2004/10/14
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テーマ: 社交ダンス(9443)
実家から借りてきた巨大なビデオカメラはサークルや自主練習では有用でしたが、競技会には重たくて持っていけませんでした。そこで小型のビデオを買うことにしました。早く何か撮りたくてしかたがなくて、JDCが主催する世界戦に持っていきました。

1999年10月31日に、東京駒沢体育館で行われた、世界プロフェッショナルラテンアメリカンダンス選手権です。入り口で特に荷物検査をされることもなかったので、そのまま持って入り、私たちは8000円の2階席に陣取りました。世界30カ国から各国の代表50組を迎えて行われるこの大会には、数々の見所がありました。

まず、過去10年以上にわたって不動のチャンピオンだったスコットランドのドニー&ゲイナーが引退して、新チャンピオンは誰かを決める大切な試合だったこと。ドニーは何と、この大会の司会をしていました。

それから、私たちのビデオ教師、ブライアンが新パートナーであるカルメンと組んで初めての試合、いったいどんな踊りを見せてくれるのか興味津々です。このとき日本代表で参加していたのは、佐藤・川田組と楠・永井組。こちらの活躍も楽しみでした。

優勝候補は背番号1番、フィンランドのユッカ&シルパ組、応援の声も多くかかります。二人はこのとき赤い衣装で、迫力あるパソドブレは見事なものでした。

私の目を引いたのは、南アフリカのマイケル&ビアータ組。ビアータは黒の、サイドの切れ込みが腿を通り越して胸まであるドレスで、マイケルは竜巻のようなスピンを連発していました。

ブライアン&カルメンが登場すると、主人は大騒ぎ。カルメンはスーパーモデルのようなスタイルで薄いオレンジ色のロングドレスを着ていました。私たちの席の直ぐ下の1階席にどうやらブライアンのお母さんかお姉さんが居たようです。入場口から一番遠い席でしたが、彼らはわざわざここまで歩いてきて、二人のルンバを正面で見ることができました。

ビデオは買ったばかりですからいろいろいじりたくて、意味のない所でズームしたりブレブレになってたりしてましたが、だんだん慣れてくるものです。ただ、あまりくだらないおしゃべりはしないほうがいいですね。これは永久保存版だ、と思っていたのに、「おばか」なしゃべりがずっと入っているせいで、それを見るたびに自分たちの「おばか」ぶりを再確認しなければなりません。

でも、こういうのって、よくありませんか?いい映画を録画してる時に限って地震情報とかが入ってくる。そしてその映画を見るたびに、「津波の心配はありません」みたいな字幕を何度も見せられる。



ふと横を見るとビデオを握り絞めたまま主人も泣いていました。
「なんで泣いてんのよ」
ちょっとかっこわるい気もしましたが、自分のことのようにうれしかったんでしょうね。





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Last updated  2004/10/14 12:07:50 PM
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