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今日は、大晦日です。今年最後のガソリンスタンドの深夜勤務です。昼間と夜とかけもちで仕事をしているので、仕事納めも2回有ります。「なにも、大晦日に夜勤せんでも・・・」と言われましたが、誰かがやらんとアカンし、この御時世、仕事が有るだけでも有り難いと思わねば・・・という事で、今夜も明晩も夜勤に入ってます。 今夜は、一人年越しです。(-_-) 明日も、元日早々深夜勤務です。年明けにはセンター試験も控えています。なかなか皆さんの所へご挨拶に伺えませんが、大目に見てやってください。今年もあと、1時間少々です。来年は、今年よりも良い年にそして、再来年は来年よりも良い年に、年々良い年になるよう、がんばっていきます。「あらうんど・ふぃふてぃ~」の一員として、底力を見せ付けていこうと気合充実してます。まだまだ先は長いぜ!まだまだやるべき事は山積みだぜ!それでは、皆様良いお年をお迎え下さいませませ。
2008年12月31日
自称“ぐるめ”の私は、蕎麦にも目がありません。蕎麦を食べるだけが目的で丸一日がかりで遠方まで行く事もしばしば有りました。が、ここ数年はなかなか時間も取れません。(-.-)ところが、嫁様の実家のお母さんが数年前から「蕎麦打ち」をはじめまして今では、その辺の蕎麦屋さんでは太刀打ち出来ないぐらいの玄人裸足です。(^。^)おかげで最近の年越蕎麦は最上級です。で、今年は、いよいよ嫁様も重い腰を上げ、蕎麦打ちを習得して、「自家製年越蕎麦」のデビューです。実家で「蕎麦打ち」の稽古を付けてもらってましたが、予想を上回る習得ぶりです。特に、難関の“練り”は、いともたやすく習得したようです。「ふっふっふっ… 伊達に“菊練り”を習得してる私ではない!」と言うております。(-.-) ※「菊練り」とは・・・ 陶芸では、粘土の練り方の一種。空気を抜きながら 土を練る。菊の花びらのような形から、こう呼ぶ。 蕎麦打ちでも、粉を練る際に水分を吸収させ、 粘りを引き出す為に、「菊練り」と「へそ出し」 の作業が必須。嫁様は、将来「陶芸家」になる事が夢で、過去に、あちこちの陶芸教室に通い自分のペース通りにいかなくなると、途中で、勝手に辞めて、他の教室に、さっさと転校してしまいます。練るだけ練って、乾燥させたまま窯にも入れずにほったらかしの嫁様の作品があちこちの教室に有ります。「転校」ではなく、「破門」と言うべきでしょう。その“作りかけ”の作品も「私が有名になったら、それぞれの陶芸教室の宝物になる。」と言うてます。(-.-)その嫁様の腕にかかれば、初めての蕎麦打ちも朝飯前なのです。そんな嫁様を私は心の中で、「陶芸教室の道場破り」と呼んでいます。
2008年12月31日
本日は、今年最後の出勤日です。世間は、休みに入っているようで、普段人の流れに溺れそうになるJR名古屋駅前も地下鉄のホームも閑散としています。名古屋に通勤するようになってお盆以来、久しぶりに地下鉄で座席に座る事ができました。(^。^)
2008年12月29日
流星号での出動も無事に終わり、本日で出動納めです。早めに帰社して、「お疲れさん」の感謝の意を込めて流星号の汚れを取りました。(^。^)明日は、いよいよ仕事納めです。九月に、東京での研修を一ヶ月受けてから、正式配属を経て、四ヶ月になります。思えば、一昨年交通事故に遭い一年近くリハビリをしながら、ようやく昨年十月に仕事に就いてから事業所が閉鎖になったり、規模縮小したり、根性が足りずに「ごめんなさい」したり、長くても四ヶ月しか続かずに転々として来ましたが、今の仕事も、四ヶ月経って何とか続けていけそうな感じです。(^。^)あとは、交通事故に気をつけて、来年も、きちんとした仕事をしていこうと思います。…あ、酒の席も、気を抜かぬようきちんとします。
2008年12月28日
今日も暖かな陽射しを受けてぽかぽかしてます。(^。^)今年の「流星号走り納め」です。普段より少し遅い時間に出発したのですが、昼前早々に本日分の目標をクリアして気分楽々です。(^。^)昼からは、冷たい風にさらされるのを避けて、ゆっくりと回っています。この時期に風邪をひくわけにはいきません。それはそうと、忘年会の大惨事以降、外に出る日出る日百パーセント成果を上げて帰社してます。(^。^)今月は、十月・十一月の二ヶ月分以上の成果が上がっております。気持ちも楽で、余裕が出来て“良”循環です。 v(^。^)
2008年12月28日
ぽかぽかした暖かな休日です。普段はそれぞれ勝手な行動ばかりしている猫様達も、こんな日は意見が一致するようです。夜勤明けで一風呂浴びてさっぱりしたところで、私も仲間に入りたいと思い、三匹揃って寝ている真ん中に無理矢理私の頭をねじ込んだら、一斉ににらみつけてきたので諦めて、これから勉強します。(-.-) くそ~!
2008年12月27日
年末も押し迫り、いよいよ今年もあと数日です。毎年我が家では、この時期になると「心の拠り所」の確認をします。「クリスマス」から「お正月」の短い期間の中に「 嫁様の誕生日 」という畏れ多い記念日が入ります。12月に入ると、嫁様は「クリスマス~♪ クリスマス~♪ クリスマス~♪」と、毎朝目覚まし代わりに連呼し、クリスマスの翌朝からは、「誕生日~♪ 誕生日~♪ 誕生日~♪」そして、「お正月~♪ お年玉~♪ お正月~♪ お年玉~♪」正月を過ぎると、「あんたの誕生日~♪ あんたの誕生日~♪」そして、「ばれんたいん~♪ ばれんたいん~♪」・・・最後の二つは、違うような気が・・・そこで、数年前にこのような支離滅裂な事態を打開すべく「思想の統一」を図りました。まず、「我が家は“ゾロアスター教”だから、 キリスト教のお祭りはしない!」と断言したら、「ん?ゾロアスター教って、たしか キリスト教から派生したんやなかったか?」と、すぐさま反論されて、私はシドロモドロうろ覚えの名前の宗教を咄嗟に出した私に対して嫁様は、ミッション系の高校に行ってたのでした。その予想外の反撃に、真偽を確かめる間もなく、形勢不利と感じた私は、「今は、改宗して“曹洞宗”じゃ! 現に、親父の墓も婆様の墓も、違う寺だが どっちも曹洞宗の寺じゃ! よって、今後はキリストの誕生日を祝うことなく 道元禅師の誕生日を祝う事とする! 玄関には、 “サンタクロース お断り” の張り紙をしておく!」という事で、我が家にはサンタクロースは来ません。後に調べてみたら、道元禅師の誕生日はどうやら「1月2日」が定説のようで、・・・ふっふっふっ、これなら正月と一緒にうやむやに出来るぜ。これで、ひとつ解決です。そして、嫁様の誕生日は、「道元禅師と一緒の日に祝ってやろう。」という事にして、元日を「道元禅師イブ」として、お祝いします。これで、「三位一体作戦」が完璧になりました。という筋書きで、数年前から「決行」していますが、嫁様には ぜ~んぜん 通じません。 (-_-)そんな私ですが、実は今年の「道元禅師誕生日」(つまり今年の初め)から、密かに「500円玉貯金~♪」を始めました。そして、苦節12ヶ月・・・ついに100000円 貯まったど~ 思い起こせば・・・幼い頃から、貯金箱にお金が貯まった事が無く、大人になってからも、何度と無く、「50万円貯まる」「30万円貯まる」「10万円貯まる」という缶の貯金箱を買っては、缶切りで開けてしまい、空き缶だらけになり終いには、薄い定規で、上手に穴から取り出せるようになってしまい、今では、数種類の貯金箱が「ほぼ未使用」で存在してます。そして、今年の初めに買った秘密兵器が、文頭の「10万円貯まる本」です。画像左上の状態で売ってました。カバーを裏返すと、右上の状態になり、「泥棒にも、嫁様にも見つからない」・・・はず。1ページに1万円(500円玉20枚)1枚毎に、「世界の国に行った」というイメージで見開きの左側に各国の簡単な紹介が書いてあります。「1枚1国で、世界一周したら、10万円貯まる」というコンセプトです。最後の1枚をはめ込んだ瞬間えもいわれぬ「達成感」が満ち溢れこの1年間が走馬灯のように頭を巡りちょっぴり涙が出ました。10万円・・・と侮るなかれ!余談ですが、私は車を買う時は常に「1000$」が予算です。この「車1台分」を我が家では「1Car」という単位で呼んでます。 (注)“CAR”は、“YEN”と同じく単複同形です。 ・・・「かむ太郎家の掟」より初めて「1Car」を知った人は⇒こちらを読んでちょ!さて、この10万円ですが・・・「泥棒にも、嫁様にも見つからない」はずが、買ってきて、500円玉を2枚入れたその日に既に嫁様に「貯金箱なら売るほど有るやん~」と言われ、お先真っ暗だったのが始まりです。(-_-)その後も、「本買うんなら、500円玉で買ってよ~」とか「さっきのお釣り、500円足らん!」と叱られたり、何度か危機に瀕しながらも着々と貯まるのが嬉しくて嬉しくて途中からは、何の為に貯めてるのかわからなくなりました。もはや、「何かを買う」為ではなく「貯める事」が目的となってました。「いつまでに」とかも特に決めていませんでしたが、何となく「クリスマス 道元禅師の誕生日までには・・・」と思うようになり、今月に入ってからは、ラストスパートでした。10万円貯まった本(重さ2kgぐらいのようです)を新聞紙でラッピングして、「ちょっと早いけど誕生日プレゼント」と、嫁様に渡しました。「何?これ・・・英字新聞かと思ったら中日新聞やん~」と、ぶつくさ言いながら開けると中から、ずっしりと重い「あの本」が出てきます。私が異様な執念で、500円貯金をしているのを嫁様は訝しげに見ていたので、まさか、それを自分にくれるとは夢にも思ってなかったでしょうし、私の事を「小銭好き~!パタリロ~!」とか「守銭奴」「け~ち!」とか常に言ってます。しかも、1年間、苦労して貯めたのを重々承知してますので開けたとたん・・・泣き出してしまいました。「これは、一生使えへん~」と涙声で言ってました。・・・1時間後には、新聞のチラシをみながら「この靴欲しかったんやて~」とか、ぬかしてます。身近な人間が、幸せそうな顔をしてると、見ているこちらも、自然に笑顔になります。10万円で、私が欲しかった何かを買うよりも(何を買うかわからんが、)嫁様が欲しい物を買って「わ~い!」と喜ぶのを見る方が、「一挙両得」です。先日の、おかん といい、嫁様といい、女泣かせの かむ太郎です。スクロール
2008年12月26日
久しぶりの流星号出動です。屋内や、風の無い場所ではぽかぽかですが、強い北風が、びゅんびゅん吹いてます。橋の上は突風です。(+_+)最近、以前より天気予報を気にして見てます。一週間前から、週間天気予報では本日26日は「雨又は雪」で降水確率も60%の予報でした。ず~っと、「26日は雨か雪に降られる日」と、覚悟を決めてました。週間天気予報の26日の降水確率は、日を追う毎に少しずつ下がりいよいよ覚悟していた本日…風が冷たいのは仕方ないとして、晴れです。年内は、あと29日が雨の予報ですが、この日は、予定変更で内勤になりました。(^。^)結局、十月から三ヶ月で雨に打たれた日は、僅か二回です。ラッキー体質になっております。 (゚-゚)
2008年12月26日
名古屋に通勤し始めた頃、名古屋駅の「JR高島屋」一階に何やら新しい店がオープンしました。朝通りかかる時も、昼頃通りかかる時も、夜帰路に着く時も、いつ通りかかっても長蛇の列です。どうやら、「バウムクーヘン」のお店のようだと数日後にわかりました。岐阜県民的推測で、「どうせ一ヶ月も経てば、ガラガラだろう。」と、たかをくくってましたが、数カ月経過した今月に入っても勢いは衰えません。さすがに大都市名古屋です。(*_*)※実際、岐阜に「全国的に有名」な店が出店して来ても、せいぜい一ヶ月も行列が出来れば上等で、その後は閑古鳥が鳴くか、知らん間に「撤退」してるか、どちらかです。(-_-)行列が出来るバウムクーヘンも、並んでまで食べたいとも思いませんし、「並ぶ」事、それ自体が大嫌いですのでいつも気にも留めず通り過ぎていました。(-_-)ところが、本日、「待ち時間“5分”」のプラカードが…※待ち時間と、最後尾を示したプラカードが出てます。初めて見た「5分」に思わず店内へ…よく見ると隣には長蛇の列が有ります。「焼きたて、お日持ち本日中」の列です。私が買えたのは「お日持ち一週間」の、既に箱詰めされた物です。「並んででも焼きたて買うて来んかぁい!」と連日叫んでいた嫁様にクリスマスプレゼントです。(^。^)私が、並んでまで何かを買う事は有り得ん!という事を重々知ってますので「並んで買ってきたぜ!」と言えば、有り難みが六倍ぐらいになります。(゜-゜)更に、今日のお昼ご飯は、職場のチームで「ランチ会」でした。(私が外回りに行かない日をわざわざ選んで 今日にしてくれたようです。)そこで、お姉さん二人から男共五人に、なんと!「一年間お疲れ様でした。」と、クリスマスプレゼントが…シャンパンです。(゜-゜)今まで、「職場」と言えば・修羅場・腹の探り合い・足の引っ張り合いのような、どんよりした雰囲気しか味わった事がなかったので、不思議な感じです。(-.-)しかも、一人一人に二人のお姉さんがクリスマスカードにメッセージまで書いて入れてあります。「形だけのプレゼント」ではないというのが、ひしひしと伝わってきます。何だか最近、少しずつ幸せを感じてます。(゜-゜)今夜のデザートは、シャンパンと“並んで買った”バウムクーヘンです。(^。^)
2008年12月25日
急性腎不全で急遽入院して、昨日検査結果がわかり少し元気になったおかんに電話したら、予想以上に元気な声で一安心です。(^.^)検査結果が出る前は、今にも死にそうな声でしたが、結果が良好…とわかった途端にめちゃ元気になってます。(゚-゚)「まだまだ七十歳そこそこで、寝込んではおれんわ。」と言うております。(-_-)「今風に言うと、“あらうんど・せぶんち~ん”やから」… (^_^;)… (-.-;)… (-_-)おかんよ、“てぃ”が発音出来ずに“ち”になるのは百歩譲るとしても、それを言うなら「せぶん“ち~”」や!“ん”まで付けたら…あんた、女子高生か!?(TへT)(TへT)(TへT)…そう言えば、一番下の弟が十歳の頃おかんに歳を聞いてた時にいけしゃあしゃあと「28歳や」と答えてました。一番下の弟が生まれた時、おかんは37歳で、この質問をされた時は既に47歳。この時私は22歳です。(-_-)※一番下の弟と私はちょうど一回り違いです。「じゃあ、18歳の時に僕が生まれたんか~」と、最初は気付かずに信じていた弟ですが、私が「おまえの兄の俺が22歳やで!さあ問題です。…28ひく22は?」…数秒後に、おかんの年齢詐称は発覚しましたが、我が家では、その後数年間おかんは「28歳」でした。(-_-)
2008年12月24日
本日は祝日出勤です。めちゃめちゃ寒くて、「うわ~こんな日は外は嫌やなぁ」と、びびっていたら「かむ太郎さん!」と、声がかかりました。相変わらず、声をかけられると「びくくっ」と反応してしまいます。(-_-)人手が足りないので、本日は事務所で事務仕事をお願いしたい…との事でした。「わかりました。そういう事情でしたら…」と勿体ぶって快諾いたしました。(゚-゚)既にラッキーな一日が確保されました。そこへ、実家の義理の妹から連絡が入り入院中の“おかん”の検査結果を教えてくれました。数値は良好で、順調に快復している…との事です。(^.^)早速退院…と行きたいところですが、今度は、弟の一家がインフルエンザで、寝込んでしまい、こちらが快復するまで、おかんの退院はお預けとなりました。今週中には、皆元気になれそうです。(゚-゚)文字通り「祝日」となり、今日のお昼ご飯は、赤飯のおにぎりにしました。(^。^)v
2008年12月23日
先日、実家の母親が入院しました。「急性腎不全」との事です。土曜日、夜勤明けに見舞いに行ってきました。母親は、昭和10年生まれ、73歳です。私の記憶に在る限りでは、父と結婚して「幸せ」は、おろか「平穏無事」な時期も有りません。 ※文字通り「修羅場」の時期も有りましたし、 言葉や文字にすると、当時の事を思い出し、 当時子供で、直接矢面に立たなかった私でさえ 堰を切ったように泣き出してしまいそうで、 幼少の頃の記憶は、「封印」しています。父は、私が23歳、すぐ下の弟が21歳一番下の弟が11歳の時に他界しました。享年47歳でした。当時は、あまりの悲惨な家庭事情故に、私が「離婚届」を偽造してまで、父を家から追い出す形で別居させました。その後1年以上音信普通でしたが、「虫の知らせ」か・・・「脳卒中」で倒れる1週間前に父から電話が有り、顔を合わせています。葬式の時は、複雑な気持ちで、「母親の為には、父の死は、良かった・・・はず」と自分なりに受け止めていました。一時は、「こいつ(父)が生きていたら、 世のため人のためにならん!」とまで思いつめた事が有るぐらい、我が家は荒んでいました。 ・・・それでも、今となっては、 その父の言葉や姿から多くの事、 しかも、私の生き様を決めるような 本質的な事や、根幹を成す事を学んでいた 自分に気がついているんですが・・・父が死んだ頃は、私と、すぐ下の弟はまだ学生で、それぞれ家を出ていました。