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不意に目隠しされた。誰かは、わかっている。そんな気持ちを思い出した。遠く、懐かしい、記憶。どうして、そんなに、遠くに行ってしまったの。こたえる声はない。この冬をひとり越えられるだろうか。頭上高く、飛び去る小鳥の影。さらば。さらば。さらば。誰の、声か。風か。ひとりで越えられるだろうか。声に出してみる。冬の、始まりの、日。
2007.11.30
お友だちに誘われるまま、今日は、お料理教室に行ってきました。クリスマスメニューの食前酒、前菜、サラダ、スープ、チキンのメイン、そしてパンに、デザートに至るまで、楽しく、おいしく、お腹いっぱい。幸せじゃ。みんなで一斉にあれこれ作業するので、ひとりで全品を再現できるかというと、かなり大変なことだとは思いますが、ともかく、いろんな意味で勉強になりました。可愛らしいテーブルセッティング、お家のなかもクリスマスらしい飾り付けがそこここに。我が家ときたら、いやいや、家だけじゃなく、私自身が、なんだか、そういう「うるおい」とか「余裕」が、ないんじゃないか、と深く反省。う~ん、こりゃ、いかん。無味乾燥、ひたすら山のなかで火を見て暮らす、「マタギ」みたいな、ハイジがいなくなった後の「おんじ」みたいな、そんな女は悲しいぜ~~~~~!そういや、ストーブ屋さんで、「火を焚きたいんですよね。」とつぶやいたら、「そういう男性は多いです。」とあっさり言われたっけ。・・・やっぱり。いかん、このままでは。「おばさん」どころか、「おじさん」になってしまう。うう。ううむ。これはなんとしても心を入れ替えねばのう。というような、・・・。「お料理教室」帰りの車中で、深く反省したのでありました。えーっと、お料理はですね、復習もかねて近々やってみようっと。先生が使ってたり、推奨する調味料が、ほとんど、ある。がはは。やはり、かなりの食いしん坊だな、と自覚。とはいえ、デザートにつかったラムもコアントローもお料理には使うこと無く、正しくアルコール飲料として消費されている我が家では、ある。これも反省、ということで。なにかを教えてもらうって、いいなぁ。ああ、大学に戻りたい、とも思いました。今なら、学費を無駄にすることないだろうなぁ。と、あらゆる反省をしたのである。あ~あ。
2007.11.28
なんだかんだ、言ってるうちにこの間は、雪が舞いました。どひゃ~~~~、冬だよ、冬。まじで~~~~~?う~ん、今年の記憶が無い、いつ、秋になったのじゃろう?そして、もう、冬なのか?とぼけまくっている間に、我が家では密かに?大工事が行われました。だってぇ~、このうち、煙突はあってもストーブが無かったんですもの。いやはや、サンタさんもびっくり。ま、紆余曲折あって、(原因は私。建築家の先生が建築時に設定したストーブを たまたま立ち読みした雑誌で見かけた機種に変更希望。)やっとやっと、試運転中。でも、ここのところ忙しくして、工事日を延長、延長しているうちに、ストーブメーカーのひとがデンマークから来日。当初、防火設備上、部屋のなかで煙突が曲がる予定だったのですが、マイナーチェンジがなされていたことと図面上での確認で、まっすぐの煙突が取り付けられました。むはは。行き当たりばったりな人生観が功を奏することも、たまには、あるのさ~。つうわけでね、ゆくゆくは鉄瓶なんかのっけるわけです。残念ながら、お湯が沸くタイプじゃないんですけどね~。んで、コーヒーなんか飲んじゃうんだなぁ。夜はさ、バーボンのお湯割りよ。ふふん。友人曰く、「あとは、寺尾聡がいれば、『優しい時間』は完璧だね~。」そうなの。それまでは、自分が薪割りなんかしちゃうんだなぁ。がーっはっはっは。なぜか、新品の斧?鉈?っつーの?そんなもん、死ぬ前に買うなっつの、父よ。こうなることを見越していたのか。それなら、薪割りじゃなくて、薪割りするスタッフをこそ、娘に遺していって欲しかったぜ、おとうさんよ。ま、いいさ。最近じゃ、薪割りマシーンをストーブ屋さんでレンタルしてくれるらしいし。至れり尽くせりじゃ。庭師の友人が薪を全国発送してるしさ、そうさ、薪なんて、乾燥して、割った状態で届くのよ、おとうさん。『自分でできることはできるだけ自分でやる』という父の教えを実践する娘なのである。あー、それにしても、火は良い。ゆらゆら、ゆらゆらと。ぼけーっと見ている間に時間が過ぎます。まさに、優しい時間が。う~む、やはり、あとは薪割りする寺尾聡か・・・。
