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2009/02/28 sab.最近忙しくしている関白が、今日くらいしかないからと、98歳の叔父と,気になってるその息子(従兄弟)のお見舞いに行きたいというので、まず、ここ3年ほど入院している叔父の病院に行きました。「何線だっけ?何処で降りるんだっけ?」とまあ頼りない話ですが、何とかなるもので、駅の表示板見て思いだし、目的の駅に着けば,道は自ずと思い出すものです。叔父は顔色も良く,こちらの問いかけににこにこして答えます。持ってったプリンも、叔母に食べさせて貰いながら、美味しいと言ってくれました。その後叔母と一緒に家に行き、マッサージに千葉まで行ってる従兄弟の帰りを待ちました。彼は肺がんを患い、すでに全ての治療を断念、自宅での緩和ケアに入っています。玄関で大きな声がしたと思ったら、長距離を連れ合いの運転で往復してきた従兄弟は、疲れた様子もみせません。一時はなくなった髪の毛も生えて、鼻の下に蓄えてた髭は顎に、およそ癌患者の窶れた様子はありません。退職した時職場から持ち帰ったものが部屋にあふれているのを気にしながら、一昨年亡くなった叔母のことや、この春退職することになった従姉妹の話など、以前と同じは話題が弾みます。その間も、苦しそうな様子もまったくなく、彼がもう月単位の余命を宣告されているとはとても思えません。これまでも、どれほど苦しい思いをしてきたことか、とても想像出来るものではありませんが、会いに行って、とても安心しました。
2009年02月28日
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2009/02/27 ven.とうとうというか、やっと雪が降りました\(^-^)/ほら、松の葉に積もりはじめました~やっぱりこの時期が東京の雪シーズンなのか、かの二二六事件も大雪だったそうです。井伊大老の桜田門外の変も,3月3日と言われていますが、あれは旧暦だったのか?だとすれば、4月ってことなのかしら・・・nonの高校入学式の4月8日が大雪で、タクシに泥水かけられながら師団坂を上ったこと、忘れられません。来週も雪の予報が出てますが、どうなのでしょう。この菜種梅雨みたいな毎日でしたが、春はまた遠くなった感じです。
2009年02月27日
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2009/02/26 gio.この前の受診から1週間。予約制ではないけれど、今日の午前中が主治医のsもと先生が外来に出ている日なので、もともと診察を受けることになったました。昨日、ケアマネさんから電話があり、一昨日は、殆どに先ず桑図で寝てばかり、顔色も良くなくて、あんまり良くなってないように見える,という報告。その折、今日は雨かも知れないからと、介護タクシを頼んでおいて貰いました。病院までの距離はないのですが、急な坂道で、車椅子を押すのは容易ではありません。以前は手の空いてるヘルパーさんが付いてくれたりしたのですが、入所者が一斉に介護度が上がってしまった今、ヘルパーさん達の手が空くということは期待出来ません。別のヘルパーさんを頼むなら、介護タクシの方がこんな時は助かります。診察の結果は思ったよりずっとよく、サチュも97というかつてない数字。待っ待っている間も苦しいと訴えることはなく、貧血もないし、足も浮腫んでないので、日によってご飯食べなかったりは、自然にしましょ。灰の水が完全に抜けることはないかも知れないけど、薬を半分にして1週間飲んだら、それでいいことになりました。介護タクシを頼む時、帰りはどうするかというのがいつも問題です。診察にどれくらい時間がかかるか分からないので、待っていて貰うのもどーかと思うし、終わってから頼んですぐに来て貰えるかどーかも確かではありません。今日は、必要だったら後で電話するのでと帰って貰ったのですが、終わった時はまだ雨も降っていなかったので、頑張って自分で急坂押して戻りました。介護タクシは、ヘルパーでもあるので、とても助かるのですが、こんなに近い距離で、送ってもらうだけ。本人もわりとしっかりしているので尚更、\2000が惜しくなたのでした。
2009年02月26日
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2009/02/25 mer.生涯学習の委員会で、将来生涯学習センターになる予定の建物を見に行きました。ここは、廃校になった小学校を有効活用しようと立ち上がった地域の人々によって、すでに活用されているのです。最初は、母校がなくなるのはイヤだというOBが10人そこそこ集まって、呼びかけたらしいのですが、1人1万円50人でNPOを立ち上げ運営することになりました。ハコは小学校をそのまんま、殆ど手を入れてません。玄関は勿論昇降口何方かからの寄付のお雛さまが飾られてましたパソコン教室も盛んなようでかなりの台数しかも最新のOSが入っていました此処で熟練した人が、あとの人を教えるという、私たち委員会で懸念している、還元型の生涯養成も実現しつつあるようです。なんと言っても学校の教室って広いです壁に鏡を貼れば,ダンスやお芝居のお稽古に最適此処は理科室?水が使えるので、画家さん達のアトリエというか、作業場になってますこの広さって、ピアノが似合います布を被っているのは、カラオケだそうです地域の方々で、賑わうようすが目に浮かびます教室そのまんま、というのが都合がいいようで、劇団の利用がとても多いといいます。実際、お稽古中の所に出くわしました。両国のシアターXで上演予定だそうで、チラシを大量に渡されました。一寸面白そうです。最上階の教室が、よく撮影に使われるというのも、経済的に運営を助けているのでしょう。昇降口の靴箱からスリッパ出して上がると、誰もが心の中にもっている、懐かしい小学生時代に帰るような、安心感があるのでしょうか。なんの違和感もなく,初めての人でもすっと入って馴染んでしまいそうな気がします。耐震工事や、エレベータの設置に伴って、何処をどんな風に変えたらいいかなんて、図面で検討してきたりしてましたが、当に百聞は一見にしかず。今のままの利用を,確かな形で進めていくのが良さそうに思えてきました。
