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チャングムの誓いにでてきたマンドゥが食べたいと思い、韓国料理食材の店を覗く。マンドゥの由来は中国の故事から来ていて、人の頭の形を真似て丸い形だけど、中華饅頭と違い、韓国のマンドゥは餃子状にしたあと、角と角をくるっと出会わせて丸く作ることが、番組の後で紹介されていた。韓国料理食材の店では、餃子と表記していたが、これはまさしくマンドゥ。冷凍食品を家でスープに入れていただいたが、皮がもちもちして大変おいしゅうございました。
Nov 30, 2005
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筋向いの一軒向こうで、ビルの解体工事をしている。うちは、ちいさーい一軒家なので、家が揺れている。近所で爆撃でもやっているような、どしん!どしん!と大きな音がするたびに、震度3くらいゆれる。今日は土曜日なのに・・・
Nov 26, 2005
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毎日、行き詰まっている。そんな感じをもっていたのに、感じるままに、左手で描いた絵が、夕日の中をすすむヨットで、その絵を一言で表すとしたら、「順風満帆」だなーとすっと出てきた。毎日思っていることとのギャップは何? 私は毎日、自分をだまして暮らしているのかもしれないな。
Nov 15, 2005
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ずるずると、夜更かしをしてしまう。そして、朝時間があったら、あるだけねてしまう。一日の、必要最小限以下のことしかしたくない。時間を有効に使ったり、意欲的になれない。ほどほど以下のぎりぎりキープになっている。
Nov 14, 2005
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夫の父は左官屋さんで、とても器用である。自分の家を一人でリフォームしてしまった。少しずつ、自分のペースでやった。5年前に、私が始めていったときは、壁などがない部屋が多く、ところどころに家具がおいてあり、作りかけの舞台のような感じだった。汚れてもきにすることはないと、木材が剥き出しの大きな25畳くらい空間で、七輪で炭火焼をした。そのときに、私がキッチンはカウンターのほうが便利ですよ、と一言言ったら、次の夏に行ったときにはシステムキッチンがカウンター方式にに据えられていた。いなかなので玄関は広い方が言いと、6畳くらいあり、4畳くらいの空間があって扉があり、そのうしろにダイニングがあることになり、ダイニング自体はしっかり7畳くらい有るものの、いきなりカウンターにしてしまったら、ダイニング部分が4畳くらい。玄関よりも、ダイニング部分の方がせまい。だから、キッチンダイニングの横のリビング部分が、フローリングで15畳位あるのだが、そこにもらったきた畳を6畳分敷き詰めて、そこを茶の間にして、ちゃぶ台でご飯を食べていた。今回帰ってみたら、4人がけのダイニングテーブルが買ってあり、それの置場に困っていた。それで、私と夫で手伝って、ダイニングの4畳部分にテーブルをしつらえた。5年越しで、カウンター式キッチンの完成である。ダイニング部分だけ見れば、東京の狭い我家よりは十分に広いのだが、広い空間に無理をしてそこだけ詰め込んでいる感じで、アンバランスで、うーん、おもしろいなー。思いつきで、どんどんリフォームしてしまい、寸法などを測らずに机をかってしまうのがすごいところだ。夫の両親は今は二人暮しだから、もし私たちが帰ってきたら、とても喜ぶだろう。そのことを希望はしているだろうが、全くクチにはださない。そんなことはいうものではない、という義侠心というか、ポリシーがある感じである。二階には、まだ剥き出しの20畳くらいの空間がある。そこは、私たちのために何も作っていないんじゃないか、と疑うかもしれないが、そこの真ん中には8畳くらいの不自然な壁で囲んだ三男が家に帰ってきたとき様のくつろぎスペースがある。そこだけはきれいに作りこんであるが、その部屋に行くためには舞台の裏側のように材木が剥き出しで資材がおいてある空間をとおる。この家には、家族が6人だって個人部屋をもったとしても十分に住めるくらいの広さがあるけど、尋常ならず空間を無駄遣いしているので、私たちがすめるスペースはないのだった。
Nov 13, 2005
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地元でバリバリ職人として働いているおとうとくんは、友人や取引先との披露宴は7月に済ませてしまったが、両親の説得にまけて今月親戚一同を招いてのお披露目会となった。お嫁さんの側はあまりこなかったので、うちの夫の側中心のあつまりで40にんくらいかなあ。最初の挨拶と、最後の花束贈呈くらいしか何も段取りしないシンプルな宴会。カラオケセットで、「歌いたい人が歌う」という、ざっくばらんな楽しい会だった。私の両親は夫の両親と仲がよく、あまり関係がないのに招待されていて、父は2曲も歌った。歌う曲もいきなりで、みなさんまったく練習もしておらず、下手なのがいい感じだった。私は、めでたい曲をしらないから・・・と遠慮していたら、「くちなしの花(今ではゆびわもまあわるほどーやせてやつれたおまえのうわさ)」とか歌うおじさんもいて、まあ、すべてがご愛嬌。夫は無口な方なので、座席がとなりだった父は4年目にしてまともに会話が出来たらしく、それがうれしかったとなんども繰り返し言っていた。ありがたいことである。
