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義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。(マタ5:6) 悩んでいる者や貧しい者が水を求めても水はなく、その舌は渇きで干からびるが、わたし、主は、彼らに答え、イスラエルの神は、彼らを見捨てない。(イザ41:17) 主は飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。(ルカ1:53) あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精練された金をわたしから買いなさい。・・・・わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。(黙3:17-19) わたしがいのちのパンです。(ヨハ6:35) わたしが、あなたの神、主である。わたしはあなたをエジプトの地から連れ上った。あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。(詩81:10) なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。(イザ55:2)
2008年12月31日
私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになりますように。(ピリ1:9) あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。(2ペテ1:5-7) 「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮んだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。(1コリ2:9,10) 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。(ピリ3:12) まだ占領すべき地がたくさん残っている。(ヨシ13:1) 成熟を目ざして進もうではありませんか。(ヘブ6:1) あなたの目は、麗しい王を見、遠く広がった国を見る。(イザ33:17) あなたがたは、・・・・完全でありなさい。(マタ5:48) 安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。(ヘブ4:9)
2008年12月31日
その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。(イザ63:9) あなたがたがこの所に来るまでの、全道中、人がその子を抱くように、あなたの神、主が、あなたを抱かれた。(申1:31) あなたがたをわしの翼に載せ、わたしのもとに連れて来た。(出19:4) わしが巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。ただ主だけでこれを導かれた。(申32:11,12) あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。(イザ46:4) この方こそまさしく神。世々限りなくわれらの神であられる。神は私たちをとこしえに導かれる。(詩48:14,25) あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。(詩55:22) 自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。・・・・あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。(マタ6:25,32)
2008年12月31日
人が、若い時に、くびきを負うのは良い。(哀3:27) 不幸はちりから出て来ず、苦しみは土から芽を出さないからだ。人は生まれると苦しみに会う。火花が上に飛ぶように。(ヨブ5:6,7) あなたが私を懲らしめられたので、くびきに慣れない子牛のように、私は懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ。あなたは私の神だからです。私は、そむいたあとで、悔い、悟って後、ももを打ちました。私は恥を見、はずかしめを受けました。私の若いころのそしりを負っているからです。(エレ31:18,19) あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(1ペテ5:6) 主はすべて心おごる者を忌みきらわれる。確かに、この者は罰を免れない。(箴16:5) 主よ。今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で造られたものです。主よ。どうかひどく怒らないでください。いつまでも、咎を覚えないでください。どうか今、私たちがみな、あなたの民であることに目を留めてください。(イザ64:8,9)
2008年12月30日
私は知恵の道をあなたに教え、正しい道筋にあなたを導いた。あなたが歩むとき、その歩みは妨げられず、走るときにも、つまずくことはない。悪者どもの道にはいるな。悪人たちの道を歩むな。それを無視せよ。そこを通るな。それを避けて通れ。あなたの目は前方を見つめ、あなたのまぶたはあなたの前をまっすぐに見よ。あなたの足の道筋に心を配り、あなたのすべての道を堅く定めよ。右にも左にもそれてはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ。(箴4:11,12,14,15,25-27)主は聖徒たちの足を守られます。(1サム2:9) もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。(1ヨハ1:6,7) 水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。(ヨハ13:10) 主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。(2テモ4:18)
2008年12月30日
愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。(2ペテ3:14) あなたがたは、キリストの日まで純真で非難されるところがない者でありますように。(ピリ1:10) あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、・・・・今も、また世々限りなくありますように。(ユダ24,25) それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。(ピリ2:15,16) 私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者としてくださいます。(1コリ1:8) あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。ただし、あなたがたは、しっかりとした土台の上に堅く立って、すでに聞いた福音の望みからはずれることなく、信仰に踏みとどまらなければなりません。(コロ1:21-23)
2008年12月30日
(それゆえ)兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスは・・・・この新しい生ける道を設けてくださったのです。また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。そのようなわけで、私たちは、・・・・全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブ10:19-22) 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。(ヤコ4:8) エノクは神とともに歩んだ。(創5:24) ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。(アモ3:3) 私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。 (詩73:28) あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨て去るなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます。・・・・その悩みのときに、彼らがイスラエルの神、主に立ち返り、この方を尋ね求めたところ、彼らにご自身を示してくださいました。(2歴15:2,4) わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──主の御告げ。──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。わたしはあなたがたに見つけられる。──主の御告げ。(エレ29:11-14)
2008年12月29日
どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、・・・・私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。(エペ1:17-19) 私たちは・・・・絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。(コロ1:9)主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。 (エペ5:17) 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。(1テサ4:3) さあ、あなたは神と和らぎ、平和を得よ。そうすればあなたに幸いが来よう。(ヨブ22:21) その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。(ヨハ17:3) 神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。(1ヨハ5:20)
2008年12月29日
