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書店で何冊か資料となる本を購入し、階段へ向かう途中で見かけた雑誌に千住博氏の名前があったのでページを繰ってみた。『バレエであろうが、音楽だろうが、映像や文学であろうが、すべての芸術の目的は、みんなが幸せになることなんですよ。人を元気にさせるということ、癒していくということです。人を励まして、元気を与え、生きる勇気を与える。こういうもののために生まれてきたものを、芸術というのです。(以下略)』-人を励まし、元気を与えていく力。 そのような力を持った作品を生み出すことが出来たら、どんなに素晴らしいことでしょう。 どうしたら、それだけの力を作品に与えることができるのでしょうか。-『まず自分を信じることです。理由のない自信を持つということは、とても大切なことです』-理由がなくてもいいのですか?『なくても、じゃなくて、あってはいけないんです。ないからこそ超えられるんですよ。(中略)理由のない自信。それがすべてを超える、自分の限界を超えていく原動力ですよ。そのために何が必要か。 勇気です。 だから美術家にとって必要なものを順番に言えって言われたら、一に自信、二に勇気なんです。そして三番目が才能です。才能というのは、何とかして自分の想いを伝えたいと願うことです・・・ (中略)想いを伝えたいということ。これだけで十分な才能です。あとは自信と勇気をもって突っ走ることです。そうして今日の僕がいるわけです』『絵のある暮らし』 美術出版社 千住氏がベネチア・ビエンナーレに出展することになった時、かなりの批判があったそうだ。国際的な場になぜ日本画を出すのか、ということだったらしい。「こんなのは風呂屋のペンキ絵だ」とまで言った記者もいたという。1995年、わずか10年ほど前のことだ。第46回ベネチア・ビエンナーレで千住氏は日本人としては勿論、東洋人として初めて絵画部門で優秀賞を受賞した。
2006年03月31日
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建物をつくらない建築家、というのは海外では珍しいことでもないのだが、実は日本にも何人かいる。その中の一人で「建築家のメモ」にも掲載していただいた方から個展の案内をいただいた。それほど大きくないギャラリーには、壁に4枚ほどの写真と大きな水彩の図面とも絵ともつかない作品、それと床に2つのオブジェのような作品が展示してあった。そのオブジェは作品の1/4だか1/5だかの模型で、実物は鉄で作るそうだが実際に作れるか、設置する場所があるかどうかはまだわからないという。そんな大きさで作るそれが一体何なのか、よくよく見てもわからない。不定形の形に切り抜かれたかなり大きな鉄板2枚に挟まれて、小さなスペースがある。何を表しているのか質問すると、これは椅子なのだ、という答えが返ってきた。あるハンディを持つ人が、こうした形で狭いところにいるのがとても安心して落ち着ける、というところからヒントを得たそうだ。この方はすごくいろいろなことを知っていて、またそこから様々なことを考えておられる。有意義なお話と、私のやっていることに関係がありそうな方を紹介してくださった。教えていただいた本もとても興味深い。
2006年03月30日
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新月になりました。もうアファメーションはしましたか?『夢を叶える地図』も2日以内に作りましょう。作った地図は写真を撮って定期入れに入れたり、携帯の待ちうけにしてもいいんですよ。自分の気持ちのままに自由に作って、しっくりこなかったり叶ったりしたら手直ししたりメンテナンスしましょう。
2006年03月29日
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明日、29日は春分の日のあと、最初の新月です。牡羊座は始まりの星座。新しいことを始めたり、未知の分野にチャレンジするのをサポートしてくれます。今年の『夢を叶える地図』を作りましょう。欲しいもの、好きな場所、望む未来のイメージに近い写真などを集めておきます。ぴったりくる写真や絵がなければ、言葉で書いてもいいです。私が昨年作った地図では● 『建築家のメモ2』の出版● 子どものためのワークショップを成功させる● メディアの取材を受けるということが実現しました。それから地図には、一緒にお仕事をしたい人たちの写真を、自分の写真を囲むようにして貼ってありました。その中の一人から、先月仕事のオファーがあり、正式に受注することができました。ビジョンをできるだけ明確にして、自分の地図を作りましょう。ちゃんと実現していきますよ。
2006年03月28日
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今月の新月は29日 19:15 牡羊座です。その時刻を過ぎたら、8時間以内に願いごとを書きましょう。それから今回の新月は、1年で最も『夢を叶える地図』を作るのによい時です。明日、28日の早朝、メルマガをお届けします。その月に叶いやすい願いごとの文例のほかに、今月は『夢を叶える地図』の作りかたもご紹介しています。メルマガの登録はこちらから めるま まぐまぐ
2006年03月27日
