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昨年の暮れ、小金持ちのアパートの大家さんに依頼されて、自筆証言遺言を書いたのだが、自筆というぐらいですから全部自分で書くわけで、そこを執拗に突かれて値切られてしまったことがある。「たしかに先生は、見本を書いてくれはった。けど実際に書いたのは俺や」 だからもっとまけろ!、と突っ込まれたのです(とほほほ)「これで5万円は、いくらなんでもボロすぎるんとちゃうか?」 A4一枚です。「高いですか? まさかのために当方で遺言書の保管もさせて頂きますし、遺言執行人として・・・・」 執行人としての報酬のほうはすでに折り込まれているのでこの場では問題にならないと思ったのだが・・・。「そんならこれでどないや?」 なんとなんと、依頼人は捨印の下に○字削除と書き加えたからアングリだ。私が教えた知恵をすぐに使うとは(唖然)「保管の話やけど、ふん、どこで保管してくれるんや?」「銀行の貸金庫ですが・・・」 これは本当です。私が借りている信用金庫の貸金庫に入れる予定でした。「ほな、それはいらん。うちの金庫に入れとく。ほなら、その分、いくらや? その分も引いてもらわな」「それでは保管者として裁判所の検認が・・・・」「確か最初の発見者でも良かったという話やったな?」「はああ?」 しばし押し問答のあと、「約束が違うて? 人聞きの悪いこと言いなや、先生。払うもんは払うがな。しかし払うんはわしやない。まっ、わしが死んだら、遺言に書いたある相続人に請求したらええやないかい。このわしが言うとった!と言うたらええやないかい」「それなら書いてもらえます?」「なにをや?」 相手は海千山千の強者、驚きようも年季が入っていて、そっちのほうがむしろ不自然なほどだった。「ですから、さっき言われた「払う」と言うことを」「えっ。それやったら先生、わしに遺言の遺言書けて、いうんかい?」 もうここまできたら漫才です。報酬額? 税込みでなんと金1万円ポッキリ。バナナのたたき売り状態でした。
2004年04月30日
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交通事故の現場を調べるには多角的でいて多層的、そして複眼的に調査しなければならない。わずかな見落としが後になって取り返しのつかないことになってしまうことがある。 人には日頃の生活習慣に起因する「思いこみ」というのがある。マジシャンがいとも簡単に観客の視線を欺けるのもこれを逆に利用したものである場合が多い。 土地に二つとして同じものがないのと同様、一口に交差点と言ってもそれぞれ様相は違う。取り付けられている信号機の点滅表示間隔だってそれぞれの交通量によってそれぞれ微妙に操作されている。こうした事実を確認することで、なぜ被害者は小走りしたのか、なぜ加害者はここでアクセルを踏んだのかがわかってきたりする。 今回の事故は大きな交差点内の横断歩道での車と自転車との接触事故。 現場信号機のポールの根本に腰を落とし、じっと車や人の流れを眺めているが何も見えない。何も感じない。時計をはかる。信号機と歩行者とのバランスは十分。右左折ともすこぶる見通しが良い。こうした場所でどうして事故が起きたのか、いや起きるのか、選択肢を狭めていく。頭の中では幾たびものシュミレーションが繰り返される。このあたりの嗅覚や思念は文章を書く作家の特性特有だ。不謹慎な話だが、実はこの時間が一番楽しくてしようがない。 ようやくにして重大な事実が見つかった。幅にして70センチの、車道より40センチ上がった歩道が今回の事故の大きな鍵を握っていることを確証した。 いずれ過失割合を争うようになる。そのとき、きっとこの歩道が役に立つのはまちがいない。「やれやれ」 私は立ちあがった。そして問題の歩道のほうに向かって歩き出した。
2004年04月29日
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きのうは朝から所在不明の相続人を探すべく、とりあえずは戸籍の附票請求と、近くの出張所へ。 ご存じない方のために少しレクチャーしますが、戸籍の附票というのは、行方不明者を捜すときに使うと効果的なんです。実は住所を変更した場合、市町村からその人の本籍地に対して住所変更の知らせが届くシステムになっているので、いくら住所を転々としようが戸籍の附票を取れば一目瞭然にわかるというわけです。ただし住所の変更届けを出されていない場合はお手上げですが、出さないと子どもの就学や仕事、車の免許証に健康保険のことなどがとても困る。だから事情があって身を隠す必要のない人は必ず届け出をします。途中で転籍されても、その転籍先に附票を請求すれば現住所まで辿れます。 変更が戦前のことなので時間がかかる。待つこと一時間、自治振興委員会で顔見知りの所長と雑談。話題も途切れだし、しびれが切れてきたころにようやく回答。 改正原戸籍記載の本籍地に該当者見あたらずとの報告に、「どういうこと?」「おかしいですね?」「うん」「もう一度調べるよう・・・・」「そうやね」 思うに、本庁ではいまごろ人海戦術による書庫を漁るアナログの世界が繰り広げられていることだろう。 朝が早かったのでお腹がすいてきた。 子どもが成長するにつれ、いつしか食事はカミさんと二人で食べることが多くなった。近隣の話題(悪いことは言わないですよ)をおかずに食べる昼食もなかなか味があったりする。若い頃は相手に折れるのがイヤで、すぐに主義主張を言い張ったりしていた。そのせいでイライラするので美味しいものでも不味かったりしたこともあった。「いったん帰ります。わかったら電話ください」「そうですね。そうします。それにしてもおかしいなあ。でるはずなんだけど」 結局出たのが午後4時前。 昭和18年に茨木市へ転籍されているとのこと。やれやれまた明日から出直し。うちからだと茨木市は遠い。ついては今度は郵便小為替による請求となる。
2004年04月28日
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作家のNと話をしたことがある。 めがねの底の眼がいつも真横に伸びていて、実に温厚な人だ。 食べ物の話になったとき、Nさんがいきなり、「君、ナメクジ食べたことあるか?」 と聞かれた。「ナメクジ? エスカルゴなら」「そうか。一回食べてみ」「おいしいですか?」「まあ、エスカルゴとよう似た味かな」「ふーん」「ところでや。ナメクジ食べるとな、小便が虹色になって出てくるんやで」「えっ、虹色? ほんまですか?」「ほんまやがな。嘘言うかいな」「へえ」「公衆便所で並んでしとったときやった。そらもう虹色というか、銀色に輝いとる。それ見た隣のおっさん、びっくりしてしもうて、口から泡吹いとったで。あっはははは」「・・・・・」「物書きはな、経験がものを言うんや。君の、人の知らんような経験せんとアカンで」 はあ。神妙な顔で頷いたが、未だ実行していない。 ところで誰か経験ありますか?