主は、私の味方。(詩118:7) 主は私の味方。私は恐れない。(詩118:6) 神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31) 苦難の日に主があなたにお答えになりますように。ヤコブの神の名が、あなたを高く上げますように。主が聖所から、あなたに助けを送り、シオンから、あなたをささえられますように。私たちは、あなたの勝利を喜び歌いましょう。私たちの神の御名により旗を高く掲げましょう。・・・・ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。彼らは、ひざをつき、そして倒れた。しかし、私たちは、立ち上がり、まっすぐに立った。(詩20:1,2,5,7,8) 主は激しい流れのように来られ、その中で主の息が吹きまくっている。(イザ59:19) あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。(1コリ10:13) 私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。(ダニ3:17)
2008年12月28日
愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。キリストに対するこの望みをいだく者はみな、キリストが清くあられるように、自分を清くします。(1ヨハ3:2,3) 主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。(詩145:18) イエスにお目にかかりたいのです。(ヨハ12:21) 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。(1コリ13:12) 私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。(ピリ1:23) 主よ。・・・・私たちはあなたを待ち望み、私たちのたましいは、あなたの御名、あなたの呼び名を慕います。(イザ26:8) ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるのです。(マタ18:20) わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。(ヨハ14:18) 見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタ28:20) 私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(ヘブ12:1,2)
2008年12月28日
わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。(イザ43:25) 幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない・・・・その人は。(詩32:1,2)あなたの罪は赦されました。(マル2:5) わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さない。(エレ31:34) あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。あなたは、咎を赦されるからです。(ミカ7:18) 神はキリストにおいてあなたがたを赦してくださった。(エペ4:32) 神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。(マル2:7) 御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。(1ヨハ1:7-9) 東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。(詩103:12) 罪はあなたがたを支配することがないからです。なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。罪から解放されて、義の奴隷となったのです。(ロマ6:14,18)
2008年12月28日
すべては、あなたがたのものです。・・・・世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。そして、あなたがたはキリストのものであり、キリストは神のものです。(1コリ3:21-23) 神を愛する人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ロマ8:28) すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現われるようになるためです。ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。(2コリ4:15-17) 私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。(ヤコ1:2-4) まことに、人の憤りまでもが、あなたをほめたたえ、あなたは、憤りの余りまでをも身に締められます。(詩76:10) あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。(創50:20)
2008年12月27日
わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。(ヨハ14:27) いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。(コロ2:14) キリストこそ私たちの平和である。(エペ2:14) 神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。(2コリ5:19,21) (神は)その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。(コロ1:20-22) キリストこそ・・・・ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、(エペ2:14,15)
2008年12月27日
小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32) 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものです。(ロマ8:18) 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすのです。(2コリ4:17) いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのです。(1ペテ1:6) かしこでは、悪者どもはいきりたつのをやめ、かしこでは、力のなえた者はいこう。(ヨブ3:17) 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではない。(ヘブ13:14) もっとすぐれた、いつまでも残る財産を持っている。(ヘブ10:34) 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。 (2コリ4:18) この幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。(2コリ5:4) 神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。(黙21:3,4)
2008年12月27日
愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、・・・・(1ペテ4:12) 訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。(ヘブ12:7,8) 神は、私たちを見捨てることがない。(エズ9:9) あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、あなたがたを試みておられるのである。(申13:3) まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。(1サム12:22) 女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。(イザ49:15) 幸いなことよ。ヤコブの神を助けとし、その神、主に望みを置く者は。(詩146:5) 神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。(ルカ18:7,8)
2008年12月26日
あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。(ピリ1:6) 主に不可能なことがあろうか。(創18:14) あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。(ユダ24,25) わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハ14:6) この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。(使4:12) キリストは、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。(ヘブ7:25) わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。(ヨハ10:27,28)
2008年12月26日
