<初読>よりつづく
「活仏たちのチベット」
ダライ・ラマとカルマパ <再読>
田中公明 2000/04 春秋社 単行本 210p
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いやぁ、面白い。初読の時も面白いと思ったが、今回再読してみて、ますますはまった。この本2000年にでた本ではあるが、私にとっては全然古くない。アップデイトな内容だ。この続編もきっとでているに違いない。あれば見つけてぜひ読みたい。サブタイトルは「ダライ・ラマとカルマパ」だが、本書の執筆中の2000年初頭に、 カルマパ17世
(注・当時14歳)のチベットからインドへの亡命という事件が発生し、いきおい、本書の内容は、カギュー・カルマ派の転生活仏カルマパの話がメインストーリーになっている。

p146に掲載されているカルマパ16世こそ、1972年にスワミ・ゴヴィンド・シッダールタが会いにいったその人だった。彼の言葉は、 「マイトレーヤ」の初読時 と 引用時 に分散してメモしておいたが、キチンとしたかたちでアップする必要を感じる(すでにどこかにあるかも)。
カルマパ(注・16世)が体調の不調を訴えたのは、1981年6月のことであった。そこで同年9月に香港の病院で精密検査を受けたところ、すでにガンは各処に転移しており、手の施しようがない状態になっていた。やむなく空路アメリカに飛び、イリノイ州ジオンのアメリカン国際病院で末期治療を受けていたが、ついに11月5日に心臓が停止し、遷化した。 p162
享年58歳。その後に発見されたのが、現在のカルマパ17世で、すでに23歳の若者になっている。
チベット亡命政権は、カルマパ(注・17世)を政権の次期首班に考えているといわれる。本来、ダライラマの空位機関を埋めるのは、パンチェンの役目なのだが、不幸にして中国政府とチベット亡命政権が、別のパンチェンを認定してしまったうえ、ダライラマ側が認定した霊童は、現在も中国国内に拘束されている。
この本の巻頭には「推薦のことば」を書いているのは、ペマ・ギャルポ。彼が「田中公明先生は、私たちチベット人にとって、身近で信頼に値する人物であると同時に、手ごわい批評家として、高い評価を得ています」と表現する部分は次のようなところだろう。
チベット仏教は単なる宗教ではない。それは世界の屋根を住処とするチベット民族が、自国の低い農業生産力を補うために創り上げた、社会システムであり最大の産業であったと、私は主張している。そして本書のテーマである転生ラマ制度も、このような事情を考慮に入れると、はじめて正しく理解することができるように思われる。 p152
「さらに深くチベットの歴史を知るための読書案内」 のなかには「ダライ・ラマを知るために」として、グレン・H・ムリンの「14人のダライ・ラマ(上・下)」があげられているが、その調達が難航しているので、転生活仏制度については、いきおいこの本「活仏たちのチベット」への依存の方が大きくなってしまった。
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