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神様が本当にいるのならなぜ、こんな悲惨な世界を許しているのだろうかそんな言葉が よく聞かれる人間には 自由が与えられているとても残念なことに人間は その自由を行使して自分の周囲や世界に悪や悲劇をそれこそまき散らしているようにも見えるだろう何と 人間は罪深いものかと絶望して神を恨む気持ちに なるかもしれないしかし、その罪つくりである人間を神さまは下支えしていて下さるそれこそ、全知全能の神様ならばこの世の悪など一撃で消滅できるかもしれないしかし 神さまは黙って待っていらっしゃる人間が その自由を行使して自ら意思により悪を去り 善を取り憎しみを捨て 愛をなし不義や不正から遠ざかり正義や信義を選択することを人間の本性は 善であるしかし 悲しいかな迷いの中にある人々は自由の相克として悪を生じさせる神さまは最後の最後まで黙って我々を見守って下さる自由を最大限に行使してその自由から限りなく(善きもの)を生み出すことをこの地上が、善念と善行に満ち幸福で満ち溢れることを悲しみと苦しみの泥沼の中から見事な大輪の 蓮の花が咲くことを神さまは限りない悲しみと共に待ち望んでいらっしゃるのだ
2018.02.28
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悪事をなさせない方法があるそれは自由を奪うことだたとえば 刑務所に収監されていればいかなる悪人でも さほどの悪事は犯せまいあるいは 砂漠の地域のように戒律で がんじがらめに縛られていればさほどに 悪事は行えまいまた、子供は、両親の完全な監督下にある成人するまで 自由は制限され人倫に外れることは稀であろう幼き者や 道に迷う者 あるいは 発達の途中にある者にとって自由は ある意味で恐ろしいかもしれないあの南北戦争の結果奴隷たちが解放されて「自由」が与えられた時その自由に困惑してどうしたらよいかが分からなかったと聞くだから自由は応用問題なのだ自由は何よりも尊いが一方において転落の原因になるかもしれない自由は諸刃の剣ともなる自由を行使してどこまでも向上することは可能だがどこまでも堕落することも可能となる自由がある故に 努力が肯定される奴隷ならば 努力などする必要はないが自由人ならば 創意工夫や汗を流すことは全てが自分のためになるからだ一方において 堕落の破滅へとも通じるが一方においては 無限の向上へとつながる自由人生の応用問題は 続いていく日々一瞬一瞬自由の下で 何を選択するかそれが各人に問われているのだ
2018.02.27
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アングリマーラという殺人鬼がいました彼は100人を殺す願を立て最後の百人目に、お釈迦さまと出会い救われたという話が残っています釈迦弟子となっての出家修行殺人鬼として白眼視どころか石もて追われるつらい修行の日々しかしそんな殺人鬼であっても立派に釈迦弟子として悟りを開きます現在、インドに残る釈迦弟子のストゥーパの中でアングリマーラのものが飛びぬけて大きいのだそうですどのような深く大きな罪を犯したとしてもアングリマーラのように回心して精進すれば 仏によって許されるという希望の原理を示しているからでしょう「氷多ければ水多し」罪多き人生を送ったとしてもそれが逆に多くの人々を救う慈悲心や救済力になることがあるのです「我、一度たりとも悪事をなさず」という善人が、他者のためには 何の役にも立たない場合もありますもちろん、心からの回心仏や神によって電撃を受けるように心を一変させる必要があるでしょうがしかし 深い罪を犯しても「反省」という魔法で仏神は人間を許して下さいますかつて犯した罪に 心が震えることがあるならばどうかアングリマーラのストゥーパを思い出してみてください犯罪行為のみならず人間は誰しも かつて犯した罪があるはずです他人は知らなくても 自分ではその罪を知っています過去に戻ることも 事実を変えることもできませんしかし反省し、心の糧となして他者への慈悲の眼や 救済の手に転化することは可能です殺人鬼すら救う というのがお釈迦様の教えです真の反省からは 殺人鬼すら救われます誰でもどこからでも 人生はやり直すことが可能なのです
