炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2007.11.25
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カテゴリ: 時代?もの2
 女三宮の住む一条殿は二町の広さがある。
 中の大殿、すなわち寝殿には宮が住み、その東西に対の屋があり、渡殿がそれぞれについている。
 寝殿から東の対屋にかけては、宮が占め住んでいる。
 他の対には、兼雅の子を一人生んだひとや、昔寵を受けて全盛だった人達が、対屋の一つずつに住んでいた。
 庭の池、木立の佇まいなど、実に良い風情がある。
 この一条殿は、元々兼雅が梨壺の君のために作ったものであり、今ではその母である女三宮が主として住んでいる。
 他の人々も、上達部や皇子の娘ではあるのだが、親からは見放された形となっており、ただもう兼雅の世話にだけなって暮らしてきた。
 それだけに現在の様に寵も衰えてしまったというのに、帰るべき里も無い。立ち去ることすらできないのだった。
 妻妾達の使人らしい者は、見込みの無い主人を捨てて、次々と去ってしまった。

 すると兼雅の妾達についている女房は、こそこそと言い立てる。
「…ご主人様を悩ませた盗人の一族が何を! 冗談にも程があるわ。きっとあれよ。ここを寺と間違えたんだわ。そして途方もない願文を捧げてるのよ」
 もっともその様に言う者だけではない。
 今までの生活から救い出してくれる方がやっときた、とばかりに揉み手をする者も居る。
 或いは様々な呪文を唱える者も居る。
「…ああ、何って素晴らしい方なんでしょ。あの方を子に持つ方だもの。どうして殿がおろそかになさることがあるのかしら。私達の不幸は全て前世の宿縁が切れたからよ」
 そう言って泣く者も居る。
 中には自分の不幸も忘れ、仲忠を見て褒め称える女主人も居る。
 仲忠はそんな周囲の騒ぎなど知らぬまま、静かに歩いて、多くのお供を率いて寝殿の階の所に立った。
 すると宮の使う、可愛らしい童が四人程、大人が十人程やってきた。
「…宮様はこう仰っております。あなた様に来て頂く筋は無い、間違いだろう、と」

 仲忠はそう返させる。
 女房達は南の廂に御座を敷くと、可愛らしい童を通して仲忠に「こちらへ」と伝えた。
 やがて女三宮と対面が叶うと、仲忠は即刻用件を伝えた。
「度々参上したいとは思っていたのですが、いつも何やかや、忙しいことがありまして…」
 宮からの返答は無い。

 そう仲忠が告げると、ようやく女三宮は返事をする。
「仰る通り。あなたの様なお使いでなかったなら、思い出すこともなかったでしょう…」
 そう言って兼雅からの文を受け取る。
「…仲忠どの、これは誠に兼雅どのからの文ですの?」
「はい」
「怪しいですね。一体、本当のお心でこの文をお書きになったのでしょうか」
「どうして嘘など。ご安心下さい。父は『三条の館には大勢住んでいますから、昔のようにはいきますまい。もしかしたら不愉快なこともあるかもしれない。だがやはりこちらへ来て欲しいのだ』と申しておりました」
「…」
「向こうには格別な女人は居りません。ただこの仲忠の母のみが、女主の様にして宿守をしております」
「その…ような、という方お一人こそ、さばさばして考えも無い女達大勢より、私には恥ずかしい方なのです。…時々お会いした折りにも、私の側から嫌なこともあったでしょうに、一体どういう」
「そんなことはございません」
 仲忠はきっぱりと言う。
「その母こそが、いつも貴方様のことを思っては悲しんで父に申しておりました。それ故に、父もこうして思いだし、御文を差し上げるのです」
 宮はため息をつく。
「私の人生はまあこんなものです。このままでも生きていけるでしょう。ただ父院が、『私の面目を潰す様な者が生き長らえるのが気がかりだ』と仰るのを聞くのが、大変悲しいのです」
 やがてその目には涙が溜まり始める。
「何も気の強いことを申したとて、勇ましい訳ではありません。兼雅どのが私のことを少しでも考えてくれた、と父院のお耳に入れば充分です。本望です」
「ああ、それなら」
「…ただ、何れにせよ、これとはと人に見られもし聞かれもする位に言い交わした女が、男から忘れられてしまう程情けないことは無いのです。そしてあなたの母君、あの申し分も無い北の方が現在は居るというのに、そこへどうして私が行かれましょう。…でも」
 宮は苦笑する。
「ここはあなたに免じて、私は参りましょう」
「本当ですか?」
「嘘は申しません」
「ありがとうございます! ああ今日ここに来た甲斐がありました。では二十五日あたりにお迎えに参ります。つきましては、父へその故を少々お書き願えませんか」
 そう言って今度は宮からの返事を催促する。





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最終更新日  2007.11.25 18:43:53
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