一番下の弟と、母が一緒に住んでいました。小学生だった一番下の弟は、その後中学、高校、と年を重ねるにつれ俗に言う「グレた」状態になり、リーゼント、剃り込み、裏地に竜虎の刺繍が入った学ラン・・・と、絵に書いたような感じでした。 (このヤンチャな弟とは、当時も今も 何故か気が合うのです。)私と、すぐ下の弟は学校を中退し、働き始めました。母親も、慣れない仕事をしながらも、何とか生活をしていましたが、時々、「もう死んだほうがましや。」とか、泣くばかりで、言葉にならないという電話がかかってきたり、親父が生きてた頃とは違う心労が有りました。そんな母親も、今では当時グレて、悩みの種だった一番下の弟と同居しています。嫁さんと、3人の孫に囲まれて(私が記憶する限りでは)初めて「平穏無事な」生活をしています。70歳過ぎまで働いていた仕事も昨年ようやく辞めて、幸せな「おばあちゃん」になっています。あちこち「ガタ」が来ている事も否めませんし、元々、それほど丈夫な訳でもないので、「入院」と聞いても、私は、それほどビックリした訳でも無かったのです。見舞いに行くと、はっきりわかるほどやつれていました。母親と話をする中で、 「いろいろ有ったけど、 今は、幸せやから満足やわ。」とか、 「最後の方で、夢みたいな暮らしができて 私の人生も捨てたもんじゃなかった。」とか言うので、私は以下のような“叱責”をしてきました。 「あほぉ! 今は確かに、“平穏無事”かもしれんが、 今の生活は、“当たり前”の事や! あんたは、ず~っと、えらい目にばかり遭って 親父にも泣かされっぱなしやったやんか。 そりゃぁ、あの頃に比べれば、今は 幸せの絶頂かもしれん。 でも、あくまで“あの頃に比べれば”の話や。 今は、ただの当たり前で、俺に言わせれば “幸せ”なんていうのには全然足りん! むしろ、あんたの人生、トータルしたら、 あの頃のマイナスが有る分、 めちゃめちゃ「不幸」なんやで! その分、取り返してはじめて “トータルで、プラマイゼロ”や! その上更に、もう一発何かええ事でも無けりゃ あんたの人生“負け”のまんまや! 俺が20代の頃までは、多分あんたの子供3人の中で 俺が、一番“ええ子”やったやろ・・・ で、一番下が“どうしようもない奴”やったはずや。 でもな、今は、 そのどうしようもなかったあいつと暮らして あんたが求めてた平穏無事な家庭が有る。 あいつは本当に親孝行な奴だと思う。 それに引き換え 傍から見れば、 下二人の弟は、マイホームも、子供も 人並みに手にして「親孝行」や。 結局、一番上の俺は あんたに何にもしてやってない。 たかだか3人だけの兄弟やけど、 俺は俺で、一番悔しい思いをしてるんやで。 今までも、何とか“ええかっこ”したいと思って いろいろやってきたけど、 結局、何も身にならんかった。 今の俺は、一番憎み嫌っていた 親父以下かもしれへん。 暴力振るったり・・・は流石にせぇへんけどな。 だからな・・・ あんたの、最後の「もう一発何かええ事」は、 俺がやってやらんと、格好がつかへん。 だから、前にも言ったけど、 あんたが死ぬ時は、 俺が主治医として看取ってやるから、 それまでは、“もう満足”とか “十分幸せ”とか、ぬかすなよ。 おばあ(祖母)は87歳まで生きたんやから あんたは、88歳までは生きろ。 あと15年や! これからが、ほんまの「幸せな余生」やで! それまでは、気の弱いことを口走るのは まかりならん!」・・・途中から、おかんは泣き出してしまい、話を終える頃来た、事情を知らない看護婦さんに「見舞いに来て、病人を泣かせるような事を してたんじゃ駄目でしょう。」と、叱られたのは言うまでも有りません。以前、「あんたが、医者になるまで待ってたら 100歳まで生きなアカンやんか。」と、言ってたおかんですが、今回「88歳」と聞いて「それなら何とか・・・」と少々ほっとしたようです。上方修正、という事にしておきましょうか。物心ついた頃から私が苦境に立つ度、 「ケツまくるのはいつでも出来る。 アカン!と思った時から、ホンマにアカンようになる」 (おかんは、大阪人です。 「ケツまくる」⇒「投げ出す」「逃げる」「あきらめる」 ・・・という意味ですかね?)と、常々言ってたおかんですから、私の真意も、理解してくれていると思います。 憎かりし頃の親父の話は・・・ ⇒「我が父を、ちょっぴり語る」 ⇒「さっきの続き・・・我が父をちょっぴり語る」 ⇒「ちゃぶ台返し」 ⇒「25年・・・四半世紀 今日は命日です。」 ⇒「ついでに思い出したこと・・・」我がおかんの話は・・・ ⇒「10月の憂鬱」幼少時代の苦い記憶の一部は ⇒「巨人の星」は、最終回を最近初めて見た! スクロール
2008年12月23日
ビデオ録画しておいた「M-1」を見てました。個人的には、「U字工事」と「ザ・パンチ」を応援してましたが、決勝まで進めませんでした。「U字工事」の“栃木県ネタ”が好きです。栃木県のイメージは、 地味 位置がよくわからない。 印象が薄い 海がないなど、我が岐阜県と似通った感じがします。 「ごめんねごめんね~」も気に入ってます。「ザ・パンチ」は、 お願いだから、裸で天ぷら揚げて~ 油が飛んで、あちちっ!ってなって~という独特のフレーズが気に入ってます。と、今年の「M-1」を見終わったところで、 ぱんぱかぱ~~ん ♪ ♪ ♪ ↑↑↑理解できるのか?このフレーズ・・・ 70000 2008-12-22 01:42:47 iモード さん 祝 祝 祝 祝 祝 祝 祝 70000アクセス ありがとうございます。
2008年12月22日
「鈍行」とか、「各駅停車」とかゆっくり走るイメージの電車が好きです。(゚-゚)本日は、日曜出勤です。早めに出てゆっくり行きます。平日でも、「通勤快速」に紛れてこっそりと出発する「各駅停車」の名古屋行きは、岐阜が始発駅になっている為か、通勤時間帯でも、まるでローカル線のようにゆったりと座れます。(^.^)昼からの出勤日や、土日は尚更空いています。二十代の頃から、ローカル線や、夜行列車であてもなくどこかへ行くのが好きでした。今でも、空席ばかりの電車に乗ると、ふらりと、見知らぬ土地まで行ってしまいたくなる…そんな衝動にかられる事が、時々有ります。スーツを纏う自分の姿が、辛うじて、その衝動を押さえ付けます。不思議な事に、満員電車では、そういう衝動は起きないのです。決して、今の生活が嫌だとか、仕事に行きたくない、とかそういう気持ちで「どこかに行きたい」という訳では無いのですが、日常生活の中に、ちょっとした「冒険」を求めているのかも知れません。(嫁様に言わせると、「あんたの人生そのものが冒険なんやから、これ以上変な事は考えんといてね。」)二十代の頃は、時間が有ると、なけなしのお金を握って寝袋かついで夜行列車に乗ってどこかへ行ってました。あの時は、何を求めてたんでしょうか?それとも何かから逃げ出したかったのか?電車の窓から景色を見ていると、…こんな所にも人がすんでる次の駅はどんな感じの所だろうか…いろんな事を思います。気まぐれで、無人駅に降りてみたりしますが、…やはり何もない普通の町です。次の電車まで数時間…今では、羨ましいくらいに湯水の如く時間を消費してました。変わった名前の駅で途中下車してみても町は特に変わってる訳でもありません。夜の帳と街の灯り…町から町へ…どこも、同じように日常が繰り返されています。時間とお金が尽きると、また毎日の生活が始まります。各駅停車の電車には、今でも、ふと心を騒がせる不思議な空気が満ちています。こんなに空席が有るのに、いつも自分が座っている場所に誰かが座ったりすると、「そこは、俺の席やん…(T_T)」という、小市民的感情で「各駅停車が好きです」とか「冒険心」などは吹き飛んでしまいます。(-_-)
2008年12月21日
12月17日投稿の、「別冊「ゴルゴ13」162巻」の中で、肝心な「印象に残っているセリフ」がうろ覚えのままでしたので 、正解を記載します。 普通の世界なら 未熟は恥じることでは無い・・・ だが、俺たちの世界では、 未熟なものに、“いつか”は、 決して訪れない・・・これは、「三人の狙撃手(スナイパー)」というタイトルの話で、ゴルゴ13と同じような立場で、狙撃を敢行するスナイパーが、「あまりにも慎重すぎる(と思った)」ゴルゴ13を嘲笑気味に見ていたが、結局、その慎重さが成否を分け、件のスナイパーは命を落とします。死ぬ間際に、「俺も、もう少し頑張ってたら “いつかは”あんたみたいになれたかなぁ・・・」 ↑あ、しまった!今度は、このセリフがうろ覚え(+o+)という言葉に対してゴルゴ13が、答えたものです。うんうん・・・なかなか含蓄が有るぜ。
