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シーモンスターをご存知ないか。水の張った瓶の中に粉末を入れると孵化&成長する謎の生物軍団だ。昔、ブームになった『シーモンキー』とは別モノらしいがま、育て方もツブツブ具合も一緒なので数学的には誤差の範囲内だ。興味がない人にはモンスターだろうがモンキーだろうが全然一緒と認識していただいて全然かまわない。少し前の話になるが、我がオフィスにこのシーモンスターがやって来た。やって来させたのは、先日このブログに乱入してきた俺の部下だった。どっかで手に入れた『瓶入りシーモンスター』を会社で育てようとしたのだけれど、孵化一週間ほどで全滅としてしまった。モンスターのクセに圧倒的な生命力の弱さであった。しばらく前から我が社で『何かを育てましょう運動』が自然発生的に起きていて、といっても全7名中2名によってカイワレ大根だか芝生だかの植物を育てられた、ってだけの話なんだがこれもまた短命に終わってしまった。そういえば社員の顔色が年中悪いことを考えるとこのオフィスが入ってるビルは風水的に生物が生きにくいのかもしれない。部屋の隅っこに磁場の歪みがあったりするのだろうか。知らないうちに幽霊の通り道がデキてたのかもしれない。パソコンまみれのオフィスなので電磁波にやられたのかもしれない。植物を育てよう運動実行委員会会長の部下(♀)が育ててたのは『人の顔を模した台(?)に種が仕込まれているタイプ』で台から伸びてくる草があたかも髪の毛に見えるというアレなのだが「あーホントだー。生えてきたじゃん」などと観察できてたのも2週間ほどで、その後緑だった髪の毛は、あっという間にメッシュが入り茶髪から金髪へと移行し、ついには枯れてしまった。まだ“メッシュ段階”だった頃に“顔”の下にある「“顔”に水を含ませるための水がめ」を見るとすっかり空っぽになってた。「水ないじゃん」「そうなんですよ。吸っちゃって」水が無くなったからつぎたそう、という概念が欠落しているらしい。動植物が育たない原因は、風水とか電磁波でわなくきっとスゴく単純でありながら根深い問題が背後にあるような気がしてならない。(閑話休題)今年の目立った変化は何だろうと振り返ってみるとヒゲに白髪が目立つようになったことかもしれない。などと、さっきトレイに行った際に思いついたことをテキトーに書くんじゃないと自分にツッコみを入れてしまいたくなるがそうそう。ヒゲに白髪が出てきた。といっても、まだ7本くらい(目視確認範囲内)なんだけど。頭髪の白髪は若い頃からあったのだけど、ここ何年も前からスキンヘッドなので普段は白髪を意識することがないだけに感慨もひとしおだったりする。ヒゲに7本出てきたってことは、今、髪の毛を伸ばしたらどうなってんだろう?とも思う。幸い両親の祖父母までさかのぼってもハゲ実績がない家系なのできっと毛根は死ぬまで大丈夫なはずだが試しに来年からは髪を伸ばしてみようかな。多分、右側面の中でもコメカミから後ろにかけて白髪が集中しているのは、三日ほど頭を剃らなかった時とかに確認済みだ。今もその傾向のまま増えていたら関口宏タイプの白髪分布になるので、ちょっとイヤだ。俺は関口宏が嫌いなのだ。ってゆーか、これにて年内ブログは一旦の締め(のつもり)。この一年ありがとうございました。
2005年12月28日
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25日。もちろんその次は26日だし、少しさかのぼれば12月23日だったのは間違いないわけで一年のうちのどれかを引っ張り出して『この日だけは特別』などとワケのわからないことを言い出して舞い上がってはいけない。さ。傷口が広がらないうちに『この手の話題』から離れよう。今日は普通に仕事をする日だし、ホントに忙しいもん。部屋の中はもちろん、家ごとイルミネーションで飾ってしまうほどに入れ込んじゃってる人や、何とかこの日までに『相方』を探そうと躍起になってる人のために次の言葉を板に書いて玄関のトコにでも貼っておいてやろう。世界人類が平常心でありますように。
2005年12月24日
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ワケがわからないと言えば歌ばりではない。『ヘクトパスカル』かねてから各方面より疑問視されてきた単位だが、もうそろそろ誰かが勇気を持って立ち上がってもいい頃ではないのか。いくらアナウンサーが沈痛な面持ちで「大型で強い勢力を持つ台風12号は」と言ってたところで次に来る言葉か「中心勢力935ヘクトパスカル」と来られては「なに真面目な顔をしてヘクトってんじゃないよ」とアナウンサーにツッコみを入れるより仕方ないじゃないか。イマイチ深刻に受けとめられない気の抜けようには困ったものだ。『シリカゲル』冗談も休み休みに言っていただきたい。何なんだ『シリカゲル』とは。「尻陰る」だぞ。無理ムリ変換したら「尻嗅げる」だぞ。