板交換にはまだ出していないのだが、サブ機として使用する必要があるので、早々に対応しないといけない。こんなにトラブルがあっていいのだろうか。アップル社は、これが当たり前だと思っているのだろうか。修理店からは、保険に入ることを勧められた。あとわずかな間しか使用しないので、保険は回避してもいいだろう。だが、いまの日本(行政)は、スマホで何でも済まそうとする傾向にある。盛んにLINE登録させようとしたり、マイナカードをスマホと連携させようとしたり、税務申告までスマホでできるようにしている。行政からの通知がショートメッセージで来ることもしばしばだ。そんな、生活になくてはならないスマホがこんなに脆弱な機器でよいはずがない。それとも、虫けらだけが受難続きなのか…。弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂、一難去ってまた一難…。。。 艱 難
2025.10.25
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脚を骨折してからというもの、通販を利用することが多くなった。配送日がはっきりしないところより、配送が早く、配送日を指定できるところを利用する方が便利なので、Amazon(プライム会員)は重宝していた。配送日に頓着しないものは、時間まで指定できる楽天などがよりいいが、Amazonは置き配があるので(楽天でも、配送業者によっては置き配指定できたりする)、「日」だけが固定できればいいときは、とりあえずAmazonにしていた。とはいえ、Amazonを利用するときにも注意する点は幾つかある。◉配送が「Amazon」になっているもの◉返品処理が簡単にできるもの◉海外からの直接配送になっていないものを選ぶのが肝要である。しかし、うっかり海外からの直接配送のものを注文してしまったことがある。しまった! と思ったが、後の祭り。最初のしまった! はもう6年以上前で、その後、怪しい事件は起こっていないが、個人情報の流出は必至だろうと思う。さらに、個人や企業が直接出品できる◉マーケットプレイス(サークルマーケット)を利用しないというのも重要なことだと思っている。Amazonというある程度信頼できるプラットホームを介さない売買は信用できないと考えているからだ。料金的に安い、とか、レアなものが手に入る、とか、メリットはあるのだろうが、現在のところ、虫けらにそれらの要素に魅力を感じないし、その魅力よりも不信感がまさっているので、利用することはない。昨日、用があって外出したのだが、その時間帯にヤマト運輸が荷物を届けてくれたようで、郵便受けに伝票(不在連絡票)が入っていた。虫けらは、2回も配達してもらうのが申し訳ないので、荷物の配達がある日は把握している。Amazonは、注文時に「注文済み」、倉庫から荷物が出たときには「発送済み」、荷物が配送業者によって運び出されたときは「配達中」、配達が完了したときには「配達済み」のメールが届く。楽天を利用したときは、日時指定をする。注文メールで確認して、スマホの予定表に書き込むという方法で把握する。これらが一切なく、突然荷物が届くことはあり得ない。クロネコヤマトに会員登録しているので、PCにもメールが届いていた。そこで、誰からの荷物か確認しようとしたが、「Amazon」となっているだけで、荷物の内容がわからない。Amazonの「購入履歴」を確認しても、未達の配送物はない。放置しておくわけにもいかないので、メールで再配送を依頼した。不在連絡票には「Amazon」ではなく、「サークルマーケット」となっている。マーケットプレイスを利用したことはないし、今後も利用する予定もないので、サイトを訪問することがない。間違って注文してしまったということは絶対ない。指定していた再配達時間に配達員が来た。クロネコヤマトの提携業者のようで(ヤマトの配達員なら顔見知りなのだが)、初めての人だった。虫「済みません。注文していない荷物のようで… (荷物に貼付された伝票を見る)」品名に「果物」とある。全く注文した記憶がない。虫「注文履歴を確認しましたが、注文記録がないし、 サークルマーケットは使ったことがないんです」配「はぁ」虫「送りつけの可能性があるので、受け取れないです」配「受け取り拒否でいいですか?」虫「申し訳ないんですが…。あ、写真だけ撮らせて いただけますか?」と言って、スマホを取りに家の中に戻る。戻った虫けらに配達員が箱の伝票部分を向けてくれたので、スマホでパシャリ。虫「Amazonに報告します。済みませんでした」というやり取りをして、荷物は持って帰ってもらった。もちろん、Amazonに報告した。しかし…、虫けらの住所、氏名、電話番号はバッチリ記載されていた。相手の住所、企業名、電話番号もわかっている。事故なのか、事件なのか。個人情報など、どこかに記載したら出回ってしまうと覚悟している。が、もしこれが送りつけ詐欺だとしたら、相手の方が余りにもリスキーではないか。虫けらのように、家族がいないから、事と次第を迅速に収めることができるということも言える。「家族が注文したのかな」と、受け取ってしまったら、返品も大変だ。今回送られて来たのは「果物」となっていた。手間をかけて返品できたとしても、「そっちが中を確認している間に傷んだ」と難癖つけられたらどうしたらいいのか。厄介である。便利なことには厄介がつきまとうのはわかっているが、やっぱり厄介である。これが事故か事件かの解明はAmazonがしてくれると信じて報告を待とう。体調がよくないのに…。そんなときにこそ、よくないことが起こるものである。 落 胆
