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友人が写真の個展を開いています。Nature Colors雲・波・光 Norioの写真には”動き”を感じます。写真に切り取られている姿のちょっと前の雲、ちょっと先の光を自然に想像してしまうんです。展示されているのは、もともとギャラリーとして使えるように、と創られた喫茶店だそうです。そのせいか写真がそれぞれ居心地よさそうに壁に映えていて、同時に写真たちがあることで、その場の空気もきれいに澄んでいる感じ。写真と場が協働作業しているようでした。平日午後、ということもあってお客さんも割りと少なめ。お店の一番奥の席に座って、しばらくぽーっとその空気を味わっていました。とても居心地よくて、何も話さないままでOKで、そこにいるだけで気持ちが柔らかくなっていくのがわかる。写真展というものには何回か出かけたことがありますが、こんな風に写真がかもしだす”場”を味わったのは初めてだったなー。一番気に入ったいかにも楽しそうな雲の写真とCDサイズのカレンダーを買いました。命の洗濯した氣分です。2月4日まで開いているそうなので、よかったら行ってみてね。
2006.01.17

ここ数年はずっと、12月頃満開を迎えていたウチのろう梅が、今年は1月半ばの昨日、最初の一厘がやっと咲きました。やっぱり今年は寒いのねー。このろう梅は「素芯ろう梅」といって、花の中心まで黄色の種類。とても清々しい香りをあたり一面に放ちます。今朝も花の近くに顔を寄せて、香りを満喫しました。この花の姿と香りで、家の前を通る方々が少しでも春を感じることができるといいな。まだ寒い中を出勤される見知らぬ人たちも、ちょっとうれしくなって仕事に向かってくれるといいな。
2006.01.12

