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今日は呼吸の教室に参加した。終了後3時間は、自分とも人ともコミュニケーションを取らない時間を過ごしてください、と言われる。人はともかく、自分とコミュニケーションを取らないのは難しい。また、学校が始まる時間と30分重なったので、3時間丸まるということもできなかった。学校の授業は集中して受けられたが、今帰ってきて、身体が変な感じだ。ふだんいれないところに入れた呼吸を、瞑想したり休息したりして、落ち着かせて上げないと、こうなるのだな、と自覚。なので今日はもう寝ます。
Apr 20, 2005
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私は最近がんばっている。朝、弁当を作り、朝食を作り、仕事に行き、夜、学校に行く。帰ってきて晩御飯を作ったり、また仕事に行ったりする。合間に、自分をみつめるために絵画を描く。弁当やご飯を作るのは、自分と夫のためとは言いながら、そんなふうにがんばっている自分にうっとりしているのだ。夫の一言で、自分の夢の世界が壊れる。今朝は、朝食後、流しに食器を下げに行った夫が、「うわっ」と言った。流しがいっぱいで、置場が無かったから。その「うわっ」と言ったことが許せなかった。夫はぎりぎりにおきてあせっている。そんなときは、関係ない話しをすると不機嫌になるので、楽しく朝食、という雰囲気にはならない。必要最低限のことは話すが、あまり話し掛けることも出来ず、気を使いながら朝食をとる。夫はおいしいともありがとうとも言わず、急いで食べて、それで「うわっ」。心底嫌そうにいわれたように思った。それで、私は、言葉で思い切りかみついてしまった。夫は、それを聞いて黙り、お弁当を持たずに出かけようとした。玄関で押し問答して、「もっていって」を繰り返す私に、夫は「それしかいわんのか、ボケ!」とどなって出かけていった。一日の始まりとしては、最悪だったろう。私は、夫の健康と、よりよい一日のためにお弁当と朝食を作っているつもりだった。けど、もたらしているのは、まったく逆のことだ。ほんとうは、自分のことしか、考えていないから、こういう結果、になるのだ。
Apr 13, 2005
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「ひとつのできごとで全てが変わる」もし、あのとき、車に乗っていたのが自分だったら、妻とは結婚できず、娘は生まれておらず、殺されることもなかっただろう。と、ジミーは語った。もし、こうだったら・・・人生は、選択の連続だ。自分が選択をしたつもりの無い場面でも、大きな岐路になっている。自分の人生が大きく揺れた時に、思い起こし、こうなった原因はなんだろう?と考える。どこに原因を見るか、それがまた、岐路になるのだろう。
Apr 10, 2005
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話しが通じない、ということがある。誰とだってある。人生に重要でない話なら、わかんないんだな、で終わるでも、夫との場合、深刻になる。今日。ちょっとした、テレビを見ながらのコメントで、自分の話しが私に伝わらなくて、黙り込んだ。私の聞き方に問題があるのか?適当に済ませようとしていると思われたのか?私は、夫の話しがよくわからなかった。絶対に通じなければならないような内容でもないと思った。黙り込まれても、私はどうしようもない。ほんとうに、伝えたいことならば、伝わるまで話せばよい。でも。あうんで伝わらないことにお互いに苛立ちを覚えることがある。私は、どうしてわからないのよ、という態度にでる。黙り込む相手と自分のしてることは、実は同じなんだ、と思った。
Apr 9, 2005
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2ヶ月前から借りている、整体用のスペースレンタルの正式契約を交わす。お金のことを明確にすることは、リアリティが増し、頭の中の整理になる。部屋の掃除や、整理整頓も同様だ。自分の頭の中で遊んでばっかりいても、部屋は片付かない。どんなふうにしたいのか?明日は、そうじの時間をたくさん持とう。
Apr 8, 2005
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東京近代美術館にゴッホ展を見に行く。大きな歴史の中での、ゴッホの作品を通しての生涯をつづる、というつくりになっている。影響を受けた絵画作品、画材となった聖書、弟テオのために書き写した詩集なども展示されていた。一筆ひとふでにこめられた熱意に圧倒される。ゴッホはミレーの作品の模写を数点残している。はじめてみた模写で、夜の家の中で人物を3人描いたものがあった。「夜」という絵。私はその絵に惹かれた。絵の上部まんなかあたりに、ランプが一つつるされている。そこからの光で、部屋がみたされている。絵全体が輝いてる。ゴッホは、ミレーの作品から光をえて、それを自分の絵の中に置き換えたのだ。気がふれて、病院に入った頃の、同じ時期の作品でも、まるで波動の違う作品たち。苦しい時間をおおくすごしたのだろう。穏やかだった日もあったのだろう。彼が自分自身のなぐさみのために描いたと言う、主題を追わず、たんたんと描かれた風景画には、あたたかさと、彼の人生の別の方向へ迎えたかもしれない可能性を感じた。ところで、今日は夫の誕生日で、夫とともに来たのだった。夫は絵を見るスピードが速い。わたしは、5倍くらいかけてみたい人である。まだ5月までやっているし、今日はあわせて早めに展示を出た。常設展へ。すばらしい絵がたくさんあった。最近、多摩川の絵を描いたので、水と光を描いたものに共鳴した。生涯かけて絵を描くたくさんの人々。これだ!というテーマに出会い、かきあげたのだろう、と思われる作品たち。帰りがけの桜道の中で、ゴッホの青い夜を感じ、闇にまぎれて叫びたくなった。私は、なぜ絵を描いているのか。何が描きたいのか。うおーっ。
Apr 7, 2005
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大事なものをどこに置いたか分からない。そんなきっかけですっかり不安症。自分の失敗に対して、こうしたら解決できるという方法まで見えているのに、ずっとその失敗にこだわって、そわそわどきどき。こうして文字に書いただけで、すっかり落ち着いた。明日、朝起きてもう一度ゆっくり探し、もしなければ、予定をキャンセルして、新しいものを取りに行こう。
Apr 2, 2005
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今日は完全フリーの日でした。自然でみどりのあるところへ行くはずが、曇り空と夫の疲労の為、一日家ですごすことによーし、ミスティックリバーを見ようと借りてきたらん?トラッキングしても画面が汚い。他のVIDEOでチェックしようと入れてみたら、これが以前見た黄泉がえりが入っていて、ラストシーンの方を少しだけ見入ってしまう。うるっと来つつ、ビデオをすすめたら、「インサイダー」が入っていた。まだ見てない。で、インサイダーに見入る。どこまでも、自分のことでなく、情報提供者のことを優先するパチーノ演じるニュースプロデューサーの姿に、感動。彼の様に、自分の信じる道で燃えるように生きたいと思う。忙しさの中毒になりたいが、のんびり暮らしたいとも思う。両極端の思いの中で、自分がもっとも地に足をつけて生きていけるのはどのあたりか、バランスを見ていきたい。夜、何気なくテレビを付けたら、これから「マトリックス」をやるという。まだ見ていなかったので、これ幸いと、副音声+文字放送で堪能。キアヌの顔がだんだんと変わっていくのが、面白かった。現実を見ることを決め、現実を見つめて、自分の運命を受け止めて、自分の能力を発揮して、それを引き受けて生きて。その段階ごとに、顔の輪郭がはっきりして行った。自分のいる世界がすべてまやかしだったら?って考えたことがある。この目で見えているものは、本当に他の人と同じ物なの?どんなにひどい現実でも、現実の中で生きていたい。空想に逃げ込んでいたら、成長が無いから。
Apr 1, 2005
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