最後まで耐え忍ぶ者は救われます。(マタ24:13) 堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。(1コリ15:58) 良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。(ルカ8:15) あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのです。(1コリ15:58) あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。キリストの中に根ざし、また建てられ、また、教えられたとおり信仰を堅くし、あふれるばかり感謝しなさい。(コロ2:6,7) あなたがたは、信仰に堅く立っているのです。(2コリ1:24) わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行なわなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。(ヨハ9:4) 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょう。(ガラ6:8-10)
2008年12月26日
あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。(1ペテ2:3) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。(2コリ8:9) ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハ1:14) あなたは人の子らにまさって麗しい。あなたのくちびるからは優しさが流れ出る。(詩45:2) みなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いた。(ルカ4:22) 神の御子を信じる者は、このあかしを自分の心の中に持っています。(1ヨハ5:10) わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのです。(ヨハ3:11) 主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。(詩34:8) 私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。(雅2:3) 主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。(2コリ12:9) 私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。(エペ4:7) それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。(1ペテ4:10)
2008年12月25日
全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。(詩100:1,2,4) ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。(イザ9:6) ことばに表わせないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。(2コリ9:15) (神は)私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された。(ロマ8:32) もうひとりの者がいた。それは愛する息子であった。・・・・その息子を遣わした。(マル12:6) 彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。(詩107:21) わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。(詩103:1) わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。(ルカ1:46,47)
2008年12月25日
永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。(エレ31:3) 私たちの救い主なる神のいつくしみと人への愛とが現われた。(テト3:4) 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(1ヨハ4:9,10) 定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。(ガラ4:4,5) ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハ1:14) 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われた。」(1テモ3:16) 子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。(ヘブ2:14,15)
2008年12月25日
あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(1ペテ5:6) 主はすべて心おごる者を忌みきらわれる。確かに、この者は罰を免れない。(箴16:5) 主よ。今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で造られたものです。主よ。どうかひどく怒らないでください。いつまでも、咎を覚えないでください。どうか今、私たちがみな、あなたの民であることに目を留めてください。(イザ64:8,9) あなたが私を懲らしめられたので、くびきに慣れない子牛のように、私は懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ。あなたは私の神だからです。私は、そむいたあとで、悔い、悟って後、ももを打ちました。私は恥を見、はずかしめを受けました。私の若いころのそしりを負っているからです。(エレ31:18,19) 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。(哀3:27) 不幸はちりから出て来ず、苦しみは土から芽を出さないからだ。人は生まれると苦しみに会う。火花が上に飛ぶように。(ヨブ5:6,7)
2008年12月24日
あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。(ロマ14:16) 異邦人の中にあって、りっぱにふるまいなさい。(1ペテ2:12) ペリシテ人の首長たちは言った。「このヘブル人は何者ですか。」(1サム29:3)キリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。あなたがたのうちのだれも、人殺し、盗人、・・・・みだりに他人に干渉する者として苦しみを受けるようなことがあってはなりません。(1ペテ4:14,15) あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。(1ペテ2:9) 不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。正義と不法とに、どんなつながりがあるでしょう。光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。神の宮と偶像とに、何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。・・・・「それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。」(2コリ6:14,16,17)
2008年12月24日
すべての人を救う神の恵みが現われ、私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたからです。キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。(テト2:11-14)もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。 (ロマ8:13) 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、・・・・そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。(ガラ5:19、21,22-25)
2008年12月24日
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。(詩16:11) 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴3:5,6) 主はその人に選ぶべき道を教えられる。(詩25:9,12) 主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。(詩25:4) モーセは主に申し上げた。・・・・「もしも、私があなたのお心にかなっているのでしたら、どうか、あなたの道を教えてください。そうすれば、私はあなたを知ることができ、あなたのお心にかなうようになれるでしょう。」・・・・すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」(出33:12-14) 主は、ご自身の道をモーセに、そのみわざをイスラエルの子らに知らされた。(詩103:7) 主は貧しい者を公義に導き、貧しい者にご自身の道を教えられる。主を恐れる人は、だれか。わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。(詩32:8) 義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴4:18)
2008年12月23日
あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます。(コロ3:3,4) わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。(ヨハ10:11,17,18) わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハ14:6) 神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるのです。(1ヨハ5:11) 父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったのです。(ヨハ5:26) 父が死人を生かし、いのちをお与えになるように、子もまた、与えたいと思う者にいのちを与えます。(ヨハ5:21) わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。(ヨハ11:25,26) 御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。(1ヨハ5:12)
