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昨日、「谷底の時期にあっても諦めない」ということを書きました。”諦め”について、もう一つ、思い当たることがあります。それは、「苦しいから逃げるのではない、逃げるから苦しくなるのだ」ということ。10代のころ読んだ本の中にあった言葉です。この言葉、著者の真意は忘れてしまいましたが、私はこんなふうに解釈しています。辛い、苦しい時期にあって、そこから逃げたり、諦めたりしたとき、その逃げた自分に対して、責めたり、言い訳したりすることが苦しくなるのだ、と思います。・・・成功の定義は、ひとりひとり違います。たとえ、世間一般からみた成功でなくても(例えば、年収がいくら、とか)、自分の中で納得できれば、それが成功と言えるのではないでしょうか。納得できずに、逃げた自分を言い訳したとき、それは「真の失敗」だと思います。判断基準は、「自分の中」にあるのです。他人ではありません。・・・と、ふとそんなことを思いました。エラそうなこと言ってますけど、実は自分に向かって叫んでいるのです。^^
November 30, 2005
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新しい環境、あるいは新しい挑戦を始めたとき、まもなくやってくる谷底の時期があります。その時期が長いと、やがて諦めてしまう人もいる。諦めてしまう人のほとんどが、この「最初の谷」の時期ではないでしょうか。私も今、まさにその時期です。この先、本当に光が見えるときが来るのかさえ分からない。だけど、必ず光は見えると思っています、なぜなら、光を見ようとすること、すなわち道を切り開いていくことは絶対やめないでいようと思っているからです。会社を辞めてから、私はよく「楽しそうにしてる」「前よりいい顔してる」と言われます。水面下では足をばたばたしているのですけど、表向きはそう見えるみたい。でもそれは、とてもうれしいことです。自分ではよく分かりませんが、人から見れば、苦しいことも楽しんで努力してるように見えている、ということでしょう?私はいつも、さらりと楽しげにしていたい。今日、また一つ”元気の素”に出会いました。私の好きなミュラーさんのブログで発見したサイトで、季節判定をしてみたのです。自分の人生を、春夏秋冬になぞって見てみる。そうしたら、私の「人生の季節」はこうでした。2005年 春3年目 自己探求期を受けて、やがて来る夏のために出来上がったものを 一度壊してもう一回つくるとき。つまり破壊と創造の時期2006年 夏1年目 好きなことを好きなだけ、気のすむまでしてみるとき。 自分の気持ちとこれからつくろうとする環境を融合させる2005年、私は会社を辞めて、新しい道を選択しました。そして新しい世界を創ろうとしている。2006年来年は、新しいことを一つずつ形にしたいと思っている。私の気持ちと、人生の季節が、驚くほどぴったりあてはまっていました。・・・なんだか、うれしい。
November 29, 2005
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パソコンに向かう時間が長くなっています。ブログ、メール関係は一日2時間まで、と決めたのに、守れていない。・・・でも、それには理由があります。ほかの人の日記やブログから、学ぶことが多い。学ぶだけじゃなくて、癒されることもあります。元気をもらえることもある。勇気づけられることもある。気づかされることもある。・・・だから、必然的に長くなってしまう。今日もたくさん、いい出会いがありました。今日も、私の秘密のノートは、たくさん、更新されています。みなさん、ありがとう。
November 28, 2005
