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世の中はゴールデンウィークらしい。土日も祝日も、生活時間すら関係なくなってどのくらい経つだろう。登録してある派遣会社から、時々仕事の紹介がくる。短期で短時間または週3日程度、という条件で登録してあるので滅多にないのだが。決められた時間通りに毎日出勤する、ということが続けられない。小学生のころから遅刻せずに毎日登校するのが苦痛だった。夜中まで仕事するのも、休みなしでも平気だけれど、出勤時間に厳しいところはどうしても耐えられない。タイムカードなんてあった日には、それだけでストレスはフルになる。拘束されるのが苦手なのだ。仕事の結果ではなく、自分の時間を売ることで、相手が私の時間に対する権利を持つ。時間を売ったことで、それ以上の支配を受けるような気がするのがきっと嫌なのだ。フレックスタイムだったら、いくらでも働けるのだけど。
2006年04月30日
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仕事がはかどらない。ライフワークのほうではなくて、現実のお仕事。やるべきことは決まっている。わかっているのに、手も身体も頭も動かない。ひとりでやっている、ということは自分がやらなければ何一つ先へは進まない、ということだ。外出して帰ってきても、出かける前と同じ状態のまま。その間に何かができあがっている、ということはあり得ないのだ。まいったな、何が原因なんだろう。波に乗っていれば1日でできることが、何日かかってもできない。考えなくてもできる作業だけでも進めておこう、と思うのだけれど、やはりストーリーに沿って並べていかないと、膨大な量を全てやらなくてはならないことになる。できる状態になるまで待つしかないか・・・
2006年04月29日
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新月になりましたね。4:44 牡牛座の新月です。もうアファメーションはされましたか?8時間以内にすると叶えるパワーが強力ですが、それを過ぎてしまっても48時間以内ならOKです。新月が牡牛座にある時のキーワードは 「お金」「官能的喜び」「満足」「忍耐」 「自分の存在価値を認める」「解放する」「頑固さ」叶いやすい願い事の文例はメルマガを参考にしてくださいね。 めるま まぐまぐ
2006年04月28日
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明日28日の早朝、4:44に新月になります。牡牛座の新月です。8時間以内にアファメーションを書きましょう。牡牛座の新月に叶いやすい願い事の文例は、今朝配信したメルマガに書いてありますので、参考にしてくださいね。 めるま まぐまぐ
2006年04月27日
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昨日の雪のせいか、曇っているにもかかわらず遠くの山々の稜線がはっきりと見える。晴れた日でも、雪を被った山頂がこんなによく見えることはあまりないそうだ。駅に荷物を預けて歩いてきたら、約束の時間より10分ほど早く着いた。昨年ここへ来た時は車だったので、もっとずっと駅から離れたところかと思っていた。ゆっくり歩いて15分ほどで来れる距離だったのだ。しかし、東京に住んでいる人のほうが、地方の人よりはるかによく歩く。東京のように交通網が発達しているわけでなく、電車やバスの本数が少ないから当然のこととして車で移動することになるので、近い距離でもすぐ車を使うことになるのだろうか。初日に商店街で駅までの道を訊いた時、「この道をまっすぐ行くと駅ですが、結構ありますよ」と言われたが、歩いてみたら6分程度だった。東京では駅によっては地下鉄の乗り換えにそれくらい歩かされてしまう。来る前に高山で行きたいところ、会いたい人をリストアップして、今回はどこを訪ねるべきかチャネラーさんに尋ねてみた。ここへ来たのはこの人に会うように、と言われたからだが、何故この人に会う必要があるのかはまだわからない。何の話をすればいいのだ? と思いながらも事前にアポをとって訪問した。自分でも不思議なのだけれど、昔から誰かと近づきたい、接点を持ちたい、と思うと自然に口実というか、会わなくてはならない用事を作ることができるのだ。絶対に今必要か、と言われればそうではないが、いかにもとってつけたようなものでなく、極めて自然な必然性のある理由を見つけることができるのは、特技と言ってもいいかもしれない。いくつかの話題と質問は用意してあった。好奇心は旺盛なほうなので、だいたいどこでも質問はすぐに思いつくことができる。その人の専門分野に関することを訊ねれば、大抵は快く話してくださる。あとは自然の成り行きで話題を繋いでいけばよい。こういった場合、私は不必要に相手に迎合したり、作り話をしないことにしている。少なくとも、本当に思っていないことは言わない。もっともらしい話をするよりも、今はそちらのほうが作り話のように思えても、本当に心から思っていることを話したほうが相手の心に伝わる。勿論、相手にもよるのだろうけれど、私がこれからもずっと関わっていきたい、と思う人たちは実態のない雲を掴むような内容でも、むしろそちらのほうが真意を汲み取って評価してくれた。30分くらい話せればいいかな、と思っていたが結局1時間以上もお邪魔していた。後から思い返すと、かなり重要なアドバイスをいただいたことがわかる。アドバイス、という程度のものではない、むしろ本質的なことに気づくことができる内容だ。具体的なやりとりは書くことができないけれど、やはりここへ来ることには大きな意味があったのだ。さあ、この3日間の成果をどういう形で現実に反映させていこうか。
