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その駅の北側には、田圃が横たわっているのだろう。人気のない、暗い駅の向こうに、かすかな街灯の照り返しを受けて、横にやや大きく広がる水溜りが見える。ゲロゲロ、ゲロゲロと、蛙たちの鳴き声が、そのいくつもの輪唱でうねりを成して、いつまでも続いている。夜が次第に更け行く中、それまで聞こえていなかった、駅のすぐ近くの、1、2軒の民家の脇付近にも、鳴き声が始まった。グワグワグワ、時折、質のやや違った声もあがる。辺りは、あたかも、タクトを振って、交響曲が鳴り響く舞台のごとく、夜の闇に、盛大な輪唱がたなびき広がっていた。そうして、やがて、駅に近づく列車の光が見えて来た。
2006.05.29
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格差社会をどうするのだ、と言う、さももっともらしい話が出ている。これは、ある意味、非常に危険な誤認識となり兼ねない。一例として、目ぼしく成長している企業は、株が上がり、株が上がるから、また、多くの人により、多くの株が買われ、更に株が上がるがゆえに、その企業は一層発展の基盤を持つ。学童や学生においても、成績のいい子は、自信を持ち一層勉学に実が入る。成績が劣ると、やる気も削がれ、また落ちて行く。これが自然現象というものだ。今、ようやくやって来た、景気回復の機運は、それぞれ、必死で頑張り抜いたものがまず、立ち上がって来たのだ。滝の鯉のぼりではないが、高みに登り付く鯉もいれば、落伍するものもある。蓋し、成長期と言うものは、そういうものなのだ。それを見て、格差だ、格差だ、こんなことじゃだめだ、などと言う方がおかしい。戦後の日本の成長の過程はどうだったろうか、やはり、最初は、金持ちと貧乏人の格差が目立ったのだ。しかし、貧乏人は、そのハングリー精神に立って、必死で頑張った。全体が頑張った。そうして、大きな成長を成し遂げたのである。成長期では、怠慢者は出遅れる。格差はだめだ、均等にせよ、ということで、必死の人のやる気を削ぎ、怠慢者の怠慢を是認することになってはならない。成長社会が生んだ格差をなし崩しにするとき、再び、世の中の低迷を呼び込むことに警告を発する。みんなが必死になれば、必ず、全体が上がるのだ。ぬるま湯の甘えごとで、どうして、世の中がよくなるであろうか。
2006.05.28
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昨夜は、しばしば、突風が吹き荒れていたが、打って変わって、この昼下がり、柔らかな日差しが広がる中、幸せそうな、鳥の歌う声がする。花も、この穏やかなひと時に身を委ねている。時折、静かにそよぐ風に、草木の枝や葉が、微笑で応えているようだ。夢は消えるなく、いつまでも。
2006.05.28
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いかなる瞬間の己をも、あるがままに容認し、受容し、楽しめることこそ、幸せなれ。それこそ本体なれ。しかして、万象、須らく、己の実現に支障在るべからざるべし。
2006.05.27
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己が身、すなわち現存在なれば、何処に退出すべきところ在らんや。ここを避けて、何処に己在らんや。ゆえに、ここを最高に生きる以外なし。こここそ、宝土なれ、崩れざる最勝の古里なれ。
2006.05.26
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新緑の季節を迎えて、山は青々とした木々の衣に覆われている。往にし日、こうして、車窓から、この山々を眺めたことだろうが、山は、そんなことも知らず、営々として、ここに佇み続けていることだ。どんな人がどんな風に生きて来ようと、そんなことには関係なく、今また、春を迎えて。でも、しかし、あるいは、やあ、久しぶりですねぇ、と覚えてくれているかも知れない。余りにも、周りが変わり果て、知らぬ人ばかりの車中の雰囲気に、景色まで脚色された気もする。
2006.05.25
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時折小雨降る、雲に覆われた、鬱陶しい天気であっても、それは、雲の下の話。雲の上には、やっぱり、煌煌たる太陽が輝いている。暗鬱は人の心の描く迷いに過ぎない。頭上には、煌煌たる太陽が、いつのときも燃え盛っている。ゆえに、わが心に、煌煌たる、燦燦たる太陽を輝かせ、すべての闇を追いやり、限りない希望と可能性に生き抜くのだ。
2006.05.23
