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昨日の事なのですが、久しぶりにTVで「ドラえもん」を観ました。この時期丁度番組改編期。「ドラえもん」は1時間枠に拡大されてスペシャル番組になっていました。ドラえもん始め、のび太くんやその仲間達が、皆海賊という設定。しずかちゃんに至っては「ピンクタイフーン」という海賊名までありました。う~ん「パイレーツ オブ ドラビアン」? といったところでしょうか?どう見てもオーリー(オーランドブルーム)を模したであろう海賊のケネス船長。その風貌は正しく、ウィルターナー。海賊なんだけれど正義の味方。自分の拠点としている島の住民達の為に尽力しているのです。そして、「パイレーツ オブ カリビアン」を彷彿させる大嵐の中で繰り広げられる海賊船同士の戦い。そんな中、最後の最後に正義の味方の海賊、真打ち登場その海賊の名は、ズバリ、ジョニー船長一切、台詞はありませんでした。でも間違いなくあれはキャプテン・ジャック。否、ジョニーデップ船長。もう驚きました。あのドラえもんにジョニーデップ登場ですよ。スゴくないですかジョニー船長はケネスが拠点としている島の人々に薬を届けるすっごく良い船長役でした。お役目果たして、自分たちの船からノーコメントでケネス船長やドラえもん達にバイバ~イ!って手を振っているだけの出演シーンでした。長生きはするものだわ(笑)
2007.06.30
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「お中元」というか「暑中見舞い」の金魚を届けた友人宅の食卓です。 これ、食卓なのです。茶碗やお皿の下に広がる一大ジオラマ。4人がけのテーブルだったので、かなりの大きさの鉄道模型(Nゲージ)だと思います。スイッチを入れると電車2種類と機関車1台は動き出すのだそうです。自らの作品を眺めながら、時にお茶を飲み、食事をする… きっと大好きな方には至福の時間なのでしょう。私は器の下に広がるジオラマの世界が気になってしまって、久しぶりに飲んだ「三ツ矢サイダー」の味がわからなくなってしまいました(笑)
2007.06.29
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かわいい~金魚。夏の風物詩とでも言いましょうか。蒸し蒸しジメジメで暑苦しい日々に、一服の涼を感じさせてくれる金魚。本当にかわいいです。でもこの金魚、どこでも買える金魚ではありません。ここでしか購入できません。ということで、私はこの金魚を求めて今日の昼間、銀座へ行って参りました。うっすらレモン味のきいたプルプルの透き通ったゼリーの中に浮かぶ金魚。そう、これは和菓子なのです。繊細で品が良くて、そこにある芸術度の高さ。洋菓子には真似できないであろう、粋で風流な佇まい。その芸術作品に和菓子の真髄を見たような気がしました。そしてその「粋」と「風流」を目でも舌でも堪能できることに日本人で良かった~とシミジミ思いました。金魚鉢もとても素敵ですた。なんとなんとスワトウ刺繍で出来た金魚鉢。 もう最高です買ったその足で横浜へ戻り、約束をしていたのでそのまま友人宅へ伺いました。ご家族皆様に喜んで貰えました源吉兆庵 さま、どうもありがとうございました
2007.06.29
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『憑神』 作:浅田次郎 / 監督:降旗 康男主演:妻夫木 聡 / テーマソング:米米クラブ憑神様とは、貧乏神・疫病神・死神 の御三方。神様といえども、取り憑かれたくはない方々です。その御三方に取り憑かれてしまった一人の侍がいました。彼の名前は、別所 彦四郎(妻夫木聡)。幕末の江戸に住む下級武士。下級武士とはいえ、別所家の総領は代々、関ヶ原の合戦以降、上様(徳川家康より始まる江戸幕府の将軍)の影武者を勤める由緒正しき血筋。彦四郎は或る夜、馴染みの蕎麦屋で偶然、昌平坂学問所で学友だった榎本武揚と遭遇します。榎本は当時、軍艦頭(ぐんかんがしら)。出世街道まっしぐら。榎本を観て思うのです。「榎本に比べたら自分は…」。そんな彦四郎に蕎麦屋の店主・甚平(香川照之)が言います。「榎本様は向島にある三囲(みめぐり)神社に詣でたことでご利益あって出世した。騙されたと思って、一度その神社へお参りに行って来たらどうか」と。その帰り道酔ってフラフラの彦四郎は土手を転げ落ちてしまいます。そして落ちた所にあったのは「三巡(みめぐり)神社 分社」という小さな祠。酔った彼はそこでパンパンと手を叩き、神様に「お願いします」と頭を下げます。彼がお願いしたのは、実は三巡の神様達 ー つまり、貧乏神・疫病神・死神。初めに登場するのが西田敏行さん演じる伊勢屋こと貧乏神。藤色の着流し姿に同じ藤色の帽子を冠り、見た目は七福神の大黒天のよう。この神様が去ると次に登場するのが赤井英和さん演じる九頭竜こと疫病神。疫病神が彼に纏わりついている時に、榎本武揚と勝海舟が彦四郎に「新しい国づくり」を一緒にしないかと誘いに来ます。