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ちと古くなりましたが、まず、こちらを。https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202311240000/元ネタは神奈川新聞のようですが、「アイツは差別主義者なんだ!」とレッテル貼って排除したいようで。>杉田氏は「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」などとした過去の投稿が札幌、大阪両法務局から人権侵犯と認定され「啓発」を受けた。なんですが、産経新聞によるとhttps://www.sankei.com/article/20231122-WBKHCFGRZZJMRIGQJQNYGWOBDI/『自民党の杉田水脈衆院議員がアイヌ民族などに関する投稿が札幌と大阪の法務局から「人権侵犯」と認定された問題で、法務局が杉田氏に事前に聴取していなかったことを法務省が問題視し、投稿者への聴取の機会を設けるよう改めて通知する方針を固めたことが22日、分かった。』どうも個人が判明しているにも係わらず、SNSということで事前聴取をやってなかったのこと。まあ、どう転ぶにせよ「筋を通してやれ」ということなのでしょう。>その後、10月27日付で投稿した動画では「アイヌや在日(コリアン)の方々に対する差別はあってはならない」とした上で「逆差別、えせ、それに伴う利権。差別を利用して日本をおとしめる人たちがいる」と語った。これ、例えば神奈川県の同和問題に係るHPですけどhttps://www.pref.kanagawa.jp/docs/m8u/cnt/f864/images/douwa.htmlこれに「6 えせ同和行為とは」とあって抜粋すると『「えせ同和行為」とは、同和問題を口実にして個人や企業、行政などに不当な利益や義務のないことを要求する行為であり、行為を行う者がいかなる団体に属しているかということは問題ではありません。えせ同和行為に対する安易な妥協や恐怖感から相手の要求に応じることは、同和問題の解決を妨げることになるという意識を持って対応することが必要です。』と、日本をおとしめる云々は兎も角、所謂人権ゴロに応じるべきではない旨が明示されているわけです。なので、杉田の言葉が悪いのは兎も角、「逆差別~」云々は問題になる発言ではないわけでして。>11月1日にはX(旧ツイッター)で人権侵犯認定制度に疑義を呈した。先に産経の記事を挙げましたけど、事前聴取の上での啓発なら理解はするとは思いますよ、納得するかは別としても。でも、聴取も無しに一方的に啓発では理解もできないでしょうよ。ある意味、当然の反応としか。>現代的レイシズムは主に米国の黒人への偏見で研究されてきた。「劣った人種だ」といった露骨な差別表現が社会的に許されなくなった状況で、ネガティブな感情を正当化するため「差別はないのに騒ぎ立て、不当な要求で特権を得ている」と主張することなどを指す。こう言うてますけど、ぶっちゃけ先述通り行政すら「えせ行為」を否定していて、かつ杉田のX上の発言が「人権ゴロ(えせ行為)の否定」である以上、特段問題のある発言とはならないわけで。>高准教授はこうした偏見が特定の人種だけでなく、女性や性的少数者にも向けられてきたとして「差別によるマイナスをゼロに近づけるための施策は優遇ではない。杉田氏の発言はマイノリティーのアイデンティティーを否定し、差別を扇動している」と断じた。さて、差別いうてますけど、一体何なんでしょうね? 例えば参政権は(日本)国民の権利ですので、それを外国人に付与されないのは区別でしかないですし、高校無償化についても要件を満たさないなら対象外となるのは当然で、これもまた区別でしかないですね。一方、三重で実際にあったそうですけど、【在日朝鮮人に対する不当な税優遇】は明確に「えせ行為」となるわけでして。こういう時は普通、具体例を1つか2つでも出して、「だから優遇ではない」とやるはずなんですがね。>「開き直って二次加害を繰り返している」と一連の言動を非難するのは認定NPO法人「Dialogue for People」副代表のフォトジャーナリスト安田菜津紀さん。父親は在日コリアンだ。父親が在日朝鮮人ですか。正直「だから何?」としか言いようがないわけで。いや、別にね。所謂三国人による犯罪とか、「所謂強制連行の被害者ではない、自主的に日本に来た連中さえ『強制連行の被害者』と称して不当な優遇を受けていた」とか、そういう悪質な在日朝鮮人どもによる風評被害の被害者言うのは勝手ですけどね。