吟遊映人 【創作室 Y】

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2022.02.05
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カテゴリ: 要約

第十三回

男は大手広告代理店に勤務していたが、40才のとき独立を考えた。
リーマンショックのせいで広告業界も大きな打撃を受けるだろうと、知人らに反対されてもなお、独立に踏み切った。
順調だったのは最初の2年ほどで、開業から3年目に会社をたたんだ。
妻とも離婚した。
昔の知人に頭を下げて再就職の世話を頼んでみたものの、音沙汰はなかった。
残ったのは莫大な借金だけだった。
岐阜の田舎に住む父とは折り合いが悪く、気が進まなかったが、すでに貯金は底をつき、他にあてはなかったのだ。
寡黙で、一人息子への干渉と束縛は酷く、否定的なことばかりを言う性質だった。
「恥ずかしいやつや」と言われ、自分が心底情けなく思った男だが、住んでいたマンションを売却したところでとうてい借金返済の目処は立たなかった。
父は田んぼを売りに出した。
しかしそれを借金に当てたところで、まだ2500万円ほど残っていた。
その後、母が急逝した。
それからすぐ父は認知症の症状が出て、手に負えなくなり、老人ホームに入れた。
男は、漠然と死のうと思った。
浜松で有名なうなぎを食べてから死に場所を求めようと思った。
とは言え、好物のうなぎにもろくに箸をつけることなくタクシーに乗った。
高速に乗って富士の樹海まで行ってもらいたいと頼んだが、体よく断られた。
人の良さそうな運転手が、何か思うことがあったのか、青木ヶ原はムリだが浜松にも似たような場所があるからと、車を出してくれた。
運転手は自殺の名所だと言って、天竜川の佐久間ダムの話を始めた。
男は、運転手が佐久間ダムへ連れて行こうとしているのかと思ったが、そうではなかった。
運転手は、前日が中秋の名月だったと前置きをした上で、月についてのあれこれを話し出した。
その詳しさと言ったら学者並みだと思うほどだった。
運転手はこの先に、月に一番近い場所があるのだと教えてくれた。
男は、おかしなことを言うものだと、それをぼんやりと聞き流した。
天竜川沿いを北に走って行くと、前方にトンネルが見えた。
トンネルの手前で左にウィンカーを出し、左側の側道へと入った。
すると、青い金属板の道路案内標識が目に入った。
〈月 Tsuki  3Km〉
月まで3キロ、と書いてあった。
運転手は種明かしをするように笑顔で言った。
「月」と言うのは浜松市天竜区月という珍しい地名なのだと。
運転手は、なぜ男をそこへ連れて来たのかをポツポツと語り出した。
運転手は、たった一人の息子を自殺で亡くしていた。しかも15歳という若さだった。
当時、運転手は高校の理科教師で、天文部の顧問をしており、月は身近な教材だった。
その息子が中学2年のとき、いじめを苦に自殺。
運転手は、人生には乗り越えられない悲しみがあるのだと言った。
だが、満月を見たとき、それが息子なのだと思うことにしたと。
だから地球で一番月に近い場所までやって来て、息子に語りかけるのだと話した。
男は、運転手の話を聞き終えると、老人ホームにいる認知症の父を思い出した。
ワイシャツの胸ポケットからタバコを取り出し、火を点けた。
                                           (了)


追記:吟遊映人は 〈月 Tsuki  3Km〉 の道路案内標識を見に出かけました。
その模様は
をご覧くださいね。



なお、次回十四回目の要約は



を掲載予定です(^_-)
みなさま、こうご期待♪

《過去の要約》
◆第一回目の要約は こちら


です。

◆第二回目の要約は こちら


です。

こちら

~(上)~

です。

◆第四回目の要約は こちら

~(下)~

です。

◆第五回目の要約は、 こちら


です。

◆第六回目の要約は、 こちら


です。

こちら


です。

◆第八回目の要約は、 こちら


です。

こちら


です。

◆第十回目の要約は、 こちら


です。

◆第十一回目の要約は、 こちら


です。

◆第十二回目の要約は、 こちら


です。

20130124aisatsu





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最終更新日  2022.02.07 06:14:36
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