開発者はもっと冷静にコトにあたっていただきたい。『じゅわいよくちゅーる マキ』言わずと知れた80年代に台頭しはじめたジュエリー店だ。何なんだ、じゅわいよくちゅーるって。ワケのわからない音のつながりなのに、これほど長い単語を暗記できたのだから相当にインパクトがあったに違いない。『出るトコに出たらスゴい』取り上げ方のルールが、やや違ってきたがこの際言わせてほしい。前から不思議だったのだ。一体ドコに出ようってんだ。どっかに出たらどうなっちゃうというんだ。ある日突然スーパーサイヤ人にでもなるってのか。『もこみち』お前の狙いは何だ。それでも日出る国に生まれた男だと言うのか。なぜイキナリ「もこ」なのだ。そして「みち」と続くのか。革命的ですらあるぞ、この名前は。日本語の乱れが嘆かれて久しいがすでに人名がもこみちってしまっては、取り返しがつかないところまで来てしまったのではないか。どうしてくれるんだ、もこみち(のご両親)
2005年12月20日
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♪死ね 死ね 死ね死ね死ね死ね死んじまえ 黄色いブタめをやっつけろ 金で心を汚してしまえ 死ねアー 死ねウー 死ね死ね 日本人は邪魔っけだ 黄色い日本ぶっつぶせ 死ね死ね死ね 死ね死ね死ね 世界の地図から消しちまえ 死ね 死ね死ね死ね 死ね死ね死ね 死ね死ね死ね 死ね死ね死ね何度聴いても書いても読んでも、まったくスゴイ曲だが当時スゲェ!とは思わなかったのはたとえば『明日のジョー』では“少年院”でブタを相手にジョーがコブシを振り回していたりミツバチで気弱なハッチが主人公のアニメのタイトルが『みなしごハッチ』だったり、タイガーマスクのお兄ちゃんが足げく通っていたのが孤児院の施設“ちびっ子ハウス”だったり、指が三本の妖怪さんが「早く人間になりたい!」って叫んだりのちに栄光の巨人軍のエースとなろうともそのご幼少のみぎりには二間しかない長屋で日雇いの親父と泣き虫なお姉ちゃんとの三人暮らしを余儀なくされているピッチャーだったり、寄せ集めのパーツでできた身体を持つ忍者がその腕を“抜く”と刀になったりと、最近のテレビ番組じゃ封じ手のオンパレードだったので「ま、そーゆーコトもあるわな」くらいにしか思わなかったに違いない。冒頭の物騒なテロ全開な歌詞は知る人ゾ知るレインボーマンの悪役組織その名も『シネシネ団』のテーマ曲だ。ちなみに今ネットで調べたら俺自身は記憶になかったが、“第二期”のテーマ曲もあったらしくおれたちゃ悪魔だ、死神だ~あいつを倒せ~あいつを殺せ~あいつの名前はレインボーマンそりゃあ再放送もビデオ化も無理だわな、こりゃ。まぁ、それはそれとして俺が愛して止まないフェイバリットな曲といえばバロムワンのテーマ曲をおいてほかにない。日本の童謡『ずいずい ずっころばし』に匹敵する意味不明な歌詞、みなぎる不思議ワールドに心をわしづかみにされて、はやウン十年だ。さぁ、みなさん 凄惨な事件が続いておりますが日本が世界に誇る二大「ワケわかんない曲」の歌詞を堪能し清らかな気持ちになって新年を迎える準備をしましょう。♪ずいずい ずっころばし ごまみそ ずい ちゃつぼに おわれて トッピンシャン ぬけたら ドンドコショ たわらの ねずみが 米くって チュー チューチューチュー おとさんが 呼んでも おかさんが 呼んでも いきっこなしよ 井戸のまわりで お茶碗かいたの だあれ♪マッハロッドで ブロロロロ ブロロロロ ブロロロロ ぶっとばすんだ ギュンギュギュン 魔人ドルゲを ルロルロロ やっつけるんだ ズババババーン バロムクロスで キューンキュン 二人が一人 バロロム みんなで呼ぼう バロムワン 超人 超人 ぼくらの バロムワン
2005年12月20日
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『東京ゾンビを観てきた』と書こうとしたら打ち間違えて『調教ゾンビ』となった。これはこれで観たい気もするが、ゾンビは調教するよりも成仏していただいた方が世界平和に貢献できる気もする。東京ゾンビは知る人ゾ知る、花くまゆうさく氏原作の漫画だ。ヘタウマ系タッチで巨大アフロのヤセ兄ちゃんとハゲ課長のコンビによる漫画、と言えばドコかで目にした人も多いだろう。俺にとっては愛読雑誌『Kamipro(旧紙のプロレス)』で毎月お目にかかっている人でもある。あんな地味なマンガで、あんな地味な展開だからまさか映画化されるとは思わなかった。人間コツコツやってりゃ、いいこともあるという典型的な見本かもしれない。浅野・哀川の豪華キャスティングによるトコトンくだらない内容、という優れた映画なので無駄とか散財を楽しめる人には最適なはずだ。以上、本日はプチ映画レビューでした。
2005年12月19日
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昔、味の素が売上アップのためにとった有名な戦略が『容器の穴を一回り大きくする』というものであった。容器を振って一度に出る量を増やして消費量アップを狙ったワケだがこーゆー気がつくかつかないかのキワキワを攻めるまるでショッカーの地球征服作戦は、現在もまだまだ生きていてとゆーか、もっと露骨になってきた。何なんだ最近のボトル容器入りのガム軍団は。近ごろじゃチョコにまであの戦略が及んでいるがあれはいただけない。そもそも俺は、こんなに朝から晩までガムを噛む人間ではなかった。それがいつの間にか一日中クチャクチャやらかすダメ男と成り果てているでわないか。それもこれもボトル入りのガムのせいだ。容器の中に“たんまり”あるおかげで、つい次から次へと手を出してしまうのだった。きっと、ガムの生産量は大幅に伸びているはずだ。そもそも俺はガムには大いに不満があって、これだけ科学技術が発達しているというのに1.味が長持ちするガムをなぜ開発しないのか。2.単価が高すぎるのではないか。なぜもっと安くできないのか。3.1枚の板ガムとタブレットタイプのガムではボリュームが違うのはナゼか。 タブレットタイプ2個で板ガム1.3倍くらいじゃないのか。 タブレットタイプ1個では物足りない噛み心地に細工しているのだ。4.であるならば、ボトルの中全部1個のガムという商品はどうか。5.1日かかっても咀嚼できない直径5cm、厚さ7cmのガム。ハム並み。6.そもそも何なんだ、ガムの成分って。 原材料名/マルチトール、でん粉、還元水飴、還元麦芽糖水飴、コーンスターチ(以下略) と、書いてある。よぐわがんね。7.だいたいアメリカ人が持ち込んじまったからいけねえや。8.と、思って今ネットで調べてみたら9.西暦300年頃のマヤ文明とかまでさかのぼりやがったぞ。 何となく『マヤが始めたことならしょうがねえ』 みたいな気分になっちまったが、10.まぁ、その。何だよ。禁煙のためにニコレットを噛み始めたのが そもそものきっかけだったんだが11.今やガム中毒と化しておりタバコほどではないが タバコを止めたわりに思いの外お金がかかっているのが腹立たしい。12.つまり、まぁ。そーゆーことなのでした。
2005年12月17日
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グゥーッモーニーーーン!ミスタトクミツ。…エクスキューズミー。エクス…オゥ、オゥ…エク。オゥ。ヒーイズビジー、と言えば世界標準でウィッキーさんなのだが、どういうワケかここ数日、俺の頭の中にウィッキーさんが居座り続けている。脳ミソの出来具合の全貌は養老先生にお任せしておくがすっかり忘れてしまってたコトが突如あふれ出てきたり逆にこれは忘れちゃイカンだろうな当り前のコトが出て来なくなっちゃったりこーゆーのは、一体どうなってんでしょね、お母さん。いや。別に母親に相談する話ではないが。自分が覚えている『一番古い記憶』というのは4歳の頃で、なぜ4歳なのかと言えば、それは母親がベッドにシーツを掛けているシーンで俺がそれを手伝いせずに話しかけているのだった。「あ~ぁ、早く5歳になりたいな」「どうして?」「だってもう、みんな5歳だもん」俺が1月生まれで幼稚園で仲のいい子はみんな早生まれだったということなのだろうが、ナゼかこのシーンだけクッキリ覚えている。このシーンのドコを大事と思って脳細胞が働いたのかさっぱりわからないんですよ、お父さん。だからいちいち親に言うのは、止めましょうね。幼稚園の頃の記憶は他にもあって、ある日、黒人の女の子が転校してきたのだがある時その子と目線が合ったその瞬間にビンタされたことがある。幼稚園児だった俺が、その時どんなオーラを発していたのか今となってはわからないがこれは強烈な印象として残っている。俺の何がいけなかったのでしょうか、叔母さん。小さい頃からお絵書きが得意(今広告の仕事をしているのはその延長線上)だったのだが、同じ組の女の子の多くが俺に絵を描いてもらいたくてお絵書き帳を持って俺の前に並んでいた風景も覚えている。お散歩の時間ともなると、俺と手をつなぎたくて女の子同士がケンカを始めたりもして、俺の人生のピークは間違いなく4~5歳の頃だったと言えよう。毛も生えないうちに人生における“モテ運”をすべて使い果たしてしまった。全然意味ないやんけ。聞いてますか、兄さん。小学校の頃に山頂のロープウェイ乗り場で下りのゴンドラを待つ間暇つぶしに回りを囲っていたチェーンに腰かけブランコみたく揺すっていたらチェーンが切れ「あわわ」状態になった時にいわゆる“走馬灯のように記憶が駆け巡る”経験をしている。一瞬のことなので走馬灯の中身はすぐに忘れたが死ぬ間際には、もう一度あんな感じで記憶がドンと溢れるのだろうか。でもウィッキーさんの記憶のトコで息絶えるとかは、ちょっとカンベンしてほしいんだよな、ケンちゃん(←イトコ)。
2005年12月17日
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年賀状、という文化がこの国にはあって、それはそれで大変けっこうなのだがもともと元日に書いて出すものだったはずなのに、いつの間にか12月中ごろに投函せねばならない“前倒し進行”によくもしてくれたな郵政省のバカヤロウ。そもそも年賀状とは年始回りに行きたくても行けない遠方の人のためのモノだったらしい。年が明けて、気分も一新したところで、改めてご挨拶の文をしたためたのだろう。郵政民営化がどんな影響を社会に与えるか、まだわからないけれど民営化したアカツキには、年賀状文化を昔に戻していただきたいものだ。だって、ゼッタイに書けねえもん、年内には。他にも、誰もが当然思い浮かぶテーマとして以下のことが挙げられる。●飛脚の復活渋滞が慢性化してしまった都市部や、極度の僻地・山間部には小回りの利く飛脚こそ最適な物流システムのはずだ。何の根拠もないが、取りあえず5万人ほどの飛脚が全国を駆け巡るようになればそれだけ“脚力自慢”の人材が増えるワケで、それはつまり日本陸上界の積年の夢であるトラック競技におけるメダル獲得にもつながる。民営化した郵便局は、当然、実業団入りとなり全国でも選りすぐりの飛脚が旭化成やエスビー食品のアスリート達と10,000mやリレー、マラソンで競うようになるのだ。●伝書バトの復活それはちょっと違うんじゃないか、と反対する人達が出そうだが時代はエコロジーなのだ。ディーゼルエンジンを唸らせて高速道路をトラックが走り回っている限り、日本は未来永劫エコロジー先進国にはなれない。そこで伝書バトだ。今までは予算がつけられず、こうした抜本的な改革は無理だったのだが民営化ともなれば、こうした経営戦略だってアリのはずだ。手紙を出したい人は、飛脚に手紙を持っていってもらうのだが速達料金を支払えば、この伝書バトに届けさせることができる。●ボトルレターの復活バカなことを言うんじゃないと一喝されそうだが、それはちょっと待っていただきたい。日本の看板を背負っていた時代は正確さや便利さをひたすら追求せざるを得なかったが民営化したのだから、もっとユーザーのロマンをかき立てる商品を開発してもらいたい。そこでボトルレターだ。水深5000mの水圧にも耐えられる特殊ガラス製で補助エンジンとGPS機能を搭載したボトルに手紙を入れ、ユーザー指定の海岸から投函(入水)。責任をもって必ず“どこかの外国”に送り届けるため“ロスト”にはならない。郵送料1500円くらいなら、けっこう乗る人がいるんじゃないか。●矢文の復活このIT時代に何をいうかと馬鹿にされそうだがこんなIT時代のメールですら着信に気づかずに放っておかれてしまうではないか。確実に『お前に言いたいことがある』という意志も含めてリアルタイムに受け止めてもらえるのだから、これはニーズが高いはずだ。会社から帰って風呂に入り、リビングのソファに寝っ転がってテレビなんぞを見ていると、『バシュッ!』という空気音が耳元で。慌てて飛び起きるとソファに一本の矢文が刺さっている。急いで手紙を外し読んでみると、そこには『奈美って誰よ 礼奈』と、ひと言だけ書いてあるのだ。ああ、怖い。
2005年12月16日
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人間を2つに分ける指標はいくつかあるが、もうすぐ人生43年目を迎える俺だからこそ言える結論として『人間には、引きが強い人間と引きが弱い人間がいる』ということに尽きる。なぜ俺は、コンビニの食玩で同じ物ばかり引き続けるのか。当り前のように3連続、4連続で同じキャラ・ポーズを引き続けるというもしかしたら、そっちの方が“引きが強い”んじゃないかとすら思える超絶な「引きの弱い人間」なのであった。ダブりどころの話じゃなく、トリプるのだ。これはもう、あんなに箱が並んでても入ってるのは1種類だけに違いない。そうでなければ先人達が生み出した「確率論」が根底から覆されてしまうからだ。と、ここまで書いたところで窓の外から、いしだあゆみの『ブルーライトヨコハマ』が大音量で流れてきた。軍歌でも、石焼き芋でも、音が出なくても動かなくてもけっこうですでもなく、ブルーライトヨコハマなのであった。大急ぎで窓に駆け寄り、音の聞こえてくる方を見るとリヤウインドウに『天誅』と書かれたワゴン車が2台、道路脇に停まっていた。文字から察するに右に寄った方々のお車に違いないのだがなぜ今、いしだあゆみなのか。なぜ今、ブルーライトで、しかもヨコハマなのか。右サイド団体の中では今、あゆみブームが来てるのだろうか。かの団体の構成員同士の会話の中で「AYUっていいよな」という言葉が出た時は、ハマザキではなくイシダなのかもしれない。謎は深まるばかりだが、そうこうしているうちに問題の車は走り去っていってしまった。狙いがまったくわからなかったのだが、このことで我々が学ばなければならないことは、天誅とAYUの関係についてではなく、まして、どうしてAYUはショーケンと結婚してしまったんなろうでもなくラブソングだと思われている曲も、じっくり歌詞を読んでみると「足音だけが ついてくるのよ ヨコハマ」などと、いきなりホラーな世界に突き落とされる可能性があるからどんな時でも油断していてはダメだ、ということだ。前半と後半で話題がズレたが、インパクトが強大だったので致し方あるまい。ゆるせ。