2006年04月26日
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昨日の暖かさとはうって変わって、窓の外を見るとなんと雪が!!満開の桜に牡丹雪がきれい。高山でもこんなことは滅多にないという。珍しい光景を見せてもらった。一応小さな折り畳み傘は持ってきたけれど、降りしきる雪、結構な寒さ。午前中は古川へ行ってきたいのだけれどもどうしようか・・・そう思っているうちに、古川行きの電車の時刻近くになったら、嘘のように晴れ上がってきた。飛騨古川まではローカル電車で15分ほどだ。ところが、古川へ近づくにつれ雲行きが怪しくなってきた。駅に着く頃には外は土砂降り。古川は小さい町で古い町並みが残っていて、実際に建物に使われている木組を見ることができるのだが、この雨ではむずかしい。まずは一番の目的の「飛騨の匠文化館」へ。吉田桂二氏の設計で吉田五十八賞特別賞を受賞したこの建物は、古川の大工の伝統と技術を伝えるために、釘を一本も使わずに、地元の大工さんたちが造ったものだそうだ。現在はナショナルトラストの所有で、観光協会が借り受けて運営しているらしい。建物も素晴らしいがここは展示も充実していて、継ぎ手や組木の見本、大工道具など、飛騨で活躍した匠に関する資料が多数ある。しかも見るだけではなく、実際に千鳥格子や継手・組木などは触って組むことができる。そうなのだ、こういうことができる場が欲しいのだ、東京でも。そういう思いもあらたに館の外へ出ると、またもや本格的な雪。すぐ近くの「飛騨古川まつり会館」へ。こちらには祭屋台が展示してあり、他にも映像で様々な資料を見ることができる。古川は高山に比べて規模も小さく地味だけれど、観光化が進んでしまった高山よりも逆に内容的には充実しているともいえる。両館で思いのほか時間が過ぎた。本数の少ない電車の時刻に合わせて駅に戻るころ、明るい青空の下はまた土砂降りの雨。一体この天気はどうなっているのだろう。高山は朝の雪が上がってからは、ずっと晴れていたらしい。
2006年04月25日
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9月以来、半年ぶりの飛騨高山。8時に新宿西口を出発する高速バスの乗客は10人足らず。好きな席に移っていい、とのことでゆったりと座ることができた。日頃の睡眠不足をしっかり解消して、1時半には高山駅前に着いた。まだ肌寒いかも、と思っていたのだが結構気温も上がっていて、同じバスに乗っていた外国人の男性はTシャツ1枚で町の方へ歩いていった。ホテルにチェックインしたら休む間もなくすぐに出かけなくてはならない。駅に戻ってタクシーに行き先を告げる。今年は春が遅くて、高山祭の時には桜はまだ蕾も固かったそうだ。ようやくこの天気で一気に花開き、今日、明日で満開ですよ、と運転手さんが話してくれた。今年、もう一度満開の桜を見ることができるとは思っていなかった。意外なことに、目的地は住宅街の中にあった。普通の住宅の裏へ廻るとそこは下小屋で、何人もの大工さんが立派な太い材に墨付けをし、のみを入れている。高い天井にはレールが取り付けられ、そこから電動のこが下がっている。脇のドアをあけ、案内されるままに2層分の急な階段を上がった。広間のような部屋には、床一面に何枚もの原寸図が広げられている。「どうぞ」とその上をどんどん歩いていかれるので驚いて見ると、厚手の透明ビニールシートが図面の上を覆っていた。図面はほとんど全て原寸で描かれるらしい。10ミリの寸法は1/10の図面では1ミリ、1/20の図面では0.5ミリになる。鉛筆の線の太さ分で違ってしまうから、原寸で描かなければ正確に表せない、という。CADは基本的に原寸で描くわけだが、出力の時には大きい建物だと1/50、1/100のことが多い。納まりなどの部分詳細図も1/5から1/2程度。手描きでこれだけの原寸図を描く、ということを考えただけでどれほどの労力だろう、とまず思ってしまう。でも、ここではそれが当たり前のことなのだ。本題に入って、こちらのお願いと企画の話をさせていただいた。意図としては理解していただけたけれど、同時に実際に携わっている方からの、様々な現実的な問題も聞かせていただくことができた。文化に対する日本の貧しい現状、経済システムの問題点、意識のありよう、あらゆることが改善されなければ、どうにもならない現実がある。伝統技術を残したい、後世に伝えたい、と思っても、所詮私たちは部外者なのだ。映画を作ったり、本を書いたり、メディアに紹介したりしたところで、この現状において伝統技術を踏襲してください、と職人さんにお願いすることは、彼らに生活のリスクを負ってください、と言うに等しい。経済状況を改善することはできないけれど、文化を紹介をして応援しますから頑張ってください、と言うのは文化財住宅の維持を住人に全て負わせることと変わらないだろう。どうすればいいのだろう、何をすることがよいのだろうか。もう一度、立ち戻って組み立てなおす必要がある。
2006年04月24日