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久方ぶりの快晴、降り注ぐ陽光!太陽の力を感じる。わが身も心も、この日の光のように、躍動し、充実あれと願う。
2006.05.21
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人間、やっぱり、教育が必要だ。植物でも、動物でもそうだが、放り離しでは、成るべきものにもならない。特に、人間社会では、祖先が築き上げて来た叡智、文化的遺産の栄光に浴することは、人間向上の基でもある。なおかつ、教育の基本は、やっぱり、人格形成に尽きるであろう。このところ、教育基本法の改正の動きで、ああだこうだと喧しい話が飛び交っているが、争点は、国家が国民の教育に与すべきでないというところのようだ。特に、愛国心辺りが焦点になっている。政府与党案では“伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに・・”としている。大変、穏当な表現であると思う。この辺に関し、諸説飛び交い、野党周辺、教育関係者等から、特に、かつての“国体”、“国家総動員法”の悪夢の経緯から、国家が国民を教育的立場において、従属的に扱う方向性を許容する可能性を指摘する声が出る。であるならば、両者を糾合したポイントに昇華させ、国家が戦争等の国民的不幸に持ち込まないことを前提とする、等の表現を付加すればいいかと思われる。歴史上、反省すべきところは反省し、洗いざらい、知っておくことは大事なことだ。それこそが文化の継承でもある。失敗が成功の母であるように、反価値もまた、向上への反面教師なのだ。いずれにせよ、国は国民に生活と社会的保障の責務を負うものとして、教育に携わるポイントを明示する意味で、教育基本法は国民の納得する形で整備されることを望む。
2006.05.19
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朝晩が涼しく、少し厚めの服装が必要だ。そこへ持ってきて、台風1号が台湾付近を北西に向かっている。
2006.05.17
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おお 友よ 永久不滅の 光をこの地上に この世界にかの銃口を 微笑みの 花束に変え悲哀の涙を 歓喜の涙に身に纏う 爆薬を 慈しみの衣に限りない 平行線の 討ち合いを手を携え 許しあう 和睦の抱擁へ人類は 幾そばくの 紛争を 繰り返せしや人はまた 幾千万トンの 血を流せしやどれほどの 傷を 付け合いしや幾そばくの 破壊と 喪失と 無謀を 繰り返せしやそして 人類は 自らを 滅ぼす 兵器を作りしなり自滅か 希望の明日か取捨択一の このときに浅ましくも 愚かにもまだ 仮想の敵に 同胞に刃を 向ける と言うのか爪を 研ぎ砲撃の台に 上ると 言うのか長き 迷妄の 眠りから今こそ 覚醒し旗を 掲げよう永久不滅の旗永久に 崩れぬ 至高の心を憎悪を超え利己を超え無慈悲を超え独善を超え大いなる大いなる慈愛の心と 誓いを
2006.05.16
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やっぱり、世の中、そうそういい話は転がっていない。儲けがあるうちが花だ。お金の行方は、微妙なバランスで動いている。特に、昨今のような世知辛い動きの中では、小銭が確保できているうちにしまわないと、大きく失いかねない。雪だるまも、丁寧に転がさないと壊してしまう。
2006.05.15
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今朝のNHK“日曜討論で”教育改革に関し、与野党で討論を繰り広げていた。与党と野党で、イデオロギー上の大きな差がない限り、教育に関して、意見が分断されることは考え難い。しかしながら、それぞれ、与党であり、野党であるがゆえに、差異を唱えなければならない。そこに至っては、単なる縄張り争いの言い争いでしかない。何とか、相手よりも自分の方がいいような印象を持たせる発言に終始するばかりだ。テーマについて、真に意見が二分されているのであれば、両者の対立点が明確に浮かぶであろうし、討論に実が出て来るはずである。しかし、現実は、そうではなく、野党の意見は、与党の揚げ足取りのような内容になって、実を挙げるようには見えない。昨今のように、価値観の多様化の時代に、無理やり二大政党がいいとか、自党以外は全部駄目などと言うことはあり得ないのだ。それぞれの国会議員は、その得意分野やモチベーションによって、それぞれ意見が異なるはずである。それを、敢えて、政党の垣根のゆえに、変形したり、セーブしたりするようなことがあってはならない。ゆえに、政治審議の場は、超党的な議論をなされねばならず、あくまでも、政党とは、原則、仮集合の組織として把握されるべきであろう。