2025.10.22
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※『大殺界』というのは、故 細木数子さんが提唱した『六星占術』で登場する「12年に一度巡ってくる運命の低迷期」のこと。虫けらは占いを信じていないので、これをことさら紹介するものではないが、自分の状態を示すいい言葉がないので、使用した次第。虫けらのここ数年を紹介すると、「納得!」と思っていただけること間違いなし。いつから、悪いことが起こり始めたかというと……【虫けら不運年表】2019年 夫:腰痛からの入院〜手術 ここから夫の体が壊れ始める (介護生活スタート)2020年 コロナ禍 飲食店を営む虫けらの商売に大打撃 夫:事故により足を骨折〜入院・手術2021年 夫の母親他界2022年 夫他界2023年 虫けらのがんが発覚〜入院・手術2024年 虫けらのがんが再発〜入院/薬物療法開始2025年 虫けら左脚負傷(骨折)入院〜再入院・手術2026年 虫けら死去26年とは限らない。今年かもしれないが、とりあえず毎年不運に見舞われていることがわかる。どういうことなのだ!こんなに長いこと、不運や不幸が続くものなのか。毎年、毎年、大事件が起こるのだ。いま、霊能力者に霊視をしてもらったり、占い師に運勢を見てもらったりしたら、何と言われるだろう。「先祖の祟りです」「守護霊様が離れました」「生き霊に取り憑かれています」「運命です」以前から、高島暦とか、姓名判断などでは、「晩年は豊かで穏やかな人生」「若い頃の苦労が報われる晩年」「家族運はないが、知人友人に恵まれる」などと言われていたのだが、全くハズレている。真面目に、クソ真面目に、誠実に生きてきたのに、この晩年では、割が合わないではないか。これも、生まれる前から定められた運命なのか。ちょっと納得がいかないが、不運ではあっても、不幸ではないと思うのは、精神異常か、変態か。変形した左脚の痛みを感じながらだが、最近の日常やこれからのことを考えると、大変幸せだと思ってしまうし、働き詰めの人生だったことも幸せだと思っている。家族に恵まれないのは、そのとおりだが、虫けら自身としては、「家族」といわれる人々にできる限りのことをしたと思う。家族には、何もしてもらっていないが。そんなことを思いながら、酒を飲んで窓からの景色を眺めていると、やっぱり幸せだな〜と思う。これでいいということか。きのうは久々に営業をした。仕入れも店への往復も、全て徒歩にしたが(雨が降る予報だったので、自転車を避けた)、さほど疲れなかったし、以前のようなペースで営業再開するのも可能だと思った。お客さんの顔を見て、話をし、他愛なく笑うのは、心と体にいいと思う。あとどれくらい営業できるかわからないが、営業を含めてできる限り、日常を取り戻したいと思う。昨夜の帰宅時はまだ「暑い」というくらいの気温だった。汗だくになって自宅に戻ったので(微熱があったようで、その熱さもあった)、すぐにシャワーを浴びた。左脚のふくらはぎ下に奇妙なしこりがあり、そのことをお客さんに相談したら、「熱湯が効く!」(熱湯と言っても、通常の湯温より少し熱いくらい。45〜48℃かと思う)というアドバイスがあったので、湯船に浸かろうと思ったのだが、余りに暑いので、諦めた。きょう、シャワーで熱湯を当てよう。これがもしがんだったら、また違った展開になるが、それはそれで受け入れるしかない。ま、今年は骨折があったので、大ごとになるのは来年か。はて、来年はあるのか?そんなこんなの虫けらの近況である。 南 無
2025.10.15
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整形外科(と外科)の待合室に入った。虫けらの左側のモニターを何気なく見た。虫「えっっっ!」怖い主治医の画面が表示されている。虫『怖い主治医、ほんとに来てるんじゃないの?』病院の玄関に到着したとき、入り口横に大きな声で独り言を言い、ニヤニヤ笑う男性がいた。電動車椅子に乗っているので、虫けらのように整形外科にケガで受診するために来院したのではないことが予想された(やがて完治するケガなら電動車椅子を購入する必要がない。長く車椅子生活を強いられるもしくは強いられている患者なのである)。エレベーターホールに到着したら、既に5人ほどがエレベーターを待っている(全て男性)。ストレッチャーの入る大型の箱が4機、通常の小さな箱が4機あるのだが、小さな箱のエレベーターが到着した。ぞろぞろと箱に吸い込まれていく。ちょっとした理由があって、片杖をついている虫けらが最後に乗り込んだら、きっと場所を空けようとして窮屈な思いをさせるだろう。