2008年12月20日
「免状」様 ↑↑↑「東邦大学:医学部」と、「藤田保健衛生大学:医学部」の入試過去問と、入学願書が「送料込み:無料」というのをみつけて請求したら、昨日「不在でしたので持ち帰りました。」という郵便局(今は、「日本郵便」・・・か?)の不在票が入ってました。よく見ると、この2つ以外にもうひとつ「不在票」が・・・「厚生労働省」からです。・・・どうせ、年金かなんかの書類だろう。と思いながら本日受け取りに行くと、おお!10月に受験して、ぎりぎり合格した「建築物環境衛生管理技術者」 ↑いまだに、正式名称うろ覚え(-.-;)の免状でした。そういえば、厚生労働省の管轄だったっけ・・・この試験の受験は、6年前の平成14年に、とある事業展開をもくろんでいる時、認可を受けるのに、この資格が必要だった事に端を発します。ほとんど「ド素人」の私にぎりぎり「受験資格」をクリアしている、という理由だけで「取得せよ!」の至上命令が下ったのです。願書を出してから、猛勉強を始め・・・と言いたいところですが、当時も、毎日メチャメチャ忙しく休みもほとんど無く、睡眠時間が4時間という毎日でした。結果は、当然の如く「不合格」でした。翌年、件の事業計画は、頓挫し、この資格はその時点で、最早「不要」となりました。それでも、「不合格」のまま終わってしまうのは悔しいので、翌年も受験しました。・・・と言っても、生活自体は何も変わっていないし、前回と違い「必要性が無くなった」という気の緩みも手伝って1回目よりも低い点数で、またもや「不合格」その後、1回だけ受験しなかった年を除いて14年、15年、16年、17年、19年、今年・・・となんと6回目の受験だったのです。嫁様には、「“受験票”コレクター」と呼ばれ、知人からは、「受験料で、車が買えるで」と言われても受験し続けて、ようやく今年合格した次第です。 ※実際、私の今の車は、13万円ですので、6回分の受験料や、 受験当日の交通費や、参考書などの金額とほぼ同額になります。途中、NPO絡みの事業計画も持ち上がり、そこでも、この資格が必要との事でした。「そう言えば、かむ太郎がこの資格持ってたやろ?」と打診された時も、「今の所、“受験資格”だけ持ってます。」という悔しすぎる時期もありました。晴れて、合格した今となってはこの資格を生かす場が有りませんが、「Give Up しなけりゃ“負け”は無い!」という信念を貫けた事で、私にとっては「 勲章 」だと思っています。医学部の受験の難易度は、この試験とは比べ物にならないぐらいですが、「勝つまで、負けない」(???)・・・つもりです。※願書を取り寄せた「東邦大学」も「藤田保健衛生大学」も実際は、受験はしません。国公立大学でさえ、授業料捻出が大変なのに、私大の医学部は、入学金も払えません。さて、センター試験まで残り28日となりました。勝つまでやるぜ~懲りずに色々と事業展開を画策している 私を取り巻くVIPの記事は ⇒こちら「やってもうた」私の車が13万円の理由は ⇒こちら「いざ・・・いよいよ学生らしくなってきました。」の下の方。その13万円の車の正体は ⇒こちら「マドンナ到着」
2008年12月19日
昨日、コンビニ前で猫に昼ご飯を分けて少々腹ぺこ気味で外回りをしました。一昨日、あろうことか(?)三件も成果があり「さすがに二日連続は、難しいわな」 と、自然体で回ったところなんと!また二件成果有り!気分の良いところで、今日・明日は、大好きな「休日」です。(^.^)天気も良くて、身も心もぽかぽかです。懐は、少々寒いですが、慣れっこですのでの~ ぷろぶれむ (゚-゚) です。
2008年12月19日
コンビニ前で、お昼ご飯を食べてたら、あまりにしつこく催促するので、「苺蒸しパン」と「黒糖蒸しパン」をちょこっとずつ分けてやりました。それだけでは足りないようで、流星号のタイヤをカリカリし始めました。(T_T)
2008年12月18日
傍から見ると、さほど体力を使うわけでも無く、拘束時間も普通で、パソコン とにらめっこしてる訳でも無く、ってやりたい上司がいるわけでも無く、な部下に泣かされる訳でも無く、結構お気楽に見える仕事でも、本人はそれなりにストレスや疲労感を抱いているものです。ご多分に漏れず、私もそれなりに疲れて帰宅する事が時々有ります。(-_-)※上記の内一つでも「私は違う!」という人や、一つどころか体力ばんばんに使い、拘束時間も長く、しかもパソコン 使用も結構有って、お馬鹿な上司と無能な部下と足を引っ張る同僚に囲まれ、それでも頑張っている人は尚の事ストレス・肉体的疲労・精神的疲労で疲れきっている事でしょう。(-_-)私は、疲れが溜まった時や、不快な事が有って心が晴れない日など一日の仕事を終えて帰宅する時に最近心掛けている事が有ります。バスを降りて、あと百メートルで我が家…というぐらいの地点で、ちょっと立ち止まって意識的に肩の力を抜き、唇の形だけでも「にっこり」にしてそのまま帰宅します。始めは、ぎこちない感じでしたが、以前なら良い事が有っても悪い事が有っても同じような「仏頂面」だったのがややまろやかな表情で居られるようになりました。意識的に形だけでも笑顔を作ると、脳は、「おっ、何か知らんがええ事が有ったみたいや」と錯覚して全神経に「ええ事有ったみたいやでぇ~(^.^)」と伝え、更に「よ~わからんけど、ええ気分やからこのまま、ええ感じを維持してや~ (゚-゚)」と司令を出します。血液の流れから、ホルモン分泌果ては、思考回路から判断力に至るまで体中「ええ気分」に向かってまっしぐらです。(゚-゚)実際、臨床実験でも「笑顔」や「プラスイメージ」の効能が報告されていますし、自分の脳が「常に疲れて、やる気無し」か、「常にうきうき、やる気満々」とでは、全然違うだろう事は想像がつきます。「前向き思考」や「プラスイメージ」が大切なのは重々理解していますが、どうしても長年培った「否定的」「後ろ向き」な心が自然に湧いて来てしまいます。内側からのコントロールがままならないなら、「形から入る」のも一計です。かくして、私も少しずつ脳を育てています。最近、「ラッキー」が続いているのも偶然ばかりではないと感じています。そもそも、例え偶然にせよ、今までの私なら、ラッキーが続く事など有り得ない事でしたから…形から入った「気分が良い」状態でしたが、少しずつ「本当に気分が良い」日が現れるようになってきました。(゚-゚)先日、調子に乗って帰宅途中で薔薇の花を買って帰ったら、「“自称”勘が鋭い」嫁様は、「最近の不自然な笑顔といい、薔薇の花といいとても嬉しい…けど、・・・あんた、まさか浮気とかしてへんやろね~」普段から行いの悪い人は、はしゃぎすぎに気をつけましょう。(T_T)…その後「あほ~俺は脳が前向きでプラスイメージがホルモンで思考回路が司令なんじゃ~」とムキになって訳のわからん事を力説し、疑惑を深めたのは言うまでもありません。(-_-)それでも、仏頂面ばかり見ているよりは、不自然でも笑顔を見せてる方が、嬉しいようです。(゚-゚)晩御飯のおかずが一品増えてささやかな幸せを満喫するかむ太郎です。(^.^)
2008年12月18日
「帳尻合わせ」と覚悟していた雨は、予報より遅く降り出しました。ところが、その頃私はかなり遅目の休憩を取りしばし屋内に居て、雨が止んだ頃にようやく外に出て始めて「あ、降ったんや…」と気付いた次第です。 v(゚-゚)短時間ですが、かなり降ったような形跡です。本日は、事務所内でひと仕事してからいつもよりかなり遅い流星号での出動でした。にもかかわらず、雨が降る前までに、自身最高記録の三件もの成果が有りました。気分良く帰りの電車内で「数学1A:数と式/二次関数」を学んでおります。(^.^)※このジャンルは、センター試験あたりでは「確実に得点する」ところですが、二次試験になると、めちゃめちゃ難問に化ける…そんな要素を含む奥の深い分野です。(*_*)謙虚な気持ちで学んでおります。(゚-゚)
2008年12月17日
