2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全86件 (86件中 1-50件目)
私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし彼は右手を私の上に置いてこう言われた。「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。」(黙1:17,18) 私(イザヤ)は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来たが、その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。彼は、私の口に触れて言った。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」(イザ6:5-7) わたしは、あなたのそむきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐい去った。わたしに帰れ。わたしは、あなたを贖ったからだ。(イザ44:22) わたしだ。恐れることはない。(ヨハ6:20) わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。(イザ43:25) もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。(1ヨハ2:1)
2008年09月30日
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。(詩16:11) 主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。(詩25:4) モーセは主に申し上げた。・・・・「もしも、私があなたのお心にかなっているのでしたら、どうか、あなたの道を教えてください。そうすれば、私はあなたを知ることができ、あなたのお心にかなうようになれるでしょう。」・・・・すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」(出33:12-14) 主は、ご自身の道をモーセに、そのみわざをイスラエルの子らに知らされた。(詩103:7) 主は貧しい者を公義に導き、貧しい者にご自身の道を教えられる。主を恐れる人は、だれか。主はその人に選ぶべき道を教えられる。(詩25:9,12) 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴3:5,6) わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。(詩32:8) 義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴4:18)
2008年09月30日
この方は、銀を精練し、これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめ、彼らを金のように、銀のように純粋にする。彼らは、主に、義のささげ物をささげる者となる。(マラ3:3) わたしは、・・・・銀を練るように彼らを練る。・・・・彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは「これはわたしの民。」と言い、彼らは「主は私の神。」と言う。(ゼカ13:9) 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。(哀3:33) 神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る。(ヨブ23:10) 主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。(詩103:14) 神の不動の礎は堅く置かれていて、それに次のような銘が刻まれています。「主はご自分に属する者を知っておられる。」また、「主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を離れよ。」大きな家には、金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。また、ある物は尊いことに、ある物は卑しいことに用います。ですから、だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。(2テモ2:19-21)
2008年09月30日
愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。愛のうちに歩みなさい。(エペ5:1,2)御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。(ガラ5:22,23) 怒りをおそくする者は英知を増す。(箴14:29) 主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富む神。」(出34:6) 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテ3:9) 人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。…善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。…キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(1ペテ2:19-21) ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。(1ペテ2:23) 怒っても、罪を犯してはなりません。(エペ4:26)
2008年09月29日
いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペ1:23) 待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。(詩27:14) わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。(2コリ12:9) わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。(イザ43:11) この方がほんとうに世の救い主だと知っているのです。(ヨハ4:42) 父なる神および私たちの救い主なるキリスト・イエスから、恵みと平安がありますように。(テト1:4)父がなさることは何でも、子も同様に行なうのです。(ヨハ5:19) 主が知恵を与え、御口を通して知識と英知を与えられる。(箴2:6) どんな反対者も、反論もできず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしがあなたがたに与えます。(ルカ21:15) 父なる神にあって愛されている方々。(ユダ1) 聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥とはしません。(ヘブ2:11) 天にも地にも、わたしは満ちているではないか。──主の御告げ。(エレ23:24)
2008年09月29日
あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。(ヨハ13:14,15)人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。(ヨハ15:13) キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。(1ヨハ3:16) 私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。(1ヨハ3:16)互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13) 人知をはるかに越えたキリストの愛。(エペ3:19) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。(2コリ8:9) お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32) 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。(マル10:45) キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(1ペテ2:21)
2008年09月29日
恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。(イザ41:10) あなたは弱っている者のとりで、貧しい者の悩みのときのとりで、・・・・暑さを避ける陰となられたからです。横暴な者たちの息は、壁に吹きつけるあらしのようだからです。(イザ25:4) 待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。(詩27:14) あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、・・・・疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。(イザ40:28,29) 信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているのです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。(ヤコ1:3,4) ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。(ヘブ10:35,36)
2008年09月28日
思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。(ダニ12:3) あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。(詩8:3,4) 太陽の栄光もあり、月の栄光もあり、星の栄光もあります。個々の星によって栄光が違います。死者の復活もこれと同じです。(1コリ15:41,42) 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。(詩19:1) 神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのです。(ロマ1:20) (神は)ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。(使14:17) 昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。(詩19:2,3)
2008年09月28日
主よ。聞いてください。主よ。お赦しください。主よ。心に留めて行なってください。私の神よ。あなたご自身のために遅らせないでください。あなたの町と民とには、あなたの名がつけられているからです。(ダニ9:19) 地上のすべての国々の民は、あなたに主の名がつけられているのを見て、あなたを恐れよう。(申28:10) まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。(1サム12:22) 私たちの救いの神よ。御名の栄光のために、私たちを助けてください。御名のために、私たちを救い出し、私たちの罪をお赦しください。なぜ、国々は、「彼らの神はどこにいるのか。」と言うのでしょう。(詩79:9,10) 彼らがわたしの名でイスラエル人のために祈るなら、わたしは彼らを祝福しよう。(民6:27) 私たちは、とこしえからあなたに支配されたことも、あなたの御名で呼ばれたこともない者のようになりました。(イザ63:19) 私たちの神、主よ。あなた以外の多くの君主が、私たちを治めましたが、私たちは、ただあなたによってのみ、御名を唱えます。(イザ26:13) 主の名は堅固なやぐら。正しい者はその中に走って行って安全である。(箴18:10)
2008年09月28日
私は眠っていましたが、心はさめていました。戸をたたいている愛する方の声。「わが妹、わが愛する者よ。戸をあけておくれ。私の鳩よ。汚れのないものよ。私の頭は露にぬれ、髪の毛も夜のしずくでぬれている。」(雅5:2) 私が、愛する方のために戸をあけると、愛する方は、背を向けて去って行きました。あの方のことばで、私は気を失いました。私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。私が呼んでも、答えはありませんでした。(雅5:6)わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。(ヨハ10:27) 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。(黙3:20) お話しください。しもべは聞いております。(1サム3:10) イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。(ルカ19:5,6) 私は、主であられる神の仰せを聞きたい。主は、御民と聖徒たちとに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。(詩85:8)
2008年09月27日
神は、ほんとうに言われたのですか。(創3:1) 試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」イエスは答えて言われた。「・・・・と書いてある。」「・・・・とも書いてある。」「・・・・と書いてある。」すると悪魔はイエスを離れて行った。(マタ4:3,4,7,10,11) 「私はあなたといっしょに引き返すことはできません。・・・・『そこではパンを食べてはならない。水も飲んではならない。もと来た道を通って帰ってはならない。』と命じられているからです。」彼はその人に言った。「私もあなたと同じく預言者です。御使いが主の命令を受けて、私に『その人をあなたの家に連れ帰り、パンを食べさせ、水を飲ませよ。』と言って命じました。」こうしてその人をだました。そこで、その人は彼といっしょに帰り、彼の家でパンを食べ、水を飲んだ。・・・・「それは、主のことばにそむいた神の人だ。主が彼に告げたことばどおりに、主が彼を獅子に渡し、獅子が彼を裂いて殺したのだ。」(1列13:16-19,26) 私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。(ガラ1:8) あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。(詩119:11)
2008年09月27日
あなたが私を懲らしめられたので、くびきに慣れない子牛のように、私は懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ。あなたは私の神だからです。私は、そむいたあとで、悔い、悟って後、ももを打ちました。私は恥を見、はずかしめを受けました。私の若いころのそしりを負っているからです。(エレ31:18,19) 主よ。今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で造られたものです。主よ。どうかひどく怒らないでください。いつまでも、咎を覚えないでください。どうか今、私たちがみな、あなたの民であることに目を留めてください。(イザ64:8,9) あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(1ペテ5:6) 不幸はちりから出て来ず、苦しみは土から芽を出さないからだ。人は生まれると苦しみに会う。火花が上に飛ぶように。(ヨブ5:6,7) 主はすべて心おごる者を忌みきらわれる。確かに、この者は罰を免れない。(箴16:5)
2008年09月26日
私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。(ピリ3:20,21) もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。(1コリ15:19) 空の空。・・・・空の空。すべては空。(伝1:2) 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。(ヘブ13:14) 主であるわたしは変わることがない。(マラ3:6)私たちのすべての日はあなたの激しい怒りの中に沈み行き、私たちは自分の齢をひと息のように終わらせます。私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。(詩90:9,10) 被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのです。(ロマ8:20)イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。(ヘブ13:8) 聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られる方。(黙4:8)
2008年09月26日
私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。(ロマ8:37) 子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。(ヘブ2:14,15) もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。(ロマ6:8-10) 死は勝利にのまれた。(1コリ15:54,55) 神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(1コリ15:57) あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。(ロマ6:11)
2008年09月26日