2009年02月25日
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2009/02/24 mar.このところの花粉シーズンで鼻をかむことも多いのですが、何日か前に気がついて、ちょっと気になっていたのです。右の小鼻の下を押さえると、痛いと言うほどのことではないのですが、ピリピリとするのです。口の中から、右前歯の歯茎の奥の方に指を突っ込むと、やはり変です。何しろ、丁度2年前、派手に前歯を折って、大工事をしています。その跡がどうかなったのではないか?見えないところで何か起きてる・・・?心配になって、昨日電話したら今日の12時が空いていたので、早速歯医者さんに行ってきました。もともと歯石のお掃除も,中断してたし・・・レントゲンを撮ったら、やはり、神経が痛み出しているようだけど、もう少し様子を見ましょうということでした。何しろ、1本は完全に折れて、1本は引っ込んで、1本は出っ張ってと、自分では、3本抜くのか?と諦めていたような所、出っ張ったのと引っ込んだのは、先生の力尽くで戻し、抜かずに済んだという経緯があったのですが、実は中の方では神経が引っ張られたり,もしかして捩れたりもしているわけで、なんの損傷も受けてないはずはなかったのです。このところ、冷たいものがバカに凍みるとも思っていたのですが、それもそのせいだったかも知れません。患部を触ったり押したりしないようにとご注意を受け、2・3週間様子見です。
2009年02月24日
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2009/02/23 lun.激しく落ち込んでます。関白が朝から年金のことで、なにやら騒いであちこち電話して、やっとなんとか落ち着いたお昼少し前、私の携帯が光ってます。あけてみたら、まっさーじのSgさんです。なんだろ?と思ってかけてみると、「chiaraさん、今朝入ってましたよね」「え~っ 明日じゃ~」そういえば、月曜の午前中は、いつもはヨーガなので、火曜日と思ったけど、今週はお休みなので、入れて貰ったんだっけ。しかも、こんな風にあっちにしようかこっちにしようか迷いながら決めた時は不安なので、この間nonがいった時確かめて貰おうと思ったのにそれも忘れて、まあ大丈夫だろうと思ってたのが間違い。「ごめんなさ~い」「いえ、大丈夫。全然構いませんから」「ほんとにごめんなさい」「でも次が、一番早くても16日になっちゃうんですよ~」「えっ」「ボク出張に出ちゃうんで・・・」「・・・」あ~あ、Sgさんが構わないっていってくれても,私の方が困るんです~今日はいくらかいいのですけど、日によって、ほんとに方が動かせなくて・・・また、間空いちゃうと、酷くなっちゃうだろうしな~もう絶対、行った時、目の前で手帳に書き込まないと
2009年02月23日
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2009/02/22 domenica最近の日曜の朝は、「教会に行くの誰?」って話になります。教会学校は今日はお休みなのですが、ha-は行くと言います。しかも、自分の自転車で行くと言いながら、1人ではまだ不安なのです。ママが行かないとなると、じゃ~誰が一緒に行く?ジージは往きは一緒に行けても、帰りは分からない。おまけにha-は,お昼のパンを買いに行くのも楽しみ。じゃ~、私も今日自転車?とこんなことでゴチャゴチャしている間に、また今年もすっかり忘れてしまいました。何年分かの枝。前の年の聖週間の初日「枝の日」に貰った枝を燃やして取った灰を、この25日の「灰の水曜日」に使うのです。ところが我が家では、貰っては来るものの翌年持って行くのを忘れるので貯まってます。今年こそと3週間ほど前からこうして、袋に入れて用意していたのに,毎週忘れて・・・今日が最後なのに・・・
2009年02月22日
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2009/02/21 sab.建築中の、裏の建売住宅。こちらにめいっぱい寄せているので、驚き、これで各部屋の採光は十分なのか?そんなことを心配していたのですが、2軒同時進行で立ち上がっていくのを見たら、その間は、これしかありません。足場の建っているところが、2軒の間の空地なのです。ほんとに人1人と居るのがやっと。外壁を、どうやって貼って行くのか、ちょっと見物です。この2軒はお互いの地境に,フェンスなんて勿論作れませんし、先行き、外回りのメンテナンスはどうするのでしょう、と思います。とはいえ、この辺りの建売住宅などは殆どこんな物です。相当広いと思う敷地も、細分化されてしまうのです。この広さなら3軒くらいかな?なんて思っているところに6軒建っていたり・・・こんなにくっついて建てるなら、いっそテラスハウスのように繋げたらと思うのですが、住まいや土地は個人の財産という意識が強い日本では、自分の所有する物の境は、はっきり分けられることが必要なのかも知れません。日本は豊かになった、経済大国だといわれても、こんな所を見てしまうと、とても貧しいと思います。ウサギ小屋といわれることが適当な表現とは思いません。このような建て方をする業者、そして、こういう物を良しとして大枚はたいて買う、消費者が貧しく思えるのです。
