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みっちり絞られた。まー、ミスは認めるがそれに派生して経験不足ゆえの過去の「うっかり」を今さら蒸し返さなくてもいいじゃ~ん、と思った。が、アタクシ、前職で叱られ慣れてしまっている。朝会社に行くと、上司から「仕事を舐めるなよ」とか「貴職には失望しました」とかメールが来ているのである。も~、あのロータスノートを開くときのアドレナリンの放出具合といったらすごかった。そこから上司から電話が来るまでの約一時間(?)、ギロチンが落ちてくる瞬間を待つくらいのものだった。そんな、叱られ百戦錬磨のあたくし、元気そのもの。と、思っていた。大丈夫?と心配するメールにも「こんなこと言われちゃった!」とあっさり書いて送ったら、「どんな気持ちかよくわかるよ!あとでゆっくり話そうね」と叱られた張本人であるアタクシよりも感傷的になっているメールが来た。それを読んだら何故か泣けてきた。叱られたことでもなく、ミスをしたことでもなく、心配してくれる人がいることに。そりゃ今までも、心配してくれる人くらいて、もう完膚なきまでに孤独で落ち込んで、なんてこともほとんどなかったのに、最近は「ひとりじゃない」ということが身にしみて嬉しい。歳取ったのか?弱気になってるのか?なんだろう。これが本当に身にしみるほど「ひとりじゃない」ということだったらいいのになあ。
2008.01.31
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勝負の週とか言っておきながら締切が延びたのでみんなで安堵のため息をついた。ここで気を抜いたらまた後で痛い目に遭いそうなんだけど・・・。気がつけば早いもので日本に帰ってきて11ヶ月になろうとしている。この一年は、ひたすら自己肯定のための闘いだった。自己肯定というのは、自分だけを肯定するんじゃなくて、自分が置かれている環境や関わっている人たちの中での自分の在り方を受け入れることなんだと知った。色んな人に出会って、腹が立ったり、許せなかったり、嬉しかったりした。そして、今は悩んだり落ち込んだ分、これでよかったと思える状況と人々に囲まれている。不安や疑問はまだまだ尽きないけど、長い目で見たときにこの一年をいつか後悔することは恐らくないだろう。自分では前に進んでいるつもりで、実はただ横に移動しているだけかもしれない。でも、それでもいいや、と最近は思う。二年目はきっともっとステキになる予感。Todo va bien.
2008.01.30
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本当に今週は勝負の週だ。クビになったらまたドイツに行ってやる。と先週大騒ぎをして、週末は昏々と眠り続け、その後でメソメソ泣いたり放心状態になったりして、心配をかけた人がいる。だから、夕方になると電話が鳴る。どうだった?終わりそう?と心配してくれている。心配してくれる割には、同じくらい胃の痛む悩みを抱えているその人は、不満げな声でその日の出来事を説明する。クビになったらドイツに行く、とアタクシが言っているのはもちろん冗談半分の現実逃避な妄想である。でも、あの人がもう日本はいや、と言ってしまったら、本当にここからいなくなってしまう。いなくなるときが早まってしまう。あたくしはそのときどうしたらいいんだろう。おいていくかおいていかれるか、早いのか遅いのかの違いだけなのだろうか。
2008.01.29
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昨日テレビにジェーン・バーキンが出ていてこういうひとになりたいと思ってしまった。表向きは「清楚で美しいから」と理由をつけて若かりし頃のカトリーヌ・ドヌーヴが好き、ということになっているが自然体を通り越した破天荒なジェーン・バーキンの好感度は大きい。あたくしもバーキン・バッグを履きこんだコンバースで踏みつけてみたいな~。やはり、独創性とか破天荒振りというのは経済的余裕があってこそ発揮されるものなのだろうか・・・。
2008.01.29
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あーあ。と、思う。赤い鼻した顔で空を見上げてあーあ。と、思う。もういやだもういやだもういやだと、この一年で何度も思ったけど、また同じことをしてしまうんだろうな。一緒に来てと言われたら、武士道の精神みたいに3回息をする間にさっさと決めて、さっさと頷いてしまうんだろうな。一緒にアフリカに来て、と言われたら。今度は何処になるんだろう。マリ?スーダン?エチオピアには行ってみたいけど。ぜんぶ、フィデルのせい という映画を観たので「ぜんぶ、○○のせい」というのが流行っている。ぜんぶ、わたしのせいぜんぶ、あなたのせいぜんぶ、愛のせい
2008.01.28
