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福島の桜は、満開が4月中旬と言われています。が、今日の信夫山(駒山公園、信夫山公園)の桜です。満開ですね❕2週間も早い満開⁈は、東京並みです。ハローワーク前の「花見特設駐車場」に駐車して徒歩で鳥居をくぐり公園内をそぞろ歩き♪平日なので混み合わず程よい花見客です。幼児・児童連れのファミリーが楽しそうに遊んでいます。坂の上は護国神社、花見によらず子供から年寄りまで楽しめる公園ですね。出店は、客足まばらです。桜の下のランチタイムは、気分がよさそう。飯坂温泉 ホテル天竜閣飯坂温泉 橋本舘
2021.03.30

弁天山、山頂近くの駐車場にウォーキングの案内板が有る。花見のシーズンに賑わう弁天山だが、ウォーキングやハイキングや歴史散策などいつ来ても楽しめる。展望台からの見晴らしも素晴らしい。平安末期の説話「さんせう太夫」、世に知られた物語は森鴎外の筆で小説「山椒大夫」となる。安寿と厨子王で有名な「山椒大夫」は、森鴎外原作の映画化で有名になる。厨子王は子役時代の津川雅彦です。弁天山に真新しい石碑が有ります。立派な鏡面仕上げなので文字は読みにくいです。「山椒太夫」「安寿と厨子王」伝説は、全国各地で語られています。福島県だといわき地区という説も有力です。しかし、奥州岩代の国しのぶの里、椿舘から物語は始まっています。安寿と厨子王が椿舘をあとに弁天山から経城山の稜線沿いに歩いていったようです。年月が経っているので文字が薄れたりして読みにくいですね。「 信夫の細道 この道は、ずいぶん古くからあったようで、信達二郡村史には、椿館に起こり、・・・・十万劫を経て中村街道に出る小径とある。 森鴎外は、小説「山椒大夫」の中で主人公厨子王丸が岩代国信夫郡の住家を出て・・・・と書いている。椿館に城を構えていた父の正氏は、この道を逃れ、後、筑紫に流されたと伝えられ(九百余年前、当時は新旧交代の時期であった。一説には将門の乱に関係とのこと)厨子王がこの道を落ち延びたとの伝えも、まんざら作り話だとは言い切れない。 厨子王安寿姫物語は全国各地にあるが、椿館と信夫の細道は、昔も今もここであることに変わりはない。訪れる人の問に答えて、道跡に標柱を立て、道のあらましを誌す。昭和55年10月18日 渡利地区歴史研究会 」弁天山への(徒歩)アクセスなら「ホテル福島ヒルズ」と「ホテルサンキョウフクシマ」がおすすめです。ホテル福島ヒルズ(BBHホテルグループ)HOTEL SANKYO FUKUSHIMA ホテルサンキョウフクシマ
2021.03.28

福島市で花見の名所と言えば「信夫山公園」と決まっていたが、それは、昭和の話でした。今は、素晴らしい花見の名所が福島市内に幾つも有ります。昭和の花見と令和の花見はだいぶ違いますね。桜の下にシートを敷いて宴会を楽しむ →昭和の花見?花見茶屋を予約して夜桜宴会を楽しむ →昭和の花見?花は無いけど居酒屋で宴会を楽しむ →昭和の花見?コロナ禍で花見は、桜並木の下をそぞろ歩き。福島市内の名所をウォーキングで辿って歩く。健康的なハイキング花見も良いですね。信夫山では、出店が準備をしていました。もう、準備完了の出店も有ります。写真を見るとやはり昭和を感じる信夫山公園です。桜の開花はあと3週間くらい後でしょう?信夫山の梅の老木?飯坂温泉 旅館 小松や飯坂温泉 清流の宿 花乃湯
2021.03.25

福島市飯野町の「千貫森」は、別名「たんがら山」「峠山」「男山」「青亀山」「青木富士」等とも呼ばれていたそうです。コロナ禍で花見についても注意が必要です。そんな時、密を避けて「千貫森公園」の花見ハイキングがおすすめです。福島は4月中旬が花見頃です。「UFOふれあい館」「UFO物産館」も楽しめます。桜の頃の「千貫森公園」をドローンで空撮した動画がYoutubeで見つかりました。動画アップありがとうございます。土湯別邸 里の湯奥土湯温泉郷 山峡のいで湯 小滝温泉
2021.03.21