2009年02月21日
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2009/02/20 ven.さて、先週の宿題、発表の日です。ところが先ず、私は大きな勘違いをしており、Wikiのように書いていくのだとばかり思いこんでいたのですが、そうではなく話すのでした。よく考えてみれば、今日の人と来週の人と分けたのですから、レポートではないに決まってます。さて、そこでもう調子が狂って、ベコベコ私が担当(というか自分で選んだのですが)したのは向井千秋。ご存じ我が国初の女性飛行士です。あの笑顔が好きで、親戚の者から学生時代のエピソードなど聞いてたので、何となく親しみもあり、夫の万起男さんという方も書いてるものなど拝見するとナイスで、真っ先に選んでしまったのでした。Wikiの真似をすればいいと思い込んでいましたから、先ず開いてみます。ついでに、イタリア語版がないかな~、などと虫のいいこと狙って他のですが、ありませんでしたスペイン語だのポルトガル語だのあるのにまだまだイタリア語はマイナーなのですね。仕方ないので、日本語から拾って訳していったのですが,それはもうボロボロ。先生が優しくて助かる~~~astronauta(宇宙飛行士)という単語を知ったことぐらいが収穫・・・トホホ彼女が心臓外科医で、石原裕次郎の手術のチームのメンバーだったことなど、みんなは知らなかったようで、驚かれました。その時、着ていた白衣から「カンフーねーちゃん」などと呼ばれてた、なんてことまでは話せませんでした。今も写真で見ると、何となくそんな雰囲気、と私は思ったりするのですが。
2009年02月20日
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2009/02/19 gio.このところ、91歳の調子がすこぶるいいのですが、そろそろ、何となくやな予感が・・・と、ヘルパーさんやケアマネさんと話していたのです。前回の退院から2ヶ月。そもそも、昨年は病院で年越しをして、年頭に退院。その後6ヶ月後に,今度は2ヶ月の長期入院。そして退院後3ヶ月でまた1ヶ月の入院。こんな風に、間隔が短くなってきていたので、そろそろかな~というのもあるのですが、実際、水分の取り方が減ってきている所に、数日前から息苦しさを訴えていたのです。そして、今朝の看護師さんの検査で、サチュが90を切っているというので、診察を受けることになりました。キタ━(゚∀゚)━!!!!!入院覚悟です。待ってる間も時々苦しいと訴えます。呼吸器なのか?ひょっとして狭心症か?などと考えていました。今日の外来の先生は、ざっと診察したあと、「いつものS先生とご相談しましょう」そして、採血したあと、地下に心電図・レントゲン・CTを採りに行きました。「上行くの?」不安そうに訊くのです。「ううん、地下に検査に行くのよ」「よかった」「上はいやなの?」「いや」上は、入院病棟。やっぱり、いやだったことは憶えているのです。ひととおりの検査の結果は、CRPも抗生物質飲むほど高くないし、慢性的な肺炎はあるものの入院しなくても良さそう。ただ胸水が貯まっているので、息苦しいのだろうから、利尿剤を出しますね、ということで、1週間後に受診することで帰ってきました。車椅子を押して,近いとはいえ、急な坂道。検査のたびに下ろしては乗せて、の繰り返し。ここ2ヶ月で、歩行器使って歩けるところまでになっているので、前回よりは本人がしっかりしているとはいえ、介助は大変です。こちらの体調次第では、通院の為のへルパーさんを頼んだ方が良さそうなのですが、病院は大概急なことなので、なかなか確保が難しい。全然動けなかったりしたら、やっぱ救急車頼んじゃうだろうな、と思います。
2009年02月19日
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2009/02/18 mer.呼吸器科通院日でした。4週毎なのですが、この所ピークフロー値もあまりよくありません。前回と比べて、平均値も落ちています。変動が大きいのではなく、低く安定しちゃってます。私としては、300超えればそこそこ楽になるのですが、そんな日は殆どなく、かといって、イエローゾーン突入というわけでもなく、年のせいで、気管支がさらに硬くなってきてしまっているのか?などと思ってみたりするのですが、先生はそうは仰いません。それどころか、「治験してみる?」前に、何処か喘息のサイトか、mixiかで見た覚えがあるのですが、肺気腫(COPD)の薬が、人によっては喘息にも効果があるらしいので、治験といっても、新薬の開発などと違い、そのデータをとるということのようです。「次回までにそれ読んどいて!」とプリントを渡されたのですが、そんなものすぐ読めちゃうし、特に危険を伴うような治験でないならば、試してみたいじゃ~ありませんか。否もありません、即OKです。次回来た時に必要な検査をすることと、数年ぶりに喘息日記を渡されました。喘息と診断されたばかりの頃、つけたことがあったのですが、記入事項がえらく簡単で、しかも抽象的で、結局ピークフロー値以外は、問診で済むことでしたから、エクセルで作ったグラフだけ持って行ってます。今回渡された日記は、その頃よりは随分改良され、細かく記載されたことにチェック入れるだけなので、とても分かり易くなってます。もともとデータ取ること自体は好きなことだし、今、咳が気になってるので、その書き込みが出来るのもいいかな、と思ってます。