次のエレベーターを待つことにした。昇階ボタンを押そうとしたら、さっき玄関で見たあの男性が滑り込んで来て、ボタンを先に押す。虫『えっ、この人と一緒に乗るの?』躊躇するが早いか、踵を返すが早かったか。背後に階段ホールがある。杖をついている人間が階段を上がっていくのはおかしかろうが、仕方ない。リハビリテーションセンターのある4階まで上がる。担当の理学療法士が決まっているのだが、彼女が部屋から出て来て、虫けらより前に一人施術すると告げた。いつも同じ人が虫けらの前にいる。入院時期が虫けらより少し後だったが、同じ整形の病棟にいた人だ。虫けらの施術時に、その人のことを少し聞いた。虫「私の前の女性、あんまりリハビリが進んでないですね」理「そうなんです」虫「私と同じ時期に入院されてたでしょう」理「そうです。膝の骨折なんですが、アキレス腱も切ってしまって、 再建手術を受けられたんです」虫「それは大変ですね。しかもあの体重じゃ、なかなか…ね」その人は身長も高く(167cmくらい)、肉付きもいい。80kg以上はありそうだ。自重のある人が足をケガすると大変である。虫けらは杖なしで歩けるが、そのひとはまだ杖が離せない。しかも、半歩ずつ歩を進める感じだ。虫けらの回復が早いのは、体重が軽いことも好影響を与えているらしい。それと、体幹がしっかりしているので、グラつく心配がない、さらに、筋力が驚異的に回復しているので、それもリハビリが捗る要因とのこと。もうやることがないのだ。きょうは、階段の上り下りを見るというので、リハビリ室のではなく、普通の階段に行った。14段くらいの階段をすいすい上り下りするのを見て理「えー、問題ないですやん」虫「家で上り下りしてるから」理「一軒家でしたっけ」虫「マンションよ。7階までは普通のフロアなんだけど、 8階だけ2階建てになっているんです」理「メゾネット?」虫「まぁ、用語的にはそうなんですけど、 中2階的な感じじゃなく、普通に2階があります」2回目の退院以降は2階で寝ているし、季節が変わって、1階に置いていた洋服では外出できなくなって、都度、2階に上がっている。という事情で、階段の上り下りは難なくできる。担当医師は「リハビリ、もう終わっていいですよ」と言うのだが、まだ膝のあたりに痛みがあるし、熱を持ったり、腫れたり、硬くなったりするので、理学療法士に相談している。店のお客さんに医療業界に精通している人がいる。治療器の販売をしているらしいのだが、その人から今週火曜日にメールが入った。客「普通に臨床やるんじゃないの?」というコメントとともにURLが貼り付けられている。タップしたら、どこかの病院のサイトに飛び、まさに怖い主治医のプロフィールのページが表示された。見つけるのが早い。しかも、怖い主治医のことを特定していたことに驚いた。虫けらは、怖い主治医の名前を言ったことはない。病院名と診療科、部長であることしか告げていない。そして、お客さんと最後に会ったとき、虫「退職するそう。あのクラスの医者は、 近い将来の院長候補としての移動でしょう」そんな会話をしたが、こうも早く特定して調べてくるとは。業界内の話とはいえ、迅速過ぎるではないか。しかも、まだ10月になっていないのに、早々にホームページに掲載されているのは、病院が、それを売りにしたいと考えてのことだろう。外科部長といえば、病院の花形である。怖い主治医は容姿もよいので、売りにしたいというのも納得である。虫「店のお客さんが、早速◯◯先生の転勤先特定して URLを送ってきてね」理「え、どこですか?」虫「◯◯◯◯病院」理「大阪ですか?」虫「そう」(理学療法士がその病院名を知らないのを不思議に思った。 虫けらも知らない病院だが、医療界に身を置いている 人間なら、大阪の総合病院くらい知っていてもいいはず…)理「そういえば、今月になって◯◯先生来てましたよ」虫「いつ?」理「先週の…水曜日です。もう10月に入ったのにって 思って」虫「残務整理かな」理「朝、普通にコンビニで食料買ってましたけど」怖い主治医がコンビニの食品を食べるなんて、虫けらには想像できない。以前、怖い主治医と虫「先生も太れない体質ですか? (虫けらが太れない話をした流れでの質問)」怖「気ぃつけてるんや」虫「え? 太るのを?」怖「お正月に2kg太った」虫「2kgなんて、その身長じゃ大したことないですよね」怖「体脂肪率が増えてた」虫「お正月は動かないので、仕方ないです」怖「許されへん」虫「ストイックですね、先生」そんな会話をしたことがあった。還暦近くになって、体重を気にするような医師がコンビニの弁当や総菜パン、ましてやカップ麺なんかを食べるだろうか。解せない。10月に入って、怖い主治医が元の病院に来る……、残務整理か、出席する必要がある部長会議か、要請を受けてのアドバイスや執刀か…。ま、何にしても、しばらくはまた病院に来るかもしれない。次の病院では臨床はやらないと言っていたし、まだ時間的な制約が少ないだろうから、用件があれば行き来するのかも…あるいは、一定の時期は両方の病院で部長職を兼務する…などと勝手に思った。で、冒頭のモニターである。まさか、怖い主治医の診察があるのかと思ってしまった。待ち患者の受付番号が全くないので、診察はないとは思ったが、理学療法士の話を聞いていたので、そこに怖い主治医の画面を表示する必要があったのかと考えを巡らせた。結論(根拠のない推論)。花形外科部長の名前を消すことを病院側が渋っているのではないかと思った。10月になる前なのに、怖い主治医の宣伝をする次の病院のやり方を見ると、虫けらが通う病院でも、怖い主治医の名前を何とか残しておきたいと考えてもおかしくない。そういうことかな。さて、いつまで怖い主治医の画面を残しておくかを確認しなければ。来週もリハビリがある。チェックを忘れずにしよう。 確 認
