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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハ3:16) 恵みには違反のばあいとは違う点があります。もしひとりの違反によって多くの人が死んだとすれば、それにもまして、神の恵みとひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは、多くの人々に満ちあふれるのです。(ロマ5:15) 恵みのばあいは、多くの違反が義と認められます。(ロマ5:16) たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。(イザ1:18) わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。わたしに思い出させよ。身の潔白を明かすため、あなたのほうから述べたてよ。(イザ43:25,26) わたしは、あなたのそむきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐい去った。わたしに帰れ。わたしは、あなたを贖ったからだ。(イザ44:22) あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。(1コリ6:11)
2008年11月30日
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。(ピリ4:4) 使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。(使5:41) どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、・・・・望みにあふれさせてくださいますように。(ロマ15:13) 患難さえも喜んでいます。(ロマ5:3) この世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。(1コリ15:19) 愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現われるときにも、喜びおどる者となるためです。(1ペテ4:12,13) 悲しんでいるようでも、いつも喜んでいます。(2コリ6:10) そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。(ハバ3:17,18)
2008年11月30日
どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。(2テサ3:16) 人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリ4:7) 常にいまし、昔いまし、後に来られる方から、・・・・平安が、あなたがたにあるように。(黙1:4,5) これらのことを話している間に、イエスご自身が彼らの真中に立たれた。(ルカ24:36) わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。(ヨハ14:27) 助け主、すなわち・・・・真理の御霊。(ヨハ15:26) 御霊の実は、愛、喜び、平安です。(ガラ5:22) 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。(ロマ8:16) (神は言われた。)「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」それでモーセは申し上げた。「もし、あなたご自身がいっしょにおいでにならないなら、私たちをここから上らせないでください。私とあなたの民とが、あなたのお心にかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちといっしょにおいでになることによるのではないでしょうか。」(出33:14-16)
2008年11月30日
(主は)私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。(詩40:2) 私がよみの腹の中から叫ぶと、あなたは私の声を聞いてくださいました。あなたは私を海の真中の深みに投げ込まれました。潮の流れが私を囲み、あなたの波と大波がみな、私の上を越えて行きました。(ヨナ2:2,3) 私たちは、火の中を通り、水の中を通りました。しかし、あなたは豊かな所へ私たちを連れ出されました。(詩66:12) あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。(イザ43:2) 主は、いと高き所から御手を伸べて私を捕え、私を大水から引き上げられた。(詩18:16) あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。私たちもみな、かつては・・・・自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行なっていました。(エペ2:1-3) 神よ。私の叫びを聞き、私の祈りを心に留めてください。私の心が衰え果てるとき、私は地の果てから、あなたに呼ばわります。(詩61:1,2)
2008年11月29日
私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行ないがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。(ヤコ2:14,17) 完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。(ヤコ1:25) あなたがたは今、信じているのですか。(ヨハ16:31) 信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。(ヘブ11:17,19) 私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行ないによって義と認められたではありませんか。人は行ないによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。(ヤコ2:21,24) 実によって彼らを見分けることができるのです。わたしに向かって、「主よ、主よ。」と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。(マタ7:20,21) これらのことを知っているのなら、それを行なうときに、あなたがたは祝福されるのです。(ヨハ13:17)
2008年11月29日
義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。(マタ5:6) (主は)飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。(ルカ1:53) まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ、飢えたたましいを良いもので満たされた。(詩107:9) わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハ6:35)私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。(詩65:4) 私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。(詩27:4) 神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の陰に身を避けます。彼らはあなたの家の豊かさを心ゆくまで飲むでしょう。あなたの楽しみの流れを、あなたは彼らに飲ませなさいます。いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。(詩36:7-9)
2008年11月29日
「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」(1コリ15:55) しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(1コリ15:57) 私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。(2コリ4:16) 子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。(ヘブ2:14,15) 地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。そういうわけで、私たちはいつも心強いのです。ただし、私たちが肉体にいる間は、主から離れているということも知っています。・・・・そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています。(2コリ5:1,6,8)あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。(ヨハ14:1,2)