2009年02月18日
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2009/02/17 mar.朝から籠もっていた図書館の録音室を出てみると、外は真っ赤に。富士山の赤く染まる姿はもう長いこと見ていないのですが、こんなビルでも、なかなかにきれいなものです。でもこれも長くは続きません。ちょっと目を離すと、日はどんどん沈んで、高いビルも陰ってしまいます。昨日とはうって変わった冷たい空気に、暖かいお豆腐が食べたくなりました。そう言えば、このところ、お豆腐屋さんに縁がなく、早じまいだったり、配達中と貼り紙がしてあったりで、買い損なっています。我が家の辺りには、他にも何軒かお豆腐屋さんがあるのですが、此処が一番美味しい。屋号が書いてないので、何年も名前が分からないまま、ただ「あそこのお豆腐屋さん」だったのですが、最近、けんちゃんというなまえを知りました。おじさんというかもうおじいさん?という年齢なのですが・・・高層ビルが幾つも聳え、高速道路が走るすぐ傍に、こんなお豆腐屋があるというのは、ちょっと不思議な風景なのでしょうか。最近この辺りに増えている、カメラを持った集団が、足を止めて撮していきます。でも、そんな話をすると、娘達は不思議な顔をするのです。生まれた時からこういう所に住んでいると、特に珍しいとは思っていないようなのです。「三丁目の夕日」という映画が評判になりましたが、近所の友達はみんな口を揃えて、あの映画の何処がいいのか分からないといいます。他の友達がいうには、それはね、「3丁目の夕日」の街に住んでるからよ!
2009年02月17日
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2009/02/16 lun.図書館の録音室も、使える日数は限られてしまいます。先月やっと3本目に入ったところで、雑誌の当番グループに開け渡す状態になりました。私たちのところで、毎月テープに入れている雑誌は「小説新潮」と「歴史読本」。それぞれを、90分テープ4本と3本に抜粋しています。どんなものでも、読む前に下読み・調査という準備があります。これが結構大変なのです。「小説新潮」の方は、主に地名と個人名ですが、「歴史読本」の方は、なにしろ昔のことなので、その他にもいろいろ調べなくてはなりません。そんなことも含めて、テープ提出まで半月近い日数を採ってありますが、その後更に、校正という作業があり、最終的に、録音室を20日近く占拠することになります。なので、一般図書は、雑誌の入っていない時しか使うことが出来ず、そのために、自宅録音をしていたのですが、このところ我が家の内外、工事やらチビ立ちやら煩くて、とても無理。おまけに、何故か、夜早く眠くなってしまうようになったので、夜中録音も出来ない有様朝はいくら早く目が覚めても、朝の声というのは使い物にならないのです。そんなわけで、今日からが勝負、というわけで、取れるだけ録音室を採ってあります。で、早速今朝から録音再開したのですが、1ヶ月近いブランクは、進捗を阻みます。となると、あまり気も乗らず、そこそこで終わりにしてしまいましたまたあしたって。
2009年02月16日
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2009/02/15 domenica今年の花粉症は,なんだか様子が違うような気がします。もともと私の喘息は、酷い杉花粉症が変化していったもの、と自分では思っているのです。そもそも、クシャミ連発とか、花ずるずるとか目の痒みの酷い期間がとても長く、梅雨が本格的に始まるまで続くというのが普通だったのに、ある時期から、それはだんだん短くなって、咳が出るようになったのです。その頃かかりつけの医者に、花粉症から喘息になることはなく、咳は別の原因だと言われ、咳止めなどを処方されていたのですが、結局、夏になるまで治らないなんてことが、何年も続いていました。そして、咳の出る期間がどんどん長くなって、出ないのは、ほんとの真夏くらいになってしまい,他にも気になることがあって、呼吸器科の検査を受けたら、気管支喘息と診断されたといういきさつがあります。それも、発症していながら何も治療しないまま年を得て、リモデリングという気管支が硬くなる状態になってしまい治りにくくなっているのです。そんな経過があったのですが、今年の症状は、ハナから咳に悩まされてます。風邪の咳のように、ひっきりなしに出るというわけではないのですが、何かのきっかけで咳き込む。声を出し続けていると,咳が出始めるといった具合です。あとは、何となく常に頭が重いというか鈍痛があること、夕方になると、何となく熱っぽくなることなど。目の痒みは薬を貰ってきたので治まるのでしょうけれど、何ともすっきりしない,ダルダルの日々です。
2009年02月15日
