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ぶらぶらと表参道に買い物に行った。お気に入りの靴屋から誕生日月の割引カードが来ていて、それが今日までだったのだ。表参道に行くと必ずク*ヨンハウスの有機料理バイキングに行く。母親には、青山にいるのに何でそんな地味なものを食べるんだ、と不思議がられる。ここは野菜がおいしい。野菜がおいしく味わえる料理法と味付けをしてある。嗚呼、おいしかった。そのあと青山から半蔵門の方に歩いた。快晴で風が強くて空気が乾いていて、息を吸い込むと東京の冬の匂いがした。高校生のころジョギングをさせられたころと同じ空気。そしてライアンと一緒に東京をあるいていたときと同じ空気。それなのにアタクシはもう高校生でもないし、隣にライアンもいない。それがものすごく悲しく思えて、風に向かって歩きながら泣きたかった。立ち止まったらベソをかいてしまいそうだったからどんどんどんどん歩いて結局竹橋についてしまった。高校生のころ、好きだった人に電話をした公衆電話がまだあった。それから電車に乗って、乗り降りする人を眺めていた。遠くにあるアタクシの住まいと、会社とその同僚と、そしてダニエル君を思いながら。自分がひどく場違いなような気もし、とても居心地がいいような気がした。どこにいてもこういう気持ちを抱えながら生きていくのがアタクシの人生なのかな、と思った。家に帰るとグナーからメールが来ていた。週末のことはまたあとで詳しく連絡します。無事に着いてよかった。との短いメール。それから今日2通目の元恋人からのメール。二人の間にどういう時差があるのか把握できないうちに、どちらかが移動するという状況が続くので、メールの最初に「おはよう」と最後に「おやすみ」を書くのがいつのまにか習慣になっている。今のアタクシと元恋人は4大陸6カ国を移動しながら連絡を取り合っている。毎回メールに『忙しければ無理して返事を書く必要がないので存分に滞在を楽しむように』と書いてある。さすが紳士的。その言葉に心が温かくなって即効で返事を書くアタクシ。「本当はジュネーブで会いたかったけど、仕方がないと思って諦めます。君は正しい選択をしたんだから。少なくても親思いのGOOD GIRLという視点から見ればね」励まされたような、そうでもないような。遠くにいてもどこかでいつも誰かと繋がっていると感じながら生きていけたら、どこにいても寂しくないのになあ、と思う。今日で一人遊びはおしまい。寂しん坊もおしまい。*******************************************************明日、ある人と会う。3年来喧嘩をしたままの友達だ。中国に行ってしまう前にどうしても最後に会いたくて思いきって連絡を取ってみた。ものすごく仲がよかった分、喧嘩も派手だった。ちょっとどきどきしている。このどきどきが過ぎるまでグナーのことが考えられないくらい。
2005.01.31
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人生でこんなにイライラしたのは初めてだった。まず、最寄のローカル空港からアムステルダムまでの飛行機が定刻より一時間以上遅れた。あの距離で一時間遅れるのは致命的。で、アムスに到着したら「成田行きはあと一分で出発です」とのこと。泣く泣く、別の便に変更。アムステルダム発香港行き。香港からはJ*Lで東京行きに。当初の予定より6時間遅れの到着である。致し方ない、しかしこの香港行き、定刻よりも一時間半送れて出発。出発直後のアナウンスで機長が「この遅れは取り戻せません」と宣言。その言葉どおりJ*Lが東京に向けて香港を経つ5分前に着陸。またもや飛行機を逃す。別便を探してもらうも、そのあとにあったJ*Lとキャ*イは満席なので3時間半後の*NAしかないとのこと。やむを得まい。母親にメールを書かねばならなかったので、20香港ドルだけ両替してメールをチェック。元恋人から「無事に着きましたか?隣に座った男からナンパでもされたんじゃないでしょうか。それとも君が隣に座ったいい男をナンパしたのかな。あははは」というメールが来ていて、「それどころじゃありません。香港になぜかいます。早くおうちに帰りたいです」と短くメールを書いた。ここまで不運が続くと、運命とかそういう大きな力に日本に帰ることを阻まれているような気がしてしまう。今、アタクシが日本に帰ることで生じた、そして生じるであろうヒズミがどんなに大きくて現実にそぐわないものなのかを知らしめられた。わかりました。やっぱり、ドイツに戻ります。ちょっとした出来心でした。と言って、香港からドイツに帰りたかった。またヘロヘロになるまで仕事をして、パンを焼いて、フィットネスに通って、余計な疑問とか不安とかを抱かないように計算された単純な日常をこなすだけの日々を送ればきっと楽になれるんだとはわかっていた。それでも、香港から*NAに乗ったときは安心した。さすが日系。定刻出発、サービス満点。KL*とは違う・・・。日本的サービスがあまりに嬉しくてさっきまでのブルーな気分はさっさと忘れてかなりフライトを楽しんだ。ずっとJ-POPを聴いていたのだが、楽曲自体こそ時代に合わせて変わってるけど、歌い手の能力はあまり上がったように思えない。その中で、最初に聞いて胸が痛くなって、ぞくぞくして、はっとさせられる歌があった。山下達郎 FOREVER MINE解説を読んだところ映画のテーマ曲だとか。アタクシは彼のあのクリスマスソングよりも別の歌が好きだ。「さよなら夏の日」とか。さすが玄人。ジャパニーズ ニューミュージックのパイオニア。外見こそしなびたスヌーピーみたいなのに…。ああ、疲れた。道中ほぼ24時間。ずっとデンマーク語を勉強していた。かなり上達。
2005.01.30
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嗚呼。本当に吐くかと思ったほど働いた。今週の残業時間25時間。最後の最後でミスに気がついて泣きそうだったけど、同僚に全てを託すメールを書いて逃げ帰ってきた。海外逃亡だから捕まる心配もない。荷造り、といっても期間が短いから身軽だし。家の事はダニエル君に頼めばいいし、気軽である。グナーに会わなくても、ライアンに会わなくても、楽しい滞在になるように、友達のジムと河豚フルコースに行くことにした。河豚のから揚げ、河豚の刺身、河豚鍋・・・考えるだけでヨダレが出そうだ。男より食い気である。********************************************************さて、日記タイトルの唄を知っている人がいったい何人いるのだろうか。アタクシの年代にとっても古い唄なのに。というアタクシも題名を知らない。昨晩はあまり眠れなかった。沢山夢を見たような気がするのに、ただ考えていただけのようにも思える。旅行前の緊張か、もっと別のストレスか。どっちもか。きっと日本に帰ればドイツが恋しくなるんだろう。この間が正にそうだった。どこにいても、そこにないものをいつも求めてしまう。アタクシの人生はその連続で、それが人生とアタクシ自身をいつも混乱させてきたように思える。隣の芝は青いんだよ元恋人にこの間電話で言われたことだ。こんな月並みな言葉も彼がいうと哲学的に響くから不思議である。アタクシは隣だけではなくて、山の向こうの見た事もない芝の青さを想像して欲しがっているのかもしれない。そして、件の元恋人からメールが来ていた。内容が濃かったり長かったりするわけではないけれど、ここのところ彼は毎日アタクシにメールをくれる。短くて、簡潔で、それでも彼らしい理論が繰り広げられたメール。それをアタクシは出社直後に読み、その日いちにち、そのメールの中に託されたメッセージについて考えながら過ごしていた。今日のメールは『一緒にボケ-っとテレビを観たり、特に何もしない時間が両親は一番嬉しいものだからね。でも、もしも、もしも、時間があったら短くていいからメールをください。君と君の家族の写真がついていれば最高です。』ライアンはアタクシのことを何でもわかっていてくれていたけどこの人はアタクシにその時その時に必要な言葉を理論として蓄えている人だなぁとつくづく思う。さて。
2005.01.29
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4年後についていつも考えているのに、自分がどうしたいのかさえもわかりません。結婚していて子供がいればいいなと思う程度です。何でも答えると言っていたのに、答えられなくてごめんなさい。と、メールを書いて元恋人に送った。答えにくいことを聞いて申し訳ない。君の想いを今更ながら共有したいと思ってただけなのに。いつか時間があったら遊びに来てください。君のために料理をして、一緒にテラスでお茶か暖かいココアを飲みながら人生について話がしたい気分です。アタクシは喜怒哀楽が激しいのに、彼はいつも冷静すぎるほど冷静で、それがお互いを苛立たせて相互理解の妨げになっていたけれど、今は彼の考えていることが分る。アタクシが過去の総括として考えていることと同じだ。「出逢うのが早すぎた」きっと、今ならもっと話ができるような気がする、とアタクシも彼に言いたい。少しはアタクシもオトナになったのよ、と。昨日のモチベーションについてのエッセイをダニエル君にそれとなく読ませた。「すごいehrgeizigだ」と言われた。向上心、探究心、とかそんな言葉で言い換えられるこのehrgeizigという言葉。嗚呼、本当にピッタリだなぁ、とアタクシも思った。お茶とココアと言われたことが嬉しかった。コーヒーもお酒も飲まないのをまだ覚えていてくれたのだ。何かは確実に変り何かは確実に変らず何かは遅すぎ何かは早すぎる流転し続ける人生を哀しいと思い停滞する人生に苛立ちを覚える嗚呼、一体どうしたらいいんだろう。*****************************************************来週の今ごろ胸を高鳴らせながらグナーの上京(死語)を待っていることをあまり想像できない。具体的なことは何一つ決まっていないから。人生は、自分の意志とか、計画とは別のところで在るべき方向に流れていくものなんだよ。だから僕達はその「乗客」としてそのフライトを楽しむしかないんだ。と、今日のメールで元恋人が言っていた。アタクシの4年後の未来予想図が描けない、ということについて彼なりに励ましてくれようとしたのかもしれない。でも。アタクシは行き先がわからない飛行機なんかに乗らない。誰だってそうじゃない?目的地がって、そこに向かって一目散に飛んでいくからフライトは楽しい。しかしこんなことを書くと、相変わらず君は屁理屈だ、と言われそうなので書かない。仕事を早く終わらせて、荷作りをしなくては・・・。
2005.01.28
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風邪気味で、ストレスいっぱいで、問題いっぱいで、凹んでて笑う時間も、誰かに優しくなる時間もありません。東京遠征の予定が決まったら教えてください。またね。こんなメールをグナーに書いた。結局昨日も15時間労働で、『日本じゃ普通』(上司談)かもしれないけれど、アタクシにはかなりシンドイ。問題は、『笑う時間も、誰かに優しくなる時間も』ないことだ。どんなに殺伐とした生活でも、ふと笑顔になれたり、誰に対して優しく出来たりすることで自分自身が救われると言うのに。あと2日。頑張らなければ。グナーのほうも似たような状況で、風邪気味で忙しくてストレスいっぱいだとのこと。こんな殺伐人間であるアタクシたちが東京で会える日が来るのだろうか。かなりかなり疑問である。昔の恋人からは、From a Professional standpoint answer the question: b)What motivates you? というファイルが送られてきた。大学の頃に書いたエッセイの端切れだと言っていた。偉そうなことが書き連ねてある。 これを読んでアタクシも四の五の言わず仕事に勤しめ、ってことか。やります、やればいいんでしょ。What motivates you?---------- Gunnar & Tokyo*****************************************************会社のトイレでモチベーションについてのエッセイをジックリ読んでみた。アタクシを諭そうとしているというよりも、自分の生活全般における情熱の拠り場所について伝えたいのではないかと思われるエッセイだった。こんなのアタクシに送ってどうしてようというのだろう。彼がとても頭がよくて、仕事も良く出来ることなんてずっと前から良く知っている。家庭を持つことに憧れているけど、妻となる人に対する理想が高いことや、きっと口やかましい父親・夫になりそうだということも容易に想像できる。昨日のメールで「今のキミについて話して」と言われていたので「聞かれたことには何でも答えるから、何でも聞いていいよ」と返事をしておいた。どんなにふざけても下着の色を聞くような人でもないが、今後のアフリカ諸国におけるエイズ対策についての意見を聞かれることはありうる話だ。そして聞かれたこと「キミ、4年後の今日何をしていると思う?」今、下着の色を聞かれるよりも答えに窮する質問だ。10年後なら夢見心地でいろいろ語れただろう、2年後もおそらくある程度は今の生活の延長線として捉えられていただろう。しかし4年後。何でも答える、といった手前答えなくちゃいけない。何処に住んでるのか、誰といるのか、何をしているのか、想像できないし、どうしていたいという明確な望みも持てずにいるのに。嗚呼、どうしてあんなエッセイ送ってきたんだろう。嗚呼、どうして4年後のことなんて聞くんだろう。「キミはもっとやる気と長い目で見た展望を持って人生に臨むべきだ」とでもいいたいのだろうか。わかってます。やります、やればいいんでしょ。*******************************************************4年後の今日が想像できないどころか、2週間後の今日も想像できない。グナーと会って日本から戻ってきているのか。想像できないのではなくて想像したくないのかも…。
2005.01.27
