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第45代米大統領に求められる「humility」資質について =前節=
= WEDGE Infinity《世界潮流を読む 岡崎研究所論評集》 2019年8月19日 斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)


 米国史を通じ最高指導者にとくに求められてきた資質のひとつに「humility」が挙げられる。「謙遜」、「自己卑下」、「謙虚」などと訳されており、歴代の大統領就任演説、米議会で読み上げる年頭教書などでもその重要性がしばしば力説されてきた。だが、第45代大統領が登場して以来、その片鱗すら話題に上ったことはない。逆に際立つのが「尊大」と「自己喧伝」だ。

 「 humility 」の語源は、Merriam-Webster辞典によると、「低い」を意味するラテン語の形容詞「humilis」に由来し「自慢や傲慢からの解放」「自己卑下した状態」を意味する。同義語に「humbleness」「modesty」、その反意語として「arrogrance(傲慢)」「egotism(エゴ)」「haughtiness(自己優越・他人蔑視)」などがある。
 国の大小を問わず、指導者に求められる重要資質をひとつだけ挙げるとすれば、まずこの「humility」だろう。

 アメリカの場合、とくに大統領は世界にも大きな影響を及ぼす強大な権限と責任を負うがゆえに、国民の前に謙虚な姿勢を示すことで、幅広く支持と協力を呼びかける重要な言葉として受け止められてきた。
 「humility 」は一般社会でも広く使われおり、会社での昇進祝い、政治家の当選スピーチなどでは欠かせないキーワードにもなっている。まさに「実るほど、首を垂れる稲穂かな」だ。

 ジョージ・ワシントン初代大統領は就任1年前の1775年6月、英国相手に本格戦争を挑む「大陸陸軍司令官」への任命受諾演説の中で「自らの能力と軍隊体験を振り返るとき、これから課せられる広範囲に及ぶ責任と重要な信頼に応えるに十分なものかどうか、大いに苦悶せざるを得ない」と自己卑下し、大統領任期に制限のなかった当時、自ら2期のみで引退表明した際には「過去8年のわが政権の仕事を総括すれば、意図したものではないにせよ、多々過ちを犯したことを自覚せざるを得ない」と謙虚な姿勢を見せ、聴衆を魅了させたといわれる。



 第16代リンカーン大統領は、南北戦争最中の1862年12月、北軍側にも1万2000人という多数の戦死者を出した「アンティータムの戦い」について「過去の静穏なるドグマは粗けき今日には通用せず、われわれは謙虚に新たな思考と新たな行動が求められる」と訴え、戦士たちに謙虚さと奮起を促した。

 1864年8月、ホワイトハウス訪問客に対し「私はたまたまこの大きなハウスに住んでいるだけであり、わが父がそうであったように、あなた方の子供の誰かもいつかここにやって来ることになるかもしれない」と優しく話しかけたことも、有名な言い伝えとして記録されている。

 同年11月、大統領再選を果たしたスピーチでは「これまでの戦いで自分に異を唱えてきた人物が誰であれ、とがめたりすることはしない。私がそもそも勝ったこと自体、けっして自慢すべきことではない」と述べ、敗者への気配りを忘れなかった。
 しかし、こうした国家指導者としての謙虚な姿勢は、たんなる遠い過去のエピソードではなく、現代にまでしっかりと伝承されてきた。

“man of humility”ドナルド・レーガン
 意外にも“man of humility”と評されてきたのが、「力の外交」を推進しタカ派リーダーとして知られた第40代ドナルド・レーガン大統領だ。

 レーガン氏は大統領選直前の1980年10月、国民向けTV演説の中で「最強の軍事力が平和の基礎になる」との前提に立った上で「信念と決意だけでなく、何よりも神の前の謙虚こそが国家としてのアメリカの究極の力の源泉である」と説いた。そして就任後、当時の敵対国だったソ連側とも誠実に向き合い、ゴルバチョフ共産党書記長との間で戦略兵器削減条約(START)、さらには中距離核兵器全廃条約(INF)という二つの歴史的軍縮条約締結にこぎつけた。



 筆者は新聞社のワシントン特派員時代、上司とともにレーガン大統領との単独会見の機会が与えられ、ホワイトハウスのオーバルオフィス(執務室)に足を踏み入れた際、わざわざ入口のドアの前に立ったまま笑顔で丁重に出迎えてもらったことが印象に残っている。常に控えめで尊大さを微塵も感じさせないその人柄は、8年の在任期間通じ多くの人々を虜にし、今日まで語り草になっている。

 次の第41代ジョージ・H・ブッシュ大統領についても、謙虚な姿勢は評判だった。
 当時、米統合参謀本部議長だったコーリン・パウエル陸軍大将(後に国務長官)は昨年12月、CNNテレビ会見で故ブッシュ大統領を回想し、次のように語っている:

 「ブッシュ大統領は東西冷戦を終結させ、世界新秩序形成に大きな功績を残した。その外交成果は第二次大戦に海軍パイロットとして参戦、戦後は連邦議員、米中連絡事務所所長、国連大使、CIA長官、副大統領とこれ以上ない経験と知識に支えられたものだったが、それを可能にさせた最も重要な資質は彼のすばらしい謙遜の精神そのものだった」

 その後、第43代ジョージ・W・ブッシュ大統領、第44代バラク・オバマ大統領のいずれの場合も、それぞれの就任演説は「今ここに参集の多くのリーダーたちの前に大統領として立つことは名誉であると同時に恐縮に感じている(I am honored and humbled)」(ブッシュ)、「本日われわれに課せられた任務を思う時、恐縮な気持ちに立たされるとともに、国民みなさんが寄せてくれた信託に深く感謝する(I stand humbled and grateful)」(オバマ)と、ともに謙虚な気持ちを吐露することから始まっている。

こうした過去の指導者たちが示した尊敬すべき資質を台無しにしたのが、第45代ドナルド・トランプ大統領だ。
 ニューヨーク・タイムズ紙はトランプ氏が就任演説を行った翌日の2017年1月21日、「トランプの就任式:『謙遜』が死んだ日(Trump’s Inauguration: the Day Humility died)」と題する著名コラムニスト、フランク・ブルーノ氏による次のような辛辣な論評を掲載した:  ・・・・・・明日に続く



古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 
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