2008年12月23日
以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。キリストこそ私たちの平和です。(エペ2:13,14) 神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったのです。(コロ1:19,20) わたしのとりでにたよりたければ、わたしと和を結ぶがよい。(イザ27:5) わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──主の御告げ。──それはわざわいではなくて、平安を与える計画である。(エレ29:11) 「悪者どもには平安がない。」と主は仰せられる。(イザ48:22) 神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。それは、今の時に・・・・神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。(ロマ3:25,26) もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。(1ヨハ1:9) いつまでも主に信頼せよ。ヤハ、主は、とこしえの岩だから。(イザ26:4)
2008年12月23日
見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。(黙1:7) すべての人を救う神の恵みが現われ、私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたのです。(テト2:11-13) キリストの来臨の約束はどこにあるのか。(2ペテ3:4) アダムから七代目のエノクも、彼らについて預言してこう言っています。「見よ。主は千万の聖徒を引き連れて来られる。すべての者にさばきを行なうためである。」(ユダ14:15) 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(1テサ4:16,17)
2008年12月22日
愛によって働く信仰。(ガラ5:6) あなたがたの信仰の働き。(1テサ1:3) キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。(テト2:14) 神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。(ピリ2:13) 信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。(ヤコ2:17)神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。(ヨハ6:29) 兄弟たち。あなたがたのことについて、私たちはいつも神に感謝しなければなりません。そうするのが当然なのです。なぜならあなたがたの信仰が目に見えて成長し、あなたがたすべての間で、ひとりひとりに相互の愛が増し加わっているからです。そのためにも、私たちはいつも、あなたがたのために祈っています。どうか、私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にし、また御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように。(2テサ1:3,11) 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。(ガラ6:8) 私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。(エペ2:10)
2008年12月22日
私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。(ロマ8:37) 神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(1コリ15:57) あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。(ロマ6:11) 死は勝利にのまれた。(1コリ15:54,55) 子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。(ヘブ2:14,15) もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。(ロマ6:8-10)
2008年12月21日
先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。(マル4:38) 主はいつくしみ深く、苦難の日のとりでである。主に身を避ける者たちを主は知っておられる。(ナホ1:7) 主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。(詩145:9) 何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。・・・・あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。(マタ6:31,32) 生きて動いているものはみな、あなたがたの食物である。緑の草と同じように、すべてのものをあなたがたに与えた。(創9:3) 地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。(創8:22) 神は少年の声を聞かれ、神の使いは天からハガルを呼んで、言った。「ハガルよ。どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる少年の声を聞かれたからだ。」神がハガルの目を開かれたので、彼女は井戸を見つけた。それで行って皮袋に水を満たし、少年に飲ませた。(創21:17,19) 私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。(1テモ6:17)
2008年12月21日
あなたの嘆き悲しむ日が終わる。(イザ60:20) あなたがたは、世にあっては患難があります。(ヨハ16:33) 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。(ロマ8:22,23) この幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。(2コリ5:4) 彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。(黙7:14-17)
2008年12月21日
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32) 互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13) キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。(1ヨハ3:16) 人知をはるかに越えたキリストの愛。(エペ3:19) 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。(ヨハ15:13) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。(2コリ8:9) 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。(マル10:45) キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(1ペテ2:21) あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。(ヨハ13:14,15) 私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。(1ヨハ3:16)
2008年12月20日
こうしてわたしをためしてみよ。──万軍の主は仰せられる。──わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。(マラ3:10) 見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。(イザ59:1) 主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。(2歴14:11) わたしの手が短くて贖うことができないのか。わたしには救い出す力がないと言うのか。(イザ50:2) 自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。(2コリ1:9) たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか。(2列7:2) 神を信じなさい。(マル11:22) 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。(ヘブ11:6) 神にはどんなことでもできます。(マタ19:26) わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。──主の御告げ。──天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザ55:8,9)
2008年12月20日
あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。(エゼ36:26) 神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選ばれました。(エペ1:4,5) 御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペ1:4) 神が私たちを召されたのは、汚れを行なわせるためではなく、聖潔を得させるためです。(1テサ4:7) 神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになりました。・・・・あなたがたを召し、私たちの主イエス・キリストの栄光を得させてくださったのです。(2テサ2:13,14) 神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。(ロマ8:29,30) 父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々。(1ペテ1:2)
2008年12月20日
あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。(1ペテ2:25) わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。──神である主の御告げ。(エゼ34:15) 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(ルカ19:10) 主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。(イザ40:11) (イエスは言われた。)「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから」(マタ15:32) 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。(ヘブ4:15) 人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。・・・・イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。(マル10:13,16) 私は、滅びる羊のように、迷い出ました。どうかあなたのしもべを捜し求めてください。私はあなたの仰せを忘れません。(詩119:176) 小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32)
2008年12月19日
主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。(イザ40:11) (イエスは言われた。)「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから」(マタ15:32) 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。(ヘブ4:15) 人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。・・・・イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。(マル10:13,16) 私は、滅びる羊のように、迷い出ました。どうかあなたのしもべを捜し求めてください。私はあなたの仰せを忘れません。(詩119:176) 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(ルカ19:10) あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。(1ペテ2:25) 小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32) わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。──神である主の御告げ。(エゼ34:15)
2008年12月19日
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。(詩37:24) あなたがたのうち、だれが主を恐れ、そのしもべの声に聞き従うのか。暗やみの中を歩き、光を持たない者は、主の御名に信頼し、自分の神に拠り頼め。(イザ50:10) からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それなら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう。(マタ6:22,23) 主は直ぐな人たちのために、光をやみの中に輝かす。(詩112:4) 命令はともしびであり、おしえは光である。(箴6:23) 私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。私は主の激しい怒りを身に受けている。私が主に罪を犯したからだ。しかし、それは、主が私の訴えを取り上げ、私を正しくさばいてくださるまでだ。主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。(ミカ7:8,9)
2008年12月18日
ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。(イザ9:6) キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。(コロ2:9) わたしは、ひとりの勇士に助けを与え、民の中から選ばれた者を高く上げた。(詩89:19) わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を共にする者はいなかった。(イザ63:3) 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われた。」(1テモ3:16) わたしの仲間の者―万軍の主の御告げ。―(ゼカ13:7) 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。(ヘブ1:3) 御子については、こう言われます。「神よ。あなたの御座は世々限りなく、・・・・」(ヘブ1:8) 神の御使いはみな、彼を拝め。(ヘブ1:6) 王の王、主の主。(黙19:16)
2008年12月18日
あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。(ヨハ8:32) 主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。(2コリ3:17) キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したのです。(ロマ8:2) キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。(ガラ5:1)もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。(ヨハ8:36) 兄弟たちよ。私たちは奴隷の女の子どもではなく、自由の女の子どもです。(ガラ4:31) 人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行ないによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。(ガラ2:16) 完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。(ヤコ1:25)
2008年12月18日
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリ4:6,7)私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。 (ヘブ4:16) あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。(ロマ8:15) わたしは・・・・ヤコブの子らに「むなしくわたしを尋ね求めよ。」とも言わなかった。(イザ45:19) 兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブ10:19-22) 私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:6)
2008年12月18日
愛は結びの帯として完全なものです。(コロ3:14) 神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。(コロ3:12,13) 主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13) ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。(ルカ7:41,42) おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。(マタ18:32,33) 立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます。もし赦さないならば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいません。(マル11:25、26) 「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタ18:21,22)
2008年12月17日
あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、・・・・彼らの間で世の光として輝くためです。(ピリ2:15、16) 思い違いをしてはいけません。友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。(1コリ15:33) 実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。(エペ5:11) あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。・・・・私は前にあなたがたに送った手紙で、不品行な者たちと交際しないようにと書きました。それは、世の中の不品行な者、貪欲な者、略奪する者、偶像を礼拝する者と全然交際しないようにという意味ではありません。もしそうだとしたら、この世界から出て行かなければならないでしょう。私が書いたことのほんとうの意味は、もし、兄弟と呼ばれる者で、しかも不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者がいたなら、そのような者とはつきあってはいけない、いっしょに食事をしてもいけない、ということです。(1コリ5:6,7,9-11) 大きな家には、金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。また、ある物は尊いことに、ある物は卑しいことに用います。(2テモ2:20)