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大手町の近く、鎌倉河岸に「エヴァンタイユ」というレストランがあった。「エヴァンタイユ」とはフランス語で「扇」を意味する。ざらっとした手触りのチョコレート色の包装紙にも扇の絵が描いてあった。オーナーが扇谷さんという苗字だった。扇谷 正なんとか、という名前だったが、扇谷正造氏と関係あるのかどうかはわからなかった。レストランは何度か行ったことがある。誕生日に母が連れて行ってくれた。通りに面した明るいエントランスにはケーキのショーケースが置かれ、ケースのコーナーを回ったところにはビロードの緞帳のようなカーテンがかかっていて、その奥は照明を落としたレストランだった。本格的なレストランだったが、場所柄かビジネス系や年配の人が多く、堅苦しくもお高くもなくて落ちつける店だった。レストランは普段にそうそう行けるところではなかったが、ケーキはよく買いに行った。小川軒のレーズンウィッチよりしっとりとしたレーズンサンドも美味しかった。しかし何と言っても、一番はフランボワーズのケーキだった。ホールは楕円系をしていて、上面には真っ赤なフランボワーズソースと真中に金箔が少し乗っていて、側面はピンク色のクリームが塗ってあった。中はスポンジとクリームが交互に重なって、それほどお酒は強くないシロップでかなりしっとりとしていた。今までいろいろなケーキを食べてきたけれど、一口で感激したのはこのケーキしかない。しかも、何度食べてもその都度、同じ感激を味わうことができた。それ以来、うちでは何かあったときはいつも、これが定番になった。東京も離れて足が遠のき、たまに思いがけないところでレーズンサンドを見つけて買うこともあったけれど、ケーキは扱っていなくてわざわざ大手町まで買いにいくこともなかった。広尾にもケーキだけのお店があるのを知って、一度、フランボワーズのケーキをオーダーしたことがある。でも、パティシエが変わってしまったのか、以前とは全く違うものになっていた。その後もいくつか、他の店のを試したことはあるが、やはりかつてのエヴァンタイユには遠く及ばなかった。フランボワーズのケーキはムースがメインのものと、スポンジにソースを塗ったものがあって、ムースのほうはまあまあ美味しいものもあるけれど、スポンジ系ではこれ、と思うものは殆どなかった。今日のケーキを用意するのにリクエストを訊いたら「フランボワーズ」という答えが返ってきた。フランボワーズ か・・・どこが美味しいんだろう。ネットで調べたら、フランボワーズケーキにはこだわりがある、という店が見つかった。フランスでの修行時代にこのケーキでコンクールで優勝したのだという。なんと、かつて広尾のエヴァンタイユがあったところのすぐ近くだった。早速電話して18センチのホールを予約した。天気予報は午後から雨。午前中にとりに行き、早めの夕食のあと、期待をこめて開けてみた。誕生日、と言ってあったので、プレートとバラの飾りがついた上品なデザインだった。早速みんなで切り分けた。まあ悪くない、というか、きっとかなり美味しいほうなんだろう。だけど、やはりエヴァンタイユには及ばない。今でもしっかりとあの味は思い出すことができる。もう一度、食べてみたいな・・・
2006年04月23日
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多くはないが、真夜中とかにワン切りが携帯にかかってくることがある。見知らぬ番号の時もあり、これはそういった業者なのだろうが、ごくたまに非通知のものがある。非通知のワン切りって・・・何なんだろう、一体。謎・・・
2006年04月22日
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よく「他人はわかってくれない」と言うけれど、それなら自分は自分のことがわかっているのだろうか・・・友人といる時にたまたま鏡の前に立ったことがあった。鏡に映った友人の顔は、いつも見ているそれとなんだか少し違って見えた。両方を見比べていると、ふと気づいた。自分の顔を直接見ることはできないのだ。鏡が写真か映像か、そういうものを通してしか見られない。身体の部分は見られても、全体を見ることもできない。録音された声を聞いて、自分の思っていた声と全く違っていて驚いたこともある。他人に指摘されて初めて気づく癖・・・自分以外の誰もが知っている自分を、多くの人の中から見分けるための最も基本的な部分すら自分自身はわからないのだ。普段は別にそんなことを思うこともないが、時折ふと鏡を見ながら不思議な気分になることがある。
2006年04月21日
