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今日は私は休みの日。子供たちが幼稚園や学校から帰ってきてから、久々に家族全員で外に夕食を食べに行った。先日、職場の同僚から「広陵町にある食べ放題の店はなかなかいい!家族連れにはもってこいの店なので騙されたと思って是非1度行って見ては?」と情報を貰っていた。「スタミナ太郎」なんかラーメン屋のようなネーミングである。ネットで調べて見たら、数十軒もある大きな店で全国チェーンだった。ただ、店のHPはなく、行った事のある人の口コミ情報だけだったのだが、なかなか評判はいいようだ。店によってシステムや料金、メニューなど多少の違いがあるようだが、広陵町の店は16時からフルディナータイムで中学生以上の大人が男性、女性に関係なく1人1880円、小学生が1180円、2歳以上の子供が500円になっており、最初に入り口で料金を支払うシステムになっていた。中2の長女は今日だけ小学生になってもらった。メニューの多さ、豊富さに驚いた。焼肉だけでも十数種類あり、たくさんの生肉が大きな大皿にたくさん乗っていた。もちろん野菜も種類が豊富。また中華コーナーではからあげ、肉団子、シュウマイ、餃子、やきそば、チャーハンなどが盛りだくさん。うどんやラーメンは自分で麺をざるに入れ、お湯でゆがいて作る面白い仕組みになっている。うに、いくら、甘えびなどの寿司も十数種類が山ほど並べられており、どれを取ろうか迷うほどである。他にもサラダコーナー、惣菜コーナー、天ぷらコーナーなどがあり、それぞれ充実した内容だった。味は飛び切り旨い!というわけでもないが、特別まずい!ということもない。とにかくメニューが豊富で選択できる数が多いのが嬉しい。子供達が一番喜んだのが、デザートコーナーで、十数種類のケーキやアイスクリーム、プリン、ゼリー、フルーツ、おしるこやぜんざい、水まんじゅうなどの和菓子も豊富に並べられていた。特に次女がお気に入りだったのが、自分で作る綿菓子で、ザラメを機械に入れ、割り箸をくるくるまわして何度も作っては食べていた。普段クールな長女もどこか嬉しそうで、盛んに席を立っては、食べ物を取りに行っていた。私や家内は貧乏性のせいか、モトを取ろうと必死に食べまくった。いつものことである。家内などは食べ放題の食べ方まで語り始めた。私は、最初に焼肉と寿司をたくさん取って食べ、そのあと好きなものをたくさん取って食べていたのだが、すぐに食べられなくなってしまった。それを見ていた家内は、人差し指を左右に振り、「チュッチュッチユ」と言いながら、「失敗だな、その食べ方は・・・食べ放題の食べ方は~まず軽いものから少しずつ取ってゆっくり食べなきゃあダ~メ、ダ~メ」そう言っていた家内もそれからラーメンを食べ、デザートをいくつかこなし、最後にコーヒーを飲んでギブアップ。案の定、帰りの車の中では、食べすぎからくる胸焼けや胃もたれで苦しんだ。もちろんズボンのベルトは外していたのだが・・私たちは、二人とも40歳である。若いときほど食べられなくなっているようで、食べたいと言う気持ちはあるのだが、なかなか体がついて来れなくなってきたようだ。と言うよりも昔ほど「食べ放題」という文字を見ても反応しなくなってきている。それでも家族全員が大いに満足できたのがうれしい。また近いうちに来る事になるだろう。そしてまた食べすぎで苦しむのである。成長しないとういより、持って生まれた性分だから仕方があるまい。フランスがまさかの敗戦。ジダンがいないことで精神的なあせりでも出てしまったのだろうか・・・それともセネガルに宝石でも盗まれるのを恐れたのか・・・いや、アフリカNO1の実力がもう世界のトップレベルに並んだというところかもしれない。
2002年05月31日
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明日からいよいよワールドカップサッカーが始まる。もちろん日本代表には予選リーグを突破して是非決勝リーグに駒を進めてもらいたい。とは言うものの、厳しい試合になりそうである。まあ、結果はどうあれ、この大会をお祭り気分で大いに盛り上げ、この不況を吹き飛ばして欲しいものだと思う。海外で行なわれるのと違い、時差を気にせず見れるのはありがたいことなのだが、果たしてどこまで子供たちや家内とのチャンネル争いに勝てるであろうか・・・
2002年05月30日
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今日も私は休みだった。家内は午前中、幼稚園のテニスサークルの予定が入っており、その後、去年、幼稚園の役員をやったときに知り合った仲間の子を夕方まで預かることになっていた。どうせ預かるなら、5月末で期限が来てしまう新聞屋にもらった遊園地のただ券をこの際、使ってしまおうということになった。テニスが終わり、子供達が弁当を食べ終わる頃、迎えに行って、そのまま遊園地に行く事になり、朝、家内を幼稚園に送り、午前中だけが私の時間となった。わずか2時間しかなかったので、東大寺の戒壇院の四天王でも見に行こうと思い、行ってみたのだが、東大寺のすべて展にこれから出品するということで戒壇院自体が拝観出来なかった。正倉院を覗き、転害門をくぐり、西に向かう。500メートル位歩くと佐保川に出る。その佐保川沿いに鬱蒼とした森に囲まれた場所がある。聖武天皇と光明皇后の陵である。かなり広く奥行きがある。一歩中に入ると、周りの喧騒が嘘のように聞こえなくなる。木々の葉が風でゆらぐ音と鳥のさえずりしか聞こえない。番小屋はあるのだが、誰もいなかった。ただ私一人の足音だけが響いた。陵の石段を登ると奈良の街が少しだけ見えた。聖武天皇陵が佐保南陵ですぐ東隣りに光明皇后の佐保東陵がある。ここからは東大寺の大仏殿の屋根や若草山が望める。1200年もの間、夫婦仲良く自分達が造った大仏殿や奈良を眺めて過ごして来たのかとここにきて初めて気付いた。なんともうらやましく、微笑ましい・・・午後になり、家内や子供たちを迎えに行った。次女と預かったカコちゃん。同じ年中だが、次女の方が四月生まれのせいか、ひとまわり大きい感じである。傍からみると同い年には見えないに違いあるまい。平日の遊園地はガラガラである。従業員の方が多いくらいだ。とっとこハム太郎の特設展示があり、子供たちは何度も繰り返し、入っていた。乗り物も私や家内が付き添わず、子供達2人で乗れるから安心だし、経済的にも助かる。とにかく並ぶことがない。行けばすぐ乗れるのがありがたい。ただパスポートやフリーパスがあればもっといいのだが・・・1時に入って、4時までの3時間だけだったが、それだけでも十分過ぎるくらい楽しむ事が出来た。とにかく夏のような暑さでちょっと辛いものがあったのだが、子供たちの笑顔を見ればそれだけで疲れも和らぐ。「また明日も行きたいね!」と次女が言った瞬間、ちょっと勘弁してくれと思ったのだが、「そうだね~また今度来ようね~」と言っていた。
2002年05月28日
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今日は休み。しかし1人で出かけることができなかった。午前中から家内が中学校の役員会で出かけ、今日は弁当が無い次女の迎えを私がしなければならなかった。園バスが帰ってくる時間より10近く前に迎えに行く。まだ誰も出てきていなかった。ぽかぽかとした陽気とすがすがしい風にしばしのほほんとしながらバスを待つ。やがてお母さん方も集まり、すぐにバスが来て次女が降りてきた。家に帰り、着替えをさせて、「何食べる?」と聞けば「ホットケーキ!」と答えが返ってきた。簡単なものなのでありがたい。ホットケーキミックスをボールにあけ牛乳を入れたあと冷蔵庫から卵を取り出して割った。しかし中身が出て来ない。よくみるとゆでたまごだった。朝、家内が長女の弁当を作る時にでもゆでて冷蔵庫に閉まっておいたのに違いない。そんなつもりなど毛頭ないのだろうが、どこか意表を付かれた感じがした。なんとかホットケーキを作り、2人で食べてから、しばらく本やゲームをして遊んでいた。家内が帰ってきた。在宅の仕事が残っているので、また次女を連れて遊びに行く事にした。パンの残りを持って奈良公園に・・・しかし今日は物々しい警備だった。いつもなら簡単に止められる大仏殿の裏には制服、私服の警察官でいっぱいで、とても止められる状態ではなかった。「サッカーのチュニジアチームでも必勝祈願に春日大社か東大寺に参拝してるのかな~」と思い、それなら浮御堂の方に止めようかと車を移動させた。ところが警察官は奈良公園全体にうようよいて、不審者や不審な車がないかとチェックをいれていた。パトカーや白バイもあっちこっちで待機しており、ただならぬ雰囲気が漂っていた。結局、ならまちの方まで行き、車を止めた。そこから奈良公園に次女と向かったのだが、奈良ホテルの前に人だかりが出来ていた。手に手に日の丸の旗を持っている。しばらく2人で眺めていたら、たくさんの白バイに先導されて菊のご紋が入った車が近づいて来た。天皇・皇后両陛下だった。ちょうど美智子妃殿下がこちらを向いて手を振られたところをあわてて写真に撮った。ぶれているが滅多に遭遇できないだけにラッキーという気がしたのだが、次女に「天皇陛下だよ!」と言っても意味がわからず、きょとんとしていた。「日本で一番有名でえらい?人だよ」と言ったら納得していた。また近くのおばあさま方は「ありがたい、ありがたい・・」と手を合わせて拝んでいたのが印象的だった。その後奈良ホテルが見える園地で鹿や魚にパンをあげ、次女も満足したところで家に帰った。
2002年05月27日
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金・土・日と日勤だった。朝、空いた道を車で通勤。空は晴れ渡り、すがすがしい3日間。仕事に行かず、何処かに遊びに行きたくなる気分だった。しかし、いったん職場に入ってしまえば、そこは別世界。1年中、温度が24度に保たれ、湿度も一定のクリーンルーム。工程には防塵服を着て入るので、服装で季節を感じる事も出来ない。唯一、休憩時間にだけ休憩室から外の景色を眺めることが出来たのだが、最近始まった増設工事のせいで、窓も塞がれて閉まったから景色も眺められなくなった。ただ、この3日間の出勤中に何回か外に出る機会があった。消防訓練と薬液点検。あまりの天気の良さに思わず何処かで昼寝でもしようかと・・・そんな気分になるほどいい天気だった。帰りは10時を回る。今日は遠くで稲光が花火のように繰り返し光っていた。まったくその時間まで気付かなかった。車で家に帰る途中、急に雨が降り出して来た。屋根に当たる雨粒が大きい。ひょうも混じっているようだった。明日の天気が気になるところだが、さあ、明日から2日間の休み。何処に行こうか・・・・
2002年05月26日
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今日も私は休み。昨日と同じような過ごし方。まるでデジャブのようだった。違うのは昼近くに起きたら、家内がいた。すでに幼稚園のテニスサークルから帰ってきたところである。昨日は友達と近くのお店でランチを食べ、次女を迎えに行き、乗せて帰ってきたのだが、今日はテニスが終わると同時に帰ってきたという。在宅の会計事務の仕事が溜まってきており、それを片付けなければならないからということだった。「夕食、お願いね!」先制攻撃を受けた。「材料は何かあるの?」の問いに「ありませ~ん!」「買い物込みかあ・・・」夕方、長女の塾の送り迎えがあり、次女も「付いて行く!」ということで3人で出かけ、長女を塾で降ろし、次女と買い物に出かけた。これが2日間で始めての外出だった。「まあ、たまには家でのんびり過ごすのもよかろう・・・」と自分でむりやり納得させた。そばめしを作ることにしていた。家内が書いた買出しメモを片手に握りしめ、次女と近くのオオクワに向かう。イズミヤの方が近いが焼きそばの麺を買うならオオクワである。なにしろ3玉入り100円という安さ。キャベツ、豚肉、しいたけ、にんじん、その他の頼まれもの、牛乳、お弁当のおかず、そうめん、食パン等などを2人でのんびり買い物をする。お菓子のコーナーで次女が立ち止まる。「ひとつだけだよ!」「うんわかった!」目を輝かせながらお菓子を選んでいた。今日はハム太郎のチョコにしたようだった。わが家では結構焼きそばが好きで、私がちょくちょく作るのだが、最近、子供たちが喜ばない。しかも野菜を取り分けてしまう。それがご飯を入れたそばめしだと、不思議に良く食べる。野菜ともども細かくしてしまうからなのか、またおこげがおいしいからなのかよくわからないが・・・最近、わが家では、そばめしがブームである。でも続くとすぐに飽きてしまうのだろうな~
2002年05月23日
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月・火と日勤だった。昨日の夜、遅く帰ってきたら、すでにみんな寝ていた。レンジの中を覗き、チャーハンを温めなおして食べた。PCを点け、メールチェック。うちわまきの写真をアップし、日記の更新をする。ハムスターのくーが激しく回し車で回る音がしていたので覗きがてら遊び相手になった。結局、朝方まで起きていて、家内が弁当を作るのに起きてくる前に布団に入った。起きたらお昼を過ぎていた。誰もいなかった。家内は幼稚園のテニスサークルにいったようだ。布団を片付け、TVをつける。イチローの活躍を見ながらコーヒーを淹れ、パンを焼いて食べた。相手のピッチャーが良すぎるのか、イチローはヒットを打てず、ちょっと残念。ハムスターのゲージを覗いて見る。家の中で丸くなって寝ていた。「いい気なもんだ・・・」同時に「まったく同じ事を家内が私に対して思ったに違いない」そんな考えが頭の中をふとよぎった。
2002年05月22日
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幼稚園のテニスサークルに入っている家内は、去年役員をやっていた関係でほとんどテニスが出来なかった。今年こそはとかなり意気込んでおり、今日は明日から始まる幼稚園のテニス教室で着るテニスウエアーを買いに行く事になっていた。近くのアルペンでいろいろ物色した。私と次女は、店内をうろうろ。私は代表のユニフォーム、フェーノルトやパルマのユニフォーム、果てはマリナーズのユニフォームなどに見とれていた。次女は次女で関連グッズ、とりわけシールに夢中で飽きずに見ていた。結局家内は、サンバイザーとTシャツを買っただけだったが、明日からのテニスが楽しみのようである。4時から唐招提寺に行く予定。今日は覚盛上人の命日にあたり、恒例のうちわまきが行なわれるからだ。3時過ぎに唐招提寺の駐車場に車を入れた。すでに満車に近い状態。すぐに寺に入らず、近くの児童公園で次女を遊ばせた。絶対に飽きてしまうから・・・3時半を周ってからようやくお寺に入った。すでにかなりの人がいる。金堂は2010年までかかる大修理中。味気ない構造の囲いの建物の中に修復中の金堂を見ることが出来た。しかし暗くてよくわからない。裏の講堂では、舞楽が奉納されていた。雅楽の演奏で子供が舞を舞っている。その向こうにはうちわで飾りつけられた鼓楼があり、この上からうちわがまかれるのである。時間が近づいてきて、人もかなりあふれてきた。若いお坊さんが面白い話を交えて諸注意を述べる。「左側が女性、子供のエリア、その後ろがシルバーエリア、向かって右側が屈強な人が集まる一般のエリアになっています。どうぞ移動してください。ただし屈強な人に混じってもまれてみたい女性の方はどうぞ右側へ!」といった具合。鐘と鼓の合図でうちわまきが始まった。私は最初うしろの方にいて写真を撮っていたのだが、気がつくと群衆の中に混じってうちわに手を伸ばしていた。激しい奪い合い、ハート型のうちわが飛んでくるといくつもの手がそのうちわを掴む。いっぺんに2,3人が奪い合う。ハートの形は見るも無残に壊されていく。確かにここにはハートが無いかもしれない。警官がマイクでまくし立てる。「下がって!下がって!投げる人!こっちに投げないで!」それでも何度か将棋倒しになった。立ち上がるとすぐうちわに向かう。私も何本も触ったが、取る事が出来ずにいたのだが、10分ほどしてたまたま向かってきた1本をジャンプして取る事が出来た。しかも無傷のハートのままで・・・もう後は群から離れて家内たちの方に向かった。家内たちは、参加せずに見ているだけだった。やはり次女には危険だと思ったのだろう。私が1本持っているのを見て、次女が喜んだ。うちわまきは初めてだったが、殺生を嫌った覚盛上人の気持ちとは裏腹に人々がうちわを奪い合う壮絶な物だった。それでもそれが楽しいのだな~と感じた。なかなか面白い体験だったが、気が付けば、デジタルビデオのズームマイクが無くなっていた。そして靴は泥だらけ。まさに踏んだり蹴ったりといった状況だった。
2002年05月19日
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昨日、夜勤が明けた。しかし家に帰ってくると、どうしても眠くなってしまう。夜勤の2週間は、昼間寝て、夜起き出して来る生活になる。やはり昨日も寝てしまい、夜食の時に起きた。それから一晩、起きていて好きな事をしていたのだが、3時を過ぎた頃から物置部屋のあの「カタカタカタ・・・」と言う音が激しくなってきた。私と同じ夜行性仲間のハムスターである。また覗きに行って、しばらく彼女と遊んだ。彼女もよく私に付き合ってくれた。次女は、「くーちゃん(ハムスターの名前)はいつも寝てばかりだね~」と遊べないぐちをこぼしてたが、確かに幼児にとって真夜中まで起きてはいられない。夜の活発な活動をあまり目にすることが出来ないでいる。ちょっと可哀相な気もするが、仕方あるまい。今日は長女の遠足があり、家内が6時に弁当を作る為起きてきた。挨拶を交わす。家内に燃えないゴミを集めてもらい、私が収集場に出しに行き、新聞を取ってきた。長女は行き先のわからない遠足(ミステリーツワー)が楽しみらしく、いつになく笑顔である。昨日買ったおやつもしっかりバックに入れた様である。学校の担任の説明では、「お前たちを世界一周の旅に連れて行ってやる」とのこと。なかなか面白そうな遠足である。朝の連ドラを見て、次女が起きてきた。私とハムスターはそれから眠りについた。午後3時に起きた。家内に在宅の仕事が着ていた為、次女と図書館に行き、帰りにスーパーで食材を買ってくることになった。夕方帰ってくると、長女も帰って来ていた。遠足の場所は大阪の万博記念公園内にある国立民俗博物館だったようだ。「なるほど世界一周か~」と思ったが、長女は期待はずれだったらしく、むすっとしていた。代表のメンバーが発表になった。ゴンと秋田のメンバー入りと俊輔の落選には驚いた。ベテランの知識と経験と統率力に期待したい。アントラーズファンの私としては秋田の代表入りはとても嬉しい。
2002年05月17日
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3-0で完敗。せっかく今日1日、楽しみにしていた代表の試合だったが、盛り上がっていた気分も一気に盛り下がってしまった。前半は失点こそしなかったが、まったくチームとして機能していなかった。むしろ3点を取られたが、メンバーを入れ替えた後半の方が良かったと思う。どっちにしろ海外遠征の疲れなのか、誰の動きもいまいちぱっとしていなかった。もちろん相手が強いこともあるが。ただ、ここでの負けは、本大会に向けてたくさんの課題を見つけることが出来て良かったと思う。実際、簡単に勝てる相手などいない。あと2週間ちょっとと短い期間であるが、課題は修正は出来るし、難しいとは思うが、集中すれば、なんとか予選を突破できると信じたい。試合が終わって、3時を回っていた。気分を変えて日記の巡回をすることにした。今日は夜からの仕事なので朝まで起きていて、昼間寝るつもりだったのだ。しばらくおなじみの方々の日記を読み、コメントを書き込んでいた。ふと、耳をすませば、「カタカタカタ・・」「カタカタカタ・・」物置部屋の方から音がする。ハムスター(くーちゃん)だった。こっそりのぞきに入ってみる。回し車で思いっきり走っていた。電気を点けたら、動きが止まった。しかししばらくするとまた走り始める。「いったいどうしたの?」っていうぐらい力いっぱい走っている。かと思うとすぐに家に飛び込み、また出てくる。はじめて夜中にこの音を聞いたときは、驚いた。次女が一緒に寝たいと言ったので、枕もとに置いて寝た。夜中に突然、「カタカタカタ」と鳴り出した。家内のいびきより凄いのだ。さすがの家内も飛び起きた。家内も同じ事を考えたかもしれない。それ以来、夜は物置部屋に置いておくことにした。後ろ足や前足を使って器用に身づくろいをする。可愛い仕草で、思わず見とれてしまう。えさを取っては次から次へと口に入れる。ほお袋にいっぱいになると、さっと家に入り、隠してくるのだ。誰も取りはしないのに・・・習性なのだろう。かごの扉を開けてみた。興味があるのか外の様子を窺っている。すぐに引き返す。そしてまた戻って来る。何度か繰り返しているうちに、とうとうかごの外に出てしまった。おそるおそる辺りを探っている。ちょこちょこと動き回る。たんすに沿って歩き始めた。途中何度も止まっては、あっちこっちをかじっている。たんすの裏に入ったらまずいと思い、捕まえることにしたのだが、それを察し、素早く逃げてしまった。何もない部屋なら捕まえるのは簡単だが、ここは物置部屋で使わなくなった家内の健康器具やいすなどの家具、ダンボールなどが所狭しと置いてある。なかなか捕まえられなかった。あきらめて出てくるのを待つ事に・・・「ガサゴソ、ガサゴソ」音がかすかに聞こえてくる。しばらくするとまた別のところから「カリカリカリ・・・」想像すると可笑しい。結局1時間くらいそこでぼーっとしていた。気付けばもう6時。そろそろ家内が子供たちの弁当を作るために起きてくる時間だった。ハムスターを何とか捕まえてかごに入れた。「お遊びの時間はおしま~い!さあ、お互い寝よう!」
2002年05月15日
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今日は、私は休みの日。天気も良かったので、ひとりで何処かに出かけようかと思っていたのだが、出来なかった。家内が今年、長女の中学校の役員になったのだが、その役員会が午後からあり、出かけていった。家内が朝早く起きて作った弁当や食事の後片付け、布団をたたみ、押入れにしまう。簡単に掃除機をかけ終了。別に家内に言われてるわけではない。むしろ頼まれたらやりたくなくなる。気持ちの問題である。2時過ぎ、次女の園バスの迎えの時間。平日なので父親の迎えは私ひとりである。なじみのお母さん方に軽く会釈をして、ちょっと離れた場所でバスを待つ。ひとり、ふたりぐらいなら、ちょっと会話でもしようかと思うのだが、ぴーちく、ぱーちく会話に花を咲かせている10人近くいるお母様のグループに入っていく勇気を私は持ち合わせていない。バスが来て次女たちが降りてきた。本来ならここからまた会話に花が咲くところだが、私は次女を連れ、お母様方に別れの会釈をにこやかに振りまきつつさっさと家に帰った。次女の着替えをさせながら、幼稚園での出来事を聞く。手洗いをさせてからおやつを出す。全部食べたと弁当箱の中を見せる次女に大げさに驚きつつ誉めるあげる。4時にピアノがある。それまでゲームで遊んだ。長女の影響なのか、私が手伝わなくてもTVへの接続からカセットのセットまでひとりでやってしまう。好きなことは覚えるのが早いようだ。4時までに帰ってくれば、家内がピアノに連れて行くことになっていたのだが、帰れない時は私が付き添いで連れて行かなければならない。先生は若くて綺麗な女性である。今までも1回行った事があり、行きたくないわけはないのだが、現実問題、ちょっと気詰まりである。居場所がない感じだ。そんなことを考えているうちに電話がなった。家内だった。「20分に着くから入り口で待ってて」要らぬ心配だった。急に残念に思え始めたから可笑しい。さあ、今晩はノルウェー戦!ゆっくり観戦と行こう!
2002年05月14日
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金・土・日と夜勤だった。それほど忙しいわけではなかったのだが、何故か疲れてしまい、日記を書けない日が続いた。まあ、日記に書くような事も少なかったのだが・・・先日、家内と奈良西警察署に行って来た。家内の運転免許証の書き換えの為である。少し悔しいが、今回の書き換えで家内はゴールドになる。私も家内も免許を取って20年以上経つが、ゴールドは家内が始めてである。車に乗る頻度が違うと思いつつも、先を越されたと言う思いもある。しかし得意げに喜ぶ家内を見ているとこちらまで嬉しくなってくるから不思議だ。私は書き換えまであと1年2ヶ月・・・ゴールド免許を取れるのであろうか・・・・
2002年05月13日
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子供達は弁当がある為、帰ってくるのは午後遅くなる。GWも終わり、だいぶ観光客も減ったに違いないと以前から家内と「東大寺のすべて展」を見に行く事になっていた。チケットはかなり前に、家内が新聞屋からただ券をもらっててくれた。2人で久々のデート気分で展覧し、ランチでも食べてこようと思っていたのだが、家内が幼稚園や中学校の役員会やお食事会が来週あり、「パーマ屋に行っておこうかな~」と言い出した。家内にふられてしまい、パーマ屋まで送り届けてから、結局1人で見に行く事にした。東大寺界隈には観光客や修学旅行生がまだまだたくさん来ていた。修学旅行生の何人かは、USJの土産袋を持っている。「ここにもUSJ効果が現れているんだな~」と妙なところで感心した。まず、法華堂(三月堂)と特別公開されている国宝 執金剛神立像を拝観。年に1度、12月16日にしか公開されない秘仏である。目を怒らせ、口をかっと開き、うおーと言う唸り声さえ聞こえてきそうな迫力のある像だ。左手の二の腕部分に当時の真っ赤な彩色が残っており、創建当時の様子を垣間見る事が出来た。遠い奈良の都をイメージしながら法華堂の裏に周る。こちらには本尊の国宝 不空羂索観音立像を中心に16体の仏像が取り巻いている。ただし、日光・月光菩薩像は奈良国立博物館に展示中である。いずれも3メートルを超える像で、しかもあ・うんの金剛力士像や四天王像ばかりだからすごい迫力だ。そんな像たちに守られた中心の不空羂索観音立像は、その端正で慈悲深い顔立ちゆえ、我々弱い人間たちを1250年もの間、見守り、救いの手を差し伸べて来たに違いないのだろう。そんな想いを抱かせるのに十分な雰囲気を持っていた。その後、奈良国立博物館に行き、「すべて展」を鑑賞した。スポットライトを浴び、静かにたたずむ日光・月光菩薩も見ることが出来た。聖武天皇直筆の経巻、絵巻、鎮檀具、木簡、面、着物、など国宝や重要文化財ばかり。