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日々、仕事に15時間費やしている。3時間は雑事と料理。睡眠は6時間。家を出るときに、ダニエル君に「いってきます」を言った後ベットから立ち上がれないとか、通勤バスの中で「このまま降りないで何処までも行ってしまいたい」と思うとか、きっと過労気味なんだろうなぁ・・・。今日はちょっと早めに仕事を終わらせて、日本にいるドイツ人の友人達に頼まれたものを買いに行かなくちゃいけない。昔の恋人が連絡をしてきたからか、日本に帰るからかわからないけど、相変わらずポロポロと思い出が溢れている。思い出を共有した友人達ともう少しで会えると思うと本当に嬉しい。その点でいうと、とりわけ沢山の思い出を共有していないグナーに想いを馳せることはあまりない。仲良しだったドイツ人の友達が日本を離れることになった。新たなチャンスを求めて中国へ行くのだと言っていた。日本でもドイツでもないところに行ってしまったら会える機会はずっと減るだろう。それが寂しくてたまらない。ホセがドイツからカナリアに移住したときもそれを感じていたし、ドイツでも日本でもない場所に住むライアンとの間に感じる隔たりもそれが原因なのだと思う。日本とドイツは気分的に物凄く近く思えるのに、例えばドイツとカナダは物凄く遠く思える。それが原因で昔、恋人とも別れた。人生で出会った人をいつまでも繋ぎとめておければいいのに、と心から思う。中国なんかに行かないで、と泣き出しそうだ。ドイツから日本に帰ってきたとき、思い出を共有した人たちがいないのは本当に寂しいから。日本に帰ったら、会った友達をみんなひとりひとりギュ―っと抱きしめて、みんなに大好きだと言わなくちゃ。*******************************************************なぜか3通も元恋人からメールがきていた。時間をちょっとずつあけて送られた短いメール。思いついたことを書き留めてとりあえずアタクシに送ってみよう、というような感じ。その一通一通に同じくらい短い返事を送った。ライアンはいつも言っていた。「あの人、キミのこと物凄く想ってるよ」それがどういうことなのかわからなかった。短い電話、短いメール、長い出張。これのどこが想われてるんだろう。ずっとそう考えていた。今はあの頃どんなに想われていたのかを少しだけ感じることができる。日常の断片を切り取ったような何でもないメールを沢山くれることで、必至に何かをアタクシと共有していたのかもしれない。彼からのメールはいつもこんな感じだった。『水質が心配なのでここではいつも水を一度沸かしています。沸騰直後の水をカップにいれる音が好きになりました』『出発直前にメールを書くと遺書みたいだと思ったらかっこいいことを書こうと肩に力が入って書けそうにないので会った時に話します。キーワードはスイカとウナギです』こんなメールから愛を感じるのは難しい。だからアタクシは殆ど返事を書いたことがなかった。次に会った時にちゃんと話せばいいや、と思っていたから。別れてからはずっと定期的に比較的長いメールが来ていた。近況報告、という表紙をつけて上司に提出してもよさそうな折り目正しい感情に過不足のないメールだった。あの電話で何かが変ったのかもしれない。彼が遠くで忙しい日々を送っていて、その隙間でアタクシをふと思い出してくれるのはいずれにせよ嬉しいことだ。あんなに酷い別れをしたのに。つくづく大人だ。今日はちゃんと3通のメールに返事を書いた。次に会うことがないとちゃんとわかっているから。*******************************************************極度の疲労のため『ああ嬉しい!』とか『ふ・・・切ない』とか感じることもなくなってしまった。ひたすら眠くてひたすらストレスとの闘い。果たして今日早めに退社することで自分の首を締めてしまうのではないかとドキドキしている。
2005.01.26
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ライアンに恋愛感情を抱いたことは一度もなかった。ライアンと東京で夢を見たいた頃、アタクシには恋人がいた。彼は多忙を極める人だった。10日間で3ヶ国4都市に出張、なんてザラだった。手持ち無沙汰になった時間をアタクシはライアンと過ごした。『キミの託児所』と彼はライアンを呼んでいたから彼なりにライアンを信頼していたのだろう。彼もまた例に漏れずとても頭のいい人だった。好奇心と言う面ではライアンに負け、情熱という面ではグナーに負けるけどとにかく大人で紳士でエスプリに富んでいる人だった。それに比べて当時のアタクシは甘ったれでしょうがなかった。バレンタインなのに彼はロンドン、誕生日なのに彼はニューヨークとか、突然電話がかかってきて「明日からちょっとパリへ行ってくることになった」とかザラだった。出張続きでもこんなに辛いのに、遠距離恋愛なんてできるはずがないでしょ?というアタクシの悲痛な意見でアタクシたちは別れた。今考えてみても出逢うタイミングを間違ったのだ。例えば、これが今だったらアタクシはもうちょっと耐えられたかもしれない。もうちょっと彼の状況を考えられたかもしれない。人生において何かは確実に早すぎ、そして何かは確実に遅すぎる。昨日、その昔の恋人から突然電話があった。メールで近況報告し合ってはいたものの、電話をしてくるとは思いもよらずにいたのでとても驚いた。来週からジュネーブに行く、とのこと。アタクシが来週は東京にいる、と言ったら彼も2週間前に東京にいたのに、と苦笑いをしていた。本当につくづくタイミングが合わないね、と言って二人で気の抜けたようにちょっと笑った。最近どうなの?と聞かれたので、ちょっとだけ愚痴ってみた。グナーのことだ。「遠距離恋愛はしない主義じゃなかったのか」と意外そうに聞かれたので「相手に想われていないなら遠くにいても近くにいても大差がないでしょ」と自虐的に笑いながら言った。会えなくて残念だけど、電話をありがとう。と本当に心からお礼を言った。アタクシが若すぎたからというだけで別れたようなものなのに今でもこうして連絡をくれるその紳士的なところが本当に驚嘆だ。最後に彼が言った。「人生はタイミングとの闘いだ。いつも耳を澄まして目を凝らしてこれがラストチャンスだと思いながら生きるんだよ。」本当に本当に好きだったのに別れてしまった人にこんなことを言われて、泣けてきた。きっとアタクシが30歳くらいの時に出逢えていたら、間違いなく人生を共にしたいと思えるほどの人だったのだ。電話を終えて、また少しグナーに会おうという気持ちになってきた。少なくとも会うためにできるかぎりジタバタしようと思える気力が。********************************************************機嫌が悪い。ドイツ人が休暇を取る場合は何も言われないのにアタクシの時だけは「請求書をあげてからじゃないと休暇にいかせないぞ。本気だからな」と、上司に人種差別をされた。だったらその請求書とやらをあげる時間をくれ。あなたから頼まれた社内文書を和訳してる場合じゃなんだ。頼むからドイツ語をわかるようになってくれ。ぶつぶつぶつ。嗚呼、日本に帰るのを決めてなかったらジュネーブに行ってたのかなぁ・・・・・・・・。
2005.01.25
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3年前に大喧嘩をして絶縁状態にあった友達と今回の帰国で久しぶりに会うことになった。世界を彷徨うドイツ人である。気が重い。どの面下げて会えばいいんだ。グナーが東京に来る。「君会いに行くためならなんでもする」という言葉を信じるなら、きっと彼は来るだろう。アタクシは今でも結構猜疑的なのだが。調子のいいラテン人だから。気が重い。どの面下げて会えばいいんだ。ライアンまで東京に来る。こんな複雑なことになるくらいならアタクシがひっそりとライアンに会いに行けばよかったのに。気が重い。どの面下げて会えばいいんだ。こんなことを考えているアタクシの眉間に皺がよっている。この前ヤナ姉さんがくれたポストカードのブルドックみたいだ。こんな面を下げて会いに行くわけにもいかない。嗚呼、どの面下げて・・・。*******************************************************週末にいろいろあって、いろいろ考えて、だんだんと何もかもにウンザリしてきた。このままウンザリ人間になってもっと偏屈になって、グナーにもライアンにも連絡をとらないで、人知れず日本に帰って人知れず去っていくのが精神衛生上最善策のような気がする。だいたい、この世の中に男なんてゴマンといるんだから、何もわざわざ別の大陸に住むライアンや、極東の島国で現代版東方見聞録体験生活を楽しむグナーなんかに想いを寄せる必然性なんてこれっぽっちもないのである。しかし、石を投げて当たった男がライアンのように好奇心の塊で、賢くて、個性的で、人懐っこい笑顔で周りの人を安心させて、日本語の発音がセクシーでいい匂いがしたり、グナーのように頭が良くて、理論的で、でも情熱的な瞳を持っていて、反面とてもシャイで、とにかく周りの人を惹きつけてしまう、そんな人間である可能性はゼロに近い。だったら石なんて投げなければいいんだ、と思い始めた。この陰鬱な北ドイツの地で抜け殻みたいに暮らしていくしかないのかなぁ・・・。******************************************************今週は忙しいはずなのに依然としてやる気がないので全然忙しくない。あまりにダルくてメールも書いていない。このままでもいいのかも、と思ってみたりした。日本の友達に連絡を取って、食事く約束をしているうちにどんどん予定が埋まっていく。でもまだ例の週末はグナーのために予定を入れていない。無駄なことになるかもしれないとわかっているのに。トビーと電話で話した。嗚呼オスロにいたときあんなに素直でいられたのに、今は自分がどうしたいのかもわからないのよ、とブツブツ愚痴った。何だか雪の降る町へいきたいそして夜にキミを思い出して泣きたい昔好きだった歌のフレーズがふと蘇る。本当に雪深いオスロで夜に誰かを思い出して泣きたい。でも誰を思い出していいのかさえわからない。限りなく日本に帰りたくない気がしてきた。ウジウジ悩んでいるところでヤナ姉さんと電話をして「夢のようないい男二人と日本で会えるっていうのになにが不満なの????二人じゃ足りないって言うの?」とからかわれてしまった。それが夢のような男かどうか、とか二人じゃたりない、とかが問題なのではなくて、会うかどうかが問題なのだ。会うかどうか、会えるかどうか、会うべきかどうか。そりゃあこんなに迷うくらいならいっそ会わない方がいいと思いたくなって当然だ。木曜日はヤナねえさんとまた映画に行く。『マチルダ』の封切りの日なのだ。『アメリー』のオドレイ・トゥトゥとジュネー監督の新作だからきっとイイに違いない。これを観て愛を学ぶさ。今は日本にいる元同僚がどうでもいいことで電話をしてきて「実は僕結婚することになったんですよー」とか全然関係ない長い挨拶でアタクシの邪魔をする。噂は聞いていたけどこちらからは「おめでとう」のメールすら送っていなかった。結婚か・・・。ライアンと夫婦。グナーと夫婦。ダニエル君と夫婦。それぞれ想像してみてどれもこれもしっくり来ないことに気が付いた。しょうがないので考えられる限りのパターンを想像してみる。トビーと夫婦。(身長差30cm)ホセと夫婦。(体重差50kg)Jと夫婦。(年齢差18歳)Sと夫婦。それもしっくりこない。こんなことを想像して眉間にシワを寄せている暇があったら仕事をしなくちゃいけないのに。
2005.01.24
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ライアンの住む街に行く飛行機の値段をネットで調べてみた。日本行きのキャンセル料を上乗せしても日本へ行くよりも安く済む。心が揺れる。もしもライアンの処に飛んでいったらもう一度手にすることができるであろう、懐かしい時間を想像してみた。それだけでアタクシは優しい気持になってしまった。グナーを想っていた時の胸の高揚が嘘のようだ。波立った湖の水面が鏡のように静まったみたいに。今、ライアンと会ったところで恋人なんかにはなれない。また二人の間にできた溝を目の当たりにして切なくなるかもしれない。でも今ライアンに会わなければこの溝は取り返しがつかなくなるくらい深くなってしまうだろう。ライアンの住む街が見たい。ライアンがアタクシの住む街に来てくれたみたいに。そうしたら今のライアンとの距離が少し縮むのかもしれない。いつもいつも先へ進む勇気をくれたライアン。手紙だったり言葉だったり手を振る姿だったり、とても些細なことで。だからここまでこれたし、次にも進めると信じていた。でも今はライアンのことを考えて先に進めない。失った時間を追いかけたくなる自分がいる。*****************************************************迷いを断ち切るためにライアンに『日本へ帰ります』というメールを書いた。ナヨナヨナヨナヨと脱力した。夜に書く手紙は感情的になりやすいから翌朝もう一度読み返してから投函するように、と高校の頃国語の先生が言ってたっけ。きっと明日の朝になったら後悔するのだろうか。********************************************************嵐の予感がする。ライアンからメールが来たのだ。「じゃあ僕たち東京で会えばいいんだ!」ということで、ライアンが2月5日の航空券を手配した。アタクシとグナーが会うのは4,5,6の週末。ライアンは6日に日本に着くからアタクシが8日に帰るまでの二日間会えることになる。ライアンはもちろんそれだけではなくて用事があるみたいだけど。困った。本当に困った。せっかく決心をしたはずなのに。ライアンと一番最初に二人きりであったのも2月だった。バレンタインデーのちょっと前とかその時期で、アタクシはその日に何を着ていたのか、どの鞄を持っていたのか、何の本を読んでいたのか今でも不思議と覚えている。アタクシ達を紹介してくれたジムが同席していないだけでアタクシはいつもよりも緊張していた。その日は二人で冬の公園を散歩した。アナタが知っている東京は本当の東京じゃない、とアタクシが言い張ってその日から二人で東京中を散歩するようになった。二月に東京でライアンに会える諦めたはずの時間がまた手に入る。でも素直に喜べない。ライアンが東京に来たとしても会うべきではないのかもしれない。そんなこんなでどんどん混乱して、お陰でグナーの気持ちについて悩む以前の問題になってきた。溜息が止まらない。
2005.01.23
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ライアンに休暇を取ったことをメールに書いた。日本に帰るとは書けなかった。何を書いても言い訳がましくなるようで。ちゃんと「グナーに会いたいから帰ります」と書ければよかったのに、と今は後悔している。そしてライアンからメールが来た。最近引っ越したライアンの家は2ベットルーム、2バスルームという素敵な間取り。だから、アタクシが自分のベットルームとバスルームでゆっくりくつろげるし、ドイツや日本よりもずっと暖かいから絶対にいいよ、と書いてあった。『日本の家庭の味は食べさせてあげられないけど、一緒に寿司を食べに行こう。一緒にイタリア料理を作るのもいいし。』とも書かれていた。そして、ご丁寧にアタクシの最寄の空港からライアンの最寄の空港までのフライトプランが2つ挙げられていた。わざわざルフトハンザ(スターアライアンス)を選ぶあたりが金に糸目をつけなくてもいい世界をまたにかけるビジネスマンという感じで心憎い。せっかく大きな決心で小さな一歩を踏み出そうとしたのに、また後ろを振り返りたくなってしまう。今すぐ日本行きをキャンセルして、金に糸目をつけずにライアンの街へ飛ぶチケットを買いたい。暖かくて爽やかな朝の町を一緒にジョギングして、ライアンが仕事をしている間にショッピングしてお風呂に入って、夜は寿司を食べに行ったり、映画に行ったり一緒に料理をしたり。それから一つ屋根の下にライアンがいる安心感に包まれながら眠りに落ちたい。それが一番自然な流れのような気がする。こうして突然グナーに会うために日本に帰ることは、長い目で人生を考えたときにとても不自然なのだ。大河を直角に蛇行させようとしているみたいに。もう少しで日本に帰れる。帰ってしまえばこんなことを考えずに済む。あとちょっと沢山の迷いと闘いながら前だけを見据えていなくちゃいけない。嗚呼、頑張れるか心配。