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いつも使っている財布は、よくある小銭入れがついていてカードも入れられるようになっている。小銭入れがBOXタイプといって、四角く全部開いて中身が全て見えるのが便利で気に入っている。ところが最近スナップ部分がだめになってきて、時々バッグの中に小銭がばらまかれている。そろそろ買い替えなければ、と思っていたので、知り合いのチャネラーさんにどんな財布がいいか、訊いてみた。すると、まず札入れ、小銭入れ、カード入れ、と分けて札入れは折らないものにしなさい、という。今使っているような一体型のものは、主婦などはいいのだが、一人で立つ人には向かないのだそうだ。お札、小銭、カード、それぞれ各自がメインとなるような入れ方をしなければいけないそうだ。「お財布は結構重要なんですよ。お金の入り方、たまり方が全然違いますよ」 と言われた。私の場合は皮でまず手触りのいいもの、ということが重要らしい。デパートやショップを何軒か探してみたけれど、まず女性用ではみつからないことがわかった。あるところで、かなり気に入ったものを見つけたのだけれど、結構な価格なのでどうしようかしばし迷った。だけど長く使うものだし、気に入ったものを丁寧に使うほうがよいに決まっている。それに、お金の入り方が違うそうだしね。「プレゼントですか?」と訊かれたので、そうです、と答えました。リボンもつけてもらって、自分へのプレゼント。よく頑張ったね。
2006年03月26日
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吉島氏設計の「方形の家」が名作だ、ということは丹下事務所時代の吉島氏を間接的に知る人から何度となく聞かされていた。ところが、検索をかけてみても何もひっかかってこない。長年新建築の編集長をつとめていらした方から、新建築の掲載号を教えていただいたが本も見つかりそうにない。そんな時、思いがけず1年半ほど前にある雑誌に掲載されていることを知った。早速池袋のジュンク堂に行ってみたが、7階の建築書のコーナーを見てもどこにもその本はおろか、その出版社の本は1冊もない。店内の検索機で探すと2階にあると出ている。2階は趣味や生活のフロアだ。ガーデニングやインテリア、DIYなどのコーナーにそのムックシリーズはあった。ハイクオリティな住宅を集めた特集号なのだが、掲載されている住宅は殆どが建築家が手がけたもので、そのうちの半分ほどは「建築家のメモ」に掲載させていただいた方たちだ。名作と言われながら、25年前の新建築に掲載されたきり、建築関係の情報には全くあがってこない「方形の家」がここにはきちんと紹介されていた。掲載記事も写真も丁寧に取材したものだ。施主の談話や施工時の棟梁の話なども掲載されている。建築に携わる人たちと一般の人たちの意識が、もうすでに建築の世界にいる人たちが思っている以上にずれてしまっているのではないだろうか。今でも十分に美しい「方形の家」の写真を見ながらそんなことを考えていた。
2006年03月25日
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南洋堂の2階から抱えて降りてきた本は、手提げ袋に入れてもらって駿河台の坂を登っているうちに次第に重さを増してきた。家へ帰り着いて一段落してからゆっくりとページを開いてみる。さすがに外箱はやけているが、20年前の本とは思えないくらい保存状態がきわめてよい。新古本のままだったか、持ち主に丁寧に扱われていたのだろう。写真も素晴らしく、図面もかなりの枚数掲載されている。重文に指定されるにあたって図面が必要なので、実測して起こしたそうだ。宮大工の棟梁が実測を指導して、建物についてかなりな分量の解説を書いている。その棟梁は吉島氏とともに、私が高山へ会いに行きたいと思っているもう一人の人物の父君だった。高名な棟梁だったことは知っていたが、吉島家とこんなに深く関わっているとは思いもよらず、このシンクロにも驚いた。吉島氏はこの家で生まれ育って、現在も裏手の倉だったところをアトリエと住居にしているらしい。この空間を日常として暮らしていたことは、建築家・休兵衛にとって幸か不幸か、どちらだったのだろう。
2006年03月24日
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2年ほど前に精算・返金されるはずだったお金が、向こうのミスで未処理になっていたそうで、連絡があり受け取りに神保町へ。「吉島家」と「建築家・休兵衛」こと吉島忠男氏の資料を探しに建築専門書店の南洋堂へ寄ってみた。私が学生の頃は南洋堂には壁の棚一面に建築雑誌のバックナンバーがあり、ない場合は頼んでおくと入り次第連絡してくれた。久しぶりに行ってみるとすっかり店内の様子も変わってしまい、古い雑誌は殆どなくて今では買取りもあまりしていないようだ。吉島氏の設計した「方形の家」は名作と言われていたが、新建築に掲載されたのは1982年だ。氏は寡作で、他には新建築には1977年「歪な方形の家」と1987年「漏斗状二対合掌の家」しか掲載されていない。「漏斗状二対合掌の家」は友人が事務所にあった雑誌のカラーコピーを送ってくれたが、他の2冊は残っていなかったという。南洋堂がこの有様では、残りの2冊を見つけるのは難しい。建築学会の図書館でコピーするしかないかもしれない。そんなことを思いながら一旦外へ出たのだが、2階を見ていなかったことを思い出し、もう一度戻って上がってみた。狭い店内の吹き抜けになっている2階の突き当たりには、全集ものや箱入り豪華本の古書が置いてある。目の前の棚にその本はあった。「重要文化財 吉島家住宅」20年ほど前に、毎日新聞社から発行されたものだ。狭いスペースでそれほど多くの本が置いてあるわけではないのに、なぜここに・・・呼ばれたのだろうか。まるで、この本を買うためにお金を返してもらいに神保町まで来たみたいだ。もう、買うっきゃないでしょ。返金してもらった半分、飛ぶけど。
