炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2007.12.02
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カテゴリ: 時代?もの2
「そのようなもの…」
 女三宮は躊躇する。
「わざわざ書かずとも、私がこう言ったとあなたがおっしゃって下さればいいでしょう」
「それは困ります」
 仲忠は本当に困った様な表情になる。
「御返事をいただかないことには、僕のほうが本当にそちらのご意向を伺ったのか、と父上に疑われてしまいます」
 そうですね、と宮は考え込む。

 仲忠がその様に女三宮と話している間、お供について来た人々は、宮の家司から政所に呼び入れられ、酒などを出されていた。
 仲忠のほうには、美味しそうな果物や乾物などが湯漬けや酒と共に出される。

「…ああ、これが、父上が忘れず、数少ない者の一人だと言っていたひとですね」
 思わず仲忠は大きくうなづく。
「そういうことを? 私の所には、良いとか悪いとかそういうことでは、そう思い出す様な者はおりませんのよ」
 宮は苦笑する。
「今は僕もあなたを忘れないよ」
 そう言って仲忠は改めて右近に杯を差す。 その様子を見ていた宮は、几帳の側まで進み、仲忠に度々酒を勧める。
「ああずいぶんと酔ってしまった」
「まあ。そんなに勧めた覚えはないのですけど?」
「御返事が無いと帰れないし。女三宮さま、どうぞこちらへ置いて下さいな」
「まあ」
 宮は思わず呆れる。困ったものだと思いつつ、返しを書き出す。


 ―――どれほどの年月をお恨みしていたから存じませんが、その間中泣き暮らしておりました―――」

 宮はそう書いて、醜く枯れ、葉が枝にしがみついている様な紅葉の一差しに文をつけて仲忠に渡した。
「夜の錦ということですね」
「あなたが辛いと思うことは無いのですよ」
 それでもやはり、やや申し訳無さそうに仲忠はそこから退出する。


「待っていました」
 仲忠はそう言うと、それを拾って胸元辺りまで差し上げる。
 同じように東の一の対二の対から、橘と大きな栗が投げ出されてきた。
 仲忠はそのどちらも拾い上げる。
 すると一の対から、三十歳くらいの人が、上品な愛嬌のある声でこう問いかけた。
「さあ、誰の所へ投げたのでしょう」
 ふふ、と仲忠は笑う。
「きっと『浮かれ人』にじゃないですか」
 そう言って帰途についた。

 三条の家に戻ると、仲忠はまず兼雅に女三宮からのふみを渡して、その時の様子を話した。
「…お気の毒なことを仰る。時めいていた昔でも、皇女としては栄えの無い立場だった。ましてや今は、生きるにも甲斐がないと思うのに… よく承諾したな…」
「父上」
 咎める様な目で仲忠は父を見る。
「ああそうそう、仲忠、一条殿は荒れてはいなかったか? どういう風にお住まいだった?」
「奥の方は見ませんでしたが、見える限りでは、違った様子もありませんでした。政所の家司も沢山居りましたし、下人も多く、倉を開けて物を出し入れしていました」
「それは良かった。困っている様子は無いのだな」
「はい」
「元々あの宮は、嵯峨院から見れば三人目の皇女だが、母君からすれば一人娘だからね。その母君という方が結構な資産家だったから、受け継いでそのまま裕福に暮らしているのだろう。特に細やかな調度などは、宮の方にあるのだろうね」
 成る程、と仲忠はうなづき、納得する。
「…ん? 何かまだ言いたいことがあるのかね?」
「ええまあ」
 仲忠はそう言うと、懐から先程投げつけられたものを取り出した。
「これは?」
「お気の毒な所へ行って、ひどく打たれてしまいましたよ」
 どなたのせいでしょうね、とばかりにちら、と仲忠は父を見る。 
「…変なことをするものだな。どれ、見せてみなさい」
 兼雅はそう言ってまず栗を取る。するとその栗は、割って中の実を出し、その後に檜皮色の色紙に次の歌を書いていれてあった。

「―――去ってしまうとしても、来ればお立ち寄りになった道ですのに、今ではお通りになっても過ぎてしまうあなたの無常な仕打ちを見るのは悲しいことですわ―――」

 これは、と兼雅の顔色が変わった。





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最終更新日  2007.12.02 15:12:16
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