ジェラルド・G・ジャンポールスキー博士著半年くらい前に読んだ本ですが、つい読み直したくなる本です。「ゆるせないー!」という氣持ちにとらわれている、と感じている方にはオススメです。その中の一節。* * * * * * * * * * *ゆるしのお手本ーハッピーの人生ー (著者がアンドレアという名の93歳の女性と出会った時のエピソードです)アンドレアは、未亡人になって数年もすると、変わり者の憎たらしいおばあちゃんになっていたそうです。人と仲良くできず、挑発的で、すぐに口論をしかけてばかり。そんな彼女が85歳の時、友人から「愛と怖れ」(著者の前著)をプレゼントされたのです。アンドレアは、毎日この本を読んだといいます。まもなく、昔、自分を傷つけたと感じていた人を、一人ひとりゆるしはじめました。愛情のない行動をとって人を苦しめてきた自分もゆるしました。彼女の人生は奇跡的な変貌を遂げました。世間に恨みを抱いた風変わりなおばあちゃんはいなくなり、彼女は今まで知らなかった自由と喜びを体験するようになりました。そして、この大変身のお祝いに、自分の名前をハッピーと変えたのです。 中略彼女はフランスの雑誌を飾った、ハンググライダーに乗ってフランスの田園の上空を飛んでいる写真を見せてくれました。当時、彼女は88歳。そして、まだ足りないとばかりに、91歳、複葉機に乗り、曲芸飛行を楽しんだというのです。 中略ハッピーはこれ以上ないほど、 名前にふさわしく生きていました。彼女ほど幸せで、安らいでいて、愛情深い人に、私はそれまであったことがありませんでした。このようなプラスの変化をどうやってつくり出したのかと尋ねると、彼女は「裁くことをすべてやめただけよ」 と答えました。* * * * * * * * * * *”感謝”と”裁くのをやめる”ことが大事、ということなんだね。さんきゅー・さんきゅー・NO さばくゆーなんちゃって。
2006.01.09
「 お嬢さんを幸せにします!」小学生の頃に見ていたドラマのプロポーズシーンでは、よく耳にしたセリフ・・・あれを聴くたび、ちょっとした違和感を持ちながらも、”そうかー、幸せにしてくれる人が現れたらケッコンするんだな”と、漠然と想像していた。同じ頃、父は私に向かってよく語った。”男には2種類ある。女によって幸せになった男と、不幸せになった男。オレは間違いなく女によって幸せになった部類だ”要は母への賛辞であって、女房自慢。小学生の娘に語る言葉としてはいかがなものか、と今となっては思うけれど、私は、”そんなもんかぁ”とスナオに聴いていた。高校生の頃、母方の祖父母が泊まりにきてくれた時、父に挨拶がわりに言っていた。”娘(私の母)が、子供の中では一番幸せにしてもらって・・・”つまりは、私は2世代に渡って”人は一緒にいる人によって幸せになれるかどうかが決まる”という信念を持つ人の下で育ってきた。そして特に疑うことなく、そんなもんだと思ってきた。でもどうやら違うみたい、と最近やっと心底思った。というか思い出した。一緒にいる人によって幸せになれるかどうかが決まる、と信じていると、家族にしろ、友達にしろ自分次第で相手の幸せが決まっちゃうわけで、結構責任重く感じていた。だから一人旅のほうが気楽で好きだったりもした。仲間同士の旅も大好きだけど、できれば3人以上が良かった。だって、幸せにする責任が分散できたから。逆に、たとえば飲み会なんかでは、どの人たちと近くに座るかによって、楽しさが変わると思い込んでいた。その時座っている場所よりも楽しそうな所があるかどうか、時々チェックするクセがついてたなー。無意識のうちに、相手次第で自分の幸せ度が変わる、自分次第で相手の幸せ度が決まる、と思い込んでいたことに、我ながら愕然としています。いやー、お疲れさんでした。自分をねぎらってやりたい気分。自分の幸せは、状況や相手に関わらず「幸せだ!」と思えば創り出せちゃうもので・・・よく幸せだから笑うんじゃなくて、笑うから幸せになるんだ、といいますよね。だから、相手の幸せ度に責任を持つ必要もなくて、相手の幸せ創造力を信じるだけでいいわけで。白馬の王子様の登場を待たなくていいのねー。そして問われるのは、自分の幸せ創造力だ、と。
2006.01.08
法句経(ほっくきょう)からの言葉だそうです。 「他の作(さ)と不作(ふさ)を観るべからず。己の作(さ)と不作(ふさ)のみを観るべし」すなわち「ひとが何をしたか、何をしなかったかを一切観るな。自分が何をしたか、何をしなかったかだけを観なさい」それを実践している人曰く”そうすると、雲のように悠々と、水のようにサラサラと生きられます”・・・だそうです。何か不都合が起きた時、誰が悪いのか、何がいけなかったのか、外側に非を見つけようとする・・・誰にでもそんな時はあるのだと思います。そうしたくなる時でも、ただ自分が何をしたか、しなかったかだけを観る。責めるのではなく。そして、未来に向けて自分が何をするか、しないのか、も観る。他人に期待を押し付けるのではなく。そんな風になれちゃったら、 粋 な人になりそう☆
2006.01.06

今日、愛犬を連れて川沿いの道を散歩していた時、ふと心の中で「あ~、かわせみ見たいな~」と想ったのですよね。そうしたら!すぐ目の下の岩のところに、なにやら青いものが・・・。氣付いたその瞬間にパーっと飛び立って行ってしまいましたが、紛れもないかわせみ!! 青い宝石とまで言われるかわせみ・・・翡翠って書くのをご存知でしたか?ヒスイと同じ漢字が当てられていることを、私も初めて知りました。お正月早々青い鳥に出会えるなんて、ラッキー! かわせみは、川面すれすれに飛び、小魚を捕食します。人の気配があるとなかなか姿を現さず、毎夏・毎お正月に帰省している私たちも、あまりお目にかかるチャンスはないのです。想うに、「見たい!!!」とぎらぎら欲望をたぎらせている時は、大概見られない。けれど、何気なく、欲もなくしずか~に「みたいなぁ」なんて想っている時には、そのお姿を見せてくれる。自然って、お茶目☆今年はハナから幸先いいなぁ☆その散歩の道すがら、フシギな木(?)を発見。種がはじけた後なんでしょうけれど、花のようにかわいらしいお姿を見せていました。川沿いを吹く風の寒さのあまり、散歩も早々に家にかえりたがる我が家のクッキーでした。
2006.01.05