その数は200点を超えている。2時間近くかけて駆け足で見て周った。歴史の重みを感じずにはいられなかった。こんなにたくさんの国宝の宝物を間近で見られることは滅多にないと思う。ただ、贅沢を言えば、その宝物が本来ある場所でもう1度見てみたいとも思った。帰り、家内と待ち合わせ、ランチをしようと思ったのだが、時間がなく、しかも次女の園バスの迎えの時間が近づいていた。幼稚園に電話して、迎えに行くからバスに乗せないようお願いをする。次女を拾い、3人で遅めのランチになった。次女は弁当を食べたばかりだったので珍しく飲み物だけで良いと言った。家内が私の実家の母に「母の日」のプレゼントとしてカトレアを贈ったと告げた。そのあと「私には誰も贈ってくれないのね」と冗談ともつかない口調でつぶやいた。「まずい・・・」と思った。それを聞いていた次女が「サキちゃんがママの絵を描いてあげるよ!」とフォローしてくれた。「わ~、うれしいわ!楽しみだな~」と家内が言ったので、私はすかさず「じゃあ、俺もママの絵を描こうかな~」家内は受けてくれたが、次女は「だめだよ~指輪かバックでも買ってあげたら?」ととんでもない事を口走った。「ほんとうよね~」気持ちだけではだめなのだろうか・・・だめだろうな~なにせ家内だから・・・
2002年05月09日
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長女のミズキは中2で13歳になる。このGW中は、ほとんど家族と行動を共にしなかった。というより最近はずっとそんな感じである。友達と遊んだり、私達が出かけた後、ひとりでキンキのビデオやCDを聴くのがいいようだ。「今日どこか行くの?」と長女が聞くことがあるが(家内にだが・・・)一緒に行きたいのではなく、ひとりで何かしたいから聞いてくるのだと家内が言っていた。一緒に出かけるのは、外で食事をする時や自分の欲しい物を買ってもらう時、ごくたまに行く場所によっては(USJなど)付いて来ることもある。めっきり長女との会話も少なくなった。話し掛けても「うん」とか「いらない」とかのごく短い返事が返って来るだけである。私に対してだけではなく、家内に対してもそうなので、よく家内に「はっきり言いなさい!」「何を言ってるかさっぱりわからないわ!」と毎日のように怒られている。しかし、それを聞いても何処吹く風である。何か不満でもあるのだろうか・・・8歳年下の次女が生まれるまでは、それこそ親の愛情を一心に受けて育った。ましてその頃は、実家が近かったので祖父母ともしょっちゅう会い、長女にとっては「蝶よ花よ」ともてはやされ、なんとも恵まれた生活だった。それが奈良に転勤し、次女が生まれると、今までのように自分ひとりだけかまってもらえなくなり、成長するとともに、することをしないで叱られる事が多くなった。別に嫌ってるわけではない。2人とも可愛い娘である。出来るだけ分け隔てなく接していこうと家内ともども話をしたことがあるのだが、無愛想な態度に私も家内も時にカチンとくることがある。それでもTVでキンキやスマップを見ているときには楽しそうだし、次女の面倒は良く見てくれる。時々真剣にけんかをすることはあるのだが・・・今日も7月に大阪城ホールで行なわれるキンキのコンサートに行く了解を家内からもらって嬉しそうだった。そんな長女の笑顔をみるとほっとする。子供の成長ぶりをふりかえり、思い出しながら、親も成長しなければいけないのだなと感じた。
2002年05月08日
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GW最終日。今日は家でのんびりしようと思っていたのだが、次女が許してくれなかった。明日から夜勤が始まるので、体調を整える為、夕べは朝方まで起きていたからとにかく眠い。9時を少し回った時間。布団から出て一服をしに、ベランダへ出た。いい天気だった。家にいるのがもったいないと感じ、結局出かけることにした。家内と長女は遊びには行かず、明日から弁当がある為、その食材を買いに、午後から合流するという。また次女と2人で家を出た。「何処へ行きたい?」と聞けば、「滑り台やブランコある公園なら何処でもいい」と次女は言いながら、「でも混んでいる所は嫌だな~」と付け足した。いい天気に誘われて、ドライブがてら天理ダムに行く事にした。以前行った、石上神宮から車で10分くらいのところに天理ダムがある。ダムの周りには、何ヶ所も整備された公園があり、アスレチックや遊具がある。しかしなんと言っても景色が良いし、周りの自然が素晴らしい。生駒山から葛城山にかけて奈良市街が一望できる。うぐいすが鳴き、野鳥がさえずる。緑は豊かでダムの水がきらきら輝いている。こんな近くにこんな良い場所があったことを忘れていた。家内や長女も連れてくればよかったと少し後悔した。訪れている人もそれほど多くはないが、やはりガスコンロや鉄板をもってバーベキューをしているグループが多かった。次女は、景色には目もくれず、あっちこっちに点在している遊具に目を輝かせ遊びに興じていた。散々遊んだ後、家内達に連絡をとって合流し、西大寺の奈良ファミリーで買い物をした。私は疲れたせいか、買物は勘弁してもらい、車で待つ事にしたのだが、気が付けば寝てしまっていた。GWもようやく終わりである。
2002年05月06日