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2009/02/14 sab.そろそろとは思っていたのですが、この好天気と早朝からの暖かさこれは 眼科に駆け込みました 杉花粉症歴ン十年。坑アレルギー剤はもう1ヶ月位前から飲んでます。近年は、鼻の症状は随分軽くなって、クシャミ連発とか鼻水とかは殆ど無くなり、鼻づまりも、点鼻薬を通年で使っているせいか随分楽になってます。でも、目の痒みだけは治まらず、年1度の眼科通院です。ステロイドの入った点眼薬は、副作用に眼圧が上がることがあるといわれていますので、必ず眼圧チェックが入ります。40歳を過ぎたら、緑内障予防のためにも定期的に眼圧を測るのがよいといわれますから、この季節に必ず眼科に行くというのは,健康診断でもあります。おまけに、昨年は、左の視力の急な低下が判り、大学病院で、網膜の検査まで受けることになりました。とりあえず、問題は発見されなかったのですが、その後も進んでいるのかどうかが気になります。ところが今回は少し戻っていました。強制視力 右:1.2 左:0.7昨年は、左:0.5だったのでした。昨年は、眼鏡ではもう度がでないと言われたのですが、少し戻ったのならどうでしょう。まあ、遠近両用コンタクトレンズが至って具合がいいので、あくまでも予備ですけど。
2009年02月14日
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2009/02/13 ven.イタリア語教室の宿題が、最近ちょっと傾向が変わってきました。前回は静岡に行くので休んでしまい、例によって、プリントを友達が送ってくれたのですが、それはまあ、普通の文法の問題とイタリアの慣用句。文法の問題は、辞書など見て何とかなるのですが、慣用句というのは、例えが日本とまるで違うので、さっぱりです。いくら考えたところで、これかな?あれかな?って果てしなく迷うわけで、教えて貰えばいいと割り切って放置。でも、一応は考えた末なのでお赦しをそれで問題は今日出た宿題です。2週間前には、あまり知られてない観光名所を紹介するというものでした。これはちょっと、力入れて,これまで取り貯めた写真などプリントしたりしたのです。でも、予め書いていった、イタリア語原稿は、殆ど役立たずというか、いろいろ間違いを訂正されたり、質問されたりで・・・でも、ちょっとしたレポートをまとめる感じで、結構楽しかったのです。で、今度は、一線で活躍している女性について1人ずつ書いてこいというのです。被っても行けないので、誰について書くか、決めます。出て来た名は、ヨーコ・小野、上村松園、平塚らいてう、向井千秋、原節子、土井たか子などです。最後の2人を先生が知っていたことに、私たちはビックリウィキペディ程度のことを書けばいいのですが、何てったって、イタリア語で書かなくてはいけません。Wikiのイタリア語版ないかとさがしてみたり、当に学生気分の宿題です。勿論、他にプリントもあるのですよ~
2009年02月13日
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2009/02/12 gio.この間静岡で、銀行に行く前に証券会社で成年後見人の手続きをしたときには、とても簡単で、しかも、書類の処理を待ってる間も、ネットでいろいろな会社のページ見ながら、オネーサンといろいろ話が出来て、結構楽しかったのです。そして、あとは近くの支店で移管の手続きをすれば終わりということで、しちメンドクサイ銀行と違って楽だわ~と、とても気楽に考えていたのですが・・・まず、、、担当者がいない。それでも、他の者が対応しますからいらしてください、というので出かけたのです。この他の者というのが問題だったのかも知れません。定年過ぎた嘱託?と思える年格好。書類を書くのにも、いちいち内線で何処かに訊きます。「ここんとこはどう書いて貰えばいいの?」時には、書類を持って確かめに部屋を出て行きます。しかも、こういうところは奥の部屋に入るのにセキュリティがかかっていて、なんやら暗証番号をピッピッピッピッと入力してます。それがまた、ひとつひとつゆっくり丁寧に入れてるのですが、時にはやり直したり、諦めて、他の方廻って行ったりもしていました。結局、所要時間一時間半成年後見人の扱いに慣れていないという点は、この間の銀行と変わりはないでしょう。でも、それだけではない、もっとイライラさせられるものがありました。わざわざ2箇所に足を運ぶ必要があったかどうかさえ、疑わしくなします。もう1箇所用事を済ませられると思っていたのに、先送りです。夜になって担当者から電話が入りましたが、留守だったこと詫びただけで、それほど時間がかかったということは,おそらく耳に入ってはなかってでしょう。そしてこの際なので、ネットで出来るものなら、といろいろ訊いてみるのですが、なんかあやふやで、イマイチはっきりしません。
2009年02月12日
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2009/02/11 gio.出張に出る関白を飯田橋まで送ったあと,スーパーで買い物をしていこうと思って、はっと気がついたら、ガソリンのメータが殆ど0ですとはいえなにしろ91年の車ですから,今時と違って・・・《いや、あの頃も他の車は警告ランプくらい付いてたな~?》ランプが付かないだけでなく、刺してる針も太くて、ここまで来たら、果たしてあとどれくらい走れるのか判然としませんとにかく早くスタンド見つけて入れなくちゃでも、あいにくの休日。近頃の不景気で、止めてしまったスタンドも多く、走っている道には見あたりません。そのうちになんだかボッボッボッといってるような気がしてきます。気持ちは焦るのですが、一向に見つからず、ガス欠でJAF呼ぶなんて恥ずかしいよな~それに、待たされるだろうし・・・ということは見えないところで、随分多くの人に迷惑かけることになるし~こんなことで~ドキドキしながら、スーパーを通り越してバイパスになってる下の通りに出ました。これが当たりで、少し言ったところに小さいスタンドが営業してました給油が終わって、「お客さん、どちらの方向へ?」「今来た方に戻ります」まだ買い物済んでなかったのです
2009年02月11日
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2009/02/10 mar.一緒に行くはずだった人が行かれなくなったからと、友人から誘ってくれて、歌舞伎を観に行きました。歌舞伎座もいよいよ改築ということになって、ここ当分はさよなら公演。チケットも手に入りにくくなっているとか聞いてます。今の建物は、関東大震災後の1925年新築されたものの、1945年5月東京大空襲に遭い、大屋根が落ち、内部を焼失。ようやく1951年に、吉田五十八設計で再建されたものです。2002年年には、国の登録有形文化財になっているものの、何とも内部の使い勝手が・・・勿論客にとってなのですが、エレベーターもエスカレータもなく、天井桟敷の一幕見など、この年になると無理です。座席も狭いのに、映画などより遙かに長い時間座って無くてはならないのです。こんなこと考えると、建て替えやむなしと思うのですが、桃山様式といわれる破風屋根の乗った外観は棄てがたいと思う人も多いと思います。先日公開された案は、確かにがっかりしましたが、何処かの誰かさんが、「オペラ座みたいにしろ」とか言っているようですが、何処のオペラ座をイメージしているのやら、イヤイヤそれより、なんでオペラ座なの~開演前の劇場入り口は流石に混雑が酷く、待ち合わせた友人に会えるのかしら?電話した方がいいかしら?と思っているところで無事出会えました。客のリクエストでの上演も有りとかのさよなら公演ですが、今月は、「こいつぁ~春から縁起がいいわえ」の三人吉三と、勧進帳はお馴染み。吉右衛門さんの弁慶は勿論期待通りでしたが、初めて見る蘭平物狂が、めちゃめちゃ楽しい舞台でした。義太夫狂言ならではの2重3重に入り組んだ物語。最後の大捕物は赤いパッチの捕り手が20人以上も現れ、一斉にトンボ切りまくり、屋根から飛び降り、青竹で作った梯子を振り回しての大立ち回り。花道に出てまで、奴の大衣装を着けた蘭平役の三津五郎さんがその梯子によじ登り、梯子で担ぎ上げられられたりと、会場からは沸き上がるような歓声と拍手の連続です。約一時間半のドラマ。毎日これを演じる役者さん達、今更ながら半端じゃありません。蘭ペイの子ども役で大奮闘の橋之助・三田寛子夫妻の次男のように、小さい頃からの修行と経験が無くては、とてもこうまで出来るわけはなく、他の芸能とは決定的に違うと,毎度のことながら思わせられます。4列九番、花道七三極近で見ることが出来たのは、こいつぁ~春から縁起がいいわえ
2009年02月10日
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2009/02/09 lun.ヨーガの日なのですが、ゴミの日でもあります。この季節、朝、ゴミ出しに2往復したら、やっぱりヨーガはお休みです。マスクをすれば、直接冷たい空気を吸い込むのは避けられるように思うのですが、却って息苦しいような気がします。でも、マスクのせいで息苦しいのでれば、外したら治るはずなのに、その後2時間ぐらいは調子が出ないので、やっぱり冷たい空気が悪さをするのでしょう。ほんとはヨーガの帰りに行くつもりだったのですが、最近、水分の取り方が減ってる91歳は、また下剤が必要になっており、ほんとに久しぶりに薬を貰いに主治医のH医院に行きました。どれくらい久しぶりかというと、今年になって行った記憶がありません。長年飲んでいた血圧降下剤も,血液さらさら薬も,心臓の薬も一切入らなくなりました。ストレスがないということは、こんなにも素晴らしいものなのだと改めて感じます。着替えなどもう殆どの生活に介助が必要な状態なのですが、そうなるとどうしても着せやすい衣服に替えなくてはなりません。ズボンの下に,最早タイツはとうの昔に無理になっており、スパッツをはかせて貰っていたのですが、自分でほんとに何もしない、というか、どうやってはくか?ということを忘れてしまってからは、それもきつくなってきたので、所謂ズボン下を買いに行きました。これもまた、サイズをどうするか悩むところです。元々はずっとSだった人ですが、更に縮まって体重が減っているのに、お腹周りだけが異様に大きいのです。まあ人間の顔も身体も、長い間に重力によって下がってくるとはよく言われることですが、ほんとに不思議なほどアンバランスに大きいのです。義母の場合は、そこに直径10センチ以上もの大動脈瘤が出来ていたわけですが、91歳は特にそんなこと言われてはいないわけで、かといって、脂肪がそんなにあるとは思えず・・・ぜ~んぶの内臓が下の方に集まっちゃっているのかな~?なんて思ってみたりするのです。
2009年02月09日