2008年11月28日
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。(エペ2:8、9)聖くなければ、だれも主を見ることができません。(ヘブ12:14) たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行ないのない信仰は、死んでいるのです。(ヤコ2:26) 「主よ、主よ。」と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。(マタ7:21) 信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行なっていれば、つまずくことなど決してありません。(2ペテ1:5-10)
2008年11月28日
あなたを守る方は、まどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。(詩121:3,4) わしが巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。ただ主だけでこれを導き、主とともに外国の神は、いなかった。(申32:11,12) 主は情け深く、あわれみ深く、・・・・その契約をとこしえに覚えておられる。(詩111:4,5) 主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる。(ヤコ5:11) 父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。(詩103:13) 主のあわれみは尽きない。それは朝ごとに新しい。あなたの真実は力強い。(哀3:22,23) イエスは舟から上がられると、多くの群衆を見られ、彼らを深くあわれんで、彼らの病気を直された。(マタ14:14) イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。(ヘブ13:8) あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。(マタ10:30) 二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。(マタ10:29) だから恐れることはありません。(マタ10:31)
2008年11月27日
わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても、彼らに従ってはならない。(箴1:10) 兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。(ガラ5:13) 女(エバ)はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。(創3:6) ゼラフの子アカンが、聖絶のもののことで罪を犯し、イスラエルの全会衆の上に御怒りが下ったではないか。彼の不義によって死んだ者は彼ひとりではなかった。(ヨシ22:20) 悪を行なう多数者の側に立ってはならない。(出23:2私訳) 滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。(マタ7:13) 私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はありません。(ロマ14:7) あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように、気をつけなさい。あなたがたはこのように兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を踏みにじるとき、キリストに対して罪を犯しているのです。(1コリ8:9,12) 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。(イザ53:6)
2008年11月27日
「光が、やみの中から輝き出よ。」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。(2コリ4:6) その王座に似たもののはるか上には、人間の姿に似たものがあった。その方の回りにある輝きのさまは、雨の日の雲の間にある虹のようであり、それは主の栄光のように見えた。(エゼ1:26,28) (モーセは言った。)「どうか、あなたの栄光を私に見せてください。」・・・・(神は)仰せられた。「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないからである。」(出33:18,20)わたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。(ヨハ17:22) 私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らは・・・・互いに呼びかわして言っていた。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」(イザ6:1-3) イザヤがこう言ったのは、イザヤがイエスの栄光を見たからで、イエスをさして言ったのである。(ヨハ12:41) いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。(ヨハ1:18)
2008年11月27日
確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われた。」(1テモ3:16) 何を食べるか、何を飲むか、・・・・などと言って心配するのはやめなさい。あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。(マタ6:31-33) 神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものです。(ヨハ6:33) あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死にました。生けるパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物です。(ヨハ6:49,51,55) イスラエル人は・・・・ある者は多く、ある者は少なく集めた。・・・・多く集めた者も余ることはなく、少なく集めた者も足りないことはなかった。彼らは、朝ごとに、各自が食べる分だけ、それを集めた。(出16:17,18,21)
2008年11月26日
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。(マタ11:28,29) 世の悲しみは死をもたらします。(2コリ7:10) 主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包む。(詩147:3) アヒトフェルは、自分のはかりごとが行なわれないのを見て、ろばに鞍を置き、自分の町の家に帰って行き、家を整理して、首をくくって死に、・・・・葬られた。(2サム17:23) ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。(箴18:14) 乳香はギルアデにないのか。医者はそこにいないのか。それなのに、なぜ、私の民の娘の傷はいやされなかったのか。(エレ8:22) 主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。・・・・すべての悲しむ者を慰め、シオンの悲しむ者たちに、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせるためである。(イザ61:1-3) ピリポは口を開き、・・・・イエスのことを彼に宣べ伝えた。(使8:35)
2008年11月26日
女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。(イザ49:15,16) あなたを形造った方、主はこう仰せられる。「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」(イザ43:1) 主の喜びがあなたにある。(イザ62:4) 人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。(詩37:23) 人の子らを喜んだ。(箴8:31) 主を恐れる者と御恵みを待ち望む者とを主は好まれる。(詩147:11) 彼らは、わたしのものとなる。──万軍の主は仰せられる。──わたしが事を行なう日に、わたしの宝となる。人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。(マラ3:17) あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。(コロ1:21,22)
