《櫻井ジャーナル》

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2015.09.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 9月20日に行われたギリシャの総選挙でシリザ(急進左翼進歩連合)が300議席のうち145議席を獲得した。1月25日の選挙より4議席減らしたが、第1党だということに変化はない。変化したのはシリザの立場。1月にはIMF(国際通貨基金)、ECB(欧州中央銀行)、EC(欧州委員会)、いわゆるトロイカが要求していた「緊縮財政」を拒否していたのだが、今回は受け入れている。この政策でギリシャの財政は悪化し、返済不能な状態になっているのだが、シリザはトロイカに降伏したのだ。問題が解決されたわけでなく、経済破綻は不可避で、選挙後も波乱はありそうだ。

 アメリカ支配層の意に沿わない動きがあると活発に動く人たちがいる。そうしたひとりがビクトリア・ヌランド国務次官補で、昨年2月のキエフで実行されたクーデターの際には現場で指揮していた。彼女の夫はネオコン/シオニストの中核グループに属しているロバート・ケーガン。

ヌランドは今年3月17日にギリシャを訪問してアレクシス・チプラス首相と会談 しているが、友好的なものだったとは考えられない。7月5日にはネオコンのルパート・マードックが所有するイギリスのサンデー・タイムズ紙が、ギリシャで軍も参加したネメシス(復讐の女神)という暗号名の秘密作戦が用意されていると伝えている。西側の支配層は緊縮財政を続けるように脅している。ギリシャの金融機関もシリザ政権と敵対関係にあった。

 7月5日にはギリシャでトロイカの政策をめぐる国民投票が実施され、61%以上がトロイカの要求を拒否する結果が出た。トロイカの要求によって年金や賃金がさらに減り、社会保障の水準も一層低下、失業者を増やすことになり、利益を得るのは巨大資本や富裕層だけだからだ。富裕層はオフショア市場のネットワークなどを使って資産を隠し、課税も回避している。

 ギリシャの財政問題を考える場合、ドイツ、アメリカ、イギリスによる支配や内政干渉を無視することはできない。第2次世界大戦の際にはドイツが占領、1944年にドイツ軍が撤退するとレジスタンスの主力だったEAM(民族解放戦線)が主導権を握るのだが、これを嫌ったイギリスはEAMを弾圧、内乱を経てアメリカやイギリスの意向に添う体制、つまり傀儡政権をつくることに成功する。平和運動の参加、米英両国にとって邪魔な存在だった政治家のグリゴリス・ランブラキスが1963年5月に暗殺された。

 そして1967年に軍事クーデターがあり、秘密警察のトップだったディミトリオス・イオアニデス准将の軍事政権が成立。NATO加盟国で軍事クーデターがあったにもかかわらず、アメリカは反応しない。1968年に行われたアメリカの大統領選挙ではギリシャの軍事政権からリチャード・ニクソン陣営に資金が提供されたとも言われている。ギリシャの軍事独裁は1974年に終わるが、その影響はその後も続き、軍備への出費が財政を圧迫する一因になった。

 2001年にギリシャが通貨をユーロに切り替える、つまりギリシャは通貨の発行権を放棄したのだが、本来なら財政状態の問題で認められないはずだった。そこで登場したのが ゴールドマン・サックス で、財政状況の悪さを隠す手法を教え、ギリシャの債務を膨らませたわけだ。こうした状況を欧州委員会は遅くとも2002年に気づいていたと言われているが、問題は放置された。ちなみに、2002年から05年にかけてゴールドマン・サックスの副会長を務めていたマリオ・ドラギは2011年、ECBの総裁に就任し、今でもその職にある。



 IMFはアメリカの巨大金融資本に操られているが、この勢力はターゲット国の腐敗した支配層(軍事クーデターで国を乗っ取った独裁政権のことが少なくない)と手を組んで国家財政を破綻させ、緊縮財政を押しつけてきた。庶民から富を奪い、資源やインフラなどを奪うわけだ。

 それに対し、こうした要求を拒否して経済を立ち直らせた国もある。アイスランドやロシアだ。前にも書いたように、ロシアの場合は1991年7月にロンドンで開催されたG7の首脳会議で幕が開く。

 この会議に出席したミハイル・ゴルバチョフに対し、西側の首脳は巨大資本にとって都合の良いショック療法的、つまり新自由主義的な経済政策を強要するのだが、ゴルバチョフは難色を示す。そこで西側支配層に目をつけられたのがボリス・エリツィンだ。この時もロシア国民は西側の要求を望んでいない。例えば、1991年3月、ロシアと8つの共和国(人口はソ連全体の93%)で行われた国民投票の結果、76.4%がソ連の存続を望んでいた。(Stephen F. Cohen, “Soviet Fates and Lost Alternatives,” Columbia University Press, 2009)

 エリツィンは1991年7月にロシア大統領となり、8月には「保守派のクーデター」を口実とした「反クーデター」を成功させて実権を握る。12月にはウクライナのレオニード・クラフチュクやベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチとベロベーシの森で秘密会議を開き、そこでソ連からの離脱を決め、ソ連消滅へ導いた。西側の傀儡エリツィンが率いるロシアはアメリカの属国になった。

 エリツィン政権は新自由主義経済を導入、私有化と規制緩和を推進して国の資産を奪い始める。当時、ロシア政府を支配していたのは飲んだくれのエリツィン大統領ではなく、その娘であるタチアナ・ドゥヤチェンコ。その人脈と結びついた一部の人間が不公正な手段で国民の資産を私物化、巨万の富を築き、「オリガルヒ」と呼ばれるようになった。その象徴とも言える人物が、少なくとも一時期はロシアとイスラエルの二重国籍だったボリス・ベレゾフスキーだ。

 この略奪構造を壊し、ロシアを再独立化させたのがウラジミル・プーチンを中心とするグループ。だからこそ、西側の支配層はメディアを使ってプーチンを口汚く罵るわけだ。盗んだ資産を奪い返され、怒っている。

 しかし、プーチンの時代にロシアが立ち直ったことは否定できない。そこで理由を経済政策でなく石油相場に求める人たちがいる。そうした人びとの「理屈」によると、今年の石油相場急落でロシアは破綻するはずだが、実際は違った。この値下がりで深刻な事態に陥ったのはアメリカのシェール・ガス/オイル業界。イギリスの北海油田も厳しい状況だろう。巨大金融資本が支配するアメリカの連邦準備制度理事会がゼロ金利政策を続ける大きな理由はここにある。





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最終更新日  2015.09.21 20:57:45


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