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門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王がはいって来られる。その栄光の王とはだれか。万軍の主。これぞ、栄光の王。(詩24:9,10) あなたがたは、キリストについて、どう思いますか。(マタ22:42) その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。(黙19:16) 主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。(ヨハ21:17)私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。(ピリ3:8) (キリストは)より頼んでいるあなたがたには尊いものですが、より頼んでいない人々にとっては、「家を建てる者たちが捨てた石、それが礎の石となった。」のです。(1ペテ2:7) 十字架につけられたキリスト・・・・。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。(1コリ1:23,24)
2008年10月31日
きわめて尊い、すばらしい約束。(2ペテ1:4) あなたの約束どおりに行なってください。(2サム7:25) あなたのことばを、あなたのしもべに果たし、あなたを恐れるようにしてください。こうして、私をそしる者に対して、私に答えさせてください。私はあなたのことばに信頼していますから。どうか、あなたのしもべへのみことばを思い出してください。あなたは私がそれを待ち望むようになさいました。あなたのおきては、私の旅の家では、私の歌となりました。(詩119:38,42,49,54) あなたの御口のおしえは、私にとって幾千の金銀にまさるものです。主よ。あなたのことばは、とこしえから、天において定まっています。あなたの真実は代々に至ります。(詩119:72,89,90) 神は約束の相続者たちに、ご計画の変わらないことをさらにはっきり示そうと思い、誓いをもって保証されたのです。それは、変えることのできない二つの事がらによって、──神は、これらの事がらのゆえに、偽ることができません。──前に置かれている望みを捕えるためにのがれて来た私たちが、力強い励ましを受けるためです。この望みは、私たちのたましいのために、安全で確かな錨の役を果たし、またこの望みは幕の内側にはいるのです。イエスは私たちの先駆けとしてそこにはいられました。(ヘブ6:17-20)
2008年10月31日
「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。」と万軍の主は仰せられる。(ゼカ4:6) わたしの霊があなたがたの間で働いている。恐れるな。(ハガ2:5) この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いである。(2歴20:15) 神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。(1コリ1:27-29) だれが主の霊を推し量り、主の顧問として教えたのか。(イザ40:13) 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。(ヨハ3:8) 血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのです。(ヨハ1:13) 主は剣や槍を使わずに救われる。この戦いは主の戦いだ。主はお前たちをわれわれの手に渡される。(1サム17:47)
2008年10月31日
あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。(コロ4:6) あなたがたはよく走っていたのに、だれがあなたがたを妨げて、真理に従わなくさせたのですか。(ガラ5:7)舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲへナの火によって焼かれます。舌を制御することは、だれにもできません。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています。(ヤコ3:5,6,8) だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。(詩19:12) 「私たちのために、ぶどう畑を荒らす狐や子狐を捕えておくれ。」私たちのぶどう畑は花盛りだから。(雅2:15) よく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように、また、苦い根が芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりすることのないようにしなさい。(ヘブ12:15) あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださるのです。ただ、キリストの福音にふさわしく生活しなさい。(ピリ1:6,27)
2008年10月30日
見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。(ヤコ5:7) この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。(2歴20:17) 主を待ち望め。主があなたを救われる。(箴20:22) 主の救いを黙って待つのは良い。(哀3:26) 主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。(詩37:7) 神は、いつくしみを忘れたのだろうか。もしや、怒ってあわれみを閉じてしまわれたのだろうか。(詩77:9) 私はあわてて言いました。「私はあなたの目の前から断たれたのだ。」と。しかし、あなたは私の願いの声を聞かれました。私があなたに叫び求めたときに。(詩31:22) 神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。(ルカ18:7,8) 善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。(ガラ6:9)
2008年10月30日
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。(ヨハ15:12) 神の愛のうちに自分自身を保ちなさい。(ユダ21) 御霊の実は、愛です。(ガラ5:22) 私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。(ロマ5:8) 神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。(1ヨハ4:16) わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。(ヨハ15:4,5) あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。(ヨハ15:8-10) みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。(1ヨハ2:5)
2008年10月29日
主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。(ヨハ6:68) 私は苦しみの中に主を呼び求め、助けを求めてわが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。彼らは私のわざわいの日に私に立ち向かった。だが、主は私のささえであった。主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。(詩18:6,18,19) 私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。(詩34:1-4,8) 私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているのです。(2テモ1:12) ダビデは彼の神、主によって奮い立った。(1サム30:6)
2008年10月29日
私の愛する方は、万人よりすぐれています。(雅5:10) あの方のすべてがいとしい。(雅5:16) あなたは人の子らにまさって麗しい。あなたのくちびるからは優しさが流れ出る。(詩45:2)私の心の思いが神のみこころにかないますように。(詩104:34) 選ばれた石、尊い礎石。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。(1ペテ2:6) 神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。(ピリ2:9) 私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。(ピリ3:8,9) 神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせられた。(コロ1:19) あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。(1ペテ1:8)
