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帰ってきました。実はエイ殿のカキコミが無かったら明日から連休だと言うことに 全く気がつかなかった んでござるが、今日は残業の後、珍しく赤提灯で 独りで呑んでた 麻生百合之介です、皆様こんばんわ。 ここ数日お江戸はぼんやりとした陽だまりが暖かな、でも風が涼し気な秋の陽気でござるが、そろそろ冬の足音が聞こえ始めてきた様な気が致しまする。この時期になると、所謂秋の味覚が ”まいうー” な時期のこととて、今日は秋の味覚の王様・秋刀魚を頂いたのでござるが、拙者には秋刀魚の味に ほろ苦い思い出 があったり。それは何かと言うと・・・・。 拾○年前、まだ月代が青々しい拙者は、上総の国からお江戸を通り過ぎて武蔵国にある大馬鹿道場に通っていた。上総の国の片田舎から武蔵国までは 片道参時間。 一日六時間寝ていたとして、起きている間の約参分の壱を道場に通う時間に当てていた。 残り僅かなティーンエイジの時間の参分の壱を牛車や馬車の中で過ごしていた訳です。 ”いくらなんでもそりゃないでしょー(T▽T)” とか思った拙者は、”お前を野放しにすると危ない” と渋る を説得し、 独り勃ち (なんか字が違う) することにしたんでござる。 生まれて初めての独り暮らしをしたその地は”麻生村百合丘”と言う、なんとな~く雅な名前の村。そう、拙者の名前はここから生まれたんでござるよ(^▽^)。(後から知ったのだが、拙者が尊敬している植村直巳さんが学生時代に隣町に住んでおられたらしい)。 で、念願叶っての独り暮らしだったのだが、引っ越して三日後に、 いん ふる えん ざ 陰震炎挫にかかりやがりました。 熱が参拾九度位出て、このまま死ぬんじゃないかとホントに思った。何しろ身の回りの物つったら着替えと山伏修行の道具のみ。当時は糸電話も無かったので援けを呼ぶこともできなかったんでござる。薬を買う銭も無かったので、 なけなしの壱百匁で大蒜買って囲炉裏で炙って食って生き延びました。(あと、故郷から持ってきた味噌嘗めたりとか) 一週間もするとどうやら体内の細菌も死滅して、熱が下がってなんとか起き上がることができるようになったので、どうにかこうにか道場通いと傘張りの内職を続けることができたんでござる。 貧乏暮らしはこれに留まらない。何しろ、独り暮らしの条件として、 『山伏修行は許すが、道場には通え。お前はただでさえ馬鹿なんだから。』 と言う愚父の言葉に耐えた拙者は、必ずやこの愚父を見返してやろうと、傘張りの内職は週に二日と決めて道場に通い詰めた。道場に通う為の仕送りは土下座して”たのみこんだ”が、日々の生計は自分で稼がねばならぬ。当然生活は貧しく、 自衛隊に勤めながら夜学に通っている山伏仲間から賞味期限切れの支給品の缶詰貰って食いつないだり (自衛隊の缶詰って松坂屋の特製品なんですよ、知っておったか皆の衆・・・;--) とか、 弐尾で壱百匁の秋刀魚を四つに分けて四日生き延びたり とか、 電気を止められた日には砂糖を水で溶かして水飴みたいにして餓えを凌いだり(T▽T) などの生活を続けた。だから、秋刀魚を食うといつも貧しかった若かりし日々を思い出すんでござる。(流石に五日目に秋刀魚の骨を登山用のバーナーで炙って食った時は泣きそうになりましたが。。。) 辛いことも多々あった(二十日間米と霊峰修養の残りのレトルトカレー食い続けた時はう○こが糊みたいになりましたT▽T)が、若さ故か人並み外れて体力があった所為か、貧乏がちっとも苦にならなかった。飯は食えなくても酒だけは忘れずに買って(一升で六百匁九拾朱の芋焼酎。無茶苦茶臭かったですよT▽T)いたし、残り弐週間を五百匁で過ごす窮地に陥ってもTake it easyな気分でパチンコやったら確変的中で弐万両になったり、夏になると草庵の格子窓の外に花火が満開だったりと、運の良いこともままあった。草庵は 坂の途中で一休みしている年寄りが一杯な坂 が続く丘の上にあって、夜寝ていると耳元でコオロギが鳴いたり拳程の大きさの地蜘蛛が出たり、日照時間ゼロだったりとかなりの悪環境、草庵にはエアコンがあったものの 夏は参拾五度以上冬は壱拾度以下 にならないと稼動しないと心に固く誓う等、今から思うとかなり”漢らしい生活”していたな。でも何よりも自分の居場所を自分で創ることができたことの喜びの方が辛いボンビー生活の惨めさに勝ったのでござる。 こんな 荒んだ生活 も、今となっては良き思い出(いや、しないで済むならしないに越したこたないが。)。 ”冬来たりなば春遠からじ” って気持ちで、”いつも前向きに”ってことで(^^)。
2003年10月31日
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来たよ来た来た来ました鉄下駄。 実は昨日の内に届いていたらしいのだが、”着払い”と聞いて寮監が 『金が無い』 と言って受け取り拒否 したらしいです(拙者部屋におったのに。。。ホントに役立ねーな、あのバカ夫婦ーー;)。 後から聞いて事情を説明し、金を渡して今日は出仕したので、再度訪問があった際にはすんなり受け取ったとか。で、拙者はと言えば今日は何時に無く早く帰って来られたので、夕餉を食らってから詰所の自室に戻ったらしっかりと置いてありましたよ、鉄下駄が。 『どら、どんなモンかな?』 と思って開けてみたら 鉄下駄3kg って箱が箱の中に入ってました(なんの面白味も無い空虚な箱で)。 で、早速履いてみたんでござるが、 軽っ! やっぱり3kgじゃ拙者の脚にはちっとも負担になりませぬな。5kgにした方が良かったかも知れん。 (まあ、いいや、段々重くして行った方が無理ないし) この鉄下駄、拙者てっきり台座の部分は木(檜希望)で、歯だけ鉄なのかな~とか思っていたら、 一体の鉄 でござった。これから冬だってのに、鉄の塊履いて歩いたら脚鍛えられる前に凍傷にかかりそうな気が・・・(T▽T)。。。しかし、これだけの重々しさ、暴漢に襲われても、 一撃必殺 にできること請け合い。蹴ったら骨折れますよ、マジで。(しかしこの下駄履いて満員牛車にでも乗った暁には、進路変更の際に誤って脚踏んづけた乗客に駅で引きずり降ろされそうな気が・・・履いて乗らんけど。牛車⌒▽⌒;) これで拙者の”たのみこむグッズ”も三つ目。いつか”たのみこむのつどい”でも開催された暁には、これらのお宝を身につけて会場に参上仕ろう。やっぱ夏がいいな。もし、会場で、 ピンクの褌締めて鉄下駄ガタガタ鳴らして全身の汗を油取りハンカチで拭いながら歩いているチョンマゲの漢がいたらそれは拙者です。 みんな、気軽に声掛けてね 変態だそれじゃ。。。。(_ _;) いー歳こいてもう少し生活の糧になるものを買った方がいんじゃないか、拙者。そんなことばっかりしてるから 毎月キレイサッパリ金がなくなるんだぞ、自分。 まぁ、こういう金の遣い方ができるのも独身貴族だからってことで。。。(^▽^;)(やや、控えめ)
2003年10月30日
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月日の流れるのは早いもので、後三日で神無月も終わり。後弐ヵ月もすると歳の瀬かと思うと、なんか自分が めっきり老け込んだ 気がしてます。花の独身麻生百合之介です。皆さんこんばんわ。 実は今、 脚が肉離れ気味で痛いです。 なんでかっつーと、 寝ている間に脚吊った から。草木も眠る丑三つ刻、突然 脚に激痛が(T▽T)。 「んが~・・・が、がっ、がっ?ぐ、い、痛痛痛ぁぁぁっ!!痛痛痛痛痛ぇ~っ!!!」 と叫んじゃったでござるよ(--;)。 寝惚け眼で起き上がり、脚を伸ばしたが痛くてたまらん。ふと時計を見ると午前3:00。今日は先週の支藩の引越しの手伝いの休日出仕の代休で休みだったから良かったようなものの、 「あ~、これじゃもう眠れぬ。くそ~、痛痛痛痛痛っ。。。」 と、思いながら布団に潜り込んだら、 即行で寝られました。 で、次に眼を覚ましたら 昼でした。 (いや~今日は暑いね^▽^;) どうせ何もすることが無いのでちょっと調べてみたら、拙者が起した寝ている間に脚を吊る現象、これって”腓(こむら)返り”って言うんだそうでござる。脹脛(ふくらはぎ)の筋肉が痙攣して起こるそうな。原因には様々な理由があって、例えば体温の急激な低下・筋肉の疲労・運動時のウォーミングアップ不足、体内の水分不足などで、ふくらはぎの筋肉に酸素(血中酸素)が不足するためにおこる事象とのこと。でも、本当の詳しい原因は判ってないらしい。このお城にご来城の皆様の中にも同じ経験をお持ちの方がおられるのではありますまいか?筋力の強い人は痙攣がキツイので、男衆なんかは酷い時は本当に辛いだとか・・・(無駄に筋力あるのがホントに嫌T▽T) で、対症療法は何かないのかと思ったら、「こむらがえりにならないためには、十分な水分を摂取し、新鮮な野菜や果物を含むバランスの取れた食事を取り、さらに快適な運動を可能にする心身調整(コンディショニング)のレベルを維持することです。」 それ、無理 (--;) 詰所のメシはどう考えてもそんな栄養バランスなんか考えていない極めてまずい食事だし、詰所以外で食う時は外食だから絶対無理。 できることと言ったら、 水分採ること位かな。と言う事で、 また呑んでます(^▽^)。 なんだかんだ言っちゃ呑みたがる悪い癖(本当は寝相悪くて脚吊ったとのウワサ)。そ~言えばなんとな~く痛みが引いてきた様な。。。(酒で麻痺してるだけだって) 皆様もお気をつけ下され。 追伸:本当は日中に適度な運動をし、睡眠時は体を温かくして、マグネシウム(Mg)・カリウム(K)・カルシウム(Ca)・ナトリウム(Na)を摂取すると良いそうです(サプリメントなんか有効)。水分不足にはアミノ酸入り飲料やスポーツドリンクが筋肉に乳酸も溜まらず良いのだとか。寝ている間にこむらがえりが起こると本当に痛いから気をつけませう。
2003年10月29日
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なんか、”たのみこむ”が荒れまくっておりますが、 何事も無かったかのよーに 日記を更新。今日は関係無いのに、屯所の取り纏め役だと言う理由だけで午後から産業廃棄物の講義受けさせられた所為で遅くまで残業残業雨残業だけど、明日は休みだ仕事も無~い♪早起きなんか、しなくてもいい~♪って浮かれていたら、携帯糸電話を屯所に忘れて来てしまい、休みだってのに屯所まで取りに行かねばならなくなって、一気に奈落の底へ堕とされた気分の麻生百合之介です。皆さんこんばんわ(長過ぎ・・・)。 いよいよ選挙戦がスタートしましたな。以前も書いた様に、拙者は藩校時代に汚職塗れの政界の不埒振りに呆れて、 この国の政治はもはや見捨てている ので、どこ吹く風と言う感じなのだが、瓦版などを読んでいると嫌でも目に入ってしまいまする。今、瓦版を読んでいたら、なんでも、今回の総選挙は、 マニュフェスト選挙 と言われているらしい。ちなみに皆様ご存知のことと思いまするが、”マニュフェスト”とは、元々ラテン語で「明示する」という意味(イタリア語で「はっきり示すの意」と言う説もアリ)。英国などでは定着してて、日本では4月の統一地方選で北川正恭前三重県知事が提唱したのがこの言葉が一般化した端緒。”選挙公約”が具体的に定量把握ができない総花的なものを言うのに対して、”マニュフェスト”は、選挙で党や候補者が具体的な実施期限やその定量、財源を示すのが特徴であり、選挙後にその政策実行度を数量的に検証可能なことが、その大きな効果であると言われている。まあ、”選挙公約”は”口約束”、”マニュフェスト”は”目標値”って所でござるかな。 で、今日瓦版読んでいて気になった記事がもうひとつ。なんか、どこぞの地方の裁判官が、殺人事件起こした暴走族の公判で、 「暴走族は産廃以下」 と発言したことが物議を醸しているんだとか。まあ、拙者も暴走族は社会に無用の者と思いまするが、卑しくも司法の立場にある者が人権無視に繋がりかねない発言しちゃいかんなー。おそらくこの裁判官は特定の個人を指して言ったのではなく、”暴走族”と言う”組織”を「産廃以下」と表現したのであろうと思われるのだが、それにしても言葉足らずって感じ。司法に携わるものでなくても、皆さん、言葉遣いには気をつけませうね(^▽^;)←お前が言うな。 ちなみにでござるな~、 「産廃」繋がりで思い出したんでござるが、企業が産業廃棄物を排出する時は廃棄物の処理量や種類、その処分の方法、処理業者などを明記してテッテーテキに管理しなければならない(書き間違えて不要になっても捨てられない)定型用紙がありまする。これのことを マニュフェストと言います。 ( ̄∀ ̄)ニヤリ。 はい、ここでお城の常連の皆様には、 拙者が何を言いたいのかお判りですね? (”わかんな~い(゜▽゜)~゜”って方、もいっぺん拙者の日記を最初から全部読みなされ) でも、この場では敢えて何も言いませんよ。 沈黙は金 なんでしょ?なかなか引退しない不沈艦空母さん(でも沈んじゃったね)<ぷ。 ま、 『A=B、B=CならばA=C』って題名から推察して下され。(⌒▽⌒)笑 ←モノ凄いイヤミ。 さ、 政治的圧力かけられて このお城が潰されない内に寝よ~っと(二日続けて同じオチでごめんなさいT▽T)。