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いろいろあるんだけど。仕事が一杯だったり時間が上手く使えなかったり胃がキリキリ痛かったり借金(?)があったりでもこんなんでも、あたくしは幸せなのかもしれないと思えるのは、想っている人に想われているということ。
2008.01.27
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気がつけば12時間も寝ていた。待っているのはお持ち帰りした仕事。 なのに、これを乗り切ったら買う自分へのご褒美を検索してばっかり…
2008.01.26
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忙しくて疲れていて病気で不安で。優しくしてくれる人に優しくなれない。沸いてきて止まらなくなってしまったあの不安に心が蝕まれていく。それでも夜に話して慰められ泣きそうになり最後には温かい気持ちで目を閉じた。Gestern Nacht konnt ich nicht schlafenDaß du da warst tat mir gut誰かが歌っていた歌の一部。どうなるか全然わからないけれど、少なくてももう少し素直に生きたい。
2008.01.24
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昨日、ついうっかり素で物凄く酷いことを口にしたような気がする。自分で言ってびっくりした。相手もびっくりしていた。こうなったらどうしようと常々心配していることだったのに話者であるアタクシは当然そうなるでしょと前提して喋っていた。うひゃ~。これじゃあただのひねくれものである。と思ったら、非常に類似したテーマでまた同じような趣旨の意見をメールに書いてしまった。予防線を張っているのがバレバレだ・・・。胃が痛く、喉も痛いけど心が一番痛んで弱っている。
2008.01.23
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痛い。胃が痛い。痛い。痛い。痛い。胃腸だけは丈夫だったアタクシなのに、年末辺りから胃の調子が変でここ数日はとにかく断続的な痛みに襲われる。この間の胃腸炎のときに最後まで薬を飲みきらなかったのがまずかったのか・・・。考えても治らない。待っても治らない。治らないくせに、ついコーヒーだのチョコレートだのに手が伸びてしまう。そしてのた打ち回る。ただの馬鹿。各方面に心配をかけて、いい加減に医者に行きなさい!とキレられたのとそろそろ我慢することで体力気力を消耗してきたので潮時と思い今日の仕事の後に医者に診てもらえるように予約した。また胃炎かも。
2008.01.22
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なんなんだこれは、と思う。この、圧倒的で、絶対的で、決定的な、優しさ。今まで肩肘を張ってきて生きてきて傷つかないために誰かを傷つけて怒りを悲しみに変えて恐れを力にしてここまできたアタクシが気が付けば扱いに困ってしまうほどの優しさの中にいる。強くなるより優しくなりたかったんだった、と思い出した。あの優しさがアタクシの中にも入ってくればいいのになと思う一方でアタクシにないから求め続ける必然性の言い訳にできる気もする。きっと上手く行く、きっとダイジョウブ、このままゆっくり、たしかにすすんでいきたい
2008.01.21
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秘境温泉に行ってきた。日本にもこんなすごいところがあるのか!と唖然とするぐらいの秘境にあって、日本アルプスの山並みが見える、これがアルプス一万尺なのね!と感激した。温泉も御飯もお部屋も本当に良くて、一緒に行った友達が人生で行った温泉の中で一番良かった、と太鼓判を押していたほど。そのあと近くに小さなスキー場を見つけたので、レンタルスキーで滑ることに。スキーはいつもフランスのアルプスでやってました、という友達はちょっと物足りなさ気だったけど、万年初心者のアタクシは満足。今日は一瞬一瞬が本当にステキだった!と口々に言っていた。
2008.01.21
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今日はフランス映画を観る。ぜんぶ、フィデルのせいがよかったのだが今週末からの公開で、(あたくしは温泉に行くので)来週末までおあずけ。なので、映画館のHPで上映中の映画を調べていたらここに幸ありという別のフランス映画を上演していることを知った。しかも今日まで!日本での評判はわからないが本国フランスではなかなかいい評価を得た作品らしい。アタクシはそれでも『ぜんぶ、フィデルのせい』が楽しみなのだが。そして温泉旅行の分も含めて2泊分の荷物を恵比寿に持っていくアタクシ。何か、格好悪い。楽しい楽しい週末。楽しいものを観て、美味しいものを食べて、いっぱいお喋りをして、ぐっすり眠る。あと何回こんな週末を送れるんだろうなぁ、と考えてみる。そしてすぐに考えるのをやめる。散々辛かったんだから、これから来る辛さにはもうすこし目を伏せていたい。