2004年04月27日
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仕事の合間にHPの改造を行っている。バナー広告を入れていたのだが、ネットをのぞくと無料で使用できる便利なものを見つけた。自分の広告の他に、社会時事、芸能、音楽、天気予報とクリックひとつでチャンネルがチェンジ、これだけでHPが明るく楽しくなったような気がする。 アクセス分析(SEOには欠かせないもの)やアンケート(質問)カードなどは営業用HPには欠かせないツールだが、これらも実に簡単な操作で使えるようになってきている。 ほかにも「おみくじ」などもある。個人HPで友人などが訪問者ならおみくじツールなどがあればさぞかしハッピーなことだろう。「デジタルデバイド」が話題になって久しいが、今後ますます「知っている者」と「知らない者」との格差が広がってゆきそうな気配である。 情報としてのデジタルは基盤が整理されているとはまだまだ言い難く、2チャンネルのように、実にあやふやで不確かなものが流言飛語と化す場合もある。 しかしアナログ世界のマスコミを中心とした情報にも視聴率最重視、購読獲得最優先からくる興味本位というか、普通でも首をかしげたくなるような情報が偏重されて流れていたりする。どうでもいいようなことをさもおかしくおもしろく劇化し、真実であるかのように報道する姿勢には、もうかなりうんざりなのだ。 かくしてデジタル上で確かな情報量が増えれば増えてくるのに反比例して、週刊誌化した4大新聞をはじめTVラジオ局など既成アナログメディアが崩壊していくことだろう。支持のない報道ほど惨めなものはない。
2004年04月26日
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朝から事故状況報告書の作成。まずは事故現場へ行って測量。デジカメでパチパチやる予定だが、交通通量が多い交差点なので、油断したら追突される危険も。 午後からは遺産の放棄書の作成。祖父の代の相続が完了していない。いまのところ総数20人ぐらい。中には連絡が取れない親族もいる。とにかく気長に、事情を説明した封書を送りつけ、攻めやすいところから個別的に消去していくほかないだろうと思っている。 まずは着手金を頂戴したが、依頼人(高齢者)が亡くなるまでに何とか決着がつかないものかと、あれこれ方策を練ったりしている。 知人がシャンソンの発表会に行ってきた。若い頃、結構はまってさかんにLPを集めたことがある。いつしかプレーヤーが壊れ、買い換えそびれてそのまま。ずいぶん昔のことで、さてどこへいったのやら、行方不明だ。いろんな歌手がいるがEピアフが好きだった。そうそうシャンソンと共にジャズも好きだった。マイルスはひとまず横に置いといて、エリックドルフィーやルイアームストロング、チャーリーパーカー等々。 日常生活の猥雑さの中でかわいそうにも奥深い底に埋没、沈殿してしまっている自分らしさがジャズによって拡散されて目を覚まし、甦生し、生き生きと活動を始める、踊るピエロのような陽気さでもって。ああ、音楽ある世界はいいですね!
