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画像は、メキシコ産エレスチャル。水入り。つい先日の事、2009年9月16日に点灯しました。お迎えから、4年?くらい経っての事でした。エレスチャルは、「天使の贈り物」だの、「準備が出来た人の所にあらわれる」云々のスピリチュアルな宣伝が飛び交ってきた石です。でもね、そういう答え合わせを読んでしまってからお金払って引き寄せるなら、別に何の準備が出来てなくったってできてしまうんですわ。お迎えした日、初めて目にしたときの印象は、「乾燥してる…」でした。水入りにも関わらず、なんだかカサカサした印象で、手に持ってもすかすかと軽く、まるで石のフリーズドライみたいな感じ。お世辞にも「美しい!」とは思えず、以来すっかり興味を失って、石戸棚の片隅にずっと転がしていたのです。準備が出来てなかったんですねwただ、面白い事に、「この石に興味をそそられない自分」に対していつも何かしらの興味を持っていました。時々この石を手に取ってみては、「興味が湧くかどうか」を試していました。無意識のうちに、自分の「準備」の状況を推し量ろうとしていたようです。私の場合は、準備が出来ている人である証明(笑)が欲しくてお迎えしたわけではないのですが、この石が自然とそういう役割(準備が出来ているかいないかを推し量る役)を果たしていたようです。今年はいろいろと激動な年ですが、この9月に入って更に自分のエネルギーが変って来たのを感じていました。そして、9月16日。ふとこの石を手に取ってみて、急に思ってんです。「なんて綺麗なんだろう」と。その途端、それまですっかすかだったのにぐっと手の中の重みが増し、かさかさに乾いて透明感にも乏しい印象だったのが、水中にあるかのようなウルウル感に変りました。「準備が出来た人の元にあらわれる」「持つ人を選ぶ」等々、スピリチュアル(笑)な宣伝文句で飾られた石は、いろいろと世の中に出回っています。ですが、自分が「準備が出来た人」「石に選ばれる人」であると思いたくて、その手の石を買い集めても。必要な経験をすませ、本当にいろいろな覚悟が完了していなければ。ほんとうの意味での準備が出来ていなければ、石は目覚めません。何かを所有する事で、自分の優越性を証明する事等できないのだし、他人と比べての優越性を証明したいと思っている時点で、進歩の道としては遠回りコースを選択しているのではないかと思います。…身をもって遠回りしてみる事も、また経験ですが。※ この記事は、2009年9月28日に書き、公開せずに放置していたものです。2010年1月13日に改めて公開しました。 ※
2009.09.28
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なかよし最近の記事はどうも電波が濃くて、石と遊ぶのに、『生まれつき特殊能力があるんですぅ☆彡』なんて肩書きは一切必要ない!という事が伝わりにくくなっているかもしれません。なので、今回は身近な指輪たちのお話にします。(もちろん、アカシックレコードや世界樹も、身近なものである事に変りはありません。あるのは、その存在を一般的に実感しやすいかどうかの違いだけです。)画像は、お迎えしてちょうど1年くらいになる指輪達。石はムーンストーンとアクアマリン。東京旅行の際に、店舗で選んでお迎えしました。最近指輪と言えばこのふたつばかりを身に付けています。理由は、好きでたまらないから。たまには別のを…付ける気にならないからです。『霊能者の人がこれが合ってる言うから~☆彡』だの『守護霊様が付けなさいって言うから~☆彡』だの、『石の有名人が今年の旬はムーンストーンだって言ってたから~☆彡』だの、そんなクソつまらん理由で、同じのばかり身に付けているのではありません。『星の配置によると今年のキーストーンはムーンストーンであるからして…』なんて、しかめつらしい理由でもないですよwタイタニックごっここの『好き』あるいは『嫌い』という感覚は、大変重要なアンテナです。その日の指輪を選ぶのに、「どれを身につけるべきか」でなく、「どれを身に付けたいか」で決める。直感力を磨きたいのなら、自称霊能者の意見や本の知識はとりあえず横において、自分の好き・嫌いのアンテナを信用して使って下さい。…たまに『嫌い』に物凄く大きな鍵が潜んでいる事も在ります(何らかのマインドブロックを示唆していたりします)。それを看破するのも、普段から好き・嫌いのアンテナを磨いていれば容易い事です。で、自分の「好き」に従ってこのふたつを身に付け続けた結果…。この指輪達が、仕事のサポートで頑張ってくれている事が、なんとなく分って来ました。ムーンストーンは、「お客さんの言外の要求・言葉の裏に隠れた望みを知る。ミスや罠を見抜く」ことに。アクアマリンは、「必要な情報を分り易く伝える。接客時の感情の安定化」に。これは別に、自称視える人に見てもらったわけでも、石業界のエライ人にこう言われたというわけでもなく、ただ自分がそう感じているだけの事です。