2008.01.18
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Warum? Warum wird uns,was schoen war,im Rueckblick dadurch bruechig, dass es haessliche Wahrheiten verbarg? Warum vergaellt es die Erinnerung an glueckliche Ehjahre, wenn sich herausstellt, dass der andere die ganzen Jahren einen Geliebten hatte? Weil man in einer solchen Lage nicht gluecklich sein kann? Aber man war gluecklich! Manchmal haelt die Erinnerung dem Glueck schon dann die Treue nicht, wenn das Ende schmelzlich war. Weil Glueck nur stimmt,wenn es ewig haelt? Weil schmerzlich nur enden kann, was schmerzlich gewesen ist, unbewusst und unerkannt? Aber was ist unbewusst und unerkannter Schmerz? とても大好きで何度も読んだ小説の中のとても大好きな段落。どうして、幸せだった誰かとの関係は相手がずっと浮気をしていたとわかったとたん台無しになってしまうんだろう。それはそういう状況では幸せになれないから?でも実際に幸せだったのに!幸せは永遠に続かなければ、正しい幸せではないのか。無意識で気がつかなくても、辛かったことは、辛さを伴って終わるしかないのか。じゃあ”無意識で気がつかない辛さ”って何?ということが書いてあるのだが、逆を言えば「相手が浮気をしていたからと言って、自分たちが一緒にいたときのあの幸せが消えるわけじゃない。」という内容。どうしてアタクシがこの部分が好きかというと、自分がそうは思えない人間だから。幸せだったけど、幸せになれないことはやっぱり辛い。だからこの小説の主人公のように思えることは憧れる。尊敬に値する。これをよく読んだ数年前はこの小説に共感したり羨ましがったり泣いたりした。今、ちょっと離れた観点で読んでみるとどうだろうと思って読み直したがアタクシのスタンスは変わらない。永遠に続かない幸せは無意味だとは思わない。ただ、続けばいいなぁとやはり切に願ってしまう。
2008.01.17
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普段日本語を話さない人が暫く考えてから言ったあなたにはじめてあったのはここです。その人が「ここ」であたくしに会ってからの変化よりもあたくしが「ここ」でその人に会ってからの変化の方が大きかったような気がする。見えなかったものを見せてくれた。「ここ」で何かが終わり、何かが始まったのだと思った。
2008.01.16
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久々に打ちのめされた。アタクシは甘えていただけなんだと見せ付けられた。完膚なきまでに。そこれが気持ちいい。底から這い上がってやろうと言う気合が沸いてくる。まー、フランス人が二人してフランス語でべらべら喋っているのを聞いて、全然分からなくて呆然としてしまうのはしょうがないといえばしょうがないんだけど、悔しくて、いつかその会話に参戦してやろうと心に決めただけの話なんだけど。そしてその後何故かGODIVAのバレンタインチョコレートを男に買ってもらって機嫌を直して家に帰ったアタクシ。
2008.01.16
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高田馬場のジャズ喫茶でコーヒーを飲んだり下北沢のイタリアンでランチしたり麻布十番のフレンチでディナーを食べたり恵比寿のGODIVAでチョコレートを買ってもらったり横浜中華街で豚まんを食べたり銀座で寿司をご馳走になったりいろいろ食べたここ数日ではあったけど、疲れが胃に来ているらしく一番美味しく感じるのが、家で作ったお粥、というのがちょっと皆さんに申し訳ない。養生しなければ。週末はついにあの秘境温泉に行くことになっているんだから!
