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3月は旅立ちの春です。私の4人いる1番小さな孫(タケちゃん)は、小学校を卒業して、中学生ですが・・。1番大きな孫(K太)が、とうとう社会人になりました。先日、国家試験にも受かり、医師として出発することになりました。この日を心待ちにしていながら、それを待たずに、主人が昨年逝ってしまった事が残念です。大学の卒業式の様子がライブ配信されたので、自宅のテレビに映しながら主人の遺影と2人で見ました。一緒に見たかった。どんなに喜んだでしょう。嬉しくてお酒が進んだでしょう。自宅でテレビを見ながら画面を写したものなので、テレビの上の居間の壁も写っています。下は少しアップに切り取りました。K太は、私の亡き父の初めてのひ孫で、大のお気入りでした。父が療養中、2度目の脳梗塞発作で体が不自由になる前、隣に住んでいて、4歳だったK太は、遊びに来ては、寝ている父によくいたずらをしかけていました。ベッドに寝ている父の足を、蒲団の裾から手を入れてくすぐったり。「オイ誰だ?こりゃ~!K太だな?止めてくれ~(笑)」と、もだえる父。父が歩けた頃の夕食時は、小さな手で目の見えない父の手を引いて、居間のソファへと連れてくる事が良くありました。あれこれ思い出されて・・。主人の他に、父と母の遺影にも報告しながら、胸がいっぱいになりました。時が経つのは早いものですね。K太は、就職を機に、親元を離れ、引っ越して行きましたが、市内なので実家に来た時は、時々会えそうです。彼の車のタイヤも、うちの地下室に保管してるし~~。頻繁に会えなくなるのは少し寂しいけど、素敵な人生を歩んで行ってほしいと、心から応援しています。実は、主人が亡くなってから、今までにない大きな悲しみを感じたのは、その合格発表の日でした。生きていたら、うれし涙を2人で流し、夜遅くまで眠れずに2人で喜びに浸りつつ、お酒を飲んだだろうなぁ。その日、何度も遺影に話しかけ、応えてはくれない主人に、共に喜ぶ事のできない寂しさを痛感しました。とても大きな喜びと、逆に強い寂しさを同時に味わった日でした。ところで、最近の私は、年齢相応に体力は低下しつつも、まずまず健康を保っているおかげで、1人の暮らしに慣れてきました。私は、高校へは汽車通学で、親元から通いました。そして、大学は親元を離れましたが、病院に併設されている門限の厳しい全寮制でした。卒業まで4~6人の相部屋で過ごしました。卒業後は、勤め先へ実家から通勤。結婚するまで実家の両親と暮らしていた私は、結婚と同時に主人の実家に入りました。主人の4人の兄や姉たちは、それぞれ結婚や就職で巣立って行き、実家には母と祖母、末っ子の主人が残っていました。高齢の祖母は元気でしたが、母親は、後で癌が判明入院する事になりました。当時、結婚する女性が、相手の条件に上げる3つの大事な事と言うのが「家付き!カー付き!ババ無し!」と言われてました(笑)昭和40年代の初め、まだ車は少なく、道路も舗装が少なく砂利道が多かった頃です。主人は、私に「オレは、家付き、カー無し、おまけにババ2人付きだが、いいかな?」って、冗談めかして笑いながら言いましたが、それがプロポーズらしき言葉(笑)(結婚した数か月後、私達は2人とも車の免許が無いのに、安くボロな中古車を買ってしまい、それから慌てて、2人で夜間の自動車学校で免許を取り、無事カー付きになりましたが)結婚してからは、主人の家族がいて、子供たちがいて、子供達2人が育って行ってから間もなく、実家の両親を引き取り、両親との暮らしや介護が始まりましt。夫婦2人だけで暮ら始めた頃、今度は、東北大震災で娘と孫たちと猫を急いで避難させました。親子離れ離れで、父親が合流るまで3の年同は。本当に可哀想でした。そんあんこんなで、私は、この年になるまで1人暮らしをしたことがありませんでした。主人が亡くなって、初めて1人暮らしを体験する事になりました。実は、寝起きの悪い私は、本当は目が覚めてもベッドでグズグズしていたい方です。結婚後もフルタイムで働きながら子育て、子供が巣立ってから、親の介護で退職しましたが。カレンダーを見ながら、時計を見ながら、時間に追われる事が多い生活でした。最近は、ゆっくり起きたら、朝のコーヒーを主人に供えて、朝ごはんも作らず新聞を読む。時には、朝からお風呂に入り、残り湯で洗濯しながら、テレビや新聞や読書。昼に近づいて、ようやく朝食兼昼食。予定のない日は、本当にのんびりしています。昔、何でも仕事が手早い(その代わり雑だけど)と言われた私は、時間を気にしなくなり、メッチャ手のろくなりました(笑)毎日、何か1つをやろうと決めてはいるのですが。昨日は、剪定したヒバの枝をまとめて、物置に入れるついでに物置の片付け。