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2009/09/30 mer.区の生涯学習関係の委員の任期が今日で終わる。実は、2年任期といいながら、社会教育といった頃から継続していて、いったい私はいつからこのようなところに出ているのか、全く記憶にない。こういう類のことがどうも覚えていられない。ひかり文庫にしたって、いつ入ったのか、この間とうとう同期の人に訊いてしまった。平成2年だそうだ。今や同期はその彼女と私の2人だけになっている。こっちの社会教育→生涯学習の方も、おそらく役所に調べて貰わない限り分からない。役所なんてもっと酷くて、2・3年で担当変わっていくのだから、今の人に訊いたところで、古い書類を引っ張り出さなければ分からないだろう。そんな個人のどうでもいいことに、時間を割かせるわけにいかないので、永久の謎になって残るかも知れない。この任期ぎりぎりになって開かれた今日の委員会は、とことんぎりぎりで、午後6時から。いつものように、役所が作ってきた素案を検討し、各自が言いたいこと言って、終わり。それから最後だということで、残れる人達で、納会。前にも行ったことのあるお店と聞いて行ったら、そこはいつの間にかなくなっていて、急遽隣の店に入る。そこは、私は大分前に、別の仲間と1回だけ入ったことがあり、その時は、店内がやたらと煩く、話すのに大声を出さなくてはならなかったという、あまり感じの良い店ではなかった。でも今日は、空いてて、最初は時間がまだ早いから、と思っていたのだが、結局最後まで客は少なく、普通に話せた。私としては、まだ声が本調子ではないので、あまり喋らないでおくつもりだったのが、やっぱり、地元のことになるとついつい・・・しゃべりすぎ
2009年09月30日
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2009/09/29 mar.まちづくりの仲間から数日前にメールでお誘いが入り、6月に屋敷墓地を見せて戴いた、南北朝時代からこの辺りにお住まいだというY家をお訪ねしました。この前は外からだけでしたが、今日はお家の中のものを見せて戴く。ご当主は別の所に住んでおり、今は母上が1人でお住まいのようです。この方が、何ともはやおおらかな方で、「自分は関心無くて、何にも分からないので、どうぞ見てってください」と次々いろんなものを出して見せてくれる。一昨日講演をして戴いたばかりの伊藤先生や、地域の学芸員の方もいらして、真っ黒になった厨子を開けたり、3幅組の曼荼羅を見せて戴いたり・・・何ともおかしいというか、唖然としてしまったのは、長押に掛けられた室町時代のものだという槍。少々短いとは思ったけど、そんな古いものはあまり見たこと無かったので、そんなものかと思ってたのですが、「あれはね、戦時中に主人が、柄を切って綿棒にしてしまったんですよ」何ともおおらかというか、屈託のないご一家です。
2009年09月29日
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2009/09/28 lun.ボタニカルアートとは、昔々、古代エジプトや中国などで、薬草を見分けるためにつくられた図譜。それが始まりの植物画といわれます。その後大航海時代になって、人々が世界各地まで探検するようになると、さまざまな珍しい植物に出会うのですが、何しろまだ写真のない時代でしたから、画家をともなって行き、それをを細かく正確に描いて本国に送るようになりました。それがあまりに素晴らしいため、やがて、インテリアの絵として人気が出て、愛好されるようになったのだそうです。とはいえ、絵画の分野として認められるようになったのは、わりと最近のことのようです。それをもう10年以上も書き続けている友達が、お仲間とコラボ展をするというので、娘と表参道まで見に行って来ました。彼女は2度も重大な病を得て、特に2度目は長くて苦しい治療を乗り越え、今は元気に山歩きに出かけたり、画材を求めてベランダで見事な植物を育てています。「描きたいと思うと、花の咲くまで3年は待つのよ」本当は今も何処かに不安を抱えているのだろうと思うのですが、そんなそぶりは露ほども見せません。いつも前向きでおしゃれにキッチリ生きている。そんな活力を生み出しているのは、こんな素敵な趣味だったのかもしれないと、羨ましく思ったのでした。教えても立った、ブランドショップの4階で、美味しくて安いランチにビックリまったりして、娘と別れて、もう1人の友人の絵を見に行きました。彼の作品2転は油なのですが、何しろ大学時代のサークル仲間だということで、1人1人違うものが出品されています。それはそれなりにいいなと思いますし、卒業して随分経つのに、続いていることが、これまた羨ましくて・・・
2009年09月28日
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2009/09/27 domenicaまちづくり倶楽部関係で、面白い講演を聴いてきました。といっても今日は半分だけ。また来月続きがあるのです。講師は地元の歴史研究家伊藤栄洪先生。面白い話というのは、今の目白駅山手線の直ぐ外側に、江戸時代のある時、あっという間に巨大なお寺が建ち、またあっという間に取り壊されたという話なのです。勿論、今は跡形もありません。11代将軍家斉の寵愛を受けていたお美代の方の実父である僧の野望で、大江戸の尻尾のあたりと呼ばれた鼠山に、28000坪余の広さを持つ、感応寺の本堂が完成したのは、天保7年(1836年)12月。たちまちあたりは賑わいの地に変貌し、江戸の新名所になったのでした。ところが家斉が12年1月に死んでいくばくもなく、10月5日夜、突然鼠山感応寺門前に現れた役人から、2日の間に尽く取り払えと命じられ、といっても、実際には6・7日かかって撤収。6日には、幕府から感応寺の朱印地没収、廃寺の通告、そして直ちに廃毀が行われたのでした。創建から破却まで僅か4年。跡形もなく整理され、後年の調査でも礎石が発見されただけと言います。勿論、今この辺りに住む人たちの殆どは知りません。偶に噂のように耳に入っても、およそ想像のつかない状態ですから、半信半疑で聞いてているでしょう。今回伊藤先生に詳しくお話伺えて、とてもおもしろい。まるで大河ドラマになりそうな話なのです。後半は次回。これからもっと面白くなるよ~先生は、まるで講談でも話すように楽しくお話しして下さるのです。