2007.11.26
お茶席は人手不足。とはいえ、何とかならないわけではない。それだけの力を持ったひとがいるわけで、あとは、落ち着いてさえできれば、たとえ、時間がかかったところで、結果は結果。全員に、お菓子とお茶が出ればいいわけで。が、そういうふうに考えるのは、私がお茶に向いていない所以か。もてなす方がテンパッてると、客もよけいなことを(失礼)言い出すことが往々に。いわく、「説明が聞こえない」 ○(まあね。ごもっとも)「お菓子が遅い」 ○(そりゃ、すまなかった)「お茶に茶筅の先が入ってた」○(大変失礼しました)「暗い」 △(えーっと、そういう演出ですが)「菓子にえぐみがある」 △(山芋なんで。そういう菓子です)「お茶が熱い」 ○(ごめ~んね)大変申し訳ございませんでした。おっしゃっていただいてありがとうございました。お勉強させていただきました。確かにね、言ってくださる方が、親切。・・・なこともある。が、しか~し、「あんた、先生方のお茶会でも同じことをおっしゃる?」というような、きっつい柄の着物のおばちゃんがいるんである。そりゃ、明らかに、あなたの弟子と同じような、お勉強中の若輩者がお席を作っておりますよ。しか~し、私のような初心者のみならず、若いのに、この道、30年、招来は、偉~い先生方に混じってやって行こうっちゅう、根性だけは既にその道のバアサマ級のお歴々もしっかり宗名を名札に付けているっちゅうねん。先輩のなかには、何気なく水屋に入ってさりげなく茶筅を振ってくださる方もいるのである。同じ代の卒業生は、「こういうお席はよく見るけどさ~」と。まあ、どうとっても褒めちゃいないわな、別に、褒めてくれなくていいけどね、そのあとに続く言葉が、少しでも建設的ならば。決してね、痛いこと言ってくれるひとを嫌ってるわけじゃないの。そのひとつひとつの言葉や行動に、励まされたり、力を貰ったり、本当に勉強させてもらったりする力を感じることもあるから。一方で、一緒に席を作っていてもエネルギーを吸い取られるブラックホールのような馬鹿女茶人もいるわけで。そう言うヤツに限って、労力は惜しむは、たとえ10円でも身銭は切らぬは、残ったお茶は大量に持って帰るは、夜中にプリントアウトして来いと頼む資料はきちんとA4の体裁になってないは、とつきあいたくないヤツ、ワーストワンなのである。がははは。ここで愚痴ってもね~。やばい。愚痴モードにはいってしまった。ともかく、大勢で何かを造り上げるとき、プロの偉大な力や経験を例に挙げるまでもなく、私たちがそれに向かって努力し、拠出できるパワーや経験やアイデアが、お互いの持ちうる可能性をさらに高めることができるのだと思う。お茶席だから、お茶の知識や経験だけがものを言うのでなく、今まで生きて来た「ひと」としての力が、なによりも必要とされるのだと実感する。やっぱり、いい勉強だよなぁ~。
2007.11.23
