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ブログに日々のことを書いている人なら誰も彼もきっとどこまで個人的なことを書いていいのか境界線に悩むはずだ。ああ、この人は個人的なことに触れずに上手にその周辺のことを書きつつオリジナリティーに溢れているなー、と思える日記を見つけるたび感心してしまう。そして、堂々と写真を載せたりしている日記の潔さも好きだ。アタクシは多分その境界線が曖昧すぎるのだと思う。書かないなら全く書かない。書くなら全部書く。という姿勢を貫いたほうがいいのはわかっているのだが。先日の日記でも、セバのケニア観に関して、アタクシ達のドイツ生活に関して、中途半端に言及して本来伝えたかったこととは随分ずれた文章になってしまったかもしれない。セバがどんな目的で、誰とコンタクトを取りながら、ケニアに行こうとしているのか、全貌をここに書ければセバが、経験も無い医者のくせに偉そうにケニアに行って真摯に医療に取り組んでる現地の人たちに迷惑をかけてるとか、世間もろくに知らない若い2人が現状に満足できなくて別の土地に逃げ出すのは根本的な解決にならない、とか思われなかったのか、と自分がふがいない。だけど、そのポイントはセバ関係の人がこれを読む可能性が限りなくゼロに近いとしても書くべきではないとずっと思っていたし、ケニア行きの計画の詳細にはアタクシの個人情報も含まれているわけで、それを考えながら書いていたらどんどん中途半端になっていくのが自分でもわかっていて最近はちょっとしんどかった。こんな日記書いててもしょうがないから、観た映画、読んだ本、聴いた音楽とかの雑記に変えるか、思い切って日記をやめるか、とも考えた。でも、それって、アタクシがここに散々今まで愚痴や絵物語や寝言を書くたびに声を掛けてくれた人たちに申し訳ないような気がしてならない。自分で書いた文章だから、その責任を負う意味でもアタクシが中途半端に働いていい加減に生きて何処で何がしたいのか全然わかっていないしょうがない人間だと思われることは仕方がないとしてアタクシの日記のせいでセバがアタクシと同類のしょうもない人間だと思われるのは辛い。モラトリアムから抜けきれない愚かさがアタクシと同等にあるとしても、彼は賢くて優しくて物事の本質を捉えようといつももがいている。アタクシも日本が嫌いでドイツに来たわけじゃないし、セバも本当にドイツが嫌いでケニアに行こうとしているわけでもない。「僕は白人だ、ってケニアで大きな顔をするつもりはない。僕は学ぶ側の謙虚さを忘れないよ」と言っていたように、人道援助とか持つものと持たざるものの関係ではなく、セバはケニアで研修医の続きをするだけなのだ。嗚呼、書けば書くほど何が言いたいのかわからなくなってくる。一番伝えたかったのは、セバがいい加減な人間だと印象を与えるのはアタクシの中途半端な記述が原因であること。彼がケニアに行こうとしているのにはここには書けないけど正当な理由があること。そしてそういう印象を与えてしまった全ての責任はアタクシにあるということ。と、いうわけでちょっと頭を冷やす意味で、暫くオヤスミします。ちょうどセバもいないし、咳も抜けてきたので、フィットネスを再開してスペイン語に勤しんで、読書もして、甘ったれた心身を鍛えてる予定。
2006.01.30
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タンゴ好きにはタマラナイ映画『タンゴ・レッスン』の監督であり主演もしていたサリー・ポッターの『YES』という映画を観た。唸るほどよかった。話の軸は、生物学者の女性(既婚)とベイルートからイギリスに移ってきたアラブ人との情熱的な恋愛。要するに不倫。これをサリー・ポッターが描くと、宗教と自然科学の学問の矛盾、欧米社会とアラブ社会の対立、個人と民族、民族紛争が変える人生、夫婦の危機、10代の悩み…もぅ、盛り沢山。『タンゴ・レッスン』のときはタンゴに夢中で何が描きたいのかわからなくなったけど落ち着いて考えたらこういうのが伝えたかったんだわ、とサリーがあれもこれも詰め込んだ感じ。しかも、そういう普遍的でともすると陳腐になりがちなテーマを、多用なカメラワークや、誰の視点で物語全体を語らせるのか、など彼女にしか出来ない小技が聞いていて感心するばかり。一見すると、穏やかで華奢でひたすら聡明そうな彼女のどこにこんな奇想天外なアイディアが詰まっているんだろう。冬の寒い駐車場で、鼻水を垂らしながら口論をする場面は圧巻。アラブ社会と欧米社会の軋轢が、個人対個人に規模を変えて確かだと思った愛情にまで歪を与える。それでも最後の場面で「Senola?」と下宿のおかみさんに呼ばれて「Si?」と返事をすると「Senol」と言葉が返ってくる場面でアタクシは泣いた。その後の膝枕のシーンも。いい映画だった、と口々に言いながらセバと家に帰った。何度でも観たい映画。まだ一月なのに、今年一番の映画になりそうな気配。
2006.01.29
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2週間半ケニアに行ってしまうセバとお留守番のアタクシ。ベットにゴロゴロしながら大音量でクラシックを聴いたいたときにアタクシは常々考えていたことをセバに言ってみた。「あなたはそうやってケニアのことをとても良いって言うけどそれと他の人の話やいろんなところで読んだりするのと随分印象が違う」他の人の話や読んだりしたところからは、ケニアは治安が悪くて貧しくて、いいかげんで、住みにくい国、と思えてしまう。セバはアタクシを撫でながら言う。それもこれも同じ物の表と裏なんだよ、と。「光が照るところには影が出来るのと一緒。光があるから影がある。光が強ければ影も濃くなる。でもそれは全然悲観すべきことじゃない。一番救いようがないのは、光も影もない、この国(ドイツ)みたいな処のことなんだよ」ドイツを出て行きたがっているセバに「あなたってしょうがない人ね」と笑うとセバは「君だって日本を出てきたんじゃないか」と笑い返す。そして、今度はドイツを出て行こうとしている。セバと一緒に。セバの目指すところは、最終的にはどこか別の国に移住して医者として生きていくこと。ケニアかもしれない、南アフリカかもしれない、キューバか、インドかもしれない。とにかくドイツではないどこか。光が強くて、濃い影のある国。アタクシを置いてけぼりにする後ろめたさなのか、いつもに増して「愛してる」と言うので「どのくらい?」と意地悪に聞くと「君と君の人生をケニアに連れ去ってしまおうと決めるくらい」と言われた。「じゃあちょうどよかった。私もあなたに引っ付いてケニアに行こうと決めたくらいあなたが好き」と言って二人で笑う。ネットで秋口の日本行きの航空券の値段を何とはなしに調べているとセバがそれを見て言う。「だったら5月にバレンシアじゃなくて東京に行こう」遠まわしに、「秋はもうケニアにいくから東京にはいけないよ」といわれたような気がした。次に日本に行くのはケニアでの数年を終えてからだと前回の帰国のときに言い聞かせてきたのに、セバにそういわれてあっさり単純に日本への思いが募る。ケニアで時々は私のことも考えてね。と、別れ際にいうと「四六時中考えてるよ」と慰めてくれた。日々のストレスから遠く隔てられてセバがケニアの全てに癒されることをアタクシは願うしかできない。アタクシは自分の家への帰り道、曇った空の下、凍った雪に滑らないように歩きながらセバの言葉を心の中で反復する。光のないところには影はできない。人生にも同じことが言えるのかもしれない。
2006.01.28
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Starke Licht macht dunkle Schatten. Schlimsten ist dass es weder Licht noch Schatten gibtwie das Land. Das ist was Seba gesagt hast. Detail schreibe ich spaeter....