2005.01.22
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『オーシャンズ イレブン パート2』をみんなで観に行って来た。去年の夏ごろに「『オーシャンズ12』がくるらしい」と同僚のオラフがボソっと言ったとき、ヤシャが「そんなはずない。そんな題名ヘンテコすぎる!本当にそんなのがあったらみんなに映画を奢るぞ。賭けてもいい。絶対にそんなのない!」と言い張って見事に賭けに負けたのだ。アタクシが勝手にヤナ姉さんと姉さんの会社の後継ぎ息子にも声をかけたのにヤシャは文句も言わず4人に映画を奢ってくれて、そして一番映画を楽しんでいた。ヤシャは「オーシャンズ11 パート2」と言い張っていた。映画の前にカフェでお茶を飲みながらアレコレ話した。その時にヤナ姉さんがグナーのことをぼそぼそ話し出した。勿論二人きりで。もしも、日本に帰ってグナーと上手く行かなくて、それでまた独逸に戻ってきたときに、一人がイヤだからという理由だけでダニエル君と一緒にい続けるのだけはやめなさい。一人でいるよりももっと不幸になるから。と言われた。グナーと上手くいくなんてちっとも思っていない。二月の最初の週末に会うだけだ。その先に続く何かはない。もし続かせようとするなら、独逸での全てを投げ打って、慣れ親しんだ東京ではない遠くの町でまたゼロから生活を築かなければならない。でもダニエル君とうまくいっていない訳ではない。滑稽なことにグナーに気持を奪われてから、ぐっとイザコザが減った。きっと今まで神経に触るほどダニエル君の一挙手一投足に注意を払っていたんだと思う。映画の前に姉さんとヤシャとポップコーンを買うために並んだり、ヤシャのボロ車で家まで送ってもらったり、姉さんと一緒に次に観たい映画のポスターを眺めたり、本当に今まで何でもなかった日常の1コマが、二度と手に入れることの出来ない日々に変わるのかもしれないとふと思って切なくなった。家に帰ると風邪を引いて仕事まで休んだダニエル君がダルそうに出迎えてくれた。こんなに優しいのに、こんなに想われているのにそして間違いなくこんなに愛されているのに、どうしてアタクシはそれに背いて、彼を傷つけ、彼を失おうとしているんだろう、と思って涙が溢れかけた。そして思った。今、追いかけているものも、今、ここにあるものも、きっと全てを失ってしまうのだと。わかっているのに、グナーの笑顔を思うとアタクシの胸は熱くなり水が高いところから低いところへ流れるように、ごく自然に何の躊躇いもなくアタクシはグナーに会いに日本に帰ろうとしている。グナーに会うために。ひとりになるために。*****************************************************多少の困難はあってもきっとみんな上手くいくという予感に溢れた日と、グナーに会うこと自体も含めて、そんなこと実現するわけがない、と自分のはしゃぎぶりが馬鹿みたいに思える日がある。そして今日は後者である。グナーにメールを書いた。『こちらは何かと混乱しています。仕事でも(タイムカードを忘れた)私生活でも(自宅用の眼鏡が見当たらない)。そして自分自身も。』絶対にうまくいくはずがない。グナーに東京で会うなんてそんなこと無理に決まってる。後で哀しくなるんだからぬか喜びをやめなくちゃ。朝からそんなことを考えている。きっとグナーをアタクシが全然信じていないからだ。信じきれない人にアタクシはなぜこんなに多くのものを賭けてしまったのだろう。こういう日はライアンのことを思い出す。昔、東京に二人がいた頃ならアタクシがこんなネガティブなことばかり考えていたら、無理矢理気分転換の散歩に連れて行ってくれた。市ヶ谷の釣堀で話した沢山のこと。魚が釣れたことは一度もなかったけれど、あの釣堀にライアンと行くといつも元気になれた。ここにも日本にもライアンはいない。こうしてネガティブに全てを捉えてしまっても、もうライアンに頼れない。自分で決めた道だ。ちゃんと一人で乗り越えないと。夕暮れの新宿で仕事帰りのライアンと待ち合わせをするのが大好きだった。彼を待つのが好きだった。彼がアタクシを待たせていると思っていながら電車に乗って、早足でここに向かっていると想像しながら待つのはとても温かい気持ちになれた。こんなに大きな街で、こんなに人がたくさんいて、こんなに日も暮れて暗くなったのに、その中をただアタクシに会いに来てくれる人のいることがとても幸せに思えた。当たり前のことなのに。アタクシたちはただの友達だったからそんな些細なことにも喜びを見出せていた。些細ではない喜びを持つことができなかったから。そして、アタクシはライアンを待つのが好きだった。必ず来るとわかっていたから。待ち合わせ云々だけではなくて、本当に彼を信じていた。信じきれないものを待つのは本当に辛い。*******************************************************例えば、「あれは本気じゃなかった」とか「僕達は一緒にはいられない」とか「酔ってただけなんだ」とか言われて傷ついたときや、そもそも全く会えなかったときに「嗚呼あんなに喜んだのが馬鹿みたいだった」と思いたくないから、喜び過ぎないように哀しい場面をくりかえし想像して喜びを抑制してみる。その酷い想像でアタクシはアタクシを完膚なきまでに傷つけているのだ。酷い悪循環である。胸が痛い。チクチクいたい。もっと別の楽しみを帰国に際して見つけないと身がもたなさそうだ。********************************************************不機嫌に仕事をしていた。仲良しのペーターが「今、クーリエがこれを持ってきたよ」と大きな封筒をくれた。アタクシの名前が蛍光ブルーで大きく書いてあった。クーリエを私用で使う人なんて一人しかいない。(本当はいけないんだから・・・)ヤナ姉さんだ。開封してみると、アタクシが大好きなオレ*風クッキーが2袋(しかも何気にチェコ製)とポストカードが入っていた。ボロボロと泣きたくなるような温かい言葉が書かれていた。ポストカードには眉間にシワを寄せて不機嫌で不満で不幸で不元気そうなブルドックの写真。アタクシに似ていると思った。『元気出してね。 ヤナ』嗚呼、彼女だっていっぱいいっぱい辛いことがあるはずなのに。アタクシがこんな背反的な色恋沙汰に胸を焦がしてああだこうだ考えて思い悩んでるだけなのに、ヤナ姉さんはちゃんとアタクシを信じて見守っててくれる。悩んで立ち止まっちゃダメだって言いつづけてくれる。マラソンの伴走者みたいに。誰かに信じられてることがこんなにアタクシを幸せにするなんて思わなかった。さっきまでの胸のチクチクをヤナ姉さんが全部持っていってくれた。最後の勇気を振り絞って、グナーをもうちょっと信じよう。その気持ちが伝わるようにもっと素直になれればいいのに。
2005.01.21
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グナーが東京までアタクシに会いに3時間新幹線に乗って来るのも知っている。アタクシがグナーに会う以外に、家族団欒や母親と青山に買い物に行くことや、友達と食事に行くことや、東京に流れる時間に触れることも心の底から楽しみにしていることもちゃんと認める。でも、グナーに会ったら言わなくちゃいけない。これも一つの事実なのだから。10時間を超える日本までの道のりをどんな気持ちで耐えたのか。たとえ東京がグナーの住む街ではなかったとしても、アタクシは東京でグナーに会ったら言わなくちゃいけない。いたずらめいた笑顔を浮かべながら。ライアンが昔よくアタクシに向けた笑顔のように。東京駅で。千鳥ヶ渕で。桜木町で。銀座で。お台場で。どこでもいい。でも絶対に言いたい。心から。それがアタクシの本望であったこと。言わなくちゃ。「アナタに会うために帰ってきたの」何もかもを捨てて、とは言えないけれど。********************************************************グナーの写真を見たヤナ姉さんが「嗚呼、私も恋に落ちそう!!!」とメールを送ってきた。姉さんは黒い髪、濃い色の目、少し浅黒い肌の男性に弱いのだ。胸毛は嫌だと言っていたが。だからグナーのことも絶対にステキだと言うに違いないとアタクシは分っていた。グナーにどの程度の胸毛があるのか定かではないが、この際そんな詳細はどうでもいい。「実際はこの写真よりも1,25倍ほどステキなんだけどね」と返事を送ったら「彼ってばとってもステキ! 特別なオーラがあふれ出てる感じがする。絶対に彼と結婚すべきだわ。そうしたら絶対に物凄く可愛い子供ができるわよ~。」と返事が戻ってきた。グナーと結婚するなんて想像すら出来ない。彼に会うために日本に帰ることですらアタクシには物凄い決断だったのだ。その次のステップが何なのかどうしたらいいのか全然わからない。その勇気すらないかもしれない。会えば何かわかるのだろうか。******************************************************引き続きヤナ姉さんとメールのやり取りが続いた。実は、グナーに会うために日本に帰ることは言っていなかった。また「不毛だ!」といわれたらきっと物凄く凹んでしまうから。恐る恐る事の成り行きを書いたら、「でかした!」というメールが送られてきた。ちゃんと自分の気持ちを伝えてきなさい。どんなにアナタが彼を想っているのか、彼を必要としているのかを。と、書かれていた。この前の態度とずいぶん違うので少し驚いた。どうしてそんなに喜んでくれるの?と聞いてみたらヤナ姉さんは言った。「あなたを見ればわかること。恋に落ちてるって。また沢山笑うようになったこと。SUESS VERRUECKTだってこと。」心が窓を抜けだして行きそう。もう少しでグナーに会える。ちゃんと話が出来る。
2005.01.20
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もしも、という言葉をこの一ヶ月絶えず使ってきた。何の躊躇いもなくいろいろな『もしも』を考えて、それは大抵とても哀しい『もしも』だった。でも今こうして、幸せな『もしも』を考えてもいいようになりその『もしも』は実現の可能性がとても高く、アタクシをとても幸せにしていいはずだ。だけどとても考えるのが怖い。考えたら消えてしまいそうで。東京駅のホームで電車からグナーが降りてくるのを探している場面を考えることでさえ勿体無く思える。嗚呼、もしもこのシーンが実現したら、グナーがアタクシを見つけるよりも先に、グナーを見つけよう。それから抱きついて言おう。「Du hast mir gefehlt」 それからのことは勿体無くてまだ考えられない。*****************************************************実は、昨日のグナーとの電話のことには少し猜疑的だった。日本からドイツに来て!と、言っているわけではないのだが地方都市から電車で東京に来るのもあまり気軽にできることではないような気がしていたから。(東京にいたときは、気軽に地方都市に行ったことは全くなかったし。)そもそもこれは『もう電話しない!』と臍を曲げたアタクシのわがままの延長のように聞こえてもショウガナイ提案だった。『2月の第一週に東京に来て!』なんて、普通の御嬢さんなら言わない。『アナタに会いたいけどいつ時間があるかしら?どこで会うのがベターかしら?』と、聞くのが筋というものだ。だから、グナーもアタクシの機嫌を損ねないように適当に肯定したのではないかと内心ハラハラしていた。だから、メールでもう一度確認をした。『アタクシの滞在日程は以下の通りですが、本当に大丈夫ですか?私はどうしてもアナタに会いたいです。もし会えたらこんなに嬉しいことはありません。アナタの『JA』を待っています』グナーから短いメールが来ていた。『了解です。その週末にキミに会いに行くためなら何でもします』嗚呼。アタクシがまだ臍を曲げてると思って精一杯フォローしようとしているのだろうか。それともこの人はもともとこんなに優しかったのだろうか。はたまたアタクシはこんなに想われているのだろうか。どれにしても、この嬉しさは消えそうにない。週末ということは、長くて2日半。それしか一緒にいられない。それっぽちの時間のためだけに、大切なものを沢山沢山犠牲にしてしまうような生き方しかアタクシにはできないのかもしれない。2月に会ったからと言って、その後のことがハッキリするわけでもないし、むしろそれからまたウンザリするような気の遠くなる時間をヤキモキしながら過ごす羽目になるのは明らかだ。でも、アタクシは全然迷っていない。そして、それをちゃんとわかっているのに胸の高鳴りは消えない。******************************************************さて。と、ワタナベノボルなら心の中で言っただろう。そして、アタクシも呟く。さて。ダニエル君に「急に日本に帰ることにしたの」と言ったら驚いていたが、「そんなに稼いでるんだから一番やりたいように休暇を過ごすのがいいと思うよ」と言ってくれた。出張から帰って来てお腹のあたりがドラえもんのように肥えたけど彼の優しさは相変わらずだ。胸がちょっと痛む。問題は、ライアンだ。きっとグナーから連絡が行くだろう。アタクシに会いに東京へ行く、と。そして何故アタクシが突然こんな短期間日本へ戻ることにしたのか、彼は気が付くだろう。どうせならライアンに罵倒された方がいい。彼が傷つくよりはずっと気が楽だ。提出された休暇届を見た上司が「休暇の前までに****と****、それから****をやっておくのは勿論計算にいれてますね?」と無理難題を言ってきた。「勿論でございます」とひたすらへーコラしておいた。休暇までの労働日数はあと10日。残業地獄である。さて。******************************************************お得意様、ということで旅行代理店が入金をする前に予約の手配をしてくれた。今回はチケットレスだし、金も払ってないし、本当にこれで大丈夫?って感じがしてしまう。封筒があまりに薄いので同僚のヤシャが「まさか片道航空券?」と聞いてきた。「往復だけど今度こそ東京湾に破り捨てるのよ」と答えてみた。もうすぐ、会いにいけるよ。グナー。