Nov 12, 2005
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義弟の披露宴のために、夫と深夜バスに乗る。深夜バスというのは、完全消灯である。寝てください・・・というか、寝る以外はしないでね、という空間だ。昔は、必ず音楽が聞けるようになっていた。ヘッドホンがしつらえてあり、飛行機に乗った時と同じように、自分でチャンネルを選んで聞けた。深夜バスが市民権を獲得したからか、ヘッドホンを持ち帰るやからが後をたたず採算が合わないからか、いつのころからかなくなってしまった。その性でもないと思うが、今は寝付けない人は携帯を観ている。真っ暗なバス内に、携帯の明かりがともる。夫の後ろの人は、ずっとゲームをしていて、電子音をだしていたそうだ。バスは途中のSSで2回止まり、休憩がある。普段はまったく気づかず寝ている私だが、今回は2回とも目がさめた。通路をうるさく歩いている人がいた。どんどんどんと、ふみならすように歩いていた。そのひとは2回ともSSで降りたくらいだから、寝付けなくてイライラしていたのかもしれないが。バスの中というのは、私にとっては何もすることが出来ない、貴重な空間だ。心静かになることができた。自分の出す音や、光に意識を向けていると、落ち着く。普段の生活でも、もちろんできることだけど、ついつい、さけてしまう。ほんとうは、こんなふうに、何もしなくても満たされるものだとしってはいるのですが。
Nov 11, 2005
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パズルを解くのが好きだ。ニコリのパズルがいい。パズルおたくたちが作ったパズルには、パズルへの愛がある。頭を限界まで使って、考える。答えが必ずある、という安心感の元で。達成感は、ときつづける限り、必ず得られる。テストだって、誰かが用意した正解が必ずある。大変といっても、たかが知れている。現実の問題にも、必ず答えがあると、どれだけ信じてやりつづけられるかが、ポイントなのだろうなー。とふと思った。
Nov 10, 2005
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最近といっても、2、3ヶ月前にテレビの深夜で見た、南アメリカのどこかの国の、少年犯罪グループの実話をもとにした映画のタイトルが思い出せす、きになる。映像が鮮烈で、音楽ののりがよく、登場人物たちは役者ではなく実際にそのあたりですんでいる少年たち。少年の中には現在少年院に入っている子もいるとか。パート2の製作も企画されていると、みてすぐに検索した時はでていたのだけれど。人がどんどんリアルに殺されていく話。内容は重いのに、映画自体は重くない。明るく仕上げた、というのではなく、これが今の現実だから、重く苦しい、なんていってるだけじゃ生き残れないよ、というかんじかなあ。うまくいえないけど。いいえいがだったのですが、なんだっけ。
Nov 9, 2005
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前に欲しいと思ったゴミ箱が、1万円でオークションに出ていた。ちなみに今家で使っているのは、知人宅が引越しの時に余った、(100円ショップで売っていると思われる)もらいものである。それで、困ることはない。目立つ位置にあるので、お客さんが来た時には、押入れの中に隠す。このゴミ箱は、必要かどうか?といえば、いらないものだ。一見してゴミ箱とはわからず、掃除はしやすく、丈夫で一生使えるし、お部屋に置いてもおしゃれ。ほしいけど、まあ、この恋はあこがれで終わるでしょう。
Nov 8, 2005
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自分の意見を言うのが苦手だ。意見がとおらないとなると、攻撃的になり、それは自分でも自覚しているので、それを押さえるために自虐的になる。今日上司と話して、自分が信頼されていないことがわかった。相手はそうはいわない。ごまかされるのはいやだけど、いつも自分がごまかしているのだから相手がごまかしても当然だ。話していて、泣きそうになってしまうので、情けない。今日はみっともなかったけど、とりあえず最後まで自分の考えが言えた。相手に不愉快な思いをさせたと思う。ニュートラルに本音が言えるようになれるにはどうしたらいいかな・。。
Nov 7, 2005
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おもしろかったっす。我が家の冷蔵庫がねずみ色(グレーとはよべない)なので、白いシートをはりながら斜めに見たシーンもありましたが。耳だけでも理解できるのが邦画の良い所。最後のタップダンスのシーンと悪役との対決のからみ演出、おー、これは小劇場演劇ではないか。内容そのものとは直接繋がりのない興奮を絡め、クライマックスへ向けての観客のテンションを上げる盛り上げ方! 時代背景や全体の設定を無視しているかのような踊り! 大団円での登場人物たちの笑顔はカーテンコールのようでもあります。そんなふうに思ったのは、お芝居だいすきな私だけでしょうか。
Nov 6, 2005