2008年10月29日
私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、・・・・神のすべての武具をとりなさい。(エペ6:12,13) あなたは、戦いのために、私に力を帯びさせなさいました。(詩18:39) 私が弱いときにこそ、私は強いのです。(2コリ12:10) 王は軍勢の多いことによっては救われない。勇者は力の強いことによっては救い出されない。軍馬も勝利の頼みにはならない。その大きな力も救いにならない。(詩33:16,17) アサはその神、主に叫び求めて言った。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。主よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください。」(2歴14:11) ヨシャパテは助けを叫び求めた。主は彼を助けられた。(2歴18:31) 主に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。主に身を避けることは、君主たちに信頼するよりもよい。(詩118:8,9)
2008年10月28日
私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。(ミカ7:8) 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。(1ペテ5:8) 悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。(ヤコ4:7) 敵。(ルカ10:19) 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。(エペ6:11-16)
2008年10月28日
主は人のいないのを見、とりなす者のいないのに驚かれた。そこで、ご自分の御腕で救いをもたらし、ご自分の義を、ご自分のささえとされた。(イザ59:16) あなたは、いけにえや穀物のささげ物をお喜びにはなりませんでした。あなたは私の耳を開いてくださいました。あなたは、全焼のいけにえも、罪のためのいけにえも、お求めになりませんでした。そのとき私は申しました。「今、私はここに来ております。巻き物の書に私のことが書いてあります。わが神。私はみこころを行なうことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。」(詩40:6-8) あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。(2コリ8:9) だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。(ヨハ10:17,18) わたしのほかに神はいない。正義の神、救い主、わたしをおいてほかにはいない。地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。(イザ45:21,22) この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。(使4:12)
2008年10月28日
あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリ4:6,7) わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。(マタ26:39) 主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。(詩37:4,5) イエスは、もう一度同じことをくり返して三度目の祈りをされた。(マタ26:44) キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげられました。(ヘブ5:7) 絶えず祈りに励みなさい。(ロマ12:12) すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。(エペ6:18) 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(1ヨハ5:14)
2008年10月27日
心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。(マタ5:3) 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。(マタ5:4-12) あなたが祝福する者は祝福される。(民22:6) 幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。(ルカ11:28) 自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都にはいれるようになる者は、幸いである。(黙22:14)
2008年10月27日
彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。(マタ8:17) 祭司はそのきよめられる者のために、二羽の生きているきよい小鳥と、杉の木と緋色の撚り糸とヒソプを取り寄せるよう命じる。祭司は、土の器に入れた湧き水の上で、その小鳥のうちの一羽をほふるよう命じる。生きている小鳥を、杉の木と緋色の撚り糸とヒソプといっしょに取り、湧き水の上でほふった小鳥の血の中に、その生きている小鳥といっしょにそれらを浸す。それを、らい病からきよめられる者の上に七たび振りかけて、その者をきよいと宣言し、さらにその生きている小鳥を野に放す。(レビ14:4-7) ある町に・・・・全身らい病の人がいた。イエスを見ると、ひれ伏してお願いした。「主よ。お心一つで、私はきよくしていただけます。」(ルカ5:12) イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。「わたしの心だ。きよくなれ。」すると、すぐに、そのらい病が消えて、その人はきよくなった。(マル1:41,42)
2008年10月27日
万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。(1ペテ4:7)女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。花のように咲き出ては切り取られ、影のように飛び去ってとどまりません。(ヨブ14:1,2) 世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。(1ヨハ2:17) 兄弟たちよ。・・・時は縮まっています。(1コリ7:29) もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。(ロマ14:8) 生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。(ピリ1:21) あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。」(ヘブ10:35-37) 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。(ロマ13:12) アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」(1コリ15:22,55)
2008年10月26日
あなたがたは、あなたがたの霊に注意せよ。(マラ2:15) 御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。・・・・キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。(ガラ5:22-26) ヨハネが・・・・言った。「先生。私たちは、先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、やめさせました。私たちの仲間ではないので、やめさせたのです。」しかしイエスは、彼に言われた。「やめさせることはありません。あなたがたに反対しない者は、あなたがたの味方です。」(ルカ9:49,50) ヤコブとヨハネが・・・・言った。「主よ。(エリヤがしたように)私たちが天から火を呼び下して、彼ら(サマリヤ人の村)を焼き滅ぼしましょうか。」しかし、イエスは振り向いて、彼らを戒められた。そして言われた。「あなたがたは自分たちがどのような霊的状態にあるのかを知らないのです。」(ルカ9:54,55) ひとりの若者が・・・・モーセに言った。「エルダデとメダデが宿営の中で恍惚状態で預言しています。」ヌンの子ヨシュアは言った。「わが主、モーセよ。彼らをやめさせてください。」しかしモーセは彼に言った。「あなたは私のためを思ってねたみを起こしているのか。主の民がみな、預言者となればよいのに。主が彼らの上にご自分の霊を与えられるとよいのに。」(民11:27-29)