2003年10月28日
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馬鹿言ってんじゃないよ~ お前と俺は~♪喧嘩もしたけどひとつ屋根の下暮らしてきたんだぜ~♪馬鹿言ってんじゃないよ~ お前のことだけ~は~♪一日たりとも忘れたことなど無かった俺だぜ~♪ よく言うわ~♪いつも 騙してばかりで~♪ 私が何も知らないとでも思っているのね~♪ よく言うよ~♪惚れたお前の 負け だよ~♪ モテない漢が好き なら、俺も考え直すぜ~♪ (チャチャッチャラララン♪) 馬鹿言ってんじゃないよ~♪馬鹿言ってんじゃないわ~♪ 遊ばれてるのが判らないなんて可哀想~だ~わ~♪ ・・・ナツメロと共に参上しました。深夜にも関わらずこんにちは。麻生百合之介でございます。 ・・・皆様申し訳ござりませぬ(;--)。 拙者とうとう、 浮気してしまいました(T▽T)。 いやだって、秋だしさ。。。 ”そろそろマンネリかな~?”って、百合ちゃん思うのね。 通りすがりに”ふわっ”と いい匂いがしたモンで。 誰でも一度はあるでしょ。 魔が差すってことが。 あんな所にいるからいけないんだ。 飢えた拙者の体を癒すのはその温もりだけなのに。 何故、同じ街にいたんだ・・・。 もう昔のことだと思っていたのに・・・。 そう、キミの名は・・・。 すき家 はい、今、”やられた~っ!”とか思ったあなた。 さっさと寝なさい。 いつもなら、詰所に帰る道すがら、オレンジ色の光を湛える 吉野家 に行くのだが、今日はすき家で晩飯食らってしまいました(別にいいだろ、何食ったってーー;)。なんか、カレーの匂いが拙者を誘っていたもんで。以前勤めておった藩邸の近くには吉野家は無く、すき家しかなかったので、偶に行ったりしていたのだが、知らぬ内にメニューも増えて、アレコレ選んで悩んでしまいました(もうちっと別のことで悩めとか陰口叩いた人、後で体育館の裏に来い)。 でも、やっぱり・・・・。 ワイは吉野家がすき家(や)!! あーはいはい、判りましたよ。 『オヤジギャグ』とか思ってんでしょ? 所詮オヤジですから。 ネタが無いから自分の晩飯ネタにしたりしてどうもすみません。 なんて・・・ ネタんでみたりして。(ああ、性懲りもない・・・T▽T) さ、語るにオチたところで今日は寝ます。 おやすみなさい、皆の衆! シュワッチ≡(ノ ̄ー ̄)ノ
2003年10月27日
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寒くなって参りましたな。実は昨日は支藩のお引越しの手伝いやって、久々に”筋肉痛マン”な麻生百合之介です。皆様こんばんわ。 ちと、今日は皆様に日頃拙者が思っていることについて ギャグ無しで 語らせて頂き申す。つまんないかもしれないので、その場合はこちらへどーぞ。 http://www.flash-jp.com/bakafla/ さて・・・・ 皆さん自由ってなんだ? と聞かれたら、どう答えまするか? 恐らくこのお城にお越し頂く方々は、戦後の民主主義政治の下で教育を受け、まあ、色々な不満を感じながらも民主主義を享受して育った方々ばかりだと思いまする。で、大変有難いことに、このお城にお越し下さる方々は今から拙者が語る”本当の自由”を理解し、それを実践しておられる方々ばかり。御庭番として大変有難く思っておりまする。しかし、敢えて今回拙者がこんな重い話をするのも、拙者が生活する上でとみに不満を感じているから。最近拙者が特に感じておること、それは世の中が、 ”自由”と”身勝手”を混同しているんじゃあ~りませんか? と、言うことなんでござる。 本来日本の歴史上存在し得なかった『民主主義』と『個人の自由』と言う概念。我々はどこかで、その本来の意味を履き違えてしまったのではないか?と言う疑念を、拙者は拭い去ることができませぬ(まあ、どこからっつったら日本が無条件降伏した其の日からなんだけどさ)。 本来”自由であること”とは、”自侭に好き勝手をして良い”と言う意味ではない。我々は法と言うルールによって、他者との調和を図りながら共存して行く”義務”がある。また、法とは本来人間関係の全てを規制するものではないので、法の範疇外にある”人倫・道徳”と言う明文化されていない規範に拠って、自らを拘束する”必要”がある(義務じゃありませんよ)。 つまり、民主主義における自由と言うのは、”各個人の意思で”自らを縛り付ける義務を負っているのです(;--)。 『法律で規制されていないからこれはやってもいいんだ』 と言う屁理屈がまかり通らないこと位、一般常識を弁えた善人ならば、判ると言うもの。一番これを判ってないのがマスコミでござろうな。”第四の権力”とか言われて調子こいて、報道被害や誤った方向に世論を煽動するような真似する出版社、新聞社、その他のマスメディアは腐る程ありまする。 そんでもって間違いを認めないし。(先日最高裁で差し戻しになった某TV局のホウレンソウ報道なんかその最たるもの。まー元々あの系列の会社は皆問題ばっかり起こしているけどな) だが、これも有る意味では仕方が無いことかも知れぬ。マスコミだってオマンマ食わないとイケナイんだから。拙者がマスコミの人間だったらやっぱり同じことやっちゃうかもな。とは言え、やはり”第四の権力”と言われる程隠然とした、或いは公然とした力を持つのならば、その業に携わる者共は是非とも私情を交えることなく、その責務を果たして貰いたいもの。全く最近は責任感の無い大人が多すぎる気がする。(特に”言論の自由”とか”国民の知る権利を阻害”とか勝手な大義名分付けて自分達を正当化するのやめろ) で、こうした社会環境の中で、拙者達一般ピープルが為すべきことは何であるのか?と考えて、拙者が行き着いた先は、 『この報道(=意見)は果たして真実なのであろうか?』 と、まず、疑うこと。 拙者は、「自分の脚で歩いて、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の肌で感じて、自分の(足りない)頭で考えて」初めてそれを『正しかった』と結論付けることができるものと思っておりまする。しかし、当然拙者がこの世で起こる全ての事柄を体感できる筈も無く、結局さっきまで散々批判した挙句、拙者も又『報道』と言うものに頼らざるを得ない(まあ、それだけ必要を感じているからこそ苦言を呈するのでござるが)。だが、ちょっと待て、物事の真実ってのは、一方向からだけで観たのではそれを正確に把握し、判断できないんじゃないか? 例えば ”手ってなんですか?” と聞かれたら、まあ、まず皆様が真っ先に思いつくのは ”物を取ったり、握ったりするもの” という答えでありましょう。はい、じゃ質問。掌を見せて、 「これって(一言で言ったら)何ですか?」 と聞いたら、多くの皆様は 『手』 と言うでござろう?で、 「”手”って何ですか?」 と聞いたら、大抵の人は先に述べた様なお答えをする筈。ではそこで、拙者が手の甲を見せて、皆様に先ほど掌を見せた時と同じ質問をしたとしたら?やはり、 『手』 とお答えになるんじゃないかと思いまする。 でも、手の甲では物は握りもできないし、取れませんよ。 ・・・前置きが長くなってしまいましたが、つまり拙者が言いたいのは、 『物事と言うのは、どちらか一方の立場で考えても所詮真実は見えてこない』ということ。 誰だって人間は大なり小なり自己中心に物を考える存在。それはそれで拙者は仕方が無い(良くは無い)と思いまする。しかし、そこで自分の主義主張ばかりを振りかざして、他人の立場に立って物事を考えることをしないと言うココロの狭い輩になってはいかんと思うのでござる。だからまず、拙者は他人に批判されても、 『このお方はどういう考え方で拙者にこのような批判を加えているのであろう?』 と考える様にしておりまする。そうやって考えると、他人の批判と言うのが、余り自分の感情を逆撫でしなくなって来るものなんでござる。 だが、人道に叛く行為は拙者は断じて許さぬ(;--)。(↑これも拙者の主観ですけど<ぷ) 人道に叛く行為と言うのが、一体どういうものを指すのかは、議論が分かれる所だが、 ”己の欲せざる所を他に施すこと勿れ” と言う辺りが最も基本的なことなのではありますまいか?自由を享受する立場の者は、自己中心的な利己主義ではなく、 ”他人の意見や立場を尊重しつつ、自らの意見や立場を主張する” と言う個人主義的な自由でなくてはなりませぬ。特に一番身近で大事なのが”言論の自由”でござろうな。これに照らし合わせて考えるならば、これは 『他人に気兼ねしながら意見(=批判)を言いなさい』 と言っているのではなく、 『他人の立場になって物事を見返してから自分の意見を言いなさい』 と言うことでござる。どうもここん所”たのみこむ”に紛れ込んできて感情剥き出しにして批判や嘲笑を繰り返す不埒者は、こういう考え方ができない様でござるな。 これは何もインターネットの世界だけのことではない。いや、インターネットの世界だって、所詮は人と人が間接的に関わる世界。ましてや直接人と接する方々(特に政治屋、お前らだ)はこういうことを肝に銘じて欲しいと思う。そして、名も無き市井の人々であっても、こうして他人の立場を慮って生活していれば、もっと争いごとは減っていくのではないかと思うのだが。。。 ”我々一人一人が法と人倫道徳をよく理解し、自らの経験・知識を最大限に活用しながら、物事を多面的、多角的に捕らえ、自らの意見や判断を的確に主張することによって、各個人がお互いの立場を理解・尊重しながら共存し、社会を創り上げて行くこと” こそが、世の中を正しい方向に導くことなのではないかと思う。そしてそれこそが、人々が本当の”自由”を享受する為の条件であると思うんでござるが。 どう、思いまするか?皆の衆・・・。
2003年10月26日
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はい、拙者でござりまする~。この弐日間日記を更新しないでホントにごめんくさい(←反省?)。お蔵米の算段前だと言うのに何故日記を更新しなかったかと言うと、 気分が乗らなかっただけです。(あと、目新しいネタが無かったと言うのもひとつの理由だったり) でも、この弐日間で、 ご来城者がいつもの半分 になってしまい、このままだとこのお城も 廃墟 の憂き目に遭うんじゃないかと真剣に危機感を感じながら日記を更新している麻生百合之介です。皆さんかんばんわ。 ついにヴェールを脱ぎましたな、 じょーあんどひうま のオリジナルグッズ、その名も ミツルハナガタ2000。 まさか、「コマによって車の形が違う」と言う 伝説の名車を 発売するとは。。。たのみこむ恐るべし(--;)。(なんかプロジェクトⅩみたいなドラマ仕立てになってるし) ”限定1台”というのも泣かせるものがある。それは即ち、 世界にひとつだけのハナガタ仕様車(←これがやりたかった訳ではありません。念の為^▽^;)。 こんな貴少な車はまず他にあり得まい。この車のオーナーはそれだけで花形満を自称することができると言っても過言ではない。きっと青山通りを東京タワーの方向にバット片手に持ちながら200米走ったら女の子にモテモテでござろうな。 モテモテか? モテモテなのか? モテモテなんだろうな? 羨ましいじゃねぇか、コンチクショー(T▽T) で、どこにたのみこむんだ?たのみこむ(;--) ”限定1台”ということはラインで造るのではなくハンドメイドってことでござろう?(個人的には光岡自動車とかに造ってもらったらそれだけで価値がありそうな気もするが・・・まあ、無理だろうな、あの職人気質の連中が相手では) で、一体幾らで売るつもりなんだ、たのみこむ!! かつて、”たのみこむ”で、あのルパンも乗った『チンク660』を発売したことがあったが、 スズキアルト・アルトワークス660をベースにして弐百六拾八萬両で売却という暴挙に出た(それでも16人も買い手がいたらしいが・・・まだ商品化されていないけど) たのみこむのこと、今度は ダイハツ・アプローズをベースにして五百萬両とかで売り出すおつもりか?(ちなみにアプローズは発売直後の2000年に、製品不良が起きて生産中止しておます<ぷ) と、ここまで来てふと思いついたのだが。。。 まさか”ラジコン”ってことはないよね(゜▽゜;)?(いや、だって実車だったらスゴイ金額になると思うからさ・・・) 何にせよ、スペシャルボードの結果発表が出るのは我々”たのみこむ投稿戦士”にとっては大変嬉しい限り。さあ、次の結果発表は何のお題だ!?