2006年03月23日
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面白い話を聞いた。桜の花が咲くと後頭部が開くそうなのだ。後頭部が開くと骨盤も開いて、おかしくなる人が多くなる、とその人は言っていた。今年は特に開花してからまた寒くなったりしているので、開こうとしているところに身体が縮こまってしまい、体調が悪くなったりつらい人が多いそうだ。そういう説は初めて聞いたが、そう言われればそうなのかもしれない、という気もする。桜の花は儚く美しいだけでなく、人を惑わせる妖しさも持つ。 ―*―*―*―*―*―*―*―*―桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。 ― 中略 ―しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱(ゆううつ)になり、空虚な気持になった。しかし、俺はいまやっとわかった。 おまえ、この爛漫(らんまん)と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。 馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が湧き、堪(たま)らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪(どんらん)な蛸(たこ)のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて、その液体を吸っている。 何があんな花弁を作り、何があんな蕊(しべ)を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。 ――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく瞳(ひとみ)を据えて桜の花が見られるようになったのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。 ― 後略 ―『桜の樹の下には』 梶井基次郎全文はこちらの青空文庫で読めます。
2006年03月22日
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今月の新月は29日 19:15です。アファメーション・シートをUPしました。ダウンロードしてお使いください。8時間以内に願いごとを書きましょう。29日は春分を迎えた後、最初の新月です。特別なパワーがある時なので『夢を叶える地図』も作りましょう。願いごとの文例、『夢を叶える地図』の作りかたは、新月の前日に配信するメルマガに書いてあります。メルマガの登録はこちらから めるま まぐまぐ
2006年03月21日
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伊藤ていじ氏の著書に「建築家・休兵衛」という本がある。この建築家・休兵衛氏が、私が今、一番会いたい人だ。伊藤氏曰く「生まれてこのかた天動説の人で、他人は自分のまわりを廻っていると信じている」人で、時々ソウになったりウツになったりするらしい。伊藤氏をはじめとして、何人もの人が当代と先代の休兵衛氏にはいわば迷惑を被ったわけだが、それでも周りが何とかしてあげたくなってしまうらしい。放っておけなくて、いろいろと世話を焼き、仕事を紹介し、そのたびに天動説の人に振り回されては尻拭いをし、本人は相変わらずマイペース、というパターンのようだ。だからといって休兵衛氏がそれを当たり前と思って、傲慢にしているわけではない。大変に義理堅い人であり、あれほど逃れたかった因習、家、故郷に結局は蜘蛛の糸にかかるように絡めとられてしまった人なのだ。ある方に休兵衛氏を紹介していただけないか、頼んでみた。するとなんと、昨日会ったという。丹下健三氏の一周忌の追悼ミサで会ったというのだ。自分からの紹介、と言って電話か手紙で連絡するといい、と言って住所と電話番号を教えてくださった。「建築家・休兵衛」を読んで、チャネラーさんに「時間がかかりますよ」と言われたことが納得できた。確かに、休兵衛氏が相手では時間がかかることは間違いないだろう。
2006年03月20日
