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2019.09.24
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カテゴリ: 読書案内
【瀬戸内晴美/かの子撩乱】

去る9月15日(日)、息子の運転する日産デイズで朝霧高原までドライブに出かけた。
その日は好天に恵まれ、気分は上々。
持参した炭酸水(500ml)があっという間にからっぽになるほど、秋の気配にもまだまだ残暑が感じられた。

立ち寄ったのは富士ミルクランド。
ここに来たのは20年ぶり。
まだ息子が保育園児のとき、富士市に在住の友人が「動物とふれあえるよ」と、連れて来てくれたのだ。
あのときはミニブタや仔ヤギを前に、おっかなびっくりで「かわいい・・・」と蚊の鳴くような声でつぶやいていた息子。
今や同じ動物を見ても「ふーん」てなものだ。
「ミニブタもいいけどさ、何か冷たいものでも食べたいなぁ」などと催促するしまつ。

ジェラート・シングル(コーン)¥400(税込)
メニューに迷うことなく「一番人気だヨ」とポップの付いている『あさぎりミルク』のジェラートに決めた。
(※他にも朝霧いちご、牧之原緑茶、三ヶ日みかん、チョコレート等々たくさんあった。)
「おいしいねー」と、親子で5分もかからずに平らげてしまった。

標高が高いこともあり、富士山をバックに高原を悠々と泳ぐパラグライダーを眺める。
右も左もわからない初心者には一体どんな指導をするのだろうかと、息子とたわいもない会話を交わした。
朝霧高原からは手の届きそうなところに富士の大パノラマが広がる。
文字通りの絶景だ。
いにしえより、富士山は女神とされている。
私はその格調高く優雅な姿に、人目もはばからず合掌した。
この美しい女神の前に、日本じゅうの山々がひれ伏するのを感じた。


芸術家・岡本太郎の母、岡本かの子を題材にした伝記小説である。
かの子の夫は漫画家の岡本一平だ。
まったく奇妙な話だが、一平はかの子を前にすると拝んだ。
まるで、観音菩薩か女神のような扱い方で、「有難い」と言っては拝んだのである。
当時のかの子の様相と言えば、背が低く、ころころ肥っていて、その上おかっぱ頭で、目だけがらんらんと輝いていると言った具合。

ところが一平は他の誰にもましてかの子の美を礼賛した。
著者である瀬戸内晴美の表現を引用しよう。

「それはもう、夫が妻の美を認めるというような生やさしいものではなく、殉教者が守護神を渇仰するような、宗教的な礼賛ぶりである。」

ではなぜそれほどまでに一平はかの子を敬愛したのであろう?
かの子の略歴をひもとくと、確かに目を見張るものがある。
かの子の兄・雪之助は、一高・帝大というエリートコースに乗り、同級生の谷崎潤一郎と親友である。
谷崎とは文学を通じて結ばれた友情であり、雪之助が夭折に見舞われた際も、彼をモデルにした作品を残している。
かの子の天賦の文学的才能も、兄とその親友である谷崎との深い交友から影響を受けていたのは間違いない。
かの子は兄の感化を受け、文学書を読みあさり、しきりに歌を作り、読売新聞などに投稿していた。
言わずもがな、跡見女学校時代はすでに文学少女を気取っていたのだ。

だが、ただそれだけのことで一平がかの子を溺愛したわけではない。
常識では考えられないようなことがこの夫婦間にはあり、絶望と悲哀の涙の末に出来上がった関係なのだ。
そしてそこから生まれたかの子の小説は、川端康成などそうそうたる文士らから絶賛される。
とは言え、女流作家としていよいよこれからという時にかの子は急逝している。享年50歳。
全力で愛した一平ほか2人の男たちの女神は、はかなく散った。
本来なら、円地文子、平林たい子、長谷川時雨、森田たまなどの同時代女流作家と肩を並べ、長く読み続けられる作品を残しているはずなのに、岡本かの子の小説は今一つ知名度に欠ける。
一体なぜか?
瀬戸内晴美の見解によると、死後遺稿として発表された作品には、一平の分身を感じるというのだ。
遺作『生々流転』には明らかに作者かの子の死後の出来事が織り込まれていると。
となると、純粋に岡本かの子一人の作品ではないため、なかなか後世においては評価しづらい面もあるに違いない。
(当時、かの子の小説の大半を一平が書いたとか書かなかったとかいう臆測や推理が横行した。)

そういうゴシップは脇に置いておくとして、私はやはり岡本かの子の才能を信じる。
常軌を逸した行動も、強烈な愛情も、平衡感覚の欠如も、何かこう甘美に思えてしまう。
私は結婚に破れ、長らく息子と二人きりの生活であるが、それに引き換え、岡本かの子には「全世界を敵にしても恐れなくていいほどの」強力な理解者に恵まれていた。
それは夫・一平と息子の太郎である。
ただただ羨ましい限りだ。
おそらくきっと、著者の瀬戸内晴美も羨望の気持ちなくしてこの伝記小説を書くことはなかったであろう。
その証拠に、瀬戸内文学には珍しく「美文と誇張」に彩られているからだ。
『かの子撩乱』は、私の大好きな伝記文学の一つに数えたい作品である。


『かの子撩乱』瀬戸内晴美・著 



コチラ から
★吟遊映人『読書案内』 第2弾は コチラ から



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最終更新日  2019.09.24 07:00:06
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