2003年10月25日
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疲れました(;--) 何しろ昨日は、ご家老の前でお蔵米の報告した後、支藩の勘定方を集めて予算達成を祝っての宴会。このご家老、前々から聞いていたがホントに酒癖悪くて、夜店茶屋の女衆に接吻迫るわ触りまくるわ歌い始めたらマイク離さないわでご乱心状態。同行してきた勘定役方もしまいには脱ぎ出すしで、どんちゃん騒ぎでござった。今日、屯所でその様子を上士と話して、 「全くあきれたもんでござるな。」 と言ったら、 お主も似たもの同士だろ。 と冷ややかに言われて、疲れが倍増してしまった麻生 百合之介です、こんばんわ(T▽T)。 最近瓦版もあまり読まなくなってしまった拙者でござるが、ご存知の通り、瓦版屋は最近インターネットでも瓦版を配信している。で、今日は様々な瓦版屋から、めぼしいネタを拾ってきますた(^^)。(無断転載禁止がほとんどなので、連環しますた。) まず、 ”小型衛星「まいど1号」 理科教材に 東大阪の組合打ち上げ” http://www.mainichi.co.jp/news/flash/shakai/20031023k0000m040091000c.html しょっぱなからやってくれるわ、 流石大阪。 H-2とかディスカバリーとか毛唐言葉が主流なロケットの世界で、方言丸出しなこのネーミング、熱烈な郷土愛の強さが偲ばれる。どうせなら、 もうかりまっか弐号 とか、 ぼちぼちでんな参号 とか続けて欲しい。ロケットのカラーリングは黄色と黒の阪神カラーで。そして猛虎打線もロケット打線と名を変える。大阪の新たな名物として是非とも頑張って欲しいでござる。 はい、次。 ”青森県住宅公社、アニータさんの不動産回収を断念” http://www.asahi.com/national/update/1022/034.html あーやっぱりな。どーせこうなることは判っていたんでござるが、それにしても公金を横領されて簡単に諦めるとは。。。そんな役立たずの公社なんてさっさと全部整理しちゃえばいいのに。。。コイズマンもⅩ-JAPAN聞いてる暇があったらさっさと行政改革を進めて貰いたいモンでござる。 お、こりゃあ面白い。”アスファルトの裂け目からメロン”http://news.livedoor.com/webapp/photo_journal/detail?id=20031023-11 こんなことがあるんでござるなー(--)。拙者も童子の時食べたスイカや葡萄の種を庭に蒔いたりして芽がでないものかと思ったモンでござるが、今は亡き迷犬・コロ介が(雌ですけど^▽^;) 全部掘り当てちまって 結局、芽が出ることはなかったんでござるが(--;)。。。枝分けして栽培して、”草魂”って品種にして売り出したらいいかも。 お?なんじゃこら? ”宙づりスタントに成功の米マジシャン、腹部の激痛に夜も眠れず” http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031022-00000445-reu-ent 失敗でしょ?それ(^▽^;) まあ、別にいいんでござるが。。。44日間も蓑虫みたいに宙吊りなるって・・・ 『だから何?』 って感じなんですけど(^^)<ぷ。 まあ、幾つか読んでみたが、”世の中事実は小説より奇なり”って感じでござるな(^^)。と言うことで最後にもうちっと面白い記事は無いかと探ってみたら、こんな記事が。 ”イラク復興支援に「おしん」放映” http://news.livedoor.com/webapp/photo_journal/detail?id=20031023-02 (゜Д゜;)は? あのー、すみません外務省の皆さん(゜▽゜;)。お前ら、 馬鹿だろ?(;--)。 ”おしん”と言えば、幼い子供が口減らしの為に奉公に出され、雪国の冬の冷たい水で洗濯物させられたり、姑の嫁いびりに必死で耐えながら子供を育てた昔の日本なら極当たり前だった、可哀想な女の悲劇の大河ドラマ。 『「さまざまな障害を乗り越えながら激動の時代を生き抜いた一人の日本女性の生きざまを示し、戦後復興の励みとなれば」と外務省は説明。』 と言う事だが・・・ 一夫多妻の砂漠の国でどう理解を得られるのか非常に興味がありますな。 『「戦後復興の励みになれば」』 励めますか? (暗い話がほとんどなので、どんどん気が滅入っちゃうんじゃないか?T▽T) そもそもタイやフィリピンなどの決して豊かでない国の更に貧困層を中心に人気を博したこのドラマ。大方弐匹目のどぜうを狙ったんでござろうが、おしんは戦争で息子を亡くしているハズ。もし、その話を観たイラク市民が、米国の無差別攻撃で肉親を殺された恨みを思い出して ジハード!って叫んでテロに奔ったらどーすんだ外務省。 それこそ”火に油”ってヤツですな。 ああ、そうか。 イラクは油田があるからな。 そー言うギャグですか?(⌒▽⌒)。 (笑えないぞ、そんなギャグ) こんな馬鹿なマネしかしないから日本は外交オンチって言われるんじゃないでござるか?。たのむから、 これ以上日本の恥を世界にバラ蒔かないで下さい(T▽T)。 もうちっと真剣にイラク復興支援に知恵を出して欲しいと思う今日この頃。
2003年10月22日
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普段使っているプロバイダの都合で飛脚の宛先変更しました。新しい飛脚の宛先には、ドメインの前にwhiteの文字が付きます。 清廉潔白な拙者にふさわしい色(ああ、何故疑わしい色なんだT▽T) ってことで選んだ次第。 という事で、HPも真っ白、頭の中身も真っ白だけど、腹の中身だけはどす黒い麻生 百合之介です、こんばんわ。 え・・・? ”なんでこんなに余白が多いんだ?”ですって? だって、 清廉潔”白”ですから(⌒▽⌒) (ああ、また疑惑の色が。。。--;) 手抜きじゃないですよ? ただ、単に 今日はネタが無いだけです(T▽T)。(いや、無いことも無いんでござるが、面白いネタじゃないんで自主規制したんでござる)。 明日は拙者、ご家老の前でお蔵米の増石の説明しなくてはならないんで・・・今日はもう寝ます。 明日は評定の後にご家老に拉致されちゃうかも(酒癖悪いらしいです、ウチのご家老T▽T) もしかしたら、明日も更新できないかも。 更新はまた次回ってことで・・・。(ごめんなさいごめんなさいT▽T)。
2003年10月20日
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今週は、旅の軌跡を辿る上洛日記書いてて、 燃え尽きたぜ・・・真っ白にな。。。 と言う心境なのでござるが、今日も頑張っていつも通りに 思いつきで 日記を更新。 ”たのみこむ”戦国時代に参加してからと言うもの、発案で商品頂いたり、このお城作って皆様と親しくさせて頂いたりと、拙者の生活は随分と変わり申した。多分、こんなに頻繁に観ているサイトって他に無いんじゃないでござるかな(百合子さんのHPを除いて)。でも、それだけ頻繁に観ていると、色々気になることがある。今日はちっと拙者が感じている『たのみこむ参大七不思議』を(それじゃ21ふしぎじゃんーー;)・・・。 其の壱 ”地獄の参加者らんきんぐ” まず最初に思いつくのが、ブックマークのらんきんぐで獲得数が同じ場合に観る度に上下が入れ替わっていることがある。格付けは同じなので別にいいのだが、何故入れ替わるのか?素朴な疑問を感じており申した。ま、いずれ拙者はこのらんきんぐからは姿を消す勢いなので、別にいいけど・・・なんとなく気になる。 其の弐 ”波乱を呼ぶ白羽の矢” 次。皆様もきっと疑問に感じていると思うが、”白羽の矢”がどういう基準で立つのか?また、”白羽の矢が立った”という飛脚が来ても、本数が増えなかったりするのは何故なのか?多分、其の壱と同様、プログラム上の問題なのだろうが、やっぱり立つと嬉しいし、立たないと寂しい。予め立つのが判っているのでは面白くないのだが、やっぱり気になる。 其の参 ”神出鬼没の商品企画開発委員” 稀にたのみこむに現れては商品の宣伝したり、商品化情報書き込んだりするが、エンジンの社員なのか?特に 商品企画開発委員T。 ”たのみこむ掲載許諾済”とかカキコミしているが、社員だったらそんなの当たり前だと思うのだが。。。と言うことは違うのでござるかな?だとしたら、何故あんな紛らわしい名前なのか?だって、拙者の”使い捨て魚焼き網”の発案を推してくれた 商品企画開発委員O は内部の人間みたいなニュアンスだった。メンバーではないのでござるかな?もしかしたらTとかOとかって編集長とか委員長のイニシャルかと思っていたのだが・・・やっぱり気になる。。。 其の四 ”怨念の商品企画会議室の結果発表” 一年以上経っても結果発表されないものもあれば、締め切ってすぐに結果発表するものもある。どういうタイミングで結果発表するのか?別に 『自分の発案が選ばれるかも~(゜▽゜)♪』 なんて気はさらさら無いのでござるが、どうしてあんなに差が激しいのか?該当する発案が無い場合はどうするのか?やっぱり気になる。。。 其の五 ”どう考えても賛同集めそうに無い発案に集中する賛同の恐怖” 具体的な名前を出すと問題があるので控えるが、 (なんでこんなに賛同が集まるんだろう・・・--;) と思う発案がちらほら。まあ、これは拙者がその価値を判らないだけかもしれないのだが、それにしても 同一人物 が賛同票を入れていると思しき発案がある。観てて痛々しい位、同じテンションや口調のカキコミがあって、なんとなく気になる・・・・。 其の六 ”悪霊が写る画像の秘密” 最近、『発案ウォッチ』を開くと、フレームで『▼カテゴリPick Up▼』が現れるようになったが、気になる画像が・・・ スミソニアン国立博物館「カエル解剖キット」 スミソニアン国立博物館「エンジン早わかりキット」 違うだろ、それ。 こんなに目立つ所に出てるのに、どうして気がつかないんだ。。。(;--)。他にも結果発表のバックナンバーでも連環が切れてたり、違う所に連環しているのが見受けられるし。。。画像CHECKとかしないんでござるかな?それとも指摘する飛脚が来るのを待っているのか。。。やはり気になる・・・・。 其の七 遂に来た・・・。 今まで言いたくて仕方が無かった。。。 これこそ”たのみこむ”最大の謎。 きっと他にも気になっている人がいるであろう―。 これを考えると夜も眠れない(嘘ですが^▽^;)。。。 ”たのみこむ”を観る度に気になるこの不思議・・・ それはこれじゃ!!! 『護身用鉄扇』 誰ですか?(゜Ⅴ゜;) 鉄扇の一撃食らって苦悶に歪む表情を熱演しているが、 何故サングラスなんですか? 何より、 鉄扇よりもあなたの方が気になります (いや、ヘンな意味じゃなくてさ・・・) 他にも商品が星の数ほどある中で、どうしてこの人だけが素顔を曝しているのであろうか・・・ 『お前の父ちゃん、鉄扇で殴られてたで~(゜▽゜)』 『・・・(--;)。。。』 『てっせん♪てっせん♪(^▽^)(^▽^)!!』 『なんだよ~やめろよ~\(>△<)/!!』 とか、 お子さんがいぢめられたりしてませんか? (ってか、何故わざわざ関西弁にするんだ拙者・・・) この不思議に対する明確な回答を求む。
2003年10月19日
