アメリカ海軍の空母シオドア・ルーズベルトに率いられた打撃群が南シナ海に入り、対抗して中国軍は8機のH-6K爆撃機と4機のJ-16戦闘機を台湾の防空識別圏近くへ派遣、艦船も送り込んでいると伝えられている。
南シナ海は中国が進めている一帯一路(BRI/帯路構想)のうち「海のシルクロード」の東端。ここからマラッカ海峡を通過、インド洋、アラビア海を経由してアフリカやヨーロッパへつながっている。この海路を断ち切るためにアメリカは太平洋軍を2018年5月にインド・太平洋軍へ作り替えた。安倍晋三は首相だった2015年6月、赤坂にある赤坂飯店で開かれた懇親会で「 安保法制は、南シナ海の中国が相手なの 」と口にしたというが、その発言の背景にはこうしたアメリカ側の戦略がある。
こうしたアメリカの戦略はイギリスのそれを引き継いだもの。そうした戦略をイギリスの支配グループが作成したのは19世紀の後半だと思われるが、それをハルフォード・マッキンダーという支配グループに属す地理学者が1904年に発表した。ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もその理論に基づいている。そうした戦略の最終目標はロシア(当時は帝政)の制圧だ。
内陸部を締め上げるために大陸の周辺部をまず支配していくが、その西の果てはイギリス、そして東の果ては日本だ。その間にあるエジプトやインドはイギリスの侵略で重要な役割を果たしてきたが、それだけでは足りなかったようで、サウジアラビアとイスラエルを作り上げた。
イギリスが長州と薩摩を中心とする勢力を支援して「明治維新」を成功させ、資金面や技術面で支援した理由も同じだろう。明治政府は琉球を併合、台湾へ派兵、李氏朝鮮の首都を守る江華島へ軍艦を派遣し、中国(清)やロシアとの戦争へと向かったが、これはイギリスの戦略に合致している。
イギリスは1840年から42年にかけてアヘン戦争、56年から60年の第2次アヘン戦争(アロー戦争)を中国に対して仕掛けて勝利するが、内陸部を支配するだけの戦力はなかった。足りない戦力を補うため、イギリスが日本に目をつけたように見える。
日本が戦国時代だった頃、東南アジアを欧米は侵略していた。侵略のための傭兵(戦闘奴隷)を供給していたのが日本だったという歴史もイギリスの行動に影響した可能性がある。当時の日本では勝者が敗者を殺し、奪うということが繰り広げられた。女性や子どもは奴隷として売られている。男性は基本的に殺されるが、戦闘員として使える若者はやはり奴隷にされていた。奴隷の一部はポルトガル商人らの手を介して東南アジアへ売られている。
日本列島から琉球諸島、そして台湾へ至る弧状に並ぶ島々はアメリカ軍にとっても中国やロシアを封じ込めるために重要な存在である。そうした日本の役割を口にした政治家のひとりが中曽根康弘。彼は首相に就任して間もない1983年1月、アメリカを訪問した際にワシントン・ポスト紙のインタビューに応じ、「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべき」であり、「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語っている。
アメリカは大陸を封じ込めるためにユーラシア大陸の東岸部の国々を従わせたいだろうが、思い通りには進んでいない。日本がイギリスの従属国であるオーストラリアが相互アクセス協定(RAA)を結ぶのはそのためだろう。
この協定は日本とオーストラリアの軍事演習や軍事作戦を迅速に行うためのもので、グローバルNATOを視野に入れている。NATOの事務総長を務めるイェンス・ストルテンベルグはNATO2030なるプロジェクトを始めると今年6月8日に宣言、NATOの活動範囲を太平洋へ広げ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、そして日本をメンバーにする計画を明らかにした。RAAはNATO2030と結びついているはずだ。
シオニストの一派であるネオコンは1991年12月にソ連が消滅するとアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、92年2月には国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランが作成された。作業の中心が国防次官だったポール・ウォルフォウィッツだったことから、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。
マッキンダーがまとめた長期戦略を達成したと考え、詰めの作業をすれば自分たちが世界の覇者になれるとネオコンは考えたのだろう。そして潜在的ライバルのトップである中国を重視するようになる。勿論、その一方でロシアを含む旧ソ連圏の復活を防ぎ、エネルギー資源を産出する中東の制圧に乗り出そうとする。ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、1991年にウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた( 3月 、 10月 )。ネオコンから見て、この3カ国は従属度が足りなかった。
ネオコンは1980年代からこの3カ国を殲滅する計画を立てていた。イラクのサダム・フセイン政権を倒してイスラエルの影響下にある体制を樹立、シリアとイランを分断した上で両国を破壊しようというのだ。このプランをネオコンは1996年にイスラエルの首相だったベンヤミン・ネタニヤフに売り込んでいる。
ジョージ・W・ブッシュ政権にしろ、バラク・オバマ政権にしろ、そしてドナルド・トランプ政権にしろ、マッキンダーの長期戦略やウォルフォウィッツの中期戦略に従って動いた。ジョー・バイデン政権もそうした戦略を引き継ぐことになる。現状を見ると、バイデンはトランプよりも強硬だ。
バイデンもトランプも背景は基本的に同じであり、どちらが大統領になってもファシズム化は止まらないだろう。そもそも大統領にそれほどの力はない。ファシズムへ至る道筋が変わる程度のことだ。
両者の支持者はいずれもアメリカは本来、民主主義的であり、それ相手側が堕落させていると信じている。自分たちの支持している人物が大統領になれば「素晴らしい新世界」が待っていると考えているのかもしれないが、その新世界はディストピアだ。
そのディストピアへ到達するため、ネオコンは1991年12月の状況を再び作り上げようとしているが、そのためにはロシアだけでなく、中国も相手にしなければならない。バイデン政権に好戦的な人物が集められているのはそうした背景があるからだろう。