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7月ももう終わりです。月日が経つのは早いものです。今日は仕事から離れての話を少しだけ。先日東北の親の田舎から大きい荷物が届きました。箱にかかれていた”天地無用”の文字。恥ずかしながら今まで意味を知らなくて帰って親に聞いてみました。どうやら「向きを変えずに上下をそのままで運んで下さい」との指示なのだそうです。家に帰るまで頭の中は時代劇モード。提灯を持った侍さんが悪代官に向かって「問答無用!」と切り捨てるあのシーンが浮かんでました(笑)。日本語って難しくて未だに分からない言葉がたくさんあります。「やんごとなき~」何それ。何がやんごとなき事?「やぶさかでない~」やぶから何か出てくるのかな?日本古来の柔らかな表現なのでしょうが私には曖昧すぎて意味自体が何を意図するものなのか今一つピンときません。でもしばしば耳にするから不思議です。そんな独特の曖昧な日本語でも意外と効果があるのが「しかるべき~」。無理難題を押し付ける困ったお客さん相手に「あ、そうですか。ではしかるべき対応を取らせて頂きます。」と毅然と言うと、その「しかるべき」が何なのか、軽い事なのか重い事なのか判断がつかず相手が臆する事があります。あまり使いたくはありませんが時には突き放すのも必要です。それにしても新しい契約が取れないこの頃。行けばいつでも歓迎してくれる”お断り無用”のような寛大なお客様が見つからないかなぁ(笑)7月も無事生き残れました。では良い週末を。
2009.07.31
また来ました。月末の慌ただしさ。時間に追われてドタバタ続きですが、暇を持て余してどよ~んとしている所よりは恵まれているのかな?とは思います。写真は渋谷センター街の七夕飾りです。七夕の時に無かったので不況で止めたのかなぁと思いきや今年も綺麗に風に吹かれていました。夏休みに合わせて飾るようです。これだけが見たくてセンター街を歩きます(笑)さて、今週は久しぶりにお客さんとにらめっこの日がありました。10年前、ニューヨークの営業当時に現地でお会いした方が某大企業の日本支社長になっておりました。ニューヨークでお会いした当時は物腰柔らかく控えめでとても良い方でしたが…時は人を変えるものです。一般企業ならワンフロアもありそうな応接室に通されてその支社長さんが入ってきた早々、この人どこの人?みたいな視線でまじまじと見定められました。サービス業に携わるトップの方とは思えない厳しい口調で問いかけてきます。たまたまその社長さんの秘書の方が昔から親しい方のお蔭でアポイントが取れましたが、10年振りの再会とは言えども出来ればお会いしたくない類の方です。そちらの前任の社長氏は様々な業界の顔のような紳士。その方からご紹介頂いた事、ニューヨーク在住当時にお世話になった事を話しようやく思い出して頂けました。それでも視線は鋭いまま。蛇ににらまれた蛙の状態を作りたがる方です。自分がにらめば誰でも言う事を聞くと思っている方がサービス業のトップにもいるという現実に悲しさを感じましたが、目には目を。雇われ社長が創業社長に勝てる訳ないでしょうと思い込みながら睨み返してやりました。人の黒目の奥の奥まで見たのは実に久しぶりです。ひたすらジーっと見て数10秒。相手が嫌がって視線を外しました。ほらね。あなたが他人にしている事はこういう事なんですよ。悪い奴ではないと思って下さったのか、現在の業界を取り巻く状況等を話している内にようやく少し和みました。そんなこんなで30分。こちらが帰ってからこちらの知己の秘書の方と何か話していました。貴重な時間を無駄にさせないでくれ!とでも言ったのかも知れません。それはそれでいいのです。敵対なんかより融和の時代です。久しぶりの無言の戦いでした。”目は口ほどにものを言う”って本当ですね(笑)
2009.07.30