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自宅から自転車で30分、小石川後楽園に行く。紅葉を見たいのと、6月に来た時、陸に上がって手から鴨がえさを食べてくれたので、それを楽しみに行った。しかし、紅葉はまだ色づいてはいなかった。今回、鴨たちは、遠巻きに投げるえさを水の上で拾うばかり、足元には鯉たちがよってきて、直径10cmくらいクチをひらいてあうあうするばかり。初夏の頃、よってきた鴨は親子だった。一羽の母親と、6羽くらいの子鴨。そのうちの一羽は、くちばしの先が半分欠けていて、えさをたべるのに苦労していた。他の子達より、一回り小さかった。今回のように水の上で拾うのは、あのこには無理だろう。あのこのために、家族で人間に寄ってきていたのだろうか。でも、あの時最後には父親らしき派手な色合いのオスも一羽寄ってきてたし、まったく警戒している様子は見られなかった。誰かが悪さをして、警戒するようになったのか。あの子のくちばしは、治ったのだろうか。それとも、水の上のえさも上手にひろえるような使い方ができるようになったのか。自然界では絶対に生き残ることができないだろうあの子が、東京ドームの下の人口園でなんとか大きくなっていますように。
Nov 5, 2005
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渡辺多恵子さんのまんがをBOOK OFFで立ち読みした。少女の頃、『ファミリー!』という漫画を読んで、涙した。あれから20年以上経っているのに、彼女のテンションは衰えず、少女のままで、驚いた。今の私の感覚として、この展開はかなり安易では・・・と思うようなシーンでも、昔読んだ時の胸をぐっとつかまれるような気持ちが、胸の奥で起こる。ずっと同じことをやりつづけられるのは、すごい才能だと思った。
Nov 4, 2005
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我家の茶の間は、板の間で、夏の間は快適に過ごしました。この季節になると、冷え込むので、敷物を探しに街に出ました。巨大な街新宿では、どこをさがしたらよいのか、分かりません。紀伊国屋と世界堂にはなじみがあるのですが。お金持ちなら、大塚家具とか、伊勢丹とか三越とか、いいものがいっぱいでしょうが、庶民には関係のない話です。無印みたいな感じでいいのですが、いまいち気に入ったものがなく、ここですら高いと感じてしまう私らには、これから行く当ても有りません。さ迷い歩いても敷物やさんは見当たらず、丸井に入ってみたら服しか売っていませんでした。MY CITYのエレベーターの表示で、インテリアの文字を見つけ、登ってみて、案内図で見ると、ほんの小さいエリアでした。せっかく来たのだからと覗くだけでもと行ってみると、かわいく飾りつけた店内のすみのほうに、申し訳程度にラグコーナーがありました。そこに思ったようなものがあったのです、ナチュラルカラーの、シンプルで、インド綿のマットが。190cm×190cm、標準サイズ。でも欲しいサイズよりはちと小さい。決め手になったのは、8800円が5000円になっていたことでした・・・テレビの辺りはしかなくてもいいかと、それに決めました。家に帰って敷いて見ると、うちのダークブラウンの床に白目の敷物は、部屋を小さく見せる効果をもっていました・・・でも、こじんまりしていいか(もともとだし)銀マット、ホットカーペットの上におニューのそいつを乗せたら、お部屋がほっこり暖かくなりました。ところで、先ほどの店で見つけたダルトンのゴミ箱がとてもすてきだった。15800円。うちに有るどの家具よりも高い(桐のタンスはいただきものだから)・・・でも、一生使えそう。どこかで安く手に入らないかしら。
Nov 3, 2005
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久しぶりに日記を書きます。過去の日記を読んで、自分がきまぐれにきまじめなのがよくわかりました。最近、足元がふらふらしてきたので、自分の思いを言葉に出して、自分をしっかりと見つめていこうと思っています。(きまじめ)数日前、映画を見ました。フェルメールがいかに絵を書いていたかが分かる映画です。ベストセラーの映画化だそうです。作家さんは、あの名画から、少女が自分のことを語り始めたきがして、一気に書き上げたそうです。そういうインスピレーションを得たものというのは、特別な何かが有ると思います。原作を読もうと思っています。舞台はオランダですが、ゴンドラで移動する姿に、ベネチアを思い出しました。オランダの画家といえば、ゴッホしかわかってませんでした。フェルメールは、大衆画家というくくりに入るらしい。注文を受けて絵を描いていたからだろうか。イラストレーターのようなものかな?かの名画の、少しこちらを振り返るような構図は、その当時のオランダの流行だったそう。同じような絵がその時代たくさんあったのだろう。その中で、特別な形で残った、あの絵はやはり、映画の中にあるように、画家が本能から描きたいというインスピレーションをもって筆をとったものなのだと思います。たくさん絵を描いていると、凝った構図や珍しい画材を求めたくなりますが、あれこれひねくりまわすより、「描こう!」という気持ちが一番なのだと思います。
Nov 2, 2005
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