恵みとまこととは、互いに出会い、義と平和とは、互いに口づけしています。(詩85:10) あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。(ヤコ2:13) 主は真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方である。(申32:4) 正しくさばかれる方。(1ペテ2:23) 私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるのです。(2コリ5:10) 私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。(ロマ14:12) ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。(ロマ3:24)罪を犯した者は、その者が死ぬ。(エゼ18:4) 剣よ。目をさましてわたしの牧者を攻め、わたしの仲間の者を攻めよ。──万軍の主の御告げ。──牧者を打ち殺せ。(ゼカ13:7) 主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。(イザ53:6) 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ロマ6:23) わたしのほかに神はいない。正義の神、救い主、わたしをおいてほかにはいない。(イザ45:21) 神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。(ロマ3:26)
2008年09月26日
私たちは、・・・・光の武具を着けようではありませんか。(ロマ13:12) 主イエス・キリストを着なさい。(ロマ13:14) あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペ5:8) 実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。(エペ5:11) けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。明らかにされたものはみな、光だからです。それで、こう言われています。「眠っている人よ。目をさませ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」そういうわけですから、・・・・よくよく注意しなさい。(エペ5:13-16) 私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるのです。(ピリ3:8,9) イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。(ロマ3:22) 主がわたしに、正義の外套をまとわせてくださる。(イザ61:10) 私は、あなたの大能のわざを携えて行き、あなたの義を、ただあなただけを心に留めましょう。(詩71:16)
2008年09月25日
主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。(1コリ4:5) 主よ。私の願いはすべてあなたの御前にあり、私の嘆きはあなたから隠されていません。(詩38:9) 主よ。私を調べ、私を試みてください。私の思いと私の心をためしてください。(詩26:2) 神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日。(ロマ2:16) 父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。父はさばきを行なう権を子に与えられました。子は人の子だからです。(ヨハ5:22,27) 燃える炎のような目を持つ・・・・神の子。(黙2:18) 彼らは言う。「どうして神が知ろうか。いと高き方に知識があろうか。」(詩73:11) こういうことをおまえはしてきたが、わたしは黙っていた。わたしがおまえと等しい者だとおまえは、思っていたのだ。わたしはおまえを責める。おまえの目の前でこれを並べ立てる。(詩50:21) おおいかぶされているもので、現わされないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。(ルカ12:2)
2008年09月25日
あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。(1ペテ1:6,7) 患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。(ロマ5:3,4) その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。(ヤコ1:4) 主の救いを黙って待つのは良い。(哀3:26) あなたがたは、・・・・もっとすぐれた、いつまでも残る財産を持っている・・・・。ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。(ヘブ10:34-36) どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。(2テサ2:16,17)
2008年09月25日
見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン。(黙1:7) この後に起こる事。(黙1:19) 聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮んだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。(1コリ2:9,10) 真理の御霊が・・・・やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すのです。(ヨハ16:13) 眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(1テサ4:13,14,16,17)
2008年09月24日
あなたは人の子らにまさって麗しい。あなたのくちびるからは優しさが流れ出る。(詩45:2) あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。(1ペテ2:3) 神の御子を信じる者は、このあかしを自分の心の中に持っています。(1ヨハ5:10) わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのです。(ヨハ3:11) 主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。(詩34:8) 私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。(雅2:3) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。(2コリ8:9) ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハ1:14) みなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いた。(ルカ4:22) 主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。(2コリ12:9) 私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。(エペ4:7) それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。(1ペテ4:10)
2008年09月24日
幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人は。私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。(詩65:4) 私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。(詩73:28) 主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。(哀3:25) 主はあなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。(イザ30:18) 主よ。私は、あなたのおられる家と、あなたの栄光の住まう所を愛します。(詩26:8) まことに、あなたの大庭にいる一日は千日にまさります。私は悪の天幕に住むよりはむしろ神の宮の門口に立ちたいのです。(詩84:10) 兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスは・・・・私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブ10:19,20,22)
2008年09月24日