2008.01.15
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酔っ払うと眠くなって、眠気を我慢していると欠伸がどんどん出てあまりの欠伸の回数に涙が溢れてきて、何度も涙を拭いているので遠慮してお店の人が避けていた。そのくらい酔っ払ったのに習慣なのでデザートを頼んで思ったよりも大きな器に入っている思ったよりも甘いチョコレートムースを完食してちょっと吐き家に襲われた。そんな土曜日の夜。アタクシは幸せだなぁと思った。つくづく思った。全部この幸せのためだったんだったら今までの苦労なんてちっぽけだったと言えるくらい。この幸せな気持をちょっと切り取って、あとで何度も何度も思い出せるように手帳に挟んで置けたらいいのになぁと仄かに思った。
2008.01.14
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今日は、名画座で映画を2本観てからジャズ喫茶でまったりする予定。明日は、シモキタで友達とランチをしてから広尾・六本木界隈に移動して少し遅れた誕生日ご飯会を開く。明後日は、久々に横浜に行く。2007年報道新聞店を見たい。移動中は勉強と読書。誰かがいて誰もいない私の日々。でもこれでいいような気もする。
2008.01.12
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一月はいろいろ締切があるので忙しい。極端に言えば、一月だけ猛烈に働けばあとの11ヶ月は結構楽だ。いいのかそれで。今日久々に上司と挨拶以上の話しをしたら、プロジェクトの期間が延長になったのでアタクシの契約も延びそうだと言っていた。同じ職場の人はみんな学者肌で、オフィスも美しくないしお昼だべる場所は少ないし、嫌なところもあるけどその分、人間関係でのストレスはないし、休みも取りやすいし家から近いし、残業はないし、そのくせ給料は悪くない。というわけで、もう少し感謝をしつつ働こうと思う。
2008.01.11
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すっかり忘れてたけど、周りにいる人たちがとてもいい人だからと言って自分までいい人間になれたわけじゃないんだよな~・・・。・・・・凹。
2008.01.10
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連絡が途絶えていた友達が、日本にいることが分かってネットで調べたらあっけなくメールアドレスまで見つけることが出来た。でも暫く迷っていた。ケンかをしたとかそういうわけではないが、連絡が絶対に取れなかったわけではないのにお互いが取ろうとしなかった事実への後ろめたさとそのことから考えられる「相手は今さら嬉しくないんじゃないか」という危惧。というわけで放っておいた。しかし、2008年。「というわけで放っておいた」を辞めようと思った。ドイツで何かするときに「”いいえ”をいわれる以上のことは起こらない」と周りの人が口々に言ってくれた。つまり、ここでアタクシがメールを送ったとして想定される”最悪”のことは返事が来ないことだけ。故意に無視されたのかとかそういう後味の悪さは残るとしても、「あなたなんて大嫌い」と唐突に返事が来る状況でもないし。ということでメールを送った。お元気ですか、から始まって、手短に「あれからこんなあんなそんなことがあって今は日本に戻ってます。」と近況報告を書いてささっと送った。数分後にメールが来たので、きっと届かずに戻ってきたのか、と思ったら返事が来ていた。「うそみたい!嬉しい~。お帰りなさい!元気?」と、書いてあったのを読んで安心した。「話すことがたくさんあるんでしょ?いつが暇?」と結ばれていた。あー。物事って肩の力を抜いて向き合うと、物事が肩の力を抜いてこっちに歩み寄ってくれるってあるんだなー。と思った出来事。歩み寄りの最初の一歩が自分であることがいつもちょっと悔しかったけどその変なプライドを捨てればこんなにいいことがあるのか。まあ。だからといって、他所でした不義理が帳消しになるわけでもないんだけど。