2009年09月27日
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2009/09/26 sab.我が家に新型インフルエンザがやってきたのは一昨日。本人の熱は、リレンザ効果であっけなく下がりました。でも、5日間処方されてる分は使い切るように言われているようです。子どもというものは現金なもので、熱があるうちはそれでも大人しかったのですが、下がってくるととたんに煩くなします。でもこの調子なら、月曜日には治癒証明を貰って学校に行けると思います。ところが関白は、1週間出社するなと言われ、tamに至っては、治癒証明が出てから1週間休むようにという指示です。まだしばらく、みんな家でゴロゴロと言うことになります。さて、因果関係が少しずつ見えてきました。彼女の発熱から遡ること3日、大の仲良しが発症していました。その前日一緒に遊んでいたのです。そしてその友達はというと、前の週、隣の文京区のバレー教室にいっており、そこの友達が次々発症したと連絡が入っていそうです。しかも、医師の話では、潜伏期間は3日というのですから、当にピタリ。文京区や更に向こうの千代田区は、少し前から、殆ど全ての学校が学年閉鎖に追い込まれていると聞いてました。文化祭など控えた高校生は、中止にならないように、泣きながら手洗い・うがいに励んでいるといいます。あくまでも新型なので、免疫を持っている人がいないから、感染力は確かに強いのでしょうけれど、重症化しなければいいわけです。それには、発熱後早いうちにタミフルなりリレンザなりを投与することなのでしょう。ただ、発熱後直ぐ検査しても、反応は出ないと言います。でも、ha-の例などでは、24時間経ってなくても出たわけで、感染して直ぐに高熱になったわけではなさそうな気もします。でも、タミフルの耐性株がすでに海外で報告されており、それもほとんどが、予防的に投与したケースだそうですから、やはり症状が出てからでなくては手は打てないようです。こうなると早く罹ってしまった者が勝ち、みたいな気もしてきます。じっさい、もうha-は予防接種の必要はなくなったわけで、親は注射代が1人分助かったと喜んでいます。ましてや、受験を控えている子ども達やその親は、今のうちに、なんて密かに思っているのかも知れません。ところで、本当に65歳以上は見逃して貰えるのでしょうか。
2009年09月26日
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2009/09/25 ven.ここのブログ開設日が、2004/09/25だそうで、丁度5周年ということになります。実はここに来る前に、まだブログというものがなかったのか知らなかったのか、GAIAXというところで、簡単ホームページというものを書き始めたのが、2003/03/25だったと思います。ところがそこが閉鎖になると言うので、こちらのブログというものに移って来たのですが、実は、ずっと9月1日にこちらに来たつもりでした。ところが、ここに書かれている開設日は25日。どうやらその初っぱなから、溜書きをしていたのかも知れません。その癖はその頃からあった、というか、思い起こせば、小学校の夏休みの宿題の絵日記。大概お終い頃になって、何日分も書いてたような気がします。そんなわけで、きわめて変則的な更新の仕方ですが、自分の記録とも思っているので、極力空白の日を作らないようにしているつもりです。そして、なるべくその日のことはその日の日付で書くようにしています。例え、1日の内容がいっぱいあっても、2日に分けるということはしないつもりです。けれど、丁度1年くらい前、突然写真がアップロードできなくなりました。ここは、写真の受け入れ容量が少ないのです。そしていつの間にかその限界まで来ていました。その時、有料にすると一気に容量が大きくなることを知り、早速手続きを取りました。1ヶ月100円を3ヶ月毎に引き落としていきます。それでヤレヤレとまた写真をアップしてきたのですが、また突然、容量が元に戻ってしまいアップできないことになりました。調べてみると、使っているカードの有効期限が切れていました。慌ててまた登録して、再開したのですが、半年ぐらい経ったらまたアップロードできなくなりました。3ヶ月毎に引き落とされるはずのものが落ちてないようです。何故落ちなかったのか、また調べるのもやっかいで、また手続きし直しても、これが最後の手続きだとは思えなくなっており、もうめんどくさくなりました。それに、いつまで払い続けるのか?払うのを止めてしまえば、それまでアップしたものも消えてしまうわけで、いまや、他のブログサイトの容量が比較にならないほど大きくなっているのに、なんだかばかばかしくなってしまいました。というわけで、古い記事の画像はかなり削除して、容量内に納め、今後の記事は、殆ど画像無しになります。基本、テキストだけのブログになります。そして、画像を入れた記事には、他のサイトを使ってみようと思います。まだ、いろいろ迷うところもあり、直ぐにはご案内できませんが、何らかの形で、見て戴けるようにしたいと思っています。というわけですが、どうぞ今後ともよろしくお願いします。
2009年09月25日