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え・・・? ”旅の話は昨日で最終回じゃなかったのか?” ですって? いや、実は昨日の日記(つっても書いたの今日だけど)に書き忘れたことがあったモンで。 今回の旅の目的は、 壱.城のほとがらを撮ること。 弐.大馬鹿道場の腐れ朋友(ポンヨウ)の見舞いと愛娘の拉致 参. これまで行ったことが無い奈良と琵琶湖を観る の参本柱だった。で、日記には本懐を達成したことをお伝えしたのでござるが、実は書きそびれたエピソードが。。。そうそう、ほとがらも皆様に一枚もお見せしていなかったので、ここで、そのエピソードと共に紹介致しませう。 皆様、ここご存知でござるか? はい、このほとがら観てピンと来た人が約1名(♪誰なんだろ~、誰なんだろ~⌒▽⌒)。 そして更に衝撃の一枚がコレじゃ!! じゃん。 まつたけ館長(明智が元小姓『光輝』殿)主催の阪神優勝祝賀会in月読橋の光景で~す。(^▽^) ちなみに・・・ こん中にしいたけ姐さんもいます。(多分) 実は、奈良から朋友の家に遊びに行くまでに、 コッソリ月読橋まで行ってたのですよ(⌒▽⌒)。(ふはははは、館長、姐さんびっくらこいた?) 奈良から京都通り過ぎて千代川までは遠かったですよ。何しろ一刻かかりましたし(しかも一度朋友が住む村を通過)。 夕方で、天気も余り良く無かったのでもういないかも。。。と思ったのでござるがギリギリセーフ。なんとかパパラッチに成功したでござる。 橋の上で匍匐前進するのはかなり勇気が必要でしたがね。 (実は奈良で”大仏くん”のマスク買って、画用紙に”阪神優勝おめでとう””でもホントはベイスターズファンなの(T▽T)拙者”とかセリフ書いておいて、渡し舟で桂川下って登場しようとか企んでいたのだが辞めました。だってこの村何も無いんだもんT▽T) で、拙者がこのほとがら撮影に成功した途端に雨が降り出した。 (やばい、駅でかちあってしまう!) 雨が酷くなれば時間も時間だけに、皆様祝勝会を撤収するに相異無い。そうすっと駅で出くわす可能性大。と思って、即行でその場を逃走。携帯糸電話で臨時に築城した『風雲!たのみこむ一夜城!!』を観たら姐さんが 「今から帰ります。」 なんて書いているモンだから マジで焦りました。 (丁度拙者が駅で牛車が来るの待っていたから、あのまま姐さんが駅に来てたら間違いなく同じ牛車に乗ることになっていたでござろうな(^▽^;)。いやー危なかった。) もうちっと近くに拠って顔が判別できるようにと、橋の上からの撮影も目論んだのだが、 余りに近過ぎたので辞めました(橋の上から皆様まで垂直距離約5mまで近づいた) この旅一番のハラハラした瞬間でした(^^)。 え・・・・? 「なんだ、折角ここまで来たのなら参加すればいいじゃん!」 ですって? できるわけないでしょ(T▽T)。 だって拙者は ベイスターズファンですよ? 幾らなんでも阪神ファンの皆様の祝勝会に紛れ込む訳にはいきませぬ。なにせ今年のタイガースのお得意様はベイスターズ。虎軍団の中に紛れ込んだりしようものなら いじめられちゃいます。(いや、意図的にってんじゃなくて。) 拙者が参加した場合に想定される会話(あくまで勝手な想像) (゜▽゜)「阪神優勝おめでとう~!」 ・・・(; ̄ー ̄)おめ、おめでとう~ (>▽<)いや~今年の阪神は強かったやんか~、もう毎日が楽しくて仕方なかったわ ・・・(; ̄▽ ̄)そ、そーですか、良かったね。 (^▽^)いや~何しろベイスターズ様々やん。麻生さん、ホンマおおきに!来年もひとつお願いします。 ・・・(; ̄∀ ̄)はは、いや~こちらこそ。。 こんな激痛まみれの会話には耐えられそうにありません(T▽T)。 (嘘です。ホントは自分の正体を知られるのがイヤだっただけ) とは言え、館長御直々のお誘いもあったので、無下に断るのも失礼と思ったので、こういう形で参加させて頂き申した。まつたけ館長殿、お招き頂きかたじのうござりました。 ・・・・(--) ”来年は”ひとつ宜しくお願いします。 追伸(ってのも変だが。。。) さあ、今日から日本シリーズ。タイガースもホークスもどっちも頑張れ~(^^)。
2003年10月18日
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(BGM)風まかせ~♪風まかせ~♪か~ぜま~か~せ~♪ 風まかせの旅 ~百合之介上洛す ~ お気楽極楽の旅 ~ 最終回 麻生 百合之介最後の一葉 朝起きたら すごい嵐(T▽T) 出陣前に天文方の気象予報を観た時は曇り時々雨だったが、この弐日間ほとんど雨に祟られなかったのだが、ここにきて天が鬱憤晴らすかのように雨を降らせていた。 (も、もはやこれまでか・・・?--;) 最終日だと言うのに・・・と思いながらハナちゃんと遊んでいると、やがて雨が弱まったので、出立前に朝餉を馳走になって駅まで則兵衛一家に見送って貰った。今度会う時にハナちゃんがどれくらい大きくなっているか楽しみでござる(^^)。 京都に着いたものの、雨脚はまだ酷く、傘も持ってなかったので、目の前に客待ちしていた早駕籠に乗って二条城へと向かう。二条城へ向かう途中で雨は小降りになった。城に着くと結構な人出。なんでも期間限定で開放している所があるらしい。拙者は人ごみを掻き分けて二条城の内部に忍び込んだ。 二条城はご存知徳川幕府が京都の治安(という名目で)の為に諸藩大名に築城させた城。唐門(からもん)を入ると豪華に装飾された車寄せがまず目に入る。欄間彫刻は表と裏で様相が変わっていて、表側には五羽の鸞鳥(らんちょう)・松・牡丹、上に雲、下に笹が彫刻されている。桧皮葺(ひわだぶき)の屋根と内装の障壁画には狩野派の重文がずらりと並ぶ。この素晴らしい美術工芸をほとがらに・・・と思ったら 撮影禁止(;--)。 特別公開していた城門の楼閣も撮影禁止。台所も撮影禁止。城の内装の画が欲しいので始めたこの旅。 まだ一枚もまともな画が撮れてません(T▽T)。 仕方が無いので外観のみほとがらに納めた。後で見たら 接吻しているヤンキーと唐人お吉 が写っていた。 ・・・維新回天の終幕を飾った大政奉還の舞台でもあるこの城で不埒な真似しくさってこの 腐れ外道が ということで即行で削除(--;)。(いえいえ、別に僻んでる訳じゃありませんよ) 紅葉の時期にはちと早く(大体長月中旬らしい。・・・後で知った--;)天気も余り良くないので、二条城を後にした拙者。京都のんまいモン食おうとしたが、生憎お目当ての鱧は時期を逃しており、時間も無いので駅前の店で天麩羅を食った。ついでに旅行のお土産を買おうと近鉄百貨店に寄ったら、”北海道名産フェア”をやっていた。 ( ̄∀ ̄)ニヤリ。 (不敵な笑い) (屯所にての会話の想定) 『これ、皆で食べて下され。』 「おお、百合之介殿、北海道へ旅行へ行かれたのか?」 『いやいや、京都でござるよ』 「これはしたり。何故京都土産が白い恋人なのだ???」 『・・・・(含み笑い)。』 ということで 京都土産に”白い恋人”購入決定。 そして拙者は彦根へと向かった。 彦根に着いたのは午後弐時頃。生憎の曇り空だったが、雨には至らなかった。彦根城は別名金亀城とも言い、甲斐武田氏家臣である山県三郎兵衛昌景の”赤備え”を継承することを許されたので有名な徳川四天王の一人・井伊直政や桜田門外の変で討たれた大老・井伊直弼の居城。天守閣が現存する数々の城の中で、国宝に指定されているのは、この彦根城と姫路城・松本城・犬山城だけなんでござる。拙者は昨日の歩き疲れが残っていたが、彦根の駅から歩いて彦根城を攻めた。 ちなみに彦根城は山の上に立つ城です(T▽T)。 (歩くのもう嫌ーー;) まずは御城下にある博物館を見学。数々の美術工芸品や刀工、陶器の類は歴史を感じさせる逸品ばかり。奈良では正倉院の宝物を観ることは適わず、僅かに源義経や八幡太郎義家が奉納した甲冑・弓・刀などを観られたのみだったが、彦根城の博物館は展示品が充実している。余り時間が無いのでゆっくり観られなかったが、それも充分堪能してからいよいよ城郭の核心部を目指した。そこへ、 老人衆の集団合流。 彦根城に上がるまでは勾配が急な、足元が悪い参道を通らねばならないので、御年寄りにはちとキツイ。拙者は年寄り集団を追い越す為に大きな岩がゴロゴロしている山道を駆け上がって行った。 そしてやっと旅の最後の目的である彦根城に至る。戦国時代の面影を遺す城門や櫓や城は一切の虚飾が無く、如何にも城と呼ぶに相応しい。団体客がここでも多くて撮影の邪魔だったが、質朴ながらも堅牢な造りの天主の内部も撮影できて、やっと本来の目的を達成できたんでござる(T▽T)。 天主からは眼下に広がる琵琶湖―。 最初は海かと思いました。 生まれて初めてみたのだが、日本一の広さを誇るこの湖はやはりタダモノではない。天気が良ければ、季節が良ければ更に絶景だったでござろうな。玄宮園なんかも立派な庭だったし。ちょっと時期を誤った気がする(--;)。 彦根の城にはそのまま夕暮れ時までいて、そこからまた 歩いて駅へと向かった。 帰りは米原から早馬・光号に乗って変えるつもりだった。米原まで普通の牛車に乗ってそこで通行手形を購入することにしたが、生憎指定席は満席。仕方が無いので尾張名古屋まで行って、そこから早馬・望号に乗ろうと思った。 「壱萬両と壱千文参拾朱になります。」 『はいはい。』 と懐の銭入れを取り出した。 ・・・・・・・・・・(--;) やばい銭が足りねぇ・・・(T▽T)。。。 『す、すまぬが、一番安い”YAHOO!号”で・・・』 と言う訳で 四時間かけて お江戸に戻って参りました(T▽T)。 ”行きは良い良い帰りは怖い”。。。 正に 通りゃんせ みたいな御庭番上洛の旅はこれにておしまい。この旅で得た教訓は、 行き当たりばったりの旅は辞めとけ(T▽T) と言う事(もう、無理できる歳でもないしT▽T)。 でも取り敢えず旅の目的は達成できたし、良い写真も撮れたので重畳々々。それなりに楽しい旅だったでござる。 都合四回に渡る『風まかせの旅 ~百合之介上洛す ~ お気楽極楽の旅 ~』はこれにて。皆様長々お付き合い頂き誠に有難う御座いました。 完
2003年10月17日