2008年11月26日
愛のうちに歩みなさい。(エペ5:2) あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。(ヨハ13:34) 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。(1ペテ4:8) 愛はすべてのそむきの罪をおおう。(箴10:12) お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32)子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。(1ヨハ3:18) 立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます。(マル11:25) 自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。(ルカ6:35) あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、あなたは心から楽しんではならない。(箴24:17) をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。(1ペテ3:9) あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。(ロマ12:18)
2008年11月25日
「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」(イザ1:18)主の名を呼ぶ者は、みな救われる。(使2:21) 彼(マナセ)は、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の忌みきらうべきならわしをまねて、主の目の前に悪を行なった。・・・・バアルのために祭壇を立て、・・・・主の宮の二つの庭に、天の万象のために祭壇を築いた。また、自分の子どもに火の中をくぐらせ、卜占をし、まじないをし、霊媒や口寄せをして、主の目の前に悪を行ない、主の怒りを引き起こした。(2列21:2,3,5,6) 悩みを身に受けたとき、彼(マナセ)はその神、主に嘆願し、その父祖の神の前に大いにへりくだって、神に祈ったので、神は彼の願いを聞き入れられた。(2歴33:12,13) 主は、・・・・あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテ3:9)
2008年11月25日
わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタ11:29,30) あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。(マタ6:24) 罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。それらのものの行き着く所は死です。しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。(ロマ6:20-22) キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。(ロマ10:4) わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。(ヨハ12:26) 罪から解放されて、義の奴隷となったのです。(ロマ6:18) 私たちの神、主よ。あなた以外の多くの君主が、私たちを治めましたが、私たちは、ただあなたによってのみ、御名を唱えます。(イザ26:13) 私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが、私の心を広くしてくださるからです。(詩119:32)
2008年11月25日
喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。(ヤコ5:13) わたしは主によって大いに楽しみ、わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。(イザ61:10) いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。(ピリ4:4) 私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。(詩34:1-3) 主は恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。万軍の主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は。(詩84:11,12) わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。(詩103:1) 御霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。(エペ5:18-20) 感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。(コロ3:16) 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。(使16:25)
2008年11月24日
あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。(詩119:105) わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。(ヨハ8:12) 私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。・・・・暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。(2ペテ1:19) 人としての行ないについては、あなたのくちびるのことばによりました。私は無法な者の道を避けました。私の歩みは、あなたの道を堅く守り、私の足はよろけませんでした。(詩17:4,5) これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目ざめるとき、あなたに話しかける。命令はともしびであり、おしえは光であるからだ。(箴6:22,23) あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。(イザ30:21) 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。(1コリ13:12) 神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは永遠に王である。(黙22:5)
2008年11月24日
心は燃えていても、肉体は弱いのです。(マタ26:41) 主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。(詩139:1-3) エリヤよ。ここで何をしているのか。(1列19:9) 神は、私の行く道を知っておられる。(ヨブ23:10) 私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。(詩139:7) 私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます。(詩139:9,10) エリヤは、私たちと同じような人でした。(ヤコ5:17) 人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。(箴29:25) その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。(詩37:24) 正しい者は七たび倒れても、また起き上がるからだ。悪者はつまずいて滅びる。(箴24:16) 善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。(ガラ6:9) 父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。(詩103:13)
2008年11月24日
わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行なう人たちです。(ルカ8:21) 聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、こう言われます。「わたしは御名を、わたしの兄弟たちに告げよう。教会の中で、わたしはあなたを賛美しよう。」(ヘブ2:11,12) みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります。(1ヨハ2:5) 幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。(ルカ11:28) わたしに向かって、「主よ、主よ。」と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。(マタ7:21) わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。(ヨハ4:34) キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。(ガラ5:6) わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。(ヨハ15:14) 神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。(1ヨハ1:6)
2008年11月24日
今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。(マタ26:64) 神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(1コリ15:57)キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。(ヘブ10:12,13) キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているのです。(1コリ15:25) わたしの国はこの世のものではありません。(ヨハ18:36) 神は、・・・・キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペ1:20-23) その現われを、神はご自分の良しとする時に示してくださいます。神は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主です。(1テモ6:15)
2008年11月23日
恐れてはいけない。しっかり立って、・・・・主の救いを見なさい。・・・・主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。(出14:13,14) しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。(箴1:33) 主よ。あなたは代々にわたって私たちの住まいです。(詩90:1) いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。(詩91:1) 主の真実は、大盾であり、とりでである。(詩91:4) あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるのです。(コロ3:3) あなたがたに触れる者は、わたしのひとみに触れる者だ。(ゼカ2:8) 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。(詩46:1,2) イエスは、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。(マタ14:27) なぜ取り乱しているのですか。どうして心に疑いを起こすのですか。わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています。(ルカ24:38,39) 私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているのです。(2テモ1:12)
2008年11月23日
苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。(詩119:67)彼はいたんだ葦を折ることもない。(イザ42:3) 木には望みがある。たとい切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない。(ヨブ14:7) 主は私のたましいを生き返らせます。(詩23:3) 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。(2コリ7:10) すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。(ヘブ12:11) 私たちの悪い行ないと、大きな罪過のために、これらすべてのことが私たちの上に起こって後、──事実、私たちの神、あなたは、私たちの咎の受けるべき刑罰よりも軽く罰し、このようにのがれた者を私たちに残してくださいました。(エズ9:13) 私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。・・・・主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。(ミカ7:8,9)
2008年11月22日
すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。(エペ6:18) 聖霊によって祈りなさい。(ユダ20) 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。(ヨハ4:24) 私たちは、このキリストによって、一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。(エペ2:18) わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。(マタ26:39) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。(ロマ8:26,27) 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(1ヨハ5:14) 真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。(ヨハ16:13)
2008年11月22日
もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。(ヘブ10:37) 幻を書きしるせ。これを読む者が急使として走るために、板の上にはっきり書きしるせ。この幻は、なお、定めの時のためである。それは終わりについて告げ、まやかしを言ってはいない。もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。(ハバ2:2,3) 愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテ3:8,9) 主よ。あなたは、あわれみ深く、情け深い神。怒るのにおそく、恵みとまことに富んでおられます。(詩86:15) ああ、あなたが天を裂いて降りて来られる!・・・・神を待ち望む者のために、このようにしてくださる神は、あなた以外にとこしえから聞いたこともなく、耳にしたこともなく、目で見たこともありません。(イザ64:1,4)
2008年11月21日
見よ。わたしのささえるわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしが選んだ者。(イザ42:1) わたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。(ヨハ17:22,23) 神の愛する御子。(コロ1:13) また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」(マタ3:17) 父のふところにおられるひとり子。(ヨハ1:18)神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハ4:9,10,16) 私たちが神の子どもと呼ばれるために、──事実、いま私たちは神の子どもです。──御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。(1ヨハ3:1)
2008年11月21日
彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない。(イザ42:3) わたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。(ヨハ6:37) 彼がわたしに向かって叫ぶとき、わたしはそれを聞き入れる。わたしは情け深いから。(出22:27) わたしは彼らを退けず、忌みきらって彼らを絶ち滅ぼさず、彼らとのわたしの契約を破ることはない。わたしは彼らの神、主である。(レヒ26:44) わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、あなたととこしえの契約を立てる。(エゼ16:60) 「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」(イザ1:18) 悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。(イザ55:7) 「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」(ルカ23:42,43)