2005.01.19
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オスロへ発つ前に空港で報告書を仕上げた後にメールをチェックした。グナーからメールが来ていた。アタクシが酷く傷ついて書いたメールの返事だった。『寂しい思いをさせて済まない。自分自身も今後のことが分らずに半ば苛立っています。全てはデンマークの本社の返事を待たなければならず、もどかしい日々です。やはり東京に行く可能性が強いようです。もっときちんと決まったら必ず知らせます。ICH UMARME DICH.KUSS』最後の一文を読んでその場で泣きたくなった。抱擁とキス。むずがるアタクシをなだめるにはそれしか出来ないとわかっているみたいなグナー。本当はわかっていたはずなのに。グナーがいい加減な気持ちで起った全てのことに対して向かい合ったわけではないこと。彼自身も煩雑な日々に苛立っていること。それでもどうしてもアタクシは納得が出来ずにいたのだ。ほったらかしにされているような腹立たしさと寂しさに襲われていた。だったらどうして素直にいえなかったんだろう。寂しくなるほど会いたい、と。もう電話しない。なんて臍曲がりすぎる。アタクシは勝手に傷ついて、それを見せ付けることできっとグナーを傷つけた。酷く凹んで、ヤナ姉さんにメールを書いた。そして出張先でメールをチェックするとヤナ姉さんから返事が来ていた。『それが本当にアナタの道なら、アナタが彼といるべきだと信じるなら、彼とそのまま続けなさい。きっと上手くいくから。彼がどこにいようと、どこに住んでいようと、それは大した問題じゃない。愛はいつも正しい道を見つける。本当はアナタにとって彼がどうでもいいわけじゃないってずっと気が付いてた。彼のことを話すときいつもアナタはキラキラ嬉しそうだったから。2月に休みを取ったら彼の処に行きなさい。彼がデンマークにいても、ドイツにいても。人間は誰かを喜ばせなくちゃダメ。感じるままに動いてみて。アナタと会ったら彼は絶対に凄く喜ぶはずだから。あれこれ考えてばかりいないで、何かしなさい!』胸が熱かった。目が熱かった。貞操観念のとてもしっかりしたヤナ姉さんがこんなことを今のアタクシに言うのは本望ではないはずなのに。それを彼女が言ってくれたことがアタクシを強く揺り動かした。そして電話を手に取った。ドイツの携帯でノルウェーから日本に電話を掛けるなんて請求書が恐ろしいことは多分二度としないだろう。グナーはいつも通りのグナーで、知り合いの子供に英語の勉強を教えていた。アタクシは胸がいっぱいで何も言えなかった。言うべきことはちゃんと分っていたのに。「君が日本にいなくて残念だなぁ。本当に日本は面白いよ」そういうグナーを遮って「グナー、お願い。2月の第一週に日本にいるなら、東京に来て。」少し驚いて「東京?」と、不思議がるグナーに「どうしても会いたいの。お願い」グナーはアレコレ聞いたりせずに「わかった。じゃあ東京に行くよ」と返事をしてくれた。「本当に、本当に来てくれるの?」と聞くアタクシに「週末に合わせて行けるようにする」と行ってくれた。それからすぐにドイツの旅行代理店に電話をして航空券を手配した。会社に電話をして休暇の申請予告をした。「もう家族にも連絡してあるし、航空券も予約済みなので宜しくお願いします」と。全て一気に決めてしまった。溢れる予感で震えが止まらず頬が高潮していた。事の一部始終をオスロ空港のカフェでトビーに話して笑われた。トビーはスウェーデンの育ちのいい青年らしいハニカミやで一時の激情でそんなことはしない人間だ。「そんなにそのラテン男が好きなんだね」(注・本当は本当のラテン男ではありません)と聞かれた。きっと普段なら適当に誤魔化していた質問だ。アタクシはその質問に頷いた。その途端涙が出てきた。ライアンのことがあったときからずっと今日まであんなに混乱していたのに誰かの前で泣いたのは初めてだった。ただハラハラと涙が流れて止まらず、トビーを驚かせた。泣きながら初めてわかった。「嗚呼、アタクシ自分の気持ちを抑えていて今までこんなに辛かったんだなぁ。嗚呼、アタクシこんなにグナーが好きだったんだなぁ」出発ゲートの前でアタクシはトビーに言った。「この街は人を素直にさせる街ね」トビーは笑いながら「人を素直にさせない街はどこなの?」と聞いたのでアタクシは「東京」と答えた。だってアタクシが育った街だから。もしも、この気持ちが本物ならこの道もきっと正しい。
2005.01.18
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グナーにヘンテコなメールを書いてから、少しだけヤキモキする気持が減った。時差の関係もあるし、彼自身が忙しいのもあるが、アタクシが電話をするとき彼はいつも時間がない。だから暗号のように「4月に日本に帰っておいでよ!」とか「やっぱり東京で働いたほうがいいよ!」とか言い残して会話をそそくさと終わらせる。前後関係もわからないのにそんなことを言われても困惑するだけである。じゃあその後フォローのメールが来るのかと思えばそういうわけでもない。それがとてもアタクシを悩ませていた。だからもう電話もしないしメールも期待しない。本当にヨーロッパに来るかどうかだけちゃんと知らせて欲しい。これ以上悲しくなりたくないから。そんな趣旨のメールを送りつけた。グナーは何かある度にアタクシが腹を立てないのを感心していた。「これがさ、南米人だったら今ごろひっぱたかれてたよ、オレ」と苦笑いしながら胸を撫で下ろしていた。アタクシの誕生日を忘れたときだってアタクシはちっとも怒っていなかった。「もう君を怒らせないようにしないとなぁ」と気にしていたグナーの頬を撫でながら「怒ってないから心配しないで」と言ったのは本当の気持だ。でも、分かって欲しいのは、怒っていないからといって傷ついたり悲しんだりしていないというわけではないことだ。普段からアタクシは怒るべきところで哀しくなってしまう。グナーの件ではそれがより顕著になる。彼も故意に煮え切らないわけではないというのはわかっているつもりだけど。*****************************************************朝から心の中で練習をしてみる。「やっぱりもう会わないほうがいいと思うんだけど」あんなに心から笑えたり、グナーの賢さに感化されたり情熱的な瞳に見つめられたり、どんな小さなことにも感情の針が触れ続けるグナーとの時間を、距離や年齢やお互いの現状だけのためにアタクシは諦めかけている。もっと素直に言うべきことを言えていたら何かが違ったのだろうか。月曜日の朝から切なくなる。一週間おきにデンマーク語とスウェーデン語を交互に勉強していて、今週はスウェーデン語の週だ。胸をチクチク痛めながらデンマーク語を勉強するのは辛かった。もしも2月に休暇を取ったのにグナーと会わなかったら一人でスウェーデンに船で行って来ようかなぁ、とボンヤリ思う。グナーにいつでも電話できるように、職場の机のメモ帳に電話番号を書いておいたのをアタクシはまだ捨てられずにいる。******************************************************このまま、ずーっと頑張ればもう一度ちゃんと日常に戻れるかもしれない。という、ことだけを期待している。忘れればいいだけだ。ライアンとは忘れることが出来ないような時間を沢山沢山過ごした。グナーとは決して沢山の時間を過ごしたわけではない。だから、きっとグナーのことなんてすぐに忘れられる。「キミは天から降りてきた」と言われたことや、不意に熱いキスをされたことなんて、忘年会の余興だったと思えばいい。後ろめたさを感じたり、罪の意識に苛まされることなくアタクシはライアンの友達でいたい。遠くに離れていて会えなくても。そして同じようにダニエル君と過ごしたい。選ぶ道が他になかったら当然そうしたのだから。ちょっと前まで全ては自然に在るべき方向に流れていたはずなのに、今はどうしてそんな風にできていたかも思い出せない。どうしてあの日、グナーの誘いを断っていつもみたいにフィットネスに行かなかったんだろう。どうしてあの日、一件目のカフェだけで帰らなかったんだろう。どうしてあの日、心が躍ったんだろう。******************************************************グナーに電話したいのを我慢していたのにどうしても衝動を抑えられず受話器を掴んだ。必至の思いで電話をした先はオスロのトビ―。「明日の天気どうかしら?」寒いらしい。雪らしい。憂鬱だ。そういえば今日、デンマークの取引先からの電話に対応してたら「あなたスウェーデン人ですか?」って聞かれたんだけど、これってけなされたのかなぁ。とかいうどうでもいい話に終始した。「また明日ね」と電話を切って、何となく溜息が漏れる。慣れるにはまだまだ時間が必要だ。
2005.01.17
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ヤナ姉さんと夕食を食べながら沢山話した。アタクシのこれから、を。ここに残りたいのか。日本に帰りたいのか。いつも考えていることだ。どちらの長所も短所もよくわかっているつもりで、ちょっとやそっとで答えが出ることではない。でも、思いの丈を吐き出す場をくれたヤナ姉さんの優しさを感じて嬉しかった。ダニエルママが電話をくれた。アタクシが一人で寂しいのではないかと思ったらしくて、今晩バレエ付きオペラに招待された。国立歌劇場に行くのは初めてである。そして、グナーに『もう電話しないし、あなたからのメールも待ちません』とメールを書いた。かなり突き放したメールだったと読み返してみて思った。グナーのことは今でも大好きでたまらない。でも、このままズルズルとアタクシがグナーに惹かれてはいけないのだと思う。だからグナーから何かをしてくるまでアタクシは何もしないほうがいいのだと思う。一人の週末は沢山のことを考えてしまう。
2005.01.16
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「あなたって不毛だわ」とヤナ姉さんに罵られたような図星のようなことを言われてから初めて姉さんに会った。『ブリジット・ジョーンズの日記』を観ようと決めていたのに突然今週から始まった『HAUTNAH』という映画に変更した。姉さんが「アタシタチにピッタリの映画よ!」と言い張って聞かなかった。ジュード・ロウやらジュリア・ロバーツが出演している。話は単純と言えば単純。二組のカップルの四角関係だ。聞いているこっちが恥ずかしくなるような御下品な言葉が沢山出てきた。ここに書いたら楽天の人が伏字にしてくれるかもしれない。アタクシは見入りながら「嗚呼、アタクシが家を出るとき、ジュード・ロウみたいにダニエル君も泣くのかなぁ」とか「ジュリア・ロバーツは客観的に観ると許しがたいけどアタクシも基本的には同じことしてるんだよなぁ」とか悶々としてしまった。笑えるわけでもなく、泣けるわけでもなく、個々のヤマシイ気持をことごとく蒸し返すような映画だった。そんなヤマシイ気持がないヤナ姉さんは「結局、ジュード・ロウはどっちを愛していたのかしら」と帰り道ずっと考えていた。嗚呼、そんなヤナ姉さんが好きだ。どっちを愛していたんだろう。どっちも愛していたのかもしれない。どっちも愛してなかったのかもしれない。映画の中でアメリカ女がジュード・ロウに怒鳴る「『愛してる』って、その愛とやらを見せてよ。私はそんなもの見れないし触れないし感じない。聞こえるのはアナタの空虚な言葉だけ。」愛が本当に見えたり触れたり感じられたりして安心できるのは愛されているほうではなくて愛しているほうなのに。空虚な言葉でも言える資格がある人間が羨ましい。明日は仕切りなおしで、ブリジット・ジョーンズを観に行く。映画に何の答えを求めようとしているのか。アタクシは。******************************************************よく寝た。泥のように寝た。夢も覚えていないほど。時々、起きる寸前までとてもいい夢を観ていたのに、目が覚めたとたん忘れてしまっているときがある。どうしても思い出せないのにその夢で感じた幸せな気持の破片が胸の中に残っていて嬉しくなる時がある。その破片も春先の雪のようにすぐに消えてしまうのだけど。今日はその逆だったのかもしれない。朝から機嫌が悪い。腹いせに(?)たたき起こすダニエル君もいない。早く支度をして、買い物をして、ジムに行って、ヤナ姉さんと待ち合わせをしなくちゃいけないのに。平日に働きすぎると週末に活力がなくて困る。***************************************************音楽を聴きながら街を歩いて買い物をするのが好きだ。雑踏の音が音楽の、音楽が雑踏の、それぞれBGMみたいに思えるし雑踏とアタクシ自身の距離も少し変わって思える。何かのフィルターを通したように。今日は『椿姫』を聞きながら、一人で買い物をした。メインはダニエル君の誕生日プレゼントだったはずなのにお気に入りの店をあちこちのぞいて冬のセールと春の新作をチェックするのに殆どの時間を費やした。プレゼントは5分で即決。それからスウェーデン語の文法書とデンマーク語の読解問題集を買った。その足でジムに行こうとしたのに、電車から見える青空に惹かれて久々にジョギングに行った。久々すぎてかなり辛くて15KMが目一杯だった。これからヤナ姉さんと会う予定。グナーは遠い、日の出る国で新年パーティらしい。酔っ払ってまた誰かにチューをしていることだろう。
2005.01.15