2005年12月14日
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『お前は本の虫だなあ』と、人から時々言われることがある。まったくもって不愉快な話とはこのことであって、人を昆虫呼ばわりするとは何ごとか。ヒゲを生やしているがこれは触覚ではない。足は短いが二本であって、六本もない。欲しいのは長さであって本数ではないのだ。その他にも、イキナリ飛ぶ。イキナリ臭いニオイを出す。サナギになる。糸を吐く。脱皮する。アリ塚を作る。などの習性もない。飲んだあとでラーメンを吐いたり、何か別の皮がむけたりしたことはあるがあきらかに人間である。と、私は今日まで生きてみました。昆虫どころか、今突然、吉田拓郎になってしまった自分に困惑してしまった。海馬が相当スカスカになってるクセに、何の脈絡もなく古い記憶がよじれ出てくるのが不思議だ。何の話だっけ。そうそう、本の虫である。昆虫ではないのだが、神保町には時々出かける。名にし負う全国一の古本屋街だ。ブックオフをはじめとする大型の古本屋チェーンも手軽で便利だがあの整然さではなく、宝探し気分を味わいたい時には昔ながらの古本屋に行くに限る。ちなみに我が街にあるブックオフに先日立ち寄ったら物凄く鼻声の男と、物凄くカツゼツの悪い男と、物凄くダミ声の男の店員トリオが揃い踏みしており、客が入ってくるたびに、その強烈に個性的な声で「いらっしゃいませぇ~!(↑)」とやらかすものだから、こーゆーことを言っては非常に申し訳ないけど「頼むからちょっと静かにしてなさい」なのだった。思えば古本屋にはなかった世界なんだよな、あの大声の挨拶は。古本屋には古本屋の文化というものが厳然とあって店主あるいは店番と客同士による微妙な間合いとどう折りあいをつけるか、どう楽しむのかにあると言ってもいい。この“間合い”の取り方や気配の察し方はレンタルビデオ屋のAVコーナーにおける攻防に非常に似ている。昨日は、神保町で日本語や日本文化に関する新書をいくつかと古いバックナンバーの『ユリイカ』を買ってきた。敬愛する詩人、谷川俊太郎の特集だったのだ。ホントは江戸川乱歩に関する本(作品ではなく評伝のようなもの)と妖怪関連本を探したのだが、これは!という物には出会えずじまいであった。鬼や骸骨がワラワラ描かれている絵巻物を見つけたがとても手を出せるシロモノではなかった。本の話を始めるとエンドレスになってしまうので脈絡もなくオチもないまま終わるが私は断じて昆虫ではないのである。
2005年12月14日
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出た!出た!出た!出た!出た!出た!出た!出た!面倒くさいので、ついコピペをしてしまったが出たのは3億円の年末ジャンボ宝くじでも、幽霊でも、まして一週間ぶりのウンコでもない。例の網棚の上に置き去りにしたまま発見されなかったあのカバンが出てきたのだった。いやぁ、よかった。昨日、家に帰ったら郵便受けにメトロの『落とし物センター(みたいな名称)』からハガキが届いていた。『落とし物があって、そこにアンタの名前が書かれたモノがあったけん、 一応報告ばしよっとが、ウン日までに連絡せんじゃっと、 そっから先は警察が預かることになりもっそ(エセ九州弁)』ってゆーことが書いてあった。で、すぐに連絡を入れ、今日さっそく受け取りに行った次第。本人確認のために運転免許証を提示しただけですぐに渡してもらえた。よかった、よかった。さすが東京。人様のモノをむやみに持っていくような下衆な野郎なんざ一人もいやしません。数日前には、全然違うことを言ってたかもしれないが人は常に成長をしているのであって、昔にことにこだわるようなチンケな生き方をしてちゃイカンです。電車の中に忘れ物、というコトを実は昔もやっていて、まだ20歳くらいの頃の話だ。その時はJRだった。やはりカバンだったのだが、どうして今でもその時のことを覚えているかというと、荷物を受け取りに行ったら、『指10本の指紋を取れ』と捺印を強制されたからだ。今はどうだか知らないし、その時、身分を証明するものを持っていなかったからかもしれない(その辺りの状況までは、覚えていない)仕事場に持ち帰り、中のパソコンをセットアップしながらみんなに『お騒がせしましたぁ~』などとやってた時に思い浮かんだのだがちょうど昨日まで、部下にパソコン購入の具体的なリスト出しとか総務に購入依頼などを済ませてたとこで、あとはもう買うばっか状態だったわけで、それはつまり知らん顔して『結局、出てこなかった』ということにしておけばこの出てきたパソコンを自分のモノにすることだってできたのだった。そーゆー悪知恵を瞬時に捻り出すことができないトコが俺の限界なのかもしれない。しかし、それにしても朝、カバンとパソコンを受け取った時から今の今まで頭の中で『ゼーナ、ゼーナ、ゼナが効くぅ タラッタラッタラァ!生薬パワーのゼナが効く♪』というCMソングが頭の中でグルグルしっぱなしだ。よほど嬉しかったのだろうが、なぜ“ゼナ”なのかが不明だ。音楽的嗜好性から推察するに、俺は、こーゆー浮かれた気分に浸りたい時はゼナよりも99ショップかドンキに近いはずなんだが。