2006.01.28
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この町にいて、あの屋根裏の家賃が馬鹿高い部屋に寝泊りして港を見ながら通勤して、かりかりしながら働いているのが本当は仮の生活のような気がして来る。毎回セバの町へ向かう電車の中で、長距離通勤は無理かな、と考えるが、そもそもドイツの鉄道がそのように整備されていないしアタクシの仕事の拘束時間の長さを考えると、キツい。いつも通りにつけるように頑張るね、とセバに電話をしたら午後早く仕事を終えたセバが「今日は僕が料理するね。何食べたい?」と聞く。「じゃあ明日は私が料理するね」と言うと「明日はバルト海に釣りに行くんだよ(寒そう!)。」とセバはウキウキしている。凍えながら釣れない釣りをして最後にカフェで暖を取って、冬の海岸に沈む夕日を眺めるに違いない。そういう小さな幸せを日常生活にすることが出来ない点でアタクシは不満だ。アタクシにとって仕事はそこまで意味があるのかと聞かれたら首を横に振るが、自立して生きるためには働いていたい。仕事のために生活をしている。ケニアに行くまでの我慢だと自分に言い聞かせてアタクシたちはあと数ヶ月、あっちとこっちの町を行き来する。これが最善策だとは思わないのに。
2006.01.27
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仕事が暇だ。暇なのに帰れない。アタクシは直接的に何かするわけではないのだけど、第三者の進行状況のせいで帰れない。あんなにアタクシが完璧に段取りをつけたのに何でこんなに遅れるんだ?さすがドイツ。普通は17時44分の電車に乗ってセバのところへ行く。これは急行。次の電車は18時20分。これは鈍行。これだと21時に到着。その次、本日の最終は19時40分。急行で、これだと22時に到着。どれに乗れるか考えるだけでイライラする。無理なら土曜日でもいいよ、とセバは昨日言っていた。でもすぐに、本当は無理してでも金曜日に来て欲しいと言い直した。イライラ。金曜日なんだから早く仕事しようよ。
2006.01.27
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2月にはいるとスペイン語講座が始まるので耳慣らしでもしようかな、と思って昨日の夜DVDを一人で見た。Talk To HerALL ABOUT MY MOTHERよりも若干好きな、アタクシの好きな映画リストの上位に君臨している映画だ。プロットがとかカメラワークがとか仔細にわたって批評できないし、腹が立つほど道徳的に気持ち悪いとこの映画を嫌う人もいるが、コミュニケーションが下手な現代人の純粋なのにどこか決定的に歪んでいる愛が痛々しいくて、他の映画にはない雰囲気なのでアタクシはこの映画がやっぱり大好きだ。最後の方のシーンで、「今まで誰にも抱きしめられたことも抱きしめたこともなかったけど今、人生で初めて君を抱きしめたいと思ってる」と言う場面でアタクシはいつも号泣する。こんなに救いようがないような話なのに最後の最後で少しだけ希望を持たせて終わるところも素敵だ。とにかくこの映画が大好き、とセバに熱く語ったことがある。(音楽はall about my motherのほうが好きだけど)この映画に出てくる看護士の男は、特殊な生い立ちだけど一応普通に社会生活をして友達もいて同僚にも好かれている。でも少しだけ愛が歪んでいた。歪みがどんどん大きくなって取り返しのつかないことになる。彼は特別な存在ではなく、正常だと思っている人もどこかしらそうでない域に足を踏み入れていて、正常ではないと思われている人も実は正常だと信じている人たちと紙一重のさしかないんだという忘れがちな事実をこの映画は思い出させてくれて、そういう何もかもをひっくるめて社会は成り立っているんだと思う。誰かと話すときに人の目を見られないとかネットでチャットしているほうが実際に人と会うよりも安心できるとか挨拶が出来ないとか、単語でしか話せないとか...?だから、真っ暗で閉鎖された空間じゃないと眠れないとか一回の食事を休憩を取りながらじゃないと最後まで食べられないとか極度の気分屋だと自分で思い込んでることとかあんまり大した問題じゃないよ、とセバに言うとセバは少し安心したように笑って、君がお医者さんになれば良かったね、と言われた。明日で7週間目の土曜日を迎える。すぐに何かかが起るわけではないのだろうけど。
2006.01.27
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今読んでいる本は、Nick HornbyのHigh Fidelity。ドイツ語で。この作者が書いたABOUT A BOYの映画版が好きなのだが雰囲気が似ていて、ドイツ語で読んでいてもヒュ―・グラントが耳元でブツクサ言っているような気分になる本である。口語表現が多用されていてとても読みやすい。わからない単語はセバがくれた独独電子辞書で調べれば怖くない。アタクシの読書は主に日本語とドイツ語で、読む速さが日本語のほうが数段速いのだが、ここで簡単に手に入るドイツ語の本のバリエーションの多さに惹かれて、本屋でウットリしてしまう。この本が終われば、セバから貰った下品な小説が待っている。チラリと最初のページを読んでげんなりしたが。それから、セバからクリスマスプレゼントに貰った医学書もいい加減に読まなければ。と、思っていたら実家からダ・ヴィンチ・コードの日本語版が届いた。次に何を読もうか悩まなくて当分良さそうだ。雪の積もった外の景色をたまに眺めながらカフェで本を読むのもいいけど暖かい浜辺でシュノーケリングに行ったセバを待ちながらパラソルの下で本を読むほうがずっとずっと良かった。嗚呼まだモンバサの幻に魘されている、往生際が悪いぞ、アタクシ。
2006.01.26
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St.PauliがBremenに勝つような奇跡が起こるんだから世の中まだまだ笑っちゃうくらいの驚きに溢れているらしい。モンバサに一緒にいけないことに大層落胆しているセバ。大丈夫だよ、5月にはバレンシアに一緒に行ってそこでゆっくりしようね、と励ますアタクシ。セバはスペインの血を引いている。思考はドイツで感情はスペイン、まさにそんな感じだ。ドイツに生まれ育ったのに、スペイン語を喋っているときのセバは、ドイツ語のときよりも彼らしい印象を受ける。セバの声や発声法がスペイン語により適しているようなそんな感じ。セバのスペイン語を聞いて、スペイン語も素敵な響きだなあと思うようになり、ドイツやケニアでセバとスペイン語で内緒話がしたくてアタクシもスペイン語を始めることにした。「次に住むならスペインかなー」と、自分でも思っていなかったことを昨日口にした。香港からの友人が次に住むならどこがいいのかとアタクシに聞いたときに思わず出てきた言葉だ。セバとアタクシがケニアでの数年の後に思わずスペインに住んでしまうことなんて、St.PauliがBremenに勝ったことに比べれば奇跡でも驚きでも何でもない。ああ、世の中にはまだまだ奇跡的な驚きが溢れてキラキラしているんだ、と教えてくれたSt.Pauli。別にファンじゃないけど。後は眼をかっと見開いてその奇跡的な驚きを見つけ出して、キラキラを体中に浴びればいいだけ。
2006.01.26
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日本にいたときに本当に仲良くて一番の理解者だった友達が出張でこの街にやってきた。半年前に香港に引っ越して、この出張が実に6年ぶりのドイツになると言っていた。すっかりアジアに揉まれたドイツ人とドイツに住むアジア人のアタクシ。彼がいなければ、日本を去るのがとても辛かったはずだ。人と違う道を生きるのは哀しいことじゃないんだと教えてくれた人。アタクシが日本を発ったのは彼の誕生日でその日彼はアメリカに出張していた。アメリカから受け取った手紙には忘れられない一言が記されていた。「君は他の人とは明らかに違う何かを持っている。それは時に理解されず、誰かを不安にさせることがある。だから必ずしも君はその人たちには温かく受け入れてもらえないかもしれない。だけど、誰かが必ず君の持つ『何か』の素晴らしさをわかるはずだから、その日までそれを投げ出してはいけない」今晩はカフェで沢山話をした。東京にいた当時のこと。共通の友達のこと。今のお互いの生活。この先のこと。アタクシは言葉足らずにならないように、でもはしゃぎすぎないようにセバのこととケニアのことを説明した。ケニアに住むって言うのはヨーロッパに住むとはまた180度違ったものでその覚悟と、生活に慣れなかった場合の対策と、できるだけ沢山の情報が必要だ。と言っていた。でも、ケニアだから、と頭ごなしに否定的になったりはせず、それどころか「君にとってケニアに住むのは東京に住むよりもずっといいことだ」と言ってくれた。帰り道に家の近くを流れる運河が凍ってその上に雪が積もって、いつもとは違う景色が目に入った。少し立ち止まってその光景を眺めて、アタクシはこのまままっすぐ進めばいいんだ、と思えて、それが嬉しくてセバに会いたくてたまらなくなった。
2006.01.26
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昨晩母親と電話をして、アタクシが一緒にケニアに行けなくなってセバがとってもがっかりしている、と説明した。母はしょうがないわよねー、とセバを慰めるように言っていたがふと「じゃあ、ケニアに引っ越すときも一緒にきて欲しいって言うんじゃない?」と、言い出した。一瞬動揺するアタクシ。思わず、そうなのよー、と言いそうになったが、ケニア行きはまだ正式に決まったことではないので時期尚早か、と思ってお茶を濁しておいた。ゴニョゴニョ。母は何気に勘がいい。この間も「そういえば、日本からケニアって、ヨーロッパ経由で24時間もかかるらしいわよ。ヨーロッパから10時間って結構遠いわよね」と、ネットで調べたのかそんなことを言っていた。関空からエミレーツでドバイ経由がいいらしいよ、と動揺がばれないように親切に教えてあげておいたが。もしも母がいつもの勘のよさで、きっとこの子はスペイン男についてケニアに行きたがっているに違いない、とわかっていて長期になるかもしれないから日本からケニアに会いに行かなくちゃ、と思ってすでに情報を集めているなら恐ろしい使い手だ。親の勘はあなどれない。潔く吐いてしまうか、もうちょっと上手に隠すかしないと。先日からの大寒波が去ったと思ったら今日は朝から雪。地表の温度が低いせいか、どんどん積もりそうだ。そういえば、セバがヨーロッパの人はケニアみたいな未開な国にどうやって人間が生活しているんだって思っているけれどケニアの人は全く逆でヨーロッパみたいに北に位置する場所に人間は住めないと思っているらしい。建物の中には暖房が効いてると言ってもそれがどうも想像できないのだとか。本当に、こんな寒い場所で人間はよく住めるよなぁ。同じようにケニアに住むのもアタクシが想像するよりも全然大変なことじゃないのかもしれない。