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プロポーズの言葉大賞みたいなのの発表があったらしくアタクシもインターネットで何点か読んだ。世の中にはイロイロな大賞があるんだなぁ、と思いつつ。プロポーズの言葉なんてどれが一番ステキか、なんて決められないはずなのに。要は当人同士の思い入れだろう。と、思ってみてもアタクシにも密かに憧れているプロポーズの言葉がある。今は亡き夏目雅子が伊集院静に”逆プロポーズ”したときの言葉である。リアルタイムで夏目雅子を殆ど知らないアタクシですら、写真や映像から受ける彼女の人柄を本当によく表した言葉だと思う。そしてあんなに魅力的な女性から逆プロポーズされた人間は絶対に断れないような気がする。というか、かなりの幸せモノだ。「私みたいな人間が、家族に一人いてもいいと思うんだけどな」一字一句は定かではないがこんな感じのことを彼女はプロポーズの言葉として言ったのだ。プロポーズの言葉大賞というのも考えてみれば日本らしい。外国だったら「結婚してください」のバリエーションは数えるほどだろう。だいたいドイツ人は鈍感なので夏目雅子のように愛くるしいことを言っても、その意図することを汲み取れない恐れがある。大いにある。グナーに逆プロポーズをしてみるのもいいなぁ、とかアレコレ考えながら電話をかけてみた。何かんだいって電話をかけてしまうのは惹かれているからなのかなぁ、と自分の単純さを恥じてしまう。たとえそれが真面目モードのグナーでも。職場で朝早い時間に電話しているのを目撃する唯一の同僚ペーターは何かあるごとに「恋の病は治ったかい?ちゃんと対策はたててるのか???」と聞いてくる。アタクシは「嗚呼、全然ダメよ。後で作戦を練ろうね」ととりあえず返しておく。考えられる作戦と言えば、逆プロポーズだろう・・・。ぷぷぷ。それから、ライアンのプロポーズを思い出して少し胸が痛くなる。********************************************************職場でいつもかかっているラジオからよく聞こえてくる歌”I don't wanna believe it's over now"澄んだ声の女性歌手が歌っている。このねえちゃんはこの歌でラコステのCMにも出演しているんだけど、一体名前は?曲名は?・・・そんなことはどうでもよくて、この歌を聴きながらアタクシは、失恋って辛いよなぁとぼんやり考えていた。そして自分のことを考えてみた。恋人としての関係が終わるという形でグナーと一切連絡を取らなくなることは多分ないだろう。だってアタクシたち恋人じゃないんだから。アタクシは恋人になれないことよりも、誰かとの関係が決定的に切れる方が辛いと思っている。白黒つけられない臆病者と言われればそれまでだけど。嗚呼だからライアンともあんな長い間友達だったのかな。恋人になれなくても、グナーを本当に失うことがないと思ったら少しだけ気分的に楽になった。何も変らない方がいいと一生懸命自分に言い聞かせている。嗚呼、本当に本当に臆病者だ。*******************************************************よくよく自分の状況を考えてみる。健康である。仕事がある。ダニエル君がいる。友達もいる。同僚に恵まれている。仕事は忙しいけど。これ以上、望んではいけないのかもしれない。きっと。それを自分に言い聞かせてみる。でもやっぱり忘れられない。グナーと笑った夜のことを。グナーの情熱的な眼を。これ以上望んではいけないのに。
2005.01.14
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グナーと電話をした。いつも携帯に電話するので台風の吹き荒れる海岸沿いにいるような雑音がしてアタクシのリスニング能力以前の問題になる。うーん・・・。その中でまた突拍子もない打診をされた。「キミさ、東京のドイツ関係の仕事をすれば絶対にもっと精神的に楽になるよ!」うーん・・・。そうなのか?グナーがそういったのにはちゃんと理由があった。本国に帰してもらおうと水面下で動いていたら、上層部から東京でのポストを代替案として打診されたのだそうだ。しかも住まいは横浜らしい。グナーは横浜を知らない。「新幹線で通ったことがある!」と言っていたが、「それは新横浜で本当の横浜とは違う」とアタクシは反論した。学生時代を横浜で過ごしたアタクシは横浜に特別な思い入れがある。だからグナーには何度も横浜の素晴らしさを説いたのだった。そしてグナーは横浜に住めるかもしれないから君も戻っておいで、と言い出した。勝手すぎる。と、腹立たしくそして物凄く哀しくなった。酔った勢いでしかキスができないくらいなら、アタクシの人生を大きく変えてしまうようなことを軽軽しく提案しないでほしい。アタクシにとって今ドイツから日本に本帰国をするということは、その昔日本からドイツに渡ったのと同じくらいの大きな決断を要するのだ。グナーみたいに世界各国自由自在という人間ではない。だから、目を閉じて一気に駆け抜けなければならない。そのための準備体操とか助走も必要だ。だいたいグナーのためだけに日本に帰るなんて馬鹿げている。満足できる仕事が日本で見つかる保証なんてどこにもない。グナーとだってどうなるか全然わからない。そんなリスクをアタクシは負いたくない。グナーをとても大好きだと思うのに、それに対して人生の何かを賭けることができないとまだ思っている自分がいる。それは実際はそこまでは好きではないのか、はたまた何だかんだ文句をいいながらここでの生活を手放したくないのか。そういうグナーにどこか不信感を抱いているのか。そんな自分に腹が立つ。何もかも捨ててしまえたらいいのに。と思っていたはずなのに何も捨てることができない。もしも日本に戻ったら。一体どうなるんだろう。グナーとサクラ吹雪の川べりを一緒に歩けるんだろうか。横浜の元町商店街のユニオンでドイツから輸入された食品を買って懐かしい味だね、とか言いながら二人で食べて、外国人墓地でドイツ人のお墓を探したり、中華街の肉まんの湯気にウットリしてみたり、そごうの裏からランドマークタワーを見ながら話してケラケラ笑って、笑い疲れたら一緒にオウチに帰えるような日々が待っているのだろうか。それだけじゃ、ダメだよ。グナー。たとへばきみ ガサッと落ち葉すくふやうに われをさらって行つてはくれぬかこの短歌みたいにならないと。アタクシが悲痛な決心で日本に帰るなら、グナーも同じくらいの覚悟で『われをさらって』ほしい。今の二人にはどちらも全然足りないのだ。*****************************************************別の支店のチーフでアタクシが個人的な相談をする人がいる。そういうことを話しやすい人なのでついつい挨拶の延長であれこれ喋る。今日は、「今後の身のふりかた」について喋ってみた。ドイツにいればよほどでなければ今の会社を解雇されることもないだろうから生活も安定している。休暇も取れる。でも自分のレベルを落としてまでズルズルとそこにいるとどうなるのか、同じような例を沢山みてきたはずだ。でも今日本に戻っても職探しの面ではかなり難しい事実もある。でも日本とドイツで培ったものを以ってすれば交友関係のレベル(?)は自分で選べるし、日本人であるからその構築にも時間がかからない。こんなことを指南された。どちらにも長所があり、そしてどちらにも短所がある。結構、究極の選択である。何も決められない。決定権なんてアタクシにはないのだ。*******************************************************だいたい、この世にそこそこ外見が良くてそこそこ頭がよくてそこそこ優しくてそこそこ成功している人なんてゴマンといる。じゃあ、結婚相手の決め手になるのってなんなんだろう?と、考え始めてみた。突き詰めて考えるとやっぱりタイミングかなぁ、と思わざるをえない。例えばここに、ライアンよりちょっと見掛けが悪くてダニエル君よりちょっと優しくなくて、グナーよりちょっと実力がない男が表れたとする。彗星の如く。そしてその男は「俺もそろそろ結婚して落ち着くかー」と思っていたとする。そしてライアンに感じた同族意識より少し劣り、ダニエル君に感じた安心感より少し劣り、グナーに感じた魅力的なセクシーオーラより少し劣る、好意をアタクシも持つとする。そして彼がグナーやライアンやダニエル君のようなチンチクリン好きだったとしたら、どうしよう。そのときアタクシは一体どうするんだ?本当に全てはタイミングなのか?ダニエル君が経済的に何の問題もなくすぐにでも結婚の意志があったらグナーが本当にデンマークに戻ってきて、距離的な障害が何もなかったら一体アタクシはどうしたんだろう。嗚呼、わからない。*******************************************************明日からダニエル君がいない。週末はヤナ姉さんがお泊りに来る。日曜日は朝からフィットネスに行って夜は沢山デンマーク語とスウェーデン語を勉強できる。一人になるのもいいかも。たまには。
2005.01.13
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NIRGENDWO IN AFRIKA(邦題『名もなきアフリカの地で』)という映画の中で、妻と娘と一緒にベットに横たわっている夫が二人を抱きしめながら言う。「僕の人生に大事なもの全てがこのベットにある。」第二次世界大戦中にユダヤ人の弁護士として働いていたドイツからケニアに家族と逃れて家も仕事も妻子以外の親族も全て失った男がいう言葉である。壮絶だ。その状況でその言葉をいうと凄みがある。この映画でアタクシが一番好きなシーンだ。人生で本当に大切なものなんて、小さなベットに乗り切る位しかないのかもしれない。いつか誰かの腕の中に抱かれながら、または誰かを腕の中に抱きながら、そう思える日が来るのか・・・。その誰かって一体誰なんだろう。そしてグナーのことを考えてみる。苛立ちを覚える。煮え切らない状況に。今度会ったら首根っこをひっ捕まえて全てを白黒させてやろうと思っていた。アタクシが仕事でくだらないミスをしまくったのも、溜息が止まらないのも、大好きなチョコレートが美味しく感じなくなったのも、銀行カードの暗証番号を忘れたのも、スウェーデン語が上達しないのも、みんな(?)みんな(??)アンタのせいなのよ。どういうつもりなのよ?ってさ。それでグナーはアワアワ口から泡を吹きながら言うのである。「ごめんよ~。酔ってただけなんだよー。出来心ですう。暴力反対だよう」それでアタクシはジャイアンのテーマソングを歌いながらグナーの肩を叩いて「それでこそ我ココロの友」と和解するのである。完璧である。完璧だけど、どこか切ない。人生に大事なものは本当に少しだけど、人生は切なさに満ちている。*******************************************************桜の日本についてずっと考えていたせいか、変な夢を見た。ずっと会っていない連絡も取っていない友達の夢。彼はアタクシよりも4歳年上で、彼が大学院を卒業して上京した春に出逢った。最初は決して仲が良かったわけではない。ある出来事起るまでは。ある日、夕方から新宿で飲む約束をしていた。その日の午後早くアタクシは当時の彼氏に振られた。同じく新宿で。アタクシがヨーロッパを放浪している間に浮気をしてしまったとかで。夕方まで時間を潰すのも辛いし、かといってこのまま家にも帰りたくない。どうしよう。と、思って突然その友人の家に電話をして「今から行くから駅まで迎えに来て」と言ってアタクシは山手線に乗り込んだ。友人の家で烏龍茶をご馳走になりながらずっと愚痴っていた。あんな男と別れて正解だったのかもしれない、とかじゃあ俺が誰か紹介するよ、とかそういうどうでもいい話だった。暫く話した後、一気に涙が溢れ出してきてその場で大泣きをした。こんなに親しくもないトモダチの目の前で泣いてはいけないと分っているのに涙が後から後から出てきてどうしようもなかった。トモダチがハンカチを差し出してくれてアタクシが落ち着くまでずっと静かに待っててくれた。泣いている小娘の弱みに付け入ることもなく、何か別のことをするでもなく。それからもう一度冷たい烏龍茶を注いでくれた。泣きすぎて頭がボーっとしていて瞼が重かった。飲みにいける状態じゃないから今日は帰るね、と言うとトモダチは駅まで送ってくれた。そして彼が別れ際に言った言葉が今でも忘れられない「悪いとか思わなくていいよ。トモダチなんだから」枯れ果てたはずの涙がまた出そうになった。その日の東京も桜が満開だった。トモダチのアパートの隣の児童公園の桜が見事だったのを今でも覚えている。そしてアタクシはそのときのハンカチを今でも持っている。もう何年も前の出来事なのに、ずっと思い出してなかったのにこんな風に鮮明に思い出してしまったのは桜のせいだ。嗚呼、やっぱり桜ってすごいなぁ。そのトモダチの夢まで見せちゃうなんて。そして出社してメールをチェックすると件のトモダチからメールが来ていた。奇遇だ。ライアンなら運命だと言っただろうか。最後に彼からメールを貰ったり書いたりしたのは8月だったような気がする。「今年もよろしく!今年こそドイツに行くぜ。」それがアタクシを少しだけ幸せな気分にしてくれた。そうえいばドイツで勉強に行き詰まっていたときに一言メールをくれたんだ、彼。「倒れるときは前のめりに!」こんな一言が物凄い勇気をくれた。武士道らしいが。やっぱり桜はいいな。沢山の優しい思い出が溢れてくる。やっぱりトモダチはいいな。思い出すだけで幸せになれたり力になったりする言葉をくれる。やっぱり日本はいいな。桜もあるし、トモダチもいる。*******************************************************最後に日本で桜を見たときアタクシはライアンと一緒だった。3月末で桜が満開なのにみぞれが降る土曜日の夜に千鳥ヶ渕に夜桜を観にいったんだった。ウエノのサクラが一番綺麗、と言い張るライアンに、千鳥ヶ渕が一番綺麗とアタクシが対抗して。人が沢山いる絶景ポイントを離れると暗くて静かでそして寒くて道はぬかるんでいた。「どうして日本人はサクラが好きなの?」とライアンがアタクシに聞いた。散り際の潔さが武士道に通じてるからかねぇ、とアタクシはいい加減なことを言いライアンは「よくわからないけど、僕もサクラが大好きだ」と言った。どうしてキミはサクラが好きなの?と今聞かれたら、ちゃんと答えられる。ふるい時間が終わってあたらしい時間が始まる新年度に咲くサクラは、毎年毎年寂しさとか期待とかそういう感情とともに記憶に刻み付けられるのだと思う。それを小さな頃から繰り返してきて、日本人はサクラを見ると気持ちがハヤルのだ。少なくてもアタクシは。ライアンとは感激したときにお互い抱き合ったり、お互いの意見が一致するたびに握手をしたり、仲良しのトモダチとしてのスキンシップはあったけれど、それ以上のことはなかった。歩きづらい道などでライアンがアタクシの手を取るときも、必要がなくなるとどちらからともなく繋いだ手を解いていた。でもあの夜桜の散歩で、ぬかるんだ道を歩いたとき取ったアタクシの手はずっと繋がれたままだった。解きたくない、とかそういう感情ではなく、その手を離すという考え自体が二人になかったように。サクラが綺麗過ぎて他のことが考えられなかったみたいに。そしてそれ以上でもそれ以下でもなかった。その日は手を繋いだままでいるのが当たり前のようだった。全ては淀みなく完結していた。ライアンとは沢山の時間を共有した。面白そうなことをさがして、いろいろな場所に行った。でも今になってみて思い出すことは、例えば由比ガ浜の花火大会や、九段下の夜桜や、秋の本栖湖の湖畔や、当時面白いだろうと思っていたことではなくて、それに付随する本当に些細なことなのだ。それは、暗闇の中のぬかるんだ道だったり、電車の中で一緒に見た夕暮れだったり、向かい合って話すときにいつも眺めていた形のいい手だったり、並んで歩いている時に下を向くと二人三脚みたいに見える二人の足だったり。そしてそれらは『面白いこと』を思い出すよりももっともっとアタクシを辛くさせる。あんなに大事な時間を共有したライアンをきっと失ってしまう。全ての原因は、時間と距離とそしてアタクシ。やっぱりサクラは別れを感傷的に心に刻むらしい。
2005.01.12