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今日、ある一言に出会いました。私のお気に入りに登録している「実践プロコーチの野口さん」のブログから。勇気をもって一歩を踏み出せば、夢は実現する。最近、こんな感じの言葉によく出会うのです。というより、自分で求めているから、そういう情報を引き寄せているのかもしれません。今日はもう一つ、出会いがありました。「私の友人にして、尊敬している人」が店に来てくれました。その人は、以前いた会社の取締役。一応、社員6千人の大企業でしたから、普通なら遠い存在の人なんですが、なぜか今では、メル友であり、私のメンターであり、ダチ(友だち)。会社にいたころ、一緒に会議に出ているときでも、雑談をしているときでも、その人のそばにいるだけで、いつも何かを学ぶことができました。そして、痛いほどオーラを感じて、心苦しいほど、私のことを気にかけていただきました。私が退職を決めたときも、誰よりも残念がってくれたけど、逆に「なぜ?どうして?」とは一言も言わず、「熟慮の末だろうから」とそっと送り出してくれました。で、今では「もう”ダチ”だからな」と言って、店に来てくださったり、私から聞けば、経営とかビジネスのヒントをポツッと、落としていってくれるのです。しかも、私が思い悩んでいるときに、絶妙なタイミングで現れてくれる。不思議です。これもやはり、私が求めているから、自分で引き寄せているのでしょうか?最近、不思議な、しかしとっても意味のある体験、しています。
November 27, 2005
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最近、自分の脳みそに呼びかけています(あやしい?)あなた(=私)はこうなりたいと思っていて、こうなっていくのよ、と。でも、まだまだ修行が足りなくて、鮮明にイメージができないし、周りに流されそうになるし、くじけそうになるし、迷うこともある。でも、それもまた修行の一つの過程かな、と思います。その、「イメージ」する中身はといえば、「私の人間性」。どういう人間になりたくて、どう生きるか、みたいな、なんだかとんでもなく哲学的になってしまうのです。とはいえ、まず自分が毎日楽しく、誠実に生きよう、と思います。そして心と体を健康に保とう、と。そうすれば、前進する力も沸いてくるし、困難に向かうこともできるし、家族や周りの人を思いやることもできる。それがすべてのスタート。なんか難しく思えることも、実はシンプルに考えると単純なことだったりする。そしてあとから結果がついてくる。
November 26, 2005
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子供が学校から帰ってきて、友だちの家に遊びに行くと言ったとき、「どこ行くの?誰と行くの?・・・・・・防犯ベル持った?」と言っている自分にはっとしました。『防犯ベル持った?』私が子供のころ、そんなことを言う親はいなかったように思います。でも今は、絶対安全、という場所はどこにもない世の中になってしまった。子供が、子供らしく、人間が、人間らしく生きるそんなことが、当たり前でなくなってしまいました。悲しい事件が起きました。もし、自分の子供がダンボールの中で亡くなっていたら、なんて想像できないし、したくもないし、そんなことになったら気も狂わんばかりになるでしょう。渦中の女の子の親御さんのことを思うと、ほんとにほんとに言葉もありません。こんな悲しいこと、日記に書くことがはばかれるけれど、悲しい現実から目をそらしちゃいけないし、日記に書くことで、「悪」に対する怒りと、「ぜったいに子供たちを守っていきたい」という思いを、たくさんの人たちと改めて確認したい、と思うのです。
November 25, 2005
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最近、『書くこと』と『読むこと』が私に元気をくれると感じています。書くこと。それはこの日記、それに、別のところで書いているもう一つの日記。それから店のニュースレターを書くこと。書くことで自分の意思と気持ちが確認できる。不安だったことが、意外と大したことではないことに気づいたり。曖昧だった考えが、クリアになったり。そして読むこと。毎日本を一冊と、メールマガジンを数本読んでいます。本を読むのは遅い方だと思っていたけれど、学ぶ楽しさに目覚めて、気付いたら1~2日に一冊のペースになっている。いろんなジャンルの本を読んでいるから、頭がカタくなったり、ほぐれたり、脳みそに汗をかいたり、感動したり。