正式名称は「別冊ビッグコミック ゴルゴ13シリーズ」巻を重ねて、162巻の発売です。毎年、3月、6月、9月、12月の「13日」に発売されます。初めてこの別冊を買ったのはたしか「63巻」だったと思います。年間確実に4冊ずつ発行されるのであれから100冊…つまり25年経ちました。三ヶ月に一度、欠かさず買ってます。春夏秋冬…季節毎に発行するので「ああ、もう三ヶ月経ったか…」と感じると共に「次のゴルゴ13が出る頃には…」と、その時々の課題を三ヶ月単位で立案・検証する「人生の一里塚」のような存在です。この25年間の作品には非日常的なストーリーの中にもいろいろと、生きる上で参考になる要素がたくさん有りました。 (生き様や、ポリシーなど人生の指標の ほとんどを、漫画から吸収してます。)中でも一番印象に残っているのは「常にぎりぎりの所で生きている俺達に、“いつか…”という日は無い!」という言葉です。※一番印象に残っているのに、正確には覚えていない…(-_-)オリジナル版コミックスの方は数年前に・・・そして、「別冊」もいよいよ「こち亀」に抜かれてしまいますが、ゴルゴ13は漫画史の金字塔です。…おかげで私は、マクドナルドや、ファミレスに行った時でも、いつ「敵」が現れてもわかるように入口を見渡せる場所にしか座りません。背後に人が立つ事も嫌います。「“敵”って何よ~!?」と聞く嫁様にも、固く口を閉じて秘密を語らない私です。(-.-)それにしても、満員電車に乗っている時、つくづく「俺様がゴルゴ13でなくて 本当によかったなぁ~(-_-)」と感じてます。ゴルゴ13が満員の通勤電車に乗った日にゃ…大惨事間違いなし!です。良い子は、デューク東郷と待ち合わせる時、間違っても通勤時の電車を指定してはいけません。
2008年12月17日
本日は、昼から出勤です。流星号出勤の日です。…が、天気予報はです。まあ、ここのところ自分の粗相をラッキーでカバーするという事が有りましたので一日ぐらい雨に濡れて「ラッキーの帳尻合わせ」をしておくのも良いでしょう。(^.^)粗相のお詫びに持っていった「横浜フランセのミルフィユ」が、思ったより好評で、大惨事の中、実際に被害を被らなかった人は、「これを差し入れしてくれるんなら毎回かむ太郎さん酔い潰れても良いねぇ」という爆弾発言までする程です。(一回痛い目に合わせたろか…) (-.-;)(-.-;)(-.-;)
2008年12月17日
この時間に、二次会を抜けて最終バスに向けて名古屋駅発の電車に乗りました。今夜の忘年会は、初顔合わせのメンバーばかりで、しかも一番気合いを入れるべき人達ですが、何とか、無事にお付き合いをしてきました。それなりに皆さん強いので加減して飲んでも、へろへろです。大惨事と、意識ぶっ飛び…だけは避けて来ました。
2008年12月16日
今朝出勤して、早速一人ずつにお詫びを行って回りました。(-.-;)幸い、ほとんどの人が「笑い話」で済ませてくれたようですが、「今夜は、控え目にしましょう。」「“若い頃は”僕も迷惑かけてましたから…」「………」の三人が明らかに被害を被ったようです。更に、携帯を預かってくれていたお姉さんは、励ましをくれたのですが、服をクリーニングに出したらしい…と、他の人から聞きました。(-.-;)本人は、「むこう一年ぐらい、お酒の席の話の種にさせてもらうから気にしないで…」と笑っています。他には、「僕も去年やっちゃってるんですよ!」と二人からカミングアウトされ、「親近感がわきました。」と、うぇるかむ状態です。直接被害を受けた四人(今の所は…)には少しずつでも誠意をみせていかねば…!午後には、手配した「高級お菓子」が、皆様の机に配られますので、それで何とか、手打ち!となれば良いのですが…そんな傷心の私に「かむ太郎さん、今週いつ飲みに行きますか?」という、お誘いが有ったのには驚きました。どうやら酔った時に約束したらしいのですが、有り難さ爆発です。(T_T)
2008年12月16日
↑↑↑(左)17年連続「モンドセレクション」受賞の「ミルフィユ」 (右)新宿中村屋の「こがねはずみ」 知っていそうで、あんまり知らない「モンド・セレクション」の説明は⇒こちら 受賞製品の一覧は⇒こちらいよいよ明日(今日?)は3連休を経て、大惨事後の初出勤です。夜、イオンへ行って「高級お菓子」を買ってきました。40人分のお菓子ですが、中には甘いもんが嫌いな人もいるでしょうから、「横浜フランセのミルフィユ」と「新宿中村屋のおかき」っていうやつを買いました。しめて、7350円の出費です。明日は、ちょこっと早めに出勤します。どうか、無事1日過ごせますように・・・あ、明日の夜も忘年会やったっけ・・・無事に帰宅できますように・・・
2008年12月15日
土曜・日曜・月曜・・・と3連休です。その合間の土曜夜と日曜夜にガソリンスタンド夜勤です。大惨事明けの昨日から、1日経って新たに、愛用の腕時計にまで被害が及んでいる事が判明しました。この時計は、ここ数年のいろんな「資格試験」や「講習」を始め普段仕事でも使っています。愛着があるので、手放せません。本体は、軽く洗ったら、大丈夫そうでしたのでベルトだけ交換しようかと思いましたが、大惨事の「ワイン染め」の「色」も「臭い」も 落ちないという受験生にとっては、この上ない縁起物です。v(^.^)従って、多少の不具合は甘受しながらこれからも使っていこうと思います。この時計を見ながら二度と「大惨事」を起こさないよう自分を律するアイテムとします。 ※普段は、何事においても 「“後悔先に立たず!”やから、 言動は常に慎重に!かつ自重しながら・・・」 と、言い聞かせているのですが、 結果は得てして 「後悔、後を絶たず・・・」さて、3連休明けには、出社とともに皆様の「ご機嫌伺い」をせねばなりません。果たして「笑顔」か「沈黙=無視」か?腹をくくって1日過ごさねばなりません。流星号での出動も有りませんので、1日事務所内にいます。また、よりによってこの日は「多忙日」なのです。しかも、定時後には「第二回忘年会」が控えています。普段、ただでさえ多忙日は殺気立っているのに、定時までにすべてを片付けねばならん・・・となるとどんな緊迫した空気なのか想像がつきません。仕事中は、とにかく邪魔をしないように、目立たないように粛々と仕事をし、忘年会に備えたいと思います。そして、「この忘年会で汚名返上!」とか変な事は考えずに、今度こそ静かに飲もうと思います。
2008年12月14日
「今夜は自重しながら飲むつもりです。(-_-)」・・・と、書いたにもかかわらず、やっちまいました。最も「してはいけない」・・・ゲロゲロです。長い人生、今までも飲みすぎて吐いた事は何回か有りますが、トイレや、外でしか吐いた事は有りませんでした。 今回は、・・・気が付いたら、知らない所で寝てました。やけに広い部屋です。 「綺麗なお姉さんが介抱してくれて そのまま“私の部屋で泊まっていきなさい” とか何とかなっちゃってるのか?」などという妄想を抱く間もなく、あちらこちらから地響きのようなイビキが・・・そうです。サウナの仮眠室です。時計を見ると朝の7時半。まずは、状況整理・・・と思った瞬間、とてつもなく不快な臭いが・・・見ると、私のズボンやシャツから異臭がしています。メガネをかけて、とりあえずロッカールームに行きました。私のロッカーを開けると、ここでは、更なる異臭が・・・思わずロッカーを閉めて深呼吸をし、もう一度開けて中を確かめると ◎袖のところが「パープルピンク」に染まったYシャツ ◎グレーのセーターにも、「パープルピンク」の染色 ◎よく見ると履いたまま寝たズボンも、 ◎下着のTシャツも、プリンスや、藤あや子もビックリまるで、「むらさきの雨(パープルレイン)」に打たれたかのような、とんでもないことになってます。まずは、ガウンに着替えて、ひと風呂浴びます。分析すると大量のビールと、何故か“ぬるい”サイダー更に、数人から「るねっさ~んす」とワインを勧められるままにガンガン飲んでました。 以下空白そして、ゲロまみれでサウナにいる私・・・どう考えても、良い状況ではありません。私のパープル現象は、表面だけに留まらず何と、愛用の「発熱下着」にまで及んでいます。これは、どうやら座敷に座った状態で ゲロゲロ・・・となったようです。セーターが一番被害が大きく、続いてズボン、Yシャツ、下着のTシャツ靴下、発熱下着・・・かろうじて無事なのは、パンツとスーツの上着(上着は脱いでいたと思われる・・・)こうなると、被害は私の体だけでは済んでない筈です。 隣に誰が座っていたのか・・・ 店の座敷はどうなったのか・・・ 誰がサウナまで連れてきてくれたのか・・・ サウナまでの道中は、第二次被害を出していないか・・・考えると、恐ろしくなってきました。意を決して誰かに聞こうと思い携帯を探しましたが・・・ 無い! 何年かぶりに、「公衆電話」から自分の携帯にかけてみましたが、「電源が入っていないか・・・」のアナウンス。手帳を見て、数少ない携帯番号メモを見て携帯番号が判明した3人に電話をかけてみました。 1人目・・・・・・出ません。 2人目・・・・・・電源が入っていません。 3人目・・・・・・公衆電話からは、「拒否」になってるみたいです。とりあえず、嫁様に 「生きてまっせ」の電話だけはしました。