2004年04月25日
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昨日はちょっとだけニンマリするような、嬉しいことがあった。 実は高校に入学したばかりの末娘がラグビー部のマネージャーになると言い出したからだ。 入部承諾書にサインをしてくれというので嬉々とした気分でサインした。「これで大きな顔をして、ラグビー部の練習や試合を観に行くことができる!」と思ったら嬉しくなった。 そもそも、 生まれた子どもはラグビー部に入れる! というのが昔からの祈願だった。女の子ということでプレーヤーとしての入部は叶わなかったが、とにかく籍を確保したというだけでも、半ば念願が叶ったというもの。 明日あたり早速車を駆けてグラウンド外から隠れて練習風景を覗いてやるつもりだ。あっそうそう、慣れてくれば監督とも挨拶をしないといけない。ウッシシだ。タンスの奥からジャージも出しておこう。 娘の話によると、ラグ部では何年ぶりかの女子マネージャー誕生だとか。ということは、そうそう足蹴を食らわして怒りはしまい。オヤジのほうがやる気満々なのだ。 嬉しいことがあると困ったこともある。PTA役員のことだ。夜担任から電話でお願いがあった。一晩考えさせてくれといって電話を切り、何も考えずきょう返事をした。「カミさんが受けるということで」 またしばらくカミさんと冷戦状態になるはずだ。
2004年04月24日
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広島の根角行政書士さんにご教示いただき、HPのSEO戦略に取り組むことになり、HPの大改造を行っております。 単に業務案内や知識の小出しやばらまきに終わらず、訪問者が得をしたなと思っていただけるコンテンツを目指していじくっておりますが、なかなかこれが難しい。 訪問者は目的があって訪れます。たとえば、客が暗がりで自分の思いにあった宿を探しているとします。 では、この客の思いとは何か? お腹がすいているのか、 それとも風呂が入りたいのか、 柔らかい寝具で横になりたいのか、 お酒を飲みたいのか、 すべての欲求を満たすのはちと難しい。で何かに特化する。特化したからには客を大満足させなければいけない。 まっ、戦略ができたら次は戦術、ぼちぼちやりますわ。
2004年04月23日
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交通事故専門家を目指しているということもあるが、交通事故損害賠償請求の依頼案件が多い。そしていつも決まって思うことがある。それは事故直後に行われる警察の初動捜査とその捜査結果が原則非公開であるということだ。 事故が起きたからといって、すぐうちの事務所を来られる方は少ない。たいていはけがの治療のため入通院され、あとわずかな治療を残すのみというあたり、相手保険会社との示談折衝に違和感を覚え、戸惑い、どうしていいかわからいと、ご相談にみえられるというパターンが多い。 そのとき、事故の状況を相談者から聞くことになる。時間が経っているので記憶そのものが曖昧な方もいるので100パーセント鵜呑みにはできない。さらに現場検証。急ブレーキを踏んだということならブレーキの後があるはずだが、すでに時間が経っていてそれすら確認できないこともある。 被害者立証主義といって、交通事故で被害者が納得いく補償を得るためには自らがその正当性を立証しなければならないのだ。 被害者は実に気の毒。痛い目に遭ったうえ、長期療養を余儀なくされ、いつまでも不調を訴えればなまけ仮病と猜疑の目で見られ、過大請求だと今度は人格まで疑われてしまうのだから。 事故による後遺症の判定についても被害者にとってはきびしい結果に終わることが多い。走ってきた車にぶち当てられた人間の身体はどれだけ支障をきたすことになるのか、一度「あるある大辞典」あたりで実験、放映してもらえれば少しは事故被害者を見る目もかわり、当の本人にとってもこれ以上ない慰めや励ましとなるはず。 交通事故は人ごとじゃない。いつ自分が事故に遭うかもわからない。みんなの問題だと思うのだけどなあ・・・・・。
2004年04月22日
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大阪出身の作家で私が好きな作家はなんと言ってもオダサク=織田作之助である。生粋の大阪人であっても東京人風を気取った川端などと違い、中央の文壇からその作風をけなされ、さんざん罵倒されたがくじけず、中央文壇に果敢に立ち向かった姿勢が坂田三吉とダブっている。なんとも浪花節的で、好きなのだ。 作品的には映画化された「夫婦善哉」が有名すぎるほど有名だ。書き出しが迫力満点でなんと言ってもすごい。 年中借金取りが出入りした、節季はむろんまるで毎日のことで、醤油屋、油屋、八百屋、鰯屋、乾物屋、炭屋、米屋、家主その他、いずれも厳しい催促だった。・・・・柳吉は「うまいもん」には眼がなくて、北にはうまいもんを食わせる店がのうて、うまいもんは南に限ると、しかし一流の店はダメと蝶子に言い、よく蝶子をつれて歩いた。 よくて高津の湯豆腐屋、下は夜店のドテ焼き、粕饅頭から、えびす橋そごう横「しる市」のどじょう汁と皮鯨汁、道頓堀相合橋東詰「出雲屋」のまむし、日本橋」は「たこ梅」のたこ、法善寺境内「正弁丹呉亭」の関東煮、千日前常磐座横「寿司捨」の鉄火巻きと鯛の皮の酢みそ、その向かいの「だるまや」のかやく飯と粕汁など、いずれも銭のかからない下手もの料理ばかりであった。 作品は昭和15年の脱稿である。感心するのは大阪弁のテンポの良い、流ちょうな会話。実はこれこそが柳吉そのものであり、どことなく憎めない柳吉の人格を形成しているのである。ちなみに柳吉のような頼りない甘えた甲斐性のない、生活力のない男のことを大阪弁では「がしんたれ」といいます。 もしあなたがリストラで無職で、 再就職の目処もなく、 もっぱら生活は奥さんの稼ぎで、ということなら、 正真正銘の「がしんたれ」ですね。
2004年04月21日
