《櫻井ジャーナル》

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

サイド自由欄

寄付/カンパのお願い

巣鴨信用金庫
店番号:002(大塚支店)
預金種目:普通
口座番号:0002105
口座名:櫻井春彦

2015.01.02
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 アメリカとイスラエルによって、世界的に軍事的な緊張が高まっている。2015年には大きな戦争があるのではないかと懸念する人がいるのは、そうした事情があるからだ。

 本ブログでは何度も書いてきたが、1991年にソ連が消滅して以来、自分たちを「唯一の超大国」と位置づけたアメリカの好戦派は「潜在的ライバル」の出現を許さないという意思を明確に示している。その宣言とも言えるものが 1992年に作成されたDPGの草案 、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」。ネオコンの大物、ポール・ウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから、こう呼ばれている。

 1993年にビル・クリントンが大統領に就任すると、ホワイトハウスでネオコンの影響力は低下したが、活動を止めたわけではない。1996年には「決別」という文書を作成、サダム・フセインをイラクから排除して親イスラエルの体制の国に作り替え、ヨルダンからトルコに至る友好国の帯を作ってシリア、イラン、サウジアラビア、ペルシャ湾岸の産油国を分断し、不安定化させて国力を衰退させようと提言している。現在、中東/北アフリカは不安定化している。

 1997年に国務長官はウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトに交代すると、ユーゴスラビアに対する軍事行動へ向かってアメリカは進み始める。オルブライトはチェコスロバキアの出身で、ポーランドに生まれたズビグネフ・ブレジンスキーの弟子。ふらりとも親は外交官で、育った環境が似ている。

 1999年にアメリカ/NATOは偽情報(拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』に内容が書かれている)を広めながらユーゴスラビアを先制攻撃、建造物を破壊し、市民を殺害したほか、スロボダン・ミロシェビッチの自宅や中国大使館も攻撃している。このときからNATOは東方へ侵略を始めた。

 2000年には、ネオコン系シンクタンクのPNACがDPGに基づく報告書『米国防の再構築』を発表する。執筆者はステファン・カムボーンやロバート・ケーガン(ビクトリア・ヌランド国務次官補の夫)などのネオコンが名を連ねているが、その中心は下院軍事委員会の元スタッフだったトーマス・ドネリー。この人物は2002年からロッキード・マーチンの副社長を務めている。『米国防の再構築』はネオコンと戦争ビジネスのビジョンだとも言えるだろう。

 そして2001年9月11日、彼らにとって願ってもない出来事が起こる。ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのである。当時のジョージ・W・ブッシュ政権は詳しく調査することなくアル・カイダが実行したと断定、アル・カイダを弾圧していたイラクを2003年に先制攻撃してサダム・フセイン体制を倒した。

 その結果、フセイン時代にはいなかったアル・カイダ系の戦闘集団AQIが2004年に出現し、06年にはAQIが中心になってISIが編成された。この武装集団が現在、中東で残虐の限りを尽くしているIS(イスラム国。ISIS、ISIL、IEILとも表記)につながる。ISIが編成された翌年、 シーモア・ハーシュはニューヨーカー誌の2007年3月5日号で、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアがシリアとイランの2カ国とレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始したと書いている

 そして2010年に「アラブの春」が始まり、翌年の初めにアメリカ/NATOはペルシャ湾岸の産油国やイスラエルとリビアやシリアの体制転覆プロジェクトを始めた。リビアではNATOの空爆、アル・カイダ系のLIFGが地上軍というコンビで体制転覆に成功するのだが、シリアではまだ戦闘が続いている。そして今年2月、ソチ・オリンピックでロシア政府が動きにくい時期にアメリカはネオ・ナチを使ってウクライナでクーデターを成功させた。ウクライナはブレジンスキーがロシアを服従させるポイントだとしていた国だ。

 つまり、アメリカは中東/北アフリカや旧ソ連圏で侵略戦争を展開しているのだが、これを西側の有力メディアは「民主化」だと主張している。「大東亜共栄圏」を名目にした東アジアへの侵略を当時、日本のメディアは「正義の戦争」であるかのように宣伝していたが、同じことを今もしている。ロシア嫌いの「リベラル派」や「革新勢力」もアメリカの侵略を支持、結果として、集団的自衛権の行使を後押しすることになる。

 ところで、日本のアジア侵略は満州事変より前から始まっている。この「事変」は1931年に河本末守中尉らが柳条湖の近くで爆弾を満鉄の線路に仕掛けて爆破(音だけだったとする説もある)、これを切っ掛けにして日本軍が中国軍を攻撃して始まったのだが、アジア侵略はその遥か前、1872年に幕を開けているのだ。

 1871年7月に明治政府は廃藩置県を実施しているが、その翌年に「琉球藩」を設置するという不自然なことをしている。廃藩置県の3カ月後に宮古島の漁民が難破して台湾に漂着して何人かが殺されると、それを口実にして台湾へ軍隊を派遣しようと政府の誰かが考えついたようで、宮古島を日本だと主張するために琉球王国を潰したわけだ。

 ところで、1872年に興味深い人物が日本へ来ている。厦門のアメリカ領事だったフランス系アメリカ人のチャールズ・リ・ジェンダーがその人。南北戦争にも参加した退役准将で、外交官でもある。外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を勧め、それ以降、75年まで外務省の顧問を務めた。明治政府の背後にはイギリスが存在しているが、アジア侵略の始まりにはアメリカの軍人が重要な役割を果たしたと言える。

 リ・ジェンダーの意見を受け入れたのか、日本政府は1874年に台湾へ派兵、75年には李氏朝鮮の首都を守る要衝、江華島へ軍艦を派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功した。同条規の批准交換にル・ジェンダーも陪席したという。このリ・ジェンダーをモデルにしたアメリカ映画が後に制作されている。トム・クルーズが主演、2003年に公開された「ザ・ラスト・サムライ」だ。この映画には渡辺謙も出演していた。日米の軍事同盟が強化され過程でこうした映画をハリウッドが製作したのは偶然なのだろうか?





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2015.01.03 16:25:17


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: