2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
ま、そんなわけで忙しい。仕事も日常の業務に加えて部署の来期についてのアレコレや、俺の個人的な、つまりその調停関係のアレコレでかなり動いてる状態が続いてて箱根でヘラヘラしっぱなしってワケでは全然ない。むしろ、こうなる前提で「今だ!行っちゃえ」だったのだ。で、そんなわけでこの日記も停滞気味。落ち着いたらまた書きますが、今夜はこれにて失礼。ま、その。ご挨拶でした。
2005年02月10日
コメント(0)
箱根に行ってきた。ぶらり一人日帰り旅だ。秋にも奥多摩に行ってきたが、時折『ここじゃないドコか別の場所」に無性に行きたくなるのだ。そんなワケで大涌谷だ。大涌谷といえば地獄谷であって硫黄だ。硫黄といえば「茹でタマゴが腐ったみたいなニオイ」だがここ大涌谷の名物は「黒タマゴ」という茹で卵だ。ふざけるんじゃあない。腐ってるかわかんないようにするためのカモフラージュではないのか。ってゆーか、ロープウェイで登りつめた標高1000m以上の山地でしかもあの荒涼とした、しかも硫黄で変色してしまった岩肌がむき出しの、あんな偏狭の地のどこに鶏が暮らせるというのか。名物にするのは無理がありすぎるだろう。少なくともあの土地に「タマゴ」が入り込む余地など、どこにもないのだ。しかも、だ。言うに事欠いて『黒タマゴ1個食べると寿命が7年延びる(と言い伝えられています)』だ。嘘をつくな嘘を。そんな話し「あるある大辞典」でも「みのもんた」でも聞かないぞ。そして我々はやがて、この説に驚愕の事実が隠されていることに気がつくことになる。問題の『黒タマゴ』は6個1パックで売られていた。腹立たしいことに「バラ売りはしていません」と来たがそれはまぁ、目をつぶるとして、さて。1個=七年の寿命として、1パック6個だからこの黒タマゴは1パックで42年分の寿命が詰まっていることになる。ところがだ。このタマゴの袋には信じられないことが書いてあるのだ。『賞味期限2日間』42年分の寿命はどこに行ってしまったのだ。せっかくの42年が、たったの2日間でチャラだという。何かお前、それはないんじゃないのなのだ。奇しくも42年ていったら俺の今の年齢だぞ。俺の人生が黒タマゴ6個分という換算も非常に悲しいものがあるが、俺の人生が『賞味期限2日間』というのは、かなりツライ事実だ。一体今まで俺は何をしてきたのだと悔やまれてならない。まことに人生とは過酷なものだといわねばなるまい。
2005年02月07日
コメント(0)
「…エルボー。…だからこう…後ろからエルボー」仕事の帰り道。道路脇に停めた原チャリにまたがったまま兄ちゃんが誰かとケータイで話している横を通り越した。確かに俺はその時、彼が「エルボー」と言ったように聞こえたのだった。エルボーである。脳みそにプロレスという引き出しを持つ者なら必ず検索できるはずの打撃系のスタンダードワザ・ヒジ打ちのことだ。(おっとぉ、しまったぁ。忘れ物をしてしまったぞい)素通りもできたはずだろうに、聞こえちゃったモンはしょうがない。えらくわざとらしい仕草で今来た道を戻りつつすれ違いざまに兄ちゃんの話す続きに耳を傾けようとする俺。「そう。ラリアットみたいに、あの、後ろから首にエルボーが」どうやら彼は誰かに不意打ちを咬まされたらしい。しかも、よりによって「後ろから首にエルボー」なのだという。これは危険だ。「そりゃフラフラ来ますってぇ!」そらみたことか。案の定、大変なダメージを負ったらしい。当然だ。何しろ首にエルボーだ。しかもそれは、ラリアット気味だったという。こうなると詳細がしりたくて仕方がないのだが、忘れ物のフリをして、今来た道をもう一度引き返す手は、二度も使えないだろう。泣く泣くそれ以上の追求は諦めたのだが、それにしても彼を襲ったのは誰で何の目的があってのことか。知り合いが冗談の延長で及んだ行為だろうか。それともマヂで暴漢に襲われたのか。もしかして新手の振込め詐欺の真っ最中だったのかもしれない。いつもの通勤途中の道で「エルボー」と言う非日常に触れる街・八丁堀。かくも東京は恐ろしい。