2005年12月10日
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再び大阪出張。 今日は別件の打ち合せで行ったんだが、 先に動かしていた仕事が暗礁に乗り上がったことが 先方から告げられる。 ま、お告げなんてものは「まぁ、だいたいそんな感じです」などという どーでもいいコトは告げられず、 7:3で良くない話と相場が決まってる。 ま、それでも長いクリエイティブ人生なワケで こーゆー事態は、たまにある。 打ち合せに行ったらクライアントの会社が潰れていたとか 色んな話が進んでいた矢先に担当者がマダガスカルに移動になって総てが停まったり ある人を「送りに行く」のを「迎えに行く」と勘違いして、 その人を置き去りにして車を飛ばしてしまったり とある式典に招待されて意気込んで出掛けたら一日間違えてたり 地下鉄の網棚にパソコンを忘れたり そりゃあもう大変なのだ。 ま、そんなワケで非常に落ち込んだのだが 立ち直りの早さと考えの浅はかさなら 誰にも負けないのでノー問題なのだが 同行してた新人の営業マン君にとっては強烈な出来事だったみたいだから 帰りに新大阪でメシでも食わせてやろう 、ってコトで新大阪で適当な店を探してたら 『男はつらい』って居酒屋を見つけたもんだから 「今夜だけは、ここしかなかろう」と。 俺は 『悔やみ酒梅酒割り』 『涙のオムそば』 『歯ぎしり大根サラダ』 『リストラ海鮮丼』 などというメニューを期待してたんやけど 料理は普通だった。 うーむ、詰めの甘い店だ。 自虐ネタ不発。
2005年12月09日
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月始めの一週間は名古屋オフィスに勤務という二重生活を送っているのだが、名古屋に滞在している間の宿泊先の多くは実家に頼っている。「ま、実家なのだし親子なんだから、そうなんだろうねぇ」と思われる方も多いだろうが、これが実はそうではない。彼等の生活(および生活リズム)を崩す愚息の乱入は両親にとって非常に不愉快きわまりないことでできることなら泊まってほしくない。どうしてもって言うんならせいぜい二拍まで。という嫌われっぷりだ。大袈裟でも何でもなく。こんなにいい子なのに、俺。俺の両親の夫婦仲は異常に濃く深く高密度でたとえ息子といえども二人の暮らしを邪魔するのは許さないったら許さない!のであります。そこを頭を下げ、歯を食いしばりながら「お願いですから今夜も泊まらせてください」と交渉せねばならないのだ。まぁ、もっとも。「アンタもいい歳なんだから、自分のことは自分で解決なさい」ということでもあると受け止めているのだけど。しかし、こうしたポジティブシンキングの心も折れてしまいそうな出来事が最近あった。こうやって千葉←→名古屋を往復する日が続くとどうしても俺の実家に洗濯物が溜まるようになる。冬物は品薄なので、これまた頭を下げて「すいませんが、そっちに溜まってる洗濯物を送ってもらえんだろうか」と頼んだら、先日、実家から荷物が届いた。段ボール箱を持った集配の人がニッコリ微笑みながら俺に言う。「すいませーん。着払いなんですが」息子への荷物が着払いかよ。や。我慢しよう。我慢しなきゃ。そーだそーだ。俺が悪い。荷物を受け取り、早速箱の中身を確認する。と、どうだろう。箱の中に入っていた洗濯物をどけるとその下から、いくつものリンゴや柿が出てきたではありませんか。「あ!スゴい。これはアリガタイ」でも、よくよく考えてみリゃ、さっき着払いで金払ってるんだから自分で買ったようなモンなんだよな。ま、スーパーで買うより全然安いからいいけど。微妙な気持ちに揺れながら、その果物類をどかしてみたら一枚の紙が。「ん?」なんだコレ?パソコンから打ち出したと思われるソレを読んでみた。『画家が愛した南仏プロヴァンスとコートダジュール・パリ9日間』旅行会社から渡されたらしい『旅行のしおり』であった。行くのかよ。また海外に。お前ら、今年の春にも南アフリカに行ったんじゃねえのか。で、年明けに行くと。そうか。それはよかった。両親が健在なのは、いいこった。ここに『お一人様289,000円』とか書いてあるけどそーゆー金は払うけど、息子に荷物を送る金は別だと。そうか。うん、そうかもしれん。また親に教えられてしまったな。何と言うか、手玉に取られるというか、叩き潰されるというか。実にクールな二人なんであります。
2005年12月08日