そしてその後すぐ、お酒や相撲、浮世絵ばかりにうつつを抜かす兄・左兵衛(佐々木蔵之助)に代わって彦四郎が別所家の家督を継ぎます。最後は子役の森迫永依ちゃん演じるおつやこと死神登場。この死神に出会った事で、彦四郎は大切な事に気付きます。そして自分にとっての「武士の一分」というか「男子の本懐」を見つけ出して行くのです。西田敏行さんが演じる貧乏神がお座敷で芸者をあげてドンチャン騒ぎをするシーンがあるのですが、思わず『釣りバカ日誌』のハマちゃんを思い出し、笑ってしまいました。蕎麦屋の甚平さんも良いキャラでした。江戸時代、蕎麦屋といえば屋台。三巡の神様が彦四郎と共に現れると、お店を担いで逃げ出してしまうのですから。芸達者で演技力抜群のお二人を始め、個性派揃いのキャストでした。邦画は基本的に映像より原作を優先させてしまうので、前回は何をいつ映画館で観たのかさえ思い出せない程に邦画を映画館で観たのは随分以前の事になります。でも今回はまだ原作を読んでおりません、映画として、とても完成度の高い作品のような気がしました。流石、『鉄道員(ぽっぽや)』の原作者と映画監督のコンビ、ハズレはありませんでした。
2007.06.28
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「カスタマーセンター」とか「お客様相談室」と呼ばれる職場で勤務を始めて2週目に突入した。うちの家族は、私が社保庁の特設コールセンターで勤め始めたのではないかと密かに思っているらしい事を知った。だが現実は全く違う。勤務も1週間が終わった程度では、お会いした事のない関係者の方もいる。今日、そのうちの一人にお会いした。 もうびっくり 目がテン だって、こんなアタマだったから この写真の男性程は髪は長くないけれど、まさに 「モヒカン刈り」隣のブースの同僚(一緒に出向してきた仲間です)は、フリーズした私に気付いたらしく声をかけて来た。いつだか不明だが、先週私がランチに出かけている間にも僅かな時間来ていたらしい。その時は「ソフトモヒカン」。つまり、キャインーンのウド鈴木さんみたいな髪型だったのだとか。彼、黒ぶち眼鏡で首から下はノーネクタイのブラックスーツ姿。足下観たら、NIKE のスニーカー。隣の同僚に思わず聞いてしまった。「ここって音楽業界?アパレル業界?」。ファッション業界の企業でも音楽業界の企業でもマスコミ関係の企業でもない。ただ、この会社は外資系。隣の同僚は「外資系っていいねえ」と妙な感心を示していた。20代の頃勤めていた会社の取引先に外資系企業があった。上司の秘書的な仕事をしていた私は時々書類を届けに行ったりしたが、その取引先に同い年の日本人女性がいて、彼女は一時期とても綺麗なドレッドヘアだった。アメリカ人の上司にはウケが良かったと喜んでいたのを覚えている。当時、制服だった私は少し羨ましい反面、会社勤めをしていながらドレッドヘアにしてしまった彼女が理解できなかった。日本の有名企業の中には女性のピン留めの色も含め、何から何まで細かく記された「ドレスコードマニュアル」というカラー冊子が存在する企業もあるというのに、この違いは一体何なのかしら…オフィスカジュアル とはいうけれど…
2007.06.26
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昨日、ミサの後で教会の中庭にいらっしゃるマリア様にご挨拶。このマリア様、実は永きに渡り横浜にいらっしゃいます。1868年(鳥羽伏見の戦いやら江戸城無血開城やら盛り沢山の年です)、開国間もない文明開化の時代にフランスから贈られたマリア様なのです。国内における開国後初めてのキリスト教教会として1862年(文久2年:ちなみにこの年、日本では“坂下門外の変”があり、アメリカは南北戦争ど真ん中でした)に、ここ横浜の外国人居留地内に建てられたイエズス会聖心教会(カトリック横浜天主堂)の入り口で、長年多くの方を迎えてくださっていたということでした。それが1906年(明治29年)に横浜山手地区へ教会が移転した事によってマリア様も一緒にお引っ越しされてきたそうです。そして今は中庭にいらっしゃいますが、変わる事なく多くの方を迎えてくださっています。私はこのマリア様の前に立つと、そのまま跪きたい気分になります。そして飽く事なく眺めてしまいます。いつも綺麗でそれでいて凛としたオーラの中にいらっしゃるマリア様名残惜しい気持ちはありましたが、午後からの予定もあったのでそのまま教会を後にし、少しだけブラフ(山手地区)を散策することにいたしました。地元にいると「いつでも行かれる」という安心感からなのか、何度も出かけた事はあっても正直言って、ブラフ(山手地区)を散策しようと思って歩いたのは昨日が初めてでした。カトリック山手教会からそう遠くない範囲に点在する教会の多さに驚きました。その中でもCathedraleのあるカトリック山手教会に劣らない貫禄のある教会がありました。一瞬、ここはヨーロッパかと思った程です(笑)。中世のお城の様です。《山手聖公会》 プロテスタントの教会です。このクライストチャーチの初代聖堂が建てられたのは、横浜天主堂が建立された翌年、幕末の1863年(文久3年:この年日本では新撰組が結成され、アメリカではリンカーンがゲティスバーグで奴隷解放演説をしています)のこと。 プロテスタントとしては横浜最初の教会だということです。それにしても… やっぱり ヨーロッパのお城です(笑)どちらの教会もその歴史と由緒正しさに驚きました。山手というだけあって、かなり傾斜のある坂道が多く、それを黙々と登り、麓から頂上目指してひたすら歩くといった感じがしなくもないです。そして教会に辿り着く頃にはいつもヨレヨレです。それでもまたそのうち、ブラフ(山手地区)を中心に色々な「横浜発祥」を求めてお散歩するつもりです。