2005年02月05日
コメント(0)
会社の近くに『青森の店』があり、そこで「ヒバの湯玉」というお風呂に浮かべて香りを楽しむアレを買ったことは以前にも、ここの日記で書いた。で、今日、その店でヨモギ餅を作っているのを見てオフィスのメンバー達にあげようと1パック買ってきた。それはいいんだけど、袋の中にお店のチラシが入っていて見れば『津軽三味線 生演奏 村冨満世』とある。どうやら、この店でライブがあるらしい。その奏者である村冨満世なる女性のプロフィールが掲載されていたのでナニゲに読んでいたら、とんでもない一文に出くわした。(以下抜粋)同年 師匠のすすめを受け、弘前市に移住し、津軽三味線の第一人者山田千里氏(津軽三味線全国協議会会長)の内弟子となる。(※注・彼女は大阪生まれで前職は幼稚園の先生だったのだ。さて問題はここからだ)↓入門後、言葉(津軽弁)壁に戸惑いながらも、三年の厳しい修業生活を乗り越え、1997年山田流津軽三味線の師範となる。言葉の壁ときた。大阪で生まれた女やさかい津軽の言葉よう知らん、ということらしいがそれはそれとして、同じ日本国内に「移住」したというのも十分ナニだが、「言葉の壁」はないだろう。留学でもしそうな勢いだ。確かに津軽弁は標準語とかけ離れている。俺も高校を出て東京に来た時、最初に入った学校の寮に青森出身の人がいたので、それがいかに難解な言語かはわかるのだ。基本編/「わたし」=「わ」、「あなた」=「な」応用編/「わたしがあなたに」=「わがなに」略し過ぎと言わねばなるまい。これでさらに青森出身同士の会話になると「何となく言ってることはわかる」という域を遥かに超えてしまい宇宙人に何かを埋め込まれた人と、何かを埋め込んだ宇宙人の会話に近い。それほど標準語からかけ離れていたのだ。だから村冨の苦労は俺にも伝わってくるのだがだからと言って『言葉(津軽弁)壁』は、あんまりじゃないのか。青森の人に対する偏見でわないのかと思ったらこれを配ってるのが『青森の店』だった。ヲイ。壁を作ったのはキミら青森人だろう。ビラにしてばらまいてどうする。この話とは別に愛知の友人はまた、この日本の奥深さを教えてくれた。彼は二十歳の頃、自動車の免許を取るために福島県の合宿教習所に参加したそうだ。料金が安かったのと、どうせなら少しは旅行気分も満喫できれば、というのがその教習所を選んだ理由だったらしい。実際に授業が始まってみると、相当に過酷だったらしい。1週間か10日そこらで第4段階・卒業検定まで駆け抜けるのだから当然詰め込み教育の極みだったらしい。合宿に参加した全員が風邪をひいたとも聞いた。最低のコンディションの中で超過密スケジュールを消化するのは並大抵のことではないだろう。だが、そんなことは当時まだ若かった彼にとって全然問題ではなく彼の過酷さは別のところにあったのだ。「結局さぁ、俺、卒業する日まで先生達が何をしゃべってるのか、全然わかんなかった」言葉の壁、再びである。愛知・だがや人にとって福島弁も相当キビシイようだ。言葉の乱れを嘆く人は多いが、そもそもこの国の言葉は方言という名の元に、昔から、最初っから乱れていたのだ。しかも若い子達の間で流行る「乱れた言葉」の方がよっぽど「全国統一」されている。それとこれでは、どっちがどれだけ問題なのだろうか。~~~~~~~~~~~~~~~『ヒバ』違い。そういえば。「ヒバの湯玉」の「ヒバ」は、もちろん桧葉なのだけど俺はこの歳になるまで伝説の怪獣『ヒバゴン』ってのはこの桧葉の木の森に生息してるとこからついた名前だと思っていた。つまり青森県に生息していると信じていたのだ。さっき、日記をアップしたあとで何となく『ヒバゴン』という言葉が頭に浮かんだので、ググってみたら広島の比婆山のコトだったのね。ヒバゴンが騒がれた当時の1970年といえば俺の頭は大阪万博・アポロ月面着陸で埋め尽くされておりヒバゴンにはあまりご執心ではなかったようでいつの頃か記憶と知識がゴッチャになってしまったのだろう。思い出せばネッシーもクッシーもツチノコもUMAにはあまり関心を持てない男の子だった気がする。子どもながらに『2匹目のシーラカンス』は無い、とリアリストの片りんを当時から漂わせていたのかもしれない。お前がリアリストっていうんならプロレスへの熱を説明してみろと言われると申し訳けありません見逃してくださいとしか言えないが。いいんだよ、あれはファンタジーというかエンタテイメントだから。それにしても、先の日記で『日本語の乱れ』っぽいコトを書いたが俺の記憶もかなり乱れていることもあらためて証明されたワケでもはや何が何だか状態でありますな。