そう思うのは何故?ときかれたら、「私がそう思うから。」と答えるのみです。ちょこっと本で答え合わせをしましたがw(左脳を納得させる為です)見つめ合うずっと身に付けているうちに、この石の中の人たちの姿も見えて来ました。私は全ての持ち石の中の人を見るつもりはないので、ふだんあまり見る事を意識していません。が、ロシレムの王子やこの指輪達のように特別親しみ深い個体には、コミュニケーションに便利な姿を投影したくなるので、中の人を絵に描いたりします。中の人を見るのは、お迎えすぐの石でもやろうと思えば可能です。もちろん、全ての人に可能な事です。何の特殊能力(笑)も要りません。必要なのは、感じる事と、感じた事をいちいち自分で否定しない事です。「見る」と書くと、いかにも特殊な視覚化能力があるように聞こえますが、私の場合はふつうに想像するときと同じく、脳裏に思い浮かぶだけの事です。瞼の裏の精密なスクリーンは在れば便利なものですが、無くても困る事はありません。林檎を思い浮かべてみて下さい。と言われて、脳裏に林檎を思い浮かべたときと同じように思い浮かびます。ただ、こういう姿を思い浮かべよう!と能動的に思い描くのではなく、その時の自分の思考とはなれて「ふと」思い浮かぶ感覚です。うーん、伝わったかな?で、姿を得ると、石達もわりと積極的にコミュニケーションを図って来るようになります。画像「タイタニックごっこ」は、指輪のふたりから送られてきたイメージに従って造ったプチグリッド。以前、指輪を外してテーブルに置こうとしたとき、ムーンがアクアのうしろに立って爆笑している姿がふと思い浮かび、この形に置きました。指輪を外していても、この二つをあわせて身に付けているときと変らないサポートを約束してくれる、仕事中に便利なグリッドです。これも、あくまで「ふと思い浮かぶ」レベルでじゅうぶんです。リアルに知覚することにこだわって、その内容を二の次にしてしまっては、本末転倒です。さて…カンの良い人はそろそろ逃げる準備をしているかもしれませんね…。そうです、今回も私の描いた謎絵が付きます。例によって最後に配置したんだから許してよね!!!!バビルの石の「中の人」を見てみたい方は、スクロールして下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓手ブロ原寸なのででかいですよ! ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓左ムーンストーン、右アクアマリン。ムーンは人見知りで寂しがりやで、使命感に燃えている。アクアはさばさばしていてこだわりが無い感じ。二人の関係は、ムーンがよく暴走してアクアがなだめ役をしているイメージ。ムーンはメインの指輪である事をゆずりません。アクアは、他の石を身に付けたいときはどうぞって言いますが、ムーンの方がアクアの交代をいやがる感じ。かわいいのうかわいいのう。石のスピリットは、別にヒトガタである必要は在りません。動物や、植物や、建物、或はただの光の珠に姿を映す事もあるでしょう。この指輪達は持ち主の好みに合わせて少年の姿をしてくれていますが、本来性別はありませんし、実年齢も相当年寄りですw
2009.09.23
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平沢師匠の「forces」を聴いていて、急に涙があふれました。歌詞カードを読んで納得。「忘れはしない キミのことは」このフレーズが私の中の何かに響いたようです。この曲が呼び起こすイメージ…瞼を閉じて思い浮かんだ風景は、どこかの戦場でしょうか。古風な鎧を身に纏った屍が、累々と重なり合っています。どうやら、私はそういった風景の中に居た事も在るようです。(討ち死にしたのかしら。人類の歴史を思えば、在ってあまり在る経験のパターンだと思います。)大丈夫、誰が忘れようとも、全てアカシャが覚えていてくれる。そこには、全てが刻まれるのだから。時も空間も超えて、その思いは刻まれるのだから。過去世でのトラウマを発掘してしまった時。当時のドラマを蒸し返す事には、なんの意味もありません。必要なのは、感謝だけです。過去の私よ、辛かったね。苦しかったね。経験してくれて、ありがとう。過去世の自分を成仏させると言ったら良いんでしょうか。今も世界の何処かに残留しているかもしれない、当時の自我の思念。辛く、苦しい体験を、ただ誰かに聞いて欲しくて、彷徨っているのかもしれません。そんな時、アカシャ経由で、彼にとっての未来世の自分=つまり今此処の自分が、その思いを受けとめてくれたなら。その辛かった経験に感謝してくれたなら。赤の他人の霊能者に無理矢理浄化されるより、ずっとラクに光に帰れるはずです。今の生でない記憶を思い出したなら、ただ感謝すれば良いのです。「過去世で夫婦だったんだから現世でもそうなるはずだわ!」なんて、ただの妄想、転生ストーカーですw3次元に死が在るのは、違うやり方を試すため。前と同じ関係、同じドラマにこだわるのは、ただの執着です。必要なのは、感謝して、手放す事。過去世を知るのは、何に感謝して手放せば良いのかを知るため。ただ、それだけです。もちろん過去世で関係のあった魂との現世での人間関係で、そこに新しい喜びが在るのなら、それは今此処の関係として、祝福されていると思います。前世がどうだからなんて因縁を手放して、今此処の関係を築いて行けたら、それはほんとうに素晴らしい事だと思います。