ただ、ね。20年前ですか、拉致を北韓が認めた際、在日朝鮮人ども、手前の仲間の犯罪を謝りなんてせず、【我々も被害者だ、と被害者ムーブしていた】わけでして。それに対する批判を他の在日朝鮮人、やってましたか?>杉田氏の動画での発言にも同様の意図が見えるとして「本来は不平等を是正するために社会が考えるべき課題を、被害者に責任を押し付けて黙らせようとしている。差別を温存、放置するものだ」と強調した。ええ、ですから在日朝鮮人だろうが【等しく外国人として扱っている】わけですよね。てか、朝鮮人くらいですよ。要件も満たさんのに(朝鮮学校を)無償化対象にしろ、優遇しろと騒いでいるのは。そして、「要件を満たしていない」を理由に拒否したら【差別だ不平等だ】と騒いでいるのは、ね。なお、韓国系の学校の中には所謂一条校の要件を満たして無償化対象となっている先もあるので、「朝鮮人だから差別されている」ではないのです。>岸田文雄首相が杉田氏の動画に関し「一つ一つ申し上げるのは控える」と論評を避けた10月31日の発言も疑問視する。「一つ一つが重大な暴力性を持っており、厳正な処分が必要だ。杉田氏の重用を続けることは、自民党が人権問題を考慮していないと受け取られても仕方がない」と述べた。一つ一つが重大な暴力性、ねぇ。具体的に説明してもらいたいものですな。>言論弾圧は通常、国家などの権力機構が検閲によって報道や表現の自由を規制することを意味する。インターネットで自らの主張を自由に発信する一方、メディアや有権者らからの批判を「言論弾圧」と呼ぶ杉田氏の姿勢は、国会議員の在り方に照らして議論を呼びそうだ。主張を自由に発信できる自由があるし、それを批判するのもまた自由。てか、そんなに問題ならそれこそ杉田と対面で討論すればよろしかろうて。己が絶対的に正しいなら、それこそ杉田が捨て台詞吐いて逃走するくらいに追い込めるのでは? そうでなくても、互いの考えを理解できるのだから、やって損はないはずですがね。それをレッテル貼って言論そのものを封殺しようとするなら、それは言論弾圧と変わらんでしょうに。では、佐原の反応でも>杉田議員のように、デマを振りまいて人々を扇動しようと企む者は、コトほど左様に言葉の意味を巧みにすり替えて、あたかも「正義の味方」であるように振る舞うのが得意で、だからうっかりすると「真実を教えていただいた」「応援しています」などと言い出す馬鹿が出てくるのである。ぶっちゃけ、「杉田議員」を「パヨチンども」に置換しても十分成立するわけでして。朝日新聞なんかいい例でしょ。所謂従軍慰安婦でとことんデマを振りまいて、それに兎に角日本を腐したい(というか反省している自分は偉いとやりたい)進歩的文化人とやらがそうだそうだと騒いでいたわけで。>杉田議員のような「ペテン師」の手口を、もっと分かりやすく解説した記事をより多くの読者に読んでもらって、もう少しまともな人物が選挙で選ばれる世の中になってほしいものです。そうですね。でも神奈川新聞の駄文では「杉田が何を批判していて、それが差別に該当するか否か」を一切判断できないわけでね。何せ、判断材料が全く無いから。ちなみに、人権侵犯認定されたという話にしても、根拠規程は2004年の人権侵犯事件調査処理規程(https://www.moj.go.jp/content/001378212.pdf)だそうなので、2016年の話が2023年に認定というのも余りにも遅すぎるし、第3条に「関係者の秘密を守らなければならない」とあるので認定の事実が漏洩すること自体が問題でもある。こういう事実を隠して批判をやると、結果として陰謀論(今更の認定かつ情報漏洩なので、杉田おろしのためにやった、て具合の)が力を持って佐原の言う「まともな人物」が選挙選ばれることは無くなりかねないのだけど、まあ、佐原には分からんか。
2023.11.28