一昨日、7/15。誕生日。もう30代最後の年となりました。我が家ではトラブル続きのこちらを心配してか、珍しくメロンで両親がお祝いしてくれました。有り難いものです。20代の頃は早く落ち着き払った30代になりたい!と思っていましたが、今となってはこれ以上年はとりたくない!と感じるこの頃。不思議なもので30代のほとんどが起業家で通り抜けてきて、仕事づくめの為か30代を過ごした実感がありません。一般の会社員なら転勤や転職、出世、結婚に子供の誕生etc.…、様々な転換期になる年代なのでしょうが、私自身は10年間ほぼ変化なし。ちょっとの発展とちょっとの精神的向上。例えばちょっとした人間的強さへの理解。それだけです(笑)これだけ世の中の流れに流されず、我が道を突っ走っている起業家も珍しいのでは?と我ながら思います。それにしても10年なんてあっという間なんですね。広告業界に入ってもう10年以上。自分自身では出来るだけあらゆる側面から広い世界を考えに入れて動いているつもりですが、大きい船を動かすには相当の時間と調整、エンジンが必要となります。時には全速前進したかと思えばどこかでエンジンが故障したり燃料が切れたり…夢の実現って本当に難しいものです。そろそろ何をもってよし!と納得するのか、何をもって失敗と認めるのか、その線引きをきっちり自分自身の中で作る年代に来ている気がします。ここまでは行きたいなぁというゴールや基準点を設けないと今以上前には進めない自分自身を感じています。かといって元々出世欲も物欲もほとんど無い自分が”何をいまさら”と感じる事もあります。支離滅裂ながら線引きや理想の実現なんて書くのは簡単ながらも答えはなかなか見つかりません。昨夜もお客さんと会食をしながらご飯の後に軽くバーへ。「誕生日のお祝いに一杯おごりますよ。」と言う相手の好意に甘えて「じゃあカナディアンクラブ(ウィスキーの名前です)の水割りをロックで!」お相手のお客さんもお店の方もちんぷんかんぷんな顔。”水割りをロック”でとは?こうなるとただの酔っ払いです(笑)こんな者に付き合ってくれるお客さんって本当に優しい方なのだと思います。相変わらず成長の無い起業家です(笑)。
2009.07.16
こんばんは。また久しぶりになってしまいました。すみません。 半年が終わり年間売上のおおよその目安がつくようになりました。2年前のレベルまで下がりそうですが、撤退や廃業が相次いでいる広告業界では生き残れているだけ有り難い事です。まあまあかな?今日は我が家の事を少し、お話。親が高齢の事もあり私は今は両親と同居しておりますが、この時期や年末にあちこちから贈り物が届きます。ああ、お中元の季節が来たんだな~と感じます。うちの両親は二人共に東北の田舎出身。何かにつけておすそ分けが大好きです。今は近所で家庭菜園を楽しみながら充実した老後を過ごしていますが、菜園で実ったトマトやキュウリ、キャベツなどを近所の方々に配り歩いています。トマトを持っていった筈の母がトウモロコシや枝豆を両手いっぱいに抱えて戻ってくる事もあり、物々交換状態です(笑)以前住んでいたアパートでもそうでしたが、野菜を持っていきながら話し始めると暫く戻ってきません。父は「おっかあ(母の事をこう言います)どこ行ったんだ?」とさっぱり帰ってこない母を心配しています(ただお腹を空かせただけかも知れませんが(笑))。私が目標としている人の一人である曾祖父(ひいお祖父さんです)もおすそ分けが大好きでした(たぶん)。自慢ではなく一つの事実としての史実がありますが、その曾祖父は遥か昔に東北に飢饉があった時に、生活出来なくなった村人に畑や食糧をタダで分け与えたそうです。田舎の本当に小さな村ですが未だに集落にその話が語り継がれており、行く度に「お晩でやす(こんばんは)。」と丁寧にお礼をされます。こちらは何をしている訳ではないので顔が知られているだけにいつも恐縮してしまいます。曾祖父のお墓は高さ5メートル以上もある驚く程大きなもので墓というより記念碑みたいです。2年前のお盆にお墓参りに行った時にも気持ちが引き締まる思いがしたものです。今の私は経営者ですしタダで分けられるようなものはありませんが、お金を頂き仕事をさせて頂いている方には出来るだけお裾分けをするようにしています。時々お金で裾を分けすぎて「あ…うちの儲け、忘れた…」なんて事もありますが(笑)。景気の良さを自分の実力と勘違いして自分達ばかり良い思いをしていた企業はそろそろやはりしっぺ返しが来るのだと感じます。お裾分けって日本らしい良い習慣だと思いませんか?持ちつ持たれつ。そんな関係を仕事でもプライベートでも築いていきたいものです。七夕は星が見えますでしょうか?ネコではなく星を見て帰ります(すみません。写真のネコは首を撫でていたらとても気持ち良さそうな表情になっていました。180度回転して見てくださいね)。
2009.07.07
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