2008.01.09
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以前働いていた例の会社の例の鬼軍曹のような日本人上司に最初の頃教えてもらった言葉。これは、ト●タだかの世界的企業の偉い人(という表現が稚拙で説得力がなくなりそうだけど)が言ったらしい。すぐにやる。できるまでやる。なんどもやる。鬼軍曹の説教は殆ど忘れてしまったが、この言葉は何かあるたびに良く思い出す。残念ながら仕事の場では全然実践できていないが、これって人間の行動全般の理想のような気がする。ま、すぐにやることが必ずしもいいことではないにしろ、出来るまでやる、というのと、何度もやるというのは実践していきたいところ。と、さっきフランス語を勉強しながら思った。
2008.01.08
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次の海外旅行はブエノスアイレスを含む南米に行きたい。冬のブエノスアイレス。その前に、次の旅行が迫っている。と、言っても国内の一泊旅行だけど。ドイツにいる間中、”雪がどっさり降った場所で露天風呂を楽しむ”ことがやたらと憧れだった。それをかなえるべくインターネットで検索していたらどうしても行きたい旅館を見つけて、居ても立ってもいられなくなって電話をかけてしまった。今月は19日の週末と26日の週末に空きがありますが2月は23日まで一杯ですね~。とのお返事。あいにくアタクシは26日に用事がある。でも2月23日まで待っていられない。ということで19日に予約してしまった。ま、これは自分から自分への誕生日プレゼントということで。
2008.01.08
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このまま何も波風が立たずに穏やかに過ごせますようにと珍しく願っているアタクシ。大事なものがあると守りに入ってしまうのはこういうことなのか、とやっと分かった感じがする。そういうアタクシにしてくれた日々。そこにいれば自分が安全で安心していられるから、自分の悪いところが息を潜めてしまうのがわかる。あー。これを手放したどうやって生きていけばいいんだ。
2008.01.07
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あたくしと一緒に笑ってた人。あたくしと一緒に感動してた人。あたくしを心配してくれた人。あたくしを慰めてくれた人。あたくしをちょっと怒った人。あたくしと一緒に食べた人。あたくしと一緒に昼寝した人。あたくしと車の長旅に耐えた人。言葉がなかなか通じない国で(ベトナムは思ったよりも英語が通じなかった!)2週間寝食を共にした人が近くにいなくて何だか変な感じがする。いつもの旅行とは違う意味でいい旅行だった。
2008.01.06
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半分病気のままベトナムに旅立って二日目からデルタ地帯のサイクリングが予定されていて死んじゃうよー、と思ったものの、ベトナムに到着したとたん体調が回復して予定されていた計画を全部こなした。東京にいながら感じている「ここにいる違和感」と東京からベトナムに行って「そこ(東京)にいない違和感」に大差がなくて、やっぱりアタクシはこの違和感と共存していくべきなんだなあと思った。大晦日の夜はヘトヘトで、10時半にぐうぐう寝てしまった。誕生日の日は、なくなった祖母の夢を見た後で、友達が日本語で誕生日の歌を歌ってくれて、嬉しくて泣いた。たくさん観て食べて聴いて話して歩いて笑って泣いて怒って思った2週間だった。今までは大事な誰かを訪ねたり何かを探したりするために世界中に行ったけど大事な誰かと一緒にどこかに行けるような旅を今後はしたいと切に思った。そんなわけで暮れて明けて歳を取った。
2008.01.05
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