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まず、こちらを。https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202311180000/元ネタは東京新聞は助平君のようです。が、とりあえず>少し前には防衛費倍増を勝手に閣議決定し、増税は避けられない様相になって国民の支持がなくなったと見るや、すかさず「減税」を言い出すという岸田首相の子どもじみた幼稚な言動について、現代教育行政研究会代表の前川喜平氏は、10月29日の東京新聞コラムに、次のように書いている;佐原は防衛費だけをとりあげてますけど、防衛増税の他に金融所得課税も観測気球として上げていたわけでして。それを知っているなら所得税減税言われても「金が足りないから増税の観測気球なのに、余裕が多少あったから期間限定の減税とか何事か」となるのは必然なんですよね。何というか、珍しく佐原に同意できるという。では>しかし減税だけでは所得税を納めていない低所得世帯には恩恵が生じないから給付も抱き合わせにした。ところがそのために不公平が生じる。すべて給付にすれば不公平は生じないのに減税にこだわるから不公平が生じる。私は札幌市民なんで言いますけど、割と「東豊線」な感じですね。雑に言うと、東豊線の計画時、第二南北線(既存路線の補完)にするか思い切って東に伸ばす(新規開拓)かとなったそうですが、結果として折衷案(現路線)になったそうで。ところが結果として「第二南北線とするには遠すぎる(補完にならない)」「思い切って東に伸ばす案からしても遠すぎる(新規開拓にならない)」という、折衷案は良いとこ取りのはずが【両方の悪いところを取った】ということになったそうで。本件も恐らくは『自民党案として、所得税を払っている現役世代への補助』と『公明党案として、給付による全世帯への補助』の良いとこ取りであったのでしょうけど、前述通り「金が足りないから増税の観測気球なのに、余裕が多少あったから期間限定の減税とか何事か」となったんじゃないかな、と。なお、ガソリンのトリガー条項の発動(確か国民民主の玉木が言質取っていたはず)がなかったこともあったので、なおのこと前述通りになったのじゃないかな、と。>昔中国の猿回しが猿に木の実の餌を「朝三つ夕方四つやる」と言ったら猿は怒ったが「朝四つ夕方三つやる」と言ったら喜んだという。これを「朝三暮四」という。岸田首相がやろうとしている「今日は減税、明日は増税」という政策は朝三暮四そのものだ。助平君に同意するつもりはないけれど「そういう言い方もできるな」となりますし、何より【助平君ごときにボロクソに言われる(しかも賛同できないにしても諸説の一つとして有り)】の時点で、現政権は如何なものかとなりますね。ただ、もっと不思議なのは、確か先日の日経だったかな? 時事通信の調査で内閣支持率が4か月連続で2割台となったそうですけど、それを大々的に取り上げたマスコミ(主にテレビ)が見受けられない感じなんですよね。私が知らんだけならいいのですけど、安倍政権、その後の菅政権でも支持率でマスコミどもが一喜一憂していた状況を見れば、何とも不気味な感じがする。では、佐原の反応でも>岸田首相のやること成すことは、天下国家の将来を見据えた大きなビジョンに基づいた言動とはまったく異なる、単なる目先の己の個人的な利益を狙っているというケチな「本性」が丸見えなので、この先、岸田氏がどんなに頑張って「経済、経済」と力んでみても、もう国民はしらけっぱなしだろうと思います。何というか、珍しく佐原に賛同できるという。岸田総理が何をやりたいのかさっぱり判らんわけで。プライマリーバランスでしたっけ? その黒字化を目指すなら増税も理解はするし、先のトリガー条項の発動をしないのも理解はする。金融所得課税に関しても『貯蓄から投資へ』に水を差す悪手だけど、まあ黒字化を目指すなら理解はする。賛同はしないけど。でも、あれだけ「金が足りない」と増税で騒いでおいて減税言われても【選挙目的で言っているだけだろ】となるのは必然じゃないかなぁ。けどまあ、前述通りで【4か月連続で内閣支持率が危険水域なのに、マスコミが騒ぐ気配がない】(※私が知らんだけなら杞憂だが)の方が、正直不気味だな、とは思いますね。
2023.11.18
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まず、こちらを。https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202311140000/元ネタは朝日新聞のようですが、何というか、「安物エリートの思い上がり」という表現がこれほど似合うことはないというか。>原発は難しい問題だから、素人にはわからない。政府が推進しているから、原発は必要なのだろう。南海トラフ巨大地震は必ずやってくると言われているので、原子力規制委員会も慎重で厳格な審査をしているはずだ……。多くの人々はこう考えてしまいがちですが、すべて先入観です身も蓋も無いけれど、その思い込みこそ先入観なわけでして。