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それはまるで砂地に足をとられたようだった。力を入れて踏ん張ろうとすると、ずぶずぶと砂地の中に足が沈んでいく。蟻地獄とはこういうものか、と思われた。このまま気が変になるか、廃人になっていくのだろうか、と本気で考えた。それとも、壊れてゆく自分を見続けることができずに自ら終止符をうつことになるのか、どちらかしかないような気がしていた。考える時間を作らないために、スケジュールは全て埋めた。スキー、テニス、飲み会、と今までの人生であれほど遊んだ時期はなかった。それまでの愛想のない、付き合いの悪い私から一転して友達いっぱいの活発な女の子になった。「とっつきにくいと思っていたけど、そうでもないんだね」いろいろな人に何度も言われた。その効果はどうだったのか・・・それは一層事態を悪くした。遊んでいる時はいい。そのかわり、ひとりになった時の揺り戻しは半端でなかった。おそらくその時に私がするべきことは、自分と対峙することだったのだ。あらゆる怖れを乗り越えて自分自身の内面へひとりで入っていくことだったのだ、と今なら思えるが、当時はそんなことはとてもできなかった。あの時を乗り越えることができたのは、自分に唱えつづけた一つの言葉だった。 5年後にはすべて変わっている。 いつまでもこのままの状態であるはずがない。 5年後には何もかもうまくいっている。何の根拠もない。5年後、ということに意味があったわけでもない。ただ、ひたすらこの言葉だけを信じ続けた。いつの頃からか、私は少しずつ自分を取り戻し始めた。でも、病後の身体が健康だった時に戻ることがないのと同じように、そうなる以前に戻るわけではないことを私は知った。記憶力が著しく衰えた。頭の中にいつも蜘蛛の巣が張っているような感覚が残った。それでも、なんとか生き延びた。大病から生還したような気がしていた。
2006年04月20日
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20代の初めの頃、本が読めなくなった時期があった。それまでは本屋さんに行けば、読みたい本はいつでもすぐに見つけられた。何の予備知識もなくても、書棚に並んだ本の中から確実に自分に合った本を見つけることができたのに。何時間、棚の間を歩き回っても、自分が読むべき本を見つけることができなかった。ようやく1冊を選び、読み始めても今度は文字が頭に入っていかない。目は文字を追っても、読む傍から抜け去っていき、今読んだばかりの1行も覚えていない。本だけではなかった。食べるものを選ぶこともできなくなった。食品売り場を何周もして何も買えず、その挙句に冷蔵庫にあるものを手当たり次第食べては、指を突っ込んで吐いていた。後からあの時はかなり危なかったのだ、と思ったが渦中にいた時はそう気づくことはなかった。自分に何が起きたのか、どうしてこうなってしまったのか、全くわからずにいた。安物のハンカチのように、輪郭と中の色の印刷がズレてしまったような感覚だけがあった。
2006年04月19日
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三月も四月も特別な意味を持たなくなってから、桜の季節もどうということもなく過ぎていた。お花見、という口実の飲み会に行くこともなくなっていた。今年は何箇所か桜の名所に行き、写真を撮ったりしていたのは原稿を書く仕事があったからだ。書いた原稿は今年の掲載ではなく、来年使うことになる。季節感を感じる間もなく日々が過ぎていく。いつからこんなに慌しく生きるようになってしまったのだろう。桜が終わる頃咲き始める海棠。鎌倉へ海棠を見に行きたい、と思い始めて何年になるだろうか。今年も行くことができないうちに時間が過ぎていく。
2006年04月18日
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このところ本や活字を読むことは一時期より多くなったが、小説はほとんど読まなくなった。一番最近読んだのは、たまたま家にあった東野圭吾の「容疑者Xの献身」と「白夜行」感想は・・・東野ファンには怒られそうだ。どちらも面白いことは面白いのだけれど・・・うすい・・・というのが正直な感想。論理的な破綻もないし、文章も読みやすくてテンポもリズムもよいのだけれど、読み終わって心にも感覚にも残るものがあまりない。東野圭吾のことを書いているいくつかの掲示板やブログを斜め読みしてみて、おもしろいことに気がついた。これは私が思っただけかもしれないけれど、露骨に書いてはいないが読めば一目瞭然、というかそのようにしか解釈できないだろう、と思われることに悩みやいく通りもの解釈の応酬があったりする。東野氏はもともと理系の人なので、私には典型的な理系の人が書いた文章に思える。理系の人はあまり意味のないことは書かない、無駄な記述がない。登場人物の設定も伏線も、なぜこんな記述がわざわざされているのか、という点から考えると一応納得できる説明に行きつく。こういう読み方は邪道なのだろうし、つまらなくしている原因なのもよくわかってはいるのだが。
2006年04月17日
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友人がDVに関するHPを昨年立ち上げた。彼女は身体的な暴力は受けなかったが、夫から精神的DVを受け続けていた。私が彼女と知り合ったのは昨年の今頃だが、あれほど明るく活動的な女性が、数年前にはこんな心情でメモを書き綴っていたのか、と思うと涙が出そうになる。自分の体験を生かして、DVで苦しむ女性たちのために何かをしていきたい、と彼女は考えている。勤めの傍ら独力で、数年がかりで作ったHP。本当はこういう情報が役に立たなくなることが一番なのだけれど。″HERE & NOW″~今ここに~
2006年04月16日