不思議な感情の高ぶりにあったり。そして、この『書くこと』と『読むこと』によって、またひとつ、気持ちがクリアした。クリア=「明るく開けた」のと「乗り越えた」っていう意味です。なんだか少し苦しいと思っていたら、自分で自分の気持ちを縛っていたことに気づいた。「こうしなければならない」「こうならなければならない」と。今でも、絶対達成すべき目標はあります。だけど、そのアプローチをもっとラクに、もっと自由に、好きなことを突き詰めて、楽しくやればいいじゃない。と、肩の力を抜いていけば?と教えてくれる本に出会ったのです。前田義子さんの『迷わない強運哲学』。あの、ファクシーの会長兼オーナーデザイナーさんです。肩の力を抜くと不思議。逆にアイデアがふつふつと沸いてきて、気持ちがラクになって、上手くいくような気がしてくる。
November 23, 2005
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今朝、自分に足かせをつけてきました。お客様に送るニュースレターに、『ある宣言』を書いたのです。実現できるかどうかは、今後の私次第。『ある宣言』とは、ただ単に物を売るだけではない店になります、そのための企画をスタートさせます・・・というニュアンスのもの。少し見通しをつけたので、あとは力づくでやり切る覚悟を決めて、その『宣言』をしたニュースレターを今朝発送してきました。郵便局に向かう道すがら、「これでいいのかな」「発送したらもう後戻りはできない」「ダメなら、ダメじゃなくなるまでやればいい」・・・などと自問自答、いろんな考えが頭をグルグルまわっていました。だけど。”できるようになってからやろう”と思っていると、いつまでたってもできないような気がするのです。だったら、やりながらできるようになっていけばいい。その代わり、お客様に失礼のないように、”そのときのベスト”を尽くしていけばいい。と、思ったのです。それにしても、ただ「やる」だけではダメで、やるからにはきちんと結果を出したいと思っています。ビジネスとして成り立たせなければいけないと思っています。そこのところの「詰め」がまだきっと甘い。う~ん、考えて考えて、脳みそを使って・・・五感と、手足と、直感と、あらゆる器官を使って、楽しみながら、この企画をスタートさせたいのです。
November 22, 2005
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正直、会社を辞めるまでは、辞めてからの自分がこんなふうになるとは思っていませんでした。『こんなふうに』というのは、◇ビジネスについて学ぶことを、=人生について学ぶことにつなげていること。◇自分の未来を、良いイメージでとらえるようになったこと。◇たとえ現状が苦しくても、それを「苦」としてとらえなくなったこと。会社を辞めたのは、自分の意思で決めたことだけれども、でも已むにやまれない理由があったことも確かです。だけど、それを卑下しない。「自分の身に起こることすべて正し」と思える。すべては、理由があって私の身に起こっていることなのです。そう思える自分が、幸せだなぁと思います。もちろん落ち込むこともあります、実際、こう思えるまでに、すでに何度か山谷を繰り返してますから・・・。だけど、その度にちゃんと私の頭の中で自己防衛機能が働いているし、そのとき必要としている誰かが、あるいは情報が、必然的に私を助けてくれるのです。そして今何よりの力になっているのは、私には『明るい未来が待っている』と思えること。笑われてもいいです、へへ。(^-^)
November 18, 2005
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昨日、自己実現に関する本を読んでいました。「思考は現実化する」ということが書いてあって。夢・願望を強く思い込み、信じ込むと現実になるのだそうです。今までそんなこと、まさか、と思っていましたけど、そういえば自分にも思い当たるフシが・・・。まだ結婚間もないころ、家を建てる計画も、土地探しもしてなかったころ、ぶらっと散歩中の住宅街で、”この辺りに家を建てて、お店も出せたらいいな”と思ったまさにその場所で、今、店を出しています。ほかにも、双子がほしい、と思っていたら、ほんとに双子を妊娠しましたし(無事生まれてくれたのは一人でしたけれども、それでも感謝)、老若男女を問わず好きな人、友だちになりたい、と思った人とは必ず懇意にしていただいてます。・・・ということで、次、もう少し大きな思いを抱いてみようかなと思います。ところで、思考を現実化するためには、同時に、人間として真っ当に生きる心構えをもちなさい、というのはどのビジネス書、哲学書にも書いてあるところです。今のところ私が読んだ本の限りでは・・・
