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家内が忙しい1日だった。今日は午前中、次女の幼稚園の遠足があり、近くのけいはんな記念公園に朝から出かけた。ここは関西学術研究都市を記念して造られた公園で、自然との調和・共生がテーマらしくなかなか落ち着いた学研都市にふさわしい公園である。今までに何度か出かけているが、家族連れには、もってこいの公園だと思う。けいはんなプラザを中心に先端技術の企業も多く進出してきており、秋には国立国会図書館の関西館もオープンすると言う。毎年、GWに全クラスが遠足でここに来る。年中になった次女も友達と遊びまわってたらしい。周りにほとんど知り合いがいなかった去年と違い、家内も次女もこの1年で出来たそれぞれの友人たちと楽しい時を過ごす事が出来たようである。2時頃、2人が帰ってきた。その2人を車に載せて、長女の学校に向かった。今日は長女の学校の総会&保護者会の日でもあったのだ。学校で家内を降ろし、次女と2人で近くの公園へ行く。遊具でしばらく遊んだ。5時少し前に学校に迎えに行った。なかなか家内が出て来ない。待つ事に・・・次女がまた突然面白いことを言い出した。「あのねえ、パパ!人間って弱いんだよ~」「え?」「弱いからね~神様にお祈りするんだよ!」「そ、そうだね~」誰かの受け売りなのだろうが、いきなりすごいことを言うな~と感心していたら、またすぐにBGMに流していたディズニーのCDの曲にあわせて歌いだした。終わるとまた私に、「パパ、人間はね~サイテーなんだよ」「人間が最低なの?なんで?」どうやらCDの曲、「アンダーザシー」の中にそんな歌詞があったようで、そこからきているのがわかった。英語バージョンもあり、そっちを聞いた後に、「これは英語だからパパにはちょっと難しかったかな~」と言われた。笑うしかなかった。家内が出てきた。役員を引き受けたとのこと。「去年はサキ(次女)の方に力入れたから、今年はミズキ(長女)の方に入れないとね!早いうちにやっておいた方がいいのよ!こういうことは。まして中学だから親の出る幕はそんなにないしね」ますます家内に頭が下がる思いがした。
2002年04月30日
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金・土・日と日勤で割と忙しかった。これでいよいよGWに突入したのだが、子供たちは暦どおりでなかなか休みが合わない。挙句の果てに家内の在宅の仕事が連休前にどっと来たかのだから尚更予定がつかない状態である。まして今日は4時という半端な時間から代表の試合が行なわれる予定になっていた。午前中は次女と公園に行き、遊び相手になった。こうすれば家内の仕事も捗る。午後からは、みんなで買い物に出かけた。27日に次女が5歳になった。もともと私の仕事が入っていたことと幼稚園の遠足が30日に入っていた為、ケーキを買ってのお祝いは5月2日にすることにしていた。ただプレゼントだけは、今日買っておこうということになり、長女を含めて次女が最近欲しがっていたハムスターを買いに出かけた。もちろん4時前に帰ってくるのが前提で、他のことなら何でも譲れるが、これだけは譲れない。大小いくつかの店をまわってゴールデン・ハムスターに決めた。餌やグッズも揃えた。子供たちは大喜びである。帰ってから家内を含めて3人で楽しそうにハムスターの家作りをし、飽きることなく眺めていた。私はそれを横目に代表の試合を観戦し、柳沢のポジションに驚きつつ、俊輔や小笠原のパスに「うん、いける!」とひとりつぶやいていた。
2002年04月29日