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今日は朝早く起きて潮干狩りに行く予定だった。だが、昨晩、夜更かしをして4時ごろまで起きていたので起きられなかった。次女に起こされ、ようやく9時過ぎに起きた。ちょっとばつが悪い。次女に「早く行こうよ~パパ!」とせかされる。家内や次女は、すでに行く準備を整え、後は私の出番を待っていた。そそくさと食事を済ませ、着替えをしてどうにか10時に出発することが出来たのだが、この時間からでは三重や和歌山に行くのはちょっと厳しい。行き先を大阪の貝塚にある二色浜にした。車の流れは順調で、阪神高速も料金所以外は思いのほかスムーズに流れていた。高速を降りて国道26号線を南に向かう。しばらくして岸和田を抜けた辺りから混みだして来た。二色の浜公園の駐車場ではなく、浜のすぐ前にある大型ショッピングモール(コスタモール)の駐車場の方が広く大きいので初めからそこに入れるつもりだったのだが、これが失敗だった。数キロ手前から列が出来ていて、ほとんど動かなくなった。トイレに行きたくなった次女と機嫌が悪くなりつつある家内をモールの入り口で降ろし、先に浜に行ってもらった。前後の車でも同じ様にしている。結局車を止めるのに1時間かかってしまった。まあ、久しぶりに連休の渋滞を味わうのも一興かと気持ちを切り替えることにした。家内と携帯で連絡を取り合い合流する。浜には人があふれており、波打ち際で波と遊ぶ親子、キャッチボールやサッカーをする若者、じゃれついているカップルなど様々だったが、特に目に付いたのが、イスやテーブル付きのバーベキューセットでビールを飲みながら焼き物をしているグループである。本当に多くのグループが鍋や鉄板を囲んで飲み食いしていて、いい匂いがあっちこっちから漂ってきた。潮干狩りをする場所は仕切られており、その限られた仕切りの中でたくさんの人が芋洗いをするように貝を拾っていた。それを見て家内ともどもやる気を無くし、今回は潮干狩りをやめて、浜であそぶことにした。次女は始め波打ち際で貝殻拾いに夢中になっていたのだが、すぐに飽きてしまい、裏にある遊戯広場で遊びたいと言い出した。滑り台、シーソー、ブランコなどそれから1時間以上、付き合わされた。「これならわざわざここまで来なくても奈良で十分遊べたね」と家内と苦笑いになった。その後モールでウィンドショッピングをし、まぐろ亭で寿司と洋食のバイキングを腹いっぱい詰め込んでから奈良に帰った。高速の渋滞表示が出ていたので下道で帰ったのだが予想以上に空いていて気が抜けてしまった。8時ちょっと前に家に着いた。家内と次女を降ろし、昨日見れなかった薬師寺の万灯篭を見に行った。行事はすべて終了したらしく後片付けをしていたが、灯篭はまだ点いていて幻想的な気分を少し味わう事が出来た。とりあえずほっとした。
2002年05月05日
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生駒山麓公園アルバム今日は今ひとつ天気が悪かった。家内も仕事が1件残っていて、それを片付けたいと言い出した。次女は「今日も遊びに行こう!」と張り切っている。結局、近くの公園に行く事になった。奈良公園はもう散々行ったので、他の公園にした。お金がかからない公園が奈良、特に山に沿った場所に多い。ほしだ園地、緑地公園、大和民俗公園、くろんどの森、山沿いではないが竹取公園に馬見公園、九条公園、けいはんな記念公園、大渕池公園等々行き先は豊富だ。今日は久しぶりに生駒山麓公園に出かけた。奈良と大阪の間に生駒山がどーんと鎮座している。その山頂には近鉄の生駒遊園地があるのだが、なにせお金がかかる。年に何回も行けない。そんな時は、山麓にある生駒山麓公園に出かける。次女にはまだだましが効くのである。今日は人が多かった。近場で済まそうとしている人はやはりいるものである。次女はたくさんある遊具やケーブルカーに乗り、夢中になって遊んでいた。子供の日が近いせいか、広いグランドには、たくさんの鯉のぼりが長いワイヤーで吊るされていた。風がなかったので、みんな垂れ下がっていたが・・・ここの公園には、レストランや売店のみならず、お風呂や宿泊施設、プールまで付属している。もちろん児童遊園や小川を模したせせらぎ、フィールドアスレチックもあり、テニスコートやキャンプ場まであるからいたれりつくせりである。ただ、弁当持参で芝生でくつろぎながらが遊ぶのが1番良いと思う。夕方、家内を乗せて、薬師寺に行った。今日、明日と万灯篭が行なわれる予定だった。昨日パピアールさんのメッセージで思い出した。18時からだったので17時半ぐらいに家を出たのだが、小雨が降り出して来た。薬師寺に着いてからもいっこうに止む様子が無い。境内にいっぱいに置かれた献灯のろうそくも今日は点火されなかったようである。玄奘三蔵院の八角堂(玄奘塔)では、中国やモンゴルのシルクロードにちなんだ演奏が胡弓や琵琶を使って奏でられていた。そのあと見たかった伎楽が演じられることになっていたのだが、次女がつまらないらしく駄々をこねだした。みかねた家内が、次女を連れて車で待つと言い出した。私は、心の中で「えーこれからなのに~」という気持ちでいっぱいだったのだが、顔には出さず、そこで帰ることにした。私のわがままを通す事も出来たのだが、後のことを考えるとこれが一番最良の方法だと思った。1日家内は仕事もして疲れていたし、雨も降っていた。多少残念だという気持ちが出ていたかもしれないが、「明日またくればいいや」と気持ちをぱっと切り替えて残念な気持ちを態度に出さないよう心がけた。家庭内平和が何よりである(汗)