2025.10.10
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2度目の退院からあすでひと月。左脚に全体重をかけてもいいという許可が出てから2週間になる。許可が出たのが金曜日で、金曜日と土曜日に動き過ぎて、日曜日には筋肉痛になっていた。しかし、翌月曜日は携帯電話の修理が完了(完了はしていない。中途半端だが、その修理専門店ではそこまでしかできない、という状態)したので、その引き取り(プラスデータ移行と設定)があり、病院にも用があって出向いた。夕方には店に行かねばならなかったので、歩きに歩いた。10,000歩超えである。途中、突然の雨に降られたのと、最終は荷物が多くて、タクシーを呼んだ。この2度のタクシー乗車がなければ、17,000歩ほどになったと思われる。よくもこれほど用件が重なったものだ。以後、夏の間にできなかった役所への申請や銀行及び郵便局での手続きなどを処理するため、日夜外出する日々である。この時期は、役所からの通知や納税通知書が届く。5月、9月、12月とその翌月は、税金絡みの書面が届き、それを処理する月。会社をやっていた頃の記憶が蘇って、実に苦々しい。今回は、実家の住民税納付書と健康保険の資格証明証が届いた。医療費の限度額超えの還付申請や怪我の装具の補助申請などがあり、しかも、亡き夫の叔父が亡くなったことで、相続の問題が出たらしく、夫の除籍票を送る必要があるなど、役所関係の作業が一気に重なった。役所に行き、書類を送付し、税金を払い込む。10月というのに30℃超えの中、えっちらおっちら歩く。まだ、以前のようにスムーズに歩けないので、歩幅が7割程度、速度も6割程度までと完全回復には程遠い状態である。そこで!片杖で歩くことにしたのだ。杖をついていると、多少ゆっくり歩いていても、歩幅が狭くても、鈍臭くても皆さんやさしくしてくれる。エレベーターに乗ると、「何階ですか?」と聞いてくれるし、正面から歩いてくる人も、「どうぞ」と道を譲ってくれる。もちろん、歩きすぎて脚が痛くなることもあるし、左脚に全体重かけるのが怖い時もある。何しろ、筋肉が随分落ちている。48kg程度だった体重が45kgまで落ちたのだが、ほとんどが脚周辺の筋肉だと思われる。えらいことである。しかし、今朝計ったら、46.7kgあった。左脚の太腿、ふくらはぎは7割程度筋肉が戻った。大変早い。筋肉がつきやすい体質でよかった(理学療法士さんも驚いていた)。ゆえに、杖を持たずに出たことを後悔しないように、片杖をついて歩くことにしたというわけだ。痛みや違和感は未だに消えていないが、傷は退院直後と比較すると随分落ち着いてきた。そこで…、傷跡を含めて左脚を披露するので、グロいのが嫌な方はスクロールしないように。まずは、手術前の【遺影 虫けらの左脚】。そして、現在の虫けらの左脚ひどいものである。傷跡もさることながら、まだ膝が腫れているし、足首のむくみも残っている。脛骨の左右にプレートが入っているのだが、ひざ下の膨らみ(出っ張り)となって、厳然と露出しているのである。きのう、郵便局で手続きした後、局員さんが、「どうなさったんですか? 脚」聞いてきたので、虫「骨折したんですが、それはさておき、 手術痕がまだ痛くて…」と答えたのだが、不思議そうというか、「ホンマかいな」という表情を見せたので、スラックスをめくって、虫「こんなんですわ」とやったら、「いやっ!」と声を漏らして目を丸くした。隣の窓口の局員さんも振り返って見たそうにしたので、虫「見ます? これ」と言って、再びスラックスをめくったら、「わっ!」と言って顔をしかめた。そんな顔をするなら、見なければいいのに。怖いもの見たさ、というわけか。虫けらは、これをあちらこちらでやっている。虫けらの顔が余りにも明るいので、相手が「うそぉ〜」のような表情をするのである。グロい手術痕と虫けらの表情のギャップに、皆驚くという寸法だ。きょうも杖をついて出かける予定だ。7/6の怪我以来、全くなかった外食の機会を得た。まだ会社員時代の虫けらを知る人が「快気祝いでもどう?」と誘ってくれたのだ。この人は、虫けらが会社をやめてから10年ほどのインターバルを経て再び会うようになり、12年前に店を開いてからは、年に3回ほど顔を出してくれている。折しも、骨折した週に会食の約束をしていた。それをリスケしたので、3ヵ月遅れの会食ということになる。酒を飲むことになるだろう。が、この脚が酔った後の歩行にどう影響するか、痛くて歩けなくなる可能性はないのか、いろいろ考えると、杖があった方が気丈夫だと考えた。歩いて行ける範囲での会食なので、余り心配はしていないのだが、ま、用心に越したことはない。というわけで、ちょっとグロい写真を披露して、ブログを終わろうと思う。相すみません。 反 省