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2009/09/24 gio.数日前から咳をしていて、それがだんだん酷くなってるので、昨日の朝、nonがha-を休日診療所に連れて行きました。でも熱もないので、特に検査もせず、薬だけ出して帰ってきました。ただ、診療所には、次々と患者がやってきて、それはそれは混んでたそうです。そしたら、今朝早く、39どの熱が出たというのです。幸いもう連休も明けて、いつもの先生に見て戴くことが出来たのですが、結果はバッチリA型。そんな間にも、校医である先生のところには、学校から5年生が学年閉鎖になったと知らせが入ったそうです。夏休み前にすでに、1年と3年が学年閉鎖になり、このときはまたyamが発症して。これで学校は半分、それも何故か偶数学年が閉鎖したことになります。東京でも、千代田区。文京区が酷いというような情報が入ってきていましたが、その隣の我が区も、これから大変なことになるのでしょうか。ha-はリレンザを処方されました。このような状況の中で、感染源を探ってみたところで仕方ないこと。早いとこ罹って、免疫が出来れば、数が足りないと騒いでいるワクチンが1本助かるなんて思ってみたりしています。
2009年09月24日
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2009/09/23 mer.申し訳ないくらい久しぶりにお墓参りに行って来ました。そもそも母がお墓参りをしない人で、私は子どもの頃祖母と行ってたのですが、祖母が亡くなってから、母はお骨をお寺から引き揚げ、カトリック墓地に移してしまいました。まあ、母にはお寺に対するいろいろな思いがあって、しかも、最初は私の父が、外地で戦病死したために作らなくてはならなかったお墓でしたから、そしてそこに入れるお骨も実はないわけで、最期を看取ってくれた方が持ち帰った、遺髪と爪だけが入った骨壺だったのです。その後祖父母が亡くなり、そのお墓に入ったものの、母にとっては納得できていなかったようです。カトリック墓地は都心から離れ、途中渋滞地帯もあるので、車で2時間くらいかかります。今日は初めて電車で行ってみました。乗ったことのない電車に乗るので、楽しみだったのですが、降りた駅から墓地への生き方が、見当つけていたのとは違って、なかなか分からず、結構な時間がかかってしまいました。最後の急な坂を上りながら、広い霊園の中で、さて我が家のお墓を見つけられるか、それも心配になりました。それほどしばらく行ってなかったということです。お寺と違って、何かとお布施を持って出向くということもなく、11月の死者の月には、神父様がちゃんと追悼ミサをたてて下さるという安心感もあって、ついついご無沙汰になってました。それでもちゃんと記憶通りのところにお墓はあり、玉砂利の間から生えてた雑草を抜いて、お水を掛けお花を供えてきました。お彼岸と言っても、出会う人は少なく、日も大分短くなって寂しい感じです。お墓参りと言うよりは、ちょっとハイキングに来たみたい。そういえば、母はそんな感じでお墓参りの出来る所がいいと言っていたのでした。
2009年09月23日
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2009/09/22 mar.ホントは今日は私の誕生日。でも、昨日のうちに、いつものように近所の電器屋さんから赤いバラが2本届いただけ。やはり昨日、92歳のところに、敬老のお祝いが、町会から届いたのだけれど、これも随分前から、文明堂のカステラだけ。以前、世の中景気がよかった頃は、区と町会からお祝い金などが出たものでした。例えカステラ1本であろうと、グループホームに持って行かなくてはと、午後も遅くなってから行ってみました。勿論、敬老のお祝いといっても、本人何のことか分からず、まして袋のままカステラ、といって見せてもカステラとは何かも思い出せないでしょう。とにかくまた喋り通し。あっちを向いて、こっちを向いて、訳の分からないことを言うのです。よく、駅のコンコースや街の中を、1人勝手に喋りながら歩いている人がいますが、当にあんな感じなのです。その中には、時に、攻撃的な言葉が入ったり、拳を振り上げたりしますから、見ていて愉快なことばかりではありません。勿論、言葉はつじつまの合わないことばかりですし、振り上げた拳だって、力があるわけでもなく、というかそれ以前に当たるはずもないのですが、私としては、お世話になっているスタッフの方達に申し訳なく、もう少し、穏やかでいて貰えないかと思うのです。でも、スタッフは、面白くて楽しいのだと言うし、可愛いとまで言ってくれたりするのです。果たして全部の人がそう思ってくれているのか、不安なのですが、他の部署にも92歳のファンがいて、ちょっとの時間を見て会いに来てくれたりするというのですから、ただただ有り難いと言うしかないのです。おそらく、家族だったら物理的にもそんな余裕はないですし、そんな見方ができるなんて、とても想像つきません。来月半ばで、入所5年になります。チョコチョコ熱を出してるそうですが、直ぐに下がって、食欲もあるので、敢えて病院には連れていかないでいいと話し合っています。連れて行けば水分の取り方が少ないからとかで、点滴、更には入院ということになりかねないからです。ホームにいる限り、車椅子であっても、朝目が覚めれば起きて部屋から出て、みんなと一緒に食事をし、トイレにつれてって貰ってという生活があるのです。入院してしまえばベッドの上だけの生活になってしまいます。もう殆ど自分で歩くことはなくなったようですが、ベッドから車椅子へなどの移動であれば、介助して貰いながらも、自分の足で瞬時なりとも立っているのですから、今はもう、残された僅かの能力を少しでも失わないようにすることだけです。いろいろ分かってと言うか納得していることなのですが、会いに行くだけでいつも、心身ともにとっても疲れてしまうのです。
2009年09月22日