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梶井基次郎という作家は川端康成とともに大阪生まれの大阪育ちである。川端は茨木中学、梶井は北野中学からそれぞれ東大に進んだ。肺結核の病魔と闘い、31歳という若さでこの世を去った梶井の生前は不遇そのものであった。 梶井基次郎を有名にしたのはなんといっても「檸檬」だ。爆弾に見立てた檸檬をあの気詰まりするほどいやな丸善の書棚に放置してきたこと、やがてそれが爆発、丸善が木っ端みじんに崩壊してしまえばどんなに愉快で痛快なのだろうと思う青年梶井。青年特有の異様なまでの鬱屈感が梶井をしてありもしない空想の世界をさまよい歩かせていたのかもしれない。 梶井の親友は川端康成だった。肺結核の静養のため訪れた伊豆の湯ケ島では川端の作品集の校正を手伝ったりしている。梶井基次郎、もし生きていればと悔やまれる作家の一人である。
2004年04月20日
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業務のひとつに代筆なるものを掲げている。こちらとしては自叙伝や社史、土産物などの商品説明書を想定してのつもりなのだが、まちがって?とは言えないまでも、その派生、連想からいろんな依頼が舞い込んでくる。「あのう、○○大の学生ですが、論文の代筆できますか?」 バイトが忙しくて書いている時間がないのだという。「できないこともありませんが(公序良俗には反するような気がする)、で、主題は?」「ヘミングウェイならどんなことでもいいんです。最低1万5千文字なんです」 1万5千文字ということは40枚弱(素早く暗算)しかし普通、原稿用紙換算するだろうに。いやいや、それとも今はこれが主流なのかもしれない。「ロストジェネレーションについて書けばいいのでしょうか?」「ロスト・・・って何ですか?」 こんなことも知らないとは困った学生だ。 じゃあ『日はまた昇る』あたりでよろしいでしょうか?」「結構です」「期限は?」「来週の火曜日5時までです」 きょうが水曜日なので明日からだと実質5日しかない。時間は十分なのだが、「で、これまであなたが書かれた論文などの文章をですね、送っていただけませんか?」「えっ、どうしてですか?」「書き手が違っているとわかるとまずいでしょう」 学者先生は誰よりも本を読み慣れている。本人が書いたかどうかすぐわかるのだ。 と、ここまでは順調に商談が進み、肝心の報酬についての話となった。「ところでいくらでしょうか?」「そうですね。1枚あたり3000円として120000円でいかがでしょうか? そのほか宅急便の送料がかかりますよ」「えっ、そんなにするんですか?」 聞けばモデルのバイトをしているという。ほんとか嘘か調べる術はないが、バイトの時給を聞いてびっくりした。もっとふっかけてやればよかった、と後悔した。「あなたの稼ぎからすればたいしたことないでしょうに」「ほんとに間に合わせてくれるんでしょうね?」 と今度は納期に疑いの目を向けてくる。 あああ、もうやめた! こんな馬鹿学生の仕事など受けてやるものか。「高いんなら、他を当たってください。うちは値下げには応じませんので」 そういって電話を切った。 次の日、また電話がかかってきた。「先生、アランシリトー書けますか?」「はい、書けますよ」「こっちならいくらで・・・」 というのでますます馬鹿らしくなってきた。もう辞めだ!「すみませんが他を当たっていただけません?」
2004年04月19日
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岩国は実にいい町ですね。同じ山口の津和野や萩と同様、本来、人が住む空間というのはこの町を貫通する錦川、そこに架かる五橋(錦帯橋)を中心とする空間のように、猥雑な世俗の駆け引きなどとは一線を引き、どこまでもたゆとう流れているものではなかったか、あの藤沢周平「蝉しぐれ」の海坂藩もこんな感じじゃなかったかな、と思いを巡らしていました。 セミナーはみっちり。その後の懇親会も楽しかったです。関係者の皆さん、ありがとうございました。明日からまた頑張りましょう。
2004年04月18日
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世界各国で翻訳された安部公房の「砂の女」はなんとも奇妙な小説である。 大人のくせに昆虫採集をするのが好きな男がある夏の日、海辺の砂浜で行方不明になってしまう。死んでしまったのかと思ったら生きていた。男が一夜を過ごした村は、どの家もなかば砂の穴に埋没しかけていた。外に出る縄ばしごがはずされ、自分が監禁されたらしいことを悟る。 アリ地獄の底には女がいた。砂をかいでいる。「掘るのを手伝おうか、それとも運んだ方がいいかな?」 男が話しかける。 絶えず休むことなく砂を掻く。掻かないと砂の中に埋もれてしまう。かぎりなく可能性をさぐり、何度か脱出を試み、失敗した男はやがて別の方法で脱出が可能となったとき、男はこの状況からの可能性だけを追求するようになっていた。 そこには可能性への挑戦、などという簡易な言葉では解き明かせない、病的なまでの世界が芽生え、根を張りしっかりと育ちつつあることを読者は知って愕然とする。 可能性への挑戦は独立して士業を営む多くの方が経験され、今も格闘されていることではないでしょうか。本来目的が達成されればそこで終わってしまうべきものがそうはならず、さらなる目的を産んでいる。守勢にはいるのではなくさらなる攻撃性をもって立ち向かうのは、優性遺伝ということを念頭にすれば、大げさな言い方をすると、人間本来が持っている宿命みたいなものかもしれない。 余談ですが明日はお休みです。岩国で開催される全国行政書士交通事故セミナーに参加するのです。帰阪するのは日曜の夜。私と入れ替わりに末娘が高校のオリエンテーリングで八伏高原へ行きます。おしゃべりな娘で外であったことは何でも話してくれるので寂しいです。 株の反響が大きかったので少しコメントです。 さすがに昨日は史上最大の商いがあった翌日ということで売りが出てしまいましたね。じわりじわりにじりあがり、気がついたら倍になっていた、というのが理想ですが、さて週末の今日はどうでしょうか?