2008年12月17日
私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたは私を生かしてくださったからです。(詩119:93)すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、・・・・忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。(エペ6:18) 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(1ヨハ5:14) 私たちを生かしてください。私たちは御名を呼び求めます。(詩80:18)いのちを与えるのは御霊です。(ヨハ6:63) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。(ロマ8:26,27) わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。(ヨハ6:63) 文字は殺し、御霊は生かすのです。(2コリ3:6) あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。(ヨハ15:7) 聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。(1コリ12:3)
2008年12月17日
あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。(ヨハ7:46) 私の愛する方が若者たちの間におられるのは、林の木の中のりんごの木のようです。私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。(雅2:3) その姿はレバノンのよう。杉のようにすばらしい。(雅5:15) 御顔をあなたのしもべの上に照り輝かせてください。(詩31:16) 主よ。どうか、あなたの御顔の光を、私たちの上に照らしてください。(詩4:6)私の心の思いが神のみこころにかないますように。私自身は、主を喜びましょう。(詩104:34) まことに、雲の上ではだれが主と並びえましょう。力ある者の子らの中でだれが主に似ているでしょう。(詩89:6) 私の愛する方は、輝いて、赤く、万人よりすぐれています。(雅5:10) すばらしい値うちの真珠。(マタ13:46) 地上の王たちの支配者。(黙1:5) その頭は純金です。髪の毛はなつめやしの枝で、烏のように黒い。(雅5:11) いっさいのものの上に立つかしら。(エペ1:22) 御子はそのからだである教会のかしらです。(コロ1:18) その頬は、良いかおりを放つ香料の花壇のよう。(雅5:13) 隠れていることはできなかった。(マル7:24) くちびるは没薬の液をしたたらせるゆりの花。(雅5:13)
2008年12月16日
私はひざをかがめて、天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。・・・・愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。(エペ3:14-19) わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。(ヨハ15:15) 私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜わったものを、私たちが知るためです。(1コリ2:12) 神の深み。(1コリ2:10) あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているのです。(マタ13:11)
2008年12月16日
わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。なぜなら彼らはあなたのものだからです。わたしのものはみなあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。(ヨハ17:9,10,15,16) 世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。(ヨハ13:1) 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。(ヨハ15:9,13,14) あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。(ヨハ13:34) あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。(ピリ1:6) キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためです。(エペ5:25,26)
2008年12月16日
思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。(ダニ12:3) 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。(詩19:1) 神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのです。(ロマ1:20) (神は)ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。(使14:17) 昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。(詩19:2,3) あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。(詩8:3,4) 太陽の栄光もあり、月の栄光もあり、星の栄光もあります。個々の星によって栄光が違います。死者の復活もこれと同じです。(1コリ15:41,42)
2008年12月15日
私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。(1コリ15:58) 子よ。きょう、ぶどう園に行って働いてくれ。(マタ21:28) 従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と書いてあるからです。(1ペテ1:14-16) その人は尊いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。(2テモ2:21) あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。(ガラ4:7) あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。(ロマ6:11-13)
2008年12月15日
イエスは、彼女が泣き、彼女といっしょに来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になると、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて、・・・・涙を流された。(ヨハ11:33,35) 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。(ロマ12:15) あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。(1ペテ3:8,9) 互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。(ガラ6:2) 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは、・・・・仕える者の姿をとられたのです。(ピリ2:4-7) 人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。(マル10:45) キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。(2コリ5:15)
2008年12月15日
だれも働くことのできない夜が来ます。(ヨハ9:4) 人はおのれの仕事に出て行き、夕暮れまでその働きにつきます。(詩104:23) あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。(創3:19) 善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。(ガラ6:9) 落ち着いた生活をすることを志し、自分の仕事に身を入れ、自分の手で働きなさい。(1テサ4:11) 働きたくない者は食べるなと命じました。(2テサ3:10) あなたの手もとにあるなすべきことはみな、自分の力でしなさい。あなたが行こうとしているよみには、働きも企ても知識も知恵もないからだ。(伝9:10) いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。(1コリ15:58) 安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。(ヘブ4:9) 私たちは一日中、労苦と焼けるような暑さを辛抱したのです。(マタ20:12) ここにいこいがある。疲れた者をいこわせよ。ここに休みがある。(イザ28:12)
2008年12月14日
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