2008年10月26日
戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。。(マタ24:6) 主は王である。(詩99:1) 神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31) あなたがたは、わたしを恐れないのか。──主の御告げ。──それとも、わたしの前でおののかないのか。わたしは砂を、海の境とした。越えられない永遠の境界として。波が逆巻いても勝てず、鳴りとどろいても越えられない。(エレ5:22) 高く上げることは、東からでもなく、西からでもなく、荒野からでもない。それは、神が、さばく方であり、これを低くし、かれを高く上げられるからだ。(詩75:6,7) 神は季節と時を変え、王を廃し、王を立て、知者には知恵を、理性のある者には知識を授けられる。(ダニ2:21) 二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。(マタ10:29-31)
2008年10月26日
戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。(マタ24:6) 万物の終わりが近づきました。(1ペテ4:7) 私たちは、・・・・正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。そういうわけで、愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。(2ペテ3:13,14) また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。(黙20:11) 今の天と地は、・・・・火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。(2ペテ3:7) 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。(詩46:1-3) 神の下さる建物・・・・人の手によらない、天にある永遠の家。(2コリ5:1)
2008年10月25日
もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。(マタ18:19,20) 見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタ28:20) わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現わします。(ヨハ14:21) イスカリオテでないユダがイエスに言った。「主よ。あなたは、私たちにはご自分を現わそうとしながら、世には現わそうとなさらないのは、どういうわけですか。」イエスは・・・・答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」(ヨハ14:22,23) あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、・・・・今も、また世々限りなくありますように。アーメン。(ユダ24,25)
2008年10月25日
あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペ5:8) 人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。(ヨハ3:19) あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗やみの者ではありません。(1テサ5:5) わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。(ヨハ12:46) 光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。(2コリ6:14) 愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。(1ヨハ4:7,8) やみが彼の目を見えなくしたからです。(1ヨハ2:11) あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。(詩119:105) 地の暗い所には暴虐が横行していますから。(詩74:20) 悪者の道は暗やみのようだ。彼らは何につまずくかを知らない。義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴4:19,18)
2008年10月24日
悩んでいる者や貧しい者が水を求めても水はなく、その舌は渇きで干からびるが、わたし、主は、彼らに答える。(イザ41:17) 多くの者は言っています。「だれかわれわれに良い目を見せてくれないものか。」(詩4:6) 実に、日の下で骨折ったいっさいの労苦と思い煩いは、人に何になろう。その一生は悲しみであり、その仕事には悩みがあり、その心は夜も休まらない。(伝2:22,23) すべては空しく、風を追うようなものだ。(伝2:17) わたしの民は・・・・湧き水の泉であるわたしを捨てて、多くの水ためを、水をためることのできない、こわれた水ためを、自分たちのために掘った。(エレ2:13) わたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。(ヨハ6:37) わたしは潤いのない地に水を注ごう。(イザ44:3) 義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。(マタ5:6) 神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。(詩63:1)
2008年10月24日
私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。(2コリ4:8,9) わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。(詩43:5) 私はあなたの目の前から追われました。しかし、もう一度、私はあなたの聖なる宮を仰ぎ見たいのです。(ヨナ2:4) シオンは言った。「主は私を見捨てた。主は私を忘れた。」と。「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザ49:14,15) 私はしあわせを忘れてしまった。私は言った。「私の誉れと、主から受けた望みは消えうせた。」と。(哀3:17,18) 起きてください。主よ。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。いつまでも拒まないでください。(詩44:23) ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。(イザ40:27) 「怒りがあふれて、ほんのしばらく、わたしの顔をあなたから隠したが、永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ。」とあなたを贖う主は仰せられる。(イザ54:8)
2008年10月24日
なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。(ロマ14:10) 主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。(1コリ4:5) その日がそれを明らかにするのです。(1コリ3:13) こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。(ロマ14:12,13) 神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日。(ロマ2:16) 父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。父はさばきを行なう権を子に与えられました。子は人の子だからです。(ヨハ5:22,27) あなたは、・・・・偉大な力強い神、その名は万軍の主です。おもんぱかりは大きく、みわざは力があり、御目は人の子のすべての道に開いており、人それぞれの生き方にしたがい、行ないの結ぶ実にしたがって、すべてに報いをされます。(エレ32:18,19)