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仕事場がある八丁堀をヒトコトで言うと『地味なオヤジ街』となる。ちょっと足をのばせば京橋、日本橋、銀座、築地とそれなりのアド街っくなトコに行けるのだがちょいと足をのばさない限り永遠に『ジヤジ街(昨今の風潮に習ってもう省略された)』だ。とりたてて、人様に紹介して差し上げる『観光名所』も『プレイスポット』も『ドン・キホーテ』も『マツキヨ』も『二人で行きたい秘湯』も『画家が愛した南仏プロヴァンスとコートダジュール・パリ9日間』もない。ない、と思ってた。今日までは。さっきランチに出かけた時に見つけてしまったのだ。『カツカレー発祥の店』おぉ…(感嘆)。こんなトコにありましたか。カツカレーが発祥の地が。カツでもなくカレーでもなく、ましてハヤシライスでもなくカツカレー発祥の店が日本のどこかにあるとは思っていたが…。しかも店名が『キッチン スイス』スイス生まれのカツカレーどうなんだ、それって。まぁ、しかし。八丁堀のこんな裏路地にあるような店の言い分を間に受けちゃイカンわな、と思い試しにググってみたら『カツカレー発祥の店 スイス』で109件ヒット。俺の知らない間に多くの人が訪れていたらしい。みんな、どうかしてるぞ。信じたのか?気を確かに持てと言いたい。で、結局食べたんだが(食べたのかよ)それなりに美味でござんした。八丁堀は華やかさもないし、活気もないし、若者もいないしらしい伝統もないが、これで安心だ。八丁堀には『カツカレー発祥の店/スイス』があると。↑ここまで書いて「よし、これでオチがついた。送信しよう」と思ったんだが、何げにもう一度「例のスイス」についてググってみたらお店の住所、新富町になってる。八丁堀ではないでやんの。くっそー。『ジヤジ街』は、今また振り出しに戻りました。
2005年12月08日
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東西線の網棚の上にカバンを置いたまま電車を降りてしまったのだがその後も届け出はなく、新たにパソコンを購入せねばならなくなった。本体そのものの紛失も痛いが、中に入ってたデータの紛失が辛い。さらにパソコンを入れていたカバンはお気に入りのモノだっただけに、これも痛かった。カバンは自分でお金を出したのだから、本当に痛いのはカバンの方だった。もちろん、社員の前ではそんなこと一言もいわないが。やれやれ。東京は悪い人ばっかだ。と、思わずにいられない。せめてハードディスクだけでも返してもらいたいもんだがそーゆーマニアックな律儀さを犯人に求めてもアカンのやろな。そんなワケで、新しいパソコンが手に入るまでの応急処置として部下が自宅で使ってるiBookをお借りしているのだがいざ使うとなると、あらゆる動作/作業の勝手が違って「すまんなぁ」と思いつつ“自分仕様”にカスタマイズせねばならない。日本語入力ソフトが入っておらず「ことえり」なのでバンバン辞書登録をしてしまう。「おせ」と打てば「お世話になります」と出るようになった。ファイル管理のやり方もガシガシ組み換えた。メールの受け取りもフォルダ別に分けたりルールを変えた。壁紙もつまらない模様から敬愛する春風亭柳昇師匠に貼り変えた。最後のは仕事と関係なさそうだが気分が違う、気分が。パソコンとはつくづく“道具”なのだなと思う。手に馴染むようにクセをつけていく(カスタマイズ)のが大工のノコギリやカンナと同じだ。特にデスクトップに柳昇師匠の顔があるとないとでは作業効率に大きな差が出てしまうのだ。たった数日で部下のパソコンは完全に俺の“手あか”にまみれてしまったように思ってしまうだろうがそれは木を見て森を見ず。上っ面しか見ていない証拠だ。その“手あか”具合は上司の仕事のやり方を盗むいい機会になるはずなのだ。感謝してもらいたい。
2005年12月07日
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夕べのことだ。会社から帰る電車の中で、俺の前に会社の上司(♂)+部下(♀)らしき組み合わせの二人組がいて俺が電車を降りるまで、ずっと会話が盛り上がっていた。俺は電車に乗っている時間は読書タイムに当てているため最初のうちは「あぁ、うるせえなぁ」くらいに思っていたのだがどうやら二人とも俺が住む行徳辺りの住人らしくいわゆる「地元ネタ」に話題が移って行ったのだった。「中華料理屋あるでしょ」「どこの?」「あの駅前の、みずほ銀行の向かい」「ありましたっけ?」「ほら、あのパチンコ屋が隣の」「パチンコ屋?ですか?」「ほら、今工事してて…その横の」「えと」そ、それは“刀削麺荘”やんけっ!はよ答えんかいっ!他人の会話にズカズカと踏み込む勇気も義理もないので黙っていたが奥歯がわななく、というか、どういうわけかコブシを握りしめたりしてまったく「あーっ!もぅっ!」なのであった。なまじ自分が知ってる土地だけに、そっから先はイライラしっぱなしとなった。