《櫻井ジャーナル》

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2012.10.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 グルジアでは10月1日に選挙が実施され、ミヘイル・サーカシビリ大統領の率いる「統一国民運動」が敗北、野党の「グルジアの夢」が勝利し、ビジナ・イワニシビリが首相に指名された。

 グルジアの選挙にタイミングに合わせ、アメリカのエリック・ルビン国務次官補がアゼルバイジャン、グルジア、アルメニアを歴訪している。経済問題を話し合うためと言われているが、グルジアの選挙を受け、シリアやイランに対する新体制の姿勢を探ることが目的ではないかと推測する人もいる。

 イワニシビリは早速、2008年8月の南オセチアを舞台にした戦争はサーカシビリ大統領が引き起こしたと非難。ロシアとの関係は改善するとしているが、その一方でNATOへ参加する意向を示している。

 サーカシビリは2003年に起こった「バラ革命」で実権を握った人物。「西側」というよりイスラエルと特に緊密な関係にある。「革命」で資金を提供したのはバドリ・パタルカツィシビリなる富豪だが、実際に 革命を操っていたのはグルジア駐在のアメリカ大使、リチャード・マイルズ だ。

 マイルズは1992年から93年にかけてアゼルバイジャン駐在大使を務め、96年から99年にかけてはユーゴスラビアのベルグラードで外交使節団の最高責任者、つまり大使になっている。この間、「西側」のメディアは「セルビア人の残虐行為」を宣伝、そして1999年にはNATO軍がユーゴスラビアを一方的に空爆、その際、中国大使館も爆撃した。その後、ブルガリアに赴任、そして2002年から05年までグルジア駐在の大使を務めている。

 2002年にアメリカ政府は約40名の特殊部隊をグルジアへ派遣、その翌年にはグルジアの軍事パレードでアメリカ国歌が最初に演奏されているのだが、その前、2001年にイスラエルの会社がロシアとの戦争に備えて武器を提供、軍事訓練も始めたと言われている。この段階でアメリカやイスラエルはグルジアを乗っ取ろうと算段していたのだろう。

 2001年にグルジアへイスラエルの予備役将校2名と数百名の元兵士が「教官」として送り込まれているが、その手配をしたのはガル・ヒルシュ准将が経営する「防衛の盾」成る会社。その際にイスラエルは無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどを含む軍事物資を提供している。

 そして2008年8月、サーカシビリ大統領は南オセチアの分離独立派に対して対話を訴えるのだが、その約8時間後に奇襲攻撃を開始、「平和維持部隊」を簡単に粉砕するが、ロシア軍がすぐに反撃を始めてグルジア軍を撃退してしまった。この奇襲攻撃を無謀と言うのは結果論。イスラエルが中心になって練り上げ、準備した作戦だったはずで、サーカシビリ大統領は勝てると思っていたのではないだろうか。

ロシア軍のアナトリー・ノゴビチン将軍 は記者会見を開き、イスラエルの関与を非難している。2007年にイスラエルの軍事専門家がグルジアの特殊部隊を訓練し、重火器や電子機器、戦車などを提供する計画があったというのだ。

 当時、グルジア政府には筋金入りの親イスラエル派閣僚がふたりいた。 ダビト・ケゼラシビリ国防大臣と南オセチア問題で交渉を担当していたテムル・ヤコバシビリ だ。ふたりは流暢なヘブライ語を話すことができ、ケゼラシビリは元イスラエル人だという。

 また、後にロシア軍の情報機関 GRUのアレキサンダー・シュリャクトゥロフ長官 は、イスラエルのほか、NATOの「新メンバー」やウクライナも兵器を提供していると主張していた。新しくNATOのメンバーになった東ヨーロッパの国々は小火器を、イスラエルは無人機を、ウクライナは重火器や対空システムをグルジアへ渡しているとしている。





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最終更新日  2012.10.26 00:58:18


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