1977年(昭和52年)公開、コロムビア映画(日本での公開は1978年)スティーブン・スピルバーグ監督が人類と異星人の接触を描き世界的ヒット!公開時、福島駅前の映画館「国際」で見ました。発光する謎の飛行物体と遭遇したロイは、何かに取り憑かれたようになる。意識の中に現れる謎の三角形の山に惹かれる。やがてワイオミング州の「デビルスタワー」という山にたどり着く。映画観賞中に、私の意識は飯野町の「たんがら山」(千貫森)に飛んだ。1973年(昭和48年)当時の「たんがら山」写真雰囲気が似ていました。この意識は、現在まで引きずっています。自分的には映画「未知との遭遇」の聖地「たんがら山」(千貫森)1992年(平成4年)「UFOふれあい館」が開館(ふるさと創生事業)新聞などでニュースになりました。この時、「たんがら山」が現地飯野町の正式名称「千貫森」とわかる。ホテルサンルート福島飯坂温泉 喜久屋旅館<福島県>
2021.03.20

JR東北本線の松川駅近くに八坂神社が有ります。駅から徒歩で5分くらいの所ですが、長い階段を上がると社殿です。以前(昭和30年前後)は、境内から遥か東に三角形の「たんがら山」(千貫森)が見えました。しかし現在は、建物や樹木の陰になり山並が見えません。昭和30年頃の旧正月に、八坂神社の境内から数回「たんがら山」を見たことが有りました。当時、この辺の農山村は旧暦でした。山裾から、山頂にかけて無数の灯が点、点、点、点と見えました。なんだろう?それは、松明灯を持って登っているんだと聞きました。遠い記憶を辿り、その様子を写真加工で再現してみました。正月の元朝参りの時間帯だから、真夜中の1時から3時頃です。この写真は、昼の明るい時に撮影した写真をもとに加工しました。しかし、何かが違う?記憶に有る情景と『山の形』が違う?違う違う?長年、気持ちが晴れなかったが、解りました。UFOふれあい館に昔の写真が有りました。ほら、昔は三角でした❕考えられるのは、樹木が焚き木用に刈り取られていたか?樹木の種類が広葉樹が多かったので冬はスッキリしてしまったのか?杉などの針葉樹が増えて山の形が変わったのか?「たんがら山」は『三角形』だから神懸っていたんですね⁉正月の松明灯の登坂行列の事は、地元飯野町か小手神社の関係者に聞いてみよう。あぁ、長年のモヤモヤがハレました。高湯温泉 旅館 玉子湯グリーンホテル福島館
2021.03.17

福島市中心市街地、北裡の裏路地に建つ大正・昭和初期?の木造住居。風情の有る純日本家屋ですね。近くの料亭のご主人に聞いたら「置屋」(おきや)だったそうです。出入りする着物姿のお姉さん達を思い浮かべてしまいます。2月の大地震の影響で倒壊の危険が有ると言う判断で取り壊す事になったそうです。隣地のマンションは、割烹料理屋の後地に建ちました。20年位前までは、社用族や官々接待の役人や、政治家の黒塗車が行き交っていました。和風で昭和の風情が有るこの建築物は、そんな料亭街の絵に溶け込んでいたように思います。心の民家園に入れておきましょう(笑)旅館 やまと飯坂温泉 青葉旅館
2021.03.03

福島南バイパス(国道4号線)、東京方面から伏拝交差点手前の工事現場です。東日本大震災の折に崩落した土手の修復工事です。既に10年経過していますが未だ工事中!難工事が窺われます。東京方面から伏拝交差点に差し掛かる。福島盆地に向かってかなりの勾配です。伏拝のあたりの写真です。写真①の矢印 東日本大震災の時に住宅ごと崩落し、住宅が傾き地すべりしたその写真はニュース等で全国に知られた崖崩れでした。歴史的には沢が流れる土地だったそうです。写真②の矢印 福島南バイパス(国道4号線)写真③の矢印 明治期に出来た旧4号国道、伏拝の坂を緩い勾配で行き来できるようになりました。しかし、台風など大雨の折に道路が沢の方に崩れたニュース数回ありました。写真④の矢印 現在は、住宅などの建物が並び、土地もよく整備された生活圏です。沼地・沢地の面影が残っています。写真⑤の矢印 高台の共楽公園沿い、江戸・明治期の奥州街道あたりです。沢地を避けて、丘陵地を歩く奥州街道は、安全で歩き易かったのでしょうが、この先、福島盆地に降りる急坂道が有り往来する旅人を悩ませたのかと想像します。高湯温泉 花月ハイランドホテル高湯温泉 旅館 玉子湯
2021.03.02
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