2004年04月16日
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名刺の隅にFPと書いているので、ときどき株についてのコメントを求められたりする。 資産活用や運用をする場合、財テクは避けては通れない、切っても切れない関係にあり、リスクなしには語れないなどとの持論をひとくさり述べ、最後は決まって、「いま、コレって思われる銘柄ありまへんか?」 と、銘柄の推奨となる。 こんなとき、「有馬変わ」 と答えようものなら次からお呼びがかからなくなる。「イラクをはじめ世界の政治情勢も混沌としているし、中国の台頭もあって、たしかに投資には難しい状況下ですよね」 と相手の突きをやんわりかわしながら、「多少時間がかかるかもしれませんが、ないこともないんです」 バブル時期は含み資産と解散時の資産がさんざん材料にされたが、私は企業の1株利益に注目する。多少のタイムラグはあるがその数字の変化率に正比例して株価は上下すると確信している。雑誌や株式ニュースなどが薦める銘柄はすでに手垢がついていたり、デマであったりすることが多いので絶対信じてはダメ。 実は今週の月曜日、最新刊の会社四季報を俯瞰してマネックス証券を買った。ネット証券としてはあの野村證券の株価を追い抜いた松井証券がつとに有名だが、こちらはソニー系、店舗を構えずのネット取引、団塊世代に人気がある証券会社として、その成長性が買いだと思ったのだ。おまけに業績変化率がこれまたすごいのだ。 単位は1株、株価は100000円、3株買うつもりだったが成約したのは1株、水曜日の終値が116000円、じっくり待って押し目を拾うつもりだ。 四季報にはたくさんの企業が軒を連ねていますが、これは、と私のめがねにかなうのはわずかに18社しかない。 ノリタケ、ニチリン、品川白煉瓦、東海高熱、モリテック、富士電機HD、フォスター電機、大建工業、東リ、タカラスタンダード、長瀬産業、明和産業、マネックス証券、アパマンショップ、丸全昭和運輸、東洋テック、住江織物、日本バルカー。先に述べたようにいずれも業績変化率が買い材料だ。そっと押し目を拾いたい。 この18社、現在の株価からすれば利回りがなんと1.5%から2%あったりする。とくにマネックス証券などは将来超優良株に化ける可能性を秘めている。お子さんの将来の教育費に、3株ほどいかがでしょうか? ただし、もし秋までに変化がなかったら一旦撤収、秋以降はまた下り坂のような気がする。年明けまで寝て待とう。
2004年04月15日
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私小説といえばこの人田山花袋(タヤマカタイと読む) 田山はゾラやモーパッサンに影響を受け、自然主義的な作品をずっと書いてきた作家。中でも「蒲団」は彼の代表作。大学入試の文学史には必ず登場するほどの名作ですから、変てこりんな名前と題名をご存じの方は多いと思います。 この小説、とにかく内容がすごい。田山は門下生の女性を愛するあまり、恥や外聞も、道徳や慣習などをもかなぐり捨て、ひたすら本能のおもむくまま中年男性の性の悩みを赤裸々に描いている。普通の社会人なら卒倒ものだ。 物語の結末は、実家の理由で門下生は彼のもとを去っていくことになるのだが、未練が募りつもって、それまで門下生が残していった蒲団に顔を埋め、そこに染み込んだ彼女の寝汗や体臭やらをかぎ、名残を惜しむありさまが「なんとも自然だ」と文学界で絶賛されたんですね。 ちょっと原作を抜粋してみましょうかね。煩悩の凄さがわかりますよ。 その向こうに、芳子が常に用いていた蒲団ーー萌葱唐草の敷き蒲団と、綿の厚く入った同じ模様の夜着とが重ねられてあった。時雄はそれを引き出した。女のなつかしい油の匂いと汗の匂いとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟のビロウドの際立って汚れているのに顔を押しつけて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。 性欲と悲哀と絶望とがたちまち時雄を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷たい汚れたビロウドの襟に顔を埋めて泣いた。 薄暗い一室、戸外には風が吹き荒れていた。 「蒲団」田山花袋 間違えないでいただきたいんですが、文学でいうところの自然主義というのは、野山が美しいとか海の透明度を描いたりして自然を賛美することではないんですね。心に偽ることなくそれを発露させて物語を作る。それが自然主義文学なんですね。国木田独歩なども名作「武蔵野」で自然をあまなく描いていますが、根本は隠すところのない心の発露なんですね。 ところで話はそれますが、早稲田の植草一秀さんもきっと自然主義なんじゃないでしょうか。今後は文学者で再起をされたら良いと思うな。話術も巧みだし、説得力もあるし、案外やれそうだね。 テスト (PM 02:21)テストです<終>
2004年04月14日
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昔、上林暁という高知県出身、東大英文科卒の私小説作家がいた。ストイックなまでに身辺小説に拘った作家であったが、自らが苦渋30年と言うように若い頃はかなり経済的に苦労をした。たしか太宰治などより10歳ぐらい年上だった思う。 彼の作品で「野」というのがある。高校生だった私はこの作品を読み、ものすごい衝撃を受けた記憶がある。 書いた小説が売れず、それがために家計が年中苦しい。あるときかなりの出世をした友人がひょっこり訪ねてきた。自慢めいた話の数々を聞かされるにつけ、それまでどうにか相づちを打っていた妻はとうとううつむいてしまった。 上林には貧乏だが文学という胸を張って自慢できる後ろ盾というのがある。いつか世間を驚かすような名作を発表し、友人たちを見返してやるんだという夢がある。だから友人の自慢話も別世界の話とさらりと流せるのだが、妻にはそうした後ろ盾となるものが何もない、そのことを知った上林は、今更ながら妻のことをいとおしく思い、妻のことを可哀想に思うのである。 上林暁には「聖ヨハネ病院にて」という終戦直後の物のない時代、闘病生活の妻を介護する秀作がときに有名です。まじめな人であったらしく、何事にも逃げず、真っ向から立ち向かった人のようでした。作品のところどころに愛妻家としても言葉が散りばめられています。