2018.02.26
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誰しも 拭い去りたい過去はある 長い人生 失敗が一度もない人など ありえないからだ思い出すと甘酸っぱい気持ちが よみがえって来る場合もあれば消え入りたくなる場合もあろう過去の失敗 事実としては消しようがないが暗黒から黄金へと思い出を一変することは可能だ最終的に幸福になること成功することこれで あらゆる失敗は成功の母 成功の布石となるいい経験 人生の肥やし あるいはスパイスへと一変するだから過去は変えられるのだ失敗や悲劇を そのままにすることなく努力の限りを尽くしていけば全ての過去は黄金に染まるうまずたゆまず歩んでいこう未来が変えられるのは当然だし そして過去も変えられるからだ
2018.02.25
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優しいことは大事だ愛にあふれているから優しくなれる言葉であれ思いであれしぐさであれその人の悲しみに そっと手を当てることだろうかしかし 本当の優しさが 厳しさの中にあることがある砂糖菓子のような「優しさ」が人を「なまくら」にし怠惰にさせることもあるからだ厳しい叱責や指摘鬼軍曹の指導それが「愛」に満ちていれば間違いなくそれは「優しさ」だこれは極論だが鉄拳制裁とて 愛によるものならば受け手は 感謝で受け止めるかもしれない逆に「弱さ」が 表面的は「優しさ」に見える場合もある言わなければならないところで言わずやらねばならぬことをやらず他人から 反感を持たれないように人あたりがいいことこれは単なる「弱さ」だ真に 他者を思うなら厳しく指摘し叱責するのも「愛」だ断固として行動するのも「愛」だ砂糖菓子の優しさなど必要ない必要とされるのは人間を 社会を真に向上させる「優しさ」と「愛」だそれは「武士の情」にも似て断固たる「愛」である表面的な「優しさ」だけのひ弱な善人など 必要ない「厳しさ」の中にも「愛」が存在する真の「優しさ」を持つ人間が今こそ 求められるのだ
2018.02.24
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努力は 報われないことがある。受験勉強が、全て結果を出せるはずもなく あらゆる努力は、水泡に帰する可能性がある 祈るような努力が、どうしても実らず神さまを恨みたくなることもあろうしかし、たった一つの勝敗で人生の全てが決するわけではない受験に成功したとて その後の人生の幸福が保証されるわけではない長い人生修行のリーグ戦で1勝しただけにすぎないあのシンデレラが王子様と結婚した後に どれほど苦難の人生を歩むか わかったものではないかえって意地の悪い姉たちが反省して努力の人生を歩み稔り多い人生を得たかもしれないではないか禍福は糾える縄のごとし個々の勝敗に拘泥して得るものは何もない長い人性の中での たった一つの敗北を抱き続けたとしても決して幸福にはならないだから(努力即幸福)である坦々と努力を続ける者には真の意味で敗北はない努力したこと自体が得難い経験であり宝物であり人生の勲章である長い人生 本当に長距離レースだあきらめなかった人間が最終勝者となる努力即幸福だ人生に敗北などないのである
2018.02.23
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「どんな人か」こう問われたら 何と答えるだろうか職業、あるいは社会的地位体重、身長、年齢出身地や学歴、または生い立ち家族構成や趣味それもこれも含めて、みなその「人となり」を表すものだろうだが、これら全てが「過ぎ行く」ものである数十年の人生を終えたら、本当に何も残らない永い永い人類の歴史で、本当に数え切れない人生が始まっては終わり始まっては終わりしてきた幕末維新の時だって皆が西郷や大久保のように名前を残しているわけではない無数の無名の戦士たちが悲喜こもごもの人生を生きてそして退場していった。