炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2007.10.14
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カテゴリ: 時代?もの2
 それからというもの、俊蔭は清く涼しい林に一人、琴の音を有る限りかき立てて過ごした。
 やがて三年の年が過ぎ、その山から西に当たる花園へ移り、そこで琴を並べた。
 大きな花の木の下で、故郷日本のこと、父母のことなどを思い出しつつ、特別な音色の二つの琴に手を伸ばした。
 春の日はのどかで、山を見ればぼんやりと霞んで緑に、林を見れば、出だした木の芽がみずみずしく、花園は花盛り、何処を見渡しても生き生きとした素晴らしく感じられた。
 朝から昼までずっと琴を弾き続けるうちに、その声が大空にまで響いたのだろうか、やがて真昼頃、紫の雲に乗った天人が七人降りてきた。
 俊蔭はそれを見るなり伏し拝んだが、演奏は止めることはなかった。
 天人は花の上に降りて来て言う。
「そなたはどの様な素性の者か。ここは春には花を見、秋には紅葉を見るために我等が通う所であって、自由に飛ぶ鳥すら来ることは叶わぬというのに… もしやそなた、ここより東に居る阿修羅が預かった木を得た者ではないか」
 俊蔭はそれを聞くとうなづいた。

「そうであったか」
 天女は微笑んだ。
「そなたがそういう者であったなら、ここに住まうも当然であろうな。天上の掟により、そんたはこの地上で琴の弾き手、その一族の始祖となるべく定められた者なのだ」
「何と」
「私は些細な罪で地上に降り、ここより西、仏の御国からは東にあたる場所に七年住んだ。その間に七人の子が生まれた。我が子等は極楽浄土の楽において、琴を弾き合わせる者どもである。そのまま地に留まっているはず。そなたは今からそちらへ渡るが良い」
「何故にですか」
「その者どもの手を受け取れ。そして日本国へ戻るが良い」
「帰ることができるのですか」
「何を言う」
 天女はふわりと笑う。
「今までも帰ろうと思えば帰れたことだろう。居続けたのはそなたの琴への執心が為。だがそれも我が子等の手を引き取れば、鎮まるであろう」

「このうち、特に声が素晴らしい二つに名を付けようではないか。一つ『なん風』。そしてもう一つを『はし風』とせよ」
 俊蔭は思わずその二つを手にする。
「ただその二つの琴は今から行く山の者達の前のみ鳴らし、彼等以外に聴かせることはならぬ」
「何故に」
「それはそなたが考えるが良い。我等、この二つの琴の音のする所、人間の住む世界であれ、迷わず訪れるであろう」


 やがて大きな川があったが、突然現れた孔雀が彼を渡してくれた。
 三十の琴は、既に例の旋風が送っているはずだった。
 更に西へ行けば、今度は谷があった。谷は龍が出てきて渡してくれた。
 険しい山は、仙人が出てきて越えることができた。
 虎狼が出る山には、象が出てきて越えさせてくれた。
 そして更に西へ行ったところで―――やっと七つの山に七人の天女の子の住む場所へとたどりついた。
 最初の山には、旃檀の木陰に歳三十くらいのひとが林に花を折り敷いて琴を弾いていた。
 彼は伏し拝む俊蔭に気付くとすぐには声も出せない程驚いた。
「…あなたは」
 俊蔭は即座に答えた。
「私は清原俊蔭と申します。…様々な経緯を経て、天女の仰せにより、ようやくここまでやって参りました」
「…何と。そういうことがあったのですか。あの蓮華の花園は、私の母が通って来る場所です。日本から来た只人とは言え、あなたはそちらからいらした。それだけでも、私にとっては仏がいらっしゃるよりも貴いことに思われます」
 そう言うと、彼は俊蔭を自分と同じ木の下へ導いた。
「さあ今まであったことを、ぜひお話下さい。私はとてもあなたという人に興味があります」 
 俊蔭は乞われるままに、そう言うと日本から出たこと、流れ着いたとこ、阿修羅との出会いのこと、そして天女にこちらへ来る様に言われたことを語った。
 その時例の旋風が、琴を運んできた。
 天女の子である山の主は、一つ一つその音を確かめる。
「おお… 何と素晴らしい」
 感に耐えない、という声を漏らす。
「どうでしょう。これを持ち、私のきょうだいの元へとご一緒して下さいませんか」
「きょうだいの」
「私達は七人きょうだいです。皆琴を愛する者です。きっと喜ぶでしょう」





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最終更新日  2007.10.14 15:31:02
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