November 17, 2005
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欲しい情報は、求めていると意外と出会えるものですね。昨日の日記で、「早く行動したい、でもちょっと待って(=成果に焦るな)」というようなことを考えていたら、今朝、こんな情報に出会いました。種蒔きと収穫の法則です。 この法則には、 一つ目に、種蒔きの願望が必要です。 二つ目は何を蒔くか知ること。 三つ目、トマトを植えても、ジャガイモはできないということ。 四つ目、蒔いてすぐには収穫できない。今の時代、皆がせっかちに なっている。 五つ目、人生には成熟期間が必要。だからまずは種蒔きなのです。 先に収穫はできません。 しかし現在は早まる人が多すぎる。 暖炉に火をつけるのも同じ。薪を燃やす前に暖はとれない。 六つ目、種を一つ蒔くと―― 何倍もの果実が実ります。 ポジティブな種を蒔いた場合、ポジティブな収穫が得られる。 ネガティブな種からはネガティブな収穫。 それがこの法則。詳しくはこちら 今日は、多くを語らないことにします(退散)。
November 16, 2005
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ああしたい、こうしたいと、思いばかりがつのっている。成功する人は、並外れた行動力があると聞きます。だから私も早く行動したいのです。だけど、ちょっと待って。やけど(=手を出したときの失敗)を最小限にするためにちょっと戦略を練る時間がほしい。ここまできたのは、自分の行動力のなせる業と思っています。でも、戦略不足でやけど。会社員生活で、何事も垂直立ち上げが簡単ではないことは知っているけど、それでも緩やかに、あるいは急速に成長曲線を描かなければならない。『・・・ねばらない』。英語で言えば『must』です。成功脳の人は、やけどしても何度も手を出す。と聞きます。私も、何度でも手を出すつもり。トライ&エラーは厭わない。だから早く行動せよ!(と私)でも少し時間をください。(ともう一人の私)
November 15, 2005
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ヨーロッパを旅行するといつも思うのです。長い年月を経てきたものが大切にされている。と。古い町並み、古い家具、古い道具・・・それに年を重ねた人々も活き活きとしています。日本にも、古くて美しい物はたくさんあると思うのですが、あまり大切にはされていません。古い建物はいとも簡単に壊されていくし、家具、道具の類は、使い捨て。それに、女性に対しても、年配の方より若い人が好き、っていう話、よく聞きます。若いころ、私もそうでした。新しいのは、いいこと。若いのは、いいこと。でも、いつのころからか、古いものには長い年月を経てしか出せない「味わい」があることに気づき、それがとても魅力的に思うようになったのです。人に対しても同じです。自分がだんだん年を重ねてきて、”若さ”というだけでチヤホヤされることはなくなった。(というより若い時からチヤホヤされたことはないのですけれども)つまり、年を重ねたからこそ備わる、「人間力」というか「人間的魅力」の豊かな女性にあこがれます。肌がピンっと張っていなくても、スタイルが少々くずれてても、それらを保持する努力は怠らず、でも年相応に、自然に逆らわず、その分、若さとは反比例に、内面の美しさに磨きがかかっていく。そういう風に年を重ねて生きたいな、と思うのです。そういう、40代、50代・・・おばあちゃんになりたい、と思います。年を経る、このすばらしきこと!