「あ、何かありましたね」「そ、そ。あれ前から気になってるんだよね」「へぇ~」「何か、麺を削るの」「へぇ~」あれはな、左官屋さんが板の上にコンクリの固まり乗せてるみたいな状態で、それをシャゲシャゲと、でっかい中華包丁で削り出すんだよ。客席から見えるとこでやってんだよ。あぁ、説明させてくれ。「今、工事してるでしょ」「あ、そうなんですか」「マツキヨの向かい。改装かな。移転かな」「パチンコ屋」「あ、スロットかな」工事してるよ、工事。改装だよ。スロットじゃねえよ。パチンコ屋だよ。しかもそれはマツキヨの向かいじゃねえよ。「買い物はSEIYUより妙典に行きたいんですけどね」「妙典って、あ。マイカル?」「そうそう」「便利そうだよね。大きいし」「あぁ、やっぱりそうなんですか」俺はそのマイカルにある映画館によく足を運んでいるので、そこも詳しい。たとえば本屋も入ってるけどソコは“ヴィレッジ・バンガード”といって雑貨も扱っててねとか、あぁ、詳しく説明してやりたい。頼む。俺にも参加させてくれ。もしくは御当地ネタ禁止。あるいは黙ってろ。
2005年12月06日
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ついにやらかしました。仕事を持ち帰って家でやる、というパターンがいいことなのか/どうかって話はともかく。よく、そーゆーコトをしておりました。仕事で使ってるパソコンを鞄に詰めて、家で続きをやると。今朝、いつものようにドアの横に立って本を読んでおりました。パソコンを入れた鞄は真上の網棚でした。茅場町に着いて降りました。俺と本と手提げ袋が。パソコンの入った鞄は一緒に降りてくれませんでした。網棚の上でにっこり微笑んでいたのが最期でした。悲しい哀しい生き別れでした。や。ホントに笑って逝ったのかは知らんが。いつも改札を出る時に鞄を持ちかえるクセがあるのだけどやたらスムーズに定期券を手提げ袋から出せたのでやっと『あっ!』と気がついた次第。慌てて駅員室に駆け込んだけど、どうにもダメみたい。銀行の通帳も二冊入ってたので、そっちは止めてもらったけど。参ったゾ、しかし。今回、ホントにマイってるので、落ちも笑かしもありません。ただひたすらに、参っていると。写実主義だな。いいえそれは違います。
2005年12月05日
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大阪出張の際、取材が長引き泊りとなった。 「私が利用してたホテルがあるので、ご紹介しますよ」 と、クライアントに薦められたホテルに泊ることになった。 いざチェックインをしてみるとフロントの方が 「あいにくと本日はシングルがすべてふさがっております。 ですが、本日は平日ですのでスィートが6万円のところ、 1万2千円でご用意させていただきます」 ときた。 その下げ方もどうかと思ったが、 まぁ、スィートなんぞ、そうそう使う機会もないし (今日は朝早かったし) (ワケわからん取材で疲れてるし) (最近かなり頑張ってるし) (頑張ってる人は報われないといけないし) (どうせ会社の経費で落とすし) ま、いいや!と、泊りました、スィートに。 その部屋は二階建になっていて、下は18畳はあろうかってリビングにキッチン、 6畳くらいの浴室と二人分の洗面所が、 二階は詰めれば6人くらい眠れそうなベッドが置いてある寝室以外に あとは、かくれんぼくらいしか使い道が思いつかない部屋がいくつか。 で、そこに独りきり。自分の声にエコーがかかっているよ。 『分け入っても分け入っても空き部屋』 お!何だこの風呂ジェットバスじゃん! 使おっと。 こーゆー風呂を使い慣れてないとロクなことをしない。 ジェットの一番キツいとこにナゼだかケツを当ててみたりする。 うひゃひゃひゃひゃ! 『笑っても独り』 しょーもないのでベッドルームに退散する。 しばらくテレビを見ていたが、途中、 今自分が寝っ転がっているベッドに リクライニング機能が搭載していることに気がつく。 うぉっ!スゲっ! とか言いながらグィングィンと 背中や足元を持ち上げたり降ろしたりしてみた。 さすがに疲れてたんだろう。 そのうちに眠ってしまった。 それはいいんだが、 翌朝ケータイのタイマーで目覚めた時の俺は 背中と足元をを持ち上げて「く」の字に曲がった 凹みのトコにすっぽり納まるように 平行に寝ておりました。 『慣れてない 広さと機能に負けたから 夕べは スィート記念日』
2005年12月03日
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生國魂神社答え) いくたまさんだから、何で公共の案内表示で神社に「さん」付けしてんだよ、大阪。う~ん。関西人やねえ(はぁと)、と思いました。先日、大阪に出張に行った際に発見したことです。
2005年12月03日
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