2009.09.15
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アカシックレコードと言うと。過去や未来の面白可笑しい情報をDLしてくる所、という印象が強いかもしれません。または、過去を癒し理想の未来を築くため、魂のファイルを書き換える場所と解釈されているかもしれません。それらも一つの側面ではありますが。私たちの今此処も、リアルタイムでアカシャに刻まれている事を忘れてはなりません。アカシックレコードは、連続する膨大な「今此処」の記録。過去にしがみついて今此処の自分をないがしろにしているならば、その通りの事が刻まれます。私たちは一人一人が、世界樹の葉であり、アカシックレコードの生体端末です。選ばれし偉い誰か(笑)を介さなくとも、秘密の難しい儀式をしなくとも、私たちのありのままの「今此処」が、アカシャのファイルに刻まれ続けています。意図的に、今此処でない何かをダウンロードする事は、非日常的で面白可笑しく、人目を引きますが、意図無くして、今此処のありのままをアップロードし続けているという事を、忘れてはなりません。人類の集合意識を癒すのに、特殊な能力も、秘密の儀式も要りません。今此処の日常を、喜びの心で生きる。たったそれだけで、アカシックレコードの記憶ファイルの、喜びの配分を増やす事が出来るのです。
2009.09.12
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スピ系でよく、「高次の」とか「あの人は波動が高い」とか耳にします。この「高い」あるいは「低い」というフレーズにものすごくムッとする方は、いませんか?もしそうなら、おめでとうございます、マインドブロックを見つけました。ここで一つ解除しましょう。スピで言う「高い」とか「低い」とかは、音や光の周波数が「高い」「低い」という方の意味に近いのであって、いわゆる「高さ」が高い低いということ、重力圏での標高や海抜距離とは何ら関係ありません。「高い」あるいは「低い」というフレーズにものすごくムッとするのは、この言葉を「高さ」の高い低いと関連づけてしまうからです。ではなぜ「高さ」の高い低い、標高何センチ(笑)が気になるかと言うと。地球重力圏での生物、おもに動物の歴史に答えが在ります。重力影響下での獣同士の争いの現場において、標高の高い所に居る方が攻撃および防御に有利である。たったこれだけのことです(笑)重力と、個体間の競争、闘争によって、「高い=強い=偉い」「低い=弱い=偉くない」という関連付けが生まれてしまっただけの事です。で、スピで言う「高い」「低い」には、標高は関係ありません。レベルが高い、波動が高い、というのは、多くの経験をしていたり、エネルギー量が多かったりする事を表わすのだし、意識の高い低いというのは、言い換えると「広い」「狭い」に相当すると思います。意識の高い人、つまり全体を見渡して調和をはかることが出来る人は、意識が「広い」し、意識の低い人、自分の個体の保持にせいいっぱいできゅうきゅうしている人は、意識が「狭い」。ただそれだけの事です。しかもそれは固定されたポジションではなく、状態を表わしているだけなので、いつでも書き換えが可能です。そして、「高く」あるいは「広く」あるために、他人と競争する必要も無いのです。重力影響下での獣同士の争いの現場において高台は限られた場所に在る為、他の個体を押しのける必要がありますが、魂の旅路においてエネルギー量を高めたり、意識を広く持つのには、誰を押しのける必要も無いのです。ただ、自分がそうあろうとするだけでいいんです。「高い」「低い」というのとても便利なフレーズで、図にもしやすいので多用されますが、そこには偉いとか偉くないとか、獣同士の優劣とか、海抜距離や標高のニュアンスを含まないと頭においておくと、いちいち感情レベルでむっとせずに話をスムーズに理解出来ると思います。(多次元層のエネルギーの違いを、標高がすこしずつずれて存在する平行世界として感知されるかたもおられます。それは物質でないものを感知する際に、言葉のイメージがフィルターになっているのだと思われます。)重力影響下での獣同士の争いの現場において、標高の高い所に居る方が攻撃、防御に有利である。だから人には、高みから見下ろされるとむっとする感覚があるのです。でもね、宇宙に出たら高いも低いも、そもそも上も下も存在しないんだぜw
2009.09.09