例えば、何故原発が必要といえば、日本は燃料(石炭、石油、ガス)を海外からの輸入に頼っているわけでして。当然、輸入の途絶、購入価格の上昇等でエネルギー事情が途端に苦しくなる。原発は再処理を行うなら準国産エネルギーとして利用できるという利点がある。昨今の電気代高騰、燃料代高騰を見ればその利点の大きさも理解できるはずなのですがね。>原発の本質の一つ目は、人が管理し続けない限り事故になるということ。二つ目は、人が管理できなくなって事故が起きたときの被害の大きさは想像を絶するということです。人が管理しないとエラいことになるのは原発に限らずプラントの類なら当てはまりますし、自動車のような個人で保持するようなのでも当てはまる。何なら無形のシステムだって当てはまる。メンテナンスフリーで動く物なんて多くないでしょうに。そして、事故が起こった時に被害が大きくなるのはプラントの類も一緒でして。自動車だってブレーキが故障したら暴走する鉄の塊となるわけで。「暴走に巻き込まれて死亡したのは数十名程度だから、プラントの類の事故と較べたら大したことではない」とはならんでしょ。>東日本壊滅を免れたのは考えられないような様々な偶然が重なった結果であり、まさに奇跡というべきものでしたそもそもの話、あのタイミングで民主党政権でなかったのなら、最悪バ菅が(当然鳩山も含め)総理でなかったのなら、最悪の一歩手前でとどまって福島第一が爆発していなかった可能性すらあるわけですがね。また、民主党が阿呆な公約(原発に依存しても実現困難なCO2削減90年比25%)を掲げていなかったのなら、福島第一の運転終了も早まっていた可能性だってある。それとね、「震災翌日午前3時までにベント開放の必要ありと報告を受けていたのに、バ菅のやったのはベント開放の準備を止めて午前7時に福島第一への視察」なのだから、ハッキリ言ってしまえば【爆発は必然】でしかなかったわけで。>原発の危険性の本質と、それがもたらす被害の大きさが事故で明らかになった以上、万が一にもそうした事態を招く危険性があるのかどうかを判断するのが、裁判官の責務だと考えましたなお、爆発したのは【米国製で津波対策の点では構造上の欠陥のあった福島第一だけ】で、福島第一の近隣にありながら、津波対策において構造上の欠陥が改善された福島第二はそのような事態になっておらず、女川に至っては避難所として活躍したという話まであるそうな。危険性云々と言っても、その対象は福島第一と同型、つまり福島第一のみであり、また時の政権が「クリティカルな事態を軽視してスタンドプレーをやらかす」というのも危険性の判断材料になりましょうて。>裁判で問われたのは、そもそも、全国にあるそれぞれの原発敷地ごとに将来到来するであろう最大の地震動が予知予測できるのかということなのです。<現在の地震学では地震発生の時期、規模の予知予測ができない以上、将来にわたって基準地震動を超える地震が来ないという予知予測もできないのですそれを言い出すと【規模の予知ができない以上、それによる津波の高さも予知できない】となるわけでして。日本における最大の津波は80mを超えるそうですから、当然標高80m未満の地域に人は住んではいけないとなるわけでして。しかもこれ、「最低でも80m」であって100mだから安全と保証するものではないのですよね。一方、地震による山崩れを想定すると「標高が高くても危険」となりますから、極論言えば【日本に人は住んではいけない】としかならんのです。>福島原発事故の前まで、私を含めて多くの国民は『我が国の原発は絶対に安全だ』と言う電力会社を信用してきました。それが社会通念でしたそれ、社会通念でも何でもなく、【過去に震災があっても安全に停止し、かつ建屋にも大きな被害がなかった】という実績から得られた信用でしょうに。>ロシアがウクライナ侵略直後にザポリージャ原発を攻撃目標にし、ウクライナはこの重要な施設をロシアに明け渡さざるを得ませんでした。原発が本当に攻撃されれば、過酷事故が起こる。ウクライナにとっては、明け渡すという選択肢しかなかったのですウクライナは今でこそ国際社会(主に米国)の支援でロシアと互角以上に戦えてますけど、それが無かった時はほぼ一方的に蹂躙されていたわけでして。首都キーウすら陥落の危機にあったわけですね。そういう状況において、原発を守ることができたでしょうかね?なお、所謂戦時国際法では原発への攻撃を禁止(正確には保護対象)しているわけでして。ロシアはそれを平然と破ったわけですね。