2008年11月21日
聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。(申6:4) 仲介者は一方だけに属するものではありません。しかし約束を賜わる神は唯一者です。(ガラ3:20) 天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。モーセが神の家全体のために忠実であったのと同様に、イエスはご自分を立てた方に対して忠実なのです。(ヘブ3:1,2) 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。(1テモ2:5) 私たちは先祖と同じように罪を犯し、不義をなし、悪を行なった。私たちの先祖はエジプトにおいて、あなたの奇しいわざを悟らず、あなたの豊かな恵みを思い出さず、かえって、海のほとり、葦の海で、逆らった。(詩106:6,7) それゆえ、神は、「彼らを滅ぼす。」と言われた。もし、神に選ばれた人モーセが、滅ぼそうとする激しい憤りを避けるために、御前の破れに立たなかったなら、どうなっていたことか。(詩106:23) キリストは・・・・さらにすぐれた約束に基づいて制定された、さらにすぐれた契約の仲介者です。・・・・(神は言われました。)「わたしは彼らの不義にあわれみをかけ、もはや、彼らの罪を思い出さない。」(ヘブ8:6,12)
2008年11月20日
主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。(詩27:1) やみの中にすわっていても、主が私の光である。(ミカ7:8) たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。(詩23:4) あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしが、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。(イザ43:2,3) 恐れのある日に、私は、あなたに信頼します。神にあって、私はみことばを、ほめたたえます。私は神に信頼し、何も恐れません。肉なる者が、私に何をなしえましょう。(詩56:3,4) わたしは盲人に、彼らの知らない道を歩ませ、彼らの知らない通り道を行かせる。彼らの前でやみを光に、でこぼこの地を平らにする。これらのことをわたしがして、彼らを見捨てない。(イザ42:16)
2008年11月20日
恐れるな。──主の御告げ。──わたしがあなたとともにいるからだ。・・・・わたしはあなたを滅ぼし尽くさない。公義によって、あなたを懲らしめるが。(エレ46:28) 「わたしはほんのしばらくの間、あなたを見捨てたが、大きなあわれみをもって、あなたを集める。怒りがあふれて、ほんのしばらく、わたしの顔をあなたから隠したが、永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ。」とあなたを贖う主は仰せられる。たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。」とあなたをあわれむ主は仰せられる。「苦しめられ、もてあそばれて、慰められなかった女よ。見よ。わたしはあなたの石をアンチモニーでおおい、サファイヤであなたの基を定める。」(イザ54:7,8,10,11) 主は、いつまでも見放してはおられない。たとい悩みを受けても、主は、あわれんでくださる。(哀3:31,32) 私は主の激しい怒りを身に受けている。私が主に罪を犯したからだ。しかし、それは、主が私の訴えを取り上げ、私を正しくさばいてくださるまでだ。主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。(ミカ7:9)
2008年11月19日
私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられる。」(黙21:1,3) わたしは、わたしの足台を尊くする。(イザ60:13)主はこう仰せられる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。」(イザ66:1) 神ははたして人間とともに地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。(2歴6:18) まことに、万軍の主はこう仰せられる。しばらくして、もう一度、わたしは天と地と、海と陸とを揺り動かす。わたしは、すべての国々を揺り動かす。すべての国々の宝物がもたらされ、わたしはこの宮を栄光で満たす。万軍の主は仰せられる。この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさろう。万軍の主は仰せられる。わたしはまた、この所に平和を与える。──万軍の主の御告げ。(ハガ2:6,7,9)
2008年11月19日
子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。義を行なう者は、キリストが正しくあられるのと同じように正しいのです。(1ヨハ3:7) 泉が甘い水と苦い水を同じ穴からわき上がらせるというようなことがあるでしょうか。私の兄弟たち。いちじくの木がオリーブの実をならせたり、ぶどうの木がいちじくの実をならせたりするようなことは、できることでしょうか。塩水が甘い水を出すこともできないことです。あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行ないを、良い生き方によって示しなさい。(ヤコ3:11-13) あなたがたは、実によって彼らを見分けることができるのです。(マタ7:20) 異邦人の中にあって、りっぱにふるまいなさい。そうすれば、彼らは、何かのことであなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのそのりっぱな行ないを見て、おとずれの日に神をほめたたえるようになります。(1ペテ2:12) 木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木のよしあしはその実によって知られるからです。(マタ12:33) 良い人は、良い倉から良い物を取り出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を取り出すものです。(マタ12:35) わがぶどう畑になすべきことで、なお、何かわたしがしなかったことがあるのか。(イザ5:4)
2008年11月19日
人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。(箴14:12) わたしについて来なさい。(マタ4:19)あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。(詩16:11) 私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。(ホセ6:3) 主はこう仰せられる。「見よ。わたしはあなたがたの前に、いのちの道と死の道を置く。」(エレ21:8) 私はあなたがたに、よい正しい道を教えよう。(1サム12:23) わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハ14:6) 滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。(マタ7:13,14) そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。(イザ35:8) わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。(ヨハ14:2)
2008年11月18日
あなたの目は、麗しい王を見る。(33:17) 南の女王が、さばきのときに、今の時代の人々とともに立って、この人々を罪に定めます。なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからです。しかし、見なさい。ここにソロモンよりもまさった者がいるのです。(マタ12:42) 私たちはキリストのありのままの姿を見る。(1ヨハ3:2) 私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、驚いたことに、私にはその半分も知らされていなかったのです。(1列10:7) 私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハ1:14) 私は、・・・・目ざめるとき、あなたの御姿に満ち足りるでしょう。(詩17:15) 私のことばと私の宣教とは、・・・・御霊と御力の現われでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮んだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。(1コリ2:4,5,9,10) 私は、私の肉から神を見る。(ヨブ19:26)