これが、本当にこの世だけで終わるなら何と、空しいことだろうか一人ひとりの人生も人類の歴史そのものも死んで終わりなら、本当に空しいしかし、釈迦は永遠の生命を説いたこの世は 仮の世であり人間は 修行のために この世に降りてくるのだとそう考えれば、どんな人生でも光り輝く王侯貴族に生まれようが路上で呻吟する生活を送ろうが奴隷の身であれ自由人であれその人生から、何を学んだかだけが価値を持つだから「どんな人ですか」と問われたならばその人の「心根」の違いだけが永遠に残る真実であり 回答であるどのように愛が深いのかどのような経験をして 智慧を得たのかどんな情熱とどんな意思の力があるのかそして 日々 一瞬一瞬何を考えている人なのかこれが全てである衣服や地位や名誉学歴や財産これらで飾られているものを剥ぎ取って何が 素の自分自身として残るかこれが 本当の人間の価値であるこの世の人生に終わりを告げたとき残るのは心のみそう魂は永遠であるのだ
2018.02.22
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心はザラザラになる時がある本当の心は ツルツルとして穏やかだ波立ちのない湖面に 満月が照り映えているそんな心が本当の自分だろうだが 仕事をし日常に追われあくせくしているとふと気づけば 心はザラザラになっていることが多いそんな時は 空を仰ぐ雲の流れや 風を感じるそして深呼吸すれば 心の波立ちは 多少収まる空が仰げなければ木々のざわめきを思い出す強い風にざわめいている一本の大木を思い出すのだ心はリセットされおだやかな湖面に戻る肉体だけが自分だとそう思っている人は大変だろう心の存在に気が付くこともなくザラザラのままで 日々を送るストレスの発散をお酒であれギャンブルであれ何らかの娯楽で気を紛らすだけだだが 心こそ全てだ心の平安こそ幸福への第一歩だと思うのである空を仰ぎ行く雲を見夕焼けを眺める風を感じ木々のざわめきを聞く自然は 本当に美しくそして 心は不思議だ幸福への第一歩心のリセットを お勧めする
2018.02.21
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病は 天から与えられることがあるもちろん 自分の智慧のなさから病にかかることは多い大酒に夜遊びや暴食生活習慣の乱れからの病は存在するし肉体的な過労もあれば精神的な過労もある精神が病んで肉体に及ぼす病気もあろうしこのあたりは「原因あって結果あり」の自業自得の延長であろうしかし「与えられる」病気としか思えないこともある先天性のハンディキャップは神仕組みが また別途にあると思うでも得意の絶頂の中で反省のために与えられる病気もあるようだワンマンな社長さんなど全ての栄光や業績は自分の力だけで奪い取ったと思い傍若無人に 得意の極致にある人がいるこうした人に「気づき」を与えるために病が天から下されることがあるのだろういかなる得意の絶頂も永遠には続かない少なくとも あの世からの「無常の風」が吹けばこの世の栄華などあの平家の夢のようなものだその「無常」なるものにだけ人生の血道をあげている「絶頂」の人に感謝の心謙虚さ愛や慈悲そうした「無常ならざるもの」「永遠の価値」を気づかせるために天が慈悲として 病を与えることがあるのだそれは 病だけではない天を呪いたくなるような不合理な逆境に 身も心も ボロボロになることもあろうそんな時にこそ 天の慈悲の眼差しを 見出すべきなのだいかに困難であろうとも 天の慈悲の眼差しは 絶対に 我々を見守っているはずだからだ
2018.02.20
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そう簡単には 人は変わらない数十年かけて 造り上げてきたものは岩盤のように なっているだろう考え方や性格行動様式に生活習慣変わりたくても 変われないというのが人間の悲しい性(さが)であるお酒で失敗する人もいればギャンブルに どうしても手が出てしまう人もいよう女性関係が 人生を複雑にする人も多かろう仕事が どうしても雑な人もいるし不用意な一言で 失敗を続ける人もいる怒りの毒を抑えられない人欲望の炎に掻き立てられる人三日坊主やら怠け癖やら人間は悲しい存在である分かってはいても どうしても陥ってしまうそんな罠に はまり続けるのが 人間だ本当に 人は悲しい存在だ同じ間違いを 永遠に繰り返すそこから 抜け出したいのかどうかそこから 変わりたいのかどうか現在ただいまの苦しい悲しい自分を本当に 変えたいと思うかどうかが勝負だ変わることは 簡単ではないだが 決意するだけでもいいではないか自分を変えることを 決意できるだけでも素晴らしいのだ決意する人は それだけですでに非凡な存在である現在ただいまの自分に あぐらをかかず一歩でも 半歩でもいざってでも 前に進んで行こうその決意こそが幸福への第一歩なのだ