紙に書かれた条約は実力行使の前には無力であることを如実に現しているわけです。>日本の海岸沿いに50数基の原発が並んでいます。もし戦争になって原発が標的になれば、日本は壊滅するかもしれません。原発は自国に向けられた核兵器です。敵基地攻撃能力(反撃能力)の必要性を説く自称保守政治家たちが、原発の危険性を見て見ぬふりをするのは理解に苦しみます。もし戦争になると想定するなら、当然ながら如何にして損害を0に近づけるか、を考えなければならないわけでして。例えばミサイルディフェンスで迎撃をするとか、第二波第三波を防ぐため敵基地攻撃能力で無力化するとか、そういったことを考えなければならないわけでして。それと、プラントの類だと「攻撃を受けた場合、周囲に甚大な被害を及ぼす」こともありうるわけでしてね。それこそこのバカの戯言に則るなら、「化学プラントは自国に向けられた化学兵器」なんて言い方だってできる。原発だけに注目して、その他「攻撃を受けた場合に甚大な被害を及ぼしかねない施設」を無視することの方が理解に苦しみますわ。>『原発推進=保守、脱原発=革新』という見方も先入観です。福島原発事故で今も立ち入りが許されない、帰還困難区域がある。国土の一部を失ったに等しいということですよ。豊かな国土を守り、次の世代に受け継いでいく。そんな本当の保守の精神があれば、脱原発へ容易に踏み出せると思います豊かな国土を守り、ねぇ。その場合、現状においては自然破壊以外の何物でもない太陽光発電、特にメガソーラーの推進なんぞ絶対にできませんけどね。ついでに言えば、帰還困難区域も除染が進んでその範囲も縮小しているわけでして。「国土の一部を失ったに等しい」というのも先入観でしかない。ところで><ひぐち・ひであき> 1952年生まれ。2014年、福井地裁の裁判長として関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を下す。17年8月、定年退官。著書に「私が原発を止めた理由」など。この裁判、一審こそ変な裁判官(このバカ)に当たったおかげで原告勝訴とのことですが、控訴審では原告敗訴となったそうな。https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=87868んでもって、原告は上告を断念して控訴審の判決で確定したとのこと。https://www.sankei.com/article/20180717-DGJZKV4A3BJHDJKQF4Z2JXF62E/ちなみに、この変な元裁判官>多くの裁判官は自分たちは地震学や原子力の専門家でないので、専門家がやることに口出しすべきではない、と考えたのでしょう。しかし、福島原発事故後はそのようなこれまでの考え方は許されませんなんて言うてますけど、高裁の判決だと細かく見た上で「原告の主張は採用できない」旨の結論を出しているのですよね。さて、この変な元裁判官、一体何を見ていたのでしょうねぇ?では、同じく変人の反応でも>自民党は保守政党だというのも、これは先入観で、実際には今の自民党は保守政治をしていないので、保守政党とは言えないと思います。単に資本主義勢力を右、保守と見立て、社会主義共産主義勢力を左、革新と見立てたのが原因でしょうに。というかね、憲法墨守の時点で保守を通り過ぎて守旧派でしかないのですわ。>上の記事が述べるように、本当の保守政党であれば、豊かな国土を守り、次の世代に受け付いていくものですがそう、なのでその国土を守るための手段として防衛力増強は避けては通れない話でして。まして、自衛すら否定した過去のある憲法9条2項なんぞ改正して当然なわけです。>途中3年間ほどの「政権交代」があったとは言え、戦後の大部分の政権を担当してきた自民党政治が招いた現状はダラダラと長いので切りますけど、戦後の、高度経済成長を作ったのは紛れもなく自民政権で、そして佐原の世代はその恩恵を大きく受けた世代なんですよね。>「豊かな国土を守って、次の世代に・・・」などという発想は露ほども考えておらず、政治家としての「地位」を自分の子孫に引き継ぐことしか考えていない。自公連立は一応「(建前だとしても)政策が近い連立している」なんですよね。それすらなく、唯の票集めのためだけの立件共産の選挙協力なんぞ、【政治家としての地位を守りたい”だけ”の手段】でしかないわけで。それが理解出来れば【政策のすり合わせすらない野合なんぞ、評価に値しない】ことは理解できるはずなのですがね。まあ、佐原は『野合で勝った後に再度選挙すればいい(※野合で勝てても単品なら自民に負けることを理解できていない)』旨を言うてましたから、その程度すら理解できないのでしょう。