途方に暮れながらも、まだふらふらするので、2時間ばかり寝ました。再び電話をかけてみると、 「生きてましたかぁ?」昨夜の状況に対しては、 「ま、済んだ事ですから・・・」という最悪な返答でした。私の携帯電話は、別の方が「失くすといけない」と預かってくれたまま持って帰ってしまった。との事でした。預かってくれてる人の携帯番号を聞いて電話をかけてみると 「無事で良かったです。」後は何を聞いても、うやむやな返事です。私は、土・日・月 と3連休ですので、火曜日の朝まで携帯電話無し!の生活です。とりあえず、携帯の在り処は判明しましたのでもう一度ゆっくりと風呂に入って帰り支度を始めましたが、冷静になればなるほどロッカー内の異臭が気になります。見ると、コイン洗濯機があったので、思い切って洗濯をし、乾燥機にかけてみました。それでも、「ワイン染め」は完全には落ちません。時間も無く半乾きでしたが、諦めて帰り支度をはじめました。そんなこんなで、昼過ぎにサウナを出た私は白日の下に晒されて更に輝きを増した「ワイン染め」のズボンをカバンで隠しながら地下鉄⇒JR⇒バスを乗り継いでようやく帰宅したのは午後3時近くです。帰宅したら嫁様からお説教です。お説教しながらも、慣れた手つきで「ゲロまみれ」の服を仕分けしています。 ※嫁様は、保育園で、「未満児」という3歳未満(だったか?) の子供を担当してますので「毎日ゲロとウンチまみれ」 だそうです。ですから、汚れ物はへっちゃらです。 今日はじめて、「嫁が保育士でよかったなぁ」 と思いました。 「ウンチは、漏らしてへんやろね!」 「それはこっち・・・もうそれは、アカン捨てる」てきぱき指示しながらも、 「酒の席での失敗は許されへんやろ!」 「ええ年こいたおっさんが、何してんねぇ! 初めて飲み会に行った学生じゃないんやから」などなど機関銃のように「ボケ・カス」呼ばわりです。火曜日には、会社のみなさんに「3時の高級おやつ」を持っていくように指示されました。 お説教をされ、お風呂の湯が入るまで、 洗濯機の前で、裸にされ、ず~っと正座のまま 「ごめんなさい」「もうしません」 を繰り返したのは言うまでも有りません。今回失ったもの (1)サウナやら、洗濯やらの余分なお金 (2)貴重な休日ほぼ丸一日という時間 (3)スーツ1着、Yシャツ1枚、Tシャツ1枚、靴下1足 (4)嫁様への威厳・・・・・・そして、 折角、少~しだけ出来つつあった (5)「会社での信頼」が、ガラガラと音を立てて崩れました。周りにいた人の服などを汚していたら更に失うものが増えます。私の状況から察するに、周りの人も少なからぬ被害が有るものと思われます。全ては火曜日に判明します。どうか机が残ってますように・・・・・・・・・こんな大惨事の中でも、 「おお~サウナで1回、家で念入りにもう1回 これだけ洗濯しても“落ちない”なんて 受験生としては縁起がええやんけ~」と呟く私に、嫁様は 「あほ~!」と言いながら、もう一度最初からお説教を繰り返したのは言うまでもありません。大惨事から24時間ぐらい経った今でも気分がすぐれないまま夜勤に来てます。 ↓↓↓「クール・ポコ」を知らん人は読み飛ばして下さい。 カッコつけようとして、 勧められるままワイン飲んで ゲロ吐いた男がいるんですよ~ なぁにぃ~!!! やっちまったなぁ! 男は黙って 今度から寝たフリ 今度から寝たフリ
2008年12月13日
本日は、暖かな陽射しと、稀に見る歩行距離の多さで汗をかきながら外を回っています。そこそこ移動距離が有る所では、面倒でもヘルメットを被りちょこっと流星号を走らせ降りたら又ヘルメットを脱ぐ…の繰り返しですが、本日は、ヘルメットを着脱してるより流星号を引いて歩いた方が手っ取り早い…そんな距離ばかりで、運動にはなるわ燃料は節約出来るわで、良い事づくめです。(^。^)でも、成果はあがってません。(-.-;)一息付く場所を探してたら、おおっ!でかい公園の片隅に、こんな素敵な所が…ゆっくりしたら、汗がひいて木枯らしと世間の風の冷たさが一際身に染みます。(T_T)
2008年12月12日
今夜は職場の“第一回”忘年会です。十月から四回…職場の人と飲む機会が有りましたが、慣れるにつれ、次第に饒舌になっている自分に気が付きます。人と接する時、調子にのると「言わなけりゃよかった一言」を発してしまう事が有ります。人間関係に少し慣れてきた頃に自分と相手の「親しみ具合」にギャップが有る時が一番危険です。こちらは、結構打ち解けているつもりでも相手は、まだバリヤーの中…だったりすると、ちょっとした冗談でも不快感を与えかねません。今夜は自重しながら飲むつもりです。(-_-)
2008年12月12日
名古屋・栄のイルミネーションです。「オアシス21」(地下2階)から地上のテレビ塔が見えます。左奥の木は、恐竜を模して剪定されてます。名古屋でも指折りの「地価」の高い所です。必然的に、東海地方…ひいては中部地方でも指折りの場所ということです。全国でも上位にランクされてるかと…加えて、名古屋は、全国でも「かろうじて景気維持してる地域」でした。…でした、というのも昨今のニュースなどでご承知の通り東海地方を支えていた自動車産業もいよいよ危うい感じで、この先どうなるのか?外を回っていると予断を許さない状況がひしひしと伝わって来ます。(-_-)せめて「高価な場所」の綺麗なイルミネーションに一時の安らぎを求めたくなります。(゚-゚)ただ…「高価な場所」「恐竜」と言うのが、妙に暗示的に感じるのは私だけでしょうか…?(-.-;)
2008年12月11日
変則出勤と、その合間合間の夜勤とで、疲れが溜まっているせいか朝から体が重く感じるかむ太郎です。とは言え疲れを感じるのは、今の仕事に慣れてきて緊張が解けてきた証拠だと思い、短期間で転々と仕事を変わっていた頃よりもむしろ安定してきた証…と喜んでいます。(^。^)人生において「壁にぶつかる」のはこういう時期ではないか?とも感じます。勉強しかり習い事やスポーツしかり仕事も、しかり…何事も、とっかかりは「基礎」から言い換えれば、「比較的簡単な事」から始めます。最初は、緊張や不慣れで大変かも知れませんが、「基礎」ですから、緊張がほぐれ、少し慣れれば、たやすく習得できます。ここで、一息ついて「疲れた~」とか「やってみれば、ちょろいもんや!」と気を抜くと、“ここからが本番!”という次の段階で『壁』にぶち当たります。ここで、己の非力を歎いたり、諦めたりしては、一巻の終わりです。一息ついたら、それまでの「基礎」を噛み締めて、冷静に対処すれば、『壁』だと思った物は、実は「ちょっと段差の大きな階段」だという事がわかります。最初は、何もわからない素人が「素人でも出来る基礎」を習得し、その上で本格的に積み上げていこうというのですから、最初の一段はとてつもなく大きく見えるかもしれません。…ず~っと平地を歩いて来て、歩く事に慣れて、緊張も解けて多少疲れを感じて来た頃にいきなり階段が出現する訳です。壁の如く感じても仕方ありませんが、冷静に判断して、一段ずつ登らないと永遠にその場で立ち往生するか、その道を諦めるか…正念場です。最初は、なめて聞いてた「英会話教材」が、いつの間にか難易度が上がっている事に最近気が付いたかむ太郎です。
2008年12月11日
12月2日の投稿 「66666」に那由多さんが「六然」のコメントをくれました。 那由多さんのページはこちら⇒「お寺が好き!」 勝手に紹介したけど、よかったのか?見てみると実に深い内容ですので我流解釈で紹介したいと思います。 (1)自処超然(ちょうぜん) (2)人処藹然(あいぜん) (3)有事斬然(ざんぜん) (4)無事澄然(ちょうぜん) (5)得意澹然(たんぜん) (6)失意泰然(たいぜん)(1)自分の事に対処する時は、自分自身を俯瞰して見る如く 物事や私利私欲に囚われず、客観的に見つめる。(2)自分以外の人の事に対処する時は、 藹然(※「藹」は和気藹々の「藹」)と接する。(3)いざ!事が起きた時は過去の因習や固定観念に囚われず 即断即決する如き心構えで乗り切る。(4)(3)で、事が収まり、平穏無事になったらなったで 澄んだ心で過ごす。(5)得意絶頂の時こそ、浮き足立つ事無く驕り昂ぶる事無く 淡々とした心で過ごす。(「澹」は「淡」と同意語)(6)(5)とは逆に、失意のどん底や、苦しい時こそ 泰然自若、取り乱す事無く笑顔を作る。 (1)の「物事に囚われず我が身を客観的に・・・」という見方は、普段から私自身も心がけるようにしています。(5)は、日本にも「勝って兜の緒を締めよ」など納得できる言葉です。(6)も、経験的に理解できる言葉です。中国の明の時代の「崔後渠(さいこうきょ)」という人の言葉ですが、「六然」は、かの勝海舟の座右の銘だったそうです。
