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私のレコードの9割はピアノ曲で、残りは邦楽かクラシックの名曲(?)といったところ。その中でボーカルの曲が数枚ある。そのうちのお気に入りがドリスディのスローバラードが収められた、上記のアルバムだ。 デュエットという題だが、プレヴィンは歌ってはいない。彼は、ピアノトリオで伴奏をしている。だが、実に軽妙でうまい。彼が著名な指揮者であることは、今では周知な事実だが、ジャズを弾かせてもこれほどの人は、他にそういないのではないだろうか。 このレコードは、日曜の深夜FMで流れていたのを聞いて探し出したもの。グリーグのピアノコンチェルトがテーマで始まるこの番組で、思わず耳をそばだてて聞きほれてしまった。 ドリスディは、「ケ・サラ・サラ」の歌で有名で、映画俳優でもあるが、歌の情感が実にきめ細やかで、英語の歌詞などとんと分からぬ私にまで、意味が伝わってきそうだ。(昨日は、辞書を引きながら悪戦苦闘したが。だれか、訳してくれないかなぁ) 一昨日から、レコード熱に再びうなされている私が、誇りだらけの棚から引っ張りあげてきて、ピアノ曲以外で聴こうと思ったこのアルバムを、今日は、B面をじっくり聞こうと思っている。
2002年01月28日
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昨日、世界遺産の番組を見るつもりだったが、NHKでテレビ放送のために作られた椿姫を見てしまった。いつもだと、オペラの放送は、途中で飽きてチャンネルを変えるか、寝てしまうのだが、つい遅くまで見てしまった。それは、テレビカメラ30台以上演出と舞台に25億かけたという生放送のドラマ仕立てのオペラだったからだ。主役級は、ビジュアル的にもよくて、よくある「死にゆく椿姫が太っていて不自然」ということもなく、作品に入り込めた。(今日一日、アリアの鼻歌が出てしまった。)歌の善し悪しで言えば、女性が少し落ちるが、演技はとてもよくて、二人が引き裂かれるところでは、胸がきゅんとした。テレビがなかった時代には、オペラはそれこそ一代スペクタクルだっただろうが、今映画やテレビの作品の作りこみが細かいので、オペラは劇場で見ても(といっても2、3しか見てないが)大味になってしまう。おまけに時代や言葉の隔たりのためになおさら作品に入り込めないことが多い。こんな素敵なものなら、本物のオペラを見てみたいと思った人は私だけではなかったのではないだろうか。それに、映画やテレビドラマにない音楽や歌の魅力はオペラならではだ。聞いたことのある歌だけでなく、ちょっとしたアリアでも歌の作りがすばらしいことに驚かされる。ベルディのことは「レクイエム」ぐらいしか知らなかったが、これからもっと聞くことになりそうだ。
2002年01月21日
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路面が凍結しているのに、ノーマルタイヤで走っているミラノの人たち。運転がうまいのかしら。露天のおじさんに「もうかりまっか。」と大阪弁で聞かれる。弟は、買う気もないのに話をしてる。 寒いミラノを後にして、ヴェローナへ。ロミオとジュリエットの舞台になったところ。エルベ広場に、市がたち、そこにかわいらしいおばあちゃんがいた。人気者らしく、買い物客が声をかける。スペイン産のアーティチョークが山のようにつんである屋台の前で、もくもくと包丁を使って根元の皮をむいている。しばらくすると、にぎやかな携帯着信音が鳴る。おばあちゃんがエプロンのポケットから取り出して話し始めた。アンバランスな光景だった。 ヴェローナのジュリエットのバルコニーやロミオの家も通ったが、一番印象に残るのは、アレーナだった。保存状態もよく、今でも野外演劇、オペラを行うという。幸せになるといってジュリエットの像の右胸に触って写真を撮る光景は、少々おぞましささえ感じた。若いカップルがバルコニーから顔を出す姿は、かわいらしいが。中庭のもみの木に願い事が結び付けられていた。あらゆる言語があった。恋人同士ならお勧めである。
2002年01月19日
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大きな壁の絵。たった15分の出会いのためにイタリアに来たといってもいい。予約時間が来ていくつもの予備室を通過して、通された部屋は、薄暗く縦が30メートル、横が14、5メートルといったところ。2灯の人工の光に照らされた絵は、あちこちはげているが、はっきりとした人物像が浮き上がる。最初に目に飛びこんできたのは、テーブルの下に突き出した足。いまどきの若者がはいているようなサンダルをはいている。食卓の上に並ぶパンとぶどう酒。そして、弟子たちの手や表情を見つめていると、キリストの無表情さが気になってくる。私の洗礼名になっているヨハネは、ペテロにうなだれている。最初ヨハネの手にナイフが握られていると勘違いしてどうも不自然だと弟と話をしていたが、後で見てみると、ペテロがユダの後ろでナイフを握っているようだ。 よくよく見ているうちに、テーブルクロスのたたみじわが見えてきた。しかも凸凹がはっきりとわかる。レオナルドのこだわりが見えてくる。後で、複製を見るが確かにかかれてある。 筆の動きを見るまで接近できなかったが、確かに本物を見たのだという実感が今になるとしてくる。(見たときは、こんなものかとちょっと拍子抜けしたのだが) 見ているときに、フラッシュをたいて撮影した日本人がいた。気持ちはわかるが、マナーは守ってもらいたいもの。係の人が大声をあげて注意したが、彼は何か言い訳をしている。興ざめである。
2002年01月17日
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イタリアの到着地、ミラノで初めてユーロを手にした。弟が成田で、私がミラノの空港で両替した。レートは、成田の方が良かった。(千葉銀でさえ)1万円に対して、約80ユーロぐらい。さて、最初に使ったのは、2日目最初に向かったサンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会の売店のおばあちゃんだった。「最後の晩餐」を見る予約時間にまだ間があったので、売店で、ロンダニーニのピエタと、最後の晩餐の絵葉書を買ったら、メガネを取り出して、おつりを一生懸命探している。そのうち、私がたまりかねて、指し示してあげた。次に、ばあちゃんから預かってきていた「おめだい(マリアの姿が刻んである、お守りのこと)」を出して、これと同じものある?って感じで見せたら、ふたまわりも大きい「おめだい」を出してきて、弟と私に差しだした。お金を払おうとすると「テイク、テイク」という。おつりを出すのが大変だったからか。信者だったことから親近感をもたれたのか。いただいてしまった。 ちなみに、今まで、リラは硬貨は5枚だった。しかしユーロは、1と2ユーロに、補助硬貨。1、2、5、10、20、50セントと計8枚もある。大変なのは私たちも同じである。そして、その価値の違いもすごい。1950リラで1ユーロである。イタリアが混乱し、ユーロに冷ややかなのも分かる。
2002年01月15日
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いよいよ明日成田を旅立つ。寒波が来ているとの情報もあり、少々心配だがまあ、スキーに行ったと思えばそれも耐えられるかもしれない。若い弟も一緒だし(言葉はまったくあてになりませんが)旅の目的は、美術館や遺跡を見ること、食事やワインも楽しみだが、何より、イタリアの空気を吸うことで自分の中にどんなインスピレーションが沸いてくるのかが、楽しみだ。昨年のいやな世情を思い出すと浮かれている場合では、ないかもしれないが長く休めるときに行かなければ、この次のチャンスはいつになるかわからない。行けるときがまさにチャンスだから、思う存分楽しんでくるつもりだ。骨折したばあさんを、母のところにあずけていくので家も一応安心。これから、大渋滞の中、一路東京へ。家の中は、トっ散らかっているが、見なかったことにしておこう。
2002年01月03日
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