私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができるのです。(2テモ1:12) 私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は守ってくださることができると確信している。(2テモ1:12) 私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かにすことのできる方。(エペ3:20) あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方。(2コリ9:8) 主は、・・・試みられている者たちを助けることがおできになるのです。(ヘブ2:18) (キリストは)ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブ7:25) あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方。(ユダ24) キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。(ピリ3:21) (イエスは言われた。)「わたしにそんなことができると信じるのか。・・・・あなたがたの信仰のとおりになれ。」(マタ9:28,29)
2008年09月23日
すべては、あなたがたのものです。・・・・世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。(1コリ3:21,22) まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮んだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。(1コリ2:9,10) 勝利を得る者は、これらのものを相続する。(黙21:7) もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。(1コリ15:19) 彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。(ヘブ11:16) (神は)朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。(1ペテ1:4) よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。(2ヨハ1:8) いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。(ヘブ12:1)
2008年09月23日
愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、・・・・(1ペテ4:12) 訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。(ヘブ12:7,8) 神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。(ルカ18:7,8)神は、私たちを見捨てることがない。(エズ9:9) あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、あなたがたを試みておられるのである。(申13:3) まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。(1サム12:22) 女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。(イザ49:15) 幸いなことよ。ヤコブの神を助けとし、その神、主に望みを置く者は。(詩146:5)
2008年09月23日
人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。(1ペテ2:19,20) むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。(1ペテ3:4) 感謝のいけにえをささげる人は、わたしをあがめよう。その道を正しくする人に、わたしは神の救いを見せよう。(詩50:23) 神に喜ばれること。(1ヨハ3:22) 私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。それは雄牛、角と割れたひずめのある若い雄牛にまさって主に喜ばれるでしょう。(詩69:30,31) 兄弟たち。神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。(ロマ12:1) 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。(ヘブ11:6)主は、ご自分の民を愛し、救いをもって貧しい者を飾られる。(詩149:4) 肉にある者は神を喜ばせることができません。(ロマ8:8)
2008年09月22日
今わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。「父よ。この時からわたしをお救いください。」と言おうか。いや。このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。(ヨハ12:27) わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。(マタ26:39) 次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。(ルカ24:46,47) わたしが天から下って来たのは、自分のこころを行なうためではなく、わたしを遣わした方のみこころを行なうためです。(ヨハ6:38) キリストは・・・・死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。(ピリ2:8) キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学ばれたのです。(ヘブ5:7,8) わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。(マタ26:53)
2008年09月22日
私の愛する方は、輝いて、赤く、万人よりすぐれています。(雅5:10) すばらしい値うちの真珠。(マタ13:46) 地上の王たちの支配者。(黙1:5) 私の愛する方が若者たちの間におられるのは、林の木の中のりんごの木のようです。私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。(雅2:3) まことに、雲の上ではだれが主と並びえましょう。力ある者の子らの中でだれが主に似ているでしょう。(詩89:6) 私の心の思いが神のみこころにかないますように。私自身は、主を喜びましょう。(詩104:34) その頭は純金です。髪の毛はなつめやしの枝で、烏のように黒い。(雅5:11) いっさいのものの上に立つかしら。(エペ1:22) 御子はそのからだである教会のかしらです。(コロ1:18) その頬は、良いかおりを放つ香料の花壇のよう。(雅5:13) 隠れていることはできなかった。(マル7:24) くちびるは没薬の液をしたたらせるゆりの花。(雅5:13) あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。(ヨハ7:46) その姿はレバノンのよう。杉のようにすばらしい。(雅5:15) 御顔をあなたのしもべの上に照り輝かせてください。(詩31:16) 主よ。どうか、あなたの御顔の光を、私たちの上に照らしてください。(詩4:6)
2008年09月22日
わしが巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。ただ主だけでこれを導かれた。(申32:11,12) 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ロマ8:28) 私たちとともにおられる方は、私たちの神、主、私たちを助け、私たちの戦いを戦ってくださる方である。(2歴32:8) (神は)その聖徒たちの道を守られる。(箴2:8) あなたがたの神、・・・・主は、あなたがたが宿営する場所を捜すために、道中あなたがたの先に立って行かれ、夜は火のうち、昼は雲のうちにあって、あなたがたの進んで行く道を示されるのだ。(申1:32,33) 人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。(詩37:23,24) 正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。(詩34:19) 主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。(詩1:6) あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しまれる。(ゼパ3:17)
2008年09月21日
