2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全26件 (26件中 1-26件目)
1
朝、4時ごろ起きた。リビングのテーブルには家内の仕事の資料がちらかったままである。夕べは次女を寝かせるので9時に床に入り、そのまま寝てしまった。よくあることである。しばらくPCに向かい、日記を書いたり、書き込みをしたり、写真の編集などして過ごした。7時に次女が起きてきた。「お腹すいた?」と聞けば、「うん」と答える。「何食べたい?」「う~ん、ホットケーキ!」ホットケーキを作った。コーヒーを入れ、私もホットケーキを食べた。次女はチョコのホイップクリームを付けて食べるのが好きである。残さず食べてくれたのが嬉しい。続いて長女が起きてきて、最後に家内が起きてきた。聞けば夕べは3時過ぎまで仕事をしていたらしい。頭が下がる。外は暗く、冷たい雨が降っていた。しばらく4人でコタツに入ってのほほんとした時間を過ごした。こんな時間が好きである。言い換えればダラダラとした時間。「なんか美味しいもの食べたいね~」「夕飯、何にする?」「鍋にしようか?」「鴨?ちゃんこ?普通の?」「う~ん、すき焼きも捨てがたいが、ちゃんこにしようか!」「材料、買ってこなくちゃ・・・」結局私が買い物に行くことになった。材料のリストを出している途中で家内が、「鍋するにも結構かかるから、今日は何処かに食べに行こうか?」誰も文句など言うはずがなかった。子供たちの意見を聞いて、回転寿司に行くことになった。私は次女を連れ、図書館に行き、その間に家内は仕事、長女は宿題を済ませることに。こうして夕方、みんなで回転寿司に行ったのだが、5時を少し過ぎた時間だったのにもかかわらず、店は混んでいて、20分ほど待たされた。うに、いくら、まぐろ、えび、たこ、はまち、ほたて、回転が早いのかネタは新鮮だった。次女は寿司もそこそこにケーキが食べたくてしょうがない様子。「お寿司を食べてからでないとダメ!」と家内に釘を刺され、いくつか食べていたが、最後はケーキを2個も食べて満足したようである。しかし、そんな次女を見ながら、寿司と言えば、回転すし、そしてケーキを思い出す子になるような気がして、少し悲しかった。
2002年01月26日
コメント(7)
夜勤明け。今日で夜勤も終了し、来週から日勤になる。そして今日は給料日だ。しかし給料が入ったという実感はない。給料明細の数字の羅列を見るだけである。今月は去年の所得に対する源泉徴収票も貰った。わずかだが増えていた。少し胸をなでおろす。家に帰ったら、家内が医療機関相手の会計事務の内職をしていた。次女はハム太郎のビデオをおとなしく見ている。今日も幼稚園を休んだので今週はまるまる休んだことになる。まあ、しょうがない。来週から元気に行けそうである。食事の後、家内の仕事を少し手伝った。個人経営の医療機関相手の会計コンサルタント業をする会社から委託されて病院や診療所の会計データを毎月仕分け、整理する仕事である。明細書をみて時々むなしくなることがある。月に何度も接待ゴルフや飲み会に行き、高級車を買い、報酬も高額。子会社を作り、税金対策をこのコンサルタント会社に委託しているのであろう。医療の仕事が大変なのはよくわかっているつもりだが、ここだけしかみていないので、ちょっとうらやましい。その仕事をしてもらえる給料は、ほんのスズメの涙である。住宅ローン、車のローン、子供たちの教育費、もちろん生活費もますますかさんでいく。給料が少し増えたとしても焼け石に水状態である。働けど働けど我が暮らし楽にならず・・・・高望みをしなければ十分やっていけるはずなのだが、まわりを見渡せば、容赦なくいろんな情報が襲ってくる。TV、雑誌、新聞を開けば、マンションや一戸建て住宅のチラシ、新製品や新車を載せた電気製品や車のチラシが新聞本体よりも厚い。そんなチラシを羨望のまなざしで眺めつつ、私や家内は、スーパーのチラシを見て、何処の店で特売しているか、1円でも安い物が売っていないか探している。矛盾を感じながらも、ここは我慢のしどころだと思う、今日この頃である。
2002年01月25日
コメント(3)
次女は今日も幼稚園を休んだ。家内もとうとう風邪をひいてしまったようだ。7時前になっても起きてこない家内を横目に、長女の弁当を作ってみた。と言ってもご飯はタイマーで昨晩家内がセットしてあったし、おかずは蒲焼地鳥と冷凍食品ばかりだったのだが。しばらくして家内が起きてきた。私の作った弁当にさっそくいちゃもんを付け始めた。「ごはんは目一杯いれてはダメよ!」「熱い物を入れてすぐにふたをしてはダメ!」結局、家内が別のうつわで作ることになった。私は、起きてきた次女と一緒に今作った弁当を食べた。ほろ苦い弁当作りデビューとなったが、結構楽しかった。たまにやるから楽しいのであって、毎日作らなければならない家内にとっては頭痛の種なのだろう。その分、私はお気楽である。朝、長女を駅まで送っていき、今晩から夜勤がある為午後の早い時間まで私が次女の相手をし、その間家内に少し休んでもらうことにした。ほとんど風邪が治りかけている次女は、パワー全開である。トランプ、カルタ、お絵かき、ハム太郎のゲーム、アンパンマンのすごろく、人形遊び、とことん付き合わされた。同じことを何度も繰り返す。なにが面白いのだろうか、2人でババ抜きを何回もさせられた。ババには印がついていて、ちょっとみればわかる。だからやりやすい。私が勝つことは決してない。長女や家内とやると手加減しないようなので、次女が負けることもあるらしく、それが面白くないようだ。午後、少し休んでいた家内が起きてきたので、私は夜勤に備えて寝ることにした。
2002年01月24日
コメント(5)
ここのところ同じような毎日が続いている。夜中に起きだして、そのまま朝を迎え、家内が長女の弁当を作るのを横目で見ながら、TVの占いを見る。しし座はまあまあだった。悪い占いは信じない。燃えないゴミを持って長女を駅まで送りに行く。帰って来る間もなく、次女と家内を乗っけて診療所に行く。あまり次女の具合が良くない。朝1番で行ったのだが、とても混んでいた。風邪やインフルエンザが流行り始めたようだ。2人を降ろして駐車場で待った。診断の結果は、やはり風邪。抗生物質の薬と飲み薬を貰って帰った。隣のTSUTAYAでハム太郎のビデオを借りたので急に元気になったようだ。午後から買い物を頼まれた。ついでに東大寺まで足を延ばす。小雪が舞い散る今日の東大寺にも、観光客が結構いた。二月堂から奈良の町を眺める。ふと寺の軒に目をやると鬼瓦が目に入った。すごい形相で奈良の町を睨み付けている。他の寺の屋根も見回してみた。人相が違うが、それぞれ凄みを利かせた鬼瓦達が下界を見下ろしている。ビデオで撮りまくった。同じ建物でも向きによって付いている鬼瓦が違う建物もあった。何か由来やしきたりでもきっとあるのだろう。家に帰ってからネットで調べて見た。やはりあった。なかなか面白くて興味深いサイトだった。しかし、あまり好きなことはしていられなかった。家内の顔が鬼瓦になる前に家のことをすることにした。
2002年01月23日
コメント(3)
朝、長女を駅まで送って行った。帰りに近くのパン屋で出来たてのパンを買って帰る。朝から美味しいパンとコーヒーが飲めるのが嬉しい。次女は今日も休ませることになった。昨日家内が彼女のネットワークを駆使して得た情報では、次女のクラスで7人が休んでいるらしい。まだ咳が続き、本調子ではない。しかし、パワーが余っているのか余裕が出てきたのか、次女はおもちゃを次々と出してきて私や家内、あるいは1人で遊んでいた。私は図書館に行く予定があったので、看病と仕事でほとんど休んでいない家内を休ませようと思い、次女を連れて行こうか迷ったのだが、次女が外に出られるのが嬉しいのか、即座に「行く!」と言ったので連れて行った。しかし、車に乗ってしばらくはいつもと変わらなかった。図書館に着いて、本を探しているうちに具合が悪くなったようで、おとなしくなってしまった。すぐに切り上げて家に帰ったのだが、夕方からまた熱が上がってしまった。咳もひどくなり、心配になったので診療所に電話した。インフルエンザは峠を越したが、身体が弱っているところで新たに風邪を引いてしまったのではないかということだった。インフルエンザと風邪の薬は違うらしく、今晩、一晩我慢して、治らないようなら、訪ねて来なさいということを告げられた。甘かった。もう大丈夫だろうと勝手な判断をしてしまった。それを言うと家内は、「私も夕べお風呂に入れてしまったから・・・」お互いに相手を責めるのではなく、自分のとった行動を悔い、反省した。そして次女に「悪いことをした」とすまない気持ちになった。彼女は夜中にまた苦しまなければならないのだから・・・・
2002年01月22日
コメント(3)
夜勤明け。今日は何とか出社した。同僚に昨日、無理を言って休んだことを詫びた。職場や休憩室で会う人、会う人に「あれ?今日は初日?」「昨日は夜中に何処で遊んでたん?」などとからかわれた。そう言ってくれる分、どこかほっとする。体調は殊のほか良く、なにせ1日しかないのだから気が楽だった。本当にみんな、申し訳ない!家に帰ったら次女の様子もだいぶ良くなっていた。幼稚園は今日も休ませたようだが、これは仕方があるまい。まだ本調子ではないようで、鼻水をすすり、咳を盛んにしていた。私の顔の目の前で何度も咳やくしゃみをした。「もらったな・・・」私は密かにそう思った。しかし、家に帰ってきたら、さすがに夜勤の疲れか、すぐに眠くなり、布団に入った。起きたら8時を回っていた。夜食の時間だったのだが、食卓には家内の医療事務の内職仕事が散乱していた。家内は次女と風呂に入っているところで、長女が1人でTVを見ていた。家内が風呂から出てきた。「レンジにグラタンが入っているから食べてね!私は咲季を早く寝かせて、明日の朝までに仕事を片付けないといけないのよ!」と少し不機嫌な様子。「わかったよ」長女がTVを見ている横で、おとなしく1人でグラタンを食べた。「人にやさしく」と「SMAP×SMAP」を何気なく見ていた。家内は次女を寝かしつけ、早速テーブルで仕事を始めた。時折、次女が鼻がつまって寝苦しいのか、うなされる。私があやしに行くが、治まらない。こういう時の母親の力には絶対勝てない。家内が行くとすぐに泣き止むから不思議だ。家内は大変だと思う。私は交替制なので時間が来れば次ぎの班に引き継いで仕事は終わる。しかし家内は24時間体制なのだ。育児にしても普段の生活にしても、家内に背負う部分は大きい。私も出来うる限り協力してお互いを助けあうつもりでいるのだが、まだまだ不十分で、あまり助けになっていないようだ。医療事務の仕事の最後は帳票を元にPC入力し、それをフロッピーに落とす作業なのだが、それを手伝った。しかし終わったのが2時をまわっていた。家内は朝、長女の弁当を作らなくてはならないと言う。本当に主婦は大変な仕事だと思う。そろそろ私も弁当作りの勉強をしようかと本気で考えはじめている。カウンターが1になってしまった。なぜだろう?また1から始めろと言う事か・・・いや、動かないから始まらない・・・謎である。
2002年01月21日
コメント(3)
朝まで起きていて、次女の看病をした。トイレ、飲み物、着替えなど結構やることが多かった。熱でうなされるのか、さかんにうわごとを言う。目を開けて天井を見つめて、わけのわからないことを口走った時には、さすがにあせった。家内も横で寝ていたが、うんうんうなる次女が横にいるので心配で熟睡が出来なかったようだ。そんな家内と朝になって交代し、私は布団に入った。今日は夕方になって起きた。インフルエンザにかかった娘もどうやら峠をこしたようである。家内に「なんかいい夢でも見てたの?大きな声で笑っていたわよ!」と言われた。横にいた子供達も聞いていたのか、にやにやしていた。これといって思い当たることがない。しかし、夢の中で笑うことが出来るのは幸せなことかもしれない。いったいどんな夢を見たのだろう・・・これから夜勤。ちょっと身体と頭が思い。現実の世界が待っている。
2002年01月20日
コメント(3)
昨晩から夜勤に備えて一晩中起きていた。6時半になって家内が起きてきた。今日は土曜日なので弁当作りがないのだが、日頃から身に付いた習慣なのであろう。「おはよう!」の挨拶を交わす。「ずっと起きてたんだ?」家内の言葉に特別な含みはないようだ。「うん」と答える。「今日、新聞の日なんだ」この後には「古新聞出しておいてね」と言う言葉が含まれる。「たくさんあるの?」「うん、1回で持ちきれないように縛っておいたわ!」「・・・・・・・」玄関を見たら、割と少ない冊数ごとに縛られた古本や古新聞が5,6束あった。「一緒に行こうか?」家内はちょっとその質問に面食らっていたが、「今日は遠慮しておく・・・」私は絶対1度で持っていってやると心に誓った。それが過ちだったことにすぐ気付いた。エントランスのところまできたら、縛りが緩かったせいなのか、ひとつの束の紐がとれ、大きな音をたてて本が床に落ちた。しかもその場面を何人かの人に目撃された。心の中で舌打ちしながらも、表面上は「いやあまいったなあ」風の笑顔で取り繕う。1日の出だしとしては碌な出だしではなかった。まあ、これから夜勤の時間まで寝るのだから関係ないかと自分を無理に納得させて部屋に帰った。これも間違いだった。次女が起きてきたのだが、どうも熱っぽく具合が悪そうだったので、家内が熱を計らせた。38、5分あった。すぐに幼稚園を休ませることにした。しばらく様子を見ていたが、熱は下がる気配もなく、昼前には40度を越えてしまい、頭が痛いと泣き出した。私と家内は少し慌てたが、かかりつけの診療所に行くことにした。間違いなく、インフルエンザにかかったと言われた。この診療所では、診断時に検知キットを使う。去年の11月に次女が溶連菌に感染した時も、喉の粘膜を綿棒で採取してそれを、検知キットを使い、リトマス紙のような試験紙で溶連菌と判明し、的確な診断と薬を貰ったのだ。今回も鼻の粘膜からインフルエンザと断定された。残念ながらA型かB型かはわからなかったが、体重に応じた解熱剤と薬を貰った。もらった薬の名前と効能、用法を書いた写真入の紙も貰う。医療機関選びを間違うと痛い目に遇う。取り返しのつかないことも現実に起こっている。特に転勤などで新しい土地に行くような場合には、まず近くに病院があるか、また評判がいいか悪いかを知ることは生死に関わる重大な関心事項になっている。薬を飲み、熱が下がらなかったので解熱剤を飲ませた。解熱剤を使用すると熱のぶり返しや脳炎や脳しょうの因果関係も話題になっていたので、ちょっと心配もあったが、家内が医師にしっかり聞いていたから安心して飲ませた。それから次女は少し落ち着いて寝てしまったので、私も寝ることにした。起きたら、もうすぐ夜勤に出かける時間だったが、次女の具合は変わらず、ぐったりしていた。しばらくして、うわごとを言ったり、突然怖い!と言って泣き出した。夢をみているのだろうか、目がうつろである。ちょっと心配だった。家内も看病疲れなのかウイルスをもらったのか具合が悪くなってきたようだ。私は迷った。今晩がヤマである。職場で私は立場上、よく電話を取るのだが、同じ班のメンバーから欠席の電話も取る。「風邪をひいたので休みます」「家内が熱を出したので休みます」私は「お大事に!」と言いながらも心の片隅で「風邪ぐらいで・・・」と言う気持ちがあった。逆の立場になって初めてわかるものがある。他人に厳しく、自分に甘い典型だなと思いながら、結局私は上司に電話をかけ、今日休ませてもらうことの了承をとった。今晩は家で交替制の仕事をすることとなった。いまもちょこちょこうなされていて、私のすることは意外に多い。
2002年01月19日
コメント(5)
本当なら今晩から夜勤3連チャンなのだが、今日は所定の調整休日のため休みだった。どっちにしろ夜勤に備えて昨晩は朝方まで起きていたので、起きたのは10時をまわっていた。誰もいなかった。子供たちはそれぞれ中学校や幼稚園に行き、幼稚園の役員をやっている家内も、今日は奈良県にある幼稚園の研修大会とかで朝早くから出かけたらしい。ベランダに出て目覚めの一服タイム。天気が悪く、しかも寒かった。途端に何処かへ出かける意欲をなくしてしまう。顔を洗い、コーヒーを炒れ、パンを2枚焼いて食べた。昨日と同じように、TVを付け、ニュースやワイドショーを見る。また新たな事件や事故が起きたらしい。「北の家族」も倒産・・・本当に毎日次から次へといろいろなことが起こる。1週間前に起こったことなど覚えている暇がないほどだ。食器を片付け、洗い、布団をたたむ。家内の布団には時々ソックスが入っていることがある。今日はなかった。私は家にいる時は靴下を履いていることはない。家内は冬になるといつでもソックスを履き、布団に入って足が暖まるまで履いたままだ。これも昔からだが、そんなお互いの習慣の違いにも慣れた。いや、それはわたしだけである。私には、寝相が悪く、夜中に布団を丸めて足元の方に押しやった挙句、寒くなって家内や子供の布団を無意識のうちに剥ぎ取るという、鬼のような習慣がどうやらあるらしく、家内はそれを身を持って経験しているうちに、私の布団との間の距離を徐々に広げている。最初は「川」だったのだが、今は「1 り」の時が多い。もちろん夜勤の時は昼間に1人で寝るのだが・・・身体を少し動かしたら、出かけたくなった。思い立ったら何とやら、すぐさま行動を起こした。すぐにそれが間違いだったと気付く。やはり外は寒かった。大阪に聖徳太子展でも行こうかなんて考えたが、車で行ったら、駐車場代が馬鹿みたいにかかる。かといって電車で行くには駅まで歩くのが億劫だ。とりあえずドライブするかということで車を出した。信号待ちしていたら面白い家を見つけた。1階部分は柵ぎりぎりまで建物が建てられているのだが、2階部分がその柵を越えて大きく張り出しているのだ。土地の有効活用なのか、それとも空中ならOKということか、でも地震が来たら2階部分は落ちないのだろうか、などと考えさせられてしまった。こんな「おや?あれ?」っていうものを探してみるのも面白いと思った。結局、それから3時間近く奈良をさまよったが、それほど見つけることは出来なかった。夕方、家に帰ったら、すでにみんな帰って来ていた。次女だけが玄関まで迎えに来てくれた。いつものことである。いや、来ない時もある。寝ている時とコタツに隠れている時だ。最近隠れるのが面白いらしく、誰かがちょっとトイレや他の部屋に行ったりすると、すぐ隠れる。ばればれだが、私も家内も次女の芝居に付き合う。出てくると大げさに驚く振りをする。無邪気なものである。台所にいた家内は少し、不満顔。「好きなことが出来ていいわね~」と口に出しては言わないが体全体からその念波を発している。ご機嫌取りに時間がかかりそうだ。私は思わずコタツに隠れようかと思った。「おや?」写真集もアップしました。どうぞご覧あれ!
2002年01月18日
コメント(5)
今日は次女の幼稚園でもちつき大会が行なわれた。役員をやっている家内も手伝いがあるので、朝から幼稚園に行った。私は、その間久々の1人の時間を楽しむことが出来た。布団を片付け、食器を洗い、簡単に掃除を済ませ、後は1人の時間。TVをボケ~と見、それからPCに向かっていたら、あっという間に終了。にぎやかな嬌声とともに家内と次女が帰ってきた。もちつき大会はとても楽しかったらしい。次女がどんなおもちをついて、どんなおもちを食べたか、嬉しそうに語りかけてくる。「そんなに食べたんだあ!すっごいなあ~!」大げさに反応すると、それがまた嬉しいようだ。今日は7年前に阪神淡路大震災が発生した日である。各地で多くの犠牲者を弔い、犠牲者を偲ぶ催しが行なわれたことをニュースが伝えていた。この犠牲をムダにしないよう生き残った私達がこの教訓を生かし、次に起こるだろう地震や天災に対して同じ過ちを起こさない為の対策と防災意識を高め、維持継続させていかねばならない。この7年の間に、私を取り巻く環境も大きく変化した。7年前は水戸にいたのだが、震災のあったちょうどその日に奈良への転勤が決まった。そんな関西に行く私を心配してくれた父もそれから3年後に癌でこの世を去った。母は東京の実家で1人暮らしとなり、北海道に憧れ、北海道の銀行に就職した弟一家もその銀行の倒産で路頭に迷うこととなる。わが家には次女が生まれ、弟のところにも2人目が生まれた。地震や天災に限らず、人が生きていく上には、良いことばかりではない。いろいろな困難や障害が付きまとう。何処で何が起きるかまったくわからない。難しいことだが、いつ何処で何が起きようとも、それに対応出来るだけの心構えが必要だと思った。嬉しそうにもちつき大会の話をする次女の話を聞きながらそう考えた。
2002年01月17日
コメント(5)
夜勤2日目明け。今日はちょっとハードな1日だった。お昼過ぎに家に帰り、私にとっては夜勤明けなので、夜食の感覚なのだが、時間的には朝食兼昼食という変な食事をとった。すぐに眠くなり、布団にバタンキュー(ふる~い)。夕方になって目覚めた。というより夕食の時間で、次女が起こしてくれたのだ。家族揃ってのゆうげ。ごく当たり前のことだが、この年になると、こうした当たり前のことを出来ることがありがたいと思えてくるから不思議である。夜、「漂流教室」なるドラマを見た。家内が先週から見ているドラマだ。タイトルを聞いて、小さい頃読んだ、楳図かずおの漫画を思い出してしまったのだが、家内に先週の内容を聞いたら、おおまかな設定はどうやら同じらしい。漫画の方は、結構残酷で人を殺したり、変な怪獣だか、昆虫だかに殺されたりする場面がやたら多く、あまりいい印象ではなかった。ドラマを見たのだが、内容は漫画とはかなり違っているようだった。非日常的、非現実的な世界での人間模様を今、若手で1番旬の出演者達が今後どう展開していくか、ちょっと楽しみになった。家内には、なぜ、タイムスリップしなければならないのか、解せないらしく、しきりに「なぜ?なぜ?おかしい!」を繰り返していた。 私は家内に「それはね、あなたが大人だからだよ」と言って笑ったが、そういう自分も頭の中で同じことを考えていた。どうしても理屈や論理で物事を判断してしまう。子供の頃には、疑問に思うことがあったにせよ、もっとたくさんのことを理屈抜きで受け止め、吸収していたに違いない。それが大人と言われればそれまでだが、そんな忘れかけていた純粋な感性も大事にしていきたいと思った。
2002年01月16日
コメント(1)
夜勤初日明け。どしても日勤から夜勤に変わるこの時期が一番身体にこたえる。昨日は十分睡眠をとったはずなのだが、朝方がきつい。今日は1月15日。街は平日で普段通りなのだが、どうしても成人式の日というイメージが消えない。家に帰ったら子供たちがいなかった。幼稚園や学校に行っているからなのだが、改めて平日だ言うことを実感した。今夜の夜勤に備えて子供たちが帰って来る前に寝ることにした。
2002年01月15日
コメント(1)

今晩からの夜勤に備えて昨晩はずーっと起きていた。若草山の山焼きの写真をアップする作業をしていたら時間があっという間に過ぎてしまった。朝、みんなが起きだす前に布団に入った。夕方起きたら、ちょうど家内が次女の髪を切っているところだった。ハム太郎のビデオを見ながらなので、次女もおとなしくしている。ごくありふれた場面なのだが、なんか少しほのぼのとした気分になった。
2002年01月14日
コメント(0)
今日もみんな休み。今日は若草山で山焼きが行なわれる日である。去年は、奈良公園の飛火野園地から山焼きを見た。山の下のほうから上に、段々と燃え広がっていく様子を見ることが出来た。ただ、ポスターなどに見られるような山全体が燃え盛るようなイメージがあったのだが、それとは違って、下のほうから線状に徐々に燃え広がって行く感じだったため、ちょっと期待を裏切られた感じがした。今年は、若草山麓で行なわれる行事を見ようと早めに出かけた。大仏殿裏に車を止め、そこから若草山麓まで歩いた。鹿に餌をあげたり、二月堂近辺をのんびり散策したりしながら若草山麓にたどりついた。粥のふるまいがちょうど終わったところで、粥をもらえなかった家内はえらく悔しがった。点火まで2時間半以上ある。麓にあるお店や露店を覗きながら時間を潰した。ステージでは太鼓が始まっていた。待っている間、子供たちや家内は次から次へといろいろな物を飲み食いした。ベビーカステラ、たこやき、ジュース、唐揚げ。食べているだけで時間を潰した感じである。実際の点火と消火はたくさんの消防団員が分散してするのだが、古来からの儀式が始まる前に団員を集めて注意事項を説明していた。なかなか規律正しく統制が取れていると思った。ただ、説明者がうれしそうに「今日は天候に恵まれ、良く燃えると思います」と言ったくだりに、周りにいた一般の見物者が受けていた。その消防団員達が先に道具を持って、山に入っていった。山焼きの歴史は、奈良にしては、それほど古くはなく、今から240年前の江戸時代に東大寺、興福寺、春日大社の領地争いがあり、それを奉行所が仲裁したことが始まりだと言われている。詳しい説明は「若草山 山焼き」のページに山焼き情報として載せようと思う。10名の奈良法師が水谷橋から火の付いたたいまつを山麓にある野上神社まで持ってきた。そこでの儀式を執り行っている最中に山頂から花火が上がった。たった200発だったが、真上で上がる花火はとても迫力があり、次女は大喜びだった。野上神社から春日大社、興福寺、東大寺の代表者がそれぞれたいまつをもって点火場にやってきた。私たちはそのすぐ前にいたのだが、点火された火は瞬く間に大きな炎となって、その迫力に度肝を抜かれた。そこで合図のラッパが鳴り、あっちこっちで山に点火が始まった。凄い勢いだった。火や炎がまるで生きているかのようにどんどん広がって行く。目の前で繰り広げられるパノラマショーに圧倒された。たくさんの火の粉が飛んできた。しかし避ける人は少ない。誰もが火の粉を被れば縁起が良いと思っているようだ。3月にはお水取りがお行なわれる場所だからなのか、さもありなん。遠くから全体を眺めるのもいいが、炎を間近で見る迫力ある山焼きの方が絶対に良いと思った。
2002年01月13日
コメント(2)
今日は天気が良かった。こんな日は外に出かけなければもったいないのだが、できるだけ近場でお金がかからないところにしようと言うことになり、まだ1度も行ったことがなかった石切神社へ行くことになった。家内が同じマンションのユウちゃんのママから仕入れた情報で、面白い所だからとオススメされたらしい。なんでも占いに関するお店がたくさんあるらしく、それが決め手になった。謎である。長女も誘ったのだが、新しく発売されたキンキのビデオを一人で楽しみたいということで家に残り、結局家内と次女と3人で出かけた。家から生駒山を越えてちょうど反対側の辺りなので、20分くらいで着いてしまった。しかし、駐車場が混んでいてなかなか入れなかった。手前の高速の下にある立体駐車場に入れて歩くことにした。すごい人出だった。正月も10日以上過ぎ、空いていると思ったのが間違いだった。露店や古くからのお店も多く、そこを覗く人達でかなり賑わっていた。石切神社についてさらにびっくりした。本殿の前の石畳のところにある2ヶ所の石の周りを本当に多くの人がすごい勢いで周っているのである。お百度を踏んでいるのだ。こんなにたくさんの人が一心不乱に黙々と石の周りを回る姿を私はいまだかつて見たことがない。すごいパワーを感じてしまった。境内のいたるところに祠や社があり、そこにも行列をなしてお参りする人々もいる。あっけにとられながら家内や次女とお参りを済ませ、山の上の方の参道を散策することに・・・またびっくりさせられた。得体の知れない漢方薬を売る古めかしい店、たくさんある占いの館、太鼓を叩いて厄払いする天狗堂なる場所、もちろん普通のお土産屋や食堂、食料品店や衣料店も多いのだが・・・とにかく不思議な場所だ。家内と次女は、それでも団子やたこやき、饅頭やせんべいなどを売る店で必ず立ち止まり、試食品を食べまくり、気に入っただんごやたこやきを買ってはまた食べていた。「味見しないとわからないじゃない!」と言い訳していたのだが、そのパワーの凄さには、いつものことなので私はもはや驚くことはなかった。アルバムも一緒にアップしました。ご覧下さい!
2002年01月12日
コメント(1)
昨晩で日勤の仕事が終わった。帰って来たのは午前0時を周っていたのだが家内が起きていて遅い夜食の準備をしてくれた。本当にありがたい。すぐに家内も床に入り、食事を済ませた私はPCの前に。ところがしばらくすると、寝むくなり、ついうとうととPCを付けたまま寝落ちしてしまった。気が付けば朝の6時。周りは静かだった。以前も時々リビングにあるPCの前で寝てしまい、4歳の次女に「寝るときはお布団で!って言ってるでしょう!」と家内の口調そのままに怒られたことがある。危ないところだった。PCを消し、TVを付けた。ニュースをぼ~っとしながら見ていたらすぐに家内が、子供たちの弁当を作るために起きてきた。「また、ず~っと起きてたの?」言い方は優しいが、体全体で私を非難するオーラを発散させていた。「いや、ちょっと前に起きたんだ・・・」「そう・・・せっかく布団ひいたのにね・・・・」「・・・・・・・・」きっとこの部屋には2人の言葉にならない感情の嵐がうずまいていたのだろうが、傍目には静かな1日の始まりにしか見えないだろう。午後、幼稚園から帰ってきた次女を乗せ、年末に借りていた本を返しに図書館へ行った。家からちょっと遠いいかるが町と広陵町の図書館。ここは町立だが、新しくて良い本が揃っている。月に何度かは、こうして次女を連れて図書館通いをしている。家内には出かけるついでに買い物を頼まれることが多い。いやついでではなく、買い物だけ頼まれることもよくある。私自身買い物は嫌いではない、むしろ好きな方である。買ってくる物のリストを持っていくこともあれば、携帯で知らせてくれることもある。今日は図書館の帰りに電話して買ってくる物を聞いた。次女が最近幼稚園でもらってきた本で「ぼろぱじゃま」というのがあり、それが最近の彼女のお気に入りになっている。寝る前に何度読まされたことか・・・幼稚園児がお母さんに買い物を頼まれて、買ってくる物の頭文字をとってぼ(ボールペン)ろ(ロースハム)ぱ(パン)じゃ(じゃがいも)ま(まめ大福)と覚えて買い物に行く話。電話で聞いたリストを早速次女に言って買い物を楽しんだ。むしろ私が幼稚園児と言ったところか・・・
2002年01月11日
コメント(1)
今日も忙しい1日だった。仕事帰りに、11時を過ぎて遅かったのだが、同僚2人と職場に隣接して建っている社宅に行った。私の所属する班とペアを組む班(日勤の時に夜勤をする)の班長が1月15日付で退職することになっており、15日まで有給消化中なのである。その人が社宅に住んでいる。だいぶ前から、上の方に退職したいと言っていたらしく、ここにきてようやく認められたのだと言う。携帯で本人を呼び出し、私たちの班の有志で出し合って買ったデジQ(みんなで寄せ書きをした)を本人に渡した。もともと彼が欲しがっていた物で、彼には小学生のお子さんが2人いるのだが、そのデジQは本人用らしい。そこに彼の人柄が良く出ている。鹿児島の実家に帰って農業を手伝うと聞いた。奈良出身の奥さんも当然だが一緒に付いて行く。どんな会話があり、決断したかは知る由もないが、随分思い切った決断だったと思う。お子さん達の転校もともなうものだから・・・しかし、反面ちょっと羨ましい気がするのも確かである。私には、いざとなった時の隠しだまがない。石にしがみついてでも今の仕事で頑張るしかないのである。まあ、仕事があるだけでもありがたいと思いつつ、すぱっと見事な決断を下した彼に心からエールを送りたい。
2002年01月10日
コメント(3)
今日は日勤。忙しい1日だった。冷たい風が吹いて寒い帰り道、思わずコンビニに寄った。カウンターのにくまんが目に入った。熱くなった缶コーヒーとにくまんを買う。運転しながらにくまんにからしを付けて食べた。暗い車内でのからし付けは、ちょっと緊張した。からしのかたまりを口にしてしまった。缶コーヒーを慌てて飲んだら、熱くて火傷しそうになった。卑しい自分がちょっと情けなかった。このことは家内に内緒にしよう・・・
2002年01月09日
コメント(3)
今日から上の子の中学校が始まり、朝早く出かけていった。私は明日から仕事なので今日は休み。また下の子を連れて何処かに出かけようかと思ったのだが、外は晴れている割には、とんでもなく冷たい風が吹きまくっていた。それを見て気持ちが萎えてしまった。根っからの根性なしである。そこでPCに向かいつつ、下の子と遊ぶことに。次女の最近の遊びは、トランプのババ抜きと宝捜し。2人でババ抜きをやっても少しも面白くないようなものだが、次女にとっては面白くてたまらない様子。何度も繰り返して付き合わされる。ババのカードにはなにか印でもしてあるのか、いくらやっても私が勝つことがない。だから面白くてしょうがないのだろう。手加減しない長女とやると、いつもけんかになる。ちゅらさんのマスコットで有名になった「ゴーヤマン」の小さいゴーヤマントリオの人形がある。それを家の何処かに隠して探す、宝捜しも彼女は大好きである。嬉しそうに探す次女を見ているのは実に微笑ましい。年末に私の実家から送られて来た荷物のダンボール箱にも興味を持って、なぜか箱に入りたがる。以前にも長女がダンボールで作ってくれた「おうち」がいたく気に入って、暇さえあれば箱のおうちに入って遊んでいたことがある。なんで子供はこんな箱や秘密基地、押入れなどが好きなのだろうか。かく言う私も小さい頃は大の押入れ好きだったのだが・・・・夕方、車に乗せてる時に、月を見て「お月様が追っかけてくるよ!サキちゃんのおうちまで付いてくるかな~」なんて言ったことがある。子供と一緒にいると新鮮な気持ちになれる。いや、忘れていた何かを思い出させてくれる不思議な力があるのかもしれない・・・いつまで続くかはわからないが、こんな時間を大事にしていきたいと思う今日この頃である。
2002年01月08日
コメント(3)
今日は家族みんなが休みの日。明日からは長女の中学校が始まり、明後日からは下の子の幼稚園も始まる。もちろん私の仕事もあり、家内もまた朝早く起きての弁当作りが待っている。みんながのんびり出来る最後の日である。今日は七草粥を食べる日。本当は朝にでも食べる予定だったのだが、前の日、家内が寒くて買い物に行かなかったらしい。そんなわけで今日は、銀行や買い物をしに出かけることとなった。何処かに行こうと思ったのだが、風が冷たく家族全員根性なしの性格がゆえに暗黙のうちに取りやめとなった。お昼になったので、薬師寺の近くのファミレスでランチを食べた。今時450円で食べられるランチもだいぶ増えてきたが、我々のような家族連れにはありがたい。ドリンクも券を持っていれば50円だから尚更である。しかし、この店のいただけない点がひとつある。それは禁煙席がないことだ。最初に座った場所の横にしばらくして若い女の子達が座った。途端に全員がタバコを吸い始めた。すぐうしろにいた子供たちは顔をしかめて嫌な顔をした。店員に言って席を別の場所に代えてもらった。私もタバコを吸う。極力吸う場所や周りの状況を考えて吸うようにしている。たとえ喫煙席であっても周りに子供や妊婦さんなどがいたら吸わないようにしている。しかし、喫煙席の指定がない場所では、そんなことを喫煙者に求めても無理がある。もっと店側の環境作りが要求される点だと思った。スーパーで七草セットを購入。夜、みんなで七草粥を食べた。1年の健康を願い、粥をこの日に食べる慣わしだが、子供たちにとっては、あまり美味しい食べ物ではないようで、なだめすかして食べさせるのに苦労した。日々の暮らしの中で、見過ごされがちな、昔からの風習や行事を子供たちには極力伝えて行きたいと思う。ただでさえ季節感を感じることが出来にくくなった世の中だから・・・
2002年01月07日
コメント(1)
今日は、「なんだかな~」の1日だった。茨城だったら「なんだっぺな~」奈良だったら「なんやろな~」と言ったところか・・・
2002年01月06日
コメント(0)
今日も仕事の1日。装置の立ち上げも思ってた以上に遅く、途中で部長も様子を見に来ていた。しかし、あまり心配していないようなのでこっちが心配になった。正月気分ももはや終わりである。
2002年01月05日
コメント(0)
今日から仕事だった。朝、着替える為にズボンを穿いたらきつかった。間違いなくこの正月で3キロぐらい太ったかもしれない。仕事は年始の仕事としてはとても大変だった。装置の立ち上げからだったのだが、24時間フル操業していた装置を立ち下げ、電源を落として4日も止めていたものだから、すんなり立ち上がる訳がない。どこの工程もトラブル続きで、休憩時間もろくに取れずに作業していた人間も多かったようだ。気が付けば、12時間があっという間に過ぎ、午後9時をまわった。次の班に大きなお土産を残した状態での引継ぎとなった。下手をすれば明日の私たちにそっくり残っているかもしれないが・・・11時過ぎに家に帰ったのだが、上の子だけでなく、下の子も起きており、しかも元気一杯だった。正月の休みぐせが付いてしまったのか、みんな夜更かしになっている。幼稚園が始まる前になおせるのだろうか・・・