2007.06.25
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今日は主日(しゅじつ)。久しぶりにAll English のインターナショナルミサに参列しました。インターナショナルミサに参列するのは今日が3回目。ミサ開始と同時に聖堂に入ったので、立ち上がっている参列者の皆さんに隠れるように聖堂の隅に潜り込んだが為に場所が悪く、私の前に大柄な男性が二人いらっしゃいました。その為、祭壇の神父様は全く見えず。おまけに、インターナショナルミサ用の典礼集もない状態。神父様が何をおっしゃっていらっしゃるのか解らないわけではないから、何とか過ごせましたが、唱和すべきところの文言がさっぱり解らず、口パク状態でした。聖体拝領の少し前まで、私は今日の司祭様はいつもと同じ外国人の神父様だとばかり思っておりました。それが、私の前にいた男性の一人が少しずれてくださった事で、いつもの神父様ではない事が判明。もうびっくり!! 日本人の神父様でした。その流暢な英語にてっきりいつものインターナショナルミサの司祭をしてくださる神父様だと思っていたので、余計だったのかもしれません。そして何より今日の神父様は、長崎教区・浦上教会(天主堂)の司祭様。まだ20代後半で双子の兄弟揃って、今年司祭になられた日本のカトリック会のホープ。何故に横浜の教会で主日のミサを執り行われたのかしら?今日は「洗礼者聖ヨハネの誕生」という主日。『サロメ』の中で、「ヨカナン」だか「ヨハナン」と呼ばれ、非業の死を遂げてしまう「洗礼者ヨハネ」。聖書の中にこの方についての記述が少ない事が、少し残念です。 † † Look, I am sending my messenger ahead of you, who will prepare your way before you. † † 『LUKE 7:27』
2007.06.24
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今日は仕事の後、地元の自然公園で開催された『17万人のキャンドルナイト』(「100万人のキャンドルナイト』のイベントの一環です)に行って来ました。15時から天ぷら油を使ったキャンドル作りが行われていたのに、生憎それには参加できず、夜19時 に行われた点灯式からの参加になってしまいました。ことしこのイベントと制作されたキャンドルは、水に浮くように作られたロウソクです。写真に映ったロウソクも全て水に浮いていました。 広大な自然公園の中に中央広場と呼ばれる場所があります。そこは、円形のステージとそれを見下ろすような半円形の観客席があります。勿論、完全屋外のステージです。今夜はその観客席にこのイベントで手作りされたキャンドルが所狭しと並び、それが、ものすごく綺麗な光景でした。是非この光景を写真に撮ろうと思い円形のステージ迄行ったら、係員の方に太鼓の演奏が始まるから撮影はダメですと断られてしまいました。間もなく太鼓隊の方々の演奏が始まりました。太鼓は「和太鼓」と聞いていたのですが… 聴こえて来たテンポが…おやおや~? これってお囃子?!と思う程軽快なリズム。それでもお囃子とは何かが違います。ん??? そして気付きました。 もしかしてもしかする?!案の定、聴こえてきました前方から。思った事が間違いではない事を確信いたしました。「MOH~ LA~(OH~LA~!!かも)」「アミ~ゴ!!」そしてホイッスルまで加わりました。そうなんです。演奏されていた曲は「サンバ」だったのです。悪くはないけれど、幻想的な光景の中でどこか違和感を感じてしまいました。 港町横浜といえども、この地域は、牧歌的田園風景が未だに残る土地。実はこの自然公園では毎年この時期は螢が飛び交っております。観られるかしらと思っておりましたが、ロウソクの灯りとフラッシュの為に、観る事は難しかったです。
2007.06.23
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先日歯科クリニックの待合室においてあった雑誌に「新商品」として小さな写真とともに掲載されていて、ずっと気になっていた。同僚に「知ってる?」と聞いたら「honuちゃん、チャレンジャーだねえ」と半ば呆れられてしまった。やっと見つけた、このドリンク。『ICE CUCUMBER』。エメラルドグリーンのような綺麗な色。わ~い 着色料いっぱ~い!! ヤッホ~ッ! 何を喜んでるのやら味は… こんな感じです。