今年最後のお茶会が終了しました。うん、どうしても「終了」した事実のみに力点が・・・。反省。わはは。いや~、一年、長かった。いや、お茶以外のことは何もできなかったように、短かった。引っ越しがあったにもかかわらず、それ以外に記憶が、ない。つか、自分の部屋はいまだ、引っ越し後、3日目ぐらいな感じだし。寝るときしか部屋にいないし。つか、いれないし。任期は後半分。がんばれ~~~~~!さて、茶会。普段は、私たちもミーティングに使用している市の施設。貸し会議室。これが、しつらえによってひととき、幽玄の時間を過ごせる空間へと変身。(って、お菓子じゃなくて、その写真を載せろって。すいません。)紆余曲折あっても、(ま、必ず、あるのだ。)それが、ひとつの席へと具現化する。そこで出逢う主客のみが共有し、やがては消える時空。まさに、一期一会。これこそが、茶の哲学であり、存在理由である。いや、茶、そのもの。お互いの心のおきどころを重ね合わせる。・・・う~ん、適切な言葉が見つからない、探り合う、でもあり、慮るのでもあろうし、推し量るということでもあるけれどもそのような駆け引きではなく、静かな心のやりとりのようなものであり、言葉の無い会話であるように思う。「知」に裏打ちされなければ、表出できないものであるように思うけれど、しかし、ここで、お互いに交わされる無言の会話には、むしろ、「知」などというものは、邪魔になるものであるかもしれない。徹底的なテクストの読み込み、綿密な演出プラン、照明を含む舞台美術と、そこに展開される徹底的に無駄を排除した動線と声と沈黙の重さ。やはり、私がお茶に惹かれるのは、「劇的なるもの」が、そこに存在するからだ、と確認する瞬間。ああ、これについて語ったら、三日三晩は簡単に費やせる気さえする。が、毎回、これに騙されるんだなぁ。「騙される」とは人聞きの悪い。すいません、利休様。このカタルシスで、なんとなくご破算にしたがために、この数年、どんなにくだらない、無駄な時間を使って来たか。今度は、騙されないぞ~。せめて、この満足感を思い出に、あと一年は、地味に、責任を果たすぞよ。
2007.11.22
二日ほど前から偏頭痛。そして、今日あたりから、久々に腰もヤバい感じに。つまりは、ストレス性。逃げたい、ぷっつんしたいものから逃れられないところで踏ん張っている証拠。後ろ向きとはいえ。まったく、早いとこ、終わってくれ~。今は、祈るような気持ちである。ま、終われば終わるのさ。がんばれ~!
2007.11.14
イイトシしたオトナの男が『ぷっつんした』と久々に聞く言葉で無責任で不可解な行動を説明して、辞めるの辞めたりしたらしい。一国の政治が、マスコミで権力持ってるじいさんの『お国のため』と数十年前にはよく聞いたであろう言葉で左右されるというのも本当にびっくりだ。そんなもんなのか。政治とは。国家とは。ところで、日本にたくさんいるらしいテロリストの話題は、どこの新聞社で記事にしてくれているんだろうか。マスコミが騒ぐと「だいじん」が言った割には、どこも騒いでいないのは、もしや、既に言論統制。なるほど、国を背負って立つ勢いのおじさんだって、「ぷっつん」したら辞めるって言って、二日後には辞めるの辞めるって言うんだもんな。『男は仕事』が口癖の中小企業の代表取締役が、ある日突然、消えていなくなったところで、あまり驚くようなことじゃなかったか。責任感、なんて、そういえば、目には見えないものだった。な~んだ。びっくりして、不安になって、病気になって、損したな。さて、我が家に長年仕えてくれたfaxくんもついに、ぷっつん、した。彼は、実際、よく働いてくれた。責任を全うしてくれた。ただ、ある日突然、そのfaxとしての勤めを終えたのだ。「さようなら」を言うすべも無いのだから、敬意を表して「ぷっつんした」と言うのは辞めよう。メール全盛、今となっては、faxは、たま~に受信用として使うだけだけどやっぱり、なしにするわけにはいかないんだろうなぁ。というわけで、なんだかんだと物入りの今月も玄関先に置きたいベンチは先送り~。
2007.11.13