2004年04月13日
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古池や蛙飛び込む水の音 ここに出てくる古池は滋賀県は石山寺にほど近い西国三十三箇所の一寺である岩間寺境内に現存しています。芭蕉の句としても知らない人はいないほど超有名ですよね。平安時代の昔から蛙というのは「やかましいもの」の代名詞でした。ところが芭蕉はあえてやかましいとは一言も形容せず、物言わぬ蛙の飛び込む水の音があたりの静寂を破っているという風に捉えたのです。この視点こそが芭蕉の凄さなんですね。 実際、山中の閑静な岩間寺を訪れると世俗の物音が全くしない。そこの池に小石を放り投げてみてください。きっと芭蕉の感性の凄さが実感できますよ。 常識の裏側には必ず未知の世界が存在しています。芭蕉のように先人を真似るのではなく、先人の見えていなかったものを探し出す。ビジネスも、スポーツも芸術の世界であっても、例外なくこうしたものを運良く見つけ出した者が次世代を担っていくように思います。
2004年04月12日
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24時間以内に人質が解放されるということでまずはやれやれ。 某FM放送局のアンケートによると若者の88%が「自衛隊は撤退すべきではない」との意見だったらしい。常識的な数字だな、というのが私の正直な感想。 この騒ぎの中、何よりも生命が大事と声を張りあげていた落ち目の野党女性党首がいた。もしそれが本音の言葉なら残念ながら政治家の器ではない。命が大事だなんて誰だって考えている。そう思わないのはフランケンシュタインか殺人鬼ぐらいだろう。我々としてはその先が聞きたいのだ。「撤退するとして、じゃあ、そのあと日本はどうするのだ!」と。 それを明確にしてもらわないと困るのだ。戦争反対、原発反対だけを連呼するだけでは、単に反対しているだけでは本来の野党としての存在価値はない。一方の君主としてソビエトが存在していた時代なら右か左の旗を振りかざしていればよかった。しかしそんな時代はとうの昔に終わっている。党首こそ心底そのことの意味を理解すべきだ。 確かあの方は弁護士さんだったと思うが、もうそろそろお辞めになって、困っている世の中の人を一人でも多く救済されるほうがいいように思う。社会貢献度を尺度として考えれば絶対そっちほうがランクアップするはずだ。
2004年04月11日
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わが家には今年の2月で9歳になる黒のミニ芝がいる。成せば成るとということでナルと名付けた。この犬、昼は寝てばかり。夜も寝てばかり、鳴くのは餌をもらうときだけ。不審者だと思ったら威嚇もしないでいきなりガブリとやる。これまでに被害にあった気の毒な方は両手では足りない。実におとなしい?駄犬だ。 雌ということで気を遣うのは雄犬対策。2歳頃まではかなり気を遣ったが、ある時を境にあまり気にしなくなった。というのもナルは男嫌いなのである。つまり一連の行事が嫌いらしいのだ。 とにかく寄せ付けない。それでもしつこくつきまとうものなら、正対し、血相を変えて牙を剥き、低く、相手を突き刺すような姿勢になって身構えるから、雌なら何でもよい、盛りのついた雄犬では歯が立たないのだ。 そんなわけで散歩中、放し飼いの雄犬が周りを徘徊しようと気にしなくて良いので助かるのだが、ひとつだけ困ったことがある。それは小便をする格好が大便をする格好と同じだということ。これがあらぬところで誤解を招くことがあるから困るのだ。 実はわが町会では犬の糞の後始末について厳しい監視網を敷いている。私も末席だがその推進委員の一人だ。そこまでやるかと思われるが、それだけ被害が多いということでもある。町内周辺には一級河川が流れていて、緑の多い公園があって、静かで車が少ないという散歩には格好の場所にあるので、近隣他町会からの越境散歩が多いのだ。犯人の多くは彼らだと思われるのだが、わがナルもしゃがんでおしっこをする、おしっこだからそのまま立ち去るわけだが、遠くからみると大便をしたように見えるのだ。だから間違われてしまうのだ。 結果、現場を人に見られるたびに、「雌犬はしゃがんでおしっこをするんですよ」 と言い訳めいたことを言わないといけないような強迫観念に襲われてしまうのです。 雌犬を飼ったことがある人ならきっと同じような経験をされた方があるはずだと思いますが、逆説的に言わせてもらえば、どうして雌犬は片足をあげて小便をしないのか? なぜ雄犬のようにマーキングをしないのか? 誰か教えてやってください。片足あげておしっこしろって!
2004年04月10日
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ウサギのような小さな女の子が泣きながら私の事務所に飛び込んできたのは、昨年の、ちょうど今頃のことだった。 背中の真新しい赤いランドセルが重そうで、首だけ前に突き出、か細い体は大きく後ろに引っ張られているような感じだった。 わんわん、泣きじゃぐっていた。カミさんがなだめすかしても一向に泣きやまない。ちょうど娘がいたので娘が話しかけるとようやく落ち着きはじめ、私がチョコレートを小さな掌に乗せてあげるとやっと泣きやんだ。 両親が勤めているらしく、本人は(学校には)サクラ学級といって放課後預かってくれる教室があってそこにいたらしい。しかしそれも午後6時までとか。家の前で待っていたが怖くなって逃げてきたらしい。何が怖かったのかは不明だが。とにかく時計は7時をすぎていた。外は暗く、時節にしては寒かった。 名前も家も知っていた。というのも前の年の暮れに引っ越しされてきた家族で、町会加入をお願いしに行ったので覚えていた。 心配されるといけないので女の子の家のドアに「私のところにいますので」と走り書きを押し込んだ。しばらくすると母親がやってきた。それ以来、遅くなる日は女の子がうちに来るようになった。 絵の好きな子だった。私が書き損じた紙を与えると、いろんなものを書いてくれたりして楽しかった。 先日もやって来た。しかしどこか様子が変だった。聞けば「引っ越しをする」のだという。「どこへ?」「おばあちゃんち」「ふーん。遠いの?」「うん、遠い。海のそば」「海水浴できるね」「うん」「楽しいだろうな」 と言ったら、うつむいて首を横に振った。「どうしたの?」「だってお父さんと弟と離ればなれになるんだもん」「・・・・・」 きのう、顔なじみの大家さんからあの夫婦が離婚をしたことを聞いた。「どうしてるやんろね? あの子」「うん」 母親を待つ間、せっせと女の子が書いた絵が事務所の引き出しに詰まっている。せめて送り先でもわかれば送ってあげるのだが・・・。でもまた帰ってくるかもしれない。ひょっこり顔を見せてくれるかもしれない。なんとなくそんな気がして仕方がない。