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朝からグナーに電話をした。二日酔い、とかでテンションが低く、寝ぼけているときとあまり変わらない。しかし、ふと思った。この人、もしかして普段はものすごく落ち着いてるのかも。そりゃ、35歳の男がいつもゲラゲラ笑いながら面白可笑しい話をしていたら変といえば変だし、アタクシの記憶の中にあるグナーも非常に真面目で、ライアンとアタクシと一緒にはしゃいだりしたことがなかったような気がする。アタクシだって普段は真面目とは言わないまでも、ヘラヘラおもしろおかしい事を喋りつづけているわけじゃない。だからアタクシはグナーに言ったのだ「こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ」と。そしてそれ以来あんなに笑っていない。グナーが「僕もだよ」と言ってくれたとき本当に嬉しかった。アタクシはあの晩、酒を一滴も飲んでいなかった。だからあの笑いがアルコールによるものではなく純粋にグナーと一緒にいた時間が本当に楽しかったからあんなに笑えたのだ。本当に今思い出しても胸の奥がこそばゆくなるくらいに。でもグナーはデロデロに酔っていた。普段はあんなに飲まないのに。そして普段はあんなに笑わないのに。沢山飲んで、沢山笑ったことが、アタクシと一緒にいたことだったからだったらいいなぁ、と素直に思う。二人が共鳴しているみたいに思えるから。一緒にいるとお互いのいいところがキラキラしていくような。これからそういう時間をどれだけ共有できるかなんて何の保証もないけれど。また生真面目なグナーと気難しいアタクシの「普段」に戻って、何となくそんなことを思ってみたりした。グナーに会いたいと心から思う。********************************************************電話でグナーに変なことを聞かれた。「今度いつ日本に来るの?」「9月に変える予定だけど本当はその前に5月当たりにちょっと帰りたいような気もする」と煮え切らないことを言って誤魔化した。本当はいつでも飛んで帰りたい。日本の友達に会いたい。家族に会いたい。東京の汚い空気を吸いながら雑踏の中で無色透明人間になりたい。そんなことを少し想像していたらグナーが続けた。「ウチの両親が一度日本に来たいって言ってて、4月頃がいいと思うんだけど」「ああ、4月の上旬は桜が綺麗だからベストシーズンじゃない?」と言って、心をくすぐる春風の中、桜を見上げながら千鳥ヶ渕を歩いている自分の姿を想像した。そうだ、4月がベストシーズンだ。そうしたらグナーが言った。「キミもそのときに一緒に日本に来れないか」そう打診する正当な理由が彼にはあった。遠い日本まで年老いた両親が二人きりで来るのは非常に心配である。日本、特に東京をよく知っている人があちこち案内してくれれば楽しさも倍増である。温泉に行った時に女湯に母親が一人で入るのはきっとツマラナイだろう。など。そしてそれを嫌がる正当な理由もアタクシにはある。第一にグナーの両親を知らない。二人とも飛行機で10時間程の旅が健康を害するほどの高齢ではない。だいたいグナーが住んでいるのは東京ではないが、成田発着ではない飛行機はアタクシにとって都合が悪い。しかも4月は航空券が高い上に同僚との兼ね合わせで非常に休暇を取るのが難しい。大体日本に帰ったのに親ともろくに時間を過ごさないで別の家族にくっついてフラフラしてるなんて親不孝だ。だから無理。絶対に無理。しかしグナーは納得しない。仕舞いには、僕が金を払う、とかキミの両親も温泉に来ればいいじゃないか、とか言い出す始末。それじゃあ、結婚前の双方両親交えた親睦旅行みたいだ。絶対ダメ。これ以上、4月の日本の話をすると本当に帰りたくなるからもうやめて。と、早口で言い放ってしまった。グナーは「その話は会った時にゆっくり両親も交えてしよう。きっと彼らもキミを連れて行きたくなるくらいキミが気に入るはずさ」と言っていた。面倒くさいこととか、リスクとか、あらゆるマイナス面を考えても、桜咲く日本に帰るのは非常に魅力的な話である。しかし・・・・絶対に無理。******************************************************5歳までアタクシは日本の土を踏んだことが無かった。5歳の春初めて日本に降り立った。今日からここがおうちよ、と両親に言われた見知らぬ家や、今日からこの幼稚園に通うのよ、と連れて行かれた知らない子が沢山いる幼稚園。幼心に混乱した。今まで暮らしていたオウチにはいつ帰れるの?と何度も聞いた。桜が咲いていた。それが印象的だった。生暖かい風が吹く度に雪のように花びらが舞うのを見て、嗚呼この国なら好きになれそう、と思った。だから桜の咲く春がいつもいつも大好きだった。何もかもがマッサラに生まれ変わるようで。グナーが日本の春のことを話題に出してから、あの生暖かい風が頭の中を吹き抜けている。今すぐもう一度電話を掴んで「やっぱり4月に東京で会いたい」とハヤル気持ちを抑えつつ頬を紅潮させて言いたい。言ってしまえたらいいのに。でも絶対にダメ。もしも桜咲く東京で春風に吹かれたら、里心がついてしまう。二度とドイツに戻れなくてもいいから、一年に一回この桜が咲く何日間かだけのためにずーーーっと日本に住んでもいいような気持ちになってしまうだろう。本当に帰りたい。桜の日本へ。そこで両親や友達やそれからグナーに会えたら、何て幸せなんだろう。
2005.01.11
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日曜の夕時にひとりで大泣きをしながらDVDを観た。RIDING IN CARS WITH BOYSDREW BARRYMOREは実はあまり好きではないのだがこの映画だけは何度も何度も観てその度に大泣きをした。泣く度合いも、回数もここ最近どんどん増えてきた。利発な15歳の女の子がどうしようもない男の子供を妊娠して結婚したのを機に夢描いた人生が目茶苦茶になっていく話だ。この映画から「一度人生を踏み外すと軌道修正は難しい」という教訓を得ていた。でも今日久しぶりに観てみたら別の捉え方ができた。「人生を変えるのは大変」。例えそれが”踏み外していない”人生だったとしても、ある時点で人生を別の方向に帰るには運と悲痛な決断と強い意志が必要なのだ。そのことをずーっと考えながら観ていたら余計泣けてきた。そしてこの映画の最高な場面はラストだ。どんな人生を歩んでもどんなことがあっても側にいてくれる人がいてくれると思わせてくれる本当にいいラストシーンである。その場面で"All I Have To Do Is Dream"という唄が流れる。それを聞くと涙が止まらなくなる。人生って本当に切ない。アタクシにも出来ることといえば夢をみることだけである。グナーとまた沢山話して、一緒に料理をして、ダンスに行って酔っ払った勢いで大笑いをしながら大好きだとグナーに飛びつく夢を。そんなことですら夢見なければならないほど、人生の何かを変えるのは本当に大変なことなのだ。哀しい。********************************************************すっかり重症である。一本目で止めておけばよかったのに二本目も観てしまった。本当はサウンドトラックを聴きたかったのに行方不明でそれならDVDを観ちゃえ、と。ALL ABOUT MY MOTHER息子を不慮の事故で亡くした母親が18年ぶりにバルセロナに戻る話。酔っ払ったときにグナーが囁いていたスペイン語を思い出せると思ってオリジナル音声(スペイン語)、ドイツ語字幕で観てみた。設定がことごとく極端なので感情移入はし辛いが、この映画の根底に流れるのは、一言であらわすと『母性の偉大さ』である。血の繋がった息子に対する母性ではなくて、人間愛としての母性のようなものが描かれている。観る女性の年代のそれぞれの視点によって多角的に捉えられる映画だと思う。これを観ると、女性として生まれたことは幸せなんだなぁと思わされてしまう。アタクシも頑張らなければ。******************************************************人生を変える、というとちょっと大げさだけど生活を大きく変化させるのはいつもとても大変だと思う。その変化に引越し、特に国を越えた引越しをするのは。簡単に行ったり来たりできないからアタクシも一時の激情に任せて日本に帰れない辛さがある。しかしグナーはどうだろう。「親に頻繁に会える環境にいたいし、僕がヨーロッパに戻ったら君をガールフレンドにできるし!」とか一夜のうちに(?)決めてしまい、今は大忙しで本国と契約内容の調整やら何やらに奔走している。多分理由はそれだけではくて、自分のキャリアを考えてのことなのかもしれないとは思う。何かあるごとに「僕の人生に大事なのはキャリアと家族を持つことだ」といっているくらいだから。でも、そうやって自分の居場所をフレキシブルに変えていける彼の運の良さ、能力、適応力を本当に羨ましく思う。本当に実力のある人間は多くの選択肢を持っているのだ。羨ましい。「またキミに会えるのが楽しみだなぁ」と電話口で言っていたのを思い出して温かい気持ちになる。そんな風に言われると、ヨーロッパに戻ってくる理由の一つにアタクシのことがあるということも信じてしまいたくなる。せっかく、彼が来るまでの数週間で何も無かったように完璧な良い知人を演じられるようになると思っていたのに。*******************************************************何かしていて、ふとグナーの言葉を思い出すことがある。「キミの笑顔が魅力的だ」魅力的、という言葉を彼はCHARMANTという単語で表した。普段誰かに言ったり言われたりすることのない単語だ。ヤナ姉さんは「あなたってSUESSね」と言う。ダニエル君もSuessという言葉でアタクシの多くを言い表す。だからCHARMANTと言われたときドキッとした。何のためらいもなくこんな言葉を口に出来るところがラテンの血を引いている彼らしいと思った。CHARMANTという言葉には、何かを魅力的と表す以上の感情が込められている言葉である。つまり、「キミは魅力的だ」と言うときにCHARMANTを使うと、そこには「キミは魅力的(だから好き)だ」みたいな含みが出る。勿論グナーはそんな沢山の意味をこめたのではないが。そして彼は続けた「口のところにあるホクロが笑顔を際立たせてる」マリリンモンローのようにグッとくるようなホクロではない。ただ単にそこについているだけの存在感のないホクロである。きっと多くの人はそこにホクロがあることも気がつかないか分かれて10分もすれば記憶の中のアタクシの顔からそのホクロは消えているだろう。今日、職場のトイレで鏡を覗いてその言葉を思い出した。そしてアタクシ自身もそこにホクロがあったことを改めて思い出した。グナーの言葉の選び方が好きだと思う。グナーの人を見る視線が好きだと思う。CHARMANTという言葉は普段使わない言葉だ。誰かに対してそれを言ったことは無い。でももしもいつかその言葉を使う機会があるとすればそれはグナーに対してではないかと半ば確信しながら思う。グナーがくれた沢山の『魅力的』な言葉を思い出しながら。
2005.01.10
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日曜日なのに朝早く母から電話があった。「いつ日本に来るの?」とのこと。まだ休暇が3週間残ってるし2月は航空券も安いからちょこっと帰ろうかなぁ、と打診しておいたのだ。しかし、その後で急にグナーのヨーロッパ出張の可能性が浮上したのでアタクシも残っている休暇はグナーと『殆どぜんぶ』をするために充てようとさっさと予定を変えてしまったのだ。「う・・・し、仕事が忙しくてねぇ・・・」とドモリつつ暗に無理であることを示唆したら母親は「そうね、無理することないわ。」と言っていたもののかなり残念そう。電話の向こう側で父親もさぞかしがっかりしていることだろう。「でも、どっちみち9月には帰る予定だから」とフォローしておいたが。電話を切ってまたちょっと凹んだ。母親がアタクシの年齢だった頃にはアタクシはすでに2歳だった。兄は4歳だった。心の中で母もアタクシに早く結婚して落ち着いて子供を産んで欲しいと思っているんだろうなぁ。きっとこのままダニエル君と順調にいってほしいと願っていることだろう。でも、そこに晴天の霹靂のようにグナーが登場してしまいまた一寸先は闇の状態になってしまった。嗚呼、お母さんごめんね。鉄砲玉のように外国に飛び出したきり戻ってこないだけでも充分親不孝なのに、結婚の見通しも立たないなんて。本当に親不孝だ。日曜の朝から暗くなった。今日の天気のようだ。しょうがないのでスポーツジムへ行くことにする。******************************************************いつも仕事中は二つの時刻を確認できる腕時計をしている。チマチマ時差を計算する時間さえも惜しいのだ。そんなアタクシが週末にミスをした。グナーに電話するね、と言っていた時間にアタクシはまんまとボクシングをしていたのだ。よくよく冷静に時差を計算してみてギョッとして大急ぎで帰ってきた。案の定グナーは寝ていた。寝ぼけたグナーは酔っ払っているときと大差がなく半人間のようだった。ごめんね、ごめんね、もう寝ていいよ、というアタクシに大丈夫さー、と言いながらフニャフニャしていた。「嗚呼、また君会えるのが楽しみだなぁ」と彼が寝ぼけながら言った。寝ぼけていると素直になれる特権があって羨ましい。アタクシがグナー以上にもう一度会えることを楽しみにしていることを伝えられればいいのに。でも、アタクシは酔っ払ってもいないし、寝ぼけてもいないし、ラテン系でもないので「じゃあ早く来なくちゃダメだよ」というだけ。「いっぱいいろんなことをしよう。また沢山話して、今度こそダンスに行こう。それから絶対に君と料理がしたい」とも。二人とも料理が大好き、という共通点がこの間の彼にとっての大発見だったらしくて酷く感動していたのだ。電話して何だか物凄く安心した。彼が寝ぼけていたから『全部』のことについても、「アナタが大好き」についても触れられずにいたから。きっと次に会う頃は年の瀬に起こったことなんて忘れてまた沢山話して大笑いしてダンスをすればいいんだと思う。だから、グナーに恋に落とされたことや、今となってはきっと彼がアタクシを想うよりも、アタクシが彼を想う気持のほうが強いのだということは絶対に言ってはいけないのだろう。哀しいけれどそれしか最後の砦を守ることは出来ないような気がする。
2005.01.09