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彼女は癌を患った。抗がん剤の影響で声が出なくなった。歌手として生計をたてていたわけではないが、どんな時も共にあった歌を失った。それはどんなにつらいことだろう。まして、それまでも過酷な人生を送ってきた人だ。相当に強い人でも絶望の淵に立たされたように感じるのではないだろうか。声が出なくなって、彼女は手話を習い始めた。そして、あることを考えついた。アメリカにいたことがあるので、自分は英語が話せる。そして手話ができる。だったら手話で通訳をしたらどうだろう、と。誰もしていないことで自分だからできること、それをしていこう、と決心したのだという。その後、彼女は声を取り戻した。また歌えるようになったのだ。しかし、以前のような声は出ない、特に高音が。セッションの練習の途中で、悔しくて洗面所へ行って泣いたこともあるという。だが、手話を習ったことはそれを補ってあまりあった。声だけで歌うのではなく、全身を使って伝えることを覚えたのだ。それ以前から彼女を知る人からは、声が出なくなる前よりも歌はずっとよくなった、と言われたそうだ。その番組のあとも、しばらくは「癌を克服した」という冠が彼女の紹介にはついていたが、今では誰もそんなことは言わない。そのことを知らない人も多いだろう。何より彼女自身が「癌は関係ない、歌を聴いてくれ」と何度も言っていたのだから。仕事に遅刻しても最後まで見てよかった、と思った。番組のタイトルは「ドキュメンタリー人間劇場」 本放送は99年3月。その女性シンガーの名は 綾戸智絵。
2006年03月19日
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番組では、彼女と母親と子どもと3人の生活の様子も映していた。子どもは小学生くらいの男の子だったが、学校には行っていない。もう随分前から行かなくなった、と言っていた。学校には行かないが、いろいろなことをよく知っているそうだ。テレビのニュースを見て、わからないことを質問してくる。彼女は知っていることは何でも答え、知らないことは図書館で調べるそうだ。彼は様々なことに興味を持ち、いつでも考えている。だから学校へは行かないけれど、同じくらいの年齢の子に比べていろいろなことを知っているのだ、と。家の中はきちんと片付けられ、ビデオテープのケースやカセットテープのケースを利用して、几帳面に整理整頓されていた。自分がいなくても、どこに何があるか、一目瞭然にわかるようにしてあるのだという。だが、ライブハウスなどで歌うときには、生活感のない、几帳面さなど微塵も感じさせない女にならなければいけない。人々は非日常を求めて音楽を聴きにくるからだ。その切り換えをするために、ステージの前にはホテルのラウンジでコーヒーを飲む。ここではコーヒーは1杯2000円する。チェーン店に行けば十分の一の値段で飲めるコーヒーを、2000円も払って飲む人がいる。コーヒーは別に飲まなくてもすむものだ。歌もそうだ。別に聴かなくても生きていかれる。だけどそんな高いお金を出してコーヒーを飲みに来る人がいる。それは、そこで過ごす時間、居心地のいい空間、その他もろもろの付加価値をそこに見出すからだろう。自分もそうでありたい。なくても生活していかれる歌に、お金を払っても聴きにいきたい、と思われる歌手でありたい、聴きに来てくれる人にそういう時間を提供したい。そのエネルギーをもらうために、ステージの前にはここでコーヒーを飲むのだ、と彼女は語っていた。
2006年03月18日
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その人は、金沢かどこかで女性たちにゴスペルの指導をしていた。アマチュアのサークルのようなところだ。移動の車中で、レッスンの会場で、インタビューというよりも独白のような形で番組は進行していった。演奏会を前にしての練習だったのだろうか。ホール舞台のそでのほうで、何人かの女性を前に歌の指導をしていた。“ You and I ” というフレーズの歌い方についてだった。“ I ” はここにいる。それでは“ You ”はどこにいるのか。何人か並んだ一番端の女性をさして、“ You ”がこのへんにいる時、と言って“ You and I ”と歌う。次に客席の真中あたりをさして、あのへんにいる時、と言って再び同じメロディで“ You and I ”と歌う。それはさっきの“ You and I ”とは全く違う。確かに“ You ”はさっきはここにいたが、今はずっと向こうにいる。そして究極の “ You and I ”再び自分をさして、“ I ”はここにいる。胸に手をあてて“ You ”もここにいる。でも、“ You ”はどこにもいない。一番近くて、一番遠いところにいる。その時の“ You and I ”そのワンフレーズを聴いて、本当に鳥肌がたった。見事に、“ You ” はここにいて、そしてどこにもいなかった。
2006年03月17日
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まだ大手設計事務所の派遣社員だった頃だから、6年ほど前になるのだろうか。ある朝、出勤前に支度をしていると、リビングで付けっぱなしのテレビから歌が聞こえてきた。日本人離れしたその声にひかれて、時間を気にしながらテレビの前へ行った。見たことのない女性歌手のドキュメンタリー番組だった。しばらく前に放映されたものの再放送のようだった。歌のうまい人だな~、というのが第一印象だった。声がいい、とか、テクニック的に上手という意味ではない。ジャズだかゴスペルだか忘れてしまったが、こんなふうにダイレクトに入ってくる歌が歌える、というのは日本人には珍しいと思った。この人は誰なんだろう。初めて見るし、歌も聴いたことないけれど、プロの歌手なんだろうか。ドキュメンタリーだけど歌ももっと聴けるのだろうか。そう思うともう、テレビの前から離れられなくなってしまった。出勤時間をとっくに過ぎていたが、スイッチを消して出かける気はとうになくなっていた。