2025.10.09
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整形外科の検査と診察のために病院に行った。放射線科でレントゲン撮影を済ませて整形外科の外来へ。以前にも書いたが、整形外科の外来と外科外来は同じ待合室。設置されているモニターには、各科の担当医師と診察室番号の欄があり、待ち患者の受付番号が表示される。最初に表示されるのが、外科の最初の診察室。金曜日は、怖い主治医の画面になる。椅子に着座して、何気なくモニターを見る。えええ???怖い主治医の画面が!!!虫「先生が来てるの?」小さな声が出たかもしれない。んなわけないのに。今週は、9月と10月が入り混じる週。この病院では、来週にならないと10月シフトにならないのだろう。放送業界の仕事を長くしていた虫けらは、4月1日と10月1日がある週は、前月の数日がこぼれていても、新番組に切り替わることが常識だった。だから、「まだ画面を変えてないの?」という疑問が浮かぶはずなのに。虫けらとしたことが。きのう、ブラウザのタブが多くなってきたので不要なものを閉じていっていた。いつ開いたのかわからないのだが、病院のHPのタブがあった。スクロールしていくと、怖い主治医のプロフィールと画像が登場するはずの部分が、違う医師(次の虫けらの主治医)に差し変わっていた。当たり前なのだが、少し寂しかった。虫「10月になったもんね」と改めて認識した。スマホのブラウザでも、タブを残していた記憶があった。確認したら、やはり、違う医師の画像が登場して、がっかりした。そのタブは、病院のサイトではなく、医療機関のPRをやっている企業がつくったサイトで(以前、怖い主治医の書いた原稿を虫けらが書き直したと、ここでも登場させたパンフレットの元になっているもの)、虫「こんなところにも既に連絡済みか」と、当たり前のことを寂しく思っていたのだ。ところが!待合室の画面には、まだ修正が加えられていない。2年以上見続けた画面である。ちょっと、うれしくなった。と同時に、『先生、いま、何をしていらっしゃいますか?』と感傷的に思ってみたりした。実は、虫「新天地では、PRパンフやホームページで、 『ご挨拶』『着任にあたって』なんていう コーナーに寄稿しないといけないんじゃないですか? 私、書きますよ」怖「頼もうかな。文案考えてくれる?」虫「箇条書きでいいので、先生の思いを書いてください」などという会話を入院中の病室でしていたのだ。きっと、そんな依頼はないだろう。しかし、そんな会話をしていたことは事実で、それも一つの思い出である。そんな、瑣末なことどもを思い出しながら、待合室を後にした。もう怖い主治医はここにはいない。病院が、空っぽの器のように思えた。病院に足を踏み入れるときの、緊張感というか、焦燥感というか、高揚感というか…よくわからない感情がわいたことを思い出し、そして、それが全くないことも実感しつつ、帰路についた。怖い主治医は、虫けらにとってよほど大きな存在だったのだなぁ。 虚 空
2025.10.03
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8月のお盆の検査結果について、まだ書いていなかった。その前の検査が4月。4ヵ月の間にどれだけ育ったか、を確認するために単純CT検査を受けた。まずは、毎回受ける血液検査の結果。これは、健康な人よりいいくらいの数値。基準値を外れていても、±1とか±2といった微妙なもので、気にする必要なし。腫瘍マーカーは、CEAが前回より少し高くなっていて、31.0だった。CA19-9は前回の3倍、256.8もあった。抗がん剤治療を停止したときは基準値内だったので、急速に上昇したことがわかる。が、どちらもがんの大きさや進行具合に直結するものではないので、あくまでも参考数値ではあるのだが。で、CT撮影の結果。怖い主治医は所見を述べなかった。見ればわかる進行具合だったからだ。こちらから、何らかの質問をすればそれには答えてくれたかもしれないが、こちらが質問しなかったので、マウスを操作して、転移のあるそれぞれの部位の断面画像を順番に見せてくれただけだった。⚫︎肺はもともと5つの固形癌があったが、一つだけ 突出して大きくなっていた。 小さな固形癌が増殖していた。⚫︎肝臓は、影のような画像なのだが、 濃く、大きく、存在感を増していた。⚫︎大動脈近くのリンパ節への転移が見つかった。上二つは虫けらの目にもはっきりわかったが、リンパ節は怖い主治医が怖「これがな…」と見せてくれた。これまで見たことのない画像だったので、虫「どこですか?」怖「大動脈の横」と。またえらいところに飛んでいったものだ。以前(前回検査の4月)、虫「死因としたら、肺ですか?」