2006.01.25
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くどいほどこの話題で恐縮だが、幻のケニアバカンス。やっぱりダメ。来週全部休むなんてできない。急すぎる。と、セバに言ったらセバは意外なほどがっかりしていた。がっかりしすぎてアタクシともう話す気力もないくらいだった。「モンバサに一週間。ナイロビに一週間。君が一緒に来ていいのは最初のモンバサだけ」というようなことを言われていたので、「どうしても来たいなら一週間だけなら来ていいよ」ということかと思っていたら、セバはその最初の一週間を物凄く楽しみにしていたのだ。アタクシと一緒に浜辺でごろごろして(日に焼けたくないからするつもりはなかったが)アタクシと一緒にダイビングして(やったことがないからできるかしらないが)アタクシと一緒に寝坊して(週末いつもやってることだけど)とにかくビーチで過ごす一週間を”一緒に”過ごすことが大事だったらしい。知らなかったー。ごめんよ、セバ。でも本当にどうしようもできないことなので、不機嫌に落ち込まれても仕方がない。だから、この週末は行かない予定だったけど(日曜日にJames Bluntのライブがあるので)ちょっとセバのところへいってこようと思っている。ちょうど今日母から、セバに渡して、と臙脂色の手編みのベレー帽が届いたし。本当にごめんね、セバ。
2006.01.25
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一緒にビーチに行こうよ!というSMSがお昼にセバから入っていた。まだセバはアタクシとモンバサに行くことを諦めていない。アタクシはもともと希望を持っていなかった。でもこんなSMSを貰っちゃうとますます行きたくなる。最終手段は、セバがアタクシの欠席届けを発行すること。ばれたらクビになるんだろうけど。クビといえば、セバのお友達の外科医・トミーがクビになった。ある日突然。試雇期間だったとはいえ、驚きだ。医者がクビになる時代。クビになる前に自分から辞めたいのでやはりモンバサは諦めるしかない。
2006.01.24
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寒いし、風邪はなかなか治らないし、セバはもうすぐ2週間半アフリカに行っちゃうので、何となくアタクシは不元気に生きている。アタクシが日本に行った2週間半もそんなふうにセバは不元気に不機嫌に過ごしたのかな、と思うと何となく胸が痛い。休暇を取るのは無理だとわかっていたのにいざ却下されると残念でたまらない。嗚呼。モンバサ。
2006.01.24
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セバは来週から3週間休暇を取って2週間半ケニアに行く。最初の一週間はモンバサ。後半はナイロビ。ナイロビではセバの勤めることになるだろう病院との調整があるのでアタクシがナイロビに来ても一緒に観光できないとかで最初のモンバサに一緒に行こうと言われていた。無駄を承知で上司に聞いてみてあっさり玉砕。わかってたから凹まないが、理不尽さに憤る。セバのいない2週間とその前後にヨーロッパに降り立つ人がいる。その報せを聞いても凹まなかったが、理不尽さに泣きたくなった。
2006.01.23
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今日は凄い冷え込みだ。東から寒気が流れてきたらしい。モスクワを襲っている凄い寒波のおすそ分けだ。モスクワ在住クリストフは、ここまで寒いと家に閉じこもってベットでいちゃいちゃするしかないから、今年の終わりにはきっとベビーブームがやってくるにちがいない、と変なことを言っていた。牧師の息子。セバはその意見に感化されて、ドイツも部屋の気温を3℃下げれば出生率が上がるに違いない、と言い出した。セバの部屋はいつもとても暑い。Tシャツとトランクスでぶらぶらできるような温度じゃないとスペイン人の僕には辛いと言って暖房がいつも最大になっている。アタクシもセバの家で病人だったときとても薄着でブラブラしていたらそんな挑発的な格好でブラブラするんじゃない、と叱られた。だってこのうち暑いよ、と反論するアタクシ。(そこまで暑い)だから、セバには部屋の温度を3℃下げて子沢山という案には向かないよ、と言うとクリストフは賛同しながら笑っていた。ああ、この人をどこかで見たことがあると思ったらアタクシが持っているセバの写真に一緒に写っている人だとやっと気が付いた。南スペインの原色の風景を背後に、精悍に日焼けしたセバがブロンドの恰幅のいいサングラスをかけた青年と手を振っている写真。サングラスが邪魔してわからなかった。アタクシの知らない頃のセバを知っている人たちにいつも少しやきもちを焼く。そのころのセバはどんなだったんだろう。セバは、旧西ドイツの知識階級の家庭でリベラルに育った典型的な青年だ、とクリストフは言っていた。外見は母親に似てるけど中身は父親にそっくりだ、とも。セバの過ごしてきた時間やそれを共有してきた人たちに触れるたびにもっとセバを知りたくなる。そして、それらに触れるたびにやっぱりセバが好きだなぁと思う。沢山のいい人たちに囲まれて充実した時間を過ごしてきたんだな、と感じることができるから。愛は知なのか。
2006.01.23
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セバからとんでもない本を貰った。これはセバがトミーから誕生日に貰った本で、トイレでもベットでも食卓でも食い入るように読んでいたものだ。何が書いてあるの?と、聞いたときに「タイで買春をしている日本人男性の性癖」と言われてゲンナリした覚えがあるが、実はもっともっともっとえぐいことが書いてあるらしい。これが文学なのか。貸してくれるだけでいい、と言ったのにベルリンの中心部で日曜も開いている大きな本屋でセバが買ってくれた。「これを読みながらお利口さんでお留守番をしてて」と。あと一週間でセバがケニアに2週間行ってしまう。
2006.01.22
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無事生還。咳は酷いしくしゃみは出るし頭は痛いし立ち眩みはするし泣きたいような体調の中ベルリンへ行ってきて根性で観光してVDStのパーティにも参加して、鼻声で咳き込みながらも笑顔でセバ関係の人たちに挨拶をして、何度も聞かれるおなじみの質問にきちんと答えて、セバが吸う葉巻の煙の強さに鼻が利かないため全然気がつかず、ふらふらになりながら明け方まで酔っ払いに付き合ってからからに乾燥したホテルの部屋で干からびそうになりながら無理やり寝て氷点下6度の中ベルリンをぶらぶらしたらいつのまにか良くなっていた。アタクシの病。毒を以って毒を制す、ってやつか。普段は女性禁止のVDStの会合が今回は例外的に女性も参加できたので興味深々だった。VDStというのは、ドイツの全国的な学生連合でとても伝統がある男子学生だけの組織。セバがその会合に参加するときはアタクシはいつもお留守番をしていなければならず、嗚呼いったい目くるめく時間が男だけで展開されているに違いない、とずっと思っていた。しかし、会合では男女は別々に座らされて会場内での接触は禁止。しかも男性陣が前、女性陣が後という屈辱的な配置にアタクシとセバの友人の知り合いのスウェーデン人の彼女とぶうぶう言っていた。セバは学生時代からの合いに沢山会えてとても楽しそうだった。会う人会う人にケニアについて聞かれて、セバはなるべく簡潔に答えていた。ケニアに行くことをセバは「僕たちの将来の見通し」と呼んでいた。セバの大学の頃からの友達で、今はモスクワで働いているクリストフに「一緒に行く心積もりはもうできてるの?」と聞かれてアタクシは自信を持って頷けた。それが自分でとても嬉しかった。そしてクリストフがセバとアタクシが一緒にケニアに行く、という前提で話をしてくれたのが嬉しかった。一緒に行くの?待ってるの?と聞かれなかったことがアタクシの決めたことはある観点から見るとごく普通のことなんだと思えた。そして、スウェーデンの女の子と話しているときに「日本に帰るつもりなの?ドイツにずっと残るつもりなの?」と聞かれて、実はケニアに数年行く予定なの、とうひうひしながら話すと小さな顔の大きな眼をますます大きくして「あなたは勇気があるのね。わたしには出来ないわ。だって病気が怖いし変な気持悪い虫も怖いもの!」と驚いていた。彼女の恋人はドイツ人で、彼がスウェーデンに短期留学をした時に知り合い5年の長距離恋愛を経て最近彼がスウェーデンで就職をしたらしい。ドイツ人もドイツも全般的にあまり好きではないからドイツに住むことは全然考えていないのよ、と当然のように言っていた。恋人はペラペラとスウェーデン語を喋る。彼のほうが彼女に全て合わせているからセバとアタクシの場合と全く逆だなぁとボンヤリ思った。アタクシだって病気は怖い。たかが風邪で器官が炎症を起こしただけで大騒ぎしたんだからマラリアになったら精神的ショックで立ち直れないかもしれない。変な気持悪い虫だって、うようよいるよりもいないほうが絶対にいい。温暖な気候でとてもふくよかに育ったゴキブリがきっといるんだろうなぁと考えるだけで怖い。だけど、その漠然とした怖さを全部背負ってでもアタクシはセバと一緒にいなくちゃいけないような気がする。セバと手を繋いで極寒のベルリンを歩きながら心の中でもう一度頷く。心積もりはできている。
2006.01.21
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Ich gehe jetzt ins Bett. Bis morgen muss ich wieder fit sein! Ich huste noch bisschen wenn Schleim rauskommt. Hute so stark, krige ich Kopfweh. Meine Nase laeuft ab und an. Etwas schlapp oder nur faul.Also etwa bit zu 75% geheilt.Aber ich fahre morgen nach Berlin. Auch wenn ich noch bisschen krank bin.Momentan Kreis Berlin ist der kaelteste Gegend in Deutschland....