私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているのです。(ロマ5:5)聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。(2コリ13:13) 神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。(エペ4:30) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。(ロマ8:26) わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。(ヨハ14:16,17) 御霊は自分から語るのではなく、・・・・わたしの栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。(ヨハ16:13,14) 主と交われば、一つ霊となるのです。あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。(1コリ6:17,19)
2008年09月21日
すべては、あなたがたのものです。・・・・世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。そして、あなたがたはキリストのものであり、キリストは神のものです。(1コリ3:21-23) すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現われるようになるためです。ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。(2コリ4:15-17) 神を愛する人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ロマ8:28) まことに、人の憤りまでもが、あなたをほめたたえ、あなたは、憤りの余りまでをも身に締められます。(詩76:10) あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。(創50:20) 私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。(ヤコ1:2-4)
2008年09月21日
民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。(詩62:8) あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。(イザ30:21)心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴3:5,6) わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。あなたがたは、悟りのない馬や騾馬のようであってはならない。それらは、くつわや手綱の馬具で押えなければ、あなたに近づかない。悪者には心の痛みが多い。しかし、主に信頼する者には、恵みが、その人を取り囲む。(詩32:8-10) もし、あなたご自身がいっしょにおいでにならないなら、私たちをここから上らせないでください。私とあなたの民とが、あなたのお心にかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちといっしょにおいでになって、私とあなたの民が、地上のすべての民と区別されることによるのではないでしょうか。(出33:15,16)
2008年09月20日
私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。(2コリ4:7) 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。(ヨハ1:16) 貧しいようでも、多くの人を富ませています。(2コリ6:10) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。(2コリ8:9) 私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。(ピリ4:19) 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。(2コリ9:8) 神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者とし、神を愛する者に約束されている御国を相続する者とされたではありませんか。(ヤコ2:5) この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。(1コリ1:26,27)
2008年09月20日
主を恐れることは知恵の初め。(箴9:10) 幸いなことよ。知恵を見いだす人、英知をいただく人は。(箴3:13) 摂理とすぐれた知性とはわたしのもの。わたしは分別であって、わたしには力がある。(箴8:14) キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました。(1コリ1:30) 知恵のある者は人の心をとらえる。(箴11:30) わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただくからだ。(箴8:35) 主はこう仰せられる。「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。・・・・誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。」(エレ9:23,24) 私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。(ピリ3:7,8) このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。(コロ2:3)
2008年09月20日
私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、主から来る。(詩121:1,2) あなたに向かって、私は目を上げます。天の御座に着いておられる方よ。ご覧ください。奴隷の目が主人の手に向けられ、女奴隷の目が女主人の手に向けられているように、私たちの目は私たちの神、主に向けられています。主が私たちをあわれまれるまで。(詩123:1,2)山々がエルサレムを取り囲むように、主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。(詩125:2) あなたは私の助けでした。御翼の陰で、私は喜び歌います。(詩63:7) 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。(2歴20:12) 私の目はいつも主に向かう。主が私の足を網から引き出してくださるから。(詩25:15) 私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。(詩124:8)
2008年09月19日
私はあわてて言いました。「私はあなたの目の前から断たれたのだ。」と。しかし、あなたは私の願いの声を聞かれました。私があなたに叫び求めたときに。(詩31:22) 私は深い泥沼に沈み、足がかりもありません。私は大水の底に陥り奔流が私を押し流しています。(詩69:2) 水は私の頭の上にあふれ、私は「もう絶望だ。」と言った。「主よ。私は深い穴から御名を呼びました。あなたは私の声を聞かれました。救いを求める私の叫びに耳を閉じないでください。私があなたに呼ばわるとき、あなたは近づいて、『恐れるな。』と仰せられました。」(哀3:54-57) 「主は、いつまでも拒まれるのだろうか。もう決して愛してくださらないのだろうか。主の恵みは、永久に絶たれたのだろうか。約束は、代々に至るまで、果たされないのだろうか。神は、いつくしみを忘れたのだろうか。もしや、怒ってあわれみを閉じてしまわれたのだろうか。」セラそのとき私は言った。「私の弱いのはいと高き方の右の手が変わったことによる。」私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。(詩77:7-11) ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったなら。(詩27:13)
2008年09月19日
あらゆる恵みに満ちた神。(1ペテ5:10) 恵みとまことはイエス・キリストによって実現したのです。(ヨハ1:17) あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。(エペ2:8) 父なる神と私たちの主なるキリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とがありますように。(1テモ1:2) すべての人は、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。(ロマ3:24,25) 主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵む。(出33:19) 神は彼をあわれんで仰せられる。「彼を救って、よみの穴に下って行かないようにせよ。わたしは身代金を得た。」(ヨブ33:24) 私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。(エペ4:7) それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。(1ペテ4:10) 神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。(ヤコ4:6) 私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。(2ペテ3:18)
