炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.09.04
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「想像できない?」
 できないよね、とスペイドは仕方なさそうに言う。そう言われるのはジャスティスにはしゃくだったが、確かに想像ができないのだ。
「…だから、ここは、うちのあるあたり…って」
「ああ、何かそこだけずいぶんのんびりした」
 アリゾナにあるまじき、草原だ、とジャスティスは考えていた。
「ここも前はそうだった訳だ。ところが、いきなり、この谷ができてしまった訳。ある日、いきなり」
「ある日、いきなり?」
「災難でしょ」
 それは災難だ、と彼も思う。

「言うって」
「だから、彼等、が」
「彼等、って」
「だから」
 ぽんぽん、とスペイドは広げた両腕で、岩肌を叩いた。
 石に意志があるってことか? 考えてから、しゃれにもならねえ、と彼は内心毒づいた。
「…納得はいかねえ。想像もできねえ。でもまあいい。そういうことが、あったんだな」
 まだ相手の肩につけたままの手にぐ、と彼は力を込めた。
「そうとりあえず考えねえと、話が進まないんだな」
「うん」
 あっさりとスペイドはうなづいた。

「良かった」
 良かったじゃねえよ、とジャスティスはまた毒づいた。
「で、そのいきなりできた『谷』だから、さすがに不思議な訳だ。で、好奇心旺盛な、十歳の可愛い盛りの俺は」
 憎たらしい盛りじゃないか、とジャスティスは内心突っ込む。
「…出かけちゃった訳よ。その谷に」

「そう。だって冒険とか探検の基本は、一人だぜ」
 それは確かだが。
「で、出かけた時に、俺はこいつらに、会ってしまったの」
「会って」
「…さてそうしたら、お袋が、慌てて飛んできたんだ。あのひとは、俺が探検に出かけたことは知らなかったけれど、会ってしまった時の何か、に気付いたらしいね。運んでた草の固まりと鎌を放り出して、慌てて走ってきたんだけど」
 おそらくは、こいつによく似た黒い髪を振り乱して―――ジャスティスはふと想像する。
「俺の名を叫びながらどんどん谷に入って行ったところ、そこにあったのは、…お袋が、良く知っていたものだった、って訳」
「よく知っていた、って」
「だから、さ」
 言葉を濁す。泣きそうに顔が、くしゃりと歪む。
「…呆然と立ってる俺を、彼女は慌てて抱きしめたよ。そしてすぐそこにある彼等に対して、問いかけたらしい。俺をそうしたのか、って」
「そうした、って」
「自分が昔、そうなった時の様に」
 まだ良く判らない、とジャスティスは思う。
「…あのさあ、あんた」
「ジャスティスだ。ジャスティス・ストンウェルだ」
 そう言えば、名前を言っていなかった。その時彼は初めてそのことに、気付いた。
「お前が名前で呼ばれるのが好き、と言うなら、俺のことも、名前で呼べ」
「いいの?」
「何のために、人間には名前があるんだ?」
「…呼ばれるため」
「判ってるなら、いい。スペイド、続きは」
「そうだね、ジャスティスさん。あのさあ、天使種って、はじめっから天使種だ、と思う?」
「…何?」
 それはかなり厳しい問いだ、と彼は思った。
「…天使種は…天使種だろう?」
「違うよ」
 スペイドは首を横に振った。
「生まれたばかりの子供は、確かに天使種の血は引いてるけど、天使種じゃ、ねえの」
「何だと」
 そんな馬鹿な。そんなこと一度も聞いたことが…
 だが。
「天使種は、天使種に、なるんだよ。その生まれてすぐの、ガキの時に」
「なる、って」
「だから、彼等と、会うの。それで、天使種に、なるんだ」
「おい」
「だからそういう意味だと、俺も、天使種ってことになるのかな? 血はハーフだけど」
 頭がくらくら、としてくるのをジャスティスは感じた。
「でも、誰でもそうなれる訳じゃないんだ。だから、天使種の血を引いてる奴は、『会い』やすい、ってことで」
「…おい」
「俺はハーフだから、たまたまだけど、『会えて』しまったの。それで」
「…もういい」
「聞いたのは、あんただよ、ジャスティスさん。だから、どうする? と聞いてるの。この先進むと、あんたの知りたい事は知れるけど、もしかしたら」
「天使種に、なってしまう奴が居る、ってことか?」
「わかんない。俺が会った限りでは、アタマやられるか、なってしまうか、どっちか。なってしまった奴だったら、俺、ずっと一緒に居られるかなあ、と思ったのにさ」
 苦笑する。
「そうなったらなったで、俺を置いて、その力持って、どっかに行ってしまうんだよね」
 それで俺はまた待つんだ。そんな言葉が隠されているような、気がした。
「…どうする?」
 それでも。ジャスティスは思う。それでも俺を挑発する気か?





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最終更新日  2006.09.04 20:46:29
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