2006.01.21
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Gestern als Seba von der Arbeit zurueckkam, sagte er dass er Toast Hawaii essen will, Toast mit Ananas, Schinken und Kaese. Es klang nicht so schwer aber ich musste noch einkaufen gehen. Bin aufgestanden, mich eingezogen. Der Supermarkt ist 30 Sekunden zu Fuss von seiner Wohnung. Er ist nicht so gross oder es gibt keine grosse Auswahl aber es gibt alles notwendiges. Sonnst kenne ich keinen anderen Supermarkt in der Naehe. Ich bin untergegangen. Mir war so schwindlich, so warm. Hatte so verschwitzt, konnte gar nicht richtig gehen, war Ausseratemen, hatte so schlechte Kopfweh. Ich finde mich gerade auch nicht so krank. Manchmal finde ich es total doof dass ich die ganze Zeit im Bett bleiben muss denn ich denke ich kann schon fast alles. Aber wenn ich was mache, merke ich dass ich gar nicht fit bin. Was ich ohne Gedanke machen konnte, als ich noch gesund war, es war zwar nur vor 2 Woche, faellt mir jetzt so schwer ein, sogar EInkaufen! Nachdem ich zurueckkam, war ich so traurig dass ich allein in der Kueche geweint habe. WOllte fuer ihn Toast Hawaii machen aber mit dem Weinen konnte nicht aufhoeren. Dann kam er zu mir und fragte was los mit mir ist."Mir geht es nicht drastisch besser. Seit 4 Tagen bin ich im Bett aber ich kann immer noch nicht ganz normal Alltag verbringen. Kann nicht problemlos einkaufen gehen, huste immer noch so viel, kann nicht richtig gehen......"Seba meinte"Nur langsam wirst du besser. Nur langsam aber immer besser.Und irgendwann bist du wieder komplett gesund"Dann hat er fuer mich Tee gemacht, mit Zucker. Der war etwas zu suess aber so lecker. Denn er rauchen wollte, musste ich von der Kueche raus ( er will nicht dass ich da bin wenn er raucht) und hab im Wohnzimmer TV gekuckt (laeuft ganzen Tag was langweiliges ohne Ende). Als er ins Wohnzimmer reinkam, hatte er Toast Hawaii, direkt vom Ofen, mitgenommen. Er wusste, ich war nicht so fit dass ich noch Toast Hawaii mache.Seit Tagen habe ich erst was richtiges gegessen. Das war so lecker. Beim Essen hat er gefragt " fuehlst du dich etwas besser?", hab nur bloss genickt und gesagt "danke". Wirklich, gut dass ich hier gekommen bin. Ohne ihm haette die Krankheit mich fertig gemacht. Heute geht's mir noch etwas besser. Ich habe noch 6 Antibiotikum, d.h. noch fuer 6 Tage. In 6 Tage bin ich wieder gesunde, hoffe ich.
2006.01.20
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Auf dem Weg nach HRO, wo Seba wohnt, ging es mir gar nicht gut. Von meiner Wohnung zur Ubahn Station, etwa 10 Minuten zu Fuss, habe ich mich so schlapp gefuehlt. In der Ubahn habe ich verschwitzt obwohl es gar nicht so warm war und so heftig gehustet. Beim knapp 3 stundigen Fahrt mit RE habe ich echt gut durchgehalten. Und jetzt bin ich allein in seiner Wohnung. Husten geht nicht komplett weg aber immer besser. Ich lege mich hin und sehe fern oder lese was. Ich kann kaum erwarten dass er zurueck kommt. Am Samstag fahren wir nach Berlin. Bis Sammstag muss ich unbedingt wieder fit sein. Ich fuehle mich hier so wohl. Gut dass ich krank geschrieben bin damit hierher kommen konnte.
2006.01.19
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週末のベルリン分も荷物を詰めた。体調が良くなったときにセバに美味しいものを作って上げられるように料理の本も持った。母親に電話で「セバがおいでって言うんだよ。笑っちゃうでしょ」と話したら、「あなたが自宅で一人で寝てるよりも、誰かと一緒だと分かっているほうが、ちゃんと食べてるかしらとか、買い物はどうしてるのかしらとか心配する必要がない」と言われた。それもそうか。と、思ってやっぱり本当にセバのところにいくことにした。電車が出るまであと1時間。抗生物質にすっかり参っている身体に鞭打って出かけなければ。咳が随分よくなったから大丈夫。大丈夫。
2006.01.18
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セバはアタクシがドクターストップがかかって働けないと知って大喜びをしていた。じゃあ、うちにオイデよ!でも私は病人よ、というと、そこで寝ててもここで寝てても変わらないよ、と言う。病欠してるのに自宅にいないのがばれたらやばいんじゃないかとハラハラする小心者のアタクシ。しかも片道2時間半って結構大変なのに。この病気の身体に、って2週間連続でそんなことをするから全然治らなかったに違いない。でも、セバのおうちを思い出して、セバのことを考えて、やっぱり最後の力を振り絞って行っちゃおうかなーと思う。抗生物質があれば怖くない。
2006.01.18
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医者から貰った抗生物質を飲んだらアスピリンもWICK MEDINEITもAKUT200も全然効かなかったのに、ちょっとよくなった。咳き込む回数が減り痰も前ほどドロドロしていないので、久々に夜中熟睡できた。今だから言えるが、本当はこの10日間、毎日辛かった。毎朝一番最初に会う同僚・ピーターに「オハヨウ」というたびに自分の声が一向に回復していないことに気がついて泣きたかったし、人と話すたびに咳き込んで電話を取るのも辛かったし、集中力はなかったし、午後遅くになると咳が酷くなり始めて仕事からの帰り道は間断なく咳が出て、強く咳をすると頭が痛くなるので結核の人みたいにコホコホ咳をして、熱から来る眩暈と闘いながら駅から自宅までの道を歩いて、アパートの階段でバランスを失って転げ落ちそうになったりして。それでも馬鹿みたいに毎日働いたのは日本人は病気でもはたらくという周りの冗談交じりの偏見とドイツ人と日本人は仕事への熱意が違うというのを示せという上司からの過度の圧力で、だから自分はたかが風邪気味と言い聞かせていた。医者から貰った欠勤届を今まで3度アタクシは捨てたことがある。提出したのに出勤することはできないが、提出していないなら出勤しても問題はないから。今回、欠勤届を提出して金曜日まで病人でいることを許された。アタクシだけ病人でいることが許されない会社なんてやっぱり絶対にどこか間違っている。こんな会社、ある日、突然、当然のように、無機質に辞めてやる。
2006.01.18