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(BGM)風まかせ~♪風まかせ~♪か~ぜま~か~せ~♪ 風まかせの旅 ~百合之介上洛す ~ お気楽極楽の旅 其の参 心に深い傷を負ったまま、拙者は難波の地を離れた。 (この激痛を癒す為には神仏の御加護を得るより他は無し) ってんで、古式ゆかしい名残のある(と勝手に思っている)奈良へ行くことに決めた。一夜城には”ふんふんふ~ん、黒豆や~♪”と書置きしたが、実はあの前には ”奈良の春日の青芝に~♪腰を下ろせば~ 鹿の糞~♪” と言う歌詞があったんでござる。ちなみにこの歌、知る人ぞ知る 吉永小百合が歌っているんで有名な歌。 この歌詞を借りて次の行き先のヒントにした次第。判った人いたでござるかな(^▽^;)。 大阪城の最寄駅から近鉄に乗り換えて一路奈良へ。普通は修学旅行などで奈良に行ったことがある人が多いと思うのだが、拙者は実は奈良の地に脚を踏み入れるのは初めて。五重塔も大仏も見たことがなかったので、今回はかなり楽しみだったのだが、 駅からずっと坂道。 しかも、 ホントに鹿の糞だらけ。 公園ではへんなおっちゃんが独りでマイク使って聞いたこと無い歌熱唱してるし、正倉院は休日閉館しているし。。。(--;)それと何でもいいけど、 鹿の糞チョコ はまずいと思うぞ、奈良県民。罰ゲームとかでチョコボールを地面にバラ蒔いて食わせようって魂胆でござるか?(お江戸のゲロもんじゃ並みにひどいと思われ。) それでもここまで来たからには時間の許す限り見て回ろうと、まずは東大寺の大仏観に行った。と、その途中、鹿煎餅が売っている。どうやら鹿が好んで食うと言う煎餅というのはホントらしいな。よし、ちとくれてやってみようと思い買ってみた。するとさっきまで周りにいて、拙者に見向きもしなかった鹿が突然寄ってきた。 (ふはははは、いじきたない鹿共め、欲しいか?欲しいのか?!) と悪魔の微笑みを湛えた拙者。鹿の鼻先に鹿煎餅を突き出して、鹿が”パクッ”と咥えようとした瞬間に サッとひく 動作を繰り返してやった。(⌒▽⌒)うははは~♪た~のすぃ~ッ!!<性悪。) そんな大人気無いことをやっていたら、突如鹿が後ろ足で立ち上がり、拙者の顎にガスッ!と パンチ食らわせやがりました(T▽T)。 (--#)・・・。 お・・・( ̄△ ̄#) おのれ、鹿の分際で(T▽T)!! 拙者が怒りに任せて鉄建制裁加えてやろうと拳を振り抜いた所に、 鹿のカウンターパンチ(第弐波) (くっ、できる!!) 拙者は鹿煎餅を放り投げてそそくさと東大寺へと向かった。 東大寺の南大門の阿吽の像の間を通り抜けて大仏を拝観。その写真が先日の”レッツ極楽”なんですが、全然ウケませんでしたね(^▽^:)(バチあたりませんよーに!( ̄М ̄;) その後二月堂、三月堂、春日大社、興福寺(五重塔)を観て廻った。 この間、ずっと歩きっ放しです(T▽T) 草履を履いている脚も疲れてしまい、最後は脚を引きずるようにして歩いて駅まで戻ったでござる。 この日は甲賀の里の旅籠に泊まる予定だった。次の日には琵琶湖と彦根城を観てから京に戻ろうと思っていたのだが、上方に住まう朋友・毬栗則兵衛から、 『俺ん所に来い。一緒に酒呑もうや。』 と糸電話に連絡があったんでござる。まだ新婚だし、童子も生まれたばかりなので、奥方に申し訳無いと再三断ったのだが、是非にでも来いと言う。それでも迷っていたのだが、奥方も望んでいるとのことだったので、好意に甘えさせて貰うことにした次第(別に酒に吊られた訳ではないので念の為--;)。宿を当日解約し、京の”笠地蔵の村”にまで脚を運んだ。途中、 太秦 の駅があったので、余程立ち寄ろうかと思ったが、遅くなってはならじと、涙を飲んで通り過ぎました。 奥方には土産は買ってあったが、お初にお目にかかるハナちゃんにも何か買ってやろうと思い、花の都でぬいぐるみを買って行った拙者。笠地蔵の村は、都からそう遠く無い所にある。駅に着くと、大八車に乗った朋友の顔。その大八車に同乗して、串焼きの店へ行って旧交を温めたのだが、則兵衛は 靭帯断裂の手術後。 石膏脚に巻いた奴と酒呑むのも案外気を遣うもの・・・と思っていたら、則兵衛め、酒を弐杯煽ったくらいで酔っ払ってしまったとほざきよる。 貴様それでも軍人か! と活を入れてやったが、どうにも術後間もないので酒の廻りが酷いと言うので、早々に駕籠呼んで朋友の 愛の巣 へと向かった。 部屋に入るなり、 ハナぁ~、ただいま~ と、則兵衛め、生ぬるい声を出しおったので、 『おい、則兵衛、お主酔ったのではなかったのか?』 と尋ねたら、 「ああ、 今治った 。」 ・・・・・・・・・・・・・(--)。。。。 たばかりよったな貴様!(--″)。 友と娘とどっちが・・・・って、娘に決まってるでござるな( ̄ー ̄;)。。。 で、とうとう、則兵衛の愛娘・ハナちゃん に初お目見えしたのだが、これがまた、 かぁ~わぁ~うぃ~うぃ~!(⌒▽⌒)。 (出来る限り馬鹿っぽく読みましょう) 何しろこっちが笑うと声だして笑うし、顔全体がぷにぷにしていて、まるで お人形さんみたいです(⌒▽⌒) 「な~、可愛いやろ~、ほら!ハナ~、お前ほんま可愛いなぁぁ~(^^)。」 と則兵衛ってば早くも 親バカ振り発揮。 顔面全体が土砂崩れ起こしておりました。 「百合之介~、お前もはよ、子供作れよ~」 『いや、拙者の場合種はあっても畑が無いからの。』 と言ったら奥方の笑いが止まらなくなってしまいました。 (笑い過ぎじゃ、細君よ・・・T▽T)。 その日は夜更けまでハナちゃんのネタで盛り上がっていた。ハナちゃん昼間はずーっっと寝ているので、夜はなかなか寝付かないらしい。 『今から夜更かしするようじゃ、大きくなったら・・・』 と冗談で言おうと思ったが辞めておき申した。流石に野宿はキツイので(--;)。 明日は京の都に上洛し、二条城を陥落させた後、返す刀で井伊の赤備えを打ち破って彦根の城を占領する決意を固めて早めに就寝しようと、あてがわれた座敷に行ってみたら、 PS弐 に 鬼武者 極めつけに ゴルゴ壱拾参 が山になっていた。 (拙者を寝かさないつもりか、あやつ・・・ーー;) だが、明日も過酷な城攻めなので、早めに就寝々々。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( ;) 嘘です、全部読みました(^▽^;) (ついでに鬼武者もファイナルファンタジーもやった;--) なんか凄く蒸し暑くて寝苦しかったので。。。。(って、言い訳にもなりませんが(T▽T)。 こう言う訳で、予定外の旅程だったが、弐日目の夜は朋友の親バカ振りに呆れるやら羨ましいやら、ゲームにマンガにとオタク学生さながらの生活で、寝不足のまま更けて行くのでありました。 いよいよ明日は最後の日。何の変哲も無い旅は更に続きます。次回、『風まかせの旅 ~百合之介上洛す~第四回』は、”さらば京都よまた会う日まで、百合之介最後の一葉”。皆様もうちっとお付き合い下さりませ(^^;)。。。。
2003年10月16日
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(BGM)風まかせ~♪風まかせ~♪か~ぜま~か~せ~♪ 風まかせの旅 ~百合之介上洛す ~ お気楽極楽の旅 其の弐 やっとかめの地、尾張名古屋の地に残された百合之介。 しかしこんな修羅場はいつも潜り抜けているので実はそんなに慌ててなかった。と言うのも、行きの切符は指定席で切符は手元にあったから。拙者は駅停の詰所に駆け込むと駅員に事情を説明し、荷物を確保して貰うようにお願いしたら、間も無く車掌が確保してくれたとの連絡がすぐ入ったんでござる。 荷物は新逢坂の関で下ろしておいてくれるとのことだったので、拙者は後から来た望号に乗り込んで(自由席ですがーー;)、一路新逢坂の関へと向かった(流石に車内で食ったみそかつ弁当は美味しく頂けませんでした^^;)。 本来の予定の時刻よりやや遅れて新逢坂の関に到着。駅員の詰所に行って 褌と感動の再会(T▽T)。 拾ってくれた駅員殿に丁重にお礼を申し上げて駅のホームを出た。 過去、京都大阪神戸参都の武者修行を参回行った拙者だが、新逢坂の関に下りるのは実は初めて。取り敢えず 腹が減ったので(いや、安心したもんでさ;^^) ”大阪のんまいもん”を食える道頓堀へと、地下鉄で難波駅に向かった・・・・はずが、難波駅で降りて地下のアーケードを歩いてから地上へ出たら、何故か千日前に出てしまった(何しろ極度の方向オンチなもので^▽^;)。取り敢えず本来の目的地道頓堀に向かってブラブラ歩いていたら、何やら食欲をそそるソースの匂い。そう、 ジャパニーズ・サムライボール ですな。 タコ焼き好きな拙者は辛抱堪らず購入。有名店って訳じゃないのだが、これがまた バカうま。 流石タコ焼きの聖地・大阪。以前食った時も旨いと思ったが、何度食べても旨い!!で、タコ焼き食った後、隣りにあったラーメン金龍のラーメン食ったが、これはあんまり美味しくなかった。まあ、600円で御飯食べ放題、キムチ食べ放題なのは流石大阪と思ったでござるが。。。 その後目指す道頓堀に向かって歩く。やがて見覚えのある風景が・・・。おお、あれは食い倒れ人形ではないか。○年前、この地に来た時、通りすがりに拙者を見て、 『あ、食い倒れ人形が歩いとる』 『キミ、そら失礼言うモンやで』 とか、路上で自然にボケツッコミしていた大阪の若者が懐かしい(TーT)ジ~ン。 食い倒れ人形の立つ通りをまっすぐ行くと、右手にあの 殉教の入水者続出 の道頓堀の橋があった。人通りが多くて、歩きづらいのだが、何故か皆が一様に携帯電話を夜空に掲げている。その向けられた方向を見ると 阪神タイガースのカッコしたグリコの看板。 (本当にあったんだな・・・) と、大阪のタイガース教の信仰心の厚さに 感服しました(^▽^;)。 暫く拙者も絢爛豪華なグリコの看板を眺めてから、ふと橋の欄干から堀を覗き混んだのだが、川面に電飾の光が落ちている。普通なら綺麗だと思うのだが、よく見ると夜目に見ても道頓堀の水の汚さが判る。なんつーか暗い川底が濁っている感じ。ヘドロが堆積しているってのが何となく判る気がする。 (本当に飛び込んだんかな・・・) と、大阪のタイガース狂の身体の強さに 恐れを抱きました(--;)。 (拙者でも無理だな、あの堀に飛び込むのは・・・) 一通り通りを歩いてから旅籠に向かった拙者。今宵のネグラは谷町四丁目にあった。そう、 大阪城のすぐ傍です。 という事で明日の予定は大阪城に決まり!ってんで一夜城に”国を全うするを上と為し・・・その下は城を攻む”とカキコんだ次第(この言葉は”孫子”の一節です)。まあ、普通の人は判らないだろうけどさ・・・。 という訳で、百合之介上洛の壱日目はこうして更けて行くのでありました。 二日目―。 旅籠で朝餉を採ってから大阪城を攻める。 青瓦が美しい、正に大阪の顔とも言うべきこの城は、内堀と外堀に高い塀があり、国内屈指の要塞でござる。今回の旅は、城の外観だけでなく、余り人目につかない城の内部を撮影することが目的だったので、以前見た豪壮な大阪城の内部を撮影しまくろうと、意気揚々として城に向かったのだが、朝まだ早いと言うのに、城の庭園には 女子高生がいっぱい。 キャーキャーワーワーうるさくて堪らん。なんか出鼻を挫かれたって感じ。 できるだけ女子高生がいない辺りを選んで大阪城の外観を撮影し、いざ本丸へ向かおうとしたのだが、運悪く合流されてしまった。登城するには結構急な勾配の石段を上がらなければならない。で、拙者も苦々しい思いで石段を上がって登城しようとした。すると、拙者の前を歩いていた女子高生がはたと後ろを振り返り、拙者の手元をじーっと見て、何やら隣の女子高生に耳打ちしたかと思うと・・・・。 サッとスカートを抑えた。 拙者の手には電子ほとがら (--;)。。。。。 ( ̄▽ ̄;)あの~もしかして・・・・ 疑われてますか、拙者(T▽T;)? ざけんな、このガキっ 誰がお前らみたいな 乳臭いガキなんか覗くかッ(--;) とは言え、こんなむっさいオッサンが独りで女子高生の群れに混ざっていたら疑われるわな(しかもデジカメ持って)(T▽T)。仕方が無いので女子高生が待つエレベーターを避けて 階段昇って 天守閣まで行ったんでござる(T▽T)。(ちなみに天守閣は八階でした) ところが天守閣まで上って愕然としてしまった。なんか 内装がガラッと変わってるんですけど(--;) 以前来た時はこんなハズではなかったが。。。と思って、ガイドらしい人に聞いてみた。 『御免、ちとお尋ね致すが、城の内部はこんな造りでは無かったと思うのだが・・・』 「え?随分前に改装したんですよ。色々見所もできて、綺麗になって、皆さん喜んでおます。どうです楽しいでしょ?」 ( ̄ー ̄;)・・・・・。 馬鹿野郎!!こんなの城と言えるかッ!! と、言いたいのを我慢して(いや、確かに見所が一杯で、普通の人は楽しいと思うかもしれないんですが、武士の拙者にはちょっと。。。T▽T)、傷心を抱えたまままた階段使って城を降りた拙者。予め知ってたらあんな高い入城料払ってまで登城しなかったんですがね、今回は(T▽T)。 しかも階段使って。 なんかドッと疲れが出てしまった。旧き良き史跡はいずこへ・・・ 百合之介の旅はまだ続く。。。次回は、 ”腰を下ろして鹿の糞、伝説の歌が今蘇る”をお送りします。お楽しみに(T▽T)。