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2009/09/21 lun.数日前、 「巾着田て電車てどう行くんだっけ~」と聞くともなく呟いた私に、関白が、「なんで?」と訊くので、「彼岸花がキレイなんだって」そんなわけで巾着田に行って来ました。巾着田というのは、高麗川のほとりで、子ども達が小学校くらいの時、移動教室で行ったり、いつだったか車で行ったこともあったのですが、何も記憶になく、ただ河原があって、そこでバーベキューとかが出来るところ、という認識しかありませんから、想像がつきません。電車も特に混んでいるようには思えなかったのですが、高麗駅を降りてビックリです。去年行った河津桜状態です。イヤイヤ、それ以上だということが直ぐに分かりました。駅前にはテントを張った食べ物や特産品の店が並んでいます。人の流れに乗って、巾着田に向かいます。 ところが、高麗川にかかる橋を越えて、見当をつけて行ったところは、コスモス畑。彼岸花はもう終わっちゃったのかしらそれにしてもコスモスは早いじゃないなんて思いながら、周りの土手の彼岸花を眺めていました。 ところが、土手に登ってみると、 向こうの方が真っ赤です。 そこが、真っ赤に萌える彼岸花の群生地 だったのです。 「入園料200円だってよ」 関白が入るの止めそうです。 「カタクリだってそうだったじゃない」 「ああ、そうだった」 と思い直して、入ります。全国的に最大級の群生地といわれているそうですが、球根で増えるはずの彼岸花が、何故群生するのか。川の上流から流されてきたとか、畦道にあったものが、何回かの洪水で集まったとかいわれているそうですが、そういえば、去年見たカタクリの群生はどうなんだろ
2009年09月21日
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2009/09/20 domenica最近どうもご無沙汰の鬼子母神手創り市。今日はどうしても行かなくてはならない用事があって、もう閉店してしまってるかも知れないなどと思いながら、3時頃になって、ha-を連れて出かけました。用事というのは、昨年の市で見つけて、家の鍵に付けていた、お気に入りのタイかれん族の鈴の金具が壊れてしまったので、直して貰えないだろうかと思って、同じ人を探しに出かけました。その買った頃に較べると、出店っすうも随分増えて、手創り市は賑わっています。目指す当のお店は、本殿の前の一等地に出てました。早速持参した鈴を見せて直らないものか訪ねました。小さな金具1つ取り替えるにも、紐の部分を全部編み直さなくてはいけないそうです。金具代100円・送料120円でお預かりすることになりますが・・・ということでしたが、勿論お願いしました。連休明けに作業に入りますから、遅くても今月中にはお送りできると思います連絡先を書いたカードを戴いてきました。手創り小物:武津(たけづ)さんブログのURLもありましたので、帰って早速見てみました。いろいろなところでご活躍の様子。鬼子母神手創り市は、楽しい出会いの場でもあります。
2009年09月20日
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2009/09/19 sab.最近ウオーキングに嵌っている、なんていい方失礼かな?もう随分長いこと続けていて、しっかり成果を上げているのですから・・・そんな頼もしい友達の、今日のコースは終点が我が家近くだというので、一緒にお昼を食べようということになりました。「何時頃になる?」から始まったメールのやりとりが、「今霊園の中を歩いている」「いま宣教師館」と入ってきます。もうすぐそこにいるではありませんか。駆けつけて、あと僅かでも一緒に歩きたい位なのに、八百屋さんが来たり、家を出られません。「鬼子母神に着いたよ~」境内をしばしうろついてて貰って、駆けつけました。それから近くの洋食屋Mo's Cafeで生鮭フライランチ。洋食屋と言っても、庶民的な家庭料理で、付け合わせの温野菜もたっぷりで、近隣に愛されるお店でもあります。鬼子母神への参道からちょっと引っ込んだ、アプローチもいい雰囲気で、店内にさりげなく飾られた絵なども、お料理を待つ間の慰めになってます。気楽に入れる、入りたいお店です。
2009年09月19日
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2009/09/18 ven.敬老の日を前に、幼稚園の祖父母参観日。子ども達の頃と違って、とても大勢のおじいさんおばあさんがいらっしゃいます。このインフルエンザ騒ぎの中、またセンターホールにぎゅうぎゅう詰めにされるのかなわないな~、と思っていたら、案の定、何処やらからお達しで、今日は屋外でした。と言っても後半は各クラスの教室でしたが・・・少し前は、おじいさんが来てても、まるでカメラ係のように、一眼レフかなんかで写真を撮ったりしてたものですが、最近は単純に楽しんでる様子です。それどころか、ゲームになると張り切ること張り切ること始まる前から練習なんかしちゃって、隣のご婦人に、「こうした方がいいですよ」なんてアドバイスまでしちゃうんです。勿論、絶対に勝たなくてはいけませんそれに引き替え、おばあさん達は醒めてますね~楽しいのに代わりはないのですけど、あそこまで夢中になれない。たかが・・・と言ってはいけないでしょうけど。いつまでも子供でいられるのですね、男性は。
2009年09月18日