2008年09月18日
民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。(詩62:8) 主は、約束されたとおり、サラを顧みて、仰せられたとおりに主はサラになさった。(創21:1) 約束された方は真実な方です。(ヘブ10:23) 神は言われたことを、なさらないだろうか。約束されたことを成し遂げられないだろうか。(民23:19) ダビデは彼の神、主によって奮い立った。(1サム30:6) 神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。(創50:24) 「わたし(主)は、確かにエジプトにいるわたしの民の苦難を見、そのうめき声を聞いたので、彼らを救い出すために下って来た。」(使7:34) この人(モーセ)が、彼らを導き出し、エジプトの地で、紅海で、また四十年間荒野で、不思議なわざとしるしを行ないました。(使7:36) 主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことは、一つもたがわず、みな実現した。(ヨシ21:45) この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。(マタ24:35) 草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。(イザ40:8)
2008年09月18日
求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。(ルカ11:9)「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。(ヨハ7:37,39) わたしをためしてみよ。──万軍の主は仰せられる。──わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。(マラ3:10) あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。(ルカ11:13) エン・ハコレ[呼ばわる者の泉]。(士15:19) もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。(ヨハ4:10) あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。(ガラ4:6) あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。(ロマ8:15)
2008年09月18日
ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。(ロマ11:33,34,36) 私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。(詩119:18) 神よ。あなたの御思いを知るのはなんとむずかしいことでしょう。その総計は、なんと多いことでしょう。それを数えようとしても、それは砂よりも数多いのです。(詩139:17,18) イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開かれた。(ルカ24:45) あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていません。(マタ13:11) 天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。(マタ11:25,26) 私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜わったものを、私たちが知るためです。(1コリ2:12)
2008年09月18日
愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。愛のうちに歩みなさい。(エペ5:1,2) ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。(1ペテ2:23) 主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富む神。」(出34:6) 御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。(ガラ5:22,23) 人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。…善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。…キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(1ペテ2:19-21) 怒りをおそくする者は英知を増す。(箴14:29) 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテ3:9) 怒っても、罪を犯してはなりません。(エペ4:26)
2008年09月17日
生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。(1ペテ2:2,3) 主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。(詩34:8) あなたに身を避ける者がみな喜び、とこしえまでも喜び歌いますように。(詩5:11) 神の慈愛。(ロマ2:4) 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ロマ8:32) 宴会の世話役はぶどう酒になったその水を味わってみた。それがどこから来たのか、知らなかったので、・・・・言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、人々が十分飲んだころになると、悪いのを出すものだが、あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました。」(ヨハ2:9,10) 口が食物の味を知るように、耳はことばを聞き分ける。(ヨブ34:3) 私は信じた。それゆえに語った。(2コリ4:13) 私は、自分の信じて来た方をよく知っているのです。(2テモ1:12) 私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。(雅2:3)
2008年09月17日
わたしは失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける。(エゼ34:16) 弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。また、あなたがたの足のためには、まっすぐな道を作りなさい。足なえの人も関節をはずすことのないため、いやむしろ、いやされるためです。(ヘブ12:12,13) 見よ、あなたがたの神を。・・・・神は来て、あなたがたを救われる。(イザ35:4) 彼はいたんだ葦を折ることもない。(マタ12:20) 神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。(詩51:17) 主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包む。(詩147:3) いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。わたしはいつまでも争わず、いつも怒ってはいない。わたしから出る霊と、わたしが造ったたましいが衰え果てるから。」(イザ57:15,16)
2008年09月17日
私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。(詩37:25) まことに、主は公義を愛し、ご自身の聖徒を見捨てられない。彼らは永遠に保たれるが、悪者どもの子孫は断ち切られる。(詩37:28) まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。(1サム12:22) 御名を知る者はあなたに拠り頼みます。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりませんでした。(詩9:10) 主の名は堅固なやぐら。正しい者はその中に走って行って安全である。(箴18:10) 私は信頼して恐れることはない。ヤハ、主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。(イザ12:2) 神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、私たちはこの神に置いているのです。(2コリ1:10) いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:5,6)