2003年10月15日
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(BGM)風まかせ~♪風まかせ~♪か~ぜま~か~せ~♪ さあ、お待ちかね(誰も待ってない)今回の風まかせの旅、”百合之介上洛す”の始まり始まり~♪ 風まかせの旅 ~百合之介上洛す ~ お気楽極楽の旅 其の壱 実は今回の上洛の決意を固めたのは神無月壱拾弐日の午後弐時。そう、 早馬に乗る参時間前です。 今回の上洛の目的は、”上方に住まう大馬鹿道場の朋友が靭帯断裂した見舞いと今年生まれたばかりの愛娘・ハナちゃんの顔を観に行くこと”だったのだがもうひとつ、 城のほとがらを撮ること が目的だったんでござる。従って、 城を見張っていれば拙者を捕獲することができた んですね~(姐さん、活動好きな百合之介の行く先を太秦と思ったのだとしたら鋭い(--;)。二日目に途中下車しちゃおうかと思った位ですから)。 何しろ直前まで決心がつかなかったこの旅、出陣前の準備を何もしていなかったので、電子ほとがらと携帯糸電話、着替えの褌と金子、日本電気究極改造株式会社から拝領した関所手形だけ持って詰所を飛び出した。東海道五三次の最寄の城下街にある旅行代理店の暖簾をくぐる拙者。 「今日泊まれる上方の宿を探しているのでござるが」 と無茶なことを言ったが、旅行代理店の御姐さん嫌な顔ひとつせずに探してくれましたよ。流石玄人。 しかし連休の為か京の都には宿は無く、代わりに壱日目に新逢坂の関の旅籠を、弐日目に琵琶湖の辺の旅籠を無理矢理確保できることが判った。まあ、風の向くまま気の向くままの旅だし、どうせしがない独り旅なので、宿を押さえられたことを確認し、朋友への土産を買い込むと、早速新横浜から早馬・望号に乗り込んだ。 実は拙者、早馬・望号に乗るのは初めてでは無いんでござるが、 頗る快適ですな(^^)。 何しろ新横浜を出て次が尾張名古屋と言うのは、せっかちな拙者にはとても気分良い。早馬に乗って一刻もしない内に名古屋に着いたでござる。 名古屋に着き、さて、次は目的の新逢坂の関・・・と思っていたら、 『お客様にお知らせします。出発のお時間ですが、先頭の車両がつかえている為、ここで時間調整させて頂きます。お急ぎの所誠に申し訳ございませんが、ご了承下さい』 とアナウンスがあった。 これはチャ~ンス!! 名古屋と言えば みそかつ。 駅弁大好きな拙者としては、この機会を逃すことも無い。腹も減ったので、拙者の乗っている車両から弐両位前の弁当屋目指して脱兎の如く飛び出した。 『これ、小僧、すまぬがみそかつ弁当を所望したい。』 拙者は銀千匁を握り締めて、ぼさ~っと立っていた店番の小僧に声を掛けたのだが、 「え?すみません、なんですか?」と気の無い返事。拙者は焦っていたので、 『みそかつ弁当じゃ、みそかつ弁当』と言ったのだが、 「あ、はい、すみません、え~と・・・これ。。。あれ?違うな、これ・・・」 ・・・(--;)どうやら新米らしいなこの弁当屋の小僧。拙者はイライラしながらみそかつ弁当を指差して、 『これじゃ、これ!早くして下され。』 と言って促した。が、この小僧、袋に入れる手つきは危なっかしいわ、釣銭は落とすわで、モタモタしておる。やっとの思いで弁当を受け取り、店の戸を開けると、 ル~ゥルルルルルルルルル・・・ と、 聞き慣れた音が。( ̄▽ ̄;) 『ドアが閉まりまぁ~す(゜▽゜)!駆け込み乗車はお辞め下さい!』 ま、 ま・・・・・ 待てぇぃッ!! (T▽T) 『ピィ~ィ、イッ( ̄π ̄)!!』 百合之介ダァ~ッシュッッ!!!<必死 (ここからはスローモーションでお楽しみ下さい) ┗(´;┓)ドックン・・・ (´┗;)┓ドックン・・・ ┗(´;┓)ドックン・・・ (´┗;)┓ドックン・・・ ドッ・・・ク・・・ン ☆┗(_ _)┛☆ ガァァ~・・・ン。。。。 ガラガラガラ、ガタン! ブィィィィィ・・・ィィィ・・ガタンゴト~ン、ガタンゴト~ンガタンゴト~ン・・・・ ね、・・・・・・ 姐さん、事件です(T▽T)! 旅の出だしから、 やってしまいました(T▽T) 早馬・望号はやっぱり速かった。あっと言う間に遠ざかって夕暮れの彼方に奔り去って行った。拙者はその後ろ姿をただ呆然と見送っていた。 (に。。。荷物・・・・) そう、拙者ってば、あの望号の背に 荷物置きっぱなしです(T▽T)。 財布や携帯、デジカメなどの貴重品は懐に入れていたから、背嚢の中には大した物は入っていない(って言うか褌だけ)ので盗まれても構わないが、確かあの望号は・・・ 博多行きだった。 まさかこの旅・・・ 尾張名古屋で終わりになるのか? (あっはっはっは!シャレ言ってる場合じゃありませ~んT▽T・・・) ピィィィ~~~ッ・・・・。 望号は憎たらしい嘶き声を挙げて遠くから”阿呆な食いしん坊”を嘲笑っていた。。。 後には、駅に残された百合之介―。 駅の構内を、木枯らしが吹き抜けて行った―。 (ナレーション) 出だしから快調なこの旅、果たして百合之介は上洛できるのか?そして連れ去られてしまった褌はいずこへ!?体一つで”やっとかめの地”に残された百合之介の明日はどっちだ??!! 『風まかせの旅 ~百合之介、上洛す~』の巻、本日は、ここまで。続きは次号!!
2003年10月14日
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はい、どうも~~!!!(拍手) 阿形で~す!! 吽形で~す!! 大仏次郎でございます。 参体合わせて・・・ レッツゴー極楽! でぇ~すっ♪ ちょっと待て。 ・・・・バチ当たるといけないので止めます(--;)。 帰ってきたでござる。ホントはちょっと前に帰っていたのだが、色々あって、今まで日記の更新できませんでした(T▽T)。この弐日間不在にして、掲示板や”たのみこむ”にお返事ができずに申し訳ござりませぬm(_ _)m。 今回は連休だと言うのに山にも行かず、上洛してきたのだが、結論から言って、 すげぇ疲れました(T▽T)。 荷物も特に無く、身軽なハズだったのだが、あちこち歩き廻ったモンで。今回は平地を歩いた所為か、天気は決して良くなかったが、そんなに酷い目にも合わなかった。そのヘンの状況は”風雲!たのみこむ一夜城!!”をご覧の方々はご存知のことと思いまするが(^▽^;) ・・・・と言うことで、早速”百合之介・上洛す”の日記の更新をば、と思ったのでござるが。。。。。 今のギャグやるんで一杯一杯です(T▽T)。 (いや、ホントはちょっと色々編集があって大変なモンで。。。;--) お楽しみにしている方々(いるのかそんなヤツ。。。--;)には誠に申し訳ありませぬが、本格的な更新は明日以降ってことで、ご容赦下さりませm(_ _)m。 なにせ、 明日履いていくパンツが無いんでね(T▽T)。 (上洛前に洗濯しておけば良かった。。。) 風雲!たのみこむ城!! 御庭番 熱烈賛同 麻生 百合之介
2003年10月13日
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遅くなりましたが、 今から上洛します 今日は多分現地に着いたら旅籠に泊まる(まだ宿も決めて無いんですけど^^;)ので精一杯です。本格的に動き回るのは多分明日明後日。 で、ちょっとほのめかしていたゲームですが。。。 鬼ごっこ で考えています(但しとっても暇な人限定参加)。 で、ルールですが、拙者が行く先々でこちらの掲示板にカキコミをします http://www.hamq.jp/i.cfm?i=tanomicom ここのカキコミをヒントに見事拙者をとっ捕まえて下さい。とっ捕まえたら、何かの特典を差し上げます(まあ、絶対に見つけられないと思うけど。) ・・・・って言うか、誰も参加しない可能性大ですな(^^;) まあ、それはそれでいいや。今回の目的は、 靭帯断裂した朋友の愛娘を攫うのが目的だから (嘘です。見舞いと可愛い赤ちゃんの顔を見るのと、趣味のお城を眺めに行くことが本当の目的) と言うことで、今から出陣します。 さ~て、明日は何処に行こうかな。。。
2003年10月11日
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え~とですねぇ・・・実は。。。 この連休中の上洛を計画しています 都に住まう朋友が、何でも 靭帯断裂 で入院して手術したそうなんで(ほら、披露宴で拙者達がはっぱ隊やってやったヤツ。)、今年生まれた娘の顔も見てみたいので。 紅葉にはまだ早い様なので、まだ迷っているんですが、この時期逃すと上洛の期を逸してしまう可能性もあるからど~しようかな・・・。それに また天気悪いらしいし(T▽T)。 とりあえず、 得意の”おもいつき”で決めます(^▽^;) で、もし上洛したらちょっとしたゲームを実施することも 考えております(企画倒れで終わるかも知れんけど)。 まあ、いー加減な漢なので本当に行くかどうかは判りません。 もし、中止になっても怒らないで下され皆の衆・・・ (^^;)。
2003年10月10日
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友よ、お前が消えたあの日が今年もやってくる。紅い月が点る小径で非業の死を遂げた友よ―お前の太陽の様な微笑みが露と消されたその日から眩く耀く金の時計は涙に濡れ錆びて永久に動かなくなってしまった。だから今もお前は あの日と変わらぬ十九のまま―時が哀しみを癒し 季節が移ろい 新しい風が 過去を思い出と言いくるめたとしても心の湖沼に深く沈む澱は 決して流されること無く そこに留まり続けるだろう。友よ 希望に燃え 夢を追い求めたあの山河を憶えているか友よ 怒りに震え 涙で乗り越えたあの断崖を憶えているか今は冷たい墓標の下に瞑る友よ―長い冬を耐えた若葉が雪を破り その葉を雄雄しく広げる頃には今日の想い出を肴に酒を酌み交わそうと誓ったあの日を憶えているかだが月日は止め処なく流れ離れ離れになってしまった時間は遺された者だけを無残に老いさらばえてしまうということを知った。お前はいつまでも変わらない笑顔を湛えているというのにいつの間にか俺は嘘で固めた笑顔を作るのが上手くなってしまった。 知らず知らずの内に俺は俯いている時間が長くなってしまった。言い知れぬ不安を抱え込んだまま俺は 決して望んだわけではない道に踏み込んでしまった―。だが友よこんな無様な俺の生き様を 今は決して笑ってくれるな。 男として生きて行く為には 飲まねばならない水がある。つかねばならない嘘がある。 酒で溢れる愚痴もある。”愚かな奴だ”と人は言うかも知れないが己の生き方を恥じたことは無い”不器用な奴だ”と人は笑うかも知れないが自分に嘘をついたことは無い今までそうやって生きてきた今もそうして生きている そしてこれからも そうして生きて行くそれだけはお前に言って聞かせてやれるたったひとつのことなのだ。お前が為すことのできなかった人生をお前が叶えることのできなかったその夢をお前が楽しむことのできなかった喜びをお前が残すことのできなかった想い出を いつかきっと もっとずっと 語ることができるように―だから友よ風に吹き消されそうな蝋燭の灯火である俺の魂がこの下卑た時代を離れて 再びお前と出会う日が来るならばその時はきっと あの頃と変わらぬ笑顔で俺を迎え入れて欲しい。月の盃 星の酒決して色褪せることの無い想い出を肴にして昔語りに華を咲かせてみたいと そう思う。それがあの日あの時お前と交わした約束なのだから・・・ ----------------------------------------不慮の事故で早逝した友は若くして死んでしまった。十九歳だった。この日は毎年一年間の内で、必ず私の行動予定が決まっている日でもある。二十歳の成人の日を心待ちにしながら死んでしまった友。十月十日は彼の命日である―。