2004年04月09日
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家も古くなるとあちこち傷んでくる。カミさんが、「ベランダの手すりがかなり錆びているからペンキ塗って!」 とぼやいている。布団を天日干しする時に手すりを使うのだ。週末を利用してやり遂げたいと思っているが、こちらは私の気分次第というよりは天候次第だ。 それにしても今年に入ってからいろんなところを修理している。離れの床が落ちたので、床をかいた。みるとシロアリに食われていた。被害箇所を切り取り、荒材で何とかごまかす。ついでに乾燥剤を床下にばらまいて様子を見ることにする。梅雨時の蒸し暑い日に床を覗いてみるつもり。シロアリの残党でもいたら駆除する予定。 自転車のタイヤが前後輪とも山がすり切れ、地肌の編み目が見えていた。雨降りでなくてもここまでくると滑って危ない。危険は未然に予防だ。タイヤのついでにチューブも取り替えた。前輪は楽だが後輪が難しい。プロは専用の道具が使うが、うちにはない。ちょっと苦労をしたがどうにか取り替えることができたが、久しぶりに難渋した。 掃除機の具合がおかしい。娘がヘアードライヤーが不調だと買い替えると言うので調べてみた。テスターを当てるとどちらもスイッチの接触不良だった。組み立て順序を確認しながら分解、接部をサンドペーパーで磨き、半田で補強をする。「たそがれ清兵衛、やれそうやん」と、上の娘が口惜しいことを言う。こらっ! 親を茶化すな! 世に「器用貧乏」という言葉があってまかり通っている。しかし器用であるがために利益を得ていることもたくさんあると思う。かのDIYが流行るのも器用さがもてはやされているためではないだだろうか。自分でできないと確実に蓄財は減る。だから私はいつも「不器用貧乏」こそが的を得た言葉だと思っている。 来週は岩国で小職が師事する根角先生による「交通事故業務セミナー」がある。今の予定では当日参加となりそうな感じなのだ。気持ちとしては前日には乗り込み、遠来からやってくるセミナー仲間たちと語り合いたいのだが、・・・何とかやりくりを画策している。
2004年04月08日
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ウイルスメールが猛威をふるっている。ひどい日には100個も舞い込んだりする。いつになったらおさまるのか見当もつかない。同業他業のみなさんも同様の悩みを抱えるらしく、顔を合わせれば、「ひどいですね、このごろ」 とウイルスの話になる。 この「ひどいですね」はつい数ヶ月前なら景気の話のことだった。景気のほうはここにきて株価があがりだしたので期待感がふくらんでいる。このうねりが国内設備投資関連にまで広がってくれば、さらにそれが余波となって好循環していくのだが・・・・・。さてどうなりますやら。 国会は年金問題で一色のようであるが、与野党いずれもとらぬ狸の皮算用のような気がする。年金問題は、景気の回復、雇用の安定から拡大、ファンダメンタルの安定があってこそ展望もひらけてくるというもの。明日の生活すら不安な現状では将来のビジョンなど描けるはずがない。まずは景気の回復だ。
2004年04月07日
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娘の入学式に列席した。これまで子どもの入卒式は仕事が忙しい(割に儲けていない)のを口実に妻ばかりに押しつけてきた。生まれて初めて子どもの入学式なるものを経験した。 公立ならぎくしゃくするところだが、神道を掲げる私学なので、国旗掲揚に続いて国歌斉唱と当然のごとく式が進行、久しぶりに声に出して国歌を歌った。 正門で子どもを待っていたら早くも友だちができたらしく、先に帰ってくれと言う。親子三人で昼ご飯を食べようと思っていたのが当てはずれ。 カミさんと二人で食事じゃもったいない。で、何も食べず、腹ペコ状態のまま転がるように帰宅。さっそく服を着替えたカミさん、「ホカ弁でも買ってくるわ」 と飛び出していった。 娘にステーク定食をご馳走してやろうと思っていたから金650円の幕の内弁当がイヤにまずく感じた。 明日は身体測定と風紀検査とか。まっ、娘に関しては、案ずるより産むが易し、というところだろうか。
2004年04月06日
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雨があがる、といえば黒澤明監督脚本、寺尾聡と宮崎美子が夫婦を演じた映画だが、今朝の大阪はあの映画のラストシーンにも似たすがすがしさを感じる春の日となっている。 事務所前の小学校では校門に国旗が飾られている。そうだ、入学式なのだ。ピカピカの一年生も号令に起立し、日の丸に一礼し、親たちのそばでパクパク、知らないながらも見よう見まねで君が代を歌うのであろうか? 日の丸や君が代については侃々諤々としたものがあって一筋縄ではいかない部分がある。政治的な、思想的な立場からものを言えばそれぞれ正論であるにちがいない。しかしサッカーのワールドカップでは多くの人が「ニッポン」を連呼し、日の丸の旗を振ったりする。普段は国家というものを身近に感じないが、こうしたときに強く感じるのは愛国心とまではいかないまでも、何らかの共通項で結ばれている部分があるからに違いない。それが良いとか悪いとかを机上で論じるより以前に、そうした行いそのものが世論であることに安心感めいたものを感じるのは私だけだろうか、ふと日の丸を見て、脈絡もなくそんなことを思った。 今週はわが事務所の広告宣伝活動週間である。時間が許すかぎりチラシ配布に出かけるつもりだ。