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腰が痛くて歩けなかったときも滑液胞腫で腕がパンパンに腫れたときもニコニコした顔で診てくれて的確な治療をしてくれた女医さんの所に今日も駆け込んだ。嗚呼、何でこの人はアタクシの痰が緑がかっていることも頭痛に悩まされていることも熱がずっと続いていることも全部わかるんだろうってくらいパパパっと問診して、そのあとその状況で働いてたらいつ肺炎になってもおかしくなかった、と説教をされた。それで今日から金曜日まで欠席届を書いてくれて10日分の抗生物質を処方してくれてあとはベットに直行するだけ!と言って送り出してくれた。なのに。アタクシまた会社!!!まだ会社!!!!まだまだ会社!!!!!!金曜日休むならあれもこれもやっておかないと、と思って一度会社に戻ってきたら結局帰れないわけ。泣ける。さっさと抗生物質を飲んで、ドローンとだるくなってデローンとベットに横になって、朦朧としながらウンウン唸りたいのに。お医者さんは、木曜日頃には良くなるはず、と言っていた。嗚呼良かった。金曜日からのベルリンは大丈夫そうだ。無茶だけど。どうせなら思い切ってセバのところにいって養生しようかな。馬鹿だけど。腰痛も腕の腫れも咳も治せる一般医ってやっぱり凄いよなー。眼科医よりも。ああ。家に帰りたい。
2006.01.17
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また別の薬を買ってしまった。咳・痰に直接効くACC AKUT2000。これで良くならなかったら今度こそ医者に行こうと思う。良くならないどころか効いてないんじゃないかと思うくらい昨晩は酷く咳き込んだ。気管に詰まった痰を排出しようと咳をするのに痰がドローリと濃厚なためなかなかでない。だから咳も自然と力みそのせいで気管が傷ついてボロボロになって痰に血が混じる。しかもその咳を繰り返すと何ともいえない頭痛に襲われる。って、普通ここまでひどいと医者に行くだろう。大体、アスピリン、VICK MEDINEIT、ACC AKUT2000を試したのに一向に回復の兆しが見えないってどういうことよ。咳き込みながら携帯で時刻をチェックしようとしたらセバからSMSが来ていた。おやすみなさい、お姫様。沢山の愛をこめて。早く元気にならなくちゃなぁ…。
2006.01.17
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体調が悪くなり始めた頃からセバがしきりに「妊娠じゃない?」と聞いていた。いやぁ、風邪だよ。と気軽にアスピリンを飲もうとするアタクシに「妊娠してたらアスピリンはダメだ!」と厳しく咎める。だから妊娠じゃないってば。と、気軽に飲みつづけたアスピリン、3日で6錠。それでもアタクシの妊娠説をなかなか撤回しないセバにピルを飲む期間と飲まない期間を具体的に教えてあげてそれをもとに身体のサイクルを説明して、月のモノがセバと会う金曜から日曜にかけては来ないことを納得してもらった。「妊娠してたら素敵だったのに」と、ちょっと残念そうにセバは言っていた。セバがそう言ってくれたのが嬉しかったのと、アタクシはまだそうは思えない感情が混ざり合って、結局何だかんだいって土壇場で思い切れないのはアタクシのほうなのかな、と呆れた。
2006.01.16
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風邪を引いたせいで微熱と喉が痛いんじゃなくて、これはもしかして喉に異常があるから微熱が続いているのかもしれない、と思った矢先に扁桃腺に変なシコリのようなものを発見した。横になっていると時々気管が詰まったような感じになる。身体はこれを出したくてこんなに咳をしているのか。一般内科じゃなくて耳鼻咽喉科に行かなくちゃダメだなーと思いながら結局会社にきた。医者に行く時間なんてない。相変わらずしゃきしゃき真っ直ぐ歩くこともできないのにこんなんで12時間働きとおせるのか、アタクシ。今週末はセバの友達が学会のためロシアからベルリンに来るらしくセバはアタクシとベルリンに行くことを計画している。早く治さなくちゃいけないのになぁ。
2006.01.16
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原因不明の微熱が続いて10日ほどになる。水を飲むのも辛かった喉の腫れが収まったと思ったら今度は酷い咳に3日以来悩まされている。嗚呼、明日本当に仕事にいけるんだろうか。明日仕事を休めば、今日R市から戻らずに、休日出勤の代休でお休みのセバに看病してもらえたが、一応戻ってきた。電車に揺られるだけでも大変だった。セバのところにいた間もずっとソファーに横になってセバが淹れてくれたお茶だのを飲んでダラダラしていた。ただの微熱と咳なのに全然良くならない焦りと病人特有のワガママさからセバに当り散らしたのにセバは優しく髪を撫でながら「だいじょうぶ、君は少し病気なだけだよ」と言ってくれた。そういう対応の上手さを見るとああこの人は本当にしっかりしたお医者さんなんだなぁと思う。金曜日にセバが作ってくれたチリコンカンも、土曜日に遊びにきたトミーが連れて行ってくれたインドレストランのカレーも、喉にとても悪そうで手をつけられなかったが(よりによってこんなときに・・・)。そろそろ本当に回復の兆しが見えてくれないと気力が持たない。
2006.01.15
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Geht's mir immer noch nicht gut. Am Freitag habe ich bei der Arbeit krankgemeldet und frueh nachmittag den Zug nach HRO genommen.Aber ich frage mich, warum ich hierher gekommen bin.Habe noch etwas Feber, Kopfschmerzen und Halsschmelzen mit Husten.Ich nehme soooo viele Medikamente aber nichts hilft. Letzte Nach war ich betrunken durch WICK MediNait. Ich fahre nach Hause.Alles macht mich traurig.
2006.01.13
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結局熱は37,5度までぶり返した。昨日が38度。月曜日が37,5度。要するに、全然治っていないということ。わかってるけど。一昨日は13時、昨日は16時まで働いて、今日は18時まで働けそう。セバにばれたら殺される。できるところまで全部終わらせて明日は絶対に休んでやる。この3日、「アタクシは病気です」オーラをギラギラさせながら働いたから誰もズル休みだと思わないだろう。午後早い速い電車で一目散にセバに会いに行かないと。相変わらず固形物も食べられず、食欲も全くなくて、熱が高くないと思ったら今度は酷い咳に悩まされるようになった。喉から出る空咳で咳をしてもしてもしてもしても全然楽にならない。喉の粘膜がきっとボロボロで水を飲むだけでもヒリヒリ痛い。しかも、アスピリンに身体が負けたのか湿疹がプツプツと。そりゃあ飲みすぎだからなぁ、魔法の薬、アスピリン。でもアスピリンは熱と頭痛の薬なので咳には効かない。咳が出るとよく服用しているジオメタノール フォルテは果たしてアスピリンと一緒に服用しても大丈夫なのだろうか。変な副作用が出たらどうしよう。どっちも空腹時には服用しちゃいけないのに、物が食べられないから空腹だろうと何だろうと飲むわけで、そうすると結構凄い。とくにアスピリン。きっと風邪が治る頃には胃がボロボロになってるだろう。風邪だけでこんな大騒ぎしていちゃ、ケニアで赤痢だのマラリアだのにかかったら子供みたいにおお泣きしそう。まだまだ修行が足りないのかも。
2006.01.12
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明日、病欠しようと心に決めていたら今日予定していたことが全部明日に延期。明日も仕事しないと穴が開いちゃう。泣ける。辛い。
2006.01.12
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昨日、家に帰ってきて熱を測ると38度超。道理で。急いでアスピリンを飲んでベットに入って2時間汗をかいて37,4度まで熱を下げた。セバは滅茶苦茶怒っていた。「病人なんだからベットで安静にしてないと絶対に良くならないんだから!」心細いのと叱られた凹みとで暫くメソメソ泣いて、その後もう一度電話して「明日仕事を休んでお医者さんに行って、診断書を書いてもらって明後日も仕事を休んで早めにそっちにいくね」と、言うと「いい子だ、いい子だ」と満足げなセバ。寝る前にもう一度アスピリンを飲んで一晩かけて物凄い汗をかいて汗起きたら結構楽になっていた。だから、アタクシ。また会社。会社大好き!仕事大好き!!!アスピリンの効果がきれる頃に熱がどのくらいまでぶり返すのか。念のため今日は体温計とアスピリンを持参してみた。怖いものなし。午後は時間を見つけて医者にいけるといいなぁ。辛いなぁ。今晩もセバに叱られるかなぁ。ドイツ人の同僚が「普通のドイツ人はそういうときはいつか折りを見つけて医者に行くものなんだけど…」と、言っていた。風邪で医者に行っても、ドイツでは日本みたいにポイポイ薬を処方してくれるとは限らない。抗生物質はよほどのことがないと貰えない。「病気は70%は患者本人が治すものなんだ」とセバは言っていた。たったの30%のために世の中にはゴマンという医者が偉そうにふんぞり返って仕事をしているのかー…。あれ!?大丈夫なの?と出勤してきたアタクシを見てみんなが開口一番言う。いいえ、ダメです。明日は休みます。と言ってやりたい。明日は絶対に休んでやる。今日でアスピリン3日目。毎日4錠ずつ飲みつづけている。絶対に身体に良くないような気がする。でもこれがないと働けないし眠れないし歩けない。
2006.01.12
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昨晩はアスピリンplus Cを一気に2錠服用したら2時間の間に物凄い量の汗をかいて体温が久々に36度台まで下がった。すごいぞ、アスピリン。でもせっかく水に溶かして飲む薬なんだからしかもビタミンC配合なんだからレモン味くらいつけてくれてもいいのに。でも結局薬で下げただけなので、またじりじりと熱は上がって今朝はまた37,4度。4日間固形物を口にしていないのが原因か微熱のせいか、眩暈が酷くて真っ直ぐあるけないほど。たかが37,5度そこそこもしっかり解熱できないなんて、見損なったぞアスピリン PLUS C!!!!!!!!しかし今日も職場にいる。会社大好き!仕事大好き!!ぷぷぷ。セバには「君は本当に悪い患者だ!」と怒られた。このまま無理を承知で働いて、金曜日に一気に悪化して、そのときこそ病欠をして、午前中のうちにこっそりR市へ向かう電車に乗ってセバに看病してもらおうっと。辛い…。
2006.01.11