お正月の絵柄にも欠かせない「南天」実家近くの川原に自生しています。”難を転じる”ところから、お目出度いとされる南天。冬枯れのさなかの赤い実は、さぞ昔の人の目にも色鮮やかに映ったことでしょうね。この冬休みは、MYコーチからの宿題で自分がこれまで「基盤」としてきた信念を洗い出す時間に使っています。先日、川原でしていた宿題もまさにそれ。やればやるほど、洗い出されてくる信念。しかも、自分自身をちっぽけなものに感じたり、わざわざつらさや苦しさを感じるようにするものの数々。これがまた意外な程無自覚に持ってるんだなー。自覚してしまえば、自分に勇気や力を与えるように入れ替えるきっかけになるのです。だからしっかり氣付くことが大事。今日洗い出して、われながらびっくりした信念は・・・「大切に想うなら”NO”は言わない」でした。いやー、驚いた。つまり、たとえば家族や友達という大切な人から何か勧められたりした時・・・たとえば「これおいしいよ」とキライなものを勧められたりしたら・・・私にとってNOを言うこと(つまり「ありがとう、でもこれキライなんです」と言うこと)は”あなたは大切な人ではない”と言うことと同じになっちゃうわけですよ。私にとって。んなわけないだろ!でもこの数十年間、信じてきたんです。NOを言わざるを得ないこともそりゃぁありました。だからNOを言ったことに、すごい罪悪感を持っていた。さらに、相手から愛されているかどうかは、YESを言ってくれるか、NOを言われるかで計っていたりしたわけです。アホらし。だからNOを言われることには、必要以上に恐れを感じていましたね。NO=愛されていない、という図式が成り立っていましたから。心の奥底で。愛を採点していたわけです。NOの数で。そしてさらに言えば、私の心の中では、YESかNOかの二つしか選択肢がなかったわけですね。そんなことあるわきゃないのに。いろんな選択肢があることや、ボリュームを上げ下げするようにいろんな無段階に色々な状態があることを、頭ではしっかり納得しているのに。頭で分かっていることと、心が納得していることには事ほど左様にギャップがある。しかーし、難を転じりゃ福になる。愛はあるがまま・YESもNOもあり。と心の信念を入れ替えました。楽チン。もうNOの数で”今日の愛は何点?”と計らなくて済みます。南天みれば思い出す。難を転じて”何点”はなし。
2006.01.04

ビジネスシーン、マネジメントについて書かれている本ですが、人生全てに通じるものがある。人が本当に変化を起こす時・・・”何となくまわりに認められる程度の仕事をする”というレベルとは全く違う、意図してコミットして奇跡を呼んで初めて成し得るような、変化を起こす時、その人の中では一体何が起きているのか・何がその変化を可能にしているのか・・・。それをたくさんのインタビューや事例を元に解き明かしている本です。深いんだなぁ、これが。この一年のビジョンを明確にするのにちょうどいいお正月、この本は特にオススメです☆こんな風に、人の知恵を解き明かして伝えていくこと・・・これが私のやりたいことでもあるんです。だから読んでいて、力が湧いてきます。
2006.01.03

新年明けましておめでとうございます!本年もどうぞよろしくお願いいたします。お正月といえばおせち料理。おせちに欠かせない素材とその意味として、小さい頃から聞かされてきたことはかずのこ・・・子孫繁栄田作り・・・・田を作るから五穀豊穣くろまめ・・・豆まめしく元気に働けるようにくわい・・・・芽が出るように昔むかしから、それぞれ願いを込めてお正月の膳に揃え、しかも一家の主婦がお正月くらいは楽できるようにと、お箸も祝い箸を使って洗わずに済ませ、洗い物を少なくする工夫。おせち料理を食べる度に、小さい頃は祖母から聴き、今は母が子供たちに語っています。子供は興味なさそうに聞いているけれど、心に残っていてくれるといいなぁ。実家では数の子を漬け、私は黒豆を煮て、ほとんどは出来合いのおせち料理を買ってすませます。今年は結構見た目もきれいでおいしいおせちでした。まぁでも、子供も口をそろえて言いますが、数の子はおばあちゃんの手作りのほうが断然おいしい。出来合いはなぜかクスリくさいように思います。黒豆は歯ごたえが感じられるくらいに煮ます。私はそのほうがスキ。おせち料理も全部手作りできればそれに越したことはないけれど、「あぁ、やっぱり手作りの方がおいしいな」と感じるきっかけになれば、それでいいかなぁと思うのです。
2006.01.01
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