2007.06.22
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4歳になる姪が、夕食時に私に聞いて来た。「おばちゃんはパパのお姉さん?」姪が言う通り、彼女の父親は私の弟。「あのね~」と姪は話出した。姪が言うには、弟には食べられない野菜があるらしい。食事の時に、それを自ら食べる事もないし、何かの料理の具になっているとお皿の端に寄せ集めて結局食べずに食事を終えるのだという。私に「おばちゃんはそれを食べられるの?」と尋ねて来た。勿論、無問題(モーマンタイ)!「食べられるわよ」と答えた。すると姪は「パパに残さないで食べなさいって言って」という。「おばあちゃんに言ってもらえば? パパのお母さんだから」と私。ところが、うちの母も同じ野菜が嫌いだと言う事を姪はちゃんと知っていた。「おばあちゃんはパパと同じものが嫌いだから、ダメ!!」それを聞いて母は一瞬埴輪のような顔になった(笑)。ぽか~っと口を開け、驚いていた。ママもおじいちゃん(私の父)もそれぞれ理由があってダメなのだという。結局私の役目になった。ということで、同居とはいえ、月に1、2度しか顔を合わせない弟に今度会った時には必ず「もったいないお化け」の話をするという重要(?)な任務を仰せつかってしまった。任務は無事に遂行されるのかどうなのか、乞うご期待(笑)
2007.06.20
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ほんの少し先ですが、6月22日は、夏至。『夏至』その昔、日本がまだ陰暦を使っていた頃、この国の暦は24節ありました。太陽の1年間の動きを二十四等分に分け、それを「二十四節気」としておりました。その24節気の中の一つが夏至。夏至が過ぎると小暑、その後大暑と続きます。いよいよ夏本番です。ちなみに『二十四節気』とは、こちらです。● 春 (2月4日~5月4日) 立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨 ● 夏 (5月5日~8月6日) 立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑 ● 秋 (8月7日~11月6日) 立秋・処暑・白露・秋分・甘露・霜降 ● 冬 (11月7日~2月3日) 立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒2月3日の節分は確か… 『雑節』と呼ばれて、他に仲間があったはずです。そこで、夏至の夜、電気を消して、ろうそくの灯りだけで過ごすというスローでLOHASな夜を過ごしてみませんか。実は昨年初めて『100万人のキャンドルナイト』という活動を知りました。そして甥と姪を連れて、この団体が主催するイベントに出かけ、ろうそくを作り、夜電気を消して、各々が作ったろうそくに灯りを点し、いつもと違う夜を過ごしました。甥や姪も初めてろうそくを手作りし、余程嬉しかったようで、いざ点灯となったら大騒ぎ!! ろうそくの灯りは、癒しの効果があるはずなのに…と思いながら、静けさとかスローな夜といったフレーズとは少し遠い夜でした。おそらく無理だとは思うのですが、”今年こそは” 静かでゆるゆるした夜にしたいです《廃食油キャンドルの作り方》用意するもの ●使用済み てんぷら油 ー 600ml ●市販の油凝固剤(廃食油処理剤… 固めるテンプルなど) ー 1本(油600ml 用) ●凧糸(φ2~2.5mm/ティッシュをこよっても可) ー 30~60cm ●プリン容器 ー 6個 ●クレヨン(?燭に色をつけるため) ●アロマオイル(香り付け用に) ー 数滴 ●割り箸 ●空のペットボトル(2リットル角形:1本を3分の1程度にカットして) ー 1個 ●鍋 ●コンロ作り方 (1)好みの色のクレヨンをカッターナイフで少しだけ削り、ペットボトルに入れます。 (2)使用済みの天ぷら油を漉して、綺麗にします (少し温めてから注ぐと早く漉せます) (3)漉した油を熱して(1)に入れます。 (約80℃を目安に加熱しながら溶かし込みます) (4)油凝固剤を入れ、急いでかる~く掻き混ぜます。 (5)60℃くらいまで冷ましたら、アロマオイルを数滴いれて また掻き混ぜます。(温度が高くなるとオイルが蒸発して香りが消えてしまい、 低すぎると油が固まってしまうので、加減が難しいかも) (6)固まる前に割り箸などを利用して、芯となる凧糸を垂らし、固定します。 (7)固まったら出来上がりです。電気ではない灯りが灯る夜 ー 粋 だと思います。お手製のろうそくの灯りを眺めながら、電気の事、エネルギーの事etc.について少しだけ考えてみませんか? 明日の地球のためにも…ね。
2007.06.17
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HOKULE'A号 を写し、 横浜港をボケら~と眺め、大満足けれどお腹が空いたので、港を後にし、いつもと違う美味しいものを探しにみなとみらいエリアのお散歩再開そして、やってきました『横浜アンパンマンこどもミュージアム』今年の春オープンした横浜の新名所です。早速出迎えてくれた、このミュージアムのメインホストにご挨拶 ここはただのミュージアムではありません。ウワモノだけの場所ではないのです。驚きました。そこは小さな小さな「アンパンマンタウン」でした。3階建のミュージアムの1階2階スペースは「Kids体験型」。3階も体験型といえば体験型ではありますが、鑑賞スペースといった感じでしょうか。そしてミュージアム以外の建物にはレストランに本屋さん、写真館もありました。勿論、お土産物屋さんも並んでいます。他に手芸用品店(主に生地ですが)や、フレッシュジューススタンドもありました。けれど何より驚いたのは…、床屋さんです。椅子がアンパンマンなのです。子供達はアンパンマンの椅子に座り、アンパンマンの映像を観ながらチョキチョキしてもらうのです。残念ですが少し恥ずかしくて写真には撮れませんでした。街の中を散策するにも今日の横浜は真夏日 。のどが渇いたのでミネラルウォーターを買い お店の外に出ると、あッ大変 「が、がんばれ~、ばいきんマン!!」とばいきんマンを応援してたら、ますますお腹が空いてきました。さ、どうしましょうと思案していると「横浜中華街」をイメージさせるアンパンマンが肉まんを売っていました。 けれどここでは買わず、本来の目的のお店へ 「ジャムおじさんのパン工場」というだけあって、買えるのです。色々なパンが… ここは整理券がないと中に入って買うことができません。2階建てで1階が売店、2階が喫茶コーナーです。写真以外にも色々買ってきました。キャラクターパンはどの種類も一個300円です。お土産として買って帰ってきたのですが、甥や姪は大喜びでした。そういえば、ばいきんマンが頑張っていたあのすぐ側で、セキュリティーのお兄さん&お姉さん達にがっちりガードされて、アンパンマンがちびっ子達と握手会をしてました。ちびっ子達が群れていてすごかった~。有名人(?)は大変なのね…。そんな有名人なアンパンマンやその仲間達を守っている、とっても頼もしい?!ホラーマン。 すっかり「アンパンマンタウン」を満喫。帰り際、出口の所にいたチーズとばいきんマンにお別れを言い、再会を約束してきました。 少しがかかるけれど、子供も大人も楽しめる、そんな場所でした。余談ですが、数年前、某企業の社内イベントがみなとみらいエリアの某所で行われ、友人の招待で潜り込んだ事がありました。そのイベントの中で前年度のMost Sales Person(MSP)に選ばれた営業職の男性が有名アーティストもコンサートを行うステージ上で、挨拶の言葉もそこそこに、「アンパンマンのテーマ」を会場を巻き込んでフルコーラス熱唱していたのを思い出しました。 何のため生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのはいやだ 今を生きることで 熱い心燃える だから君は行くんだ 微笑んで そうだ嬉しいんだ 生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも ああ、アンパンマン 優しいきみは いけ!みんなの夢守るため なにがきみの幸せ なにをして喜ぶ わからないまま終わる そんなのはいやだ 忘れないで夢を こぼさないで涙 だから君は 飛ぶんだ どこまでも そうだ 恐れないで みんなのために 愛と勇気だけが友だちさ ああ、アンパンマン 優しいきみは いけ!みんなの夢守るため 時は早く過ぎる 光る星は消える だから君は行くんだ 微笑んで そうだ嬉しいんだ 生きる喜び たとえ どんな敵が相手でも ああ、アンパンマン 優しいきみは いけ!みんなの夢守るため
2007.06.15
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シフトの関係で仕事が早く終わったので、今日は久しぶりにのんびりと午後のみなとみらいエリアをお散歩先週の土曜日、6月9日に遠路はるばる太平洋を航海しながらやってきたHOKULE'A (ホクレア)号がハワイ出航から約150日をかけて、最終寄港地である横浜港へ到着しました。 明後日17日(日)まで横浜港に停泊予定でした。それが最近、出航日がずれたようです。なので暫くまだ停泊し、クルーの皆さんも日本を満喫されることでしょう。印象としては思ったより小さなでした。帆が張られていればまた印象も少し変わったのかもしれませんが。そしてHokule'a号もすっかり「お午睡中」といった感じが漂う程今日は、マッタリした雰囲気が漂っておりました。写真では解りづらいのですが、実は手前のマストに鯉のぼりが結びつけられておりました。ちなみに ここ に停泊しております。ここへ行くと というこじんまりとした横断幕が出迎えてくれます。先週末そして今週末、色々HOKULE'A号に関するイベントが行われたりワークショップが開催されたり… 色々ありそうです。私も明日開催されるイベントの一つへ行く予定です。そして 今日の 横浜ベイブリッジ あ~ん、遠くて見えな~い!! 見えないけどベイブリッジです。やっぱりデジカメ買わなくちゃ。今日は本当にのんびりと港をボケら~と眺めてみました。そして久しぶりに海の香りを満喫したら、同じくらい久しぶりに海に潜りたくなりました。何年潜ってないのかしら、海の中。今年こそはダイバー復活した~い
2007.06.15
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してはいけない事をしてしまいました。何をしたのか… それはお客様相手にバトルです。お客様方とは穏やかに気持ち良くお話するのが私の仕事。自他ともに認める「いつも楽しそう」なトークを長年続けてきました。それは私自身、心がけてきたことでもあります。お客様方とは時にこの国の林業について語り、世のお父様方のお小遣い事情について話をし、本来の業務からは外れているかもしれませんが、そういう話をしながら「お支払いのお願い」をし続けてきました。お客様がお怒りのまま一方的に電話をお切りになるようなそういう対話は、一年通しても滅多にというか殆どないことなのですが、今日それをしてしまいました。きっかけは一本の電話を受信したことから始まります。相手は関西在住の男性。私の2倍の人生を生きていらっしゃる会社の経営者。個人情報保護の観点から私達はお客様が顧客であるのかを確認すべく、お電話を受信するとお名前やら何やら色々とお伺いします。確認が取れた上でないと契約内容を案内いたしません。まして私の職場は信販会社の督促業務。デリケートなお話なので慎重にならざるを得ません。しかし、この方はそれがそもそも気に入らなかった様子です。いきなり「忙しいのにかけてやったんだ。何が言いたいんだ!」とお怒りモード。その横柄な言葉に穏やかではない雰囲気を察しましたが、失礼を詫び、事情を説明するも全く聴く耳持たないといった状態でした。何かを売られてる?! 一瞬そう思ったものの、売られたものの相場を知らないのでいつもなら買う事なく流します。当然のことながら、このときもそのつもりでした。しかし、その後も全くこちらの話を聴いては頂けず、二言目には罵声を浴びせられ続けているうちに、どの言葉で反応したのか、何かの一言でバチッと私のスイッチが入ってしまったのです。ズバリ、臨戦モード。頭の中に浮かんだのはウルフルズそしてもう何年も封印していた言葉を使ってしまいました。「ですから、○○様」この時点で気分は最悪。全く会話が噛み合ないまま、最後も吐き捨てるように暴言を言われそのまま電話を一方的に切られてしまいました。結局後味悪いどころか、その後もずっとすっきりしない気分を引きづり今日の業務を終えました。あのお客様もきっと後味悪かった事と思います。この時間になって漸く思うのです。恫喝も脅迫も幾度も経験してきた事なのに、何故にスイッチ入ったのかと。「器、ちっちゃいよ~ honuちゃん。」反省する事の多い一件でした。A perverse person spreads dissension 「箴言16:28」
2007.06.12
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しまった!! 完全に間違えて記憶していた。やっちゃった~!!!!ヒデこと元サッカー日本代表の中田英寿選手が引退後、一年ぶりにピッチに帰ってくると知って、それは来週末、つまり6月23日もしくは24日のことと思っていた。絶対録画する!!と決めていたのに昨夜の事だった。正確に言えば日付が6月10日の話。セリエA(イタリア)のインテル(InterMilan)に所属する元ポルトガル代表チームの主将ルイスフィーゴ選手が設立したフィーゴ財団が主催するチャリティーゲームがポルトガルのリスボンで行われ、そこに昨年のW杯を最後に引退したヒデが参加したのだった。噂によると滞在中のミャンマーからポルトガルへ直行したらしい。ヒデ、ミャンマーにいたの??? 驚きだ。ヒデと同じように昨年のW杯で引退した元フランス代表のジダン選手もこのチャリティーゲームに参加した。ヒデは「Teamフィーゴ」の一員として、ジダン率いる「Team世界選抜」と対戦。後半始まりから終わり迄ずっと右のボランチとしてプレーしたようだ。少しロン毛になったけれど、相変わらず切れの良い動きと抜群のプレーセンスだ。20mのドリブルを成功させたり、パスをカットしたり、フィーゴとボールを奪いあったり、ヒデ大活躍!!これを機に戻ってこないかしら日本代表に。オシムジャパンは最近さっぱり魅力ないチームになってしまったようだしね。このチャリティーゲーム、どちらがどれだけの得点を獲得して勝利したのか、残念ながら私は知らない。けれど、ジダンといいヒデといい流石は超一流。ブランクあります ー といいつつ、「どこがブランクなの?」と思う程のプレーぶり。身体のキレ具合。矢張り観たかった~
2007.06.11