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さっと働いて午前中で帰ってさっとベットに入ってアスピリンCでも飲んで大人しくしていてセバには今日ちゃんと仕事を休んだよ、と言うつもりだったのに携帯に9時59分に着信があったらしい。きっと自宅に電話しても出ないから怒って(?)携帯にかけてきたに違いない。ひいいいいい。観念して電話をすると呆れているセバ。本当は全然元気じゃなくてセバの声を聞いただけで泣きそうなくらい弱っているのに。そんなに長く働かないから大丈夫。もうすぐ帰る。そしたら家で養生するから平気平気。と、適当に言うアタクシ。帰れないのにさ。
2006.01.10
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怖いもの見たさで熱を測ってみたら37,8度。熱があるって言うのは38,5度からだというセバの見識を採用するとまだまだ熱には程遠い。ずっとふらふらしたり疲れやすかったのはやっぱり熱があったからなんだなぁ。しかも5日に渡って。喉が腫れて固形物が食べられないのでスープを飲んでさっさとベットに潜り込む。セバは、明日は病欠しなさい、とやかましい。あれもしなくちゃこれもしなくちゃと考えが頭をよぎる。9時前には寝たのに、暑かったり寒かったり魘されたりで眠りは浅い。心細い。朝、起きて熱を測ると37,6度。あんまり良くなっていない。これで仕事に行ったら絶対に今晩また辛いだろうとわかっていたのに一時間遅れで仕事に這って来た。声がまともにでないから電話の対応もままならないっちゅうのに。課長に頼んで午前中で帰らせてもらおうと思ったのに全然そんなこと聞ける雰囲気でもなくて今日もフル・プログラム。寒気がアタクシを襲う。と、思った次の瞬間には暑くて汗をかく。この繰り返し。最後に固形物を口にしたのは土曜日。セバと寿司を食べた。微熱は6日以来続いている。安静にしていないからしょうがない。後何日続くのかなー。38,5度まで悪化したら大手を振って仕事を休めるから早く悪化しないかなー。
2006.01.10
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今日はタンゴを泣く泣く病欠。熱がないと思うから平気、と言い張るアタクシに熱が出ないけど病気ってことはいくらでもあるんだと言っていたセバ。それに君は病人の匂いがする、と。病人の匂いってどんなだ?水も上手く飲み下せないので勿論固形物を食べると腫れた喉に当たって痛い。昨日やっぱりあのままセバに病欠届けを書いてもらってR市に残ってセバに湯たんぽを作ってもらって何時間か置きに聴診器で診察してもらってトマトのスープを作ってもらって、「冷たい足の味がする」とセバが言っていたハーブティーを淹れてもらって、「まずい」と言いながら飲み下すような病人生活を謳歌してれば良かった。何で、アタクシ働いてるんだろう。セバに「君にとって仕事ってそんなに大きな位置を占めてるんだよね」と言われたとき、驚いた。屈託なくそういうことを信じているセバに実は専業主婦希望、とか言い出せなかった。そうか、仕事人間に見えるのか、アタクシ。世の中の本当の仕事人間に申し訳ない。こんな極寒の北ドイツで一人風邪を引くよりもナイロビで赤痢になってセバと大騒ぎするほうを選びたかった。
2006.01.09
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咳が出て喉が痛いので、気管支や肺までやられていると大変だからと言ってセバがまた聴診器で診察をしてくれた。散々「ママ―、お医者さん怖いよー」と大騒ぎをして暴れたのに。セバのマイ聴診器は何故かオレンジ色。軽くエロイ。聴診器から聞こえるかすかな音に耳を澄ますセバの顔はやっぱりお医者さんで、この人はこんなに素敵な顔をして患者と向かい合ってるのかとセバの患者が羨ましくなった。「バスティン(とアタクシは彼を呼ぶ)は絶対にいいお医者さんになるよ」と、言うと少し照れたように笑っていた。自分はセンチメンタルすぎて人の死に耐えられそうにないから内科とか外科には進めない、と学生だった頃にセバは言っていた。本当にその通り、眼科などという、しかもコンタクトレンズの使用上の注意もわかっていないような物凄く特殊な分野に進んでしまった。この大学病院や、ケニアの研修や、一通りのことをきちんと学んだらすぐに開業したい、とことあるごとに言っている。そうしたら、職がある場所に住むんじゃなくて、住みたい場所で自由に働ける、と。そんなに長い目で見た将来のことを見据えながら毎日生きていたら時々不安になって塞ぎ込んでしまうのもしょうがない。ケニアに行くことだけでもアタクシはあわあわしているというのに。「ケニアに2年行くんです。僕たち」と、セバは自然に言う。「ボクタチ」と。アタクシはいつまでたっても「セバに付いていく」という意識が抜けない。「僕たち、ケニアに行きます」と言うと、ふたりが、セバとアタクシが主体なんだな、と思う。セバの意識の中ではそういうことになっているのだ。だからアタクシもケニアで何ができるのか準備しないといけない。
2006.01.09
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遠征先の日本語がかけないインターネット環境の中で遺言のような心細い思いで書いたのはつまり。セバと電話で話したセバパパがその次にかわったアタクシに「どうやら君の恋人、私の息子は、機嫌がよろしくないみたいだがどうしたのか知ってる?」と聞いたわけ。アタクシは、存じませぬ、と答えたらパパは「君はセバをぎゅーっと抱きしめてキスをしてあげた?」とやぶへびなことを聞くので、勿論です、と答えると満足そうに「じゃあ、これからもそうやってあげてくれ」とのこと。でも結局、ギュ-ッと抱きしめてキスをして助けてくれたのはセバだった。こっちとあっちを行き来するたびに別れるのが辛くなっていく。電車に乗ったセバを見送るのも、電車から小さくなっていくセバに手を振るのも本当に辛い。たったの5日なんだから、と言い聞かせても上手く行かない。二人なら強くなれる分、一人になったときの非力さを痛感してその状態で5日間働きとおす自信がなくなる。だからって、今は何も変えることが出来ない。とにかく今は辛抱強く働いてお金を貯めて、来るべき時がやってきたら二人で後ろを振り返らずにケニアに行く。長くてあと10ヶ月。大丈夫、と思えるときと、そんなに耐えられないと思う波が交互にやってきて今日は後者だった。朝からよく泣いた。馬鹿みたいに泣いたのできっとセバに馬鹿だと思われたに違いない。でもセバは泣いているアタクシを目の前に泣くなとも言わず理由も問いたださず、ただ抱きしめて繰り返しキスをしてくれた。嗚呼。セバパパが言っていたのはこういうことだったのか、と思った。アタクシはセバの同僚みたいに過去の類似した症例から治療法をアドバイスすることもできない。セバの親友のマイクみたいに今狙いどころの中国株の銘柄を列挙してその理由を言うことも出来ない。セバの高校の頃の友達のブリタみたいに共通の友人のフィリップの3番目の彼女の所在を教えてあげることもできない。留学時代の友達のトミーみたいにバレンシアで夜な夜な踊り明かした思い出話に花を咲かせることも出来ない。でも、セバはもう本当に凄く確信を持ってアタクシという人間を彼の人生の中に招きいれようとしている。それが嬉しくもあり、そして同時に身の置き場のない気持にさせる。一つだけアタクシにしかできないことがあるなら、それはセバパパが言ったように不安だったり哀しかったり不元気だったりするセバをギュ-っと抱きしめて何度もキスをして、理由はよくわからないけど、何だか大丈夫そうな気がする、と思えるような絶対的な安心感に包んで悲しみが去るのを一緒に待つことなんだなと思った。セバが今日してくれたように、アタクシもできているんだろうか。哀しい気持も、体調のくずつきも、セバが全部持っていってくれた。だからアタクシは久々に笑顔でセバにさようならを言うことが出来た。
2006.01.08
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Ich habe heute vor Seba geweint. So heftig hatte ich nie vor ihm geweint aber heute ging es mir gar nicht gut.Ich finde es einfach bloed, dass Seba hier wohnt und ich da wohne. Ich fuehle mich mit ihm so wohl dass ich glauben kann dass alles besser wird. Aber wenn ich mir vorstelle, wieder nach H-City zurueckzufahren, wieder 5 Tage durchzuarbeiten und zwar mit dem strengen, zu viel verlangenden Chef oder immer Abends nach Hause zurueckzukommen, wo keiner auf mich wartet, dunkel und kalt ist, dann mahle ich alles grau in grau. Mir faellt immer schweriger ein.Er koennte doch fuer mich krank schreiben. Dann koennte ich bis morgen Abend hier bleiben. Aber ich weiss dass ich heute noch zu Hause sein um morgen wieder zu arbeiten.Seba meinte, denn seine Wohnung ist gross genug, kann ich bei ihm ziehen wenn ich hier einen job kriege. Aber fraglich ob es sich lohnt, nur fuer 10 Monate, bis wir Kenia ziehen, umzuziehen und zu versuchen einzuarbeiten. Aber so geht auch nicht weiter 10 Monate. Vielleicht bin ich zu oft hier. So oft dass ich langsam denke, dass mein privates Leben es hier gibt wo Seba lebt. Mein Leben besteht zwei teile, einer ist Arbeit in H-city, noch einer ist Privat Leben in R-City. Ich fuehle mich wohler in seiner Wohnung als in meiner. Jede Moebelstueck bei ihm ist mit Erinnerung. Ein grosser Baum, den ich ihm geschenkt habe, der TV, den wir