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休みの日。幼稚園から帰ってきた次女を車に載せ、大和郡山にある奈良県フラワーセンターに行ってきた。関東や関西でフラワーセンターと言われる場所には、今までいろいろ行ってきたことがあるのだが、この奈良県フラワーセンターは、規模が小さく、とてもこじんまりしている。入園料は無料なのがありがたい。じっくり周っても30分もかからない広さである。それでも県の職員の方々が一生懸命、草花の手入れをしているのには頭が下がる。フラワーセンターは大和川沿いの広大な原っぱにあり、また県の浄化センターや市民プールに隣接している。夏にはプールに来る人で賑わうが、その他の季節には、あまり人を見かけない場所である。のんびり草地や児童遊園の遊具で遊び、フラワーセンターで綺麗な草花を見て過ごした。次女は、草花より遊具で遊ぶのに夢中だった。風があり、少し肌寒かったのだが、時間を忘れて楽しそうに遊んでいた。帰りの車の中で、次女と出かける時の車内の音楽は、「ハム太郎、おジャ魔女どれみ、あんぱんまん、ディズニー」に決まってしまっているのだが、今日は「おジャ魔女どれみ」だった。次女はどれみを聞きながら、娘「この曲、なつかしいよね~」私「え?」「なんで懐かしいの?」娘「だって昔、よく聞いていたから・・・」私「昔?」娘「そう、サキちゃんが小さい頃聞いていたんだよ」4歳の娘が、昔を語り、懐かしんでいる。その姿を見て笑わずにはいられなかった。子供は知らないうちに成長しているものだと気付かされた。
2002年04月25日
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子供たちは週休2日になったので休み、私も休みだった。しかし家内は在宅の会計の仕事が来ていて忙しそう。夕方、みんなで食事をしながら買い物をすることにして、とりあえず次女と2人で、いつもの奈良公園に向かった。家の近くでハナミズキをよく見かける季節になった。白や薄紅色、真中が白く周りが朱色の物など、本当によくみかける。長女の名前が「みずき」と言う。(水木ではなく、瑞季なのだが)6歳まで水戸にいたのだが、千波湖の周りにハナミズキ広場と言う場所があり、幼稚園の頃「ミズキ、ミズキ同じだね」なんて会話をしたのを今でも思い出す。ハナミズキはアメリカを代表する木なのだが、明治時代にアメリカと友好を深めるために日本から桜を送り、その返礼に贈られたのが始まりらしいのだが、桜はワシントンでかなり有名になったが、ハナミズキは日本側に問題があったのか、いまひとつぱっとしない。奈良公園、とりわけ東大寺は今年、大仏開眼1250年を迎え、式典やイベントが目白押しである。今日から奈良国立博物館で「東大寺のすべて」展が開催され、かなりの人出で賑わっていた。期間中普段見ることが出来ない、秘仏なども特別公開される予定なので、空いている平日に改めて行くことにした。とにかく緑があざやかで、特に紅葉の若葉は目に染みるようにまぶしい。若草山をはじめ、多くの山にも緑の針葉樹に混じって黄緑色の若葉がそれこそ、もこもこと盛り上がってくるような勢いを感じた。夕いったん帰り、夕方みんなで奈良ファミリーに出かけ、買い物と食事をした。焼肉屋が潰れ、飛騨高山ラーメンの店になっていた。あまりおいしくなかった。本当の飛騨高山ラーメンはどうなのだろうか?新緑の奈良公園も近々UP予定・・
2002年04月20日
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夕方、実家の母から電話がかかってきた。親戚で不幸があったという電話である。母とは数ヶ月に1回程度電話で近況を話すことが多いのだが、この年になると「町内のだれだれさんが亡くなった」とか「親戚の誰さんが入院した」なんていう会話が多く、自分も年を取ったことをつくづくと思い知らされる。この日の電話もやはりそうだった。しかし、驚いたのは亡くなったのが、2歳上のいとこの旦那さんで私と1歳しか違わない41歳だったことである。通勤途中のホームの階段で突然意識を失い、倒れたと言う。頭を強く打ち、すぐに病院に運ばれたが、そのまま亡くなったという。信濃町の慶応病院で検死を受けた結果、血管のあっちこっちに血の塊があり、脳溢血か心筋梗塞だろうということだった。明日は我が身である。母もそのことを心配して電話をかけてくれたらしい。何度も不摂生をしないよう釘を刺された。