この会議に出席したミハイル・ゴルバチョフに対し、西側の首脳は巨大資本にとって都合の良いショック療法的、つまり新自由主義的な経済政策を強要するのだが、ゴルバチョフは難色を示す。そこで西側支配層に目をつけられたのがボリス・エリツィンだ。この時もロシア国民は西側の要求を望んでいない。例えば、1991年3月、ロシアと8つの共和国(人口はソ連全体の93%)で行われた国民投票の結果、76.4%がソ連の存続を望んでいた。(Stephen F. Cohen, “Soviet Fates and Lost Alternatives,” Columbia University Press, 2009)