zusammen vom Saturn gebracht haben, ein grosser Kuehlschrank, der nur bis unter der Wohnung geliefert wurde, das hellblaues Bettlaken, das wir zusammen im September im Kaufhof gekauft haben und so weiter und so fort. Ich weiss soger ganz genau wann Seba letztes mal staubgesaugt hat, Kaffee gekauft hat, seit wann die Milch im Kuehlschrank steht. Es ist so kindlich, so was zu denken und deswegen so viel zu weinen. Wir koennen momentan nichts aendern. Wir muessen immer laecheln und uns fuer einer Weile verabschieden, nur fuer 5 Tagen. Das ist gar nich schlimm, sage ich mir immer aber ich wundere mich warum es mir immer so schweriger einfaellt. Doof.Letzte Nacht habe ich wieder mit Seba's Papa telefoniert. Er hat irgendwie gemerkt dass Seba auch etwas launisch ist und mich danach gefragt. Ich haette fast gesagt "Ach, es ist nix neues. Er ist immer so" aber natuerlich habe ich so was nicht gesagt weil der Papa auf seinen Sohn so stolz ist, kann ich nicht sein Gefuehl verletzen. "Hmmm, keine Ahnung was mit ihm los ist". Es war was ich ihm gesagt habe. Dann hat er gefragt " Hast du ihn ganz doll gedrueck und gekuesst?". Ich habe "ja" gesagt. Und er hat gesagt " Machst du bitte weiter so." Als ich heute wie Wahnsinnige geweint habe, hat er mich sooo doll gedrueckt und gekuesst. In seinen Armen war ich so sicher, zu mindestens konnte ich so glauben, warm und sanft. Ich hoffe, wenn er traurig/launisch/aengstlich ist und ich ihm druecke oder kuesse, kann er sich auch sicher fuehlen wich ich bei ihm.Zusammen sind wir etwas staerker aber 5 Tage von der Woche muessen wir beide alleine kaempfen. Alleine sind wir zu schwach. Noch 10 Monaten kann ich nicht durchhalten, glaube ich nicht.
2006.01.08
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Gestern war ich beim Fahrt nach HRO so schlapp.Aber denn ich habe letzte nach gut und laenger geschlafen, fuehle ich mich etwas fitter. Etwas Kopfschmerzen, Halsschmerzen und Schwindelgefuehl habe ich immer noch, obwohl ich bestimmt keinen Feber habe. Seba pflegt mich sehr sorgfertig. Ich muss nichts tun, was ich sonnst immer getan habe, Geschirr wegraeumen, Bett machen, staubsaugen... Ich lege mich im Bett hin und trinke Kraeutertee. Seba muss ein paar Stunde im Krankenhaus etwas arbeiten fuers Referat am Montag. Waehrend seiner Abwesenheit habe ich vor, einkaufen gehen um etwas Sushi zu machen. Reis, Makisu, Nori-Blaetter,Wasabi habe ich vom Haus mitgebracht, muss noch etwas Lachs und Gemuese kaufen. Zwar kenne ich die Stadt HRO nicht so gut aus und weiss nicht wo und was ueberhaupt gibt...Und am Abend gehen wir ins Kino. Seba ist echt geizig, ins Kino zu gehen. Normal Preis ist etwa 7 Euro oder so, also im Vergleich mit dem Japanischen Kino ist der Preis nicht ganz hoch aber er will nicht jedesmal 7 Euro bezahlen. Er hat unter der Woche immer sehr schlechte Laune, so schlecht dass ich auch telefonisch erkennen kann. Aber er meinte, wenn er am Wochenende mit mir ist, es ihm immer besser geht und wird immer positiver. Ich finde auch es bloed, dass wir so weireinander leben. Ich frage mich ob wir so weiter noch 10 Monaten durchhalten koennen. Hoffe, ich bei Ihm ziehen kann. Aber die Situation erlaubt mir nicht. Ich muss unbedingt arbeiten aber in HRO finde ich keinen Job. Seba hat gestern gefragt " bedautet dir die Arbeit so viel?". Eigentlich gar nicht aber das Leben in Deutschland, mit Seba, bedeutet so viel. Und fuers Leben muss ich wahnsinnig viel arbeiten. Du kannst dir kaum glauben wie doll ich dich liebe. viiiieeeel viiiieeeel mehr als du mich liebst. So hat Seba gestern gesagt. Aber ich glaube immer noch dass ich ihm liebe mehr als er mich. Wie kann man messen wer jemanden liebt mehr als andere? Ist es besser wenn man messen konnte oder besser nicht so? Aber einzig was ich weiss ist dass er mich so liebt. Zu mindestens so viel wie ich ihm liebe.... muss los zum Supermarkt.
2006.01.07
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クリスマスの一連のセバパパママの話しをしたら、他支店の課長は大笑いしながら「そろそろ年貢の納め時じゃない?」と言い出した。いやぁ、まだ結婚はいいです。と、言い張るアタクシに課長殿が凄い計画を立ててくれた。その全容をご紹介。近日中に妊娠をする。2月の終わりから3月のはじめにかけて妊娠発覚。こりゃあ、めでたいけど大変だ、ということで急遽6月のセバ姉の結婚式に混ぜてもらって合同結婚式を挙げる。しかし別居婚。産休に入るころセバが一人ナイロビへ発つ。赤子が飛行機に乗れるようになるころにアタクシは2年間の育児休暇を貰ってセバを追ってナイロビへ。2年間ナイロビでノンビリ子育てをした後、ドイツで職場復帰。完璧な計画、と課長殿は言っていたが。今、アタクシ達の間に子供が生まれたら可哀想だなぁ、と思う。その子供が。セバとアタクシは200Km離れた街に暮してお互い自分のことだけで精一杯だし、二人とも物凄く貧乏だし。だからアタクシはまだ年貢なんて納めない。妊娠もしないし、6月に結婚もしないし、産休も育児休暇も取らない。その前にやらなくちゃいけないことがまだまだ沢山ある。セバとアタクシには。「ふたりならだいじょうぶだよね?一緒なら少しだけ強くなれるよね」とセバが昨日言っていた。嗚呼、この人も不安なんだろうな。アタクシが不安なのと一緒で。「うん。ふたりならきっとへいき。ぜったいにつよくなれる」
2006.01.06
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昨日セバが仕事をずる休みした。医者のくせに仮病使うなよ、と思った。アタクシは何だか体調がすぐれず、明け方に気持ちの悪い汗をかいて目を覚ましてから再び寝付けなかった。今日はセバの街まで行くので2時間半の長旅(?)なのに、持ちこらえられるか心配である。朝メールをチェックしたら少し遅い新年の挨拶が届いていた。今君が世界のどのあたりにいるのかわかりませんが、君がいつも微笑を浮かべて生きていけるように世界が君にたいして優しくあるようにお祈りしています。手短で、適度に心がこもっていて、いいメールだった。あの人らしいなぁ、と思った。