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2009/02/08 domenicaちょっとまとまった買い物をしたいときは、小石川のスーパーまで行きます。私の家の近くも,最近は大小いくつかのスーパーマーケットが出来ているのですが、駐車場付きではありません。日常の食品を中心にした買い物というのは、かなりの重量になりますから、少しまとめて何日分とか買おうと思うとやはり車です。ましてこんな風に寒かったり、風が強かったり、お天気が危なそうだったりすれば、自転車より車です。それに実は、年間1000kmは乗って下さいと、ノルマが課されているのです。めっきり遠出をしなくなっているので、これは結構きついノルマなのですが・・・せめて、買い物にチョコチョコ乗るしかありません。ところで、このスーパーの真向かいにあった建物がいつの間にかすっぽりと無いのです。しばらく来なかったのか、気にとめていなかったのか、ある日、遠くの高層ビルが見えるのでビックリしてしまいました。さて、どうしたことかと思っていると、そこここに、大手ディベロッパーのマンション建設反対というビラが貼られているではありませんか。最近めっきり見ることの少なくなったこの手の反対運動、なんか懐かしいように感じてしまいました。それにしても、今は具体的にはどんなことについて反対するのでしょうか。まさか日照権というわけではないでしょうし、変な人に入って欲しくないとか、ゴミの出し方がどうのこうのとか、ちょっと思い浮かびません。何はともあれ、かなりの規模のものが建つことになるのでしょうか。この不況下、なかなか売るのも難しくなっていると聞きますが、いろいろ好条件の揃った土地ですから、ディベロッパーは期待していることでしょう。
2009年02月08日
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2009/02/07 sab.海辺のホテルの朝の楽しみは日の出。この季節、日の出の時間は遅く、寝過ごす心配はありません。でも、あいにくの曇り空にちょっとがっかりすると、雲の薄いところに来たのでしょうか、透けて輝いていますでも、再び真っ黒な雲に隠れてしまいましたそしてもう一度,雲の上から日の出ですちゃんと光の道を描いて、上っていきますそしてまた雲の中今日も一日いい日でありますように
2009年02月07日
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2009/02/06 ven.「その日の朝でいいですから,いらっしゃるときお電話下さい」銀行からそう言われていたので、すっかり支度出来たところで電話したら、担当者は2時までいないというのです。←ナヌー(-_-メ)な~んか気が抜けちゃったものの、それなら入院中のSオバのお見舞いを先に済ませることにして、新幹線に乗りました。前回言ったときと違い快晴です病院に行くとAちゃんがいて、患者のSオバも思ってたより元気で、点滴付いてベッドで安静にしているだけで、いつもと変わらないように見えます。病院の前のお蕎麦やさんで、美味しい桜海老のかき揚げ蕎麦を食べて、銀行に向かいました。成年後見人の手続きをして、2つの口座と貸金庫を解約するのに2時間以上もかかりました。担当の方は、どうやらこのような手続きは初めてみたいで、「すみません、滅多にないケースなんで・・・」とマニュアル見ながらの対応です。此処に判子、此処にこう書いてと面倒な書類を幾つも書かされていると、頭がボーッとしてきて思考力ゼロの中、自分の住所名前を間違いなく書くのがやっと。この間、お茶一杯出さないのです、銀行と言うところは。その昔、鏡開きに行くとお汁粉を振る舞ってくれた銀行だったのに~金庫から掘り出した簡易保険の証書を持って、入院保険の貰い方を訊きに行ったのは、本局以外は終わってしまった4時過ぎでした。
2009年02月06日
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2009/02/05 gio.明日はいよいよ静岡に行って、貸金庫などすっきりさせてこようと思いました。そして、もしホテルが取れたら泊まって,翌日の親戚の集まりに出たいと思い、朝からはとこのAちゃんに電話入れているのですが捕まりません。夕方になってやっと、電話にご主人が出て来たのですが、「お母さんが入院するかも知れないとか言っているのだけど、まだ詳しいこと分からない」 「えー?この間お会いしたときとてもお元気だったのに~」「あの人は、娘が何処かへ行こうとすると、具合悪くなる見たい」とにかくその時は、詳しいことはあとで電話させるからということになったのでした。これでは、明日は日帰りかな~?と思っていたのですが、夜になって電話が来た結果は、AちゃんKちゃんと3人で泊まることで、ホテルの方もOKです。で、肝心の病人は?と言えば、この前訪ねた数日後にちょっと体調を壊し、一応快復したものの疑わしい点がいくつかあり、検査をしたら、血栓がうじゃうじゃあったので、入院して少しずつ溶かすと言うことになったようです。ほんとにあんなに元気だったのに、救急車を呼ぶような騒ぎまであったそうですから、高齢者は油断がなりません。でも、とりあえず急変の心配がない入院ということであれば、これは介護者にとっては休暇にもなろうというもの。私の方は、91歳が今落ち着いている間に、用事を済ませながら、ちょっと温泉にでも入って一息入れようという話。
2009年02月05日