怖「そうやな」という話だったのだが、今回は虫「やはり肺ですか?」怖「肝臓かもしれん」と言われた。どちらで死ぬにしても苦しむのは一緒だが、消化器を悪くすると、食事や飲酒ができなくなる。つらいことである。画像を見たとき、『今年いっぱいを覚悟するか』と思った。多分、普通の生活が送れるのは3ヵ月程度だろう。徐々に症状が出始め、食事が摂れないとか、痛いとかの苦痛が襲ってくるのだろう。虫けらの場合、症状が出始めたら急速に悪化するように思う。根拠はない。が、画像を見たら、相当な状態だ。4ヵ月としては、進行が早いというのが率直な感想だ。しかし、いまなお食べ物はおいしいし、酒も飲めている。「しんどい」「つらい」といった状態にもなっていないし、夜もちゃんと眠れる。ゆえに、「あかん」となったら、早いように思うのだ。来月にならないと、診察がない。怖い主治医の勘違いか、作為的にかはわからないが、2ヵ月だった診察間隔が、今回は3ヵ月になっている。その際の検査も血液検査だけである。次にCTを撮ったときは、さらにひどい状態だろう。新しい主治医には、怖い主治医に聞けなかったことを聞いてみることにする。検査についても、要請してみる。別に、死にたいわけではない。延命のためのつらい治療は要らないと言っているだけで、いつ死んでも構わないし、検査も不要だ!と自暴自棄になっているのではなく、状態に合わせて対症療法はしてほしいのだ。というわけで、ひと月先までは自由の身なので、いつもどおりの生活をして、人と会ったり、そろそろ営業を再開したりしつつ、身辺整理を進めようと思う。しなければならないことはまだまだある。本腰を入れてやらねばならぬ。虫けらのがんたちは大変元気である。しかし、虫けらも元気である。最後に勝つのはがんたちだが、いまのところ、せめぎ合いには負けていないようだ。さて、きょうの夜ごはんは何にしよう。。 愁 傷
2025.10.02
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アクセス記録を見ていたら、昨年に書いたブログが読まれていて、何を書いたのかと読みに行ったら、怖い主治医が少し登場していた。そう。怖い主治医と出会ったときから「運命」という感覚を持っていた。そのときも、もちろんいまでも、その根拠はわかっていない。今回の入院で、怖い主治医が虫けらの病室を訪ねてくれたのは5回だった。そう聞くと、「えー、そんなに何度も?」と思われるかもしれない。が、それぞれに理由があって、1回目〜手術翌日。 この日は怖い主治医が休暇に入る前日で、 術後の様子見と、今回の入院日と重なったために延期した CVポート手術日のリスケの打ち合わせだった。2回目〜朝:手術日の日程調整前の打診と仮決定。3回目〜夕:手術日の決定。 昼間に怖い主治医と整形の担当医が手術室で会い、 虫けらの入院日程を聞いたり、朝に仮決定した 手術日に実施可能かを打ち合わせたらしい。4回目〜手術前日。同意書の取り付けと打ち合わせ。5回目〜手術後(怖い主治医の診察時間後)。 傷口のチェックと虫けらへの慰労。無理も無駄もない。怖い主治医はそういう人なのだ。しかし、3回目の病室訪問の帰り際だったか、怖「ここに来るのが楽しみなんや」と言いながら、部屋を出て行った。どんな理由かは言わなかったが、虫けらの部屋に来るのが嫌ではなかったようだ。虫けらも怖い主治医も、余り自分の話はしないのだが、ふと見た怖い主治医の手と虫けらの手に共通項があったので、虫「体質が似てるのかもしれませんね」怖「そうやな」虫「私、先生とは、前世でも何かの関係があったんじゃないかと 思っていました」怖「え?」虫「きょうだい(姉弟)だったのかも」怖「きょうだい? ちゃうやろ」虫「年齢的には私が姉ですけど、先生の方が上だった ように思います」怖「そうやろな」「そうやろな」の意味はわからないが、怖い主治医も「そんな気がしている、しかし、兄弟ではなく、違う関係だろう」ということかもしれない。前回の入院時に、優しく抱き締めてくれたという話を書いた。そのひと月後の外来診察のとき、怖「僕、9月で退職するんや」と聞かされ、虫けらはいつになく動揺した。その話になったとき、虫「あの日、自宅に帰って呆然としました」と、多分悲しそうな顔をして虫けらが言った。すると怖い主治医が大変申し訳なさそうな顔をした。そんな顔を見たのは初めてだった。いつもポーカーフェイスで、感情を表情に出さない人だし、声も冷静そのもので、口調もトーンも変えない(何度か、イラついたり、怒ったりしているような声を聞いたことはある。が、それは、虫けらがそう仕向けたとも言える。そのときとて、表情は変わらなかった)怖「ほんとは、あのとき(前回の入院時)それを言いに行ったんや。 でも、言えんかった」そう言ったときの怖い主治医の表情は、生涯忘れられないだろう。本当に気の毒そうに、憐れむように言い、哀れみの表情を浮かべる。なぜ言えなかったのか。それを言ったら虫けらが悲しむだろうと推察したからにほかならない。その気持ちが「優しく抱き締める」という行動につながったのだと理解できた。しかし、なぜ虫けらが悲しむと思ったのか、ということは聞けなかった。