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年に2回、4月と10月に開催される、友人のアマオケの定期演奏会。ついこの間聴きに行ったと思ったら、もう春の演奏会だ。今回は北欧プログラム。「カレリア組曲」という名前は聞いたことがなくても、曲は耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。「ペールギュント」組曲の「朝」は音楽の授業で聴いたり、朝礼の前にかかったりする爽やかな曲だけれど、戯曲の解説を読むとペールギュント(主人公の名)は爽やかさとは程遠い、とんでもないヤツだった、ということを知ってちょっとびっくり。メインのシベリウス、交響曲第1番は好きな曲だけれど、あまり一般受けする曲ではないし盛り上がりに欠けるから、アマオケで演奏するのはちょっと難しい。案の定、いつもに比べて終演後の拍手がいまいちで、アンコールの前に途切れてしまわないかとこちらが気をもんでしまう。アンコールは北欧プログラムではお決まりのフィンランディア。これなら文句なく盛り上がって終わるので、不完全燃焼になる心配はない。次回はフランス・プログラムとのこと。今度はどんな選曲になるのか、今から楽しみだ。
2006年04月15日
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以前ヒーリング関係で知り合った画家の女性のグループ展があり、神保町のギャラリーへ。神保町はもともと地元でもあり、最近は何かと行く用事が続いていたので、また今回もここで、というのは不思議な気がする。場所の縁、人の縁、というのはやはり波があるのだろうか。彼女と会うのも随分と久しぶりだ。考えてみると、最後にあったのは2年近く前になるかもしれない。ヒーラーの基礎講座のようなところで一緒になって、一時期は彼女もヒーラーの仕事をしていたけれど、今ではもうやめてしまっているらしい。本来の自分の仕事はやはり絵を描くこと、というところへ行き着いたようだ。おそらく、ヒーリングを学ぶことは彼女にとって、絵を描くために必要だったのだろう。ヒーリングを学ぶのは、必ずしもヒーラーになるためだけではない。自分本来の仕事を通して人を癒すことができれば、それはヒーラーとして実践しているのと同じことなのだ。私は彼女の描く絵が好きで、いつかはオーダーで描いてもらいたいと思っているが、今回の出展作品は以前とは随分と画風が変わっていた。そのことを尋ねると「厭きちゃったのよね」という答えが返ってきた。それでも、以前のような絵は一切描かない、というのではなくて要望があればまた描くし、もっといろいろな絵を描きたいのだという。イラストや広告、ディスプレイなどの仕事もしてきたけれど、今はとにかく絵を描くことが楽しく、描きたくてしかたないそうだ。仕事に夢中になっていると恋愛のほうは二の次になってしまう、というあたりは一致していて、どうもこのパターンからは二人とも逃れられないらしい。彼女が大事でないわけではないのだが、仕事が乗ってくるとほったらかしになってしまう男性の心理が、自分のこととして共感できる、というのはいいんだか悪いんだか・・・
2006年04月14日
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ブログの更新が滞りがちになっている。HPは更に滞っていて、月一度のお知らせがかろうじて更新されるだけで、内容記事にはほとんど手がつけられない。アクセス解析を見ると、毎日3桁のアクセスをいただいて、特に新月の前後には1,500を超えることも少なくない。申し訳なく思ってはいるのだけれど、みようみまねで作ったHPの更新は結構時間も手間もかかって、うっかりすると表示が崩れてしまって大変なことになったりする。作るより変更や更新のほうが、大変だということを実感している。しかし、ブログのほうは記事を書いたとたんに、沢山の無意味なトラックバックがつけられて、これを次々削除するのにうんざりする。以前はそんなこともなかったのに、いつの頃からか急に多くなった。みなさんもそうなのだろうか・・・
2006年04月13日
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木材活用推進協議会の主催するシンポジウム「建築に生きる 木の魅力」に参加するために建築会館ホールへ。昨年の今頃もこのシンポジウムがあって、木材活用推進協議会の母体である、協同組合の方々とも初めてお会いした。その後、ワークショップの協賛や後援をしていただき、そのほかにもいろいろとお世話になっている。昨年のパネラーは、隈研吾、太田邦夫、内田繁の各氏、司会は馬場璋造氏だった。今年は司会は昨年同様馬場氏、パネラーは内藤廣、小嶋一浩の各氏だ。あれからもう一年か・・・あの時はまだ思いだけで影も形もなかったものが、今はいくつか目に見えるものになっている。その間に多くの方達との出会いがあり、たくさんの力をいただいてきた。あらためてそのひとつひとつに感謝して、今年の目標に取り組んでいこう。
2006年04月12日