2006年03月16日
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先日受けた健康診断の結果が送られてきた。ズバリ、運動不足。運動して、野菜を食べましょう と書いてあった。どうしても家で仕事をすることが多いので、身体を動かすことが少なくなってしまう。できるだけ歩くようにはしているのだけれども、圧倒的に足りないのだろう。最近はプールも行っていないし。ストレッチだけでもしっかりやると大分違うらしい。ちょっと頑張って続けてみましょうか。
2006年03月15日
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チャネラーさんに会う日。今、始めたいと思っていることがあるので、それについて訊いてみる。ひとこと「時間がかかりますよ」私としては、サクサク進められそうな気がしていたので、意外に思った。一体どこで時間がかかるのだろう?こちらに問題があるのか、向こうに問題があるのか、何が妨げになるのだろう。訊いてみると、立ち上げるまでに時間がかかるのだと言う。私もまだ自分の中で組み上げている段階で、下調べをしたり、協力してもらいたい人に打診をし始めているところだ。今のところは感触は悪くない。ただ、肝心な人のところへまだ接触していないことは確かだ。それでは、この案件は一旦棚上げしておいて、他のことを先に取り組んだほうがいいのか訊いてみる。今は時間がかかるけれど、後になったらスムーズにいくのかどうかも。すると、今始めても後になっても、いずれにしても時間がかかるそうなのだ。「もう始めると決めたのでしょう。決めたならとりかかったほうがいい。」と言われた。いつもながら、どうしてこんなことを始めようと思ったのだろう。それなりに思考の経過を辿ったはずなのだが、気がついた時にはもう動き始めている。もちろん、どれもすごくいいことなのだ。実現したら素敵なことには違いないのだが、楽なことではない。利益になるか、を考えたらやらないだろう。自分にとってそれをすることが楽しいか?楽しくなくはないけれど、どうなんだろう。実現したら嬉しいか?その時は嬉しいだろうけれど、出来上がってしまったらもう興味はなくなるだろう。何のためにしようと思っているのか、自分でもよくわからない。「使命」だからなんだろうか・・・
2006年03月14日
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ネットを立ち上げたら、友人の奥さんのおめでたいニュースがでていた。その人の夫である友人は、メジャーという意味では仲間うちで一番メジャーなので、みんなが集まるとどうしても彼のことが話題にのぼる。1年ほど前はテレビでコメンテーターをしていたらしいが(私は見ていなかった)、いろいろと言われるのでもうやめてしまったのだ、と誰かが言っていた。彼の名前で検索をかけてみたことがあるが、2ちゃんねるでもかなりたたかれていた。友人と言っても、私は殆ど言葉を交わした記憶がない。彼は女の子とはあまり話すことがなかったような気がする。昔からちょっと変わった、印象に残る人ではあった。今でも彼と親しくしている友人の話では、一般的に言われているイメージとはかなり違うようだ。素顔はすごくシャイで、よく知らない人とはあまり会いたがらないそうだ。そう言えばそんな感じだったかもしれない。大胆な演技をする女優や俳優が、素顔の時は聞き取れないくらいの声で話す内気な人だったりするのと似ているのかもしれない。
2006年03月13日
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面白そうなセミナーのお知らせがあったので参加してみた。行きたかった理由の一つは、会場が明日館だったからでもある。2,3度散歩がてら外から見たことはあったが、中に入ったことは一度もなかった。庭も建物も手入れが行き届いていて、長い間大切に慈しまれてきたのだということがよくわかる。結婚式が行われていて、ホールのほうは入ることができなかったが、こじんまりとした清楚な結婚式の様子が芝生の庭から窺うことができた。今回のセミナーは2人の方の共催によるものだ。片方の方は編集者として著名で、毎月開催されるその方のセミナーにはだいぶ前に一度だけ参加したことがある。毎回、定番の面白いゲームが行われる。参加者はおもちゃの10ドル紙幣を3枚渡されて、そのお金で言葉を買うのだ。つまり紙に何か言葉を書いて、その言葉を他の参加者に売りに行く。売りに来られた方は、その言葉が気に入ったら買う、気に入らなかったら断る。誰かに断られた言葉は、他の人には売ってはいけない。断られた時点でボツになるのだ。それを全員が同時に互いに行って、時間内に何枚の言葉が売れたか、どんな言葉を買ったか、というのを発表する。このゲームでは、相手がどんな言葉を喜びそうか、ということを見抜く感性を磨き、同時に直観で自分の好きなものを選ぶ訓練にもなる。前回参加した時は、私は結局1枚も売ることができなかった。