2008年09月16日
夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。(詩30:5) 私は、・・・・目ざめるとき、あなたの御姿に満ち足りるでしょう。(詩17:15) 苦難の中にあっても、動揺する者がひとりもないように。あなたがた自身が知っているとおり、私たちはこのような苦難に会うように定められているのです。あなたがたのところにいたとき、私たちは苦難に会うようになる、と前もって言っておいたのです。(1テサ3:3,4) 夜はふけて、昼が近づきました。(ロマ13:12) 太陽の上る朝の光、雲一つない朝の光のようだ。雨の後に、地の若草を照らすようだ。(2サム23:4) わたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハ16:33) (主は)永久に死を滅ぼされる。神である主はすべての顔から涙をぬぐわれる。(イザ25:8) もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。(黙21:4) 生き残っている私たちが、・・・・雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。(1テサ4:17-18)
2008年09月16日
愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。(1ヨハ4:18) 隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。(マタ6:6) 主よ。私の願いはすべてあなたの御前にあり、私の嘆きはあなたから隠されていません。(詩38:9) 主は人の心の値うちをはかられる。(箴21:2) まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。(詩1:6) 主は、だれがご自分のものか、だれが聖なるものかをお示しになる。(民16:5) 神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。(詩139:23、24) 私の霊が私のうちで衰え果てたとき、あなたこそ、私の道を知っておられる方です。(詩142:3) 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。(ロマ8:27) 神の不動の礎は堅く置かれていて、それに次のような銘が刻まれています。「主はご自分に属する者を知っておられる。」また、「主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を離れよ。」(2テモ2:19)
2008年09月16日
神は愛です。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。(1ヨハ4:8-11) 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハ3:16) 神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。(2コリ5:18-21)
2008年09月15日
堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。(1コリ15:58) 私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。(エペ4:14-15) わたしにとどまりなさい。(ヨハ15:4) 二心のある人、その歩む道のすべてに安定を欠いた人。(ヤコ1:8) だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。(ルカ9:62) 神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。(ヘブ11:6) 少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。(ヤコ1:6-7) 祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。(マル11:24)
2008年09月15日
キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したのです。(ロマ8:2)罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。(ヨハ8:34,36) 罪はあなたがたを支配することがないからです。なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。(ロマ6:14) それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。(ロマ6:15) 私の兄弟たちよ。・・・・あなたがたも、キリストのからだによって、律法に対しては死んでいるのです。それは、あなたがたが他の人、すなわち死者の中からよみがえった方と結ばれて、神のために実を結ぶようになるためです。(ロマ7:4) 私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者です。(1コリ9:21) 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(1コリ15:56、57) キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。(ガラ5:1)
2008年09月15日
主に覚えられている者たちよ。黙りこんではならない。(イザ62:6) 神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。(2ペテ3:12) 互いのために祈りなさい。・・・・義人の祈りは働くと、大きな力があります。(ヤコ5:16) 主イエスよ、来てください。(黙22:20) わたしは・・・・ヤコブの子らに「むなしくわたしを尋ね求めよ。」とも言わなかった。(イザ45:19) わが神よ。遅れないでください。(詩40:17) あなた(イエス様)は、私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。(黙5:9,10) 祭司であるアロンの子らがラッパを吹かなければならない。これはあなたがたにとって、代々にわたる永遠の定めである。また、あなたがたの国で、あなたがたを襲う侵略者との戦いに出る場合は、ラッパを短く吹き鳴らす。あなたがたが、あなたがたの神、主の前に覚えられ、あなたがたの敵から救われるためである。(民10:8,9) 彼らの祈りは、主の聖なる御住まい、天に届いた。(2歴30:27) 主の目は正しい者に向き、その耳は彼らの叫びに傾けられる。(詩34:15)
2008年09月14日
愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。(エペ5:1) もし子どもであるなら、相続人でもあります。・・・・神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。(ロマ8:17) 神のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。(1コリ1:9) 私たちが神の子どもと呼ばれるために、・・・・御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。(1ヨハ3:1) 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われです。(ヘブ1:3) キリストが父なる神から誉れと栄光をお受けになったとき、おごそかな、栄光の神から、こういう御声がかかりました。「これはわたしの愛する子、わたしの喜ぶ者である。」(2ペテ1:17) あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタ5:16) 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍ばれました。(ヘブ12:2) わたしは彼らの中でわたしの喜びが全うされるために、世にあってこれらのことを話しているのです。(ヨハ17:13) 私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているのです。(2コリ1:5)
2008年09月14日
全86件 (86件中 1-50件目)
![]()
![]()