2005年02月04日
コメント(0)
ビンボーなので本もDVDも基本原則、中古モノ専門の生活だ。しかも本はさらに文庫本シフトでやり過ごしている。で、昨日の仕事帰りに時々覗く中古DVD屋さんで『KISS KISS BANG BANG』『歌え!フィッシャーマン』の2本を購入。しめて2000円少々だったか。取りあえず『KISS KISS BANG BANG』の方だけ観た。クスッと笑えて少々切ない系とでもいうか、ほどよい映画だったが、音楽がいいな、コレ。音楽がいいのだけど、俺はこのムードや質感に触れるとついタランティーノ『KILL BILL』をイメージしてしまうようになっている。よほど強烈だったんだろうな、と想像がつくのだがもはやどうしようもない。久しく映画のサウンドトラックを買っていないのだがあの映画のだけは欲しいと思った。それくらい『個人の世界観』が丸出しだったのだ。音楽以外にも影響はあって『チェルシーホテル』を観ようが『バロン』を観ようがユマ・サーマンで出てくると自動的に頭の中は「ヤッチマイナー!」でイッパイになってしまう。いろんな面でタランティーノの勝ちを認めねばなるまい。映画はハリウッド銭ゲバムービーから単館しっとり小粋モノ、制作費全部で64万円ドキュメンタリーまで、とりあえず何でも観る。規模は関係ない。ジャンルで言えばラブコメ&アイドル物以外になるか。ひとつ致命的な弱点をカミングアウトさせていただくならどんな映画を観ても俺にとっちゃあほぼ全員が「新人」あるいは「初対面」になってしまうことだ。「あの作品の誰それは、いい演技してたね」「あの役者ならコレコレの作品が一番好きだ」といった普通の会話が非常に苦手になってしまうのだ。俺の中でロバートデ・ニーロなんて少なくとも6人くらいこの世の中に存在している勘定になる。じゃあ、役者に興味はないのかというと全然そんなことなくて先のユマ・サーマン、ブラピ、ジョニー・ディップなどなど好きな俳優は、いるにはいるのだが、いざ作品を観る段階になるとそこで『演じられている役の人』そのものとして受け止めちゃうのだ、俺は。「主人公のダッドリー」は何が何でもダッドリーさんだし「悪者のケイン役」は、誰が演じていようとも俺にとっちゃケインさんなのだ。2つのことを同時にこなせない傾向が、こういうところに出る。「主人公のダッドリー役を演じるロビン・ウィリアムス」なんて膨大な情報量を瞬時に処理できないのだ。上映中に「おっ!今回のロビンはいい味出してるねぇ」とは、まず思わない。「主人公スゲェ」バカである。~~~~~~~~~~~~~~天使のハシゴ。雲間から陽が帯状に射している様子を『天使の梯子(はしご)』という。大自然が時折見せるいくつかの事象は確かに神々しさを感じさせるし、宗教的ですらある。あの光のオビをそうたとえた人の気持ちもわからないではない。果たして天使はその梯子を昇ったのだろうか。それとも降りてきたのだろうか。ってゆーか、羽根持ってんじゃん、あいつら。持ってるんなら飛べと。だいたい上の方から天使がおぼつかない足取りで一段一段、フラフラ降りてきたらおかしいだろう。そういうことが言いたかったワケでなく、俺の仕事場から見える景色の半分はビルで埋まっているけれど今日の午後、ビルの谷間から、その『梯子』が覗いていた。智恵子さんが東京には空がないと言ってる通りでその「梯子」は、ずいぶんと短くなってしまっていたがそれでも、しばし仕事の手を止めて、ボンヤリ窓の外を見ていた。久しぶりに大きな空が見たいなと思う。
2005年02月01日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1