今回も売れなかったらどうしようか、とちょっと心配したのだけれど、なんと5枚も買ってもらうことができた。しかも1人の方は買った言葉を発表する時、何枚か読んだ最後に「この言葉が一番嬉しかったのですが」と前置きして私の書いた言葉を読んでくれた。前回と一体どこが違うんだろう。多分前の時は、自分の書きたい言葉を書いていたのだと思う。自分が素敵だ、とか、かっこいい、と思う言葉を。今回は、相手が喜びそうな言葉を選んだ。どんな褒め言葉でも、相手が自分とは無縁だと思っている言葉はおそらく響かない。多少でも自分が認めて密かに自信を持ったり、自負していることを明らかにして少しだけ膨らませてあげるのがよいのではないだろうか。「こんなことを言われたのは初めてです」と言いながらも、とても喜んでくれたのが、私も本当に嬉しかった。自分のしたことで人が喜んでくれる、というのがこんなに気持ちのいい、嬉しいことだと体感できたのは貴重な体験だった。
2006年03月12日
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上野に用事があって、帰りになんとなく跨線橋を渡ってみた。予定より早く用事が終わったので、コーヒーでも飲もうかな、と思ったのだ。美術館側は土曜日のせいか結構な人出で落ち着けるところもなく、もともとお店の心当たりもない。広小路へ降りてみたところで、たいして代わり映えしないのはわかっている。今まで行ったことがないところへ行ってみようと思った。跨線橋を渡り長い階段を降りてみると、あまり雰囲気がよくない。これはだめかな、と思いつつ、鶯谷まで歩いて何もなかったら電車に乗ろうと思った。ふと見ると横断歩道の向かいにコーヒー屋さんらしき店がある。古くてこちらから見るとあまりぱっとしない店のように見えた。とりあえず信号を渡って店の前まで行くと、窓のところに取材された新聞の切り抜きが張ってある。入り口側はよさそうな雰囲気だったので入ってみた。狭い店内は、昔懐かしい東京の珈琲店そのままだった。落ち着いた適度な暗さ、ちょうどいいボリュームで流れるモダンジャズ、奥の席の後ろには豆の袋がぎっしり。張り紙があって、コーヒーを飲むだけの店、30分で帰って欲しい、商談しないでくれ、等々書いてある。うるさくて気難しい店主かと思ったが、ご夫婦ともに静かでやさしい人たちだ。わざわざこんなことを書かなくてはならないような、無粋な客が多くなったということなのだろう。メニューに様々な種類のコーヒーのほかに、「なんでもいい人 650円」と書いてあるのが可笑しかった。丁寧に入れてくれた珈琲は深い味わいで美味しかった。 北山珈琲店
2006年03月11日
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ここでの仕事も今日で終わり。CADのほうは午前中で終わったので、残りの時間はリストの照合をしていた。水棲生物の学術名が沢山書いてある。元データから一覧表にそれらが全て反映されているか、確認する作業だ。英語?それともラテン語かなにかなんだろうか。似たような名前でちょっとだけ違うのがあったりして、慣れるまでややこしい。かなり大きい会社なのに、存在も知らなかった。こんな仕事も、考えてみればあるのが当然なのだけど、全く未知な分野だった。いろいろな仕事をしていると、知らないことをたくさん経験できて楽しい。
2006年03月10日
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全く縁のなかった場所に、なぜか急に縁ができることがある。恵比寿も私にとってそういう場所のひとつだ。品川から渋谷の間、大崎、五反田、恵比寿というあたりには全く降りたこともなかったのに、ある時期から急にこの3駅とのかかわりが多くなった。新しい職場の最寄駅となったり、乗り換え駅になったり、待ち合わせ場所になったり。大崎と五反田は今ではもう行くことも殆どないが、恵比寿には相変わらずなにかと関わりがある。急ぎではないのだが、ちょっと会っておきたい人がいて、その人もまた最近恵比寿に縁がある。いくつかの案件が、それぞれは全く関係ないのにいずれも拠点が恵比寿なのだ。多忙でスケジュールがなかなか立てられない人なので、日程が決まらずにいた。たまたま健康診断が受けられることになったので、申し込んだら会場のクリニックが恵比寿だった。ランチを一緒に食べるくらいの時間はあるそうなので、駅近くの友人の店へ行くことにした。この近辺はランチは比較的安いのだろうか。友人の店も、こんな価格でしかも夕方までランチOKで大丈夫なんだろうか、と思わず心配になってしまう。2店舗経営しているので、火、水、木だけこちらにいる、という友人は学年一のマドンナだったが、今でも相変わらず綺麗だ。御主人は別の仕事をしているので、彼女が2店舗とも一人で切り回している。しっかりしていたけれど、飲食店を経営するようには思えなかったので、知ったときには少なからず驚いた。時間が経って会ってみると、当時と全く変わらないまま大人になった人もいれば、想像できない道を歩んでいる人もいる。中学の頃なんて素のままだったと思うのだけれど、その後、展開していくことが予想もできないような部分を、みんなそれぞれに持っていたんだろう。
2006年03月09日