2008年12月10日
天気予報通り…雨が降り出しました。本日は、「週に一度の多忙日」です。(多忙日は、月・週によって曜日が違います。)ようやく「多忙日」でも、おろおろする事なく少しは仕事(らしい事?)ができるようになり、先程、ようやく午前中の仕事が終わりました。午後も事務所内で事務仕事です。雨は、これから明日にかけて降るようですが、明日、私は「お休み(゚-゚)」です。少しずつ感じ取って来た「小さな幸せ」が、雪だるまの如く膨れつつ天気をも巻き込み出したような感じです。
2008年12月09日
10月9日に初陣を飾って以来本日、実出動25日目にして流星号が「1000km」走破しました。メモリアル地点は、夕方のラッシュ時の国道19号の橋の上でしたので、やむなく橋を渡ってから記念撮影です。街路灯の下まで持って来たので結局100メートル程オーバーです。しかし、その地点は…なんと!二ヶ月前の、「流星号100km走破地点」の道路を挟んだ反対側でした。なんだか、すげ~ぜ!(゜-゜)
2008年12月08日
以前、「男前豆腐」との合作で「男前チョコ」を出したチロルが、今度は「チロルチョコパン」を出しました!(^。^)「栗ぜんざい」「きなこもち」「生クリーム入りMilk」です。う~ん…(^.^)どれも旨い!三つで370円約800キロカロリ- (-.-;)
2008年12月08日
土曜日の晩、 「K-1 WORLD GPシリーズ」を見ました。今回で、もう16回・・・16年にもなります。初めて見たのは第2回(1994年:平成6年)です。ビデオテープで見たような記憶が有ります。「20世紀最強の暴君:ピーター・アーツ」と「佐竹雅昭」が決勝戦で戦いました。当時のピーター・アーツは、まさに「最強」で「俺様もこいつには勝てそうにないなぁ。」と、感じたモンです。 (私は、格闘技をやってるわけでもなんでもないので、 常に「こいつには勝てそうにないなぁ。」 と、呟いています。)翌年(1995年:平成7年)、彗星の如く現れ、後に「K-1の番長」「無冠の帝王」の異名を冠するジェロム・レ・バンナが怒涛の強さを見せつけ決勝でピーター・アーツと戦います。この年は、「アーネスト・ホースト」と「マイク・ベルナルド」が、この二人に準決勝で負けたほどですので、如何に凄かったか・・・想像できる事でしょう。 ※因みに、この翌年“あの”アンディ・フグが優勝。あれから、13年・・・ピーター・アーツも、ジェロム・レ・バンナも当然のように全盛期を過ぎています。ところが、今年もこの二人は決勝トーナメントに名を連ねてきました。ピーター・アーツは、38歳ジェロム・レ・バンナは、35歳です。アーツも、バンナも初戦で敗れベスト4に上がる事が出来ませんでした。二人とも、相当なダメージを被りました。二人とも既に体はボロボロだと思います。それでも、常に闘志を剥き出しにして全盛期ををも髣髴とさせる闘いの姿勢は見習うべきものがたくさん有ります。引き際の華麗な人もいれば、ボロボロになるまで引退しない人もいます。それぞれに、「美学」が有ると思いますが、ボロボロになるまで続ける人にどうしても、より多くの拍手を送ります。バンナには、どうしても1回優勝して欲しいのですが、当然、他の選手だって必死ですので、そう簡単にはいきません。それでも、前に進むバンナの姿が大好きです。また来年も、決勝トーナメントで彼の勇姿を見たいものです。今回優勝した「レミー・ボンヤスキー」が初戦でバンナの左腕を破壊した時は、「バンナ~!俺の左手を貸してやりてぇぜ~!」と叫んでいた かむ太郎です。(骨折したバンナの腕の方が はるかに破壊力が有るのは言うまでも有りません。)・・・それにしても、16回の大会の内第1回の「ブランコ・シカティック(クロアチア)」第4回の「アンディ・フグ(スイス)」第9回の「マーク・ハント(ニュージーランド)」を除いて、「ピーター・アーツ」・・・3回優勝「アーネスト・ホースト」・・・4回優勝「レミー・ボンヤスキー」・・・3回優勝「セーム・シュルト」・・・3回優勝この4人は、すべて「オランダ国籍」です。 (ホースト、ボンヤスキーは、「スリナム」出身)オランダ・・・って、チューリップと風車のイメージでしたが、強烈な格闘家を輩出してるんですねぇ。歴代の「ベスト4」をはじめ、K-1の“イロハ”はこちら⇒「K-1のイロハ」
2008年12月08日
本日の夕焼け↑(本当はもっと赤い!)本日はぜ~んぜん成果無し! v(^。^)rあまりにも「けんもほろろ」ばかりでかえって気持ちが楽なぐらいです。名付けて「けんほろ・ハイ」(^。^)一日暖かくて、夕焼けが綺麗なのでよし!…としましょう。さてと、これから名古屋まで流星号走らせて、帰社して電車バス乗り継いで帰宅してから「第二の勉強部屋」ガソリンスタンドへ夜勤に行きます。返す刀で、夜勤明けにはまた名古屋へ出勤して流星号で出動です。なかなか頑張ってるぞ…俺!
2008年12月07日
昨日は、前夜の深夜帰宅⇒風呂⇒勉強明け方寝て、昼過ぎに起きて…夜寝て…早朝暗いうちに目が覚めました。清少納言の枕草子に 春は曙… 夏は夜… 秋は夕暮れ… 冬はつとめて…とあります。春と夏と秋は何とか理解出来ますが冬の早朝に急いで火を起こし炭などを持って行くのも、いとをかし…のあたりが理解しがたいところです。当時は、火を起こしてもすぐに温かくならないだろうし、火が起きても、部屋全体が温まる事もないでしょう。気密性、保温性に優れ、ファンヒーターを擁する現代でさえ冬の日の出前は決して「いとをかし」とは思えないのに…清少納言の家は、今の私の家より温かかったのでしょうか?・・・なんて事を思いながら、出勤前に勉強してました。今朝は一段と寒い朝です。
2008年12月07日
朝方の豪雨が嘘のように天気が良くなりました。以前なら、出勤前に「雨や~嫌や~(T_T)」と、ぐずりながらバス停に向かうのですが今朝は「流星号で出動する頃には雨も上がるな…」と確信して出掛けています。(天気予報も見てますが…)出社すると、緊急の事務処理が舞い込み普段より遅い2時過ぎに流星号出動です。現場に到着するまでに、ぽつぼつと雨に降られましたが、合羽を着る程でもなく到着してからは、みるみる天気が回復しました。更に、途中で臨時の客先対応が有りほとんど活動時間が無かったにも関わらずきっちりと成果が上がり上々の一日でした。終業後、直属の上司から「配属二ヶ月、お疲れ様」の意を込めた「ちょっと一杯」のお誘いを受け気分良く飲んで、今、終電です。もはや、私は「らっき~体質」になっております。明日は休みですので、酔った勢いで、帰宅後は「数学1A」の基礎を、おさらいします。
2008年12月05日
※訳者注「すんげぇ」は、「すごい」が訛ったもので岐阜県民は、予期せぬ事態に遭遇した時普段田舎者だと思われないように使っている関西弁や、関東弁や、名古屋弁を忘れます。私も普段なら、「いとをかし的な雨でおじゃる」と申すところ玄関を出るなり、あまりの豪雨に我を忘れ「すんげぇ雨…やんかじゃん(T_T)」と誰が聞いている訳でもないのにやんか…で近畿圏の人にも伝わるようにじゃん…で関東圏の人にも理解できるように補足しながら、今朝の雨を嘆きました。※咄嗟の事ですので、これ以外の地方まで補足する事ができませんでした。お詫び申し上げます。(-.-)「久方の 光も遮る めちゃ雷雲で我が衣手は 露に濡れつつ」↑ ↑貴族仲間にも一句添えました。(^。^)この雨…流星号出動時には止んでますように…
2008年12月05日
苦情処理は意外にすんなり完了しました。言いたい事を洗いざらい吐いたらすっきりしたようで最後は玄関の模様変えをどうしようか?という話にまでなり、笑顔で来月以降の円滑な取引を約束して頂きました。今までは、誰もが「長話」で時間を食う事を嫌い先方の話をじっくりと聞けなかったようで本人も結局は何に不満が有ったのか定かではないようです。(-.-)人と気持ちを共有するのは難しいものですが、「とことん話を聞く」というのが基本かもしれません。人を説得する極意も指針を示すカウンセリングも「聞く」事が重要だと多くの第一人者が語っているのも頷けます。
2008年12月04日
本日は今月最初の外回りです。昼からの出勤で、明るいうちに一件成果が有ったのでほくほくしながら休憩してたら、携帯が鳴ったので出てみると苦情処理の要請でした。他の誰も行きたがらない様子で、たまたま私がいる所から近い場所…という事で、お鉢が回って来ました。…さてと1時間ぐらい苦情を聞くつもりで行ってきますか…(-.-)どうか、たまにはちゃんとした筋の通った苦情で有りますように…缶コーヒー飲んでから気合い入れて行きます。