2008年11月18日
あなたは弱っている者のとりで、貧しい者の悩みのときのとりで、あらしのときの避け所、暑さを避ける陰となられたのです。(イザ25:4) あなたは、東風の日、激しい風で彼らを追放された。(イザ27:8) 神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。(1コリ10:13) 主の手に陥ることにしましょう。主のあわれみは深いからです。(2サム24:14) わたしがあなたとともにいて、──主の御告げ。──あなたを救うからだ。わたしは、・・・・公義によって、あなたを懲らしめ、あなたを罰せずにおくことは決してないが。(エレ30:11) 主は、絶えず争ってはおられない。いつまでも、怒ってはおられない。私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。(詩103:9,10,14) 人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。(マラ3:17) サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。(ルカ22:31,32)
2008年11月18日
あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。その日は、全地の表に住むすべての人に臨むからです。しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。(ルカ21:34-36)をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。(マタ25:13) 主の日が夜中の盗人のように来る・・・・。人々が「平和だ。安全だ。」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。しかし、兄弟たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗やみの者ではありません。ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。(1テサ5:2-6)
2008年11月17日
ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される。(箴11:24,25) 少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。(2コリ9:6) 人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。(ガラ6:7) 不幸を耕し、害毒を蒔く者が、それを刈り取るのだ。(ヨブ4:8) 彼らは風を蒔いて、つむじ風を刈り取る。(ホセ8:7) 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取るのです。(ガラ6:8) 義を蒔く者は確かな賃金を得る。(箴11:18) 善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょう。(ガラ6:9,10)
2008年11月17日
愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。(エペ3:17-19) 私たちは・・・・、絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。(コロ1:9) ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。(ロマ11:33) 主よ。あなたの御計らいは、いとも深いのです。(詩92:5) わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるのだ。──主の御告げ。──天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザ55:8,9)わが神、主よ。あなたがなさった奇しいわざと、私たちへの御計りは、数も知れず、あなたに並ぶ者はありません。私が告げても、また語っても、それは多くて述べ尽くせません。(詩40:5)
2008年11月17日
あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。私には、あなたの戒めがあるので、わきまえがあります。それゆえ、私は偽りの道をことごとく憎みます。(詩119:103,104) あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。(詩119:105) 聞き方に注意しなさい。(ルカ8:18) 御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。 (1テモ4:1) あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません。(詩119:165) キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせなさい。(コロ3:16) これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。(エペ6:16) 私は私のすべての師よりも悟りがあります。それはあなたのさとしが私の思いだからです。(詩119:99) サタンさえ光の御使いに変装するのです。(2コリ11:14) 私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。(ガラ1:8)
2008年11月16日
私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。(ピリ3:20,21) 聖徒たちと同じ国民。(エペ2:19) 旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。(1ペテ2:11) あなたがたは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の御使いたちの大祝会に近づいているのです。また、天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者である神、全うされた義人たちの霊に近づいています。(ヘブ12:22-24) これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。(ヘブ11:13) 神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。(コロ1:13)
2008年11月16日
知恵があなたの心にはいり、知識があなたのたましいを楽しませるからだ。思慮があなたを守り、英知があなたを保つ。(箴2:10,11) どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです。私は心を尽くしてあなたを尋ね求めています。どうか私が、あなたの仰せから迷い出ないようにしてください。(詩119:9,10) 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。(ヨハ17:17) あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。(ヨハ15:3) キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせなさい。(コロ3:16) 私の足は神の歩みにつき従い、神の道を守って、それなかった。私は神のくちびるの命令から離れず、私の定めよりも、御口のことばをたくわえた。(ヨブ23:11,12) 私は私のすべての師よりも悟りがあります。それはあなたのさとしが私の思いだからです。(詩119:99) もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。(ヨハ8:31,32)
2008年11月16日
恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。(イザ41:10) あなたは弱っている者のとりで、貧しい者の悩みのときのとりで、・・・・暑さを避ける陰となられたからです。横暴な者たちの息は、壁に吹きつけるあらしのようだからです。(イザ25:4) 待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。(詩27:14) あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、・・・・疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。(イザ40:28,29) 信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているのです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。(ヤコ1:3,4) ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。(ヘブ10:35,36)