ありがたいことである。時間的にも東京まで行けそうにないので、弔電を打つことにした。住所を聞いたのだが、後で連絡すると言われた。しかしいつまで経っても電話がかかってこない。夜勤明けだったので8時を過ぎて寝てしまった。翌日家内に聞いたら、9時過ぎに母から電話がかかってきて、「FAXを送りたいのだけれど、FAXの紙がないみたいで遅れないのよ!」家内は「もしかしたらお母様、電話番号を押さずにスタートボタンを押していませんか?送信はFAXに紙が無くても送れますよ!」しばらくして住所が書かれたFAXが送られて来たという。母親は今年で65歳になる。方向音痴でまた機械音痴である。なにせビデオの接続はもちろん、録画さえ出来ない。私や弟が今まで何度も教えてきたのだが、未だに出来ずにいる。いや、本人は教えられたとおりにやっているのだが、機械が動かない。機械が壊れていると思うから可笑しい。そんな母のことがちょっと心配だが、いつもと変わらぬおっちょこちょいのところを聞いて少し安心した。夏には行こう・・・
2002年04月19日
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今日は昨夜からずーっと起きたまま過ごした。昨夜のうちから雨が降り出し、朝になっても止む様子ではない。朝、6時半になると目覚ましが鳴り、長女の弁当を作るため、家内が起きてきた。「おはよう!」挨拶を交わす。7時を回った頃長女も起きてき、続いて次女も起きてきた。新学期が始まったと言うのに次女はここのところ「幼稚園に行きたくない」と駄々をこねるらしい。今日もごねだした。理由を聞けば、「ママと離れるのが嫌」なのだそうだ。どうやら休みの間に甘えん坊になってしまった。そんな次女に「今日幼稚園から帰ってきたら何処かに遊びに行こう!」「雨が降っているから、そうだな~う~んそうだ、誕生日に買うことになっていたハムスターを見に行こう!」と誘ってみた。「うん、いいよ!」たちまち機嫌がよくなった。プーさんの長靴とミッキーのレインコートを着て家内と一緒に園バスの乗り場に向かった。玄関で私は2人を見送った。今週いっぱい弁当がない次女が午前中に帰ってきたので、午後からハムスターを見るのをかねて買い物に出かけた。押熊にあるホームセンターのペットコーナーで探してみた。白や黒、茶色などいろんな種類があった。でも1番可愛いのはハム太郎と同じゴールデンハムスターということで3人の意見が珍しく一致した。27日の誕生日に買うことになっており、今日は買わないことになっていた。次女がまた、「今欲しい!」と駄々をこねやしないかと思ったが、意外にも一言も言い出すことはなかった。西大寺の奈良ファミリーに行き、長女の靴と夕食の食材を買って帰った。夕方には次女のピアノの送り迎え。その帰りに先日行った白浜の写真を取りに行った。次女の学習雑誌の付録に付いていたカメラで撮った写真である。なかなか良く撮れていた。ふと最近カメラで写真を撮っていないことに気付いた。もっぱら私のビデオカメラで撮影はしているのだが、PCに取り込むことはあってもそれをプリントにしたりしていない。次女の撮った写真を家内がアルバムに整理し始めた。ついでにほかのアルバムをいくつか取って開いて見た。そのアルバムは4年前に家族で琵琶湖に泊まりに行った時のアルバムだった。私と家内はまったく変わらず、次女は赤ちゃんで長女も4年生でまだあどけない顔をしていた。何よりも屈託のない顔でこちらを見て笑ってる。今ではほとんど長女の笑顔をみることがないだけに少なからずショックを受けた。どうしてこうなってしまったんだろう・・・家内としばしアルバムに見とれていた。デジタルは色褪せや劣化もなく、また簡単に編集でき、PCに取り込めるなど大変便利になったと思う。しかしその反面、アルバムにプリントとしてしまっておきたいという願望も捨てきれない。二度手間になるのだが、そうしたいと思うのは、世代のせいなのであろうか・・・
2002年04月16日