November 14, 2005
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毎日パソコンに向かう時間が長くなって、本来の仕事を圧迫しています。本業をブラッシュアップする一助になればと、ブログやメルマガでの勉強を始めたのだけれど、それが本業をも圧迫し出すと、なんだか本末転倒。だけど、パソコンに向かっていると、普通なら出会えない人、出会えない情報にめぐり合って、有益な体験をできることも事実。リアル(生身の人間、生の情報)に勝るものはないと思っているけれど、やっぱりパソコンは手放せなくなってしまっています・・・・ならば、時間を決めよう。一日2時間まで!延長はなし、で、やってみます。
November 13, 2005
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会社員だったころの私には、まったく気付かなかったことがたくさんあります。会社というところはともすると、「会社の中で起こること、会社の中で出会う人、がすべて」という錯覚に陥ってしまうのです。世の中には、自分が想像もつかないビジネスをしている人や、想像も付かない生き方をしている人がいる、という当然のことを忘れてしまいそうになります。会社を辞めた今、私は”安定”を失いました。労働力を提供する代わりに得ていた”報酬”もなくなりました。代わりに、今までと違う世界を知る機会を得、今まで手にすることも、手にしようとすることもなかった本に出会うことができました。そしてそこから学びを得て、次の行動を起こすための「何か」を必死で探しています。自分に”背水の陣”を引いて、もう後戻りすることはできなくなりました。進む道を探すしかなくなっています。実際、望むと望まざるとに関わらず、自分の精神に負荷がかかって筋肉痛を起こしている部分もあります。でもそれも、訳あって今の私に起こっていることだと思います。そして、じゃんじゃん自分の精神と脳みそに負荷をかけた結果、今まで知り得なかった世界を知ることができる。自分の望む仕事ができる力がつく。と信じています。失ったものと得たもの、両方を受け入れています。
November 12, 2005
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しばらく、自分のペースに戻すために、情報の取捨選択は続くのだと思います。インターネットって、知りたい情報がほぼ何でも手に入るし、リアルでは絶対に知りえなかった人とも知り合える。その逆に、知りたくもない情報に出会うこともある。その功罪を知ってしまった。だけど、情報を得ることをやめるわけにはいかない。その代わり、自分で取捨選択すればいいのだということに今更ながら気付いた。2005年、冬。今年の冬は、寒いかもしれないなぁ・・・13年前、就職して、見知らぬ土地で初めて過ごした冬を思い出しました。何もかもが「初めて」づくしで、不安だった。加えて、古くてボロい安アパートだったし。でも、それから年を経るごとにだんだん暖かい冬になった。自分の”居場所”が少しずつできてきたから。今年、私はまたゼロから始める決心をした。13年前と同じ。だから寒くて、不安で、新しい世界に呑まれそうで。でもここからスタートだ。また少しずつ、自分の”居場所”を作ればいい。新しいことにワクワクして、ポジティブになって、テンションを高める。逆に、不安になって、ネガティブになって落ち込むときもある。両方あっていいじゃない。両方とも、「私」なのだし。今、どんな自分であるのか?今、どんな自分でいたいのか?ということを認めてあげよう・・・そしてまた、あせらず、自分のペースで、楽しく、行けばいいのだから。
November 11, 2005