2023.11.17
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まず、こちらを。https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202311010000/元ネタは集菌のようですが、何というか、支離滅裂?>政治について、とにかく中立であろうとする人が多い。昔から「政治と宗教と野球の話をするな」というそうですが、主義主張、宗派、(野球に限らず)贔屓のチームは人それぞれで、場合によってはトラブルを起こしかねないわけでして。トラブルを未然に防ぐ意味で中立を装うというのは普通にあり得る(というか、社会人だと半分常識では?)わけですね。>政治的な発言をしないという選択は、政治的なのだ。言い換えてみましょうか。『共産党的な発言をしないという選択は、共産党的なのだ。』普通、共産党的な発言をしないというのは、先の中立を装う意図がある場合を除けば共産党的ではないとなるわけでして。これを否定してしまうと、例えばレッドパージにおいて気に入らん人間に対して難癖つければ・共産党的な発言をした→レッドパージ対象・共産党的な発言をしない→やはり共産党的なのでレッドパージ対象と、洒落にならんわけですね。弁明の余地が一切存在しないので。で、集菌は、こんな洒落にならん屁理屈を元にした本を肯定して話を進めているわけでして。>2016年、フジロック・フェスティバルに、SEALDsの中心メンバーである奥田愛基(おくだあき)が出演することが明らかになると「音楽に政治を巻き込むなよ」「フジロックって音楽フェスだよね。政治について語られても」といった投稿が相次いだ。これ、真っ当な批判ですよね。ロックを楽しむのがロックフェスなのですから。そして、ロックは反体制的な毛色があるとのことですが、ロック的には『与野党問わず政治家は体制側』なんじゃないかな。その政治家、共産党に近い某奥田とか体制側で、それを呼ぶのが果たしてロック的に正しいとなるのでしょうかね?で、集菌の紹介した本だと>実際にフジロックを知っている人ならば笑止千万なのだがと、まあ、どうも『政権与党である自民党、自公政権』だけを体制側と定義して、それに抵抗(笑)する共産党や某奥田は反体制、ロックであると見做しているようで。それを否定された、自分を肯定してくれないのが気に食わんだけでしょ?>東日本大震災が起き、福島第一原発が大きな事故を起こした。国策を盲信してきたのではないかという反省や、隠蔽(いんぺい)を繰り返す政府や電力会社への怒りなどが混ぜこぜになったが、日本の音楽シーンで飛び交ったのは憤怒ではなく、「がんばろう!」や「絆」の連呼。そして、「音楽の力」とまとめるような動きだった。いや、憤怒でもいいけれど、その対象は民主党政権なんですがね。で、当時のパヨチンどもといえばジミンガートウデンガーの大合唱であったと記憶してますけど、それを否定するかのような民主党政権への憤怒の音楽を肯定的に捉えてくれるのかしら? 「これぞロックだ!」と賛同してくれるのかしら? 先述と同じく自分を肯定してくれないのが気に食わんだけでしょ?>自らの楽曲「ずっと好きだった」を「ずっとウソだった」に替えて、原発事故を警告した斉藤和義に対し、いきものがかり・水野良樹がツイッター(現・X)で、この替え歌について「大嫌いだよ」とした上で、「そもそも僕は音楽に政治的な主張、姿勢(斉藤さんの場合は、怒りでしたが)を直接的に乗せることについて、とても懐疑的な人間です」などと投稿した。何が問題なんでしょうね? 斉藤に共感して賛同するもよし、不快に感じて否定するもよし、それが自由でしょうに。まあ、「政治利用は好かん」に反論できないからでしょうね。>つまり、自分は音楽に政治的な主張を乗せないと宣言したわけだが、先述した通り、その宣言もまた、政治的なのである。「お前のやっていることも政治的なんだ!」と、所謂DD論というのかしら? それに持ち込んで反論したつもりになりたいのでしょうね。>あくまでもたとえ話だが、「今年もキレイな桜が咲いた」という歌詞と、「原発事故で入れなくなってしまったあの場所では、今年もキレイな桜が咲いている」という歌詞があったとして、日本の音楽業界が好むのは圧倒的に前者だ。やたらと後者を警戒する。そりゃ、アンタ。前者の方が圧倒的に普遍性、汎用性があるもの。