2008年12月04日
夜に備えて完全武装してますので、外に出てちょっと歩くだけでも暑い!自販機で冷たいお茶を買い、流星号を日陰に停めてひと休みです。(^^)先月から「苦情処理」の任務を頂き電話での応対や、直接出向いて話を聞いたりします。総じて、「屁理屈」…いや屁理屈にすらなってない事ばかりです。私の任務は「話を伺って来る」事ですので、屁理屈以下の「言い掛かり」に対して理路整然と反論し、納得させる…事は、今のところ禁じられています。(-_-)たちの悪い事に、こういう「難癖」をつける人に限って「自分は理論派」だと勘違いしてます。(-.-;)今まで、理屈で人を論破してきたのではなく相手が阿呆らしくなって反論しないだけです。こういう人は、30分も喋らせておけばただでさえ少ない論拠が尽きて同じ事を何度も繰り返すだけです。最後には「理論派」だったのが「武闘派もどき」に変わりますが、元々「武闘派」になれないから「えせ理論派」を装っているだけなのでこちらが、眉を寄せて睨むと「まぁ…言いたい事は言ったから、もうええわ」で終わってしまいます。(-.-)…こういう輩が、「先生に言い付ける」ような真似をします。私が帰社すると、「かむ太郎さん…苦情がきてました。」匿名で苦情が来ますが、その件に該当するのは一人だけです。…当然こちらから「お詫び」の電話をします。電話に出た「当人」は、「電話なんかしてませんよ」だとさ。(-_-)私は普段、理に適わない事には即座に反論し、相手を納得させるようとするので今の苦情処理で、「ひたすら相手の言い分を聞く」という機会は貴重だと感謝はしてますが、せめて、もう少し筋の通った苦情の応対をしたいもんです。
2008年12月04日
本日は昼からず~~~~っと事務所内仕事でした。基本的に、昼から出勤の時は外回りに出るのですが、本日は「苦情処理」「データ整理」という得意(?)な仕事をさせて頂きました。外回りの時は、一段落した時間に合計で1時間の休憩を取ります。本日は、12時半出勤ですので、中途半端な時刻に「1時間休憩します。」とも言いにくくて結局休憩無し(5分程×数回は一息付きますが)で「一人前に働いてまっせ~」と体中でアピールしながら一日終えました。本来は「一生懸命やってます。」とか「頑張ってます。」という姿を、これみよがしにアピールするのは大嫌いでしたが、今の待遇を維持して目標に向かう為にはなりふり構わず生きていくつもりです。大事の前には、訳のわからんプライド(もどき)や、苦情の罵声や、頭を下げる格好悪さ…などは、本当に「小事」だと思えるようになりました。
2008年12月03日
本日は昼から出勤です。最近疲れやすくなっているようで起床後も疲れが抜けてません。試験に限らず、当日の実力発揮には前日までの努力もさることながら当日の体調に少なからず左右されるので常日頃からの体調管理、体力増強はどんな立場の人でも最優先課題です。肩が張ったり足がむくんだり…情けない状態です。体力増強に少しでも時間と労力をかけていこうと思います。
2008年12月03日
苦節563日さきほど、アクセスが 66666 になりました。 66666 2008-12-02 03:19:58 *.nttpc.ne.jp さんです。 祝 祝 祝 祝 祝 さて、お約束の薀蓄を少々・・・数学上は、「最小の完全数」として確固たる存在です。他にも、 六曜 - 先勝・友引・先負・佛滅・大安・赤口。 六方(六面、六合) - 東・西・南・北・天・地。 或いは前・後・左・右・上・下。立体を構成する6種類の方位。 六法 - 憲法・刑法・民法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法。 6種類の代表的な法律。 六道 - 地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上。 六根 - 眼・鼻・耳・舌・身・意。など物事や事象を構成する要素としての意味合いが有ります。また、タロットの大アルカナでは恋人。ピタゴラスは、「6は恋愛、霊魂を示す」と考えていたようです。 ※因みに、1は理性を表す。2は女、3は男、 4は正義または真理、5は結婚。7は幸福。8は本質、愛。 9は色々調べてみたが解らなかった。10は神聖な数。小学校5年生の時に、阪神タイガースの「藤田平」の職人的な野球センスに惚れた私は、10歳にして、真理に出会ったかのようにこの時より「阪神ファン」になるとともに「6」という数字に魅せられた人生を送るのです。※単に、あこがれた選手の背番号が「6」だった という事なんですが・・・
2008年12月02日
「December」なのに12月・・・の12月になりました。師走です。街は、先月から既にジングルベルの曲が響き、スーパー、百貨店はクリスマス一色です。そんな都会の喧騒とは無縁な深夜のガソリンスタンドですら有線放送で、ワム!の「ラストクリスマス」や山下達郎の「クリスマス・イヴ」などが流れイヤでも年の暮れを実感させられます。先月の初めに、GSの深夜勤務のシフトを、2日ずらしてもらったところ普段なら、イヤミのひとつも言われるのに快く承諾していただきました。「???何か不気味だ」・・・と思ってたら本日、12月のシフト表を見て謎が解けました。先月、2日ずらしたおかげで12月31日、1月1日の深夜勤務が上手い事私に回って来てます。・・・う~ん・・・今年は、ガソリンスタンドで年越しかぁ・・・頼むから、変な暴走族とか来んといてやぁ~来るんなら、差し入れとか持ってきてちょ。大晦日の深夜から、元日早朝まで、励ましの書き込みなどお待ちしてます。
2008年12月01日
配属以来事務所内で仕事をする日は、皆が忙しいのをええことに「忙しいふり」をしながら過ごしていましたが、本日は、本当に忙しくて、あっという間に一日が終わりました。名古屋駅の地下街に来ると、津波のような人の流れの淀みで懸命に「献血」を呼び掛ける人がいます。夕方6時を過ぎて、早く帰りたいのか今日の目標に届いてないのか…悲痛な叫びで「血液が不足しています。助けて下さい!」たしか、いつもは「献血にご協力下さい。」という程度だと思いましたが、今日は鬼気迫るものが有ります。私は、糖尿病の為(薬は使わず、食事療法と運動で改善)以前、献血を断られた事が有りそれ以来献血をしてません。(-_-)あれほどの人混みの中、あれほどの悲痛な叫びにも誰も反応しません。(勿論、私が通りかかるのは数秒なのでそれ以外の時に何人も献血しているでしょうが…)それも哀しい事ですが、医者になって人を救おう…と思っている自分が、献血すら出来んかと思うと、歯がゆくて情けなくなりました。献血出来る血液に戻すぞ!※一概には言えませんが、運動と、カロリー制限(栄養は、しっかり摂る)で体重を、あと7~8kg落とせば正常値になる!と担当医に言われてます。
2008年12月01日
本日は、月初めの会議の日です。昨年十月に交通事故のリハビリから社会人生活に復帰し、数社を点々としながらも一度も遅刻せずにやってきました。…なのに、大切な日の今朝いつもより30分も寝過ごしてしまいました。目の前が真っ暗になりました。それでも、よろよろと起き上がり、バス停に向かいました。焦る私を尻目に、バスは5分も遅れて来ました。電車に乗ってから気が付きましたが、私は普段、「ぎりぎり間に合うバス」より二本(30分)も早いバスで通勤してます。つまり、今朝は「間に合う」出勤時間なのです。一時は、「ずる休みしようか…(-.-;)」「でも、月初めの大事な日だし…(-.-;)」などと葛藤しておりしたが、元々、こういう不測の事態に備えて「普段から早く出る」という習慣を身体に叩き込んでいたので、我ながらあっぱれです。(゚-゚)先日新しい目覚まし時計を買いましたが、明日からは、古いやつもセットして「ダブル目覚まし時計体制」にします。※あの「イチロー」は約束の時間や練習時間には“絶対に”遅刻しないそうです。その為に、目覚まし時計は常に二つセットするそうです。「万が一のミス」も自分に許さない、という心掛けをしているそうです。何年かに一度は電池切れも有るのですが、時計を二つにする事で、不測の事態をも限りなく「ゼロ」に近づけるそうです。この話をインタビューで聞いたのは数年前ですので、今頃は、イチローの枕元には目覚まし時計が三台になっているかもしれません。
2008年12月01日
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