2002年05月04日
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伊賀上野アルバム昨晩から行き先を家内と考えていた。潮干狩り、遊園地、神戸、大阪、京都、琵琶湖いろいろ案が出たが、家内と折り合いがつかず、決まらないまま朝を向かえてしまった。長女は学校の友達と映画を観に行く事になっていて一緒に行かない。次女は遊具のあるところがいいと言う。以前から家内が行きたがっていた忍者屋敷でようやく話がついた。奈良から車で1時間半の距離である。近からず、遠からず、ちょうどいいかもしれない。車の流れもスムーズだった。名阪国道の大内インターにあるドライブインで一休み。観光バスや帰省途中の車で混雑していた。ちょっと旅行気分を味わう。そこから伊賀上野は5分もかからない。上野公園にある駐車場に車を止め、公園に向かう。ちょうど骨董品や古本の市が開かれていてにぎやかだった。上野城、忍者屋敷、松尾芭蕉の記念館や生家をめぐる。伊賀上野は忍者のふるさとであり、また松尾芭蕉のふるさとでもある。「古里や臍のをに泣としのくれ」の句にあるように芭蕉はことあるごとにふるさとである伊賀上野に帰ってきたらしい。芭蕉は旅の途中、大阪で51歳の時に亡くなるのだが、その時に「旅に病み夢は枯れ野を駆けめぐる」の有名な句を詠んだ。その頭の中には全国を旅した思い出とともに、生まれ育ったこの伊賀上野の景色を思い浮かべたに違いないだろう。そんな気持ちで上野の町を眺めてみるのは面白かった。忍者屋敷については、まあ、「こんなものかなあ~」忍者ショーは日光江戸村や伊勢戦国時代村で見たようなショーで新鮮さがあまり感じられなかった。ただ次女だけが買ってあげたおもちゃの手裏剣をいたく気に入って喜んでいた。帰りは、名阪国道の五ケ谷から天理までの10キロにおよぶ下り車線で事故があったらしく、(事故の名所で毎日のように事故が起きている)少し渋滞に巻き込まれたのだが、それほど長い渋滞ではなく、夕方には家に着くことが出来た。とりあえずやれやれである。
2002年05月03日
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幼稚園が午前中で終わり、園バスで帰ってくる次女を久しぶりに迎えに行った。幼稚園も週休2日になって土曜日の迎えに来ていたお父さん達も迎えに来れなくなった。交替制の仕事をしている私でさえなかなか迎えに行けない。今日は、私の知っているお父さんが1人迎えに出ていた。バスが来るまで世間話をして過ごした。幼稚園を終え、楽しげに帰ってくる子供たちを迎えるのは楽しいものである。お昼を食べてから次女を連れ、遊びに出かけた。「家のことをする」と言って家内は家に残った。次女の手には「おジャ魔女どれみ」の水筒と残り物のパン。必然的に行き先は奈良公園になる。大仏殿の裏に車を止め、2人で南大門方面に歩いていると、何処からか雅楽の演奏の音が聞こえてきた。大仏殿の前にある鏡池に舞台が造られ、そこで舞楽が演じられていた。大仏殿の入り口を見ると、「聖武天皇祭」と書かれた看板があった。東大寺の建立に並々ならぬ力を注いだ聖武天皇が天平勝宝8年(756)5月2日に56歳で崩御され、その御忌法要が行なわれていた。大仏殿の中でたくさんのお坊さんによる読経がこだまして、独特の雰囲気をかもしだしていた。そのあと参列していたお坊さん達は南大門近くの天皇殿で法要があり、そこまで行列を作って歩いて行ったのだが、付き人が赤い傘をさし、高僧は籠に載って移動していた。なかなか見ごたえのある場面だった。その後は、次女といつものように鹿や魚、鳩やスズメに持ってきたパンをあげて過ごした。次女は、まだまだ飽きないようである。私にとっても楽しいひとときなので、いつまでも続いて欲しいと思う。帰りに家内に電話をし、家内を家で拾い、予約してあった次女の5歳を祝うケーキと買い物をしに出かけた。「かなり手抜きになった」と言いながらも家内は次女の為に腕を振るい、美味しそうな料理が出来た。長女も交えて簡単に次女の5歳のお祝いをした。ケーキは本人の希望で「ハム太郎」となり5本のローソクを何度も付けては消すのを繰り返していた。最近は5歳になったことを本人が1番意識しているようで、何かにつけて5歳を強調する。トイレでうんちが出来るようになったのもここ1週間のことである。家内が何度も口を酸っぱくして「おむつでしないでトイレでしなさい!」と言い、泣きべそをかいていたのがついこの前のことだったのだが、今は自信がついたのかひとりで勝手にトイレに入り、うんちをしてくるのである。それがうれしいらしく私や家内を呼んで「ほら、うんちひとりで出来たよ!うんち見に来て!」と叫ぶのである。最初は、私も家内もおおいに誉めていた。今でも極力誉めてはいるが、いちいちうんちを見に行くのにはちょっと辛いものがある。押入れには使わなくなったおむつの残りがあり、それを見ると次女の成長を素直に喜ぶ気持ちと寂しい気持ちが入り混じり、ちょっと複雑な気持ちになった。それを家内に言ったら、「とんでもない!おむつが取れてせいせいした!」とのこと。現場の声にはかなわないと思った。
2002年05月02日
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