炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2007.10.14
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カテゴリ: 時代?もの2
「我もまた四十人の子、千人の眷属は愛しい。気持ちが全く判らない訳ではない。だからお前の命は助けてやる。直ちに我等が前を去り、我等が為に大般若波羅密多経を書いて供養するのだ。それを約束するならば、我はお前が日本へ、父母の元へと帰るための便宜をはかろう」
 俊蔭はそれを聞いてほんの少し心が動いた。だが次の瞬間、彼は阿修羅の前に伏し拝んで頼み込んでいた。
「私はその父母の元を去ってここまでやって来てしまったのです。日本国王の仰せのもとに、彼等の嘆きを振り捨ててやって来たのです。父母は私が旅立つ時、血の涙を流してこう言いました。『そなたが不孝の子なら、私達に長い嘆きを与えるだろう。孝の子なら、我々の嘆きが浅いうちに戻っておいで』と」
「だったらそうしたがよかろう」
「できません」
 俊蔭は悲痛な声で答える。
「一緒の船で来た者達を皆死なせてしまい、私だけが生き残っている。そして一人この知らぬ世界を彷徨い、既に十年近くになりました。既に私は不孝の子なのです。その罪を免れるためにも、あなた方の倒された木のほんの少しでもいい、頂いて、その琴の音を聴かせることで、長い間苦労させた父母への不孝の罪の償いとしたいのです」
 すると阿修羅は先程以上の怒りを見せた。
「お前の子孫代々の命に換えようと言ったところで、この木一寸も得ることなぞできないぞ」

 必死で俊蔭は問いかけた。
「教えてやろう。この木は、我が父母が仏になった日に天稚御子が下られて三年掘った谷に、天女が降りてきて音声楽をして植えた木なのだ。天女は仰った。
『この木は、阿修羅の万劫の罪が半ば過ぎた時に、山より西を指した枝が枯れることでしょう。その時に倒して、三つに分けて、上等の品は仏を始め、とう利天に至るまで奉りなさい。中位の品は、前世における親の供養のためにお使いなさい。そしてその残りを、私の行く末の子のために使って下さいな』
 とな。そしてこの阿修羅を山守となされ、春は花園、秋は紅葉の林にあの方々は下られてお遊びになられるところなのだ。人の子たるお前ごときが容易く来られる場所でも無いのだ。ましてこの長い年月、我々がこの木を大切にして成長させたのは、何とかして万劫の罪を消滅させたい、自分の様な罪深い身から逃れたいと思うがこそ。育てたからと言って我等には何の得も無い。それをどうしてお前にほんの少しでも与えることができようか!」
 そう言うと、阿修羅は俊蔭を一気に食らおうとした。
 と、その時だった。
 にわかに大空が暗くなり、車の輪の様な大粒の雨が降り出し、雷が鳴りだした。
 そしてその間を縫う様に、龍の姿が。
「待て!」
 その背には一人の子供が。
「阿修羅よ、これを見るがいい」

「…天の御使いが、何を…」
 阿修羅はそうつぶやきながら、札を見る。途端、その表情が変わった。
「―――三つに分けた木の、残りの部分は、日本から来た俊蔭という者に渡すのだ―――だと? 何と」
 まさか、と阿修羅は俊蔭の方を見る。
「それではお前―――いや、あなたは」

「ああ何たること。あなた様があの天女の末裔でございましたか」
 そう言って阿修羅は七回彼に向かって伏し拝んだ。
「私が… 天女の末裔?」
 驚く俊蔭に、阿修羅は慌てて説明する。
「だったらもっと早くそれを言って欲しかった! この木の上と中の品は、ほんの少しの木片でも、何でもない土を叩くと、無限の宝物が湧いて出てくるものです。そしてあなたに与えよ、との残りの部分は、その声の素晴らしさによって、永遠の宝となるものです」
「声を―――」
 それまでのことなど忘れた様に、俊蔭の表情がぱっと輝いた。 
 阿修羅はその「声の木」を取り出すと、割始めた。
 やがてその音を聞きつけたのだろう、天稚御子が現れ、木を琴の形に三十、形作り、再び天へ戻っていった。
 次に天女が音声楽と共に降りてきた。そして木に漆を塗り、織女に琴の緒を縒ってすげさせると、やはり天へと戻って行った。
「三十も―――」
 その様子を俊蔭は呆気にとられて見ていた。ああこの琴をこの西に当たる旃檀の林で弾いてみたい。そんな思いで心が一杯になり、すぐにでも飛んで行きたい気分だった。
 その思いを聞き届けたのか、突然の旋風が、三十の琴と、俊蔭をその林へと飛ばしていった。
 阿修羅はその様子を感慨深そうに眺めていた。
 林に移って音を確かめると、三十の琴のうち、二十八までは同じ声だった。
 だが二つは特別なものだった。それを弾くと、山が崩れ地が割け、七山が一つになって揺さぶり合うのだ。





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最終更新日  2007.10.14 15:01:25
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