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感動しました。昨日のTV番組で、西郷輝彦さんに対する細木数子さんの鑑定。鑑定前に、「ほんとに言っていいの?」「聞かないほうがいいよ」とおっしゃるのですが、そんなこと言われたら絶対聞きたくなります。で、開口一番、『自殺する可能性あり』ときたのでびっくり。スタジオ騒然。でもその後がよかった。あなたは心を開いていない。心の中に重責を抱えているから苦しい。・・・心を開きなさい。心の中を話しなさい。話せば大丈夫。あなたならぜったいできる。と、こんな感じだったと思います。西郷さんの目はうるうる。しかも言われたことは、99.9%あたっているのだそうです。・・・私もうるうるしました。細木さんの言葉には、魂があるなぁといつも思います。その昔、占いなんて、とちょっと眉唾ものに思っていたけれど、細木さんて占いだけではなく、『人間はどうあるべきか』というようなことを説くのです。今の日本、みんな心に飢えていると思うのです。生身の人間のあたたかさ、みたいなものに。生の人間同士のぶつかり合い、言葉のやりとり、みたいなもの。だから、心を説く彼女の本が売れに売れているのだと思います。(私は買ったことはないのですけれども。)細木さんの言葉は、私の中にもストンと落ちました。なんだか、私まで気持ちがラクになりました。
November 9, 2005
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昔から、新しい環境に入ると一度はまわりの波に呑まれる私。あれもこれもとなって、アップアップしてきて、自分のペースを乱してしまう。今、そんな状態です。そのうち、新しい環境のさまざまな情報の中から、自分の必要なものだけ自分のペースに置き換えて取り入れることができるようになってきます。今までがそうだった。だから、今の私もたぶん、これからその作業が始まるのでしょう。と、同時に、これからも新しい出会いと新しい情報は求めていきます。これからは、取捨選択と、取り込みを同時にしていかなくちゃ。昔は、取り込み→絞込み、を交互に行っていたのだけれども。一気に熱く舞い上がっていたものが、少しずつ地面に足をつけていこうとしている感覚があります。やっぱり自分のペースでないと、私は。
November 8, 2005
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あ~、今日はなんだか久々にナーバスです。今までもたぶん、何度も消極的な波は来ていたのだろうけど、それより「やる気」とか「熱意」の方が勝っていて自分でも気が付かなかったのだろうな。ところで、ナーバスの原因は何?・・・それは自分でも分かっています。それでも、押し寄せる波に耐え、立ち向かわなきゃいけない。というより、時には波に身をゆだねるのも必要かも、と思う。学生のころの日記を思い出した。つらくて仕方なかったとき、「海草」のようになろうと思った。海草って、波に身をゆだねてゆらゆらしているけど、根元はしっかり海底なり岩に引っ付いていて、流されていくことはない。私の自己防衛だった。けど、効果があった。こう思うことで、気持ちがラクになり、でも自分の意志を根本から曲げることもなかった。今もまた、こういう時期なのかもしれない。人生、そういう波がいろいろ来るよね。しかも何度でも。もう一つ、今日であった言葉。『消極的思考への心の扉を閉めてしまえば、チャンスへの扉が開かれるのです』
November 7, 2005
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今の世の中、ビジネスに限らず、至るところで『競争社会』と言われてます。そして、勝ち組負け組、なんて言葉もありますよね。たとえば、徒競走で、1位、2位を決めたり、学校の成績に順位がついたり、著書やCDの人気ランキングがついたり、企業間のシェア争いがあったり、企業内でさえ、優劣がつけられる・・・それはとても大切なことです。なぜなら、争うことで人は(企業は)、鍛えられ、磨かれるからです。その結果、様々な恩恵を社会にもたらしてくれるからです。でも、それがすべて、でもないと思います。つまり、物事を計る別の定規があるはず、と。私は最近、競争しない生き方、みたいなことをよく考えます。もし私がこのまま、普通に雑貨屋をやっていたら、それは、私の大好きな人たち(開店をサポートしてくれた先輩店主の人たち)をライバルにすることになります。お客様の取り合い、にもなりかねません。それに、私がここで店をしているイミがない。じゃ、私がここにいる意味とは?ひいては、私らしい生き方とは?好きな人たちと競争しないためには? ↓ ↓ ↓それは、 『オンリーワン』になること。この言葉、開店前から片時も頭を離れたことはありません。オンリーワンになるために、何を、どうすればいいのか、常に考えています。