2018.02.19
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老いということは残酷なことだ頭は薄くなり眼はかすみ身体は 言うことを聞かなくなり物覚えは悪くなる一方だ若者の姿を見てかつての自分の日々を追憶しもう帰っては来ないことに愕然とする誰の人生にも「春夏秋冬」があるそれは頭では分かっているとはいえ 自分の身に降りかかった「老い」を実感すると寂寥感は 覆いようもない一度切りの人生ならば 確かにその通りだこの人生が終わったならば全てが無になるのならば「老い」の悲しみは救いようがない死した後 焼かれて灰になって全てが消滅するならば「老い」の苦しみは まるで拷問のように感じるだろう単に 肉体の健康を維持するためだけ楽しい「暇つぶし」に明け暮れるだけそれは ある意味で悲しいことであるだが 人間は この世限りの存在ではない今回の「春夏秋冬」「生老病死」が終わってもまた後の世があるのだだから 肉体が老いようが不自由であろうがいかなる困難の中にあろうが最後の瞬間になるまで青春真っ只中で生き切ることは可能だ単に 乗っている自動車や船が調子を落としているのに過ぎないからだ乗り手である「心」は「魂」は健全そのものであるならば肉体や外見にかかわらず誰でも青春真っ只中である学び続け行動し続け向上し続ける人間にとって本当の意味での「老い」は存在しないだから 私は斃れるならば 前のめりに斃れたいそうかつての 名もなき維新の志士たちが京の道端に むくろをさらしたように
2018.02.18
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蒔いた種は 必ず刈り取らねばならない自分の取った行動は 確実に責任を取るべきだだが 刈り取ろうと思わずとも必ず ツケが回ってくるようになっているこの世で 仮に逃げおおせたとしてもあの世まで持ち越せば その負債は10倍になると聞くこれが「因果の理法」とも「縁起の理法」ともいわれるものだこう聞くと 恐ろしい法則のようだが実はこれは 希望の原理である「因果の理法」があるおかげで全ての努力は 無駄にはならないのだ努力するかしないか それが確実に評価してもらえることとなる努力に努力を重ねれば確実に 結果が得られるということだしかし この世で生きている間に何の見返りを得ることがない という人もいようだが あの世まで含めれば絶対に 因果の理法は成立する因果の理法とは 人を罰するものではない因果の理法とは 永遠に努力する人間の向上と 栄光を担保する法則だだから誰が見ていなくても世の中に 全く評価されなくても努力の汗を流していこう希望の原理である 因果の理法が 我々には与えられているからだ
2018.02.17
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朝、目覚めた時にいつも同じ思いが去来するならそれは(執着)になっているかもしれないふと、同じことをいつも考えているならそれは(執着)かもしれない(執着)とは心が一点に縛り付けられていること本来、自由自在であるべき(心)がまるで画鋲で止められている様ストーカーを思えばわかる想像するだに恐ろしい姿だ財産に執着する人あれば異性に執着する人あり事業や、あるいは名声に血道をあげる人もある執着の中にあって心は休まることはない財産も事業も永遠ではない他人の心を自由にできるはずもなく自らの生命も地上では限りがある分不相応な欲望や自我我欲から離れて人は初めて執着を離れ心は自由自在となる釈迦は無執着を説いた心の平安こそが幸福への第一歩だからだ
2018.02.16