2006.05.14
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これまでの国際外交は、事務レベルが基本で、言わば、無機質、血の通わない外交が主流だった。実質的に、役人が出掛けて処理するのだから、どうしても、法律の条文をなぞる路線だ。人に揉まれ、苦労し、人間の本質を知悉し、磨き上げられた人間でなければ、人間世界の問題を解決できるわけがないのである。勉強で人と競争し、勝ち抜いたと言うだけの人間は、所詮、それだけでしかない。人の心を動かせなくて、どうして、国際間の問題に取り組めようか。人の世の平和実現を、命懸けで、取り組める、最も人間らしい、人間性漲る人格者こそが、世界の檜舞台に立つべきなのだ。国と国の間を線で引いて、後ろに武器を控えている時代は、もう、お仕舞いにしなければならない!21世紀は、人間外交の時代だ。人の心と心を結ぶ時代にしなければならない。
2006.05.12
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このところの円高・・ドル安で、為替、そして株に、ギッタン、バッタン、ドッタン、バッタンと、落ち着かない動きが出ているが、今日辺りで、ドル安は落ち着くとか。是非お願いしたい。
2006.05.12
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迷路は迷路にあらず。暗雲は暗雲にあらず。見渡せば、全貌明らかにして、峰の風爽やかなるが如し。清流滔々にして、恵日赫々たり。焉んぞ、先行く道の危うしと言うべけんや。
2006.05.11
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落差の大きい変化、急な変動、激変・・には、どうしても、驚くのは当たり前だ。しかし、冷静さが必要だ。灸は、そのときは熱くて耐え難かったとしても、後のためには、薬となる。自分のもって行き方次第で、すべては肥しともなり、すべてを無駄なく、活かして行くことができる。「万事塞翁が馬」だ。大いなる山を登り、大いなる海を渡れ。
2006.05.10
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人類の歴史は、人間開放の歴史でもある。社会的な差別の克服、宗教的捕縛からの開放、分析すると、いろいろな分野に及ぶ。人間は自由を求めて、さまざまな形で、不自由からの克服に努めて来た。そして、当に、芸術も、人間の内面の開放を目指していると言えよう。すなわち、人間は、本来、○でなく、△でなく、□でなく、×でなく、あるがままの自由体であるからだ。それに気が付いたとき、何が幸せであり、何が不幸かも見えて来る。これを見誤るところに、世の中の混沌が生じている。
2006.05.09
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私は、個人であれ、国際間であれ、その交渉の基本は、いわゆる、弁償法に言う正反合の昇華を目指すべしと信じる。以前、よく、インターネットの討論等で、取っ組み合いのような意見交換を見かけたことがある。浅ましいことである。正と反では、永久に解決を見ることがない事が見えているのだ。昨今の国際関係、テロリズムも同じだ。両者が、互いを理解しあい、合の昇華に至らなくてはならない。喧嘩をして勝つのは、独裁者ヒットラーや暴君ネロのやり方だ。相手を否定するは自分を否定するなりである。最後は自滅している。もう、人類は、そういう段階ではない。そうさせてはならないのだ。恐るべき核兵器が横たわっているこの時代に、大いなる警鐘を鳴らし続けねばならない。人と人の触れ合い、国と国の触れ合いは、正反の争いやそれに付随するような恩讐を越えに越え、上の、更に、更に上の段階へ、昇華、そして昇華を目指す交渉でなくてはならない。月が壊れ、太陽が消えても、この真実は消えることはないと信じる。永遠の平和のために。
2006.05.08
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テレビ番組“グレートマザー物語”で、視覚障害のバイオリニスト・川畠成道さんとそのお母さんの戦いの歴史を紹介していた。母親から楽譜を伝えられ、二人三脚で生み出した音楽だ。日本の大学で音楽の勉強をした後、英国王立音楽院を首席で卒業している。その陰に、いつも、息子を支え続ける母親の力があった。そして、今、本人は、これまで自分のために人生を捧げ続けてくれた母親の前でバイオリンを弾く。音楽は心だ。弦の上を走る弓に込められた深い思いが奏でられる。これからは、自分のために生きて欲しい、ありがとう、ありがとう、あなたなしでは今日の、この私はあり得ません。ありがとう、ありがとう、と。研ぎ澄まされ、嘘のない、純粋な音楽!音楽は愛情だ。人間愛だ。