2008年10月23日
肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。(ヨハ3:6) 神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。(テト3:5,6) いのちを与えるのは御霊です。(ヨハ6:63) 「最初の人アダムは生きた者となった。」・・・・最後のアダムは、生かす御霊となりました。(1コリ15:45) キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。(ロマ8:9-12) もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、・・・・神の御子を信じる信仰によっているのです。(ガラ2:20) あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。(ロマ6:11)
2008年10月23日
その人のいのちは財産にあるのではない。(ルカ12:15) 満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。衣食があれば、それで満足すべきです。(1テモ6:6,8) 「わたしがあなたがたを、財布も旅行袋もくつも持たせずに旅に出したとき、何か足りない物がありましたか。」彼らは言った。「いいえ。何もありませんでした。」(ルカ22:35) 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。(マタ6:11) 貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ。」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。(箴30:8,9) ひとりの正しい者の持つわずかなものは、多くの悪者の豊かさにまさる。(詩37:16) わずかな物を持っていて主を恐れるのは、多くの財宝を持っていて恐慌があるのにまさる。(箴15:16) 自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。(マタ6:25) 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブ13:5)
2008年10月23日
あなたの恵みは私の目の前にあります。(詩26:3) キリストの愛が私たちを取り囲んでいるのです。(2コリ5:14) 主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。(詩145:8) 天におられるあなたがたの父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるのです。(マタ5:45) 愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。(エペ5:1,2) 自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。(ルカ6:35,36) お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32) あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。(1ペテ1:22)
2008年10月22日
小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32) 主は天にその王座を堅く立て、その王国はすべてを統べ治める。(詩103:19) くじは、ひざに投げられるが、そのすべての決定は、主から来る。(箴16:33) 町にわざわいが起これば、それは主が下されるのではないだろうか。(アモ3:6) わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。それは、日の上る方からも、西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主である。ほかにはいない。わたしは光を造り出し、やみを創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを造る者。(イザ45:5-7) 彼は、天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。御手を差し押えて、「あなたは何をされるのか。」と言う者もいない。(ダニ4:35) 神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31) キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているのです。(1コリ15:25)
2008年10月22日
あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。(1ペテ5:10,11) 志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。(イザ26:3) 神よ。私の心はゆるぎません。(詩108:1) 主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。(詩27:1) その人は悪い知らせを恐れず、主に信頼して、その心はゆるがない。その心は堅固で、恐れることなく、自分の敵をものともしないまでになる。(詩112:7,8) 恐れのある日に、私は、あなたに信頼します。(詩56:3) 主は、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださる。今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高く上げられる。私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、歌うたい、主に、ほめ歌を歌おう。(詩27:5,6)
2008年10月22日
私は知っている。私を贖う方は生きておられることを。(ヨブ19:25) あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。(1ペテ1:18,19) わたしが生きるので、あなたがたも生きるのです。(ヨハ14:19) もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。(ロマ5:10) 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。(エペ1:7) キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブ7:24,25) もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。(1コリ15:19,20) 「シオンには贖い主として来る。ヤコブの中のそむきの罪を悔い改める者のところに来る。」──主の御告げ。(イザ59:20)
2008年10月21日
人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためです。(マタ20:28) しもべはその主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさるものではありません。(ヨハ13:16) 彼らの間には、この中でだれが一番偉いだろうかという論議も起こった。すると、イエスは彼らに言われた。「異邦人の王たちは人々を支配し、また人々の上に権威を持つ者は守護者と呼ばれています。だが、あなたがたは、それではいけません。あなたがたの間で一番偉い人は一番年の若い者のようになりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。(ルカ22:24-27) イエスは、・・・・夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められた。(ヨハ13:3-5)
2008年10月21日