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知識と智慧は違う知っているだけなら百科事典と同じだだが、それを体得しているとなると話は別になる単なる知識が叡智となっているからだ知識だけでの発言は、非常に軽いが叡智から出た発言は、深く重い仏教には「三慧」という教えがある講義を聴くような「聞慧」それを考え抜く「思慧」習慣化してまで修める「修慧」だ考え抜いてさまざまに実行、経験して初めて知識は智慧となるこの獲得した智慧こそ、人生の宝だ財物は滅するかもしれない生命の灯にも、万人に限りがあるだが、この体得した智慧は誰にも奪われることはない「小悟、限りなし」釈尊の悟りには及びも着かない、小さな発見だがそれを永遠に続けることはできる小さな光ではあるが自らの智慧の光で自分の歩む道も他の人の歩みをも照らすことができる世の中の苦しみも悲しみも全てはこの「智慧」の玉子だこの「小悟」のために人は生まれてきた人間として最大の幸福とは「般若の智慧」の獲得であるからだ
2018.02.15
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唐の詩人 白楽天が、 道林禅師に仏法の大意を問うた。答は、「諸悪莫作 衆善奉行」 悪しきことをなさず、良きことをなせ との大意だ白楽天の「三歳の童子でも言える」との言に対し道林禅師は、こう答えた「八十歳の老翁にても実践すること難し」実は、知っていることは、 大したことてはないたとえ万巻の書を読もうとも知っているだけではUSBメモリーと一緒行動にまで至らなければ絵に書いた餅に同じ屁理屈と知ったかぶりで人生を終わる人あれば凡事徹底 大海に注ぐ、一さじのスプーンでも坦々と、やり続ける人もある真に知ったならば行動が伴うは自明これは陽明学の知行合一にも通じ観念の遊戯から遠ざかる意味においては釈尊の毒矢の例えにも遠く連なる単なる口説の輩から行動する勇者へ自他を幸福へと導く道は ここにあるかもしれない
2018.02.14
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不思議なことだが眼だけで その人の心が見える場合がある怒りや嫉妬に狂っている眼もあれば冷たい眼の人そして、優しい眼をしている人もいるなぜ優しい眼になれたのかそれはひとそれぞれかもしれないそのひと生来のものである可能性もあるしかし本当に優しい眼をしている人はとても悲しい経験をしている人が多い苦しみや悲しみのどん底を知っているがゆえに他者を見る眼に慈悲心がにじみ出るのだ「艱難汝を玉にす」、という言葉があるが苦難困難が、その人の人格を陶冶し心に慈悲心を生じさせたのであろう同じ悲しみを受けても残念ながらその困難に打ち負けて悲しみの中で さ迷う方もいる同じ水を飲んでも蛇はそれから毒を作り牛はそれから乳を作るこの世界の全ての事象は我々に常に問いかけるのだお前はここから何を学ぶのか、といかなる困難な条件にあろうともいかに厳しい事態となろうともそこから学ぶ人は人生の勝者であるなしうれば、慈悲の眼を持つ人となれますように全ての人の人生が成功からも失敗からも尊い宝物をえられますようにそう念じて止まない
2018.02.13
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勝つことと引き替えに欲にまみれる人もいる釈迦は無我を説いた透明な心の尊さを説いた だがそれを、この世の敗者への道だと、せせら笑う人もある確かに、心清く悪心を抱かず悪行から遠ざかる人が、 欲望を赤裸々にする人達に遅れを取る場合は多かろう心の修行の道が成功から遠いのみならず、 敗北や無能に見えることもあろうしかし、全ての成功が欲の深さや人でなしの引き替えでは断じてない多くの人のために利他の思いで大成功に至ることも本当に多いではないか心が透明となり、 無我修行ができたとしても、 溶けてなくなるわけではない水晶のように透明となり その結晶を大きくすることは可能である欲望や悪魔に心を奪われなくても、 他の幸福のために大成功することは可能である生き馬の目を抜くような ビジネスシーンその修羅場の中で掴んだ心の平成は真の宝物だ心の清らかさは万人にとっての修行課題だ心清き成功をそれが理想の一つである
2018.02.12