後者はピンポイント過ぎて、それこそ流行りが終われば忘れ去られる代物でしかない。「永く歌われてほしい」のなら前者になりますわ。>特定秘密保護法、安保法制、共謀罪、東京五輪、新型コロナの行動制限、入管法、武器輸出など、政治権力が強引に物事を決めてしまう事態が続いている。その時に声をあげる音楽家は限られている。「政治利用したいのに、それに賛同してくれるのが少ない」という恨み節なだけですね。ところで、『政治的な発言をしないという選択は、政治的』ならば、当然に『政策に賛同する発言をしないという選択は、政策に賛同する』となるわけでして。バカどもの屁理屈に則ると『政策に反対の声をあげる必要が無いから黙っている』となるだけなんですよね。では、集菌と同じく支離滅裂な反応でも>政治について、とにかく中立であろうとする人が多いのは、日本の民主主義がまだしっかりと根を降ろしていない証拠だと思います。いや、単に無用のトラブルを避けるためなんですが。佐原は仮にも社会人だったはずなのに、その程度も知らんのでしょうかね?ところで、所謂無党派層は「与党を支持しない、なれど野党も支持しない」というある意味中立の存在ですが、佐原含めパヨチンどもは「無党派層は自民支持ではない。だから国民の多数は野党支持だ」という謎ロジックで己を多数側に置きたがるわけでして。先の佐原の戯言は、謎ロジックに乗ってくれない国民に対する恨み節でしょうな。>徳川300年の間は、政治は「お上」がやるもので、一般庶民は口出しするものではないというしきたりに縛り付けられていた日本人は、明治維新になって形は近代国家になっても、中身は「徳川将軍家」から「天皇家」に変わっただけで、庶民は相変わらず「政治はお上がやるもの」で、自分たちは口出しできないものだったわけで、戦争に負けたら急に「民主主義」だと言われても、具体的にどうしたらいいか分からないのが、いきものがかり・水野良樹であろうと思われます。ダラダラ長いですけど、簡潔にまとめれば『俺を肯定してくれない人間は、民主主義を理解していない』となります。・・・共産党の議席が壊滅的なのは、民主主義における選挙の結果なんですがね。>音楽に限らず、スポーツでも演劇でも、人それぞれに得手不得手があるのも当然で、政治については何を言ったらいいか分からない人は、政治に無関係な歌ばかり歌っていればいいのであってそうですね。でも集菌は『政治的な発言をしないという選択は、政治的』として、その言を否定しているわけですよ。佐原は一体集菌の何を読んだのでしょうね?>政治に対して黙ってはいられない人は、自分の気持ちや考えを音楽で表現してみるのは、人間として至って当たり前な話であり、それこそ「表現の自由」であり、他人から「それはダメだろう」などと言われる筋合いではありません。いいえ、他人が「それはダメだろう」と批判するのも【表現の自由】でして。ところで、ナナシィさん(https://plaza.rakuten.co.jp/kurukku2004/diary/202311010000/)も取り上げてますけど、その表現の自由を踏みにじって廃盤にしろと騒いだのは他ならぬ佐原なんですよね。https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/201807060000/ところで、佐原と言えばこちら(https://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/202310260000/)等で「行動しても内心の自由」と騒いでいましたね。行動しても内心の自由であるなら、批判の声をあげても内心の自由でして。それを否定するとか佐原は自説すら理解していないのでしょう。>いきものがかり・水野良樹のように、政治については何を言ったらいいか全然分かりませんという人は、他人の「表現の自由」を奪うような言動は慎むという、最低限のモラルを守るべきだと思います。水野は「政治について何を言っていいか分からない」ではなく、「そういう政治利用は好かん」と意見を述べたに過ぎないわけでして。それを「表現の自由を奪う」とか、単に【俺の主義主張を否定するな】でしかないのですよね。まあ、佐原みたいのが権力を持つと独裁者になるのでしょう。そういうのが支持する政党が壊滅的というのは、日本には民主主義が根付いている証拠と言えましょうなぁ。
2023.11.02
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