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厚生労働省から事実上の事業廃止処分を受けた、介護ビジネス大手の「コムスン」。コムスンではないが、介護の現場にいる友人からこの会社に関して色々話しは聞いていたので、あまり驚かなかった。それでもそこまでえげつないビジネスしてたのか…と呆れたというか憤りを感じた。記者会見の席で会長は「現場が悪い」といい、時には「お客様の為を思ってやった」という。企業の不祥事でトップが頭下げてる記者会見を観る度いつも思うのだけれど、本当に反省しているように感じないのは何故なのか…。今回も、どうしても「保身」という言葉が脳裏に浮かぶ。雇ってない人を雇った事にしたり、行政からの取り消し処分を受ける前に自ら廃業届を出すという行為を繰り返していた。それを社長から報告されて、会長は「違法だという意識はなかった」という。違法だとか脱法だとかの前に、フツーに考えて「それはいいのか?有りなのか?」と疑問にならないのかと思う。雇ってないのに雇ったことにしたら、その時点でマズいこと気付かないと…。嘘はいけないでしょ。どんなビジネスであれ、そういうやり方のビジネスはきれいではないと思う。約2000カ所の半数近い事業所で指定申請の書類が行方不明なっているということも理解ができない。何を誰が管理してるのか。何の為の本社なのでしょうか。役所関連の資料がない?? 有り得ないというか考えられない。こんなことでは不正申請を巡る社内の内部調査が進まないのも当然か。進まないのではなく進めないというか進めるつもりはないとしか思えない。介護を、福祉を、金儲けの道具にするだなんて信じられない。社長が辞任し、会長が留任。そして会社は同じグループ内の他社に譲渡。そんなことしても何も変わらない。そして何より、一大グループの上に立つ身、現場を批判するのは…如何なものかと思う。
2007.06.10
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先月、ゆるゆるするの~と宣言したものの、正直ゆるゆるした実感が全くない。今月こそは!とダブルワークを継続しつつシゴトの仕方を少し変えた。今日、片方の職場に約半月ぶりに出勤した。そしたらすっかり「浦島太郎」状態。何から何迄変わってしまって、驚くやら呆れるやら、言葉もでない。オフィスのレイアウトが大幅に変わり、そして今迄お客様とトークすることのない業務に携わっていた事務方さん達がブースに入り、見慣れた顔ぶれがいなくなっていた。一部の上司までもがブースで一般のオペレーター同様「トーク、トーク、トーク」だ。何が起った結果なのか訳が分からない。あれれ?そんな私に出勤早々、直属の上司から出向の命令が出た。出向先は、某企業の「お客様相談窓口」だ。転籍なのか異動なのかと聞くと、あくまで出向だという。そのお客様相談窓口が9月末迄という期限付きで急遽特設された為、その期間中で出向になるということだった。明らかに「クレーム対応窓口」。しかも条件付きだった。それは「行ってしまったきり」にならないこと。一日8時間の就業時間の内、最低でも2時間は本来の職場でシゴトをすることがその条件になる。正直面倒なのよね。出来れば期間中、「行ってしまったきり」になる方が業務にも集中できるし、職場の雰囲気も早く掴めると思うのだけれど、そう甘くはないらしい。早速その出向先で研修を受けて来た。その企業についての必要最低限の知識と何故急遽「お客様相談窓口」が開設されたのかを知らなければならないからだ。もしかするとこの状態ってトリプルワーク??暫くまた「ゆるゆる」とは程遠くなってしまうのかしら…
2007.06.09
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久しぶりに少し豪華なランチでしたある和食処の松花堂弁当です。写せませんでしたが、ゴハンに茶碗蒸しとお味噌汁が付いてます。久しぶりの茶碗蒸し、嬉しかった~。最近、茶碗蒸し作ってなかったから食べることもなかった分余計に美味しかったのかも。私が作らないと我が家では誰も作らない一品。お刺身に天ぷらに…茄子と高菜のお漬物も美味しかった。何より嬉しいことに今日のランチは会社の奢り(だから余計に美味しいのかしら)自己負担は僅か210円です!満腹で、大満足感謝、感謝
2007.06.08
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間違った敬語(1)ファミレス、ファーストフード店、そしてコンビニなどで兎に角良く耳にする言葉があります。「~のほう」や「~でよろしかったでしょうか」といった言葉です。解り易く言うと 『ご注文のほう、以上でよろしかったでしょうか』といった表現です。良く聞きますよね、こういう言葉。きっかけはどこかの企業の接客用社員研修マニュアルだったそうです。あっと言う間に日本中を席巻するのですから、余程大きな企業なのでしょう。けれど、どれほど大きな企業の研修マニュアルであったとしても、日本語としては間違った使い方です。何処か耳障りな表現ではあるけれど、あまりに氾濫しているが為に、最早流行語の部類だそうです。流行語?それじゃ使わなくちゃ!! ← はいけません。頑張ってみても、タカ&トシにはなれませんから仲間内で使う分にはまだしも、間違えてもお客様に対して口にしてはならない表現の一つです。