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飛騨高山の近くに古川という町がある。こちらも高山と同じ金森氏が治めていた古い町だ。高山からローカル線で15分、路線バスでも30分程度なのだが、高山に比べて地味、はっきり言ってあまり有名でない。しばらく前にある建築家の個展に行った時、これから取り組もうとしていることのお話をさせていただいた。そうしたら、私と入れ違いに帰られた方がこんなものを作った、と置いていかれたが参考になるのでは、と見せてくださった。「飛騨古川タウントレイル2 木組・町並みの隠れた宝物」という冊子で、「継手」や「仕口」の解説と実際に古川の町なかで、それが見られるところを紹介している。キャラクターを使って子どもにも読みやすいものになっている。前衛的ともいえるお仕事をしておられる、建築家というよりも芸術家に近い方の個展で思いもかけない出会いだった。その冊子を持っていらした某大学の先生を紹介していただいて、お会いできることになった。私はかなり年配の老教授を勝手に想像していたのだが、思いのほか若い方だった。研究者としては相当な方なのだけれど、机上の学問だけでなく現実的なこともきちんとおさえておられる。古川は対象外だったのだけれど、いろいろとアドバイスをいただいて、高山とは違う意味で関わってみる価値があるかもしれない、と思い始めている。
2006年04月11日
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パワフルだとか、行動力がある、とよく言われるが、自分ではあまり自覚がない。上を見ればきりがないので、私なんかよりもっとずっと素晴らしく行動力のある方が大勢いる、と思っているし。まあ、どちらかと言えばあるほうなのかな、と思っている程度だ。気が短くて好奇心旺盛、慎重であることよりタイミングを掴むほうに留意しているので、すぐに動くというにすぎない。実際、自分のことを客観的に量ってみるのはむずかしい。自慢、というわけではなくて、長所でもあり短所でもあると思っている点なのだが、私には見栄やはったりが殆どない。少なくとも自分に関して話すことは、ほとんどそのまま本音であり、事実だ。だから、相手の言うこともそのまま鵜呑みにしてしまうことが多い。よく言えば純粋、実際は単純と言ったほうがいいかもしれない。しかも、自分に関しての査定が辛めなので、他者との関係においてどちらかというと相手を過大評価してしまうことが多い。実際以上に相手をタフで強い人だと思ってしまうことも多々ある。「どうしてやらないの?」以前はこの言葉を口にすることが多かった。今は気をつけてあまり言わないようにしているが。私にとっては純粋な疑問、或いは「やればいいのに、もったいない」という程度のニュアンスなのだが、どうもこれは相手にとっては責められているように聞こえることが多いらしい。私は相手の実力が本人の言っているそのままだと思っているので、難なくできるのにどうしてやらないのかしら?やったらもっと楽によくなれるのに。と思って言うだけなのだけれど、どうもそうは受けとってもらえないことが多い。そんなつもりはなくても、相手にプレッシャーやストレスを与えてしまうなら、それは言わないほうがいいのだろう。気をつけて見ていると、パワフル、と思える人でも、周囲にプレッシャーを感じさせる人とそうでない人がいる。どちらかというと、それを感じさせない人は自分のやりたいことを当然のようにやっていて、それをまわりが「すごいこと」「すごい人」と言っているだけ、ということが多いように思える。よい意味で、自分のことに専念すればそれでいいのだろう。それぞれみな、自分のペースがあり、時期も順序もあってそれは本人が決めることなのだ。
2006年04月10日
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月一度のエネルギー研鑽会に、このところ予定がかちあって参加できずにいた。久しぶりに行って、また少しリフレッシュできたかな。なかなかスケジュールが合わずにいた人とも、思いがけず会うことができた。異論はあると思うけれど、目に見えることも見えないことも「全てはエネルギー」と考えると非常にシンプルでわかりやすい。エネルギーは形を変えるだけで、なくなるわけではない。自分が発したエネルギーは必ず自分のところへ戻ってくる。証明できない、とか気持ちの問題、と片付けることも勿論できるけれど実際のところ、そうでない、という証明も誰もできないのだし、考え方が結果に大きく作用するのは周知のこと。だったら、それが正しいかどうかを探ることに時間や労力を使うよりも、それをまず受け入れてよい結果を出すことに専念したほうがよいように私は思う。アインシュタインも「エネルギー保存の法則」は、物質もエネルギーと本質的に同じ、物質も含めエネルギー量は変わらない、と考えているのだし。とはいえ、日常生活の中でエネルギーの存在を意識するのはむずかしく、すぐに忘れてしまいそうになる。やはり、月に一度は参加して思い出すようにしないと。
2006年04月09日
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美術館めぐり2日目のスタートは、汐留ミュージアム。開催しているのは「建築家グンナール・アスプルンド」─癒しのランドスケープ─スウェーデンの建築家 エーリック・グンナール・アスプルンド のことは今まで名前も聞いたことがなかった。北欧のデザインは日本でも人気が高いが、北欧の建築家というとアルヴァ・アアルト、アルネ・ヤコブセン、ヨーン・ウツソンくらいしか知られていない。アスプルンド展のポスターになっている「森の礼拝堂」の雪景色は本当に美しい。「夏の家」はアスプルンド自身の休日の別荘で、周囲の環境に溶け込む素朴な佇まいと、シンプルでモダンなインテリア、居間の窓からは入江の景色が見渡せる。あたたかくくつろげる空間だ。