とはいえ、やっぱり、もうすぐママとパパのいるおうちに帰るのはうれしいんだよね。風邪を引いたママの代わりにテニス教室の送迎・・・のつもりが、そのまま、こちらがお泊まりで、翌日は、ふたりを連れて、地元の福引きなど~。母が一泊ででかけていたので、お預かりはどうかな~と思っていたけど「ボク、お泊まりした~い。」「おばあちゃんいないから、ぶぶとふたりだよ。」「いいよ~。」んで、どういうわけだか、弟を説得。「コウスケとぼくとぶぶしかいないんだよ、いい?」兄の説得を受け、「うん~。」って、あんたたち、ふたりで泊まるつもりかいっ!パパが「お泊まりにいくひと、パパとポチャ入るよ~。」「あいっ」と先に手を挙げたのは、弟の方でした。ほんとに、話は通じとるのか。ううむ。ま、結局、ワタクシの方がお泊まりさせていただきました。だって~、私一人で、ふたりお泊まりは無理だよ~。んで、翌日。車にふたりを乗っけて家へ。雨が上がったには上がったんですが、いかにも寒いんで、屋外の福引き会場からは、早いとこ、退散しようと、お隣さんに福引きの権利を譲って、たいやきやら、焼きそばやらを購入して帰宅しようとしたんですが、お祭り男たちは、そんなことでは満足するわけも無く、テントの休憩所にてやきそば各1人前、おいなりさんなどを食し、くじ引きをしたり、移動用遊具の全長20メートルほどのレールをぐるぐる回る電車の乗り物に乗り放題、あげくの果てには、消防署の「煙体験施設」までエンジョイしまくりました。遊具を扱ってるおじさんも、寒いし、小雨模様で子供たちが誰も乗らなかったので、まったく飽きずに乗り続ける甥っ子たちだけのために、何度も何度も動かしたり、止めたり、まあ、もう、誰も乗り降りしない間は、ひたすら、ぐるぐるぐるぐる乗せてくれました。只で。わはは。あまりにも飽きないので、福引きの列に並ぶ一部の皆さんからは、指差されて、笑われちゃいましたけどね。ま、微笑ましかった、ということに。特に、弟の方は、おにいちゃんが「ボク福引きやる~。」とお友だち(呼ばわり)のクリママ(ゴールデン・レトリバーの『クリス』のママ/略してクリママ)にこれまた、お買い物もしないのにもらった福引きの券でガラポンしてる間も、私の手をぐいぐい引っ張って、電車の方へ。『あのオヤジに、交渉しろ!』ってオーラを発生。その情熱の割には、無表情のまま、先頭の座席に座ったまま、ぐるぐるぐるぐる。ついには、おじさんにまで、「コウスケ~!もっと感情を表情に出せ~!」と妙な声援?を受ける始末。ともかく、エンジョイ、でした。おにいちゃんは、ますます口が達者になり、喋るわ、歌うわ、まず、黙ってる暇がない。♪we wish you a merry Christmas は、♪※≠◎ 一種のメリクリスマス♪って、歌ってるし、でも、わざと『クリスマス』を歌わないで「問題です。♪※≠◎ 一種のメリ○○○○○♪の○○○○○は、なんでしょうか?」とか、♪head, ○○○○○, knees, and toes♪も同様に問題を出したり、クイズが大好きらしい。車のなかで、道沿いの紅葉した木を見ながら、「赤、黄、みどり、きれいだね~。金色があればいいのに~。」「ぶぶは、金色と、白の金色、どっちが好き?」『白の金色』・・・おお、銀色のことか。すてきな言い方だな、オトナには思いつかないかも。なんて、相変わらずのぶぶばかで、まるまる1日以上一緒に過ごすと、翌日は妙に寂しかったりするのであった。この子たちが、安全に暮らせる世の中でありますように、と願わずにはいられないです。
2007.11.12

この時期といえば、箱根。といってもいいかな、3年目。三日三晩、いや、四晩、人生について考え、泣き、笑い、昼は、営業に勤しむのでありました。お世話になりました。やっぱり、お寺さんならでは、「人生とは修行」であると確認し、ともに修行する友がいる幸運に感謝する。去年とは違う私。何かを失い、求め、それをまだ、得られないまま、ただ、ここに生きていることの、確認。新しい出会いもあり、気づきもある。そして、おいしいものをいただいて、体重だけは、確実に増やして帰ってくるのであります。中味は、「龍神いなり」と「勝つサンド」です。ごちそうさまでした。
2007.11.07
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