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2009/09/17 gio.地元まちづくりのグループの、次の企画は、幹線道路の抜け道になってるところを、人が安全に歩けるようにしたいということです。しかも2年後には、この通りは、改築の決まっている小学校の、代替校への通学路になる予定でもあるのです。計画の第一歩として、今日は3ポイントで、交通量とスピードの調査をしました。この道は、私も殆ど車でしか通ったことはないのですが、それでも、駅に近いところは用事があったりして歩くと、確かにとてもコワイのです。一方通行で、向かい合わせの時はまだしも、背後から車が追い越していくのは、絶えず振り返りながらあるコことになります。もし小学生だったらどうでしょう。それも、下校時に背後から車を迎えることになり、気の緩んでる子どもがどんな歩き方をしているか想像すると、やはりとてもオソロシイものがあります。私はお昼頃に現場に行って、丁度真っ昼間に居合わせたので人は少なかったのですが、制限速度の時速30kmを守っている車は先ずありません。道路の端に立って、車をやり過ごしていると、35キロを超えると、怖くて身体を思わず端に寄せます。朝の通勤時間に調査では、人が遥かに多いのに、車はもっとスピードを出して走るのだそうで、人の多少より、自分の都合、そして、全体の流れで、そうなってしまうようだということが分かりました。そして、5m幅の道路は第4種4級と区分されるのだそうで、通行量は500台/12時間という想定になってるのだそうですが、それが今日の調査では、朝の3時間で超えてしまってました。これは十分改良の必要があるということなのですが、役所や警察や、地元の人々など、まだいろいろな方面とも、連携して勧めなくてはならない企画です。難しい方がやりがいがあるとでも思っているような、仲間達は、なかなか頼もしく、私が手伝える部分は少ないのですが、楽しい集まりです。
2009年09月17日
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2009/09/16 mer.予定より約1時間遅れて診察。前のひとが近々手術らしくて、ずいぶん長かった。先月末からの、声帯の異変を報告。やはりステロイド吸入の副作用が考えられるので、減薬。パルミコートが朝夕1・1になる。「カビはなかった?」 「とくにいわれてません。ポリープも何も無いと」「浮腫だけ?」初めての抗生物質ジェニナックで、薬疹まで行かなかったけど、痒くなった話をしたら、大島先生と同じで、抗生物質はいらないんじゃ無いの?って。次回は3時。「だいぶ混んで来ましたね」 「だから枠増やした」「一年前が懐かしいです。だれにも教えない~って」 「フフ、誰にも教えなかったから1年もった」会計はなかったけど、クスリで30分以上待った。会計とクスリと2ヶ所で文句言ってる人を見て不愉快。会計で文句言ってた人は、2日とか違うかを受けていて、その会計が同時に出てこなかったと文句言ってて、薬の人は、沢山ある薬の袋に入れ方が悪いといって、わざわざ責任者だか呼び出してた。他ではこんな風にしてくれるとか言ってるなら、そっちへ行け!と言いたくなる。
2009年09月16日
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2009/09/15 mar.今日午前中にショップに持って行って、夕方採りに行く手筈で、ヒュースボックスとドアミラの取り替えを頼みに行きました。またまた久しぶりに乗ったわけですが、相変わらずエンジン音は快調です。もっと乗らなくちゃって、また思うのですが、さて、何処へ行きましょうということです。都心部は、駐車場の心配ばかりしてなくてはならない上、走っても大して距離が伸びるわけでもなく、さりとて、混んでいるのは都心部で、郊外に出れば渋滞はないと思っていると、大間違いで、23区から出るかでないか辺りで、とんでもない渋滞にはまったりするのです。さて何処へいったものか、と悩んでいるばかりなのです。ヒューズボックスはともかく、ドアミラは、今これまでと同じものしかないということで、あれこれ迷うこともありません。ニューミニが出て、もうじき10年になるのですから、パーツはだんだん手に入りにくくなるのでしょうか。このショップは、とてもいいのですが、迎えに行く時が不便。練馬駅からのバスがなかなか来ません。しかも都バスではないので、ネットで調べることも出来ません。今日も随分待って、しびれを切らせてタクシに乗ってしまいました。2000円くらいかかるかと思ったのですが、これが何と1000円で済みました。バスはどうやらかなり遠回りしているようです。とにかくこれで、いつでも安心して乗れることになりました。乗らなきゃ
2009年09月15日
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2009/09/14 lun.今日やっと、声帯の腫れが少し引いたと言われました。でもまだ声はやっぱりヘンだし、薬は止められません。夕方になると、何か熱っぽくなるのも気になります。この耳鼻科が結構時間かかって、ときには、大学病院より待ち時間が長いんじゃないかと思うことがあります。それだけ、1人1人に丁寧に説明してくれるからということでもあるので、私なんぞは仕方ないと思ってます。でも現実として、耳鼻科に通うことになると、毎日が忙しいその他に、呼吸器科と総合診療科、そして歯医者。92歳関係と数え上げると、かなりの時間を通院に・・・
2009年09月14日
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2009/09/13 domenica声の調子が、なかなか戻りません。もういいかと思っても、しゃべってみると辛いです。声を取り戻すのに、前の時どのくらいかかったかなんて覚えていません。ず~っと、ほんとの声でないような気もします。それが声帯に異常があってのことなのか、気管支の所為なのかが不明なのです。とにかく、なるべく人の集まるところなど行かないで、極力喋らなくてはならない機会を避けてます。今日も、夕方になってやっと必要な買い物にいきました。そうしたら、何やら還元セールのフラッグが彼方此方に下がっています。それも5000円買うと500円の金券に変えてくれるというのです。しかも今日まで。いつもはもう一つのTデパートで買っている化粧品、今日もそっちに行こうと思っていたのですが、急遽Sデパートで買うことにしてしまいました。ポイントとかは変わらないのですから、1割の金券て魅力です。