あるビジネス系ブログで、素敵な言葉に出会いました。『弱い者はすぐに餌食にされてしまう恐い世界だ という誤解があるようです。このため、 この世界に乗り込んでいくためには、 誰にも負けないように、しっかり武装して常に周囲の動きに 目を光らせていないといけないと思われてしまいます。 確かにそう誤解されるのも無理はないでしょう。 ビジネスの世界で激しい競争を繰り広げる人もいるからです。 しかし、幸せで豊かな人は、お互い助け合ったり協力しながら ビジネスを進めています。 ビジネスが人の輪を作るきっかけになっているのです。 ですから、ビジネスの世界が必ずしも 厳しい競争だけの世界というわけではないのです。』すみません、抜粋ではなくそのまま引用してきちゃいました。(^_^;Aだって、まさしくこれだ~!と思ったものですから。
November 6, 2005
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昨日私の店に、会社員時代に取引していた業者さんが来てくれました。で、お客様がいないのをいいことに、1時間も話し込んじゃいました。お互いの、人生観、仕事観、みたいなことで。私も、その業者さんも、長年勤めた会社を退職した組です。私が退職したのは、自分の夢のため。と、已むにやまれず、みたいなところもあったけど、業者さんの場合は、会社との考え方の違いが如実に現れてきてしまって、ということでした。でもお互い、『前向き退社』だったよね、と会うたびに言い合ってます。私の場合、入社以来ずっと異動もなかったから、所属する職場の考え方とか雰囲気とかが、すべて、でした。でも辞めてから、いろんな人の本を読んだり、メルマガ読んだり、DVDを見たりしているうちに、世の中には、こんな人がいて、こんな考え方があって、こんな仕事観があって、こんな生き方もあったんだ。って正直、カルチャーショック(←死語?)でした。でも同時にうれしかった。なぜなら、あのまま職場にいたらたぶん、そういう出会いがなかったと思うから。会社にいたって本やDVDは買えるだろ~と言われそうだけど、たぶん、そういう方向には行かなかったと思うのです。そういう出会いを求めることをしなかったと思うのです。前の会社の同僚や友人は、今でも大切に思っています。今までも、これからも、付き合っていくつもり。同時に、これから私は、新しいコミュニティに入ろう(作ろう)と思います。新しい出会いを求めるようになってから私は、『日本をハッピーな国したい』とか『生き生きと輝く人を増やしたい』とかそんなことを口外している人によく出会うのです。で、気付けば私もそんなことを言うように(書くように)なりました。それってもう、新しいコミュニティの始まりだと思います。どうせなら口グセは、いいほうがいい。ハッピーな人たちともっともっと出会って、お付き合いしたいなと思います。
November 5, 2005
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モチベーションを高く持ち続けるのって、結構大変ですよね。本を読んだり、セミナーを聞いたりすると、一時的には高くなるけど、しばらくすると、ほとぼりが冷めてしまう(場合もある)。私の場合、毎日届くビジネス系メルマガを読んで、気持ちを奮い立たせます。(^_^;それと、今いろんな意味で追い込まれているから(自分で追い込んでいるから)、その危機感がかえってモチベーションを高くしてくれてます。実は今日、『今までずっと、すごく気が張っていたんだ~』と自分を発見したことがありました。 ↓ ↓ ↓ いつものように一人黙々とウォーキングをしていたとき、「ふっ」と気が抜ける瞬間があったのです。『もう、がんばるのやめよっかな~』みたいな。今まで一度も、そんなこと思ったことがなかったから、すごーーーく脱力感があって、何とも言えない悲しい気分でした。そのあまりの脱力感に、あ、今までこんなにも気が張っていたんだ、と逆に気付きました。すぐに、気持ちを持ち直しましたけど、あぶないあぶない。まだまだ修行が足りないのだな。人間、前に進むことをやめたら、それは後退を意味する常に走っていなくとも、歩いてでも這ってでもいいから、前を目指そう。「過去と他人」は変えられないけど、「未来と自分」は変えられる。そう信じて!