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諸行は無常であるビクトル・ユーゴーの「ああ無情」の「無情」ではなく常なるものは存在しないという、「無常」であるいかなる美人といえども、齢を重ねればその美しさははかなく消えていく美しい花も、やがて確実に散り行く大廈高楼も、やがては廃墟と化すエジプトやメソポタミアのような大文明ですら時間の彼方に去り、砂漠に埋もれ行く自らの事跡を後世に残さんとしても石碑ですら風化し、後を残さない全ての事象は過ぎ去っていく留めんとしても、何一つ永遠なる物はないもしも、人生がこの世限りでありこの世が人生の全てであるならば何と悲しいことだろうか全てがはかなく移ろい過ぎていくことをただただ呆然と見送るだけになってしまう面白おかしく、人生を過ごせれば、人間性も、人徳も、善行や善意、あるいは愛ですら必要ないこととなるしかし、この移ろい過ぎていくものは本質ではないこの世が「無常」であることはそうでない「本当の世界」を前提としているからだ無常の世界にあっても、確実にこれだけは残る、というものは存在するそれは人の心だ「無常」の世界での、さまざまな経験とそれにどう相対したか、どう思ったかその蓄積が「宝物」となったかあるいは「負債」となったのか確実にそれだけは存在し続ける人は心が全てである人生を通じて、いかなる経験を経たかいかなる心の持ち主となり得たかそれが全ての全てである「無常」の世界の中で、共に押し流されていくのかあるいは「無常ならざるもの」をしっかりと手に入れるか一生を通して、問いかけられ続けるテーマかもしれない
2018.02.11
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この世は、縁起の理法の下にある全ての結果は、過去に原因があるということだ過去の結果が、また新たな原因となり、次の結果を招くだから現在の成功が、次の失敗の原因になることもあれば失敗が成功を招く場合もある「成功と失敗」を「順境と逆境」と読み替えても良い逆境で、人は試される苦難や困難の中で、それに押しつぶされる人もいれば雄雄しく立ち向かい、心の透明な食べ物にする人もある苦しみは、砥石となって心を鍛え悲しみを知れば、他者へのいたわりとなって、慈悲心を養うそして順境でも、人は試されるのだ得意の絶頂にあるときにその人がどのような心を抱きどのような行動をするか順境や成功が、堕落に至る原因になることが多い金銭の多寡で人間を評価し社会的地位で、人間の高低を計り慢心と堕落が、恐ろしい結果を招くことも多い人は順境と逆境の双方で試されるだから、如何なる環境においても、謙虚で、努力を忘れず、感謝の心で満ちるようにそう心がけていきたいがんばるしかない「逆境」よりも堕落のふちに立つ「順境」の方が、より恐ろしいかもしれないこの世の全ては、縁起の理法の下にあるよき種を坦々と蒔き続けていこう
2018.02.10
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お金は大切だお金が無ければ、家族を養うこともできないお金があれば、生活は潤う。手に入るものも多いだが、それだけで人間は幸福になることはできないお金で買える物には、限界があるからだお金持ちの家庭の子供たちは、ある意味でかわいそうだった愛情の代わりにお金が与えられスキンシップの代わりに物が与えられていたからだ子供たちは、お金では救われない。お金で買えるのは、暇つぶしの娯楽だけだ欲望を満たす物だけを、お金は与えてくれるしかし、欲望は塩水のようなものだ。塩分は必要不可欠だが飲めば飲むほどに、のどが渇くお金で買えるものでは、心は満たされず空しさは、欲望をエスカレートさせる大人でも同じだ残念だがお金で買える快楽をつむぎながら生きている人は多かろう本当に大切なのものは、お金では買えないそして、眼にも見えないお金は減るかもしれない財産だとて永遠ではないだが本当に大切なものをつかんだ人はそれを失うことは無い如何なる環境あろうともたとえ逆境であろうとも「私は幸福だ」そう、胸を張って言い切れるはずである最後にもう一度、言おうお金で買えるものだけでは、人は生きていくことはできないなぜなら、人間は心が全てだからである