2009年09月13日
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2009/09/12 sab.もう今朝は92歳を病院に連れて行くことになるのだろうと思っていました。多分昨日電話をくれたケアマネさんは夜勤だったと思うので、帰らないうちにと思って電話を入れました。すると、ねつはよなかには36度台に下がったけれど、元気がなく、ご飯も介助でやっと食べたそうです。ただ他に何も症状が無く、土曜日の外来は、どの先生が入っているか分からず、先生によっては、食べられないというだけで入院を勧められるので、あまり連れて行きたくないのです。ケアマネさんとそんな話をしながら、とにかくこの週末は、このまま様子を見ましょうということになりました。症状が急変したら、とにかくもう救急車を呼んで貰うようにだけはお願いしました。そのまま何の連絡も来ないので、夜になってまた電話してみたところ、「お元気です~。もりもり食べてます~」ああ、また一杯食わされた
2009年09月12日
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2009/09/11 ven.先週からイタリア語教室は始まっていたのですが、総合診療科の診察日でしたので休み、今日もまだ声に自信が無く、迷った挙げ句、最後の1時間だけ出ました。来月から新しい期に入るのですが、どんどん難しくなるのに、なかなか丁寧に復習することも出来ず、何より、全くイタリアに旅することも出来ない状態で、ヒヤリングがみんなについて行けなくなってます。1度、クラスを会話の方に変えてみようかと思ったり、いっそ半年でも休んでみようか、と思ったりしています。それにはもう一つ理由があって、母の具合が悪いので病院に連れて行って欲しいと、グループホームから連絡があるのが大概金曜日。どうしても休むことが多くなってるので、他の曜日にしてみようかと思うわけです。そんなことを考えて、仲間にも話したりしているのですが、今日はまた、夕方になってから、電話が入りました。最近は、もう随分長いこと、体調がよかったのですが、今日は37.7度の熱があり、食欲もなく元気がないというのです。でも、もう病院の診察時間は終わっており、一晩様子を見て、明日の朝の様子で外来を受けましょうと言うことになりました。この熱は、老人にとっては結構高熱です。でもインフルエンザなどのことを考えると、ホームにいる方が安心な気がします。とにかく明日の朝まで、様子を見ることになりました。
2009年09月11日
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2009/09/10 gio.今月は私のお誕生日月。いくつかのお店から、サービスの葉書が舞い込んだりしますが、今年は大事なお知らせが1つ混じってます。運転免許書更新のお知らせです。いつもぎりぎりになってやっと出かけるということが多いのですが、今回は、一寸早め。運転免許書更新センターのあるのは第2庁舎。終わって大1庁舎の方に向かう途中に大発見娘達が中高とお世話になった学校の図工の先生。都庁が新築なった時、彫刻のコンクールで入賞して、以後、庁内に展示されていると聞いたものの、何処にあるやら我が家では誰も見た者おりません手がかりはテントウムシこんなところで日向ぼっこしているのでした。お天気いいし、爽やかだし・・・ほんとは、一寸近くをうろつこうかと思ったのですが、案内板に描かれているのは、庁内の様子だけ。JRの駅に向かうにはどの出口?地下鉄はどっち?甲州街道は?青梅街道は?な~んにも分かりません。建物の壁に北南と大きく貼ってあったりしますが、山じゃあるまいし、コンパス持ってる人はそうはいないと思います。まして、駅がどの方位になるかなんて・・・霞ヶ関ばかりでなく、こちらも改革して戴くわけには行かないのでしょうか
2009年09月10日
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2009/09/09 mer.日曜日にウィンカーが点かなくなって慌てたミニ。今日午前中にショップから2人来てくれて、持って行くのかと思ったら、その場で見てくれました。そして、何のことはないただの接触不良で、直ぐに直ってしまったのです。でも、そろそろヒューズボックスを取り替えた方がいいということで、近日中に持って行くことにしました。ドアミラも、何しろ怪しいのです。走っているウチに、振動でかうつむいてしまうのです。かなりさびもぶつぶつ出てて、汚くなってるし・・・「もし点かなかったら、左右にちょっと動かしてみてください」夜はあうるすぽっとに、三番叟を観に行きました。野村万蔵さんが狂言で演じた後、コンドル事近藤良平のパホーマンスです。とても面白かったです。三番叟というのは、大地に感謝ですから、今時の問題に通じるものがあるわけで、そんなことが日本の古典芸能にも元気を与えてくれるとイイと思うのですが。
2009年09月09日
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2009/09/08 mar. ずいぶん久しぶりの逢坂剛さんです。一気に読んでしまいました。面白いということはこういう事だと思いながら・・・が、意外な、ちょっと残念な結末が待っていました。でも、現在外伝が某誌に連載中とか。新しいシリーズに生まれ変わるのでしょうか。何しろ周りを取り囲む人、1人1人が主人公になれる個性の持ち主ばかり。この人達もこれっきりになってしまうのは、確かに惜しいです。この辺の描き方が、他の作家では物足りなくなるところでもあったりします。
2009年09月08日