2003年10月09日
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なんかちょっと・・・体調が悪いので、今日の日記の更新はお休みさせて頂きます(多分呑み疲れ。昨日は拙者の昇格祝いだってんで、午前壱時まで呑んでたので(T▽T)。。。)。 気力と体力があれば明日には復活します。 悪しからずご了承下さりませ、皆の衆。。。 風雲!たのみこむ城!!御庭番 麻生 百合之介
2003年10月08日
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”風雲!たのみこむ城!!プロジェクトX” ~断崖を乗り越えろ!麻生 百合之介の無謀な挑戦~ (風の中のす~ば~る~♪砂の中のぎ~んが~♪みんな何処へ行っ~た~♪見送~られることもなく~♪) 強い風が雲を湧き上がらせ、漢達の周囲の視界を奪っていた。 その目の前には、巨大な岩壁―。 進むべきか、引き返すべきか。漢達は、決断を迫られていた。 予定の行程は半分を過ぎている。この先の登山道は、更に険しくなりそうだった。西穂~奥穂のルートは、道標となるマークが判りにくく、道に迷いやすい。この天候で道に迷ったら 遭難確実。 日が暮れていよいよ道が見えなくなっても、岩と瓦礫ばかりの痩せ尾根でテントを張るスペースは・・・無い。 もし夜間強行軍することにでもなったら、 滑落の危険 は高かった・・・。 「どうする・・・。」『・・・・。』 漢達が、躊躇していると 『こんにちは。』 と、声を掛けられた。 (ゆ)「こんにちは。」(よ)『こんちわぁ~』 漢達が挨拶をすると、どうやら夫婦らしい中年の男女だった。男は、ザイルを持っている。安全確保の為に持って来たのだった。だが、それ以外の荷物はほとんどない軽装姿だった。それに引き換え、漢達はザックがパンパンになるくらい荷物を持っている。重量の違いは・・・明らかだった。。。 『怖いですね~ここ。』 (ゆ)「そうでござるな・・・。先に進みますか?」 『ええ、行くしか無いでしょう。もう、戻れませんから。』 (よ)『え?なんでですか?』 『西穂の先に赤岩岳ってあったでしょ?二時間くらい前に、岩の崩落があって通行できなくなったそうですよ。 ・・・・・(;--)(--;)。。。。 「行くしかないな・・・(;T▽T)(T▽T;)」 覚悟を決めて出発した漢達。岩は一見しっかりしているようだが、度々拳程の大きさの石が落ちて来た。登山道を示すマークは岩陰にあったり、雲で隠れたりして、道に迷いそうになった。 行けども行けども、荒涼とした岩肌が続く。風は相変わらず強く、立ち止まるとあっと言う間に体温を奪われた。寝不足と背中に担いだ荷物の重さに、百合之介は体力を削がれ続けた。やがて、一際巨大な岩山が現れた。登山家の憧れ・ジャンダルムだった。。。 『登るか?』 「・・・・・・・・・やめとこう。。。」 ”根性無し” と言う言葉が、胸の中に響いた―(T▽T)。 ジャンダルムを回避するルートはあるにはあったが、 道になってない ルートだった。足を掛ける岩の突き出しは爪先程しかなく、しかも鎖もロープも張っていなかった。眼下に目を向けると、 物凄い断崖。 (落ちたら即死確実だな・・・) 三点支持で岩肌にしがみつく百合之介。そのまま片足を動かし、次に片手を動かし・・・を繰り返した。 ・・・が、突然 ”ふわっ”と両手が離れた 「おわっ!危ねッ!!!」 咄嗟に身を翻し、岩の裂け目に手を突っ込んで体を支えた。耳元をヒョオオオッと言う風が吹き抜けた。 『おい、大丈夫か?気をつけろよ』 「大丈夫だこんなの。寝不足で一瞬意識が飛んだだけ(T▽T)だ・・・。」 ・・・・本当は、ちょっと、チビりそうだった。。。。。。 西穂山荘を出発し、壱拾時間が経過―。 ”天狗ノ頭””ジャンダルム””ロバの耳”を通り、いよいよ最後の難関、”馬の背”が現れた。”馬の背”は、その名の通り、横から見ると馬の背中の様な形に見える景勝である。だが、縦から見ると、 薄っぺらい岩。 ここまで来て、既に百合之介の体力は限界に達していた。馬の背を渡る時の、 へっぴり腰 は、とても人には見せられない姿、だった・・・・(T▽T)。 馬の背を乗り越えると視界が急に開けた。だが、周りのガスは相変わらず晴れず、壱拾米先が見えなくなることもあった。更に陽は翳り、気温も低くなっていった。 「ぜぇ、ぜぇ。。。」 一年振りの登山、しかも毎日毎日呑んだくれて体重が増える一方、それに反比例する体力の低下を省みずに無謀な登山を決行した百合之介は、既にフラフラだった。 午後五時、奥穂高の山頂に到着。例によって、 真っ白な風景(T▽T)。 (何の為にここまで来たんだろう・・・ーー;) しかし、陽が落ちかけていたので、頂上に長居することは禁物だった。十分程たって、穂高山荘に向かって歩き始めた。 がらっ 「うわっ!?」 ぐきっ 下山を始めて十分程進んだ時だった。百合之介が浮石に足を踏みこんでしまい、浮石が転がって、足を踏み外したのだった。 「あ痛痛痛痛痛ッ!痛ェ~ッ!!」 『どうした~っ!?』後から来たよっちゃん(仮)が走り寄って来た。 「痛ぇ~っ、 ね、捻挫した。(TДT)。」 『おい、大丈夫かよ。もうすぐ山荘だぞ。大丈夫だろ?俺、先に山荘行ってるよ』 ・・・・そう言って、よっちゃん(仮)はそそくさと先を急いだ。。。 (・・・(--;)置き去りかよ。。。) 熱い友情を感じた一瞬だった・・・・。 脚を引きずりながら歩き続ける百合之介。もう陽は傾き始め、星がポツポツと頭上に輝き始めていた。山荘の手前の鉄梯子と鎖を伝って降りると、やがて穂高岳山荘の屋根が見えた。 「やっと着いた・・・。」 百合之介は最後の力を振り絞って垂直に近い岩肌を降りた。辺りはもう暗く、テント場は所狭しと色取り取りのテントが設置されている。よっちゃん(仮)と百合之介はテントを設置しようとしたが、風が強くてテントが飛ばされそうになった。が、どうにかこうにかテントを設置して登山靴を脱ぐと、右足に違和感を感じた。ランプの明かりで照らして見ると 親指の爪の間に血が浮かんでいた。 (どうりで痛いと思った・・・。) その日は、脚の痛みに耐えながら、寝袋に戻った。風の音とよっちゃん(仮)の寝言で、其の日もなかなか寝付けなかった・・・(T▽T)。 翌日―。 やっぱり天気は悪かった。 百合之介は、山荘に開設されている診療所に行った。捻挫した脚を抑える為のテーピングを貰いに行ったのだった。 でも誰もいなかった(T▽T) 仕方が無いので、手持ちの包帯を固く縛って、下山の準備をした。 下山道も、ガラガラのガレ場―。 ここでも、何度も脚を捻った・・・・(T▽T)。 白出沢出合まで、コースタイムは五時間半。だが、三時間で降りた。そこから、出発地である新穂高温泉まで戻って昼前には、着いた。 ・・・その頃になって、天気が良くなったのが、納得いかなかった。。。 帰りに温泉を探したが、どの宿でも、日帰り入浴を断られた。仕方が無いので、川沿いにある共同露天風呂へ行く漢達。この露天風呂は余りお湯も温かく無い上、藻の様な物が浮かんでいて・・・汚かった。 ぬるい湯に浸かって、ふと前を見ると、川の対岸に民家があった。どう考えても丸見えだったが、気にせず、フリチンで川の流れを眺めていた。 ・・・蜂に、大事な所を刺されそうになった・・・。 帰りも大八車を引っ張ったのは百合之介だった。よっちゃん(仮)は大八車の上で爆睡していた。百合之介は、大八車を引っ張っている間、考えていた。 (もう、しばらく、山は行かないでいいや。。。) 薄暮の下の高速道路は、ヘッドライトとテールライトの光が、渋滞の長い列を成していた。。。。(T▽T) 数日後―。 百合之介は、奉公先の知人に今回の霊峰修養を話した。すると、 『えっ?あのルート行ったの?あそこは北アルプスでも最難関のルートだよ。普通は空身同然に軽量化図ってから行くんだ。そんな荷物持って行くなんて、若いねえ・・・。』 ・・・(--;) (T▽T)知りませんでした。 十分な下調べをしてから決行する登山の基本を忘れた漢の、無謀な登山だったのだと知った。。。 (♪ヘ~ッドラ~イト・・・テ~ルラ~イト、旅は~まだ~終わら~ない~) ”無謀なリーダー”よっちゃん(仮)。 今日も、都会のど真ん中でチャリンコをこいで営業に勤しんでいる。 根性無しの麻生百合之介さん 今日も呑んだくれて、体内の中性脂肪を増加させている。 漢達は、困難な岩壁を乗り越えた。 それは、無謀な挑戦だった。 忘れられない夏が・・・終わろうとしていた―。 完
2003年10月07日
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ごめんなさい(;--) 昨日は早めに帰って来て日記を更新するつもりだったのですが、 疲れて寝ちゃいました(^▽^;)。 一回目を覚ましたのですが・・・ 酒呑んでまた寝ちゃいました。 お詫びに今回の”風雲!たのみこむ城!!ぷろじぇくとX”に臨場感タップリなサイトを見つけて来ましたので、ご参照下され(^^;)。 【画像参考】 http://fine.tok2.com/home/takesan/nishijyusou.htm 【山行参考】http://www2.plala.or.jp/kobato/sub/nisiho.html 画像参考だと天気が良いが、こんなに晴れてなかった。まず、 壱.青空は一度も見なかった 弐.風が強いと雲も散りそうだが、次から次から雲がかかって、 本当に景色なんか見えなかった。 参.最高気温は十四度だった。 ということでコンディションは最悪だったことを念頭に置いて続きをご覧下さい(T▽T)
2003年10月06日