北欧は日本とは全く違う気候風土なのに、なぜか懐かしいようなしっくりと馴染む感覚がある。こういう展覧会を見ると、やはりミース展はもう少しなんとかならなかったのか、と残念な思いが残る。雨も上がった午後は目黒の庭園美術館へ。ここは展示よりも建物が目的。旧朝香宮邸の建物は一見の価値がある。以前にも2度ほど来たことがあるが、皇族とはいえ日本でもかつてこういった建物を造らせ、そこで生活していた人たちがいたのだ、ということには毎回感嘆する。アール・デコの粋を集めた建物は、細部のデザインにも細かい心配りがされている。設計にあたって、朝香宮妃が随分と熱意を持って取り組んだそうだが、妃は半年あまりしかこの建物に住むことなく逝去された。夜は恵比寿で食事することになったが、さすがに写真美術館はパス。よく歩き、よく見、充実した二日間だった。
2006年04月08日
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友人が週末にかけて東京へ出てきたので、二日にわたって美術館めぐりをすることになった。まずは千鳥ヶ淵のNIKIギャラリーで待ち合わせ。ここはかつてフェアモント・ホテルだったところだ。今はマンションになっていて、桜並木に面した部屋は10億という話を聞いたことがある。山本容子展を見ながら、ティールームで予約のお弁当をいただく。桜はもうかなり散り始めているけれど、平日の日中にこういう時間が持てることが、なにものにも代えがたい贅沢に思える。 桜並木を靖国神社の方へ戻り、北の丸公園を抜けて坂を下ると国立近代美術館。「生誕120年 藤田嗣治展」が開催されている。藤田嗣治は好きな画家の一人だ。波瀾に満ちた密度の高い人生と、その人生そのままを表す膨大な量の作品に圧倒された。藤田嗣治というと、磁器のような乳白色の肌の女性像、というイメージが強いが、かなり違う画風の作品も数多くある。今回改めて思ったことは、この人は本当に絵が上手な人なのだ、ということ。当たり前のことではあるのだけれど、写実的な作品を見るとその確かなデッサン力に感嘆してしまう。藤田嗣治の描く女性も子どもも、美しくて可愛らしいのだけれど、その絵にはどこか毒があり病んでいる感じがある。そこが一番魅かれるところなのかもしれない。私は基本的に美しくて不健全、不安定なものが好きなのだ。友人は夕方、上京の目的であるセミナーがあるので、「藤田嗣治展」をあとにして、地下鉄で三田へ向かう。建築学会の建築会館ギャラリーで開催中の「ミース・ファン・デル・ローエ生誕120年展」の最終日なのだ。図らずもこちらも生誕120年。そうか、藤田嗣治とミースは同じ年だったのか・・・感慨深いものがある。しかし・・・展覧会のあまりの違いにちょっと・・・まあ、会館のギャラリーは狭いし、入場無料ではあるけれど、質量ともに濃密な「藤田嗣治展」のあとで、正直これはないな・・・という感じがする。もう少し何とかならなかったものかしら。折角、生誕120年展を開催するのだから。思ったよりずっと早く終わってしまったので、ヌースフィアでお茶をいただきました。「ヌースフィア」ってどういう意味なのかな?と思って調べてみたら、松岡正剛氏の「千夜千冊」にありました。なんとこちらも図らずも、松岡正剛氏に始まって、松岡正剛氏でしめた一日だったのでした。
2006年04月07日
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人は誰でも矛盾や辻褄のあわない部分を抱えている。自分自身のことを考えてみても、人と話しながら明らかにさっき言ったことと矛盾しているな、と思うこともある。他の人のことを思うとき、不思議と相手の矛盾が気になる人とならない人がいることに気づく。些細なことなのに、不整合がとても気になる人がいるかと思えば、支離滅裂といってもいいくらいなのに気にならない人もいる。それは内容によって、というよりも人によって、ということが多い。私に限って言うなら、矛盾が気にならない相手は整合していなくても、どちらもその人にとっては本当のことでそれを正直に出している場合が多い。だからそれらがひっかかることなく、こちらも自然体で長く付き合っていかれる。一方、矛盾が気になる相手はなぜか私にとって、後々トラブルの種になることが多い。矛盾点について質問しても、その答えが何度聞いても腑に落ちなかったり、すっきりしない。最後は自分で自分を納得させたり、最初から気づかないふりをしたりするのだが、大抵こういう相手は私には良い結果をもたらさないので、最近はあまり深くかかわらないようにしている。以前は私にとって理解できない、という理由で敬遠してはいけない、とか、わからないのはこちらに何かが不足しているからでは、と思ったりしていた。今はそれはあまり考えないようになった。相手に問題があるのか、単に相性の問題かわからないけれど、今の私にとってはそういう相手との人間関係を構築することよりも、確実に先へ進むことのほうが大切だからだ。
2006年04月06日