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2009/02/04 mer.明後日また静岡に行ってこようと思っているので、留守してても大丈夫かどうか、確認するようなつもりで、グループホームに行きました。何しろここへ来て、インフルエンザが流行っていて、予防接種もタミフルも効かないなんていわれているのです。勿論ホームの関係者は全員ワクチン打っているのですが、面会者まではチェック出来ないでしょうから、いつウィルスが入ってきても不思議はないのです。行けば、手洗いは勿論、紙コップとイソジンが用意されうがいもするのですが、体力のない、そして、状況判断の出来ない認知症の後期高齢者ばかりなのですから、なかなか難しいことと思います。ヘルパーさん達の仕事も、いつも大変なのに、更に神経を使わなくてはならず、大変です。でも、ありがたいことに、みんな元気です。母は、私が行ったとき昼寝してましたが、声を掛けたら目を覚まして、しかもおやつと聞いて、張り切って起きました。とはいえ、ベッドから降りるまで、ヘルパーさんは声を掛け通しです。介助とはいえ、極力自分で出来るようにと、手を出すところは最小限にして、辛抱強く時間をかけます。こういうところが入院中の扱いとは決定的に違うのです。病院から帰ったばかりの時は,2人介助で車椅子に乗せていたのですが、今はもう、歩行器で歩いてます。気掛かりは、お茶など飲まなくなってることです。今までは、お茶を入れておいておくと少しずつ飲んでいたのが、ほんの一口飲むだけ。食事の時のおつゆ物はちゃんと戴いてるそうですけど、やっぱり不足でしょう。そして、当然ながら、出す方も少なくなっているのです。こんな時、病院に行けば直ちに点滴・導尿ということになりかねません。脱水で発熱という爆弾を抱えているようなものですが、ならば尚更今のうちに用事を済ませておかなくては・・・
2009年02月04日
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2009/02/03 mar.このところすっかり歩く人に変身した友人が、近くに来るので、一緒にランチ。時間が早かったので、いつも行列になるメゾンカイザーに入れました。1500円のランチに+200円でドルチェまで食べて、パンは食べ放題お代わりまで貰って・・・此処は残ったのを持って帰りたいというと紙袋くれるのです~さて、お腹はいっぱい、おせんべ買いに行くという彼女を案内しながら歩きました。いえいえおせんべやさんだけでなく、我が町を案内しながら鬼子母神まで行ったのですが、そうそう、今日は節分だったのです。豆まきまではまだ時間が大分ありそうなので、お参りだけしていると、なんだか大きなうちわ太鼓の音が聞こえてきました。そちらの方に行ってみると、偉そうなお坊様達が、近くの本寺法明寺から行列して来る所でした。慌てて正面に廻ってみると、木遣りを先頭に、後ろに檀家さん達を従えての大層なお練りでした。節分て立派な仏教行事だったのですね。
2009年02月03日
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2009/02/02 lun. 暗い国境線(上) 暗い国境線(下)久しぶりの逢坂剛で、更に久しぶりのスペインもの。シリーズの第四作で、前作までのことは殆ど忘れてしまった入ると思っていたのですが、読み始めれば次々と思い出し、登場人物一覧も碌に見ないで読み進むことが出来ました。とはいえ、最初の方はやっぱり時間がかかっており、[上]の2/3ぐらいまで進んだところで、勢いづきました。もうそうなると、一時も本を置きたくない気持ちになって、他のことが手に付かなくなります。トイレは勿論、台所にも持ち込んで、文字通り寸暇を惜しんで読みます。どんな話?と訊かれても、スパイ小説とか、第二次大戦の時の話とか、スペインとかナチスドイツとか、アメリカとかイギリスとか舞台が替わって・・・なんて、説明しかできないのですが、とにかく面白いのです。いつもながら、やっぱり小説書きならこれくらいのもの書いてくれなくちゃって感心するばかり。次作の文庫版がいつ出るのかが、気になります。
2009年02月02日
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2009/02/01 domenica南米ボリビアで30年近く働いているK神父が、年に一度帰国し,私たちの教会に来て、ミサを司式し、そのあと講演をして下さいます。私たちには想像も付かないような貧困の中で、明るく生きる南米の人たち。80%以上がカトリック信者なので、結婚式やお葬式に神父は呼ばれます。「神父さん、ハモニカ忘れないでね」と言われて必ず演奏するのが「アメイジング・グレイス」なのだそうです。18世紀、イギリスの奴隷線の船長だったジョン・ニュートンはある日大きな嵐に遭遇し、死に直面したとき、生まれた初めて初めて「神様、助けてください」と叫んだのでした。幸い命は助かり、その後、彼が7才のときに亡くなった母が残してくれた聖書を読み始め、後に牧師となったのですが、「こんな愚かな、どうしようもない者をも神は救って下さった」という恵みを歌ったこの歌が、現地の人たちはとても好きなのだそうです。ミサの冒頭でこんな話をしながら演奏して下さったアメイジング・グレイスは、有名な歌手の歌うものより、ずっとずっと心にしみ入るものでした。 神父の働きぶりは、 曾野綾子さんの近著に取り上げられています。
2009年02月01日
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