2006.01.06
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週に2回フィットネスに行くと決めた年始の目標は第一週目にして挫折。熱があるなら仕方がないと自分に言い聞かせているのに熱が出る兆候もなかったので腑に落ちなくて口惜しい。嗚呼、口惜しい。もしここでフィットネスに行って、明日物凄く具合が悪くなってセバの誕生日に会いに行ってあげられなくて病床に臥すなんてふがいないにも程があるから泣く泣くフィットネスは諦める。普段熱なんて出さないので、体温計をダニエルくんの家に置いたまま飛び出てきてしまい帰りに薬局で体温計を買う。ついでに薬も買おうかな。っつーか、何の薬がいいんだろう。アスピリン?ウチの先生に聞いてみよう。ウチの先生、というのは母親が父親を呼ぶときに冗談交じりで使っていた。ウチの娘、ウチの息子、ウチの先生。父が前までウチの先生だったのに今はセバがウチの先生だ。私の先生。明日までに治るかなー。
2006.01.05
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微熱が絶対にあるような足のふらつきと顔の火照り。今朝は喉が少し痛いだけだったのに。今日は定時で仕事を終えてから買い物に行ってフィットネスを2コースこなそうと思ってたのに。明日はセバのところに行って、劇的に誕生日おめでとうの抱擁をする予定だったのに。ついてない。無理を承知で上記の計画は敢行するけど。
2006.01.05
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母から、どこそこさんのお宅の●●ちゃんが結婚するんですって年賀状が来てたわ、というメールを貰った。アタクシよりも年下の女の子だ。今月20日にはアタクシより年下の男の子の結婚式だ。誰かが結婚する、とか、誰かの孫が、とかいう話を母がするとき「あー、きっと羨ましいと思ってるんだろうなぁ」とアタクシは勘ぐる。母親自身が若くして結婚をし、子供を産んだので彼女にとってアタクシはきっと不可解な存在に違いない。母がアタクシの年齢だった頃、兄はすでに小学生だったわけで。アタクシにとってはそっちのほうがよほど不可解な出来事だ。メールの返事に、「わたしも今年はビックなことを企画中でーす」と書いてやろうと(偉そう)思ったが、ああついにうちのこも結婚ね、と早とちりして喜ばせてはいけないので、このメールは無視することにした。ケニアにセバと行くことをどのタイミングで言えばいいのか、まだ迷っている。セバの受け入れ先や奨学金の話がハッキリしたら、とは思うのだが、どうして勝手に決めちゃったの?と責められたら胸が痛む。でも、今の段階から話をちらつかせて余計な心労を与えるのも避けたい。ケニアなんて絶対にダメだ。と言われそうだ。でもこれはつまり、リカちゃん人形の法則なのである。子供にリカちゃん人形を買い与えたら、そのあとも子供が人形の家だの洋服だの家族の人形だのを欲しがることを見通しておかなければならない。プレステを買ってあげればゲームも買ってあげ続けなければいけないのも同じこと。ドイツにちょっと留学したい、と言い出したコムスメが、もっとドイツに長くいたいと言い出したのも、やっぱりドイツで働きたいと言い出したものそれから恋人に付いてケニアに行くと言い出すのも、全部「ちょっとドイツに留学」から派生した、リカちゃん人形の洋服、プレステのゲームみたいなものだ。とはいえ、ドイツでの全部をかなぐり捨ててケニアに行くのはやっぱりちょっと申し訳ない。ケニアでの結婚式には日本から来てくれるのかなぁ、とふと考えて「危ないから来ない方がいいよ」と言いそうになるだろうと想像した。その「危ない」国に住もうとしているのは何処の誰だよ。たったの2年だけ。一生住むわけじゃないから大丈夫。としか、上手い言葉が見つからない。ナイロビは標高が高いからマラリアの心配はないのよ。気をつけるのは赤痢だけ。とか赤痢になってもだいじょうぶ。セバはお医者さんだから。眼科だけど。とか誘拐されても大丈夫。身代金はセバの月給から賄えるレベルだから。とか説得力のない説得ばかりが頭に浮かんでくる。アタクシはセバと一緒じゃないと幸せじゃない、って言ったとしてもそれとこれは別問題だろう。嗚呼。ケニアに行くまでに問題が一杯。親を説き伏せるなんてその問題の氷山の一角でしかないわけで。
2006.01.05
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昨日、具体的にいつケニアに行くのかという話になった。セバは「半年から一年後」という目安で交渉をしている。半年後なら心の準備が出来てないし、一年後なら間延びしてしまう。「8月の終わりか、9月のはじめかな」と、セバ。良かった。ドイツの夏をあと一回だけ過ごすことができる。と、物凄く安心した。なかなか日が暮れない北ドイツの夏の宵、滴るような緑の色、朝のジョギングの空気。あと一度だけ。去年の夏、セバと久々にL市で会った時、自分が一年後にナイロビに行くことになるなんて思ってもみなかった。あと8ヶ月。日常生活を楽しみながら、やることが沢山ある。職場の壁に貼ってある世界地図を見るたびに、ドイツからも日本からもケニアがとても遠くにあることを思い知らされる。そして、不安になる。大丈夫かな、アタクシ。と。セバは、ケニアに2年暮すなんて誰にでもできる体験じゃない。そういう異文化に触れるのは素敵なことだよ。と、いつも言う。アタクシはセバほど柔軟じゃないのかもしれない。昨日、ある人から誕生日カードを貰った。おめでとうとかそういうことは一切書いてなくて、ただ歌詞の一説が書いてあるだけだった。good friends we have had,oh good friends we've lost along the wayIn this bright futureyou can't forget your pastSo dry your tears I say この歌をアタクシが大好きだと知っている人。この歌をアタクシが今必要だとわかっている人。嬉しくて、セバにも同じ一節をSMSで送った。そうだ。アタクシ達の未来は明るい。
2006.01.05
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最悪の場合、セバが先にケニアに行ってアタクシが後から行くという選択肢もある。できればその離れ離れの期間は一年以内であればいいけど、と思っていた。セバがいなくなってしまうのを考えるとアタクシは凹む。2月に一人でケニアに2週間行くことですら、その2週間はアタクシにとって一日千秋に思えるに違いない。でも、もしももしもアタクシがいなくならざるをえなくなったら。この街からこの国からこの大陸からセバより先に。どうしたらいいのかだんだんわからなくなってきた。
2006.01.04
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昨日は仕事の後フィットネスに行こうと思ったが、とても混んでいるコースなのでゲンナリして、急遽買い物に行った。セバがよく着ているのは、ラルフとラコステ。ラルフはアタクシもだ・い・す・きでこの街にある直営店にはとてもお世話になっている。19時閉店のぎりぎり5分前に駆け込んで、コットンセーターとマフラーと皮の手袋を買って立派な箱に入れてもらった。本当はセバは誕生日にはふわふわしててあったかくて気持ちいい絨毯が欲しいと言っているのだが、それは土曜日に一緒に買いに行くことにしよう。実はセバはスーパーラストミ二ッツで2月の頭から2週間ケニアに行こうとしている。アタクシはそんな急に休暇は取れないし、2月6日からの一週間は同僚がスキーに行くから、頑張っても13日からの一週間がせいぜいである。でもセバは最初の一週間はモンバサ、次の週はナイロビ、と計画を立てたらしく、ナイロビでは主に研修受け入れ先との調整に入るのでアタクシと一緒にサファリに行くような余裕はないから、モンバサで一緒にゆっくりしたかった、と言われた。アタクシはどうせ一緒に行くのは無理だろうと思ってさっさとスペイン語講座の予定を入れてしまったし、別にどうしても行きたいわけではない。いや、下見もかねて行っておいたほうがいいのはわかっているのだが。でも残念そうなセバを見ると胸が痛む。金曜日は今年に入って初めてR市へ行く。セバの誕生日。今週乗り切れるかな、というくらいの仕事の量でしかもやる気がないので全然進まず残業もしていない。やっぱり臨機応変に休暇が取れるような職場じゃないとモチベーションもさがるわけで、そこは飴と鞭のバランスが大事なのではないかと思う。ちなみに、かなりいい所らしい。モンバサ。日本にいる友達が「いつかモンバサに行きたいと思ってたんだ。君がケニアに行ったら絶対に遊びに行くからモンバサに連れて行け」と、言っていた。惜しいような気もする。スーパーラストミ二ッツで300ユーロ前後からあるものと思われ。惜しいような気がしてきた。
2006.01.04
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セバは多分人間的にというか精神的にとても複雑な人で辛そうだな、と時々思う。アタクシが傍にいないとちゃんと眠れないときと一人で真っ暗な閉鎖された空間じゃないとちゃんと眠れないときが交互に来る。「僕、おかしいのかな。医者に診てもらおうかな」と言うセバに、そう言うのってきっと誰にでもあることだよ。私も窓がない部屋じゃないと良く眠れないし、雨の明け方には怖い夢を見るよ。と、何となく励ましてみた。彼は自分のそういう部分をとても畏れている。そしてそれが彼自身をさらに混乱させることがある。本当は子供が大好きなのに、「病的な気分屋」(アタクシはそうは思わないが)の自分が子供を持つことなんてできるんだろうか、と本気で悩んでいる。だから12月の雨の夕方に「土曜日10回のうち7回僕が普通だったら子供が欲しい」と、言っていた。あれから3回の土曜日を過ごし、セバは普通以上に普通だった。あと7回のうち4回普通だったら、彼は大丈夫だと思えるだろう。この間、その話になったときにセバは考えて躊躇しながら提案をした。「ケニアで産むのはどうかな」ケニアで出産は辛そうだなぁと想像できないながらも思ってみる。大丈夫。僕の働く(予定の)大学病院は清潔で設備も整ってるから。と、力づけるセバ。ケニアでアタクシが10週間心身健康で過ごせたら考えてもいいけど。と、返事をするのがやっとだった。みんなどこかしら問題を抱えてそれでも乗り越えなくちゃいけないことがあるとはいえ、ケニアで出産はそういう部類の問題とはちょっと違うような気がするのだが。
2006.01.03
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