今日は、名残り雪のちらつくなか(途中吹雪いてびっくり)を、酒造会社の名水を汲みに(15本×4リットル)行きました。明日は、図書館に予約していた本を受け取りにいきます。ぐうたら過ごした冬ですが、主人がいた頃の冬は、シーズンに備えるための、ゴルフ練習期間でした。週に2~3回は、氷点下の屋外打ちっぱなしに一緒に通っていたのに、昨年の冬はそれどころではなく。今年の冬は、主人がいないので、その気もなくて、納戸にしまったゴルフバッグに触れる事もありませんでした。今のところ、今年の私は、ゴルフや山菜採り、少しの畑などを楽しめそうです。春も近いし、そろそろ練習にも行ってみようかな?そういえば、練習場のチケットを使わないまま、まだ一杯残っているし。でも、行ったら思うように打てないと、ついムキになってしまいそう。そして、きっと数日間は筋肉痛に悩むのでしょうね。(苦笑)
2023.03.27
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短い期間でしたが、久しぶりに旅行に行っていました。以前は、冬になると主人と2人で、毎年のように小さな旅行をしていました。殆どがゴルフが多かったのですが、主人が腰の手術をして間もなかった3年前、ゴルフ無しで沖縄の石垣島に行く予定でしたが。コロナの流行が始まりキャンセルしたまま。そのうち、体調を崩した主人に「すい臓がん」が発覚。闘病しながら、近くの温泉へ1泊など楽しみましたが。昨年2月に主人が逝ってからは、旅行とは縁が切れた気持ちでした。今年の初めに、ある旅行の案内を見て行ってみたいと思いました。かねてから見たいと思っていた、シルク・ド・ソレイユと歌舞伎のチケットのついた案内で。歌舞伎は、ナマで観た事がなくて、主人と、「いつかは観たいね」といいつつ、行く機会のなかったもの。世界的なサーカスのシルク・ド・ソレイユは、5年ぶりの日本上演です。費用は、チケット代と飛行機代が主なので、1人参加でも、旅行代金は割安でした。旅行には、宿泊費やクーポンが出て安くなる特典(ワクチン3回接種)がありますが、特典を受けず参加もいいそうで。特典を受けなくても1泊なので料金もそう違わず、3回目からの接種を止めている私にいいツァーでした。1日目にシルク・ド・ソレイユを観て、歌舞伎座近くの銀座のホテルに宿泊(食事なし)翌日は朝食付き。歌舞伎座ではお食事処で昼食。その日に北海道へ帰るタイトな日程でしたが、私には必要最小限の最適日程でした。シルク・ド・ソレイユは、テレビで外国公演の様子を見たことがありますが、想像していた通り素敵でした。過去に落下事故で団員が亡くなる事故が2度も報じられた事があり、美しく華麗に舞うワイヤーでの演技にもやはりドキドキ。上演中は撮影禁止。フィナーレのみ可です。空中ブランコの途中で、手が届かず演技者が落下した時は、観客から悲鳴が上がりましたが、大丈夫でした。下にネットがありました。(とはいえ、失敗して落ちるのはとても珍しい事のようです)ホテルに戻ってから、今回の1番の楽しみだったお友達との再会。ネットを始めた頃の友人、クマちゃんと一緒に夕食。クマちゃんとは東京駅、銀の鈴下で(笑)主人も一緒に会ったのが最初かな。それから札幌に出張に来た時、旭川に来た時に会っているので、これで4回目(*^-^)ニコ私はすっかりおばあちゃんになったけど、クマちゃんは最初にあった頃とちっとも変っていない!予約してくれていたイタリアンレストラン、とても素敵でした。まず、前菜が美しくてびっくり。そして美味しいのにびっくり!写真は2人前です。パンもとても美味しかったけど、「まだ前菜だから、あまり食べちゃダメ」って、止められた。(笑)大きなピザが出て、その香りが良くて、バジルやオリーブにつられて食べすぎ。少し辛みのあるオイル付けたら、美味しさアップして更に食べちゃいました。からすみのペペロンチーノパスタの頃にはもうおなか一杯。なのに、なんと、その後にメインのマグロが出てきた。本マグロのタリアータって言うらしい。これが又、美味しいの何のって~~!本マグロの中トロをさっとあぶった感じで、もう食べられないと思っていたのに、あまりの美味しさに全部食べちゃった。デザートは、2人とも食べる力が無く(笑)、コーヒーで。何年ぶりにこんなに一杯食べたでしょう。美味しくて楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまいました。仕事帰りにホテルまで迎えに来てくれたクマちゃんありがとう。レストランから帰りは1人で帰れるという私を心配して、翌日も仕事があるのに送ってくれました。それが正解だったと思う。翌朝、歌舞伎開演(10:30)まで時間があったので、ホテル玄関前からガイドに連れられて一緒に歌舞伎座へ歩いて行くのではなく、私は直接歌舞伎座に行く事にしました。