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”風雲!たのみこむ城!!プロジェクトX” ~断崖を乗り越えろ!麻生 百合之介の無謀な挑戦~ (風の中のす~ば~る~♪砂の中のぎ~んが~♪みんな何処へ行っ~た~♪見送~られることもなく~♪) 2002年8月― 世の中は、アジア初のワールドカップ開催が終わり、祭りの後の静けさに折からの経済不況が社会に色濃い影を落としていた。株価の低迷、雇用の不安、そして悲惨な事件、事故―。 街中が、明るい明日の見えない不安の中で、日々を過ごしていた。 そんな中、二人の暇人が 大八車を駆って、南へと進んでいった。 漢の名は、麻生百合之介(独身)。 もう独りの漢の名は、よっちゃん(仮)。 お盆休みだと言うのに、金も無く、色気も無い(--;)漢達は、黄金週間以来の山伏修行に行く途中だった。 行き先は、穂高連峰。 穂高岳―。 標高参千壱百九拾米―。その峰々は峻険な岩稜から成り、多くの梯子や鎖場があって、スリル有る登山を楽しむことができる。夏の穂高岳は、上高地から上がってくる登山客で大変混雑する、夏の名所であった。 だが、この時、漢達は別のルートからの奥穂高へのアプローチを狙っていた。漢達が狙っていたのは、 西穂高~奥穂高の破線ルート 破線ルートはその名の通り、地図上に破線が引いてあるルートだが、廃道になったルートや、まともな山伏は普通通らないルートだった。通常、登山ルートにはコースタイムが書いてあって、登山者が霊峰修養を行う際の目安とする。だが、この破線ルートには、 コースタイムが書いて無かった。 何故、そんなルートを通るのか・・・。百合之介が、よっちゃん(仮)と奥穂高岳を狙う計画を立てている時に、複数あるルートからよっちゃん(仮)が選んだのがこのルートだった。よっちゃん(仮)は、以前、槍ヶ岳~大キレット~奥穂高を通ったことがあった。 『百合之介、この西穂高~奥穂高のルートに行ってみないか。』 「そこは破線ルートだ、コースタイムも書いて無いし、危険ではないのか?」 『いやいや、多分大丈夫だろう。西穂高までのルートと同じ位の距離だから参時間くらいのハズだ。それに何より、新穂高温泉から西穂高登山口までロープウェイで上がれる。これだと西穂高まで弐刻くらいで着けるぞ。』 「・・・(--;)いや、西穂高から先が危険だと言うておるのだが。。。」 『大丈夫だって!超余裕!!楽勝だよ、こんなの』 百合之介はそれでも一抹の不安を感じていたが、よっちゃん(仮)は百合之介より山伏修行歴が長く、今回の霊峰修養も百合之介が誘ったので、よっちゃん(仮)の意見に従ったのだった―。 新穂高温泉に着いたのは昼前―。 午前中はまずまずの天気だった。 だが・・・ 天気は、段々悪い方向へ向かっていた(--;) 午後発のロープウェイに乗って西穂高口に到着。そこから弐時間かけて西穂高山荘へ着いた時は、もう、陽が山の端に隠れようとしていた。 「早い所今日の寝床を確保致そう。」 百合之介は、よっちゃん(仮)が担いできたテントを立て、荷物を降ろすと、夕餉の準備に取り掛かった。山荘で買ったおはぎが、甘くて美味しかった―。 『百合之介~、呑むか~?』 道中荷物が重いとボヤいていたよっちゃん(仮)は、食事もそそくさと済ますと、いつの間にやら麦酒を煽っていた。 「いらん。」 百合之介は、数日前から呑みっ放しで、酒は遠慮したかった。だが、よっちゃん(仮)は、しつこく百合之介に酒を勧めた。 『なんでだよ~、呑めよ~。』 「くどい。(--;)」 『折角持ってきてやったのによ~、六本あるんだぞ~、明日こんな重いの持つの嫌だな~』 ・・・・・(--;) 誰も頼んでいなかった―。 「さっさと寝ろ。明日は天気が悪いかも知れん。高所で深酒は禁物だぞ。」 『あ~、判ったよ、お休み!』 そう言って、よっちゃん(仮)は暫く酒を煽った後、ガサガサと音を立てて寝袋に潜り込んだ。 ・・・百合之介は寝付けなかった。 早朝に大八車を運転して、久し振りに山道を歩いて疲れているハズなのだが、日頃の夜更かしが、祟った―。 更に・・・ くちゃ。 (--)~゜ くちゃ。 (--;)? くちゃ。 (--∥)? 『・・卵食べたい・・・』 (夢の中で何食ってるんだコイツは(T▽T;)?) ・・・その後も、百合之介の耳元で、寝言歯軋りのオンパレードが続いた―。 ・・・結局、百合之介は明け方まで・・・眠れなかった(T▽T)・・・。 翌日―。 天気は曇っていた。 まだ陽が昇りきらない早朝に起き抜けて、朝食を済ます百合之介とよっちゃん(仮)。 雨具を着て、テントを撤去すると、よっちゃん(仮)が、百合之介に言った。 『なあ、テント持ってくれないか?昨日は俺が持ったんだからさー』 「何?今日のルートの方がキツイんだぞ?それに拙者だって自分用のテント持って来ておると言うのに・・・。」 『いーじゃん、いーじゃん!麦酒もまだあって重いんだよ~、たのむから!』 百合之介は、昨夜の睡眠不足もあって、体調が完全ではなかった。だが、二人で来た山伏修行なので、渋々、よっちゃん(仮)の、雨を吸って重くなったテントを荷物に纏めた―。 午前五時、山荘を出発。西穂高岳まで、参時間―。 樹林帯を抜け、瓦礫の道を歩くと、やがて頂上についた。そこで暫く休憩した後、更に先へと進んだ。 ・・・そこから先が破線ルートだった。。。 夏であっても、天気の悪い標高弐千五百米の高所は、ただでさえ気温が低かった。そこへ・・・ 風速壱拾米位の風(T▽T) 高所での風速壱米は、体感温度を壱度奪う。百合之介の持つ気温計が指す外気温は、夏なのに 気温壱拾参度。 いつもなら防寒服を必ず持ってくるのだが、この日に限って百合之介は、それを忘れて来ていた。 冬の様な気温の中を、百合之介はTシャツ一枚で歩き続けたが・・・。 濃い霧と雨雲が視界を遮っていた(T▽T)。 風は横からではなく、下から湧き上がる様に吹いていた。その強風に煽られて、霧雨までが下から蒸気の様にせり上がって来る。全身が、冷や汗と雨に、濡れた・・・。 山道の両側は、切り立った断崖・・・。(推定落差五拾米(--;)・・・。) 折からの雨で、 岩が良く滑った(T▽T)。 「おい、なんじゃこりゃぁ?!!」 『怖ぇ~な~、おい!』 「す、滑る・・・(T▽T)」 『うわっ!あぶねぇっ!!』 悲鳴を上げながら歩き続ける漢達。通常なら、夏の涼を求める登山客で賑わうハズの山で・・・ 誰にも合わなかった(T▽T)。 よく滑る岩肌をよじ登り、這い上がり、鎖を伝って壱拾米も降りたりして行くと、路傍に、一輪の花が咲いていた・・・。 「珍しいな、こんな岩だらけの所にも花が咲くのか。」 百合之介は、額の汗を拭いながら近づいて見た。 ・・・・・・・花の横には、麦酒の缶が置いてあった。 (・・・・(--;)いや、違うな。。。これって、 弔いの花じゃん・・・) それは多分― つい最近誰かがここで滑落死したことの証明だった―(T▽T)・・・。 他にも一箇所、同様に新鮮な花が飾ってあった(T▽T)(T▽T)(T▽T)・・・・。 目の前は、 巨大な岩壁。 (こ、こんな所を進むのか?進めるのか(T▽T)?!) 百合之介は超ビビッていた。よっちゃん(仮)も、 『(--;)引き返そうか・・・』 と言った・・・・・・・。 (♪ヘ~ッドラ~イト・・・テ~ルラ~イト、旅は~まだ~終わら~ない~) 2002年夏―。 魔の断崖に、漢達は挑んでいた・・・。 漢達は、”究極の選択”に迫られていた・・・。 漢達の旅はまだ・・・終わらない。。。 (しぶとく次回に続く)
2003年10月05日
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BGM)デ~ン、デッデーン、デ、デデデ~ン、 デ~ン、デッデーン、デ、デデデッデ~ン・・・ 風の中のすぅ~ばるぅ~、砂の中のぎぃ~んが~♪みんなどこへいぃった~、見送ぅ~られるぅこぉともぉなく~・・・ (ナレーション) 2002年夏、日本中がアジア初のワールドカップに沸いていた時代、その熱狂の時代の蔭で、二人の漢達が”魔の山”に挑んでいました。吹き荒ぶ風、足元から舞い上がる雨!迫り来る断崖と二人を飲み込もうとする絶壁。嵐の中を歩き続けた漢達は如何にしてその山から生還したのか!!次回、『風雲!たのみこむ城!!プロジェクトⅩ』は、 『断崖を乗り越えろ!!~麻生百合之介の無謀な挑戦~』 をお送りします!お楽しみに!!
2003年10月04日
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何とか帰って来ました。今週はず~~~~~っと忙しくて、今日が何日か判らなかったくらい(お蔵米の算段最後の日ってことだけはしっかり覚えてたT▽T)。この歳になって、締め切り間近のマンガ家の気持ちが痛いほどよく判るようになった麻生百合之介です。こんばんわ。 昨日も屯所に泊り込みしてしまったが、その甲斐あって、いつもよりお蔵米の算段は上手く行った。ただ、まだ、やり残したことがあって、明日も出陣。で、今日は早めに帰って来たのでござるが・・・・・。何とな~~~~~~く、今日は大事なことがあったような気が。なんだったけな、え~~~っと。。。 あ、そうだ、今日は ゲームの日。 ・・・なんだけど、何か違うな。。。 イラク独立記念日。 ・・・・・・・・・・・ん~、これでもないな、 ”英国初の原爆実験に成功” ・・・・(--;)。。。違うでござるな~。 え~と、何か大事なことを忘れていた様な気が。。。。 あ!そうか!!今日は 明治神宮創建の日 ・・・素晴らしい日でござるな!拙者毎年元旦には明治神宮に参拝しておるが、立派なモンでござる。そ~だ、今日は明治神宮創建の日だよ、うん。 ちなみに10月3日の花言葉はランタナ。花言葉は”協力”。誕生石は”ダイヤモンド”。宝石言葉は 清純無垢 だ、そうでござる(^^)。 ・・・・(--)。。。 ・・・・清純無垢? そうだ、今日は百合子さんの誕生日だった(_ _;) 思い出して、慌ててHP覗きに行ったら、”お誕生日おめでとうございます”ってメッセージが山盛り。あんなに何人も書いてるんじゃ、拙者が書いても、 その他大勢の皆様 の一部になっちゃうんだろーなー(T▽T)。 (って、理由があって書きませんけど^▽^;) ど~せならもっと気の利いた言葉で、 ”主よ、あなたが今日の良き日に咲かせて下さった一輪の花の恵みに深く感謝します” とか書いてみろよ、おまいら。(←僻み根性丸出し)。 しかし、 愛する人との唯一の共通点が”原爆繋がり”というのも哀しい。(T▽T)(拙者の誕生日は米利堅国が原爆実験に成功した日だったりT▽T) とにかくこの場を借りておめでとうの言葉を言わせて頂きまする。百合子殿、お誕生日誠におめでとうござりまするm(_ _)m。(空しい日記だな、これ。。。(T▽T) ・・・・しかし、ランタナってどんな花なんでござるかなう。。。(_ _;)
2003年10月03日
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実はまだ・・・ 屯所にいます(;--)。 新しい集計システム(しかも移行用の簡易システム)でお蔵米の算段をしなければならない為、今日は泊り込みで仕事中。新システムの稼動も予定を大幅に狂わせており、来月の実施が危ぶまれる状況(何やってんだ、本城の連中はーー;)。 もう、三日もまともに寝てません(T▽T)。 (いや、最近寝つきが悪いだけなんだけどね^^;) 簡易システムは従来のシステムよりも操作が簡便化されたはずなんですが全然楽になってない・・・むしろ操作が変わった分、入力が大変(折角前のシステムに慣れて来たって言うのによーT▽T) ほら、拙者ってば初物に弱いし(^▽^;) それに 元々算盤勘定苦手だし。(丼勘定お手盛!って感じですから・・・T▽T) ・・・きっと来月は今よりももっと恐ろしいことになっているかも(これ以上環境が悪化したら既に人の働く環境ではないと思われ)。 とりあえずもうちょっと頑張ります。 (もう、屯所に拙者しかいないんですけどT▽T) ”たのみこむ”や”楽市・楽座”にまともにお返事ができませんが、諸般事情ご賢察の上、悪しからずご了承下さい。 風雲!たのみこむ城!! 御庭番”役”(神無月より) 睡眠不足 麻生 百合之介(T▽T)
2003年10月02日
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取り合えず帰ってきました。昨日は屯所に泊り込み(呑みに行ったんじゃないぞ)だったので知らなかったが、 ダイエー優勝おめでとう (浦島太郎な気分だな・・・--;) 何しろ昨日は丑三つ刻まで残業残業雨残業。もしかしたら明日も泊り込みかも。 と言うことで今日は日記の更新はここまで。TOP画像は、期間限定のお祝いバージョンなので、 バレたら即行消します(T▽T)。 まあ、許してくれると思うけどな。あの人なら。。。 今から日本シリーズが楽しみです。 ”あぶさん”もね(^^)。
2003年10月01日
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