November 4, 2005
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保育園の帰り、もう、辺りはかなり暗くなっているのにウチの娘は園庭のブランコに一目散に走っていきました。で、いつもなら「ブランコこいで~!いっぱいこいでっ!!」と始まるので、やれやれ今日もかなぁと思っていたら、ブランコの上に立って、ぐいぐい立ちこぎを始めました。あっという間に、ブンブンこいじゃって、「あれ~?いつのまにできるようになったのぉ?」「すごいすごい」とほめまくり。でもそれは、おだてでも何でもなくて、ほんとうに急にできるようになったので、心の底からびっくりしたのです。ほめるとますます喜んじゃって、もう、ぐいぐいでした。娘もかなりお転婆・・・。しかも泣き虫のクセに、負けず嫌い。小さいころの私にそっくり。まるで自分を見ているようです。でも、またひとつ、できるようになったことが増えてかーま(←母のこと)、うれしいよ♪
November 3, 2005
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ここ数日、このブログも仕事に関するテーマから離れた内容が多かったんですけれども、その間何をしていたかというと・・・・やっぱり、どっぷり起業に関する勉強につかっていました。で昨日は、女性起業塾の経沢社長と、諸葛孔明の道幸武久さんの対談CDを聞いていました。3本立て、約150分の内容を一気に。・・・さすがに、すごい。脳みそが少し動いたのが分かります。って、つまり、思考回路が少し変わったというか。新しい回路ができたというか。べつにすごく難しいことをお話しされているわけではなく、・年も近いし親近感が持てる存在。・だけど、気付きがすごい!・少しマネしてみようかな。・でも、そんな簡単じゃないよね・・・と、私みたいな凡人からしたら、すごく絶妙な距離にいるお二人の対談でした。道幸さんは「隣の億万長者」みたいな親近感のある存在でいたいのだそうです。やや早めの口調で、流れるような話し方。頭のよさと、切れと、潜在意識が働いているな・・・という感じがました。「今僕は思ったとおりになるのです。思考は現実化するといえるのです」と言い切れるところがすごいと思いました。で、私は、このCDから学んだことをレポートにまとめなくてはならないのです。たくさんあり過ぎて、まとめられるのか、不安。こうやって、脳内改革(昔こんな本がありましたっけ?)をやっていくのが自分でも楽しいです。「すごい」と言われる方たちの考えに触れるのは、とても貴重な体験。そして学んだら、実践。転んでも立ち上がり、また学んだら、実践・・・気付いたら、「加速成功」できてる?
November 2, 2005
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今朝も娘と歩いて保育園に行きました。家を出たのは、8時半。しばらく歩くと、前方に小学生の二人組みが。うちの小3の息子の友だちでした。二人は小4と小2の兄弟です。うちに時々遊びに来るのでお互い、顔はよく知っています。学校と保育園が同じ方向にあるので、一緒に歩いて行きました。私「どうしたの?もう学校始まってるよ」兄「寝坊」弟「だって父さんと母さん、寝てるんだもん」私「そっか~!・・・・・。」よく遅い時間に二人で登校しているのは見かけてたけど・・・。話せば人なつこくていい子たちだな、と思うのですが、生活習慣は、(余計なお世話ですけど)少し心配。道中、いろんなことを話してくれました。朝ごはんは全然食べないこと。両親は寝ているので、自分たちで起きて学校に行くこと。お風呂に入らずに服のまま寝て、その服でまた学校に行くこともあること。弟が生まれたこと。母さんのおっぱいが垂れていること・・・ (^_^; 兄「うちの父さん、このごろ家にいることが多いんだよ~」なんてことまで話してくれて、ちょっと不安になったり。私の店についても、兄「お客さん来るの?」弟「1円とかで安く売ったらいいんじゃない?」と、アドバイスしてくれたり。この子たちが両親に愛されているのは間違いないと、普段見ててもわかるのですが、生活習慣をきちんとしてあげるともっといいのにな・・・と思ってしまうのです。ほんとに余計なお世話ですけど。ウチの息子も、そんなにキチンとできるわけではありません。でも、最低限、朝晩のご飯は家で食べて、お風呂に入って、宿題をして・・・。そして朝ごはんは、やっぱり大事だなと思うんです。小学校と保育園の分かれ道で、「ばいばーい」と手を振ってくれた二人が妙に愛しく思えました。
November 1, 2005
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