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中国産の赤いカルサイト。犬牙状でDTの美しいプロポーション。名前は、見たまんま「お肉ちゃん」。赤の発色はヘマタイトインクルージョンによるもの。肉や血の赤みも鉄によるので、あながち無関係ではありません。お迎えして2年目くらいかな?初めて見たときから、思いました。「ああ、この石は人間を表わしている。」と。撮影の腕がマズくて恐縮ですが、ほんのわずか虹の色彩を見て取っていただけるでしょうか?実際には、 光を受けると眩しいほどの虹が出ます。カルサイトらしい、劈開に沿って輝く幾重にも連なる虹の層は、魂の存在する次元層を思わせます。ヘマタイトインクルージョンの赤い色彩も、薄く何層にも重なって、生物の個体の成長、進化の歴史を彷彿とさせます。(年輪や、さまざまの時代の地層に埋もれた化石群)種を超えた遠い祖先の時代から、何層もの世代を超えて、今に繋がり、ここに在る「肉体」。そこに宿るのは、無限の時間や次元に展開する、「魂」。それらは、相反するものではなく、それらは、共に在って、虹の輝きを纏っている。肉の身体に天使の魂を宿し、天と地を繋ぐ有機生命体。それが、人間です。
2009.09.09
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レムリアだとかアトランティスだとか。それら単語によって想起されるイメージが、喪失感や罪悪感を伴うものであるならば。そろそろ、書き換えませんか?レムリアは、失われた理想郷、ではありません。レムリアやアトランティス、それらは、この3次空間の直線時間軸上に物理的に存在していた「国家組織」ではなく。「状態の記憶」だと私は理解しています。スプルースの聖油を使って入浴した時、閃いた言葉が在ります。「私は王である。私の身一つが、私の王国である。」ひとりひとりが、自らの外に権威を置かず、自らを治める王として生きていた状態。それがレムリアの記憶だと、私は理解しています。「私が私である」ことの他に、何の権威付けも要らない世界。それがレムリアだとすれば、当然、滅んでなどいないということは明白ですね。ただ、状態が失われたと言うだけ。それならば、もう一度、その状態を取り戻せば良いのです。なぜ、状態が失われてしまったのか。それには、3次元空間、直線時間軸上、いわゆる物質界において、ほ乳類が辿って来た進化の歴史が関わって来ます。いや、ほ乳類よりもさらに昔。自己増幅における、性システムの導入。さらに、大量出産自然選別から、少数出産と親による選別システムの導入。有性生殖と哺育システムは、人類に「情」というギフトを与えましたが、一方で人類を縛り続ける「長子コンプレックス」の呪いへと発展して行きます。ここらへん、マインドブロックを打ち破れシリーズの中でもちょいちょいお話して行くつもりです。宇宙は、平等です。魂の中から取り立てて偉い誰かを選び出す、なんて事はしません。「私が私である」ことは、宇宙の元全ての存在に与えられた…寧ろ、始めから持っている権威です。「私が私である」立ち位置において、自らの望みに従って生きるか。外付けの、幻の権威に従って、自らの魂に背を向けながら生きるか。選択しているのは自分自身です。そして、その選択はいつでもやり直す事が可能です。3次元空間、直線時間軸上の古代において、「私が私である」権威を取り戻し、それを人々に広めようとした先人達が居ます。聖☆お兄さん達ですw時代があまりにも未熟過ぎて、彼らの言葉は曲解され、人類は彼らの時代からさらに遠回りを繰り返して来ましたが。1000年単位で2回ほど過ぎました。もう、経験はじゅうぶん積んだと思います。そろそろ、書き換えてもいいんじゃないでしょうか?今日見た某イナズマなサッカー漫画で主人公が良い事言ってました!「やる気さえあれば、そこがフィールドだ!」旅先の砂浜で、にわかにサッカーの練習をする事になったシーンでの名言です。(この番組すんごい良いからぜひ見てね!)「やる気さえあれば、そこがレムリアだ!」ですwレムリアは、滅び去った悲しみの理想郷などではなく。今此処こそがレムリアなのです。「私が私である」そして「その私は宇宙である」「みなが宇宙である」立ち位置から世界を眺め、した事された事を赦し、情動に惑わされないほんとうの望みに従って生き、その一瞬一瞬のリアルを心から味わう事ができれば。いきなり全部は無理でも、まずは今此処に焦点を合わせれば。失ったと思っていた懐かしい世界は、足元に在ることに気付けるはずです。余談冗談。もしかしたら、レムリアとは、3次空間に対応させると、雌雄の無いバクテリアやプランクトンたちの集合意識なのかもしれませんwシンプルで美しい彼らにとっては、存在即ち喜びであり、存在即ち自由であるので、その意識を垣間みる事が出来るとすれば、まばゆい光に満たされているのではないかと思います。彼らは、した事された事をいつまでも恨みがましく記憶することはありませんしねw
2009.09.02
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