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神保町の交差点から靖国通りを駿河台下の方へ向かってしばらく歩くと、左側に金ペン堂という万年筆専門店がある。昔から作家の間では有名な店だ。ここで買った万年筆しか使わなかった、という文豪も多いと聞く。店先のウィンドウに並べられた各国の万年筆を眺めるだけでも楽しい。中学に入学した時に買ってもらったパーカーの万年筆は少しも書きやすくなかった。万年筆という筆記用具に慣れていないせいなのか、ハズレだったのか、使い方が悪くてだめにしてしまったのか、よくわからなかった。デザインに魅かれて、親戚のお兄さんから譲ってもらったモンブランも、やっぱり書きづらかった。金ペン堂のことはもちろん知っていたけれど、作家がはるばる求めにやってくる、というこの小さな店はあまりに敷居が高く感じられて、中学生や高校生がこんなところで買ってもらってはいけないような気がしていた。大人になったら、と思っているうちに、万年筆という筆記用具じたいを使わなくなってしまっていた。製図の時に使うロットリング、というペンがある。普段、文字を書くときにも、もっぱらロットリングを使うようになってしまったからだ。ガラス・ウィンドウの中の万年筆を見ていたら、1本求めてみようかな、という気になった。使い捨てのボールペンのようにではなく、少し気にかけながらお気に入りの万年筆を使ったら、心のゆとりがちょっとだけできそうな気がする。こちらで見つけた金ペン堂の店主の話も面白い。
2006年03月08日
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久しぶり、というか○十年ぶりに共栄堂に寄ってみる。子どもの頃、よくここに連れてきてもらった。今は「スマトラカレー」の専門店になっているが、当時はいわゆる洋食屋さんだった。何を食べていたんだろう?ハンバーグとか海老フライとかだったんだろうか。食べたものは思い出せないけれど、食事の前に必ず出てきた分厚いカップに入ったスープと、食後に頼んでいた緑色のクリームソーダはよく憶えている。冬しか作らない「焼きりんご」はあの頃からあったのかな・・・隣のランチョンも銀座に今も何軒か残っている昔のビアホールの風情だった。ランチョンと共栄堂、もう1軒は忘れてしまったけれど、その3軒が同じ建物に入っていた。ランチョンのHPに懐かしい写真がある。
2006年03月07日
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神保町の裏通りを歩いていたら、面白いお店を見つけた。家具やさんらしい。ロフトのように床はコンクリートのまま、天井も仕上げしていなくてペンキを塗っただけの殺風景な空間だ。そこにオリジナル、或いはデザイナーのテーブルや椅子が置かれ、雑誌や本が点在している。カウンターの向こうには流しがあって、手前にはセルフでコーヒーを入れる機械とクロスをかけたカップが置いてある。ガラスのドアを開けて入ると、姿は見えないが奥のほうから「いらっしゃいませ」と声が聞こえた。ついたての向こうに机があって、店の人がパソコンで仕事をしている。声をかけただけで、こちらに注意を向けることもなく、仕事を中断する気配もない。ゆっくりと気兼ねなく、見せてもらうことができた。いつからあるのだろう、この道はあまり通ったことがないので知らなかった。 入り口は通りから少し奥まっていて、こんな感じ。 ところが退きで見ると、この界隈に昔からよくあるモルタル塗りの住宅で、2階には普通に人が住んでいるらしい。店内にあった雑誌の紹介記事を見ると、どうやら以前は製本工場だったようだ。バブルの前はこのあたりには、印刷や製本の小さな町工場が結構あったのだ。
2006年03月06日
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さすがに日曜日は出勤している人もまばらだ。それでもフロアには20人近くいるだろうか。一応5時まで、という約束で10時に出社した。今日の分のデータを渡されて、できるかどうか訊ねられる。ざっと目を通して「大丈夫だと思います」と答える。午前中の作業ペースでは、昼休みをとらなければ間に合うな、と思った。休まないで、食事しながら作業することもできるけれど、天気もいいし気分転換に30分だけ外へ出ることにした。5時になって、予定の分があともう少しだけ残っている。フォルダを整理して全部出力し、完了したのは5時半ちょうど。昼休みをとらなければ5時に間に合う、という予想はぴったりだったわけだ。「木曜日に提出なので、今日はゆっくり休んで水曜日まで残業よろしくお願いします」と帰りがけに言われた(苦笑)
2006年03月05日