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金・土・日と夜勤だった。昼前に帰ってきた。家の近くまで来ると園バスを待っているお母さん達がたくさんたむろしているところだった。その中に家内もいた。楽しげに談笑していてこちらにまったく気付く様子もない。お母さんの1人が私に気付き、家内に声をかけたようだ。ちらっとこちらを見たが別に手を振るわけでもなく、小さくうなづいただけだった。車だからいいようなものの、こう言う場面は実にばつが悪い。駐車場に車を入れ、マンションの入り口に入ろうとした時に、ちょうど園バスが到着したのが見えた。先に家に帰り、着替えを済ませ、TVを付ける。今日もイチローは活躍し、マリナーズは長谷川や佐々木の日本人リレーで勝利したところだった。そのままTVを見つづける、連ドラの「さくら」が始まる頃、家内たちが帰ってきた。次女はいつものことだが、「ただいまあ!」と言って玄関からリビングまで思いっきり走ってくる。私がいる時は今日1日幼稚園であったことを矢継ぎ早に報告する。息を切らしながら・・・そんな次女の相手をするのが楽しい。気が付けば1時間が過ぎている。家内に「随分ごゆっくりですこと」と言えば、「あら、今日はまだ早い方よ!2時間くらいはざらなんだから!」と返される。別に嫌味のつもりで言ったのではない。むしろそんなごく当たり前の生活ぶりが出来ることへの嬉しさの方が大きい。遅い昼食を3人でとった。食後、3日間の夜勤の疲れが溜まっているせいか、急に眠くなった。次女の相手もしたかったのだが、とりあえず寝ることにした。起きたら、夜中の1時だった。なんかものすご~く損をした気分になった。家中真っ暗でしーんと静まりかえっていた。家内と次女の寝息だけがかすかに聞こえてきた。静かに布団を出る。小腹が空いていたので、台所を物色する。フライパンのふたを取るとチャーハンがあり、鍋にはとき玉汁があった。音を立てないよう気遣いながら温めなおし、お茶も入れた。TVを見ながら遅い深夜食を1人静かに食べた。NHKで芭蕉の「奥の細道」をやっていた。去年放送されていたものの再放送である。芭蕉の生まれた伊賀・上野の様子。芭蕉が江戸に行くきっかけ、「奥の細道」を書くに至った理由、そして奥の細道に書かれた場所を立松和平・小椋佳・ねじめ正一・松本零士などのゲストが訪れその地を紹介するというもの。なかなか興味深かった。小学校の修学旅行で行った日光の東照宮や那須の殺生石などとても懐かしく、もう1度行きたくなった。小椋佳の一言が印象的だった。「我々にとって旅とは非日常的なことなのだが、芭蕉にとって旅そのものが日常となっている。我々にはなかなか到達できない世界である」確かにそう思った。なにもかも忘れて一人旅に行きたいと思うことがある。でもそれは非現実的なことであり、これからも実現できるかは疑わしい。だから余計それが出来る人、している人には憧れるし、うらやましいと思うのである。その後の番組が「天の川に星の生涯を見た」でハッブル望遠鏡を使い、天の川周辺にある星雲や惑星の中で今生まれたばかりの星や生涯を終えようとしている星の様子を、写真を交えて紹介する番組だった。そのスケールが違う。45億年前に我々の太陽系が生まれた時と同じことをハッブル望遠鏡を使うことで8000光年離れたはるか遠くの出来事をお茶の間にいながら見れるのである。1秒間に光が進む速度は約30万キロメートルあると言われている。その光が1年かかる距離が1光年。1光年は9兆キロ。まったく想像がつかない。その後の番組がまた面白い。「ミュージック・ボックス」と言う番組で60年代の音楽がバックに流れ、画面では当時の様子をただひたすら流すだけである。説明はバックに流れる音楽のタイトルと歌手名だけが表示されるのみ。海水浴・通勤・お祭り・美容院・車工場・団地・働く人々・流行・風俗・子供たち・屋台・歓楽街などの様子を延々と流しているのだが、ついつい見入ってしまう。VANの紙袋を下げたIVYルックの若者達。GOGOを踊るグループ、一方ではギターを片手にフォークソングを歌うグループ。子供たちはカーテンがかかり4本足のついたTVのチャンネルをぐるぐる回していた。私も60年代に生まれたのだが、その当時の世の中がどうだったかを今更ながら思い知らされた気がした。それにしても画面に映し出されている人々は誰もが生き生きとして楽しそうだった。少し元気を貰ったような気がした。夜中に1人、こんな素敵な?過ごし方を出来るのがとてもありがたいことだと思った。さあ、もうすぐ朝である。これから何をしよう・・・