愛する者たち。私たちはこのような約束を与えられているのですから、いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖きを全うしようではありませんか。(2コリ7:1) 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。(ヨハ1:16) これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。(マタ17:5) 私たちが神の子どもと呼ばれるために、・・・・御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。(1ヨハ3:1) 神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。(ヘブ1:2) もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。(ロマ8:17) わたしと父とは一つです。・・・・父がわたしにおられ、わたしが父にいるのです。(ヨハ10:30,38) わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神。(ヨハ20:17) わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。(ヨハ17:23) 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペ1:23)
2008年10月21日
求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。(マタ7:7,8) 主はそのしもべのたましいを贖い出される。主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。(詩34:22) 「救いは主にあります。あなたの祝福があなたの民の上にありますように。(詩3:8) あなたのいつくしみは、なんと大きいことでしょう。あなたはそれを、あなたを恐れる者のためにたくわえ、あなたに身を避ける者のために人の子の前で、それを備えられました。(詩31:19) 私を大いに祝福し、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。(1歴4:10) 主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。(箴10:22) 神が黙っておられるとき、だれが神をとがめえよう。神が御顔を隠されるとき、だれが神を認めえよう。(ヨブ34:29) 彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。(ヨハ17:15)
2008年10月20日
私たちはみな、汚れた者のようになり、私たちの義はみな、不潔な着物のようです。(イザ64:6) 「義人はいない。ひとりもいない。」すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。(ロマ3:10,23-26) あなたの神、主が、あなたのささげ物を受け入れてくださいますように。(2サム24:23) 私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に進み行くべきだろうか。主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきだろうか。私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげるべきだろうか。主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。(ミカ6:6-8) 神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵み。(エペ1:6) あなたがたは、キリストにあって、満ち満ちているのです。(コロ2:10)
2008年10月20日
私はあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。(エレ15:16) 私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。(雅2:3) 私は・・・・、御口のことばをたくわえた。(ヨブ23:12)どんなにか私は、あなたのみおしえを愛していることでしょう。これが一日中、私の思いとなっています。(詩119:97) 私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいる。(ロマ7:22) わが神。私はみこころを行なうことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。(詩40:8) わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。(ヨハ4:34) 主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、主の仰せはきよくて、人の目を明るくする。それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。(詩19:8,10) みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。みことばを聞いても行なわない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。(ヤコ1:22,23)
2008年10月20日
女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。花のように咲き出ては切り取られ、影のように飛び去ってとどまりません。(ヨブ14:1,2) この身とこの心とは尽き果てましょう。しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です。(詩73:26) キリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりが。(ピリ2:1) 父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。(ヨハ14:16) 父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊。(ヨハ14:26) 私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。(2コリ1:3,4) 私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。・・・・このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。(1テサ4:14,17,18)
2008年10月19日
主があなたのわきにおられ、あなたの足がわなにかからないように、守ってくださるからだ。(箴3:26) 私は主を待ち望みます。私のたましいは、待ち望みます。私は主のみことばを待ちます。私のたましいは、夜回りが夜明けを待つのにまさり、まことに、夜回りが夜明けを待つのにまさって、主を待ちます。(詩130:5,6) まことに、人の憤りまでもが、あなたをほめたたえ、あなたは、憤りの余りまでをも身に締められます。(詩76:10) 王の心は主の手の中にあって、水の流れのようだ。みこころのままに向きを変えられる。(箴21:1) 主は、人の行ないを喜ぶとき、その人の敵をも、その人と和らがせる。(箴16:7) 私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。(詩34:4) 昔よりの神は、住む家。永遠の腕が下に。あなたの前から敵を追い払い、「根絶やしにせよ。」と命じた。(申33:27) 主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。(エレ17:7) これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31)
2008年10月19日
恐れるな。──主の御告げ。──わたしがあなたとともにいるからだ。・・・・わたしはあなたを滅ぼし尽くさない。公義によって、あなたを懲らしめるが。(エレ46:28)主は、いつまでも見放してはおられない。たとい悩みを受けても、主は、あわれんでくださる。(哀3:31,32) 「わたしはほんのしばらくの間、あなたを見捨てたが、大きなあわれみをもって、あなたを集める。怒りがあふれて、ほんのしばらく、わたしの顔をあなたから隠したが、永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ。」とあなたを贖う主は仰せられる。たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。」とあなたをあわれむ主は仰せられる。「苦しめられ、もてあそばれて、慰められなかった女よ。見よ。わたしはあなたの石をアンチモニーでおおい、サファイヤであなたの基を定める。」(イザ54:7,8,10,11) 私は主の激しい怒りを身に受けている。私が主に罪を犯したからだ。しかし、それは、主が私の訴えを取り上げ、私を正しくさばいてくださるまでだ。主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。(ミカ7:9)