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新宿にあるインディアン・ジュエリーのお店へ連れて行ってもらった。ターコイズは誕生石なのだけれど、子どもの頃はあまり好きではなかった。やはり、透明で綺麗な宝石のほうがよくって、不透明な半貴石はあまりありがたみがなかった。母が亡くなってから、アクセサリー類を整理していたら、自分が好きだったのか私のためだったのかわからないが、ターコイズのアクセサリーがたくさんあった。ターコイズというと、ネイティブ・アメリカンのイメージが強く、ネット模様の入ったものが思い浮かぶが、かつてのようにトルコ石、というとスカイブルー一色のものが目に浮かぶ。あまり綺麗すぎるものは、粉を固めたり、染めたものであることが多いかもしれない。この店ではショーケースの中、産地ごとに分けてあった。色味、模様の入り方が産地や鉱山によって全く違う。こんなに様々な表情のものがあるとは知らなかった。殆どはアクセサリー加工してある。気になるものがあれば見せてくれる、というので小さめの石だけれど、色合いも模様の入り方もよい、と思われたものを指さした。お店の人が出しながら、これは一押しだと言う。少し前の仕入れのもので、今ではなかなか手に入らないそうだ。ケースの中で迷うことなくこれが目についたので、少しは鑑識眼があると思っていいのかしら。買えるだけのお金が入った時にまだ残っていて、その時にも欲しい、と思えたら縁があるのでしょう。こういうのは普通にきれいですね。アリゾナのスリーピングビューティ鉱山のものだとか。
2006年03月04日
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「今日中に終わらせます」と言ったところまで完了したのは、もう10時半近く。プリントして上のフロアの担当者のところへ持っていったら恐縮していた。担当者は若い女性だけど、彼女もまだ帰る気配がない。幹線道路に面した自社ビルの、かなり広い6フロアを使っているこの会社は設計事務所ではないが、社内の様子は大手設計事務所ととても似ている。若い社員が多く、派遣、契約社員、バイトも相当数いるらしい。専門にかなり詳しいので社員かと思ったら契約だったりして、首からIDカードを下げていなかったら誰が社員か判別することは難しいだろう。追い込みなので、私も毎日9時半頃まで残業しているが、その時間でも殆どみんな当たり前のように仕事している。10時過ぎるとさすがにちらほら帰り始めるが、それでもまだ若い女性達も含めて半分以上は残っている。定時で終了するのが当然の会社にいる人から見たら異常な光景だろうけれど、設計事務所もほぼ同じ状況で、毎日いるとだんだん麻痺してこれが当たり前になってくる。5時半、6時、なんて時刻はなんの意味ももたずに過ぎていく。その時間から普通に打合せが始まったりする。期限までに残り全部終わるのか??日曜日も出ることになりそうだ。
2006年03月03日
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今やっている仕事は、作業自体は別に難しくはないのだが、データの作り方と手順がちょっとややこしい。順番を間違えると結構面倒なことになって、おまけにつまらないことに手間がかかる。同じことの繰返しなのだが、かなりの数がある。午前中の30分ほどを裂いて、手順をフローチャートに書き出した。どの段階で図面の複製を作っておくと一番効率よく、ミスも少なくできるか等々、一度ちゃんと考えてこれを作ると後はそれに従って作業をすすめればいいので楽だ。段階ごとに何度か複製図面をつくらなくてはならないので、その時につける名前も決めておかないと、あとでどれがどれだかわからなくなる。最終的には2つの図面データだけを残すので、間違って必要な図面を削除してしまうと大変なことになる。始める前に仕事の段取りをきちんと考えて決めたほうが、作業効率もよく、ミスも少ないのだが、これを考えている時間を手が止まっているとしか思わない人がいる。設計事務所や今いる会社は、期限内に成果物ができあがればいいので途中で干渉されることは殆どないのだが、部下や派遣社員などがさぼらないように目を光らせることが大切、と思っている上司がいる職場は本当に困る。こういった人は 「手数を省くこと=楽すること」 としか考えなかったりして、時間が足りなければ考えるより馬車馬のように頑張ってスピードをあげろ!!とプレッシャーをかけてくるから始末が悪い。
2006年03月02日
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月曜日からの急な仕事にかりだされて、久しぶりにCADで図面を描いている。締め切り間際の追い込みで、連日ほぼ12時間、昼休みを除いて図面描きっぱなし。実は最初に話があった時は、先週から2週間、という仕事だったのだが一度流れたのだ。家から歩いて12,3分のところでちょうど良かったのだけど、まあ、縁がなかったのだろうと思っていた。ところが先週の金曜日に電話があり、月曜から来て欲しい、という。終わりは同じなので1週間だけの仕事になるはずだった。それが今日になったら、延長して2週間来てもらいたい、と言われた。つまりはまるまる1週間後ろにずれこんだことになる。この1週間のずれ、というのが実は重大なことだったのだ。先週、思いがけず大きな展開があって、ずっとやりたかったことにかなり近づくことができた。もし予定通りに仕事が始まっていたら、これはなかったわけだ。いつかは同じようになったかもしれないけれど、先週というのがこの件に関してはまさにタイムリーだったのだ。一見アンラッキーなことが、実はとんでもないラッキーだった、ということはよくある。タイムラグがあったり、三段論法のようだったりするとわかりにくいが、目先のことに一喜一憂せずに注意深くしているとだんだんわかるようになってくる。そうしてそのうちに、その見事なまでの采配が、結果としてすぐ直後にあらわれるようになってくるのだ。
2006年03月01日
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