2004年04月05日
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桜の時期の雨は実に恨めしい。年に一度、しかもわずか7日ぐらいしか開花しない桜の花がかわいそうだ。 雨といえばなんといってもサマセット・モームの短編「雨」。 雨で出立できないホテル、そこでの様々な人間の素顔や生き様が垣間見える名作、そこにはパールバックやスタインベックのような長編を得意とする作家と比べることができないモーム独特の世界が広がっています。 晴耕雨読。みなさん、雨の日曜日はTVではなく読書、「雨」の世界に浸ってください。
2004年04月04日
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きのうの大阪は風が強かった。 風が吹いたら桶屋が儲かる式に考えると、私の場合はどうやら、風が吹いたら持病の花粉症が踊り出す、ようです。 昼間は全くの風邪症状、微熱があってどこかだるいし、なにをするにも億劫。黙って座れば鼻水が鼻の下の髭を伝い、上唇をなめ、たらりたらりと机の上に落ちる。たまらず鼻をかむが、かみすぎると脱水症状を起こすらしいと、健康本に書いてあった。 またかみすぎると鼻の穴が炎症を起こすとかで逆効果だったりするらしい。これはコルゲンコーワのチラシにあった。 夜、家族みんなからいたわりの言葉を頂戴、「今日の花粉はひどかったもんね」「そうそう。私までおかしくなりそうだった」 とやりあっているとTVで天気予報。 大阪は杉マークがひとつ!しかない。 な、ななんと、花粉が少なかったということ。 これには家族一同、しばしフリーズ。「おかあさん、悪いけど、明日から甜茶としそジュース作ってくれるか?」 いつもなら探偵ナイトスクープをみてから寝るのが定番だが、昨夜は早々と床につきました。
2004年04月03日
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やれやれ、またかの長老番組「わたる世間は鬼ばかり」が再開した。一言コメントを述べると、もううんざりなのだ。 番組が始まった当初、鬼というからどんな鬼がいるのかと思っていたら意外や意外、善い人ばかりの集団ではないかと思った。 特にすごいのが子供。出てくる子供はすべて優等生。聡明で冷静で、理路整然とした主張を繰り返す。さらにこの家族を取り巻く人(従業員)たちもすごい。(ひとり根性の悪いのがいるが)おしなべて聡明だ。それに反して頼りないのがこの家族の大人たち。ふつうこの手の家族ドラマといえば、子供や従業員たちの取り巻きが悪く、家族たちの温かい愛情ある支えによって、かろうじて平和を維持しているのが常ではないか? 今夜のテーマも東大を目指すが落ちた真が捲土重来を誓うが、おばあちゃんを筆頭に親父まで反対する始末。 でもおかしいよ、普通にあります? こんなへんてこりんな家族。大学受験をする息子の足を引っ張る家族なんて、大昔の話のような気がする。まして最高学府の東大、願ってもないチャンスとばかり応援するのが本当の家族ではないか? これが鬼だとするなら作者の見識を疑わざるをえない。白米や小豆を腹一杯食べることが目的だった時代とは明らかに違うと思う。正直言って恥ずかしいよ、こんな脚本を堂々と披露するなんて。 鬼というからには鬼が出てこないとまずは期待に反すると思うのだ。 私風に「渡る世間は鬼ばかり」の登場者を選ぶとすれば、 まずは祖母が赤線あがりのやり手ばばあ、息子の親父が入れ墨悶々の極道、母親が岩下志麻風の姉御、叔母は香港マフィアの妻、あと、暴走族の頭、覚醒剤中毒者、美人局にスリの常習者、さらにはスケバンにヤンキー、AV等々、地獄絵そのものの登場者が集い、もちろん近親相姦は当たり前、堕胎に売春なども当然、とにかく反社会的な言動、暴行略奪の限りを尽くすのが「鬼」という限りは筋ではないでしょうか。 ところでみなさん、こういうキャラの集まったドラマならみたいと思いません? おそらく、社会が騒然となるような修羅場の連続、きっと高視聴率ドラマになると思うんですがね?
2004年04月02日
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昨夜はパソコンの修理受任。 終了した後、パソコン本体の電源が落ちるのにやたら長くなった(なんと平均1分20秒)というもの。「ウイルスに入られて、それで自分で再インストールをしたんですが、それからどうもおかしくなってしまって」「ネット環境もご自分で?」「ええ、そうです」 おっ! 再インスト、ネット構築ができるということはクライアントはそこそこの使い手である。「なるほどなろほど。それではシステムに問題があるかも知れませんね」 ここで修理に要する時間と報酬を素早く計算。1時間で1万5千円ぐらいか。 不安げな様子。おそらく「いくらかかるか」を聞きたいのだろう。「まっ、一万五千円ぐらいでしょう」 あとでもめるのはイヤだから先に言う。「えっ、そんなにするんですか?」「ええ」「・・・・」「どうなさいます? やめます?」「うーん・・・・」「今はこの程度で済んでいますが、もっとひどくなって周辺機器間で影響が出るかも知れませんよ」 そう言ってレジストリなどをいじるが異常はない。ほかをいじる。さらにセーフモードでスキャンをしてみる。ここでも異常なしだ。 DOSモードに落としてさらに調べるが異常はない。 システムを覗き、ドライバ等を確認。こちらも?はない。 それにしてもおかしい。 ・・・・・ このあとの作業は営業機密なので、カットします(笑) 結局、直すのに3時間かかりました。クタクタ。シンガポール戦が気になったが娘からのメールで勝ったことを知った。 薄着をしていたので自転車での帰路は寒かった。
2004年04月01日
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