2008年10月18日
ほむべきかな。神、主、イスラエルの神。ただ、主ひとり、奇しいわざを行なう。とこしえに、ほむべきかな。その栄光の御名。・・・・アーメン。アーメン。(詩72:18,19) アーメン。(黙22:20) アーメン。・・・・神、主も、そう言われますように。(1列 1:36) この世にあって誓う者は、まことの神によって誓う。(イザ65:16) 神は、アブラハムに約束されるとき、ご自分よりすぐれたものをさして誓うことがありえないため、ご自分をさして誓われました。人間は自分よりすぐれた者をさして誓います。そして、確証のための誓いというものは、人間のすべての反論をやめさせます。そこで、神は約束の相続者たちに、ご計画の変わらないことをさらにはっきり示そうと思い、誓いをもって保証されたのです。それは、変えることのできない二つの事がらによって、──神は、これらの事がらのゆえに、偽ることができません。──前に置かれている望みを捕えるためにのがれて来た私たちが、力強い励ましを受けるためです。(ヘブ6:13,16-18) アーメンである方、忠実で、真実な証人がこう言われる。(黙3:14) 神の約束はことごとく、この方において「しかり。」となりました。それで私たちは、この方によって「アーメン。」と言い、神に栄光を帰するのです。(2コリ1:20)
2008年10月18日
あなたがたが・・・・贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。キリストは、この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました。(1ペテ1:18-20) 兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。(ヨハ19:34) 見よ。これは、・・・・主があなたがたと結ばれる契約の血である。(出24:8) 肉のいのちは血の中にある。わたしはあなたがたのいのちを祭壇の上で贖うために、これをあなたがたに与えた。(レビ17:11) 雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。(ヘブ10:4) イエスは彼らに言われた。「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。」(マル14:24) (キリストは)ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。(ヘブ9:12) その十字架の血によって平和をつくってくださったのです。(コロ1:20) わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、・・・・わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめる。(エゼ36:25) 私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブ10:22)
2008年10月18日
あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるのです。(1ヨハ4:4) 私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、・・・・栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください。(詩115:1) (主の)王国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。(マタ6:13) 主は、王であられ、みいつをまとっておられます。主はまとっておられます。力を身に帯びておられます。 (詩93:1,2) 主は・・・・力強い。(ナホ1:3) 主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。天にあるもの地にあるものはみなそうです。主よ。王国もあなたのものです。あなたはすべてのものの上に、かしらとしてあがむべき方です。今、私たちの神、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んでささげる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたにささげたにすぎません。(1歴29:11,13,14) 神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31) 私たちの仕える神は、・・・・私たちを救い出すことができます。(ダニ3:17) わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。(ヨハ10:29)
2008年10月17日
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。(ピリ4:4) あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。(1ペテ1:8)彼らは、あなたの御名をいつも喜び、あなたの義によって、高く上げられます。(詩89:16) わたしについて、「ただ、主にだけ、正義と力がある。」と言う。主に向かっていきりたつ者はみな、主のもとに来て恥じ入る。イスラエルの子孫はみな、主によって義とされ、誇る。(イザ45:24,25) 正しい者たち。主にあって、喜び、楽しめ。すべて心の直ぐな人たちよ。喜びの声をあげよ。(詩32:11) 今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。それは、ご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。(ロマ3:21,22,26)
2008年10月17日
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32) 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。(マタ6:12) 「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタ18:21,22) 「悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。」こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。(マタ18:32-35) 神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。(コロ2:13,14) 主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13)
2008年10月16日
あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。(ロマ14:4)私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。(マタ6:13) 自分の心に頼る者は愚かな者、知恵をもって歩む者は救われる。(箴28:26)だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。(ヤコ1:13,14) 彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。そうすれば、わたしはあなたがたを受け入れる。(2コリ6:17) ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、・・・・その地は主の園のように、どこもよく潤っていた。それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。ところが、ソドムの人々はよこしまな者で、主に対しては非常な罪人であった。(創13:10,11,13) (神は)無節操な者・・・・に悩まされていた義人ロトを救い出されました。(2ペテ2:7) 主は、敬虔な者たちを誘惑から救い出すことを心得ておられるのです。(2ペテ2:9,10)
2008年10月16日
兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行なっていれば、つまずくことなど決してありません。(2ペテ1:10) 私たちは、あなたがたひとりひとりが、同じ熱心さを示して、最後まで、私たちの希望について十分な確信を持ち続けてくれるように切望します。それは、あなたがたがなまけずに、信仰と忍耐によって約束のものを相続するあの人たちに、ならう者となるためです。(ヘブ6:11、12) あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。(1コリ9:24) 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。(ロマ12:11) あなたの手もとにあるなすべきことはみな、自分の力でしなさい。あなたが行こうとしているよみには、働きも企ても知識も知恵もないからだ。(伝9:10) 何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。(コロ3:23,24) (良い行いの)報いは主から受けるのです。(エペ6:8) わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行なわなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。(ヨハ9:4) わたしが父の仕事に従事していることを、ご存じなかったのですか。(ルカ2:49私訳) あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす。(ヨハ2:17)
2008年10月16日
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32)私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。(マタ6:12) 「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタ18:21,22) 「悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。」こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。(マタ18:32-35) 神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。(コロ2:13,14) 主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13)
2008年10月16日
神は私のとりでです。(詩59:9) 主はわが巌、わがとりで、わが救い主、わが身を避けるわが岩なる神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。私を暴虐から救う私の救い主、私の逃げ場。(2サム22:2,3) 主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう。(詩28:7) まことに、あなたは私の避け所、敵に対して強いやぐらです。(詩61:3) 私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:6) 主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。(詩27:1) 山々がエルサレムを取り囲むように、主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。(詩125:2) あなたは私の助けでした。御翼の陰で、私は喜び歌います。(詩63:7)
2008年10月15日
私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。(詩37:25) 主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、・・・・マナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。(申8:3) 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。(マタ6:11) 彼のパンは与えられ、その水は確保される。(イザ33:16) 幾羽かの烏が、朝になると彼のところにパンと肉とを運んで来、また、夕方になるとパンと肉とを運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。(1列17:6) 私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。(ピリ4:19) いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブ13:5) イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」(ヨハ6:32,33)
2008年10月14日
彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。(イザ53:10,11)ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。(2コリ5:14,15)キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。(ロマ14:9) キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光にはいるはずではなかったのですか。(ルカ24:26) イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。(使2:36) キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました。あなたがたは、神を、キリストによって信じる人々です。(1ペテ1:20,21)
2008年10月14日
何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。(コロ3:23) わが子よ。あなたの心をわたしに向けよ。(箴23:26) 力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。(箴4:23) どうか、彼らの心がこのようであって、いつまでも、わたしを恐れ、わたしのすべての命令を守るように。そうして、彼らも、その子孫も、永久にしあわせになるように。(申5:29) あなたの心は神の前に正しくない。(使8:21) 私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが、私の心を広くしてくださるからです。(詩119:32) まず自分自身を主にささげました。(2コリ8: :5) 肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。肉にある者は神を喜ばせることができません。(ロマ8:7,8) 彼(ヒゼキヤ)は、彼が始めたすべてのわざにおいて、・・・・神に求め、心を尽くして行ない、その目的を果たした。(2歴31:21)キリストのしもべとして、心から神のみこころを行ない、人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。(エペ6:6,7)
2008年10月13日
世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。(1ヨハ2:17) この小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではありません。(マタ18:14) わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。(マタ7:24,25) みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。(マタ6:10) 主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。(エペ5:17) 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。(1テサ4:3) 地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです。(1ペテ4:2) 父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去りなさい。(ヤコ1:18,21) わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。(1ペテ1:16) イエスは言われた。「神のみこころを行なう人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」(マル3:33,35)
2008年10月13日
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