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近いうちに会おう、と言っていた友人から昨日電話があり、今日のランチタイムなら時間がとれると言う。実は別の予定が入っていたのだが、これを逃すとまたいつになるかわからないので、先約を急遽ずらしてもらいお昼に会うことにした。メールではまめに連絡を取り合っているのだが、やはり直接会って話すとそこからの展開のしかたが全然違う。時間がないので、食事を味わう余裕もなくできる限りのことを伝え合う。もう少しゆとりが欲しい、いろいろな意味で。今日の予定を明日にしたので、午後の時間が空いた。午前中に別の人に、当日で申し訳ないが午後ならあいている、とメールをしたら、やはり昼頃近くで打合せがあるのでその後会える、と返事がきていた。こちらは初対面。友人が紹介してくれた人だ。全く畑違いの友人なのに、ちょうど探していたのにぴったりな人を紹介してくれた。人脈はライフライン、心からそう思う。打合せの最中に電話があり、夜にギャラリーのオープニングがあると連絡をもらう。直接の関係者ではないので本来は顔を出す筋合いではないのだが、こうして声をかけてもらったら紛れ込むことができる。本当にありがたいことだと思っている。
2006年04月05日
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今週も気がつけば、いつの間にか全て予定で埋まっている。今日は夜の8時から打合せだ。先方もたいそう忙しいらしい。スピリチュアルな本でもセミナーでも、たいてい「好きなことだけやりなさい」とアドバイスしている。これがなかなか納得できなくて、「好きなことだけでは生活できないではないか」とか「単なるわがまま、気ままに生きることの正当化ではないか」と思ったりしていた。今はその意味が少しはわかったように思える。「好きなこと」で生活するのは確かにむずかしい。私の場合も我慢して会社に勤めることに比べて、数倍の努力も労力も費やさなければならない。それでも「好きなこと」だから頑張れる。いや、頑張っている、という意識すらなくて、それこそ寝食を忘れて夢中になっている時もある。自分が何者であるのか、何をするために生まれてきたのか。それを見つけるために、「好きなこと」を追っていくのが本当は一番近道なのだろう。
2006年04月04日
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BEAMSの名前だけは知っていたけれど、お店に入ったことも、商品を見たこともなかった。たまたま、友人の知り合いが関係していることを聞いて、一応見ておこうかな、と思って新宿のショップに行ってみた。店内にはファッション関係のものだけでなくて、インテリア小物や雑貨も沢山あって意外だった。上のほうの階にはミッドセンチュリーの椅子なども置いてある。輸入物のファッションも他ではあまり見ない雰囲気のものが多い。店員さんが話しかけてきたので、聞いてみると北欧のデザイナーのものだそうだ。どうりであまり見たことがないと思った。一回りして帰ろうかな、と思い、ふと見るとなんと、DANSKの両手鍋が!!子どものころからずっと欲しかった鍋だ。あの頃は“軍艦パジャマ”と呼ばれていた赤坂東急の2階の道路側に面して、DANSKのだか、輸入食器の店だかがあって、そこにはいつもカラフルなホーローの鍋がディスプレイされていた。いつ頃だったか、思い出して探したのだが、デパートのDANSKコーナーにもどこにも見当たらない。DANSK JAPANにも問合せてみたが返事もこなかった。たまにファイヤーキングやパイレックスのヴィンテージものを扱っているところで見かけることはあったけれど、そのうちにDANSK JAPANも撤退してしまい、私もまた忘れていた。1956年にJens Quistgaard(ジェンス・クイスガード)がデザインしたKOBEN STYLE。このデザインは本当に名作だ。しかもきわめて機能的で、鍋蓋のX字型の取っ手は鍋敷きにもなる。色は赤、白、ネイビーの3色。赤はまちがいなくかわいい。一番使い勝手もいいだろう。しばらく迷ったが、ネイビーを選んだ。しかし、初めてBEAMSに行って、服を買わずに鍋を買う私って・・・どの色がお好き?
2006年04月03日
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新宿で打合せがあり、「らんぶる」へ。言わずと知れた老舗の名曲喫茶だが、入ったのは初めて。6人ほどのちょっとうるさい団体がいたので、どの席にしようか迷っていると「地下もありますよ」と言われて地下へ。降りてびっくり。1階とは違って地下は広く、2層の吹き抜け空間になっている。椅子もゆったりとして地下だけで200席あるらしい。まだまだ知らないところがあっておもしろい。らんぶる
2006年04月02日
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根拠のない自信、というのはとても重要だ。千住氏が言うとおり、「理由」の存在は限界を設けることになる。そうは言っても「理由」も「根拠」もなしに自信など持てない、という人も多いだろう。それでは、どんな理由があれば自信が持てるのだろうか。点数か、評価か、対価か。それは本当に自信を持つための根拠たりうるのだろうか・・・世間の価値観も評価も常識も、容易に変化する。それを拠りどころにして自信を持つ、ということは実はとても危ういことなのではないだろうか。他人の目を通して見るのでなく、自分自身が自分の真実と正面から向き合うことでしか、本当の自信というものは持てないような気がする。
2006年04月01日
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