2002年01月04日
コメント(3)
正月の3が日もあっという間に過ぎ、明日から仕事が始まる。交替制の仕事をしている関係で、班によってカレンダーに差が出てくる。私の班は今年、あまり良いカレンダーではなかった。まあ、こんな年もあるのは仕方がないと割り切るしかない。今日も1日寒かった。朝遅く起きてきて遅れてきた年賀状の整理。家内も私もそして長女も出していない人から年賀状が来ていて大慌て。すぐに年賀状を書いた。まあ、これも毎年のことであるから別に驚くことではないのだが・・・。宅急便が来た。私の母からだった。子供たちへのお年玉である。年末にもクリスマスのプレゼントと言うことで食料品などをもらっている。早速子供たちに返事の手紙を書かせ、ついでに初詣で貰ってきた春日大社のお札を入れた。それだけでは足りなかったので、荷物と年賀状を出しに行くついでに薬師寺に行き、写経の用紙を買ってそれを入れて送ることにした。3年前に亡くなった父が写経が好きで、暇さえあれば読書をするか、写経をしていた。父が亡くなってからは、母もそれを受けて写経を時々していると聞いたからだ。下の子が一緒に付いてきた。何処に行くにもついて来たがる。何時まで続くかわからないが、いつまでも今のままでいて欲しいと一瞬思った。
2002年01月03日
コメント(0)
今日は、午後から私や家内と同じ高校の同級生だったさっちゃんが旦那とうちに遊びにくることになっていた。2人は世田谷に住んでいるのだが、正月、GW、盆休みには旦那の実家に必ず帰ってくる。時間が合えば、何処かに遊びに行ったり、うちに来てもらったりしている。ヤマチャンは、とにかくでかい!身長が178センチある私が、見上げる数少ない友人の一人で、身長が188センチもある大男だ。体格もがっしりしているからさらに大きく見える。瓢箪山にある旦那(ヤマチャン)の実家にはお母さんが1人で暮らしているらしく、一人息子のヤマチャンとしては、心配なのだろう。私も同じような立場だが、年に1度帰れればいい方であるから、少しばかりうらやましい。さっちゃん夫婦には子供がいない。2人とも働いている。2人で、飲みに行ったり、映画を観たり、食事をしたり、今でも恋人同士のようである。子供がいるのといないのとでは、これほど環境が変わってしまうのかと以前、家内と話したことがあった。なんか見ていて、とてもいい感じの2人なのである。そんな2人と一緒に今日は、ボーリングをした。家の近くの遊園地に併設されているボーリング場。夕方4時過ぎに行ったのだが、とても混んでいて1時間待ちだった。ボーリング自体久しぶりである。子供達も連れて行ったのだが、上の子はどうしてもやりたくないと言う。下の子だけが、張り切っていた。家内と一緒に両手でボールを持ち、ドンと投げ捨てる格好でボールを投げた。ガーターなしレーンだったので何回もバウンドしながらピンを倒した。それが嬉しいらしく、最後までやめると言わなかった。久々のボーリングは楽しかった。ちなみに私のスコアーは190。近年まれにみるハイスコアーに自分ながら驚く。その後は、サイゼリアで酒と食事をしながら語らいを楽しむ。どうしても私たちに合わせようとするとファミレスになってしまう。飲めない私以外の3人でワインを2本ペロっと空けてしまったが、映画、本、TV、仕事、昔話などに話が弾んだ。久々に楽しい時間を過ごせた。家内も大夫楽しんだようである。ただ、子供たちにとってはちょっと退屈だったかもしれない。帰り、あまりにも寒かったこともあって、家まで2人を送って行った。生駒山から観る大阪の夜景が、風で空が澄んでいたせいか、いつになく綺麗に見えた。
2002年01月02日
コメント(0)
年が明けた。わが家ではここ数年、元旦の朝早くに初詣に行くことにしている。今年は、3が日の天気があまり良くないという。しかし、この朝は風もなく、綺麗に晴れて、とてもすがすがしい朝だった。車で春日大社に向かったのだが、道も空いていて気分が良かった。初詣に詣でる人もこの時間だと、それほど多くなく混雑していない。春日大社でこの1年の無事を祈り、おみくじをひく。家内だけが中吉で、あとのみんなは大吉だった。去年も確か家内だけが中吉だった気がする。今年は私が数えで本厄を迎える。そこで祈祷所で厄払いをしてもらった。生演奏のの雅楽と巫女さんの舞、神主さんの祝詞とお払いで厄がすっ飛んだような気がした。家に帰り、下の子からお屠蘇を回し飲みし、1年の健康を願う。子供たちにお年玉を渡す、下の子だけが大いに喜んだ。それからみんなでTVを見ながら、お雑煮とお節を食べた。正月らしいこの雰囲気が大好きである。1年の計は元旦にありと言う。しかし今まで1年の計らいを元旦にしたことは40年生きてきて1度もないような気がする。ただ、この1年、家族が平穏無事で過ごせることが唯一の願いかもしれない。去年の8月でいよいよ不惑の年に突入してしまった。しかし、それ以降、迷いっぱなしである。まして今年は数えで本厄を迎える。家族のこと、仕事のこと、身体のこと、実家のこと、いろいろ悩みが尽きない。そんな迷いを吹っ切る為に、いや、気休めの為に年の初めの初詣は欠かすことが出来ない。
2002年01月01日
コメント(0)
全26件 (26件中 1-26件目)
1