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2009/09/07 lun.雑誌校正日。今月は「歴史読本」のお当番で、特集は中国史。難航するのではないかと思いましたが、わりとスムーズに進みました。2人の読み手も慣れた人でしたし、校正で組んだ相方も気心が知れてましたから、お昼のミーティングの時には3巻聴き終わってました。戊午をイヌウマと読んでおり、これはツチノエウマではないかと言う問題を出した時、中国の話なので、ボゴがイイという人も出て来ました。そうすると、甲子もキノエネではなくカッシと読むことになります。甲子夜話は、固有名詞でもあるので、必ずカッシヤワと読みますが、資料からの引用でもない箇所ではキノエネが解りやすいのではないか。とすれば、ここはツチノエウマ。さて、家に帰って落ち着いて調べてみれば、戊という字と戌の字は、明らかに違うのです。ところが、あの時点で、居合わせた10人の誰もがそれに気がついていなかったのです。これは大きな問題です。もっとも初歩のところを見落としたまま論じていたのです。気がついていればイヌウマと読むのは間違いであることは明白で、それに気がついていれば、当然ミーティングに出すようなことではなかったわけで、その後の論戦には発展しなかったわけです。これを怪我の功名というのか、無駄な時間を費やしたと思うのか・・・ただ、雑誌が戊を戌とミスプリントしてたという可能性もまた、なきにしもあらずで、もう1度原本を確認しておく必要がありそうです。
2009年09月07日
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2009/09/06 domenica出張に行く関白を送って車を走らせ、ふと気がつくと、ウィンカーのランプが点いてない。ええ~っ何しろ今月が免許更新月。何かあったらゴールドがパーです。ヒューズなら自分で取り替えられるし、スペアも入っているはず。とにかく関白を降ろしたらその場でボンネットを開けてみようと、そこまで慎重に、事故とお巡りさんに気をつけながら行きました。ところが、いざボンネットを開けてみたら、たった今まで走っていた車の中は、熱くて手を入れるのがオソロシイ。JAFなんか頼んでも、どれだけ待たされるか分かりません。まあ、幹線道路を道なりに行くだけなので、車線変更など極力しないようにして、内心ビクビクしながら、さてどうしようかと考えました。環七のショップまで行くのは一寸大変です。そこで思いついたのが、とりあえずGSに行こうところが、こういう時に限ってガソリンは満タン。そうそう、随分長いこと洗ってなかったわ、と思い出し、洗車を頼んで冷やしてからヒューズの交換すればいいと思いつきました。が、いざ洗車が終わって、GSの整備士が調べてくれたのですが、どうやらヒューズではないらしい。ハザードは点くし・・・とテスターで彼方此方チェックして、結局、2・3日預からないと分からないと言うのです。仕方ないので、この日はとりあえず我が家に戻る事にしました。「窓から手を出して合図すれば違反になりませんから」そんな指示の出し方があったこと、すっかり忘れていました。
2009年09月06日
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2009/09/05 sab.8月中の何処かの土曜日に家族会を開きたいということを、ひと月ほど前に聞いていたのですが、結局9月にずれ込んで、今日になりました。最初話を聞いたのは、所内で転倒事故があり、骨折して入院してる方がいる。その対応について、家族からいろいろ申し入れがあって、みんなの考えを訊きたい、ということでした。今日そのいきさつを聴いてみると、倒れた時にスタッフは皆台所とか、トイレやお風呂の介助で、リビングには誰もいなくて、現場を見ていた人はなく、事が起きてから発見。その後も、認知症の本人の訴えでは、骨折ということは考えられなかったので、床に倒れていたのをソファに移動。その上で救急車を呼んだ、という状況だったそうです。しかし、提携病院では、整形の担当医がいないからと断られ、探して次に近い病院に運び、全身のX線を撮ったところ、腕と大腿骨頸部が骨折していた。大腿骨頸部骨折については手術が必要であるが、運ばれた病院では手術が出来ず、再度提携病院に問い合わせたら、受け入れて貰い、手術も無事済んで、今も入院中、ということで、今現在不満があるわけではなさそうです。そんな経過の中で、家族が問題にしているのは、第一に、最初に動かしてしまったということ。このことに関して、酷い内出血を起こすことがあり、命取りになると、搬送先の病院で言われたと、繰り返し訴えていました。そして、提携病院が断ったと言うこと。これに対し、グループホーム側の対策として、常にリビングにスタッフを1人は配置する。事故の際には、何はともあれ真っ先に救急車を呼ぶことが示されました。そして、提携病院とは更に話し合って協力を求めていく事が提案されました。が、その後の協議で、認知症が進んだヒトばかりの中で、万全と言うことは有り得ない。たとえ隣に立っていたとしても、よろけたのをとっさに支えらるとは限らない。家族が出来ないからお願いしているので、家庭で出来る程度のことをしてくれれば十分。救急車は、家族には事後承諾で構わないので、直ぐに呼んで欲しい、などという要望が出されました。殆どの人が入所3年以上経過し、要介護2くらいで入ってきたものの、今は4とか5。台所に入る人も殆どいなくなってる状態。スタッフの負担は大きくなるばかりです。実のところ、中でも当該利用者は、力も強く声も大きいのですが、殆ど車椅子。でも、そこから無理矢理立とうとしたり、遠くの物を取ろうとしたり、危なっかしいところを見ているほかの家族も多いのです。なので、第3者から見れば、怪我の可能性は十分予測できたのです。でも、気をつけるようにとか、動かないでとか言って分かる状態ではないし、マンツーマンで誰かが貼り付いていることも出来るわけはなく、不可抗力と思った人が多いと思います。でも、当事者の家族にしてみれば、そうやって言いたいことがいろいろ出てくるのでしょうか。特養とか、他のグループホームでは、入院1ヶ月とかで、容赦なく出されてしまうという話も聞きます。実のところ、入所者の家族にとっては、それがもっとも不安なところ。でも、このグループホームは、看取りまで出来るようにと、今、往診して貰える医師を捜しており、すでに候補が3件くらいあるというので、安心して帰ってきました。私はといえば、相変わらず声が出なくて、しかもなるべく声を使わないようにといわれているので、ホントの所、も少し喋りたかったのです~