2007.06.05
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友人から届いたメール。「honuちゃん、この前 スガシカオ が好きだって言ってたよね。honuちゃんが好きな スガシカオ ってさ、芸人さんの 千原ジュニア さんに似てない??」コラっ!!何故「スガシカオ」と呼び捨てで「千原ジュニアさん」なのよ!でもそのメールに「似てるかも」と返信してしまった私って…
2007.06.05
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6月1日、2日の両日、地元横浜は26回目の開港祭。夜は横浜港臨港パークで花火大会があったので、場所取りの為、お昼過ぎにはみなとみらい地区へ。勿論、レジャーシートは持参しました。千葉からやってきた友人とランチを兼ねて、創作和食の美味しいお店『橙家(だいだいや)』へ。こちらのお店のランチは、300円出して「ごはんセット」を付けて、後は一品おかずを頼むと充分お腹がいっぱいになるのです。この「ごはんセット」は、おひつ入りのごはんにお漬け物、そしてお味噌汁と味付け海苔が付いています。300円なのにおかわり自由です。ごはんも美味しいし、おかずもとても美味しいので、ついつい食べてしまいます。そして、私は未だ行った事がありませんが、夜は夜で、夜景が綺麗なので抜群のデートスポットとしてもちょっと有名なお店です。お腹も満足したところで、みなとみらいを散策開始!横浜港にはドラマ「海猿」で有名になった海上保安庁があり、そこに丁度、帆船「海王丸」が停泊しておりました。整理券を持っていたら海王丸や同じ施設内に停泊していた巡視船「いず」にも体験乗船できたようです。良いお天気を満喫しながら、赤れんが倉庫へ行き、家庭用発電装置(風車とかソーラーパネルなど)やハイブリッドカーの展示を観て、ついでに体験コーナー(無料でした)で「ECOバッグ」を作り、デザートタイムとなりました。久々のティラミス美味しかったです散策中、「この景色、横浜って感じ~」と言いながら写真撮影をする友人。贅沢かもしれませんが、当たり前の景色で尚かつ見慣れた景色、そして自分が働く場所であるが為に、友人の行動がとても新鮮でした。待ちに待った花火大会は夜20時20分から21時迄。3千発の花火があがりました。日没後、風もあったし、かなり肌寒くなってしまったこともあり、思いがけず上着を一枚買う羽目になってしまったので、浴衣でなくて良かったと思いました。来月7月15日(日)は「第52回 みなと祭 国際花火大会」。今度は浴衣で観に行くつもりです。
2007.06.02
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5月30日付で、ロシアの農業省が 「生きたカニの輸出を禁止」したと発表しました。後をたたない密輸防止と資源保護がその理由です。ロシアの領海と大陸棚海域で水揚げされたものについて禁止になりました。日本はカニに関しては、「ロシアさま様」。良きお得意さまかと思いきや、そうではなかったようです。ロシアの主張は「ロシア国内の港で必要な通関手続きをしないで日本などに直接持ち込まれている!」というものです。「不正に持って行っちゃだめ~!」「横取りしちゃだめ~!!」といったところでしょうか。穏やかではありません。確かに日本近海(オホーツクとか日本海など)でカニの密輸や密猟は常態化しているため、ロシアが公式に発表する日本への輸出量と日本側が把握している輸入量は、日本へ輸入される量のほうが多いということです。そして、一昨年2005年の生鮮(冷蔵)もののカニ君達についてのデータがあります。タラバガニが総輸入量の99%。続いて毛蟹が総輸入量の92%。ズワイガニだって総輸入量の約90%をロシアに依存しているというものです。冷蔵だから「ライブ」ではないにしても、これだけロシアに頼っていたら・・・ ねえ。両国仲良く持ちつ持たれつといったわけにはいかないところ残念です。昨年の冬に札幌へ行ったときの事を思い出しました。二条市場とデパ地下で見かけた「ロシア産」なカニ君達の姿です。友人と「海の中にロシアも日本もなさそうだけど、買って帰るの考えるよね」と話しをした記憶があります。ただ、タラバガニに関しては、マグロ以上に深刻な状況にあると言っても過言ではないような現状があるので、資源確保ということでいくと輸出を禁じるしかないのかもしれません。鯨も「幻」なら「マグロ」もそのうち「幻」。そして・・・ カニ君、それもタラバくん迄も仕方ないから、かにカマで我慢しなくちゃ!
2007.06.01
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