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明け方にグナーの夢を見た。その夢の中でアタクシは日本にいて親友のMと一緒にグナーの職場で彼が出張から帰るのを待っていた。日本人もグナーも誰も彼もドイツ語しか喋らないヘンな夢だった。アタクシがグナーに休暇の打診をしたときに『もしもアタクシがアナタの出張に合わせて休みを取れば二人で殆ど全部のことが出来ると思います』と書いた。グナーがアタクシに「もう少し早く会ってれば全部できたのになぁ」と言われたその”全部”のうち”殆ど”という意味だったがアタクシはグナーの言った”全部”の全容をきちんと把握していない。ダンスに行ったり、映画を見たり、食事に行ったり、ジョギングしたり、とアタクシが”全部”の内容を聞いたときに彼は答えた。勿論、それで”全部”ではないことくらい彼の言い方からすぐに分かっていた。そして今日のメールでグナーに聞かれた。「”殆ど全部”ってどういうこと?」”全部”が何なのか分かっていないアタクシに”殆ど全部”の内容を聞かないで欲しい。頼むから。そして、彼の言った”全部”とアタクシの提案した”殆ど全部”について考えてみた。彼の全部は多分一つだったのだと思う。「もう少し早く会っていて恋人になれていれば全部出来たのに」だから、恋人になることが全部であり、全部できるようにするためには恋人になる必要があったのだ。アタクシが提案した”殆ど全部”には「恋人になること以外の殆ど全部」としての、映画に行くことや、踊りに行くこと、食事にいくことだった。でも恋人になるという大前提が抜けている限り『殆ど全部』などという提案はありえないのだ。彼にとって。わかっていたはずなのに。アタクシが数日休暇をとってグナーと一緒にいても、恋人になることはできない。だから、『全部』も『殆ど全部』も実現できるはずがないのだ。悲しい。切ない。哀しい。辛い。朝からうなだれてタンゴを聴いている。繰り返し『恋人もなく』というタイトルを。グナーが酔っ払ったときに喋り始めるスペイン語をふと思い出してまた哀しくなる。*****************************************************短いメールを長い時間をかけて書いた。なるべく事務的に、感情を排除して。 『殆ど全ての”全て”はアナタがアタクシに言った”全て”で、アタクシにはアナタが実際に何を意味していたのかわかりません。でも、その”全て”の多くはきっとできるのではないかと思っています。”全て”が何か知っているのはアナタであり、それが何なのか聞く権利はアタクシにあり、アナタはそれが何なのか私に言う義務があります。そうしたら二人で計画をたてましょう。』 読み返してみてあまりのヒネクレ加減にうんざりした。本当に酷い。 グナーからのメールに「ich werde dir bald schreiben, tausand Kuesse (またすぐにメールします。たくさんのキスを)」と書かれていたので「Schreib mir bald, tausand Kuesse zurueck (またメールしてね。たくさんのキスを返します)」と書いた。これも素っ気なさすぎる気がして、暫く考えて迷って最後に一行書いた。 Ich habe dich lieb.(アナタが大好きです) I love you と I like you の中間に当たるこの言葉をアタクシは日常的にはダニエル君とヤナ姉さんとカナリア諸島にいるホセにしか言わない。ティモシーもミヒャエルも好きだけど彼らに向かってこの言葉をいうことはしない。Ich liebe dichとアタクシに言うようになる前のダニエル君はこの言葉を多用した。今でもよく口にする。そのくらいの重さがある言葉なのだ。多分面と向かっても、あるいは電話口でさえも、おそらく決して言うことが許されないその言葉を、その言葉に込められる限りの感情を込めて書いた。メールでのみ許されるその無礼講に今日は感謝した。酔っ払いに無礼講が許されるのといい勝負だと思った。 そして、ドキドキしながら送信ボタンを押した。 送信してからもう一度読み直してみて、挨拶も”全て”に関する押し問答も本当は何の意味もなくて、言いたいことは全て最後の一行に凝縮されているようなメールだと思った。 「”殆ど全て”って一体何のこと?」と聞かれて、にっこり笑って「アナタが好きよ。それで全部なの」とかいえるくらいのシタタカサだか素直さだかを持ち合わせていたらこんなことでグッタリ憔悴しなくても済んだのになぁと偏屈に生まれた自分を恨めしく思った。 そして送信してからまた「シマッタ」と思った。
2005.01.08
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嗚呼、グナーについて胸を焦がしているだけならどんなに楽だろう。溜息をついているだけで時間が過ぎていくんだから。しかし、アタクシは会社の大黒柱(自分で言うなって?)である。アタクシを導入したことで社員を二人首にできた人件費削減の秘密兵器である。朝7時から夜21時まで働く。休憩なし。眠気に襲われたらトイレで5分間仮眠。ミュズリ―レーゲルを加えながら仕事を続行。17時を過ぎると誰にも邪魔されないので嬉しくなる。打ち出された請求書の山を見ながら今月の儲けを考えて満足感を噛み締める。そしてアタクシは同時に主婦(?)でもある。ダニエル君と自分の健康を思うとなるべく食事は手作りがいい。だからヘロヘロで仕事から帰って来ても休み暇なく台所へ向かう。お弁当の準備とパンを焼くのが最近の日課である。・・・・でも、そろそろ限界。本当に疲れた・・・・・・・・・。********************************************************グナーは言った。一緒にデンマークにおいで。両親にも紹介できるし。二人でいろいろ計画を立てよう。彼が出張で戻ってくるのに合わせてアタクシも休暇を取る、と半ば強引な提案に対して、それがごく自然なことのように彼は言ったのだ。駄々を捏ねているのをなだめられたような恥ずかしい気分になった。「嗚呼、時間があったら一緒にデンマークにいけたのになぁ」「嗚呼、時間があったら両親に紹介できたのになぁ」この二つはこの間会った時にグナーが度々悔しそうに口にしていたことである。日本とは違って異性を両親に紹介しても大きな意味があるわけでもないのけど、やっぱりそれはとても緊張する。アタクシは『二人で』とか『僕達』とか『一緒に』とかそういう言葉が大好きである。心がくすぐられる。一緒にいて何かを共有している気がするからだ。だから何度か心の中で繰り返してみる。『二人でいろいろ決めよう』いい響きだ。そしてふと思い出した。日本にいた頃、ライアンといつも一緒だった頃、グナーはいつもライアンとアタクシを『キミ達』と呼んだ。そこにライアンがいなくてもアタクシに『キミ達』という主語で話していた。そしてその片割れが誰を指すのかみんな良く分っていた。そのくらいライアンとアタクシは仲良しだった。兄弟みたいで、親友で。グナーはもう『キミ達』とは呼ばない。アタクシは大事な片割れをなくして『キミ』と呼ばれるようになった。それを思うととても胸が痛い。とても哀しい。どうしようもないことなのに。そしてグナーは『僕達』という言葉を使うようになった。「だったら僕達両親のところにいける」「僕達の計画」「僕達の休暇」(グナーは出張のはずでは・・・)それを聞くとやっぱり胸がくすぐられる。胸が痛くなったりくすぐられたり休む暇も無い。**************************************************上司にサインを貰いに行ったときのこと。「あれ?最近綺麗になったんじゃない?」こんなこと日本で言ったらセクハラだの何だのと後々問題になるらしいが、ドイツ、少なくともウチの会社では日常茶飯事であり、もっとキワドイ会話もドイツ語だろうと英語だろうと日本語だろうと平気でされている。変にどぎまぎしたりせずサラリとエスプリの効いた一言を返すのが度量のみせどころである。だからアタクシもニッコリ笑ってサラリと言った「そりゃもう、恋をしているんですから」そしてサインを貰った書類を持って立ち去った。別にグナーのことがあって綺麗になったとは到底思えない。どちらかとえいば憔悴してヘロへロだ。でも言葉にすると少しポジティブになれた気がする。きっと、人を綺麗にするほどの威力があるポジティブな恋をするということに、傍から見るとアタクシ自身も当てはまるんだと思えたから。もしも、いろいろな問題を抜きにしてこの心の震えを満喫できたら本当に幸せだっただろう。何ていっても相手はあのラテン系色男グナーなのだから。その彼に『キミは天から降りてきたみたいだ』なんて言われて女冥利に尽きるというものだ。でも実際はそうもいかない。全てにおいて不毛なのだ。罪の意識に苛まされ続けることがきっと自分自身への罰なのかもしれない。アタクシが一番最初に読んだ現代短歌は俵万智の一首だった。『いい恋をしていますかという問いに迷いつつ想う君の横顔』アタクシが今もしも同じように問われたら何て答えればいいんだろう。
2005.01.07
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仕事でヘトヘトに疲れていて頭が朦朧としていたせいか間違ってライアンからのメールを開封して間違って最後まで読んでしまった。グナーのことについて書かれていた。アタクシ達の間に起きたことを何か知っているのか知らないのか定かではないが。『グナーはお元気でしたか。彼は専門分野も違うし、年代も違うけれど、彼からはとても学ぶことが多いといつも思っていました。僕たちがまだ日本にいた頃はキミはあまりグナーと接点がなかったし、もともと人見知りな性格なので突然グナーが訪ねてきて変に気を使ったり、きまずい時間を過ごしたのではないかと少し心配しています。よい時間をすごせていたら僕も嬉しいです』嗚呼、この人はアタクシをよくわかっているなぁ。さすが、ライアンだなぁ。と読んで本当に感心して嬉しかった。そして少しだけ哀しかった。どうやって返事をしていいのかわからなくて途方にくれてしまう。ダニエル君は元気に働いている。毎日アタクシが作ったお弁当を持って。同僚に羨ましがられるんだよ、と言いながら空っぽになったお弁当箱をアタクシに渡すダニエル君。その柔らかい笑顔をとても愛しいと思う。パンを焼きながらコロッケとピクルスと胡麻和えを作っていたらミシェルがちょっとやって来て、少し遅くなったけど、と誕生日プレゼントをくれた。アタクシが大好きなベルギー製のホワイトチョコとCD。お返しに焼きたてのパンを半分あげたら熱いうちに食べたいから、といそいそと帰っていくミシェル。誰もアタクシのここでの辛さなんて分っていない、と言ったけど本当はわかっている。それが間違いだって。少なくてもみんな悲しいくらいに優しい。グナーといる人生を選んだら、ダニエル君もミシェルもヤナ姉さんもそれからライアンもみんな失うのだろうか。今まで少しずつ積み上げてきたこの街での時間も思い出もダニエル君やティモシ―やたくさんに人たちとの小さな約束の数々や計画も、全てを失ってまでアタクシはグナーを想い続けることなんて出来るのだろうか。仕事が忙しいのにいろいろなことを考えてしまう。アタクシは普段酒を全然飲まない。乾杯のときにワインを一口飲む程度である。そもそももともと酒に強くないし、酒を飲んで陽気になった酔っ払いに負けないくらい素面でも陽気になれるし、酒の力を借りないでもメソメソ泣くこともできる。アタクシには酔う必要性というのが全然ないと思っていた。今まで。グナーが酔いに任せてアタクシの心をかき乱したのを本当にずるいと思う。腹立たしいくらいだ。酔っ払いの言葉は酔っ払っているときしか有効じゃないと思うからだ。自分の言葉に責任も持てないなら最初から言わなければいいのに。でも、それが酔っ払いの専売特許ならアタクシだってデロデロに酔っ払いたい。酔っ払いながらグナーに思いの丈を吐いてしまいたい。それから道の真中で大泣きをしたい。そして次の日には何も無かったようにケロリとしてみたい。このアタクシにも酔っ払っていないとできないことがあるなんて。もしもグナーがアタクシと同じくらいの決意のもとにあそこまで酔っ払ったとしたら、胸が痛い。今更ながらに「あれはもう無効なの?」と聞いてしまいたいくらい。それができそうにないから次はアタクシが酔っ払う番かもしれない。何を考えても切なくなるばかりだ。*******************************************************仕事が忙しいと余計なことを考える暇が無いからいいと自分に言い聞かせながらひたすら働いて精神バランスをとっていたのに、いきなりシステムに異常が発生していつも使っているプログラムが使えなくなった。手持ち無沙汰である。どんどんいろいろなことを考えてしまう。同じ処をぐるぐる回っているみたいだ。ヤナ姉さんから「まだ怒ってるの?」とメールが来た。怒っているわけではないけれど、何を書いても自分を正当化してしまいそうで何も書けていない。早くプログラムが復旧しないと今度はアタクシが壊れそう。
2005.01.06
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ヤナ姉さんに思い切り罵られた。アタクシがとても不毛だと。仕事の昼休みに長いメールを貰ったのだ。姉さんはグナーとアタクシの間にもっと物質的な何かがあったのだと思っていて、それはダニエル君に対しても誠実じゃないし友達とはいえ久しぶりに会ってちょっと話しただけで訳のわからない男の夢物語にすっかりのぼせ上がっているアタクシを見損なった、というようなことが書いてあった。弁解なんてするつもりはないけれど、物質的な何か、つまり肉体関係なんてグナーとの間には無い。キスをされたのも別れ際の一度だけだし。アタクシはただひたすら嬉しかったのだ。友達が会いに来てくれたこと。一緒に話したこと。一緒に笑ったこと。そしてグナーが「ヨーロッパに戻ろうと思う」と言ったこと。アタクシがドイツでひとりぼっちのような気がしていつも辛い、とか、普段はこんなふうに笑ったりしないよ、とか弱音を吐いていて、近くにいたらきっとまた一緒に沢山のことができて沢山笑えるとグナーは思ったのだろう。そうやった想ってもらえることが嬉しかったのだ。こんなふうに、言い訳ならいくらでも書ける。本当は、本当に不毛だということくらいわかっている。分っているから辛いし、苛立つし、哀しいし、罪の意識に苛まれるのだ。肉体関係よりも酷い裏切りがここに存在しているのだ。でも、グナーにいてほしいと心から思う。ちょうど日本にいたころライアンと一緒にいると人生の何もかもが絶対にうまくいく、と勇気をもてたみたいに。きっとこの人といれば大丈夫だという小さな確信が胸から消えない。正しいことを言われたのに、哀しくなってしまってアタクシは酷い返事を書いてしまった。「結局あなたも私がどんな気持ちでここで生きているのかわかってないのよ、ダニエル君と同じで」送ってからますます哀しくなった。ライアンが一度だけアタクシに怒鳴った言葉が頭の中で回っている。「感情を持ち合わせているのはオマエだけじゃないんだ!」こんな不毛さのためにみんなを傷つけてしまうのだろうか。さっさと家に帰って泣きたい。
2005.01.05