2006.05.07
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いざや天地は晴れにけり青き皐月のこの大空に輝き広がる大瀑布泳げ舞い立て鯉のぼり胸にお腹に満身に思いも高き夢躍らせて目指せ戦え今この時をきっと掴めや希望の明日
2006.05.05
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先の降雨で、黄砂や塵芥も洗われたであろう、東京にも、透明感の高い青空が広がった。それにしても、中国からの黄砂、何とかして欲しいものだ。今日のテレビによると、中国の砂漠化、相当広がっている模様で、地域によっては、日本のボランティアが植樹を進めているとか。放牧による草原の減少も原因と言う。あれだけ大きな国だから、国を挙げて、植樹、草原の回復を図れば、たちまちに改善できることであろう。日本に目を光らせるばかりでなく、自国の足元にも大きな目を配り、共存共栄を図って欲しい。このことは、日中間、ひいては日韓の外交上の重要課題に挙げるべきだ。「お宅の砂埃がうちの庭や家の中に舞い込んで困っております。私ども、その改善、対策に関し、ご協力致しますこと、やぶさかでございませんので、是非共々の尽力をご希望申し上げます」と言ったところだろうか。
2006.05.04
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今日の伝統の一戦、巨人対阪神、見応えのある試合だった。甲子園が生んだ高校球児、プロ野球の候補生だ。その甲子園で、忘れ得ぬ戦いをやった、工藤投手、また、原監督、その情熱が、今また燃えるこの場所で、熱球を放り、投げる球、打つ球を追う。甲子園を目指し、甲子園に心躍らせた勇士たちの、今再びの熱戦、見事な勝利で飾った。
2006.05.03
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このところ、異常気象続きだが、またまた、変てこな天気が続いた。じっとしていても汗ばむ真夏日の翌日は、虎が出て来たのか、竜が暴れ出したのか、ドンガラ、ドンガラ、と雷付きの嵐。人間様もびっくりだが、走って逃げられない、植物たち、ヒヤー、ヒヤーのお騒がせである。でも、嵐の後の庭を見ると、一八あたり、どうしたの?と言うような顔で、しゃきんと立っている。植物も、生命の歴史の中で、ちょっとやそっとで倒れない、強い命の在り様を、そのDNAの中に宿しているのだ。雲を通して届く、明るい光の中、穏やかな、そして、静かな空気が広がっている。
2006.05.02
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小泉総理の靖国神社参拝に関し、アメリカの関係筋も止めるべきと言う判断をしているようだ。中国、韓国等との国際摩擦を懸念するためだ。しかし、中国に言われたから止めましたと言う持って行き方は不適切であると言う。そこで提案したい。小泉総理は、郵政民営化の是非について、国民の審判を問うたように、この、今や関係諸国にまで波及している靖国参拝の賛否を国民に問うべきではなかろうか。世論の動きからして、これは過半数が反対するに違いない。中国に言われたからでなく、国民の意向を汲んで、内閣閣僚陣の靖国参拝は止めると言う形がよい。ただ、その賛否の問い方だが、選挙と言うわけにも行かない。選挙でなく、純粋に、国民の意見を吸い上げる手段があっていいのではなかろうか。例えば、市町村役場に出かけて、本人確認をとり、アンケート式、あるいは、二者択一、あるいは、五段階判断等の票を投じる形だ。全投票に対する割合、また、絶対数が、ある値に達しているかどうかなど、基準を設けて判断できるようにする。などなど、工夫があっていいだろう。
2006.05.02
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巨人の二岡選手がプロ野球史上の新記録、二打席連続満塁ホームランを打った。これは、まさに選手の実力であることは言うまでもないが、とともに、チームの力だ。本人が打席に立つ前に、塁が全部埋まっていなければならない。それが二打席続いて、そうでなければこの記録は出ないわけだから、まさしく、チームの連携プレーなのだ。現時点で、今年の巨人が強いのは、チームが一丸となって、戦っている証左と言える。高校野球で勝ち抜くチームのような姿だ。一時、“俺が、俺が”と言うような、個人プレーが目立った頃とは大違いである。野球の本質がチームプレーであることを物語るものだ。
2006.05.01
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