2008年11月15日
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(2コリ5:17)王は、切り石を神殿の礎に据えるために、大きな石、高価な石を切り出すように命じた。(1列 5:17) あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。(1ペテ2:5) 私たちは神の作品です。(エペ2:10) あなたがたは・・・・神の建物です。(1コリ3:9) あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民です。(1ペテ2:10) 神殿は、建てるとき、石切り場で完全に仕上げられた石で建てられたので、工事中、槌や、斧、その他、鉄の道具の音は、いっさい神殿の中では聞かれなかった。(1列 6:7) 私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました。(2コリ5:5) あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。(エペ2:20-22)
2008年11月15日
約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。(ヘブ10:23) 私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。(1ヨハ1:3) キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現われるときにも、喜びおどる者となるためです。(1ペテ4:13) キリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。(エペ3:17-19) 神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。(1コリ1:9) 神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」(2コリ6:16) だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。(1ヨハ4:15)神の命令を守る者は神のうちにおり、神もまたその人のうちにおられます。(1ヨハ3:24)
2008年11月15日
あなたの心は神の前に正しくない。(使8:21) わが子よ。あなたの心をわたしに向けよ。(箴23:26) どうか、彼らの心がこのようであって、いつまでも、わたしを恐れ、わたしのすべての命令を守るように。そうして、彼らも、その子孫も、永久にしあわせになるように。(申5:29) 肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。肉にある者は神を喜ばせることができません。(ロマ8:7,8) まず自分自身を主にささげました。(2コリ8: :5) 彼(ヒゼキヤ)は、彼が始めたすべてのわざにおいて、・・・・神に求め、心を尽くして行ない、その目的を果たした。(2歴31:21) 力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。(箴4:23) 何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。(コロ3:23) キリストのしもべとして、心から神のみこころを行ない、人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。(エペ6:6,7) 私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが、私の心を広くしてくださるからです。(詩119:32)
2008年11月14日
恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。(黙1:17,18) どうしてたとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。(詩23:4) あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。(イザ43:2) 御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。(ヘブ2:9) ヨルダンの密林で過ごせよう。(エレ12:5) ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが──。主の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった。(ヨシ3:15,17)
2008年11月14日
強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。(申31:6) この私は、あなたの力を歌います。まことに、朝明けには、あなたの恵みを喜び歌います。それは、私の苦しみの日に、あなたは私のとりで、また、私の逃げ場であられたからです。(詩59:16) あなたは私の隠れ場。あなたは苦しみから私を守り、救いの歓声で、私を取り囲まれます。(詩32:7)あなたは私の助け、私を助け出す方。わが神よ。遅れないでください。(詩40:17) 人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。(詩37:23,24) 力強い信頼は主を恐れることにあり、子たちの避け所となる。(箴14:26) わたし、このわたしが、あなたがたを慰める。あなたは、何者なのか。死ななければならない人間や、草にも等しい人の子を恐れるとは。天を引き延べ、地の基を定め、あなたを造った主を、あなたは忘れ、・・・・恐れている。(イザ51:12,13) わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出す。(エレ1:8)
2008年11月14日
私は知っている。私を贖う方は生きておられることを。(ヨブ19:25) もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。(ロマ5:10) キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブ7:24,25) わたしが生きるので、あなたがたも生きるのです。(ヨハ14:19) もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。(1コリ15:19,20) 「シオンには贖い主として来る。ヤコブの中のそむきの罪を悔い改める者のところに来る。」──主の御告げ。(イザ59:20) 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。(エペ1:7) あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。(1ペテ1:18,19)
2008年11月13日
からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです。すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。(エペ4:4-6) 私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。(エペ2:18) わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。(ヨハ17:23)わたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。(ヨハ14:13,14,16,17) こう祈りなさい。「天にいます私たちの父よ。」(マタ6:9) 兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスは・・・・私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。そのようなわけで、・・・・真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブ10:19,20,22)
2008年11月13日
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