7月
8月
9月
10月
11月
12月
全3件 (3件中 1-3件目)
1
息子が起きてきた。4歳になったばかりの息子は、まだ紙おむつがはずれない。朝のあいさつも返してくれない。呼んでも、振り返ることはまずない。起きてきて、いちばん最初にすることは、お気に入りの本を寝転がって読むことである。最近いたずら(大人にとっては)がひどい。本棚の本をよじ登って落とす。飲み物を口に含んではく。コップを倒して、その水を手でなする。障子の桟に足をかけ、叩いて破く。ストーブにかかっているものや洗濯物を落とす。洗面所の中に入り込み、歯ブラシをとって、口に入れている。机の上にクレヨンでいたずら書きをする。本を破く。私や妹の性器に触る。しかし、いたずらは、子どもだから当然する。大人が注意をしていれば大事にはいたらない。問題は、命にかかわること。道路に飛び出してしまうことだ。呼んでも振り返らない。手をにぎるとしゃがみこんでしまうので散歩が大変なのだ。標準より軽いとはいえ、息子が走って行ったあとを追いかけ、抱っこして連れて帰るのは一苦労である。まとわりつかれるので、今日はここまで。
2008年03月20日
コメント(0)
学生時代のこと。全盲の女の子、ダウン症の男の子と一緒にキャンプや登山をしたことがあった。全盲の女の子と山に登った時のこと、その子が景色を見たいといったのである。私はもちろん見せることができなかった。すると、引率をしていたその子の先生が「いいかい、こっちはね、こうなっていて・・・」とその子の手を取り、山の稜線を描きはじめたのである。その子はうれしそうだった。次の年のこと、私はそのキャンプを主催している学校のダウン症の子とキャンプにいった。カズーという楽器を作った。竹にパラフィン紙をはって、声を出すと「ズー、ズー」と音のする簡単な楽器である。笛のように、音階を指や唇で工夫する必要がなく、声の高さだけで楽器らしい音のするものだから、同級生の小学生たち(3,4年生だったと思う)はすぐその楽器を楽しんでいた。しかし、ダウン症の男の子は、楽器が吹けなかった。有声音が出せないからだ。その子は入学前は喋っていたというのだが。私は、障害児といわれる彼らから、言葉では得られない、大学で学べない、たくさんのことを教えられたのである。
2008年03月20日
コメント(0)
早く起きても、仕事のことばかりで自分の子どものことをゆっくり考える暇がなかった。と言うと、無責任な父親のように聞こえるだろう。しかし、子育てにかけてきた時間は、ほかの父親よりもしてきた自負はある。考えなくてはいけないのは、子どもの世話ではなく、我が家の子どもたちの障害についての方針である。一般に、「障害」を確認した時点で、その子に何かほかの子とは違う手だてを打たなくてはいけないと、親は思うだろう。我が家も例にもれず、そうしていくつかの専門機関を訪れ、現に療育、リハビリなど、通える範囲のことはしてきた。しかし、子どもの潜在的な能力を引き出すことと、その子が生きていく地域とどうかかわっていくかは別問題である。散歩していて、車道に飛び出していくわが子を見ていて思う。いつの日かわが子が一人で歩けるようになるには、息子の成長だけには頼れない。
2008年03月20日
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


![]()