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きっともうグナーは覚えていないと思うけれど、アタクシは忘れられない。そういうことをグナーに言われた。彼はそのときとても酔っ払っていた。アタクシがかなり手を焼くぐらい。基本的にアタクシは酒を飲む男が嫌いである。そして酔っ払った男の言葉は一切信じない。それが信条なのにどうしてグナーの言葉をこんなに大事に心の中で反復しているんだろう。「こんなこと、ここまで酔わないと言えない」きっと彼にそう言われたからだ。だから、彼がそれらの言葉を忘れていても構わないからアタクシの心の中で大事にしまっておこうと思う。酔っ払っていたゆえのうわ言だったとしても、彼はもうすっかり忘れていたとしても。「Du kommst aus dem Himmel」君は空から降りてきた。酔っ払いが言いそうな台詞である。グナーはこの言葉に「君は神様が僕の理想像を形にして出逢わせてくれた」という意味を込めたらしい。酔っ払いの言うことなんて普段は信じないけど。信じないけど。でも向こうも向こうで信じてないんだろう。アタクシが恋に落ちたなんて。仕事が泣きたいほど忙しい。ふー・・・でも忙しいと余計なことを考えなくて済むから精神的には楽である。だから自分をとことん忙しく追い詰めている。昨日も仕事から帰ってキッチンに直行して、サーモンフライとラタトゥユを作ってサンドイッチの下ごしらえをして、並行してフランスパン(の一種、バタール)を焼いた。疲れきって寝て朝は5時半に起きて二人分のお弁当を作って6時10分に家を出た。仕事も激務で何も考える余裕が無い。無機質に働いていくうちに時間が過ぎる。でもバス停でバスを待っているときや、コピー機から紙が出てくるのを眺めているとき、日常の小さな隙間で溜息ばかりついてしまう。そしてふと眉間にシワが寄っているのに気がつく。きっとさぞかしイカメシイ顔をしているんだろう。グナーといたときはあんなに笑ったのに。「僕の大好きな中国人の女優も魅力的な笑顔なんだ。ちょうどキミみたいに。」と言ったときのグナーも酔っていたのだろうか。アタクシも「私もアナタの笑顔がとても好き」と素面で言っていればよかったのだろうか。早く忘れなくちゃ、と一生懸命もがいているのに蜂蜜の中でじたばたしているように上手く進めない。『全ての決定権』を持つアタクシが本当に何かを決定したらグナーはそれを受け入れてくれるのだろうか。
2005.01.04
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もう一度最初から考えてみた。 ライアンと久しぶりに会ったとき本当に嬉しかった。だって彼はアタクシが自分の一部だとずっと思っていたほどの親友だったから。彼がこの町にいた2日間、アタクシ達は沢山の話をした。そして浜辺でタンゴを踊り、プロポーズされた。嬉しいはずなのに現状を鑑みると手放しで喜べるはずもなく、アタクシはサメザメと泣いた。 グナーと会ったときも同じように嬉しかった。そして同じように話をしてアタクシはケテケテ笑った。でも以前はこんなことはなかったような気がする。もっと師弟関係のような背筋がシャキッとするようなところがあった。そして不意に愛を告白されてチューされてアタクシは何処そかのコムスメのように胸が一杯だ。 ライアンと会ったときに見つけたのはお互いの間に生じた小さなズレだった。それに気がつかないように、そしてそれを埋めるようにがむしゃらに話をした。昔の話、それから二人の共通点について再確認をするように。でもこのまま離れたままでいたらそのズレは決定的になりアタクシ達はお互いの一部を失うことになるということは明らかだった。だからライアンは悲しい賭けに出てアタクシはどうしようもできないから泣いたのだ。つまり全てはそういうことなのだろう。 そしてグナーの場合は逆だった。まるで新しい出会いのように。彼もアタクシも変わり、驚くほど共通の話が増えた。嬉しくてたまらなくてケラケラ笑った。顔が筋肉痛になるほど。新しい発見に満ちた懐かしい友達とのひと時だった。だいたい二人きりで会ったのだってこれが初めてだったのかもしれない。お互いその新鮮さに大はしゃぎしていたような気がする。そしてグナーに今のアタクシが好きだと言われて素直に胸が熱くなった。そして”実現可能”な「これから」を考えられる彼を無条件に信じてしまいたくなる。 どちらも日本にいるころから知っているのに、大事な友達だったのに、お互い少しずつ変わって、全体的に見ると何かが根本的に変化した。ライアンの場合アタクシはそれに胸を痛めて、グナーの場合アタクシはそれに高揚を覚える。 今の状況を悲しんでいいのか喜んでいいのかわからない。 胸が痛い。胸が一杯。バーで酔っ払ったグナーが上機嫌でアタクシの肩を叩きながら「君もオレと同じくらいヘンテコリンだ!あはははははは!」(Du bist auch unnormal genauso wie ich! Hahahahah!)と言っていた。嗚呼アタクシもずっと前に大喜びで同じようなことをライアンに言ったなぁ・・・。 全てお見通しで言ったのだろうか、グナーはあの夜タクシーの中で「全ての決定権は君にある」と。一体、何を決めろと言うのだ、このアタクシに。 *******************************************************日本へ帰ったグナーのことをボンヤリ思う。今のグナーが日本でどんな生活をしているのかアタクシはよく知らない。ライアンやアタクシが日本にいた頃とは彼の生活環境が変ったから。でも、話を聞く限りではいい人たちに囲まれて、仕事も成果をあげて、充実しているようだ。通勤バスの中で女の子に声を掛けられてお茶に誘われたり、知り合いの日本人達がしきりにお見合い(?)の段取りをつけてくれたりしているようだし。そうやってまた自分の現在の居場所に馴染んで楽しい時間を過ごして、ここであったことなんて忘れてしまうべきだとアタクシは思う。こんな『寝ぼけたような街』(グナー談)に住むチンチクリンなアタクシなんか、絶対によくないはずなのだ。嗚呼、本当はこんな風にちゃんと言うべきだったのに。寝ぼけてたんだとか、酔っ払ってたんだとか言い訳をされて何も無かったことにしようと言われたらどんなに楽だっただろう。と、思いながら寝たら明け方にグナーの夢を見た。コペンハーゲンの中央駅のマ*ドナルドの前でアタクシを待っているグナーを見つけてアタクシが駆け寄っていく。それから何も無かったようにハグもしないで、手も繋がず肩も組まず雪の積もったコペンハーゲンの街に歩いていくのだが、グナーに見つめられてアタクシは「何も無かったわけじゃないんだ。こんなに想われているんだ」と思って、夢の中でアタクシは安心して歩いていくのだ。二人とも無言で雪の積もったコペンハーゲンの街を。歩きながら夢の中のアタクシは思う「これは夢だから夢から覚めたら全部消えてしまうから、もうすこしゆっくり歩かないと」。つまり、こんなにヤキモキしているのは正論として考えていることと望んでいることの間に隔たりがあるからなんだろうなぁ。****************************************************仕事が、じぇんじぇん手につかない。グナーの言ったこと、行動の逐一を思い出しながら、彼が本気ではなかった根拠を探そうとしている。ケラケラ笑ってばかりいないでもう少し真面目に相手の一挙手一投足を観察していればよかったのに。傷つくのも、傷つけるのも嫌だからこのまま何もなかったことにしましょう、とメールを書かずにいられない気分だ。嗚呼,本当に憔悴。ヘロヘロ。グナーからではないと分っているけど、仕事関係のデンマークからの電話がかかってきてディスプレイに国番号が表示されると電話機を床に叩きつけてしまいたくなる。参ったなぁ。本当に参ったなぁ。
2005.01.03
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今朝グナーからSMSが届いた。[Ich traeume,dich zu kuessen]ラティーノの情熱をドイツ語で表現するのは、和服でフラダンスを踊るくらいチグハグだよなぁと思いながらボンヤリ携帯を眺めていたら電話が鳴った。日本に”帰る”飛行機に乗る直前に「お誕生日おめでとう」とコペンハーゲンから電話をくれたのだ。またすぐに来るから、と言い残して帰っていったグナー。嗚呼、そういえば3週間ほど前にエンリケ・イグレシアスの妻になった夢をみたけど、あれはラテン系と結婚することになるという予知夢か何かだったのだろうか。と、考えてみて更に一歩憔悴具合が進んだ。普通は気分転換に料理をするのだが、誕生日なんだから何もしなくていいんだよ!!と言い張るダニエル君がそれを許さずしょうがないので本の整理をしてみたら、ずっと探していた俵万智の「あなたと読む恋の歌百首」が出てきた。これには親しみやすくセンスのいい恋の短歌がギュっと詰まっているので非常にオススメ。でも今日は胸が一杯で読めない。いつもならここに感情を吐露することで気持が整理できていたのに胸が一杯過ぎて何を書いていいのかさえわからない。そのくらい威力が凄いのかもしれない。ラティーノの接吻は。******************************************************** 気分転換にデンマーク語の発音練習をしたのに全然気分転換にならずに、よけい胸が痛くなった。当たり前か・・・。胸が痛いのか一杯なのか胃が痛いだけなのか過度の空腹か満腹かよくわからなくなってきた。とにかくその辺が普通じゃない。グナーのことをいろいろと考えてみる。何かを正当化するように。最初に会った花見パーティでライアンから紹介されたとき「ああ、君が噂のライアンの片割れだね」と言われたこと。いつも理論的に話して的確なアドバイスをくれて、ライアンもアタクシも彼という人間に憧れていたこと。それからアタクシがグナーについて知っていることを挙げてみる。こんなことをしても何もならないのに。正しい道なんて一生見つからないような気がする。
2005.01.02
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あけましておめでとうございます。去年今年貫く棒のごときものとは、よく言ったもので。新年を境に去年の悩みが全部消えればいいのになぁ、と思ったのが馬鹿みたいな出来事が元日の午前8時から起こってしまった。大晦日はヤナ姉さんと友達と明け方4時まで踊りまくってそのままベットに直行。嗚呼、でもデンマークの色男と今日ちょこっと会う約束をしていたから電話をしなければ、と思って朝8時に寝ぼけながら電話をしてみた。考えてみればいい迷惑である。アタクシは寝ぼけていてろくに喋れず、グナーも寝ぼけていて訳のわからないことを言い出した。突然、デンマークに帰ろうかな、と言い出したのである。あんなに日本が大好きでたまらない、と言っていたのに。やっぱりちゃんと両親の面倒を看たいから、とか。「うーん。それもいいかもね」と寝ぼけながら答えるアタクシ。「そうしたら、君とも沢山いろんなことができるよ。タンゴのダンスパートナーにもなれるし、君が週末にデンマークに来れば足を伸ばしてスウェーデンまでいけるし、一緒にジョギングもできるし、それからそれから・・・」うーん、それもいいかもねえ。とオウムのように繰り返してアクビをかみ殺すアタクシ。嗚呼どうしてイキナリ帰ることにしたんだろう、聞かなくちゃいけないのに眠すぎて面倒くさい。ブツブツ。そして、グナーが付け加えた「それから、いつか僕の彼女になるのもいいかもね」理解するのを頭が拒否したような、聞き取るのを耳が拒否したような麻酔を打った歯茎で何かを食べるような、へんてこな感覚だった。アナタ、日本でアナタに恋焦がれているカワイ子ちゃん達をどうするつもりなのよ。あははは、やめたほうがいいわよ、アタクシなんてチンチクリンで面倒くさがり屋で散らかし魔で浪費家で寝相が悪いんだもん。あなたの母国語が喋れてタンゴが大好きでそこそこ面白い女の子なんてゴマンといるわよ。だいたいアナタ、ライアンから全部聞いてるんじゃないの?これって抜け駆けだわよ。ずるいわよ。男の抜け駆けって男の嫉妬よりみっともないじゃないのよ。しかもアナタ、アタシやらライアンやらよりもずっと年上の癖してオトナ気ないじゃないの。一昨日来やがれ、ってまさにこのことだわよ。なんて、ことが寝ぼけている頭でいえるわけもなく、暫く黙って何を言おうか考えていた。いや、ただ眠さに耐えていただけかもしれない。取り合えず、これから一緒にお茶をすることになっている。気まずい。本当に気まずい。この前会ったとき、アタクシのチンチクリンぶりを助長するようなノーメイク、ジーパン、スニーカーで登場したのに。酔っ払いは始末に悪い。本当に気が重い一年になりそうである。どう転んでも。ダニエル君も、グナーも、ライアンもいない場所で1からやり直したい気分。人生のリセット・・・。ふー。こんなに悶々としながら明日誕生日を迎える。*******************************************************あの、人の心をこそばゆくするグナーの笑顔を前に息巻きながら意見できる人なんていないと今日思った。グナーは言った。君は変わったと思う。劇的に。前はライアンと二人でひとりみたいなところがあったし、君はボクより10歳も年下だから妹みたいだと思っていた。でも今は違う。君はこの数年で、自分の手で生活を築いて、自信を得て、それが人間としての魅力を倍増させた。ライアンと離れたことで君が君らしい魅力を得た。何よりも君は僕の母国語を操り、僕の青春の街に住み、ボクが大好きでたまらない国の人間だ。君は特別だ。君のような人を探していた。いろいろな意味でフェアじゃないことは判っているけど君と一緒にいたい。2年間待って欲しいなんて僕は言わない。君がそうしてほしいならこの街に住む。君は何も変わらなくていい。僕が変わる。僕が変える。こんなことを言われて屈託なく「じゃあ、一緒にタンゴを踊りにいこうね」なんていえるほどアタクシは無邪気を装えず、だからといって、そこで延々とアタクシの人生観を述べても一体何になったというのだろう。またすぐにヨーロッパに来るからね、と言っていたグナー。ライアンはヨーロッパの人間でもないし、日本の人間でもない。だからアタクシ達が一緒にいようとするのは本当に難しい。じその条件を整えるために2年間ライアンは頑張ろうとしているのだろう。何の保障もないのに。ライアンが2年かけて得ようとしているものをグナーはすでに持ち合わせている。生まれながらにして、そしてすでに長い時間をかけて自分の手で得たのだろう。だからグナーなら本当にすぐに全てを実現させるだろう。それが可能だという確証を彼は持っている。冬が終わる前にデンマークでまた働きはじめることなんて何でもないんだよ、と彼は言う。バス停でさようならをするときにグナーにキスされた。僕の思考はデンマーク人で感情はラテンだ、と常々言っている彼らしいと思った。そして少し嬉しかった。嗚呼こうやって彼は数多のお嬢さん方を骨抜きにしきたのだ。帰りの電車の中で考えた。・・・・今年はチンチクリンが流行るのか?!嗚呼 人生面倒臭くなってきたぞ。
2005.01.01
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