ところが後に、何かの会話の中で、虫けらの気持ちの話になった。怖「(怖い主治医は虫けらに)嫌われてはいないやろうと思ってた」と言った。これは微妙な言い回しだ。人間の評価は、嫌いか、好きかの判断だけではない。大抵は、ほとんどの人に対して、どちらの感情も持っていない。多分、怖い主治医は虫けらが怖い主治医のことを好きだと思っていると感じていたのだろう。どこでそう思ったのかは謎だ。怖「さーけど、あなたはそういうことは言わん人やと 思った」これは、ふた通りの意味がある。⚫︎「そういうことは言わん人」だから、 そう言わなかった。⚫︎「そういうことは言わん人」なのに、 好きと言った。ということだ。もしかしたら、怖い主治医は虫けらが怖い主治医が好きだと言ったと思ったのか。虫けらは言っていない。「好き」ではないからだ。そんな単純な言葉で表現できる気持ちではないと「怖い主治医と虫けら」に書いた。感情のみを表す短絡的な言葉に込められるような簡単な思いではないのだ。決して「好き」などとは口に出していない。しかし、虫けらの何らかの言動によって、怖い主治医はそう思った(解釈した)のかもしれない。虫けら自身も最近まで、自分の気持ちが理解できていなかった。今回の入院以前に、中途半端な言動をしていたやもしれぬ。もしそうならば、大変申し訳ない。虫けらの性格についても、怖い主治医が分析してくれた。⚫︎大変真面目な人⚫︎男女のややこしいことと対極にある人⚫︎人に寄りかからない強い人⚫︎達観している人実に的を射ている。虫けらの実像と寸分違(たが)わない。よくも正確に見抜いてくれたものだと思う。やはり、運命の人だったのかもしれない(こらこら)。いや、冗談はさておき、怖い主治医は、長年臨床をやっているだけに人を見る目はすごいのかもしれない。聡明で、感性も経験も豊かな人だから、患者の性格や特性を見抜いてしまう。対して、虫けらの怖い主治医に対する理解は中途半端だ。半分以上は妄想だし、勝手につくりあげた人物像を都合のいいように理解しているだけだ。それでよかったのだ。自分の最期を看取ってくれる人が生々しい人間である必要はないのだから。常に虫けらはそういう認識で怖い主治医に接してきた。怖い主治医は虫けらの本質を見抜いていた。齟齬が起こってしかるべきである。怖い主治医が病室を訪ねてくれた間に交わした会話は大した量ではないが、何度も齟齬があるな、と感じた。それは、昨年⑥くらいまで書いたと思う「怖い主治医の謎の言葉の言葉の答え合わせ」でもわかるとおり、怖い主治医と虫けらの根本的な認識の違いが「謎」と「齟齬」を生み、ズレた理解の上に次の事実を重ねるから、余計に互いを理解困難な人間にしていたのかもしれない。しかし、虫けらにとって、怖い主治医の誤解は別に修正するべきものではないと考えた。間もなく虫けらの前から消える人である。怖い主治医にとっていいか悪いかはわからないが(もしかしたら、きちんと修正した方がよかったかもしれない。誤解が怖い主治医を苦しめたり、悩ませたりするものだったら申し訳ない。が、いまとなっては後の祭りである)、その誤解を認識したまま接し続けた。結果、それはそれでよかった。虫けらにとっては。大変優しくしてもらったし、怖い主治医の本当の姿が少しだけ見られらように思う。怖い主治医の言葉遣いも、友達にするそれのようにやわらかく、親しみのこもった、心地いいものだった。虫けらを見つめる視線や表情も、外来の診察室では見たことのない、とても優しくて温かいものだった。もしかしたら、ペットや小さな子供に対する慈しみの表情と同じかもしれないと思った。しかも、また抱き締めてもらった。大きく、深く。その気持ちよさは、最初のときと変わりなかった。これらを思い出しながら、一人ぼっちで死んでいこう。怖い主治医と会うことはもうない。怖い主治医の勤務最終日に虫けらは病院に行った。リハビリの指定日だったからだ。待合室にいるとき、怖い主治医の呼び込みのアナウンスを聞いた。あれが最後の怖い主治医との接点だった。あっけない別れの瞬間だったが、いつも人との別れはそんなものだった。長い人生で経験した、多くの別れの一つとなった。怖い主治医に対して虫けらが抱いていた感情を「好き」以外のものだったと理解してもらうべく、最後に部屋を訪ねてくれたとき、虫「先生には、最期を看取ってもらえると思っていました。 その心算(こころづもり)がかなわないから、 悲しんだんです」と伝えた。これで、少しは修正できたのではないかと思っている。運命だと思ったが、そうではなかった。もし、本当に運命だったのなら、再会のときが訪れるかもしれない。……ないない。怖い主治医のことを考えるとき、「ないない」と思ったことは、本当になかった。だから、「ないない」だろう。 臨 終
2025.09.28