2002年04月15日
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すっかりイベントの時にしか日記を書かなくなってしまった。白浜から帰ってきてから夜勤が続いたせいもあるのだが・・・私が夜勤の間に、長女は中2、次女も年中になり、それぞれ新しいクラスで新しい先生の下、子供たちは新学期を迎えた。なかなか休み中のだらだらした生活が抜けきらず、朝起きるのが辛かったようだ。仕事も先月の転勤で、大量に人員が抜けた穴は大きく、忙しい日々を送っている。家内も在宅の新たな仕事が次々に来て、てんやわんやである。またこうして新しい季節が始まり、普段どおりの生活に戻っていくのだろう。しかしすぐにGWが待っている。今のところ何の予定も決まっていない。白浜行きで出費がかさんでしまったこともあるのだが・・・さてどうしたもんか・・・
2002年04月10日
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日勤が終わり、金・土・日と休みだった。春休み最後の休みなのでUSJに行こうかと思っていたのだが、家内からクレームが来た。「USJなんていつでも行けるし、USJって気分じゃないわ~、それよりどこか温泉でも行ってのんびりしたいな~」決算が終わり、在宅の仕事が大量に来ていた。それをこなし、家事も育児もこなしている家内の一言でUSJはなくなった。まあ、仕方がない・・・今週に入ってから、いろいろ検討していたのだが、ホテルの予約も取れたので結局白浜に行くことにした。奈良から車で高速を使って3時間くらいで行ける。天気は良く晴れていて、気分が良かった。阪和道の海南インターを過ぎ、湯浅・御坊自動車道を通る。国道42号線に降りるとすぐ海が見えてきた。私もそうだが家内や次女は海が見える度に歓声をあげていた。長女だけがひとり喜びを表情に出さず、クールを装っていた。そんな年頃なのだろう・・・千畳敷・三段壁・円月島・名勝と呼ばれる場所を周った。とにかく気持ちがよかった。青い空に碧い海がこれほど人の心を打つものなのかとつくづく実感した。海のない奈良で暮らしているから尚更かもしれない。いや、水戸に暮らしていた時も大洗の海を見るたび感動していたから海の力なのかもしれない。白良浜は砂が真っ白で手入れが行き届いているのか、ゴミが本当に落ちていない。海の水も澄んでいて綺麗だった。しばらくみんなで海岸で遊んだ。その後ホテルに行き、温泉に入り、おいしい料理を食べた。本当に身も心もリフレッシュした感じだ。翌日は朝からアドベンチャー・ワールドで楽しんだ。動物園と水族館・遊園地が一緒になったアミューズメントパークで、鴨川シーワールドと那須サファリパーク、それに横浜のコスモワールドを足したような何でもありの場所だった。やはり次女と家内は大喜びで盛んに嬌声をあげていた。長女も時折笑顔を見せていたので、とりあえずひと安心。夕方雲行きが怪しくなってきた頃、奈良に向けて帰ることにしたのだが、途中、海産物の土産物屋などに寄って食事を摂り、土産を買って帰った。帰りはずっと雨の中の運転になり、疲れもあったが、家族が本当に楽しめることが出来たので今回の小旅行はとてもよかったと思った。次女が「まだ奈良に帰りたくない。大きいお風呂にもう1回入りたい!」と何度も言っていた。また近いうちに行きたい場所である。アルバムもアップしたので是非ご覧あれ!
2002年04月06日
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