2018.02.09
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蒔かぬ種は生えないこの世は、原因と結果の法則の下にある良き種を蒔けば、良き果実が実り悪しき種を蒔けば、当然、悪しき果実が実るだから、幸福や繁栄を願えば良き種を蒔き続けるしかない良き種を蒔くとは何か悪しき思いを遠ざけて、良き思いに満ち悪しき行いを遠ざけて、良き行いで満たすことだ「善因善果 悪因悪果」という言葉もあるだが実際には、悪人が栄えて、善人が恵まれない時があるこの「原因結果の法則」が当てはまらない場合があるのだ強欲の悪人が、この世では栄え良き善人が、不幸になるのでは神も仏も存在しないように思えることだろう。何と、この世が不公平であるかと、疑念も抱くであろう心清く、善行を重ねることなど、何の意味もないと、堕落と悪行に手を染めたくもなるかもしれないこの世が全てであるならば露見さえしなければ、悪行を尽くしたほうが得になってしまうしかし、真実の世界は「善因善果悪因悪果」だいかに、この世が不公正に見えたとしてもあの世まで含めれば、原因結果の法則は完結する天国地獄の差は、財産の多寡でもなければ社会的地位の高低でもない何を思い、何を行ったのかが全てであるだから、あの世を認めたがらぬ方々もいるもしも他界が存在し、自らの思いと行いが冷徹に評価されるならば、自分の人生が全否定されることになる人々だ。自我我欲のままの人生を途中で方向変換することは難しい天国地獄の差と、その存在を否定したくなるのも良く分かるだからこそ、「善因善果悪因悪果」を、今、この場で受け入れよう本当の意味で自分のためにこの世の人生など、夢のように過ぎていく残るのは自分の「心」と、その「行い」のみなのだ。無常の風に吹かれるその前に、心をクラッと一変させる「回心」の機会は、万人に必ず訪れる人生は断じて、この世限りではないそれを知ったならば、生き方を変えるのはある意味、当然のことであるはずだ良き種を蒔き続けよう自分と、そして他者の幸福のために
2018.02.07
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「無欲の大欲」西郷隆盛を評して語られていた言葉だ不思議な言葉だ無欲であれば、この世では弱者・敗者となりがちだ大欲・強欲ならば周囲を不幸にしてでも成功を招き寄せる欲の深いのは念力であるからだ相反する無欲と大欲これを架橋するのは使命感と愛であろう無欲は「無私」や「無我」と言い換えられる多くの人の幸福を願いて無私無我にして身を粉にすることこれが無欲の大欲であるいかに成功があろうとも欲望でめがギラギラした人々の群れは悲しい己の成功が他の幸福にもつながるそんな社会こそ夢である無欲の大欲西郷さんには及ばないが一陣の風の如く無私無我なる成功を自分なりに追い求めてみたい
2018.02.06
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人生は苦しみであるそう聞くと、反発を覚える方も多かろう世の中に楽しいことは多い 自分の人生を振り返っても楽しいことばかりだった、という方もいるだろう。しかし、人生はやはり苦しみに満ちている「生・老・病・死」は避けがたいではないか若さを誇ろうとも、確実に老いはやってくる健康を誇っても、病気から免れるものではないそして「死」は確実に万人を待つ財産も、地位も名誉も、事業さえも「死」の前には、輝きを失うしかしその万人の逃れがたい「四苦」の中にあってさえ、生命は輝くことが可能だ苦しみに敗れるものもあれば苦しみから心の宝物をつむぎだす者もいる筆舌に尽くしがたい困難や悲しみの中で不幸のどん底に心を沈める者もあればその悲しみで心を研いで、慈悲に心を満たす者もいる人生は苦しみだしかしその泥沼の中から見事な蓮の花を咲かせる者がいるのだこの世の苦しみ悲しみの泥沼の中だからこそこの世のものとも思えね美しい花が咲くのである人それぞれ、大きさや色には差異があろう私も、見事に花を咲かせたいとそう心から願いたい同じ時代に生きる全ての同胞たちとともに
2018.02.05
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