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2014年からiPhoneを使っている。仕事柄、長年Macを使っているので、データのバックアップややり取りが楽だろうという理由。iPhone5を皮切りに、iPhone6、iPhone8と移行し、本業(元業)を休止してほぼ飲食業に専念し出したので新機能やカメラ性能にもこだわる必要がなくなったため、5年近く使って去年5月にiPhone13に機種変した。iPhone13は1年3ヵ月しか使っていなかったのに、入院中の8月に不調に見舞われた。YouTube視聴中、他の用事をしている間に電源が落ちた。しばらくして電源を入れようとしたら、全く電源が入らない。本体が熱くなっていることに気づく。これまでも、充電中に本体が熱くなり、画面を見ると、「充電を中断している」との表示。温度が下がったら、再開するというのだ。これが、バッテリーの問題か、本体に問題があるのかよく理解していなかった。バッテリーの問題なら、バッテリー交換で済む。ということで、修理専門ショップに持ち込む。バッテリーではなく、基板の問題だと告げられる。基板からデータを取り出し、基板を入れ替えれば、元に戻るとのこと。再び修理を依頼するが、修理期間は4週間ほど必要とか。3週間ほど経って、経過報告を求める。すると、基板は基板でも、電源系統の基板で、これは交換不可。が、データの取り出しと、新しい本体への移行が可能という連絡。つまり、iPhone13の復旧はかなわないということ。しかし、データが取り出せるなら、新しい本体を用意すれば、そこに移してやると。仕方ない。新しいiPhoneを購入する。iPhone14でも15でもよかったのだが、もう販売していない。iPhone16を購入する。しかし、iPhone13を廃棄してしまうのは忍びない。復旧の方法を考える。電源系統の基板を交換してくれる業者を見つけた。データの吸い出しと移行が必要なければ、さほど費用はかからないようだ。これができれば、iPhone13はサブ機として利用できる。今回のことで、サブ機の重要性が骨身に沁みた。できるだけメイン機に近い環境を保てば、故障時に今回ほど困ることはないだろう。それと、いつも使っているMacBook Airの買い替えも検討する必要がありそうだ。もう10年前のモデルなので、アプリのアップデートが追いつかないものがある。iPhoneと同期しておきたいデータがあっても、アプリのバージョンが違っていてどうにもならないことがある。夫が使っていたMacBook Airの方が新しいのだが、キーボードが海外仕様で使いづらい。贅沢は言ってられないので、そちらで何とかするか…。というように、スマホが壊れると、大変なことになる。費用をざっくり出してみるとiPhone13 100,000円修理1(調査費) 4,000円修理2(データ取出しと移行) 40,000円iPhone15 120,000円修理3(13復旧) 30,000円iPhone15備品 3,000円というところか。1年ちょっとでこれである。アップルの保証はないものか。1年以内ならあるのかもしれないが、ちょっとでも超えていれば難しいだろう。今回のことがあって、過去の修理履歴を調べてみた。iPhone5で2回(バッテリー交換)iPhone6で2回(バッテリー交換)iPhone8で1回(バッテリー交換)だった。バッテリーが膨張して交換したのは2回。あとは、消耗が激しくなったからというのと、もうバッテリー残量があるのに電源が落ちるというもの。いずれもバッテリーの問題だったので、今回もそうだと思っていた。が、本体とは。。最近の機種は、機能も性能も進化しているので、消費電力量も高いのだろう。しかし、それに見合った部品(性能)に進化できていないということか。アップル製品はデザイン性が高く、製品としての信頼性も高いと思われてきた。しかし、最近ではそうでもないように思う。中核の内部部品を日本製品から中国製品に変更してから、これが顕著になってきたという声がある。今回の故障を経験して、アップル神話はすでに崩壊しているのだろうと実感した。しかも、年末にはスマホ新法という日本政府のアホさが爆発している法律が施行される。EUが先導しているのだが、何も日本がこれに乗ることはない。この法律は、表向きは独占禁止法的要素があり、消費者がスマホを手に入れやすくするためというお題目があるが、裏では、アンドロイドの脆弱性をうやむやにするような、アップルの強さを破壊するような法律になっている。業界団体の陳情があったのだろう。金に弱い自由主義国家の政府が陥りやすい罠だ。いずれにしても、スマホ業界ではiPhoneが圧倒的優位だった時代が終わりを告げようとしているのではないか。アップルも、その時代の潮流に抗うことをやめてしまい、利益優先の経営戦略に走っている、というふうに思えて仕方ない。スティーブ・ジョブズが生きていてくれたら、と思わずにはいられないが、生きていたとて、この混沌の中ではどうにもできなかったのかもしれない。「混沌」の原因を考えなければならない。「グローバリズム」というものは、庶民には何ら利益をもたらさないということを強く自覚する必要があるのである。いま目覚めないと、日本は日本ではなくなる。もう遅いのかもしれないが。 混 沌
2025.09.23
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