チェックアウトして、銀座を歩きながら、あちこち散策を楽しみました。都会のビルの中にも、小さな庭くらいに色々木が植えられているんだなぁと感心しながら歩いていました。そろそろ東銀座駅そばの歌舞伎座周辺へ戻っておこうとしたのに。道路にある表示を見ると、もう戻っていいはずが戻ってない?で、スマホのナビを使う事に。それでも、戻っているはずが、気づくと有楽町のガード下にきていました。これはこれで下町の素敵な風景だけど、戻りたいところと違うし。スマホナビを初めて使う自分がシンジラレナイ!迷ってるし~。まだ時間はあるけど、歌舞伎座の下の木挽町で買い物もしたいし・・。と、そこに走っているタクシーに乗っちゃいました。「歌舞伎座までお願いします~!」本当に情けないわぁ。見覚えのある三越や和光堂を見ながらすぐ着きました。初めて見た歌舞伎はとても素晴らしかったです。座席も12列目の真ん中で良く見えました。花の御所始末(はなのごしょしまつ)シェイクスピアの戯曲「リチャード三世」に着想を得て、“悪の華”を描いた異色作!出演者は、幸四郎芝翫愛之助坂東亀蔵亀鶴宗之助廣太郎染五郎橘太郎錦吾由次郎高麗蔵権十郎雀右衛門という、そうそうたるメンバーでした。が、白塗りのメイクなので、テレビで観る馴染みのお顔のように直ぐは分からず、配役名を見て・・。この人が愛之助さんね。オペラグラスで表情を見てそういえばそうだ~。と。(笑)とても楽しみました。こうして素敵な2日間を楽しんできました。
2023.03.15
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3月になっちゃいました。先月の後半にはブログ更新しようと思っていましたが、携帯が不調で、そろそろ買い替えのほうがいいかな?と思ったり。実は、ガラケーから初めてのスマホにする時、いきなりスマホを操作するのが不安で、買う前に、安~いタブレットを買って、スマホの練習したのがアンドロイドでした。なので、買ったのもアンドロイドでした。そうして買ったスマホは、何度か充電部分に故障が出て、メーカー修理に2度出して、ついにフル交換した経緯があり、そこからすでに2年経ちますが、また似た状態。今になると、本当はiPhoneの方がいいなと思ったり。結局は、今まで使っていた機種の後継機が保証料金で手に入るようになり、新機種を買いませんでした。後継機なので、あまり信用してないこの機種ですが、しばらく使ってみて不調が来るときは、本気で買い替えます。そんな事で、先月後半はスマホに振り回されてました(苦笑)電話帳や写真はmicroSDカードに保存してた筈なのですが、覗いてみても写真はあるけど、電話帳のファイルがどれか分からない。今回、電話帳の移動だけは無料でしてくれるというので、それだけドコモに頼みました。が、新しいスマホで色々捜査しているうち、開けてみた電話帳には、最近入れた分が入っていなくて古い名簿のままが入っている事に気付きました。参った~😭元のスマホと並べて付き合わせながら修正。(SDカードよりクラウドの方が良かったみたい)そして、取り敢えず、必要なアプリのダウンロードやログインも無事すませ、古い機種返却しました。(10日以内に返却しないと4万円請求来るってんで)後継機なので慣れた機種のはずですが、微妙にあちこち違い、戸惑いながらやっと慣れたところです。アナログな私は、本当にデジタルが苦手。これからのデジタル社会に適応していけるのだろうか・・不安。今日、ひな祭りなので、ケーキじゃなくてケーキ型の押しずしを作りました。お嫁ちゃんとアオちゃん家族に。そして娘とマオちゃん家族に。(但し、マオちゃんはオーストラリアに行っていますので、ラインで写真だけ)図書館に本を借りに行った時、数日前の公園の中の冬景色です。まだまだ雪は深いです。公園の中に雪のパークゴルフのコースが出来ていて、昨年とその前の年は、寄る余裕もなかったのですが、先日寄ってみました。こんな風に、公園の中に9ホールのコース(無料)が出来ていて、管理はボランティアの人たちがやっています。道具も無料で貸し出し。本当のパークゴルフは、ボールがどこへ飛んで行くか分からないけど、雪を掘り下げてコースになっているので、ほぼまっすぐに転がっていくOBもありません(笑)グラウンドに設置してあり、除雪も大変で、コースも短く、9ホールを2イーグルと、7バーディであっけなく回ってきました。ゴルフならプロでも出ない凄いスコアですわ(笑)ただ歩くよりはいい運動ですが、雪が融けてきてるのでそろそろ終わりなんだそうです。
2023.03.03
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