2009年09月05日
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2009/09/04 ven.夜中の2時過ぎ、ふと目が覚めるのは別に珍しいことではありません。でも、なんだか手の、それも甲が痒いのです。こすっているとだんだん痒みが酷くなってきます。そしてそれは更に広がっていって・・・とうとうそのまま明け方まで眠れなかったのですが、思いついたのは、昨夜初めて飲んだジェニナックという校正物質2錠。早速薬局で貰った説明書きを読んでみます。ニューキノロン系の化学療法薬副作用は呼吸困難始めいろいろ書かれ、妊婦には禁忌となってます。丁度今日は、2ヶ月半ぶりの総合診受診日でしたから訊いてみます。3年前に出たニューキノロン系の3つの薬のウチの1つ。今出廻ってる抗生物質ではもっとも強い部類に入り、保険適用なってるのは呼吸器疾患だけ。此処まで強いのは必要ないように思う。今回は痒みだけで済んだものの、次に飲んだら発作になることもあるし、所謂ショック状態にならないとも限らない。そういわれてみると、朝からなんだか胸のあたりに閉塞感が・・・PF値もほんの少しだけど下がっている。夕方耳鼻科にも行って、事の次第を説明。ゆるい薬だけで、時間を掛けて治すしかなさそうです。
2009年09月04日
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2009/09/03 gio.夏休みが終わって、いよいよ明日からまたイタリア語が始まる。お休みに入る直前の授業を休んでしまったので、その後送られてきた宿題をやりながら、頭の中のイタリア語を呼び出していたのだけれど、気がついたら、総合診療科で貰っている薬がもうない。10週間という単位で出して貰っているので、あまりに空きすぎて、次がいつかなんてこと忘れてしまうのです。そして、担当の先生は、火曜日の午後か金曜日の午前中なのです。もうこうなったら明日は病院に行くしかありません。初っぱなからイタリア語休むのも、困ったことと思うのですが致し方ありません。最初の授業は、それぞれの、夏休みの報告があるに決まってます。私は、木曽路の話をするか、越後妻有の話をするかですが、もう、考える必要はなくなりました。もうひとつ、夏休み前に、次の期は他のクラスに変わるとか、休むとかいう人が何人かいる、という話をきいたので、それも気になることではあるのですが・・・
2009年09月03日
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2009/09/02 mer.歌の友達から電話があった。共通の師の訃報だった。実は、私は師の弟さんのブログを時々読んでいるのです。そこには、師のことは、直接具体的に記述されているわけではないのですが、この2月か3月頃一寸異変があったようで、馴染みの都内の稽古場も畳んで、もう2度と戻ることはないというようなことが描かれていたのです。そしてどうやら、伊豆の方の病院か施設のようなところにいらっしゃるらしいと、何となく察していました。ですから、友から電話を貰った時も、とうとうその時が来たのかと、お互い細かい話はせず、私は声の調子が悪いので、今回は失礼させて貰うけど、もし追悼のイベントでもあるようなら教えて欲しいと頼んでおきました。でもやはり、最後のお別れに行けないのは寂しい。今朝の新聞を改めて見たら、師の訃報の隣に、やはり多くのシャンソン歌手を育てた、宇井あきらさんが1日違いで亡くなっていました。この春には高英男さんもなくなり、石井好子さんも今年のパリ祭では歌わなかったと聞いてます。時代はすっかり変わってしまったのですね。YouTubeで見つけた「雨のブリュッセル」がいつまでも頭の中で聞こえてます。
2009年09月02日
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2009/09/01 mar.よく、疲れている時に甘いものが食べたくなるといいます。でも、甘いものと言っても人それぞれ。関白は絶対にあんこもの。それも白餡とか抹茶餡とか栗あんとかでなく、小豆のもの。こし餡か小倉かというこだわりはありません。私はといえば、黒蜜系が好き。捜し物があって、歩き疲れたデパートで偶に入る気に入った甘味処があったのですが、今日行ってみたら、改装中とかでやっていません。無性にみつ豆が食べたかったのです。赤遠藤がしっかり入って、こってりと濃い黒蜜のみつ豆が。がっかりして、でも何処かで一休みしたかったので、違う階に最近出来たティールームに入ってみました。とにかく初めてなので、ケーキセットを頼みました。フルーツタルトと、紅茶。最近は、紅茶もいろいろ選べるお店が多くなっていますが、やっぱりいつもアールグレイになってしまいます。ミルクもレモンもお砂糖も無しで、香りを楽しみます。値段は高めなので、